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心の時空

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a day in my life

2017年映画「ザ・ウォール」は、非常に地味な 戦争映画ながら サバイバル・スリラー(あるいは、シチュエーション・スリラー)映画の秀作です。
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監督のダグ・リーマン(1965~)は、‘ジェイソン・ボーン’というジェームス・ボンド(007)以来のスパイ・アクション映画のスーパー・ヒーローを生んだ「ボーン・アイデンティティー」(2002年)で有名になった監督です。
a0212807_04214532.jpg映画は、2007年アメリカ軍が、敵対するフセイン政権打倒のためイラクに侵攻、砂漠に建設中の石油パイプラインの走るその砂漠の戦闘で消滅した村を舞台にしています。
リーマン監督は、新作映画「ザ・ウォール」を わずかに村の面影を残す瓦礫(がれき)の残骸と倒壊寸前の壁(ウォール)の後ろに一人残され、アメリカ兵の間で悪魔の狙撃手として恐れられるイラク軍a0212807_04213718.jpg伝説の狙撃手ジューバ(無線の声だけで姿なし)から狙われる孤立無援の狙撃手アイザック(アーロン・テイラー=ジョンソン 1990~、2016年「ノクターナル・アニマルズ」、2009年「ノーウェアボーイ ひとりぼっちのあいつ」の監督で写真家のサム・テイラー=ジョンソン 1967~ は、アーロン夫人)のサバイバルを描いています。
a0212807_04224989.jpg映画は、1時間21分と長編映画にしては短めながら冒頭、全滅した石油パイプライン建設グループ作業員とアメリカ軍援護部隊兵士、数多の死体が、横たわる戦闘現場をアメリカ軍の狙撃手アイザックとマシューズ軍曹(ジョン・シナ 1977~)の二人は、状況把握のため22時間監視、動きがないので現場に近づいたとき突然狙撃されるところから始まります。
a0212807_04225369.jpgマシューズ軍曹が、狙われ、アイザックは、右ヒザを撃たれ、水筒に穴をあけられ無線機を破壊され、崩れそうな壁(ウォール)の後ろにどうにか身を隠しましたが、敵の姿は、見えず狙撃手が、どこに潜んでいるか分かりませんでした。
アイザックが、無線機の部品をつなぎ、どうにか修理したとき、「仲間だ。 すぐに助けに行くから名前とIDをa0212807_04221647.jpg言え。」という男の声を受信しました。
アイザックが、現場の状況を伝え救援を求めているとき彼は、男の話す言葉が、男の言った出身地の訛りと違うことに気付いたアイザックは、声の主(無線の男)が、味方ではないことを知りました。
アイザックが、ジューバの居所を探すために、丁々発止の駆け引きをするシーンやジューバの居所を特定したアイザックとの一対一のa0212807_04403588.jpg狙撃戦は、緊張感に満ちてスリルが、ありました。
イラクの狙撃兵ジューバは、アイザックから聞き出した情報でアメリカ軍の後方部隊へ無線で救援を求め、アイザックが、それは、自分を囮(おとり)にしたジューバの罠(わな)と知り、必死でアメリカ軍のヘリコプター部隊が、現場に近付くのを阻止しようとするシーンエンスは、見どころです。
a0212807_04384756.jpgヘリコプター部隊は、ジューバに狙撃され墜落しますが、映画は、撃墜されたヘリコプター部隊の生き残りを装い、後方にいるアメリカ軍部隊に救援を求めるジューバの声を流して終わります。
ほとんど荒涼した砂漠の映像ながらロシアの若手撮影監督 ロマン・バシャノフ(1980~)が、撮った寂寥とした砂漠のリアリティと緊張感は、すばらしいものでした。

# by blues_rock | 2018-07-23 00:03 | 映画(シネマの世界) | Comments(3)
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福岡伝統芸能文化塾(主宰 「いし原」オーナー 石原恭子さん) 主催の‘狂言会’を 昨夜、大濠公園能楽堂 で観賞しました。
a0212807_17523638.jpg私は、結婚式で 'お謡い' を聴いたことはありましたが、狂言の観賞は、初体験でしたので興味深く観賞いたしました。
演目は、六つ、狂言好きなアマチュアの皆さん方が、福岡伝統芸能文化塾で狂言師の指導を受けての公演(第9回)なので、なかなか本格的なものでした。
私が、とくに印象に残ったのは、袴狂言「茶壷」でした。
その中で茶買人を舞われた方の謡いと仕舞が、すばらしく、私の目を惹きましたので帰り際、石原さんに「舞われた方は、どなたですか?」とお尋ねしたところプロの狂言師(福岡大蔵会 渋田さん、狂言塾の指導者)とお聞きし、とても納得した次第です。
つぎは、能面をつけた能楽(できれば薪能)を見てみたいと思いました。

# by blues_rock | 2018-07-21 17:50 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(0)
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マイケル・クエスタ監督(1963~)の映画は、初めてながら新作の「アメリカン・アサシン」は、スパイアクション映画で、CIAに ‘アサシン(暗殺者)’ としてリクルートされた若者ミッチ・ラップ(ディラン・オブライエン 1991~)a0212807_15112582.jpgを主人公に、ご多分にもれず、リベンジ(アクション) × CIA × テロ × 核兵器(プルトニウム)と、ベタなプロットながらこの映画が、おもしろいのは、終盤の展開(シークエンス)で「本当に15㌔のプルトニウム型核爆弾」を爆発させたことと、エンディングのクールさです。
a0212807_15112722.jpg早世したアメリカの作家ヴィンス・フリン(1966~2013病没、享年47歳)は、執筆した小説10数冊の主人公すべてをCIAの暗殺者 ‛ミッチ・ラップ’ にしたスパイアクション小説にしています。
「アメリカン・アサシン」のミッチ・ラップは、ポスト ‘ジェイソン・ボーン’ としてシリーズ化されることでしょう。
a0212807_15113050.jpg何せミッチ・ラップを演じるディラン・オブライエンは、まだ27歳、締まったボディといい、マスクといいあと10年数くらい行けるような気がします。
2016年の「ジェイソン・ボーン」に主演したマット・デイモン(1970~)が、今や46歳、先の映画を ‘これが最後のジェイソン・ボーン’ (マット・デイモン以外のジェイソン・ボーンは存在しない) という思いで私は、見ていました。
a0212807_15120407.jpgアラカンのトム・クルーズ(1962~、56歳)は、この夏公開される新作「ミッション・インポッシブル」を主演していますが、年齢的にもうムリ、相変わらずVFXを多用し、グリーン・バックのワイアー・アクションCG(「ミッション・インポッシブル」が、面白かったのは、2作まで)で荒唐無稽なスリルとサスペンスを無理やり演出するなんざぁ、空々しく見ている方は、白けてしまいます。
a0212807_15120810.jpg閑話休題、この「アメリカン・アサシン」の見どころは、実写撮影を多用したリアルな 現実感と体を使ったアクション(主演俳優が若く俊敏でないとムリ)で、主人公のミッチ・ラップを演じた若手俳優 ディラン・オブライエンと CIAの鬼教官スタンを演じたベテラン俳優 マイケル・キートン(1951~)、さらにアラブのテロリストを陰で操a0212807_15122385.jpgる黒幕 ‘ゴースト’ 役の中堅俳優 テイラー・キッチュ(1981~、冷酷な悪役ぶりが秀逸)の三世代名優のコラボレーションにあります。
現実の国家間の戦争リスクとして、地政学的にシリアをはさんで 一触即発のイランとイスラエル、イランとシリアの間にイスラム教義で 犬猿の仲(戦争するくらい深刻)のシーア派イランとスンニ派イラク間の紛争、シリアの北には、トルコ、さらにイラクとトルコの領内広域に、国境を持たない最大民族のクルド人が、それぞれ民族とイスラム宗派の対立を抱えています。
a0212807_15122850.jpgこれに領内地下に埋蔵する膨大な原油の利権、核兵器を保有するイスラエルとそれを支援するアメリカ、イスラエルの隣国シリアと核兵器保有を目論むイランを支援するロシア ‥ こちらの地図をご覧いただき、中近東の地政学的パワー・バランスを頭に入れ、この映画「アメリカン・アサシン」を見ていただくと現実の国際情勢と核兵器によるテロリズムは、a0212807_15124073.jpg絵空事ではないことが、心底実感できると思います。
映画のプロットは、ロシアで盗難に遭ったプルトニウム15㌔が、イタリアの武器商人の仲介でイスラム過激派のテロリストに渡り、イスラエルへの核攻撃を準備するも、黒幕の‘ゴースト’(アメリカに恨み骨髄の元CIAの暗殺者)は、テロリストからプルトニウム・核融合装置を強奪、拉致した物理学者に核兵器を作らa0212807_15124850.jpgせ 地中海にいるアメリカ第6艦隊に攻撃の矛先を変えました。
今まで核爆弾を使用するこの手の映画は、爆発寸前で主人公が、起爆装置を止め、地球(世界)は、救われて 一件落着でしたが、「アメリカン・アサシン」では、プルトニウム15㌔の核が、爆発します。
a0212807_15125012.jpg核爆弾は、海中で爆発し海上の巨大空母始め第6艦隊の全戦艦を海中に引きずり込こもうとする衝撃破の大津波は、必見です。
いまや核爆弾によるテロリズムの発生は、プルトニウムと核融合装置、物理学者が、そろえば、いつどこでも、だれでも容易に核兵器は、作れますから極めて危険な時代です。
ちなみに、アメリカの高校生が、自分で製造した「手作りの小型原子炉」の部品や材料は、近くのホーム・センターとサイト通販でa0212807_16112578.jpg手に入れたそうです。
善良な市民が、理不尽な事件に突然遭遇し不条理な死を迎える、そんな不幸な時代の到来は、善良な一市民ひとり一人の普段の努力で阻止するしかありません。

# by blues_rock | 2018-07-19 00:19 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
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フランス映画の革新運動家であった映画監督 ジャン=リュック・ゴダール(1930~)は、1960年「勝手にしやがれ」で長編映画監督デビュー、1965年の「気狂いピエロ」で‘ヌーヴェルヴァーグの旗手’として名を馳せますが、
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1967年、中国の文化大革命(共産主義原理運動)にかぶれたゴダール監督は、商業映画との決別を宣言、政治的(共産主義的)映画集団 ジガ・ヴェルトフ(1968~1972)を結成、そのリーダーとなるもメンバーの平等意見a0212807_14280438.jpg(必然として無能の混入)で製作(ジャン=リュック・ゴダールをクレジットせず匿名製作)をしましたので当然のことながら映画と呼べるものではありませんでした。
名匠 ミシェル・アザナヴィシウス監督(1967~、脚本・監督・製作、2011年作品「アーティスト」は、アカデミー賞作品賞・監督賞など5部門受賞)は、この新作「グッバイ・ゴダール!」をゴダール二番目の妻にして女優 アンヌ・a0212807_14281011.jpgヴィアゼムスキー(1947~2017、フランスのノーベル文学賞作家モーリャックの孫娘)の目を通し(自伝小説「それからの彼女」をもとに)、1967年ゴダール監督が、19歳のアンヌと結婚してから別れる(1972年に別居)までの数年間の長い低迷の時代を描いています。
時まさに1968年、フランスの反体制運動「五月革命」前夜でした。
a0212807_14284173.jpg私見ながらゴダール作品が、「気狂いピエロ」レベルに甦るのは、オランダ出身の無名の新人女優 マルーシュカ・デートメルス(1962~)を抜擢して撮った1983年傑作「カルメンという名の女」(ヴェネツィア国際映画祭グランプリ受賞)からと思います。
この映画の見どころは、何といってもゴダール二番目の妻で女優、原作者のアンヌ・ヴィアゼムスキーを演じるa0212807_14284508.jpg新鋭女優 ステイシー・マーティン(1991~、2013年22歳のとき出演した「ニンフォマニアック」第一巻、色情狂ジョーの若い頃をフルヌードで奔放に演じ注目される、ステイシーも今や27歳、引き締まった美しいヌードを披露)とジャン=リュック・ゴダールを演じた若手の名優 ルイ・ガレル(1983~)、二人の夫婦にして監督と女優、何より男と女としての人間模様をアザナヴィシウス監督が、ユーモアたっぷりシニカル(冷笑的)に描いa0212807_14285712.jpgていることです。
アザナヴィシウス監督は、名女優で愛妻のベレニス・ベジョ(1976~)を当時37歳のゴダールと19歳のアンヌの二人をよく知る親友として狂言回し役にして、意地が悪いくらい稀代の映画監督 ジャン=リュック・ゴダールの人として、さらに男としての未熟さ(ある意味エゴイスティックな人間らしさ)を活写しています。
a0212807_14291077.jpg映画は、チャプターごとに構成されていますが、ゴタールと云えば‘眼鏡’、チャプターをつなぐ小道具として都度「眼鏡を破壊していく演出」は、アザナヴィシウス監督の名匠たるセンスを感じました。
                 (上写真 : ゴダール夫人であったころの女優 アンヌ・ヴィアゼムスキー 本人)

# by blues_rock | 2018-07-17 00:07 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_12025999.jpg学生のころ美術部の友人たちと長崎へ、よくスケッチ旅行に出かけました。
250年余の長い鎖国時代、唯一外国に門戸を開いた交易港(出島)で、キリスト教の教会や異人屋敷が、点在する坂の街長崎の異国情緒は、私の幼い創作意欲を刺激してくれました。
ひとり、キャンバスを抱え、絵具箱・イーゼルを肩から下げて長崎へ行き、人の行き交う街中にイーゼルを立て、油絵を描いた(旧く洒落た公衆トイレを描いた記憶)こともありました。
‘隠れキリシタン’ の心の拠りどころであった日本最古のキリスト教(カトリック)教会「大浦天主堂」は、長崎を訪ねるたびにモチーフ(制作対象)としてスケッチして帰りました。
大浦天主堂の名称は、日本二十六聖殉教者天主堂といい、1953年(昭和28年)国宝に指定されています。
天下人となった豊臣秀吉(1537~1598)は、成り上がりの俗物ではありましたが、国家経営のガバナンスに秀(ひい)でa0212807_12030532.jpg、利に目敏く、嗅覚鋭い独裁権力者でした。
そのころ世界は、スペイン・ポルトガル・イギリス・フランスの専制国家(植民地主義帝国)が、地球上の領土支配と覇権を競い ‘キリスト教布教を大義名分’ にした新大陸争奪の大航海時代、秀吉は、明朝中国への侵攻(唐入り)を準備しながら東アジア(とくに朝鮮半島と琉球諸島)さらにすでにスペイン・ポルトガルの植民地となっていたフィリピンやインドに対し日本に従属(服属入貢)するよう覇権の圧力をかけました。
織田信長は、フランシスコ・ザビエルに始まるキリスト教イエズス会の布教を認めていましたので、西国(中・四国、九州)大名にクリa0212807_23324130.jpgスチャンが、多く、絶対服従を求める 天下人秀吉の命令も 面従腹背の信仰ネットワークのもとでは、ザルで水汲むも同然でした。
スペイン・ポルトガル王国の用意周到な日本征服の謀略を疑った秀吉は、1587年キリスト教禁止令~バテレン(宣教師)追放令を出し、先手必勝とばかり、1592年16万の、1597年14万の大軍を朝鮮へ出兵し大陸侵攻の足がかりにしようとしました。
さらに1597年には、いかなる拷問をされようとキリスト教を棄教しない宣教師と信者の26人を見せしめのため磔(はりつけ)処刑(逆に殉教者 二十六聖人と崇拝された)しました。
翌1598年秀吉死去、豊臣を滅ぼし最高権力者となった徳川家康は、徳川幕府の命を絶対のものとするため 外国の情報・干渉を徹底して排除する鎖国政策をとり、キリスト教も長崎奉行に命じ厳しく弾圧(こちら 参照)しました。
その後、敬虔なクリスチャンは、隠れキリシタンとして身を隠し封建社会の奥深くで息をひそめ信仰を捨てずに250年余り潜伏、先ごろこの隠れ(潜伏)キリシタンの遺構と遺産が、世界文化遺産に登録されました。

# by blues_rock | 2018-07-15 00:15 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(0)
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スリラー映画の巨匠 ロマン・ポランスキー監督(1933~、1968年作品「ローズマリーの赤ちゃん」は、スリラー映画の傑作)とミステリー映画の名匠 オリビエ・アサイヤス監督(1955~、2014年作品「アクトレス 女たちの舞a0212807_20140846.jpg台」、2016年作品「パーソナル・ショッパー」ともに秀作ミステリー)二人の鬼才が、共同で脚本を書き、ポランスキー監督は、アサイヤス監督のミステリー性を取り入れた演出で新作「告白小説、その結末」を撮っています。
「告白小説、その結末」のフランス語原題のタイトルは、「D'après une histoire vraie(ある実話の結末)」で、フランスの女性作家 デルフィーヌ・ドゥ・ヴィガンの小説「デルフィーヌの友情」が、ベースになっていて主人公も女性作家でデルフィーヌa0212807_20141654.jpg(エマニュエル・セニエ 1966~、ポランスキー監督夫人)という名前です。
スランプと鬱病に苦しむ作家のデルフィーヌに絡むのが、彼女の‘熱烈なファン’で最大の理解者と自称、著名人のゴーストライターを仕事にしているというエル(エヴァ・グリーン 1980~、2006年「007 カジノ・ロワイヤル」の美しさは抜群)です。
a0212807_20143687.jpgポランスキー監督もそういえば、2010年にスリラー映画「ゴーストライター」を撮っています。
このミステリー映画「告白小説、その結末」は、作家デルフィーヌが、自殺した自分の母親について書いたデビュー小説のサイン会で始まります。
a0212807_20144079.pngサイン会場でエル(Elle 彼女)と親しくなり、次作の執筆に入れず鬱々としているデルフィーヌにエルは、次々に新作構想のアドバイスをしますが、同時に、デルフィーヌは、「自分の家族の恥(母親の自殺)をさらして喜んでいる」と彼女を非難した匿名の手紙が、送られてくるようになりました。
a0212807_20145290.jpgやがてデルフィーヌのまわりで不可解な事件が、起き始めました。
エルの行動もまた‘熱烈なファン’の範疇を超える振舞いをするようになりました。
アメリカのスリラー映画「ミザリー」(1990)で、キャシー・ベイツ(1948~、「ミザリー」でアカデミー賞主演女優賞受賞)が、演じたような狂気を エヴァ・グリーンは、a0212807_20145578.jpg彼女の美しい眼でサイコパスな表情(目元が、美しいだけに秀逸)を見事に演じていました。
映画は、デルフィーヌの新作出版サイン会で終わります。
デルフィーヌは、神秘的なエルが、自分に話したことを秘かにメモし新作の準備をしていたところ書いた憶えのない新作は、すでにベストセラーとなっていました。
a0212807_20145780.jpg撮影は、ポランスキー監督作品でおなじみの撮影監督パベル・エデルマン、音楽が、映画音楽のスペシャリストで名作曲家のアレクサンドル・デスプラ(1961~、2014年「グランド・ブダペスト・ホテル」、2017年「シェイプ・オブ・ウォーター」でアカデミー賞音楽賞受賞、ほかにも名作映画の音楽を多数作曲)で 二人が、ポランスキー監督とa0212807_20273027.jpgアサイヤス監督によるスリラー&ミステリーの名演奏(コラボ)に参加しジャズのセッションをしているような 心地よい見事なアンサンブルを披露しています。
「告白小説、その結末」は、ミステリー映画であり 現在公開中なので、ここまでにします。

# by blues_rock | 2018-07-13 00:03 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_22085566.jpg万引き家族」が、封切りされてから 一か月、公開初日に見て感動して以来、三度見ました。
主演した安藤さくらが、インタビューに応えて「納豆ご飯のような映画です。」と表現したのは、さすが云い得て妙のコメントでした。
これを受け是枝監督も「毎日食べても飽きない ‘納豆ご飯’ のような作品で何度見ても楽しめる映画です。」と作品の出来に満足している表情でした。
確かにその都度、新しく ‘見えるもの’ が、あり是枝監督の表現力(演出力)の見事さに私は、感動しました。
先日、ご紹介した「万引き家族(後)」の文章に一箇所、訂正してお詫びするところがありました。
疑似家族の母親であった安藤サクラが、取調室で刑事から厳しい取り調べ受けているとき ‥ 「このa0212807_22090952.jpg子(幼い少女)は、捨てられたんだよ。 棄てられたものを拾って何が悪い! 悪いのは、この子を棄てた母親だろうが ‥」 と吐き捨てると絶句、両手で涙を拭きながら泣くシーン、と書いた文章は、私の思い違いでした。
正しくは、「棄てられたんだよ。 棄てられたものを拾って何が、悪い! 悪いのは、棄てたほうだろうが ‥」 と吐き捨てるように言うシーンは、老衰死した祖母(樹木希林)a0212807_22091383.jpgの死体遺棄について取り調べる刑事(池脇千鶴)に答えるシーンでした。
安藤さくらが、両手で髪をかきあげながら泣くシーンは、実親のもとに返された5歳の少女 リン(実名ジュリ)が、刑事から皆のところへ帰りたいと言っていると聞いて「あなたは、何て呼ばれたの? お母さんと呼ばれたの? あなたは、母親になれないのよ。」と責められ「そお? リンが、帰りたいと言ってa0212807_22091766.jpgいるの?」とつぶやき 絶句するシーンで、溢れる涙を両手で拭き、髪をかきあげ泣くシーン(長回し)の撮影も演じる安藤サクラに台本はなく、いきなりカメラを回し彼女のその演技は、モニターの前で見ている是枝監督をうならせ、カンヌの審査員たちを驚かせました。
是枝監督は、台本を渡さずに俳優の役者魂を刺激、その演出手法が、触媒となり、名優たちの潜在的な演a0212807_22093172.jpg技才能は、お互い化学反応を起こし数々の名シーンを生みました。
ポストプロダンションが、安易にできるデジタル(CG)カメラは、使わずあえて ‘フィルム’で撮影した近藤龍人 撮影監督(1976~、2010年「海炭市叙景」撮影)の見事なカメラワーク、音楽監督の細野晴臣(1947~、ロックバンド「Y.M.O.」のリーダー)の雰囲気を醸し出a0212807_22093458.jpgすサウンドトラック、リアリティのあるプロダクションデザインで、美術を担当した三ツ松けいこ、衣装担当の黒澤和子ほか製作スタッフの力量(情熱)、さらにロケのラインプロデュースクルーと現場撮影の随所に登場するエキストラの自然な存在感は、じつに見事です。
a0212807_22093879.jpg是枝裕和監督の「万引き家族」を三度見て私が、思ったのは、日本映画の最高傑作である小津安二郎監督作品「東京物語」や成瀬巳喜男監督作品「浮雲」 に匹敵する日本映画が、新たにまた一作誕生したということでした。
私は、これからも「万引き家族」を繰り返し見ることでしょう。

# by blues_rock | 2018-07-11 00:01 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
この陶胎皿は、手練り茶碗を作っているとき、陶土(つち)を弄りながら 丸めたものを押し潰し円盤状に均(なら)し、よれた針金で引くように横切りしたものです。
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横に引いて上下を分けると左右対称の陶皿が、2枚できますので、縁を少し持ち上げ、素焼きしてもらいました。
一年以上そのままにしていましたが、ああでもない こうでもないと 試行錯誤の末 というより手に負えなくなり
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ジ・エンド(おしまい) となりました。
数年前、確か百円ショップで 平板と‘K’の文字板を購入、これまた ほんの遊び心で、風変わりな根来の飾り台
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を作りました。(上写真 : ベランダから眺める油山を背景に撮影)
繋ぎ(組立て)も塗りも、すべて 漆オンリーです。

# by blues_rock | 2018-07-09 00:09 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)
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この5月、新作の「君の名前で僕の名を呼んで」を見て、シネマの世界でご紹介しようと書き始めたら、6月に「君の名前で僕の名を呼んで」を共同製作し脚本を書いたジェームズ・アイボリー監督(1926~、1996年秀作「サa0212807_07595540.jpgバイビング ピカソ」)が、1987年に撮った(脚本・監督)「モーリス」(4K)の上映を知り 私は、まだ見ていなかったので「モーリス」を見て書くことにしました。
「君の名前で僕の名を呼んで」、「モーリス」(4K)、さらに2005年の「ブロークバック・マウンテン」は、ホモセクシャル映画の秀作であると思います。
a0212807_07595878.jpg同性愛については、観念的にしか理解できない(ヘテロの)私ながら同性愛映画は、プロットが、ホモセクシャルであれ、レスビアンであれ、映画を演出する監督、出演する俳優や女優で見るようにしています。
ポルノ映画を撮るわけではないので、脚本の質も当然のことながら、監督の表現(演出)才能、それを受けて演じる俳優や女優の品性と美しさが、映画の良し悪しを決めるa0212807_08000294.jpg重要なキーポイントになります。
映画は、総合芸術! 同性愛映画を製作するときには、とくに細部にこだわるプロデュースセンス(神は細部に宿る)が、ないと、市中に出回る薄汚くゲスで愚劣なポルノ映画(まあ、これはこれで劣情を刺激するAVのひとつ)となるでしょう。
同性愛でもプラトニックな関係(ゲイでも)なら友愛・友情と呼び、これにスキンシップ(キス・全裸の抱擁・セックa0212807_08000607.jpgス)が、加わると男性の場合 ホモセクシャル、女性の場合 レスビアンと呼ばれ、同性愛カップルの「相思相愛」を理解できない異性愛カップルの男女(ヘテロセクシャル)にとって異次元の異常な「性愛関係」に想えるのでしょう。
その中間(ニュートラル)に両性愛(バイセクシャル)で偽装恋愛、偽装結婚している人たちもいて彼らは、それぞ
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家庭を持ち子供もいるようです。
だから私は、人間の棲む三千世界が、とてもおもしろく、映画製作のネタに事欠かないのだろうと思っています。
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このところノーマルなヘテロセクシャルの恋愛映画が、あまりにくだらなくつまらないので(と思えるので)性的な感動を刺激して欲しい私は、同性愛映画の秀でた作品を見るようにしています。
a0212807_08013686.jpg女性の同性愛映画なら2013年「アデル、ブルーは熱い色」、2015年「キャロル」、男性の同性愛映画であれば、1987年「モーリス」(2018年4K再映)、2005年「ブロークバック・マウンテン」、2018年「君の名前で僕の名を呼んで」は、いずれも秀作です。
a0212807_08014623.jpg今夜は、前述のとおり「君の名前で僕の名を呼んで」と「モーリス(4K)」をご紹介したいと思います。
1987年映画「モーリス」の脚本を書き監督であったアイボリー監督は、当初「君の名前で僕の名を呼んで」の脚本(アカデミー賞脚色賞受賞)を書き自ら製作・監督するつもりだったようですが、共同製作するイタリアのルカ・グァダニーノ監督(1971~)に監督は、すa0212807_08014334.jpgべて任せました。
二作とも同じアイボリー監督の脚本ながら映画の時代設定が、「モーリス」の100年前のイギリスと「君の名前で僕の名を呼んで」の現代(1983年)のイタリアとでは、ホモセクシャルへの社会環境が、大きく変化しているものの、やはり‘監督(演出)’の違いは、如実に出ています。
a0212807_08015126.jpg「君の名前で僕の名を呼んで」は、北イタリアを舞台に考古学教授の息子17歳の少年エリオ(ティモシー・シャラメ 1995~)と教授の助手で博士論文執筆中の24歳の青年オリバー(アーミー・ハマー 1986~)二人のひと夏(6週間)の耽美的な情感溢れる同性愛の恋模様を描いています。
a0212807_08015386.jpg息子の恋人オリバーが、去り、傷心の息子に父親の語りかける言葉は、慈愛に満ち、名脚本家 ジェームズ・アイボリー監督の面目躍如です。
アイボリー監督が、アカデミー賞脚色(脚本)賞を受賞したこともあり、1987年(31年前)に脚本・監督した秀作「モーリス」もまた ‘4K’(ウルトラHD=超高画質)で再公開されました。
a0212807_08020320.jpg映画の舞台(時代設定)は、同性愛が、重罪であった百年前1910年のイギリス、ケンブリッジ大学の学生モーリス(ジェームズ・ウィルビー 1958~)とクライブ(ヒュー・グラント 1960~)、そしてクライブと別れたあとモーリスの愛人となる下僕の青年アレックス(ルパート・グレイブス 1963~、1992年「ダメージ」に出演)の物語です。
a0212807_08020594.jpg徹底した男社会の旧い保守的なイギリス上流階級の子息令嬢たちの役割は、年頃になったら家柄の良い(高い爵位)階級の異性と社交界で知り合い結婚し家系と資産(家督)を守ることでした。
それに反する観念や意識、行動は、重罪で社会的身分の消滅と家系からの抹殺と身の破滅、時に死刑も科されていました。
a0212807_08022803.jpg異性愛(ヘテロ)であれ、同性愛(ゲイ)であれ、命がけの恋(=性愛)が、プロットの映画でなければ、面白くも美しくもありません。
そう云えば、今日ご紹介した同性愛映画の傑作・秀作は、いずれも美男・美女ばかり、美しさに感動する同性愛映画でなければ、見るに堪えられないのも確かです。

# by blues_rock | 2018-07-07 00:07 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
大根仁監督(1968~)作品は、初めて見ますが、2016年の「SCOOP!」は、秀逸でした。
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何より、福山雅治(1969~)演じる やさぐれた芸能スキャンダル写真週刊誌の 中年パパラッチと彼に裏情報をタレこむ覚醒剤中毒の男を演じたリリー・フランキー(1963~)の二人が、すばらしい!
a0212807_18145491.jpg映画の終盤、リリー・フランキー演じる覚醒剤中毒の男が、幻覚症状で錯乱、溺愛する娘に会わせようとしない元妻とその愛人を射殺し、旧くからの親友(福山雅治)に、娘と二人の写真を撮らせようとするシークエンスの何と ‘すばらしい!’ こと、リリー・フランキーは、本当にジャンキーではないかと思わせるくらいの ‘ド迫力とリアリティ’ で、覚醒剤中毒男を怪演しています。
a0212807_18154651.jpg新作「万引き家族」で リリー・フランキーが、演じたのは、これと真逆の、心根のやさしい人の好い犯罪者(万引き犯)でしたが、カンヌ国際映画祭審査員の一人から、是枝監督に「(リリー・フランキーについて)彼は、何者か? 俳優なのか?」と質問あったそうな ‥ ‘役者目利き’ であるカンヌの審査員の目には、リリー・フランキーが、不思議な俳優に見えたことでしょう。
この映画「SCOOP!」は、ワルでスケベな福山雅治と完全に壊れたリリー・フランキーを見る映画(必見)です。
a0212807_18173105.jpg借金まみれで酒とセックスだけの自堕落な生活をしている中年パパラッチ(福山雅治)に絡むのが、写真週刊誌「SCOOP!」の新人記者を演じる二階堂ふみ(1994~)と副編集長役の吉田羊(年齢不詳 40代か)二人の美人女優です。
女優 吉田羊を「SCOOP!」で初めて見ましたが、良い監督の作品に出演すれば、印象に残る女優になるだろうと思います。
a0212807_18172149.jpg少女と思っていた二階堂ふみも今や22歳、ならば劇中、福山雅治と演じるベッドシーンに 中途半端な下着姿ではなく、オールヌードで挑んで欲しかったと思います。
これは、本人の責任ではなく、所属事務所の意向や大根監督の演出(制約があったと推察)なのでしょうが、二階堂ふみの女優としての将来(カンヌ・ベルリン・ヴェネチアに出品する映画への出演)を考えるa0212807_18180757.jpgと、本人の意思でトライして欲しかったと思います。
私の好きなフランスの名女優ばかりで恐縮ながら、レア・セドゥ(1985~)は、28歳のとき出演した2013年同性愛映画の傑作「アデル、ブルーは熱い色」でポルノと見紛うレスビアンの激しいセックスシーンを全裸で演じ、メラニー・ロラン(1983~)は、18歳のときに出演した2001年「これが私の肉体」で、若く美しいヌードを披露、a0212807_18192658.jpgエマニュエル・ベアール(1963~)が、23歳のとき出演した1986年「愛と宿命の泉 泉のマノン」では、芸術的なヌードを惜しげもなく見せてくれました。(28歳のときの「美しき諍い女」の全編ヌードは芸術!)
大女優のカトリーヌ・ドヌーブ(1943~)たるや、まだヌードご禁制の旧き時代にあって1969年映画「暗くなるまでこの恋を」の出演時、26歳のきれいな胸(乳房)を普通にスクリーンで見せてくれました。
a0212807_18193125.jpgおや、と思ったのは、塚本晋也監督(1960~)が、出版社編集長役でカメオ出演していたこと、そんなことより 名女優の資質をもつ 二階堂ふみの美しいヌードを早く見たいものだと、いちファンとして思います。

# by blues_rock | 2018-07-05 00:05 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)