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心の時空

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a day in my life

アメリカ建国の精神、何人からも、国家からさえも束縛されない‘言論(報道)の自由’を国是とするアメリカ合衆国にあって、敗戦泥沼化の様相を呈するベトナム戦争の戦況を報告したアメリカ国防総省(1954年のアイゼン
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ハワー大統領から1975年のフォード大統領5代のアメリカ軍最高総司令官)が、保管する最高機密文書(ペンダゴン・ペーパーズ)は、勝ち目のないベトナムでの戦況を知っていながらアメリカ国民に嘘をつき続け、徴兵令にa0212807_17101485.jpgよりアメリカの若者(とくに黒人の子弟)を危険な統治能力ゼロの南ベトナムに派兵した記録が、残されていました。
そのベトナム戦争の末期、ニクソン大統領を辞任に追い込んだ ‘政治スキャンダル’ の実話をプロットにした最新作の社会派政治サスペンスの秀作映画 2作を紹介します。
a0212807_17101889.jpg「ザ・シークレットマン」は、ピーター・ランデズマン監督(1965~)、製作に映画界の大御所 リドリー・スコット監督(1937~)、名優 トム・ハンクス(1956~、この後紹介する「ペンダゴン・ペーパーズ」主演)が、名を連ねています。
「ザ・シークレットマン」の原題は、「Mark Felt : The Man Who Brought Down the White House」(マーク・フェルト : ホワイトハウスを打倒した男)a0212807_17102322.jpgで、マーク・フェルトは、当時FBIの副長官でした。
歴代アメリカ大統領すべてが、スキャンダルを恐れ、どの大統領も解任できずに ‘何と48年間!’ 8代の大統領政権下で終身FBI長官を務めたフーヴァー(1924~1972没、クリント・イーストウッド監督2011年作品、レオナルド・ディカプリオ主演映画「J・エドガー」に詳細、彼を解任しようとした J・F・ケネデイ大統領とFBIを統括a0212807_17102730.jpgするロバート・ケネディ司法長官は、暗殺された)の死で、次のFBI長官と自他ともに考えていた副長官マーク・フェルトは、ホワイトハウスの意のままにならないFBI嫌いのニクソン大統領からFBI長官就任を拒否され、長官代理としてニクソンが、任命したのは、彼の腹心の部下でした。
a0212807_17103024.jpgさらに、1972年6月17日深夜、民主党選挙対策本部に賊が、侵入、警察は、盗聴機を取り付けていた5人の男たちを逮捕すると全員元CIAと元FBIでした。
これが、世に言う ‘ウォーターゲート事件’ で、事件発生6日後の6月23日、ニクソン大統領の補佐官が、CIA副長官を使い、あからさまにFBIの捜査を阻止しようとしました。
a0212807_17104039.jpgこの妨害工作にFBI副長官のマーク・フェルトは、激怒しました。
この時から、ホワイトハウスとFBIとの暗闘(権力闘争)が、始まり ホワイトハウスの捜査妨害とFBIの情報リークという異常事態にアメリカ社会と政界は、大混乱しました。
「ザ・シークレットマン」の主人公は、FBI副長官マーク・フェルト(1913~2008)です。
a0212807_17104361.jpgマーク・フェルトは、ホワイトハウスの執拗なFBIへの介入と捜査妨害に立腹、ニクソンからFBI長官昇格を拒否されたこともあり堪忍袋の緒が切れ、ついにウォーターゲート事件に関するFBI捜査情報とホワイトハウスの捜査妨害をワシントン・ポスト紙に正体を明かさず情報リーク(機密漏洩)を始めました。
a0212807_17104671.jpg主人公のFBI副長官マーク・フェルトを名優のリーアム・ニーソン(1952~)が、冷徹に時に激しく演じ、母親に反抗し家出した一人娘のことで情緒の不安定な妻オードリーを名女優のダイアン・レイン(1965~)は、鬱屈した表情で好演しています。
当時‘ディープ・スロート’とワシントン・ポスト内で呼ばれていたナゾの国家機密漏洩者は、ウォーターゲート事件から33年後のa0212807_17104956.jpg2005年、元FBI副長官マーク・フェルトが、ディープ・スロートは、自分であることを認め、その3年後に亡くなりました。
このウォーターゲート事件を新聞社のワシントン・ポスト紙の視点で描いたのが、1976年のサスペンスの秀作映画「大統領の陰謀」で、ワシントン・ポストの二人の記者 ボブ・ウッドワード(1943~、演じるのは、ロバート・レッドフォード 1936~)とカール・バーンスタインa0212807_17105267.jpg(1944~、演じるのは、ダスティン・ホフマン 1937~)が、主人公です。
後編でご紹介する現在公開中の映画「ペンダゴン・ペーパーズ/最高機密文書」のラストは、ウォーターゲート事件となるワシントンの民主党選挙対策本部に何者かが、侵入するシーンで終わります。(後編に続く)

# by blues_rock | 2018-04-08 00:08 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
アメリカの名匠 フランクリン・J・シャフナー監督(1620~1989、1968年の傑作「猿の惑星」、1978年の秀作「ブラジルから来た少年」など監督)と名撮影監督 フレッド・J・コーネカンプ(1922~2017)が、1973年に撮った傑作
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「パピヨン」を特別版で改めてみましたが、やはり紛れもない傑作です。
音楽もすばらしく1963年の「野のユリ」から数々の名作映画の音楽監督を務めたジェリー・ゴールドスミス(1929a0212807_00521488.png~2004)のバビヨンのテーマ曲は、映画音楽のスタンダード曲になっています。
何といっても名優二人 スティーブ・マックイーン(1930~1980)とダスティン・ホフマン(1937~)の二人舞台と言っていいくらい、この名優二人の絡み(名演技のコラボレーション)は、必見です。
a0212807_00521702.jpg映画は、フランスの作家 アンリ・シャリエール(1906~1973)の脱獄自伝小説をもとに名脚本家 ダルトン・トランボ(1905~1976、赤狩りというファシズム的集団ヒステリーを煽ったマッカーシズムの犠牲者、偽名で1953年の名作「ローマの休日」脚本を書きアカデミー賞脚本賞を受賞、ハリウッド黄金期の名作映画の脚本を数多く執筆)が、リベラリズム(精神の自由)というa0212807_00522139.jpg自らの揺るぎない信念と重ね合わせるかのように冤罪で終身刑となり、フランス植民地ギアナにある絶海の孤島デビルズ島へ追放(島流し)されるも自由を求めて脱獄し逮捕され独房に何年入れられてもまた脱獄する男の執念を脚本にしました。
その男は、胸に蝶の刺青をしていることからパピヨンと呼ばれていました。
a0212807_00534341.jpgパピヨン(スティーブ・マックイーン)には、地獄のような強制労働刑務所から脱獄するため看守を買収し脱獄ボートと食料・水を手に入れるため資金が、必要でした。
そのためにパピヨンは、同じ受刑囚のルイ・ドガ(ダスティン・ホフマン)という男に目を付けました。
a0212807_00535807.pngドガは、フランス国債の偽造犯で、彼のニセ国債により大損しドカを恨んでいる受刑囚が、いることを知ったパピヨンは、ドガの身を守ってやることで脱獄資金を稼ごうと考えました。
青い海が、象徴する自由、そのどこまでも青い海に囲まれた赤道直下の絶海の孤島で非人道的な強制労働させられる囚人たち、やがてパピヨンとドガの二人は、刑務所の中でお互いの弱点a0212807_01114071.pngを補い合う強い絆で結ばました。
パピヨンは、何度も脱獄の失敗を重ね13年の月日が、過ぎてもなお、脱獄することを諦めていませんでした。
シャフナー監督は、不屈の魂をもつ男パピヨンの脱獄ストーリーを縦軸、横軸に脱獄の痛快アドベンチャーアクション演出を取り入れ2時間半の長尺映画a0212807_00540254.jpgながら見る者を最後まで惹きつける技量は、さすがです。
この映画の脚本を書いたダルトン・トランボ(1905~1976)が、カメオ出演し映画の冒頭、フランス領ギアナの刑務所に着いた囚人たちを前に訓示する植民地司令官として登場、「国は、おa0212807_00541164.jpg前たちを棄てた。すべてを諦めよ。 希望を持つな。」と 囚人に説教するシーンは、自由主義者の自分が、謂れなき冤罪でマッカーシズム(言論弾圧)の被害に遭ったアイロニー(皮肉)とブラックユーモアを込めたメッセージのように映りました。

# by blues_rock | 2018-04-06 00:06 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_02471132.pngあなたに昔のことを話そう   大人にならないと 分からないかもしれない   そのころのモンマルトルには、リラの花が、二人のアパートの窓辺まで 覆っていた
備え付けの粗末な家具が、あるだけの部屋で 二人は、暮らしていた
私が、腹減ったと叫び、あなたは、ヌードモデルになってくれていた
ラ ボエーム、 ラ ボエーム   二人は、幸せだった   ラ ボエーム、 ラ ボエーム   二人には、二日に一度しか食べるお金しかなかった
近くのカフェで、若い二人は、不思議そうに見られていた   いつか有名になろうと、貧乏で腹を空かしながら、a0212807_02471530.jpg二人は、明日を夢見ていた
どこか食堂で 温かくて美味しい食事をするために、絵を売った   二人は、詩を朗読しながら ストーブの前で寄り添い、冬の寒さを忘れていた
ラ ボエーム、 ラ ボエーム   とてもきれいだったあなた   ラ ボエーム、 ラ ボエーム   私たちは、情熱にあふれていた
画架の前で夜が、明けるまで 絵を描いていた   デッサンの胸や腰の線に手を入れていると朝が、来ていた   仕事が、終わり 二人は、カフェオレを飲んだ
徹夜で疲れていたけど、満ちたりていた   二人は、愛し合うことで生きていることを実感していた
ラ ボエーム、 ラ ボエーム   二人が、若かったころ   ラ ボエーム、 ラ ボエーム   二人は、青春の夢a0212807_02472192.jpgに生きていた
ある日、二人が、暮らしていた界隈を訪ねてみた   もう旧いアパートは、壁すらなかった   若い二人が、暮らした街は、なくなっていた
私は、屋根裏部屋のアトリエを探してみたが、もう何も残っていなかった   新しい建物になり、モンマルトルは、寂しそうだった
リラの花は、枯れていた
ラ ボエーム、 ラ ボエーム   二人は、若かった、二人は、無我夢中だった   ラ ボエーム、 ラ ボエーム   今となっては、もう何もない   青春の日々
(注 : 「ラ ボエーム」の詩の意味にできるだけ副うよう 少し私が、意訳しています。)
a0212807_02472554.jpg私の暮らす福岡市南区柏原は、樋井川の源流で桜が、この季節 美しく、油山の山麓から流れ出た水は、支流を作り樋井川の本流と合流し博多湾に流れていきます。
福岡市の貫線である海岸沿いに住む旧友は、ジョークで「柏原は、福岡市のチベットだ。」と私をからかいますが、東京暮らしの長かった私は、それが、うれしく私の自慢です。
その柏原にて3月31日、桜満開の春うららかな日、柏原公民館で 荒木陽一さんのシャンソンのライブ(1時間40分)が、ありました。
鄙には稀な シャンソン・コンサートに感激し、いそいそ出かけると公民館ホールいっぱいの来場者でした。
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途中休憩のとき、私の好きなシャルル・アズナブール(1924年生まれ御年94歳で現役、5月に東京と大阪でコンサートを開催、各1回ずつ 2時間のライブだとか、すごい!の一言)をリスペクトしている 荒木さんに声をかけ、アズナブールの「ラ ボエーム」をリクエストしたところ、セットリストを変更して後半すぐに歌っていただけました。
a0212807_02234015.jpg目を瞑り 聴いていると涙が、あふれてきました。
このところ絵や映画、音楽など感動する作品に出遭うとめそめそ泣くようになり、認知症初期周辺症状の ‘感情失禁’ かもしれないと自分を疑っています。
荒木さんは、来る7月7日 天神のアクロス福岡でコンサートをされるとか、チケットを申し込むドサクサに、アズナブールの「イサベル」をセットリストに入れていただくようお願いしたら「あれは、気恥ずかしくて歌えません。」と笑いながらスルーされました。
荒木さんには、「イサベル」が、歌えるシャンソン歌手になって欲しい(日本にいないので)と思います。

# by blues_rock | 2018-04-04 00:04 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(0)
名画は、いつ見ても新しい、と思わせる映画のひとつが、フランスの鬼才クロード・ルルーシュ監督(1937~)の1966年自主製作映画「男と女(un homme et une femme)」です。
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フランス映画界は、当時ヌーヴェルヴァーグ(新しい波)と呼ばれる新感覚の映画が、次々に公開され、その旗手の鬼才ジャン=リュック・ゴダール監督(1930~)は、作家性(個性)の強い作品である1960年の「勝手にしやa0212807_09095007.jpgがれ」、1965年に「気狂いピエロ」を発表し世界の若い監督にインパクトを与え、新世代の映画ファンを熱狂させていました。
当時29歳のクロード・ルルーシュは、無名の映画監督ということもあり、彼の長編映画「男と女」の企画(原作と脚本)に興味を示すプロデューサーが、現れないこともあり、ルルーシュ監督a0212807_09095668.jpgは、自主製作で自ら撮影カメラを抱えて撮った名作が、「男と女」です。
このルルーシュ監督の「男と女」は、ヌーヴェルヴァーグの作家性の強い範疇に留まらず、斬新な映像(カメラワーク)を駆使した娯楽映画の走入(はしり)と言って良いでしょう。
a0212807_09100200.jpgもうひとつ、この映画を有名にしたのが、「男と女」の音楽です。
音楽監督 フランシス・レイ(1932~)が、作曲した主題曲(サウンドトラック)の ‥ ダ、ダダ、ダバダバダ、ダバダバダ、のスキャットは、今や不朽の映画音楽になりました。
ルルーシュ監督とフランシス・レイ音楽監督のコンビは、1981年作品「愛と哀しみのボレロ」(ルルーシュ監督のa0212807_09100742.jpg脚本・製作、音楽にミシェル・ルグラン 1932~も参加)でも優れたコラボレーションを発揮しています。
主人公の男ジャン・ルイに、当時36歳のジャン=ルイ・トランティニャン(1930~)、女アンヌを、当時34歳のアヌーク・エーメ(1932~、1958年「モンパルナスの灯」でジェラール・フィリップと共演した26歳のアヌーク・エーメも美しい)a0212807_09103890.jpgが、成熟した男と女のロマンスを初々しく演じています。
フランス、ドーヴィルの寄宿舎に息子を預けるテスト・ドライバーでカー・レーサーのジャン・ルイは、脚本家で同じ寄宿舎に娘を預けるアンヌと週末に訪ねた寄宿舎で出遭いました。
a0212807_09104365.jpgアンヌは、映画スタントマンであった愛する夫を撮影中の事故で失い立ち直れないでいました。
ジャン・ルイもまた、カーレース中の激突事故で瀕死の重傷を負った夫ジャン・ルイを見たことで元々病んでいた精神状態が、悪化し瀕死の重傷で入院中、妻を自殺させたことに責任を感じていました。
a0212807_09104738.jpgその二人が、過去の悲劇という傷を癒しながら少しずつ距離を縮めていくロマンス映画です。
とくに、ドーヴィル海岸の浜辺を二人が、散歩するシーンに流れる「シャ、ダ、ダ、ダバダバダ、ダバダバダ、のサウンドトラックは、永遠の名シーンと思います。
この映画は、新進監督と同時に撮影カメラマンとしてのルルーシュ監督の情熱が、強く感じられ、「男と女」の撮a0212807_09110513.jpg影風景を撮ったドギュメンタリー・フィルムを見ると、猛スピードで疾走する車のテスト・ドライバー、ジャン・ルイを撮るため、ルルーシュ監督は、撮影する車を同じスピードで走らせ、後部トランクのカバーを外し、その位置にカメラを抱いて自ら座り、数々の迫力あるショットを撮影しています。
「男と女」は、カンヌ国際映画祭においてパルムドールを受賞、アカデミー賞の外国語映画賞も受賞しています。

# by blues_rock | 2018-04-02 00:02 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
石膏の複製彫刻を見て木炭デッサンするのは、美大入試の実技課題なのでふつう美大受験生ですが、私は、美大を受験するわけでもないのに、大学の美術部に入部するとアトリエにある古代ギリシャ彫刻の石膏複製を
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一生懸命、木炭デッサンしていました。
田舎育ちであった私は、19歳まで油絵を描いた経験が、なく 大学生となり美術部の先輩や同輩たちの油絵を見るとコンプレックスにa0212807_09194695.jpg苛まれ 劣等感を隠すための‛足掻き’だったように思います。
とにかく、ヒマさえあれば(授業に出ていないのだからヒマに決まっています)、アトリエに入り浸り、無我夢中で木炭デッサンをしていました。
貧乏学生ゆえ自由になるお金もなく、木炭紙と木炭さえあれば、いつでも絵が、描ける一番お手軽な手段だったものの ‘作品’では、ありませんでした。
社会人となり転勤で引っ越しても、しばらく保存(持ち運び)していましたが、デッサンやスケッチなど‘青春の残滓’は、やがて画材共々ほとんど廃棄しました。
いま手元に残る数枚の木炭デッサンを改めて眺めると、未熟ながら結構しっかり描いていて、当時のことを懐かしく思い出します。
a0212807_09195791.jpgそのころ中核派の拠点だった母校は、アトリエの外で全共闘が、歪んだ音のハンドスピーカーで何を言っているのか さっぱり理解できないことを叫び 私は、それが、うるさく ラジオの音量を上げてロック音楽ばかり聴いていました。
たしか福岡学生美術連盟の主催だったと記憶していますが、福岡女子大のアトリエにプロの女性ヌードモデルを招き、ヌードデッサン会もしていました。
スケッチブック持参の面々(とくに男子学生諸子)は、モデル正面に集まりデッサンしますが、イーゼルを立て木炭デッサンする私などは、混雑する正面を避け、人の少ないモデルの背面へ回りますので残っているヌードデッサンを見るとお尻のデンとしたデッサンばかりながら レアリテ(迫力と肉質感)が、あり、今見ると「好いじゃないか」と自画自賛しています。
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当時まだ二十歳そこそこで恥ずかしがりや(本当に奥手でした)の私は、真っ正面から全裸女性を見る勇気が、なく仕方なくヌード女性のお尻ばかりを追っかけて(お尻フェチだからではありません)描いていました。

# by blues_rock | 2018-03-31 00:01 | 美術/絵画/彫刻 | Comments(0)
監督になり45年、作品数が、少ない寡作の映画監督ながら傑作や話題作を発表し続ける巨匠テレンス・マリック監督(1943~)の2015年新作「聖杯たちの騎士(Knight of Cups)」を紹介します。
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マリック監督の新作「聖杯たちの騎士」もまた、いつも通り作家性(哲学的・思想性・宗教観)の強い作品です。
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こう前段で書くと、敬遠する方も多いかも知れませんが、一旦見始めると、もう途中で止められなく不思議な映画です。
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この映画の脚本を書き監督したマリック監督は、隠者のような方でアカデミー賞の監督賞や脚本賞にノミネートされても欠席、カンヌやベルリンの国際映画祭でグランプリ受賞しても式典に出席せず、インタビューa0212807_16161317.jpgならびに取材を受けないのでも有名です。
映像の名人であるメキシコの名撮影監督 エマニュエル・ルベツキ(1964~、史上初となる3年連続アカデミー賞撮影賞を受賞)は、マリック監督と相性が、良いのかマリック監督演出の特長ともいえる自然の景色 ‥ 水、風、光などを映像詩のように映し、ときに抽象的な映像に昇華して撮影する技は、マリック監督作品に不可欠なルベツキ監督ならでa0212807_16162749.jpgはの卓越した撮影技術(カメラワークがすばらしい!の一言)です。
「聖杯たちの騎士」にストーリーらしいストーリーはなく、サンタモニカの高級住宅街と海岸を舞台に人生を見失った脚本家の男性(クリスチャン・ベール1974~)と自殺で弟を亡くした彼の家族(父親と喪失感の癒えないもう一人の弟)、彼を愛する女医の美しい妻(ケイト・ブランシェット 1969~)、さらにa0212807_16163084.jpg5人の美しい愛人との愛の交歓、不毛な愛が、醸し出す登場人物たちそれぞれの哀感には、リアリティがあります。
マリック監督が、明らかに即興で演出したと推察されるシーンでも、名優・名女優たちの演技は、当意即妙で見事です。
ルベツキ撮影監督のカメラワークが、じつにすばらしく、映画に登場する人物を追っかけ、対象に密着しクローズアップで撮影しているので、マリックa0212807_16163416.jpg監督の哲学的な視点と抽象的な語り「人生の意味‥エジプトにあるという美しい真珠を求め旅に出た王子が、目的地にたどり着き享楽しているうちに旅の目的も忘れ自分の人生を見失い深い眠りに落ちる」(語り部としてベン・キングズレーが声の出演)に起承転結は、なくとも詩的で美しく、主人公の人生への迷いを圧倒的なイマジネーションで映像にしています。
a0212807_16170117.jpg5人の美しい愛人役をナタリー・ポートマン(1981~)、イザベル・ルーカス(1985~)、テリーサ・パーマー(1986~)、フリーダ・ピント(1984~、2008年「スラムドッグ$ミリオネア」)、イモージェン・プーツ(1989~、2012年「25年目の弦楽四重奏」)が、演じています。
中でも、最後に登場する夫と愛人二股かけた人妻役のナタリー・ポートマンが、妊娠したことで精神錯乱し子供a0212807_16170544.jpgの父親を特定できず取り乱す姿の演技は、秀逸でした。
男優では、主人公のクリスチャン・ベール以外、出演の少ない脇役ながらアントニオ・バンデラス(1960~)、ジェイソン・クラーク(1969~)など主演級のキャストで、ベテラン名優のブライアン・デネヒー(1938~)やアーミン・ミューラー=スタール(1930~)が、出演、女優・男優とも出演者は、テレンス・マリック監督ならではの豪華キャストで一見の価値が、あります。

# by blues_rock | 2018-03-29 03:29 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
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私の陶修行(修業でも就業でもない)の師 玄洋窯主人冨永陶工の クマガイモリカズ を想わせる絵柄の「伊羅保 中鉢」と私の「オリーブ用植木鉢」・「灰釉湯呑茶碗」を掲載します。
金継ぎ用の茶碗作りに挑戦して早一年 ‥ 手びねり(ひも作り)で、せっせとイビツな茶碗を作り、窯から出てa0212807_01034925.jpg来た茶碗をわが手で弄り、感激するのも、しばしの間だけでした。
ロクロ名人の師から「ちゃんとした茶碗が、できんのに‘好い茶碗’などできるはずない。」と、私のムチャクチャな作陶を一年黙って見て来られた師から初めて辛辣に諭されました。
金継ぎするようになり金継ぎ茶碗は、むろんのこと、自分の陶胎漆茶碗を無性に創ってみたくなりました。
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漆器の木地(木胎)の代わりに陶胎の漆器を創るわけですから茶碗であれ鉢であれ、陶土(つち)を薄くひき、持ち手に軽く(ロクロ名人でないとできない技) さらに漆の付きを良くするため、釉薬を使わず、硬く焼き締めますのでロクロの技が、重要です。
a0212807_01040220.jpg現在(いま)、私は、ロクロの回転に惑わされつつ毎週、陶土(つち)と格闘 ‥ ほんの一瞬、指先に土の精が、降りてきた感触を感じるときもありますが、それも束の間 またスゥーとどこかへ行ってしまいます。
お手本を示す師のロクロ上の土は、まるで生き物のよう ‥ 伸びたり縮んだり、広がったり狭くなったりと自由自在、不思議な軟体生物が、ロクロの上で動いているように思えます。
惚れ惚れしながら見入り、我を忘れていると「分かった!?」との師の声で現実に戻り「分かりません。」と私、水浸しになったロクロから土を飛ばし胸から足元まで泥んこになりながら作陶修行しています。



# by blues_rock | 2018-03-27 12:00 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(2)
フィリピンのスラム街を舞台にストリートチルドレンの少女 ブランカ(サイデル・ガブテロ2004~、初めての映画出演かつ初主演)と、ホームレスの盲目のギター弾き ピーター(ピーター・ミラリ、映画の撮影後ヴェネツィア国
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際映画祭での公開を待たずに病死)の心の交流を描いた2015年のイタリア映画で、監督・脚本が、日本人の長谷井宏紀(1975~、ポーランド国立映画大学出身、新人監督対象の新藤兼人賞を受賞)です。
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フィリピンのタガログ語映画「ブランカとギター弾き」が、イタリア映画になっているのは、ヴェネツィア国際映画祭出資(プロデュース)だからで 長谷井宏紀監督の脚本と企画が、ヴェネツィア国際映画祭の制作プロジェクト対
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象作品に選ばれたからです。
長編映画監督デビュー作品となった「ブランカとギター弾き」のキャストを長谷井監督は、主人公のブランカを演
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じる11歳の少女サイデル・ガブテロ(YouTubeの少女歌手)を抜擢した以外、もう一人の主人公である盲目のギター弾き ピーターも含め、劇中ブランカとピーターに関わるストリートチルドレンのセバスチャン少年役のジョマ
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ル・ビスヨやラウル少年役のレイモンド・カマチョなど映画に登場する人物たち皆なストリートで見つけてキャスティングした素人俳優たちと云うから驚きです。
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日本人の撮影監督 大西健之が、撮ったスラム街の喧騒と猥雑にして色鮮やかな風景をバックに瑞々しくもリアルな彼らの演技は、見事と云うしかありません。
コスモポリタン映画「ブランカとギター弾き」は、リアルにしてファンタジーな映画です。

# by blues_rock | 2018-03-25 00:05 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_09072395.jpg二十歳のころ、寝食を忘れて油絵を描くことに夢中になり、自室で描けないような大作(50号~100号)は、大学美術部の専用アトリエで描いていましたので制作のため日曜日も含め毎日通学、授業には出席しなかったものの、この大学生活の4年間が、もののけにとり憑かれたように人生で最も集中して絵を描いた時間でした。
a0212807_09073670.jpg当時は、今のように高性能デジカメやスマホで何でも気楽に撮れる時代ではなく、気になる モチーフが、目に入るとスケッチブックやクロッキー帖を出し写生(デッサン)して記録するしかなく、その分、自分の眼で対象をしっかり観察していました。   (下写真 : 田んぼの「雨あがり」を描いた10号の油絵)
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私の心をかき乱し、‘絵を描くことに夢中’となり、憧れたのが、画家 山口薫の絵でした。
今でも最も敬愛する画家を一人挙げよ、と云われたら「山口薫」と私は、即座に答えます。
a0212807_02260833.jpgしかし、私が、当時描いていた心象風景画は、描けば描くほど山口薫の絵の‘呪縛’から逃れられず、いつしか絵具箱を閉じ絵筆を仕舞い 気を紛らわすかのように 漆工芸の「黒田辰秋」・「松田権六」の作品を眺め、若かりしころより敬愛する白洲正子さんの美意識と慧眼に改めて触発され古志野や古唐津の茶碗に魅かれ、六古窯古陶a0212807_09080480.jpgの簡潔な美しさに心ときめくようになりました。
今年になり、私は、押し入れの中にあった二十歳のころの油絵を取り出し改めて眺め、これを漆の変わり塗り(唐塗り)にしてみたいとの衝動に駆られました。
漆の特性や漆芸技法を知らない私は、「今日は 残りの人生 最初の一日」(1999年映画「アメリカン・ビューティ」の中のセリフ)と思いながら漆に塗(まみ)れています。

# by blues_rock | 2018-03-23 00:03 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)
現在公開中(KBCシネマ)のチリ映画「ナチュラルウーマン」は、主人公マリーナを演じたトランスジェンダー(LGBT)の俳優(女優かな) ダニエラ・ベガ(1989~)を見る映画です。
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チリのセバスティアン・レリオ監督(1974~、脚本・共同製作)が、同国の性同一性障害の歌手 ダニエラ・ベガを主人公のマリーナに抜擢、初老の恋人を深く愛し、一生懸命自分らしく女性であろうとし、まわり(社会)の差別a0212807_21570983.jpgや偏見と闘う性同一性障害の男性(性転換せずにありのままの姿で女性であろうとするファンタジック ウーマン)マリーナを描いています。
チリ代表の作品としてアカデミー賞外国語映画賞を受賞、ベルリン国際映画祭では、レリオ監督が、脚本賞を受賞しています。
主人公マリーナは、ウェイトレスをしながらナイトクラブの歌手として働くトランスジェンダーの女性でした。
a0212807_21571661.jpgマリーナは、歳の離れた恋人のオルランド(フランシスコ・レジェス 1954~)と幸せに暮らしていましたが、オルランドは、誕生日を祝った夜、脳溢血で倒れました。
最愛のオルランドの突然の死で、警察や病院、オルランドの元妻や子供たちから容赦ない攻撃(差別や偏見による侮辱)をマリーナは、受けました。
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教会に安置された最愛の人への‘最期の別れ’もさせてもらえず‘変態’とか‘化け物’など罵詈雑言を浴びながらも理不尽な現実への怒りは、自室のパンチボールにぶつけていました。
a0212807_21573300.jpgマリーナは、葬儀後に誰もいなくなってから故人のゴーストに導かれオルランドが、安置されている部屋へ行き最期の別れをしました。
そして、凛としてあるがままな女性(ナチュラルウーマン)として生きていく決意をしました。
フランスの撮影監督 ベンハミン・エチャサレッタ(1975~)が、撮ったシャープな映像も秀逸です。
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(上写真 : 日本の若者とディスカッションするトランスジェンダーの俳優ダニエラ・ベガ)

# by blues_rock | 2018-03-21 00:01 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)