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心の時空

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a day in my life

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福岡市総合図書館の映像ホールで開催された‘8月のシネラ’で、チベット映画「草原の河」(原題「河」 River、2015年)が、3回上映されましたので、うち2回見ました。
a0212807_19253612.jpg製作国は、中国ながら監督と脚本が、チベットのソンタルジャ監督(1973~)で 製作スタッフおよびキャストも全員チベット人の皆さん方なので これは、正真正銘の ‘チベット映画’(映画冒頭のクレジットは、チベット文字で会話もすべてチベット語)と云ってよいでしょう。
「草原の河」は、ソンタルジャ監督の長編第2作でチベット人監督の作品が、日本で公開されるのは、これが初めa0212807_19254928.jpgてとか、もしこの映画が、今年のカンヌ国際映画祭に出品されていたら「万引き家族」とパルムドールを競ったかも、もしかしたら「草原の河」に軍配は、上がっていたかもしれません。
日本初公開のチベット映画「草原の河」が、いきなりこんな大傑作ですから 私は、心底驚きました。
a0212807_19255331.jpgさらにもっと驚くのは、出演しているのが、演技訓練を受けていないチベット高原アムド地方の住民たちで、皆なびっくりするくらい見事な演技(演じていると思えない演技)を披露しています。
とくに主人公の、牧畜民の少女 ヤンチェン・ラモ(6歳、本名で、‘小さな女神’という意味)の、素のままの演技をしない天才的演技(存在感=リアリティ)が、また何ともお見事で、ソンタa0212807_19255701.jpgルジャ監督は、故郷のチベット高原アムドで この幼女ヤンチェン・ラモ(監督の親戚の子供とか)に出遭ったことが、この映画製作すべての始まりだったと(映画のインスピレーションとイメージをヤンチェン・ラモから受けたと)コメントしています。
ソンタルジャ監督にとって6歳のヤンチェン・ラモは、まさしく‘小さな女神’で、主人公牧畜民の少女 ヤンチェン・ラモは、チベット高原アムドに住む6歳の幼女 ヤンチェン・ラモ、そのものだったのです。
子役経験もない素人で映画初出演の6歳のヤンチェン・ラモは、その年の上海国際映画祭で、何と史上最年少新人賞ならびに主演女優賞のダブル受賞、この映画を見た方なら、さもありなん!と 大いに納得すると思います。
映画のプロットは、標高3千㍍のチベット高原で、牧畜をしながら暮らす3人家族、ヤンチェン・ラモと父親のグル(グル・ツェテン~監督の親戚で幼なじみ)、2番目の子供を妊娠中の母親ルクドル(ルンゼン・トルマ~監督のa0212807_19262026.jpg友人、チベット語で歌う歌手)、さらに村人たちが、行者さまと崇めるチベット仏教の修行僧で、ヤンチェン・ラモの祖父を入れると家族4人の、世界どこの家族にも共通する ‘普遍’ の物語です。
ソンタルジャ監督演出のキーは、このチベット高原の4人家族それぞれの間を流れる「河」にあります。
a0212807_19262466.jpg映画のタイトル「河 River」が、出る前にヤンチェン・ラモの父親グルは、ヘベレケに酒に酔ってオートバイを運転し転倒、顔から血を流しながら「4年前‥」と独り言を言い、そしてスクリーンにチベット文字のクレジットが、流れて映画は、始まります。(後編に続く)

# by blues_rock | 2018-08-26 00:06 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
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フジコ・ヘミングさん(年齢非公開はご本人談)は、‘遅咲きのピアニスト’ (1999年、NHK-ETVドキュメンタリー番組「フジコ~あるピアニストの軌跡」で大ブレイク、この時67歳)と呼ばれ、86歳の現在(いま)でも、リサイタルのa0212807_03420219.jpgオッファが、あれば北半球は、言うに及ばず南半球のどこであっても出かけて、年間60コンサートの演奏活動を続けておられます。
「フジコ・ヘミングの時間」の監督(ならびに企画・構成・撮影・編集)は、ドキュメンタリー作家 小松莊一良(1964~)で、2年間フジコ・ヘミングさんに密着、1年のうちの半分を暮らすパリほか 東京・ニューヨーク・ベルリン・ブェノスアイレス・ロサンゼa0212807_03421079.jpgルス・京都の自宅での暮らしと その都市でのリサイタルの模様をリアルに撮影しています。
2年もの間、ドキュメンタリー撮影のカメラが、終始まとわりついているので煩わしい時もあったでしょうに、フジコさんは、カメラが、あろうとなかろうと、一日4時間の練習(クリスチャンの彼女は、天国での出番の準備なんだとか)、猫や犬と戯れ タバコをふかし 酒を飲み おしゃれをし お気に入りのアンティークを愛で、どこの街でもふらりと散歩に出てa0212807_03420769.jpg彼女は、街路に物乞いが、いれば、必ず立ち止まり小銭をあげるというその自分のライフ・スタイル(フジコ・ヘミングの時間)は、変わらないのだろうと思います。
そのために世界各地に自分の家を持ち、マネージメントは、すべて自分で行い「いつも気分は、16歳のままよ。」と笑顔で語り、「残された時間は、わずかだもの。」と屈託のないフジコさんですが、その人生は、波乱万丈a0212807_03422294.jpgで、少女のころ天才ピアニストと絶賛され東京藝術大学在学中、新人登竜門のピアノ・コンクールで数々受賞、しかし1932年(昭和7年と推察)、スウェーデン人の父親(グラフィック・デザイナー)と日本人の母親(ピアニスト)の間にベルリンで出生しているためフジコさんは、戦後日本の混乱で赤十字認定の難民扱いされ、1961年、駐日ドイツ大使の助力で、やっと国立ベルa0212807_03425349.jpgリン音楽大学(現ベルリン芸術大学)への留学が、叶いました。
その時、フジコさんは、すでに30歳になろうとしていました。
小松監督は、フジコさんの母親が、彼女に遺してくれた下北沢の家から発見された14歳(終戦直後)当時 少女時代の絵日記(文章力といい絵の描写力といい14歳の中学生とは思えない)を挿入することで上手く構成、自ら編集しているので波乱万丈にして艱難
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辛苦の人生であったフジコさんの語る「いつも気分は、16歳のままよ。」の精神(心、魂)は、この絵日記のままであることが、映画を見ていて良く分かります。
a0212807_03430907.jpg「フジコ・ヘミングの時間」は、2018年6月16日の「ピア」の初日公開満足度ランキング調査で第1位になったとか、福岡のKBCシネマでは、1か月を超えるロングラン公開中ですが、見に行く方は、世代を超えてまだ多いようです。
フジコさんは、16歳のとき患った中耳炎で右耳の聴力を失い、さらにベルリン留学中に世界デビュー・リサイタル直前、風邪をこじらせ(真冬にも暖房のなa0212807_03425762.jpgい貧乏生活ゆえ)左耳の聴力を失いうという不幸に襲われました。
フジコさんは、将来あるピアニストとしてのキャリアを断たれ失意のどん底にいましたが、ストックホルムの病院でリハビリし左耳の聴力は、40%まで回復、たとえ耳が、聴こえなくても彼女は、ピアノの練習を続けていたそうです。
a0212807_04153903.jpg不遇なフジコさんでしたが、ピアノの教師をしながら毎年コンサートを開催していたそうなので、‘遅咲きのピアニスト’どころか “人知れず咲いていたピアニスト”と称するのが、正確です。
フジコさんの口から「いま、恋してるの。 2年ぐらい楽しければいいじゃない。 片想いでも ワクワクすればいいじゃない。」と発せられる言葉の何と みずみずしいことか、映画のラスト、2017年
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12月、東京オペラ・シティでフジコさんが、演奏された「ラ・カンパネラ」の何と美しいこと!
フジコ・ヘミングさんは、「この曲(ラ・カンパネラ)は、すべてを捧げなきゃ弾けない曲、誰とくらべられたっていa0212807_03431433.jpgい。」ときっぱりと言い、「音には色が、ある。」とも‥、音が、氾濫する現在(いま)の世界に色彩豊かな音楽は、どれくらいあるのでしょうか?
美しい音楽が、聴こえる現代絵画は、どこへ行けば、目することが、できるのでしょうか?
(予告編 こちら

# by blues_rock | 2018-08-24 00:04 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_23260657.jpg中学生の夏休み、宿題をしようと机の前に座ったものの、いつものようにヤル気なく、ぼんやり窓の外を眺めていたら蜘蛛が、一匹 ‘蜘蛛の巣’ を一生懸命作っていました。
軒先の天上から、蜘蛛の糸を出しながら、スーッと下に降り、風の力を利用して横の壁に掴まると糸の先を固定し、その糸をよじ登って、また天上の別の位置から下へ ‥ と時に糸を交差させながら同じ動作を繰り返し、どれa0212807_23262457.jpgくらい経ったのか、蜘蛛の巣の基礎工事(グランドデザイン)を終えました。
そして、蜘蛛の巣の中心を決めると等間隔とは言えないものの一定の間隔を保ちながら外に向かって獲物を捕らえる網、蜘蛛の巣(網の目)を編んでいきました。   (下写真 : 唐塗り敷板 新作2枚、表と裏)   
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出来上がると蜘蛛は、蜘蛛の巣の真ん中で身動きせずに、じっと獲物(エサ)が、かかるのを待ちます。
その罠に首尾よく昆虫が、かかると蜘蛛の巣にまとわりつく獲物の動きで蜘蛛は、瞬時の動きで仕留め、体液をa0212807_23265853.jpg吸いエサとして不要になると蜘蛛の糸から上手に外しポイと棄て多少の網の目(蜘蛛の巣)の破れなど仔細かまわず次の獲物が、かかるのを待ちます。
私は、ノートの端を千切り丸めた紙切れをポイと蜘蛛の巣に投げると網に何かが、かかったのは、察知しているようながら、生きた獲物のように動かないので 「ん!? 何だ!?」といった風で
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ゆっくり近づき、獲物らしきものを吟味、エサではないと分かると「チッ!何だぁ、こりゃ!?」とばかり、異物を外しポイと下に落とします。
a0212807_23273229.jpgそれをしばらく繰り返していると学習しているのか(怒っているのか)だんだん見向きしなくなり ‥ 私の蜘蛛の巣観察も終わり、確か夏休み宿題の課題としてレポートした記憶が、あります。
閑話休題、長い前置きになりましたが、この少年期に長い時間、飽かず眺めた蜘蛛の巣を懐い出し ‘沈金’ にトライしてみました。

# by blues_rock | 2018-08-22 00:02 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)
a0212807_12375147.jpg映画館は、全国どこにもありますが、異色の秀作映画を上映している映画館は、あまりありません。
いま懐えば、東京に居たからこそ見ることが、できたのでは ‥ と思える作品が、いくつかあります。
・「夢のまにまに」‥映画監督デビュー91才の新人木村威夫監督(1918~)作品、老いていくこと、生きていくことが、テーマで認知症の老妻を介護する老夫の暮らしを軸に映画は、展開します。
統合失調症を患う青年の母親を演じた桃井かおりが、とくに秀逸でした。
・「君を想う」‥カナダ映画で女性監督、この映画も認知症が、テーマです。(詳細は、タイトルをクリックしてください。 以下同じです。)
・「麦の穂をゆらす風」‥アイルランド祖国独立戦争で殺しあう兄弟の愛と葛藤が、テーマです。
・「長い散歩」(記事の中段参照)‥緒方拳の卓越した名演が、すばらしいと思います。
a0212807_12303751.jpg・「ゆれる」‥香川照之とオダギリジョーが、兄弟の愛憎を熱演しています。
・「太陽」‥ロシア映画、イッセー尾形の演技が光る映画、昭和天皇を名演しています。
・「あおげば尊し」‥テリー伊藤が存在感のある小学校の先生役を名演しています。
・「狼少女」‥三人の子供それ
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それぞれが、個性的な役柄を好演しています。
・「ベニスの商人」‥名優アル・パチーノが、ユダヤ商人シャイロックをアクの強い守銭奴として怪演しています。
・「≒舟越桂」(記事半ば参照)‥彫刻家舟越桂の彫刻制作を撮ったドキュメンタリー映像です。
もちろん全国の主要な都市で上映することもありますが、短期上映かレイトショー(夜遅く)一回だけの上映なのでつい見逃してしまいます。
東京に住んでいるころは、神田・新宿・渋谷・銀座界隈の小さな映画館で封切られる良い映画を心待ちにして見に行くのも楽しいものでした。
いま暮らす福岡で、私が、見たいと思う映画や上映待ち遠しい映画を全部見るという願いは、叶わないでしょうから、そんな時きっと東京にいない寂しさを味わうのかもしれません。
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シネマ・ジャンキーは、これからも ‥ ドキドキするストーリー、ワクワクする俳優、ハラハラする映像、ズキズキするシナリオなど、シネマの世界から、心に沁みる名作を探し出し、1本でも多くの映画を見たいと思います。

# by blues_rock | 2018-08-20 00:02 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
名匠ロバート・ゼメキス監督(1952~、1985年から1990年の「バック・トゥ・ザ・フューチャー Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ」は、とくに有名)が、1997年に撮ったSF映画「コンタクト」は、“地球外知的生命体”の探査を通して、いまここにいる私たち
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にとって「人類とは何か? 科学(その存在を証明した知性)と宗教(神の存在)の対立、ポピュリズムの氾濫(集団迎合の市民社会と衆愚政治)、愛の実証(その証明)」などが、SF映画の範疇(プロット)を超えて描a0212807_07563507.jpgかれています。
原作者であるアメリカの天文学者にしてSF作家カール・セーガン(1934~1996病没、享年62歳)は、映画製作を喜び、公開を楽しみにしていたそうです。
しかし、完成した映画を見ることなく、カール・セーガンが、亡くなりましたので ゼメキス監督は、カール・セーガンへの哀悼と敬意をこめて映画の最後に「カールに捧げる」とクレジットして
います。
撮影監督ドン・バージェス(1956~、1994年「フォレスト・ガンプ/一期一会」からゼメキス監督作品の常連撮影監督)の映像もゼメキス監督演出の期待に応え神秘的な宇宙の様子を見る者の目に解るよう視覚的に描いて
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います。 (上写真 2枚 : 地球から25光年のベェガ、中央左斜め下の明るい星、と アレシボ天文台)
主人公の地球外知的生命体探査(SETI セティ)責任者で天文学教授のエリーをジョディ・フォスター(1962~)、a0212807_07570813.jpgそして エリーに近づきSETIを監視する政府の宗教学者パーマーをマシュー・マコノヒー(1969~、主演した「インターステラー」も SF映画の秀作)、さらにエリーを天文学に導き彼女の愛する亡父テッドをデヴィッド・モース(1953~)、エリーの少女時代をジェナ・マローン(1984~、2001年「ドニー・ダーコ」は、長編2作目)が、務めています。
a0212807_07572095.jpg“地球外知的生命体”は、存在するのか ‥ 「コンタクト」で地球外知的生命体いわゆるエイリアンのような姿あるものは、登場しませんが、“兆候(地球から25光年のベェガから届く微かな電波)”を見せながら映画は、展開していきます。
前述したとおり映画は、「人類とは何か? 科学と宗教の対立、ポピュリズム(無知ゆえの衆愚)、愛の実証(存在の証明)」を絡め今a0212807_07574746.jpgもなお無限に拡大している宇宙、宇宙の創造主とかいう神の存在(「神が、人間を創ったのではない。人間が、神を作ったのだ。」という1963年ゴダール監督作品「軽蔑」の中のセリフが、最も正しい)、知見できる愛(愛したこと、愛していることの証明)、知性の共有など、哲学的、神学的、ときに思想的な思索を必要とします。
a0212807_07575140.jpgとくに14世紀、イギリス(オツカム出身)のスコア哲学者にして神学者ウィリアム(1285~-1347)が、唱えた単純な説明ほど正しいという「オッカムの剃刀(かみそり)」は、今も格言として使われ、この映画の中でもエリー教授が、地球外知的生命体探査(SETI)存続を議論する公聴会で理解できない議員や政府の役人に“地球外知的生命体存在の兆候”を説明するとき、このオッカムの剃刀で一刀両断します。
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この一言で無神論者(実証主義者)である天文学教授エリーの研究と情熱をアメリカ大統領の宗教顧問で神学者パーマーも認め、それまでエリーに冷ややかであったパーマーが、エリーに協力するようになりました。
a0212807_07584521.jpg映画のリアリティを表現するためにCNNの現役リポータ25人の出演、宇宙にある時空の捻じれ(ワームホール)を抜ける探査カプセルが、狂信的宗教活動家の自爆テロで破壊され、そんなリスクを想定していたのか北海道東北部の海岸に極秘で建造された探査カプセルの登場とか、見どころも多くとても書き切れませんので SFファンの方は、名作ですのa0212807_07584735.jpgでぜひご覧ください。
映画は、冒頭カメラが、広大な天体を写し出し宇宙空間をズームバックしながら少女時代のエリーの瞳につながるという印象的なシーンから始まります。
エンディングは、宇宙の地球外知的生命体探査(SETI)の責任者として子供たちに宇宙の神秘を教えているところで終わります。
a0212807_07585043.jpgそれは、悪霊のさまよう闇の世界をロウソクの光で照らすようなもの、懐疑する精神、不思議な現象に驚く感受性、弛まず努力を続ける情熱という‘科学する技術’が、なければできないことであるとゼメキス監督は、メッセージ(私たちの心にコンタクト)しています。

# by blues_rock | 2018-08-18 00:08 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
陶胎 唐塗り錫蒔絵 漆器トランペットの先のような簡易プラスチック容器のデザインが、面白いので陶胎漆器にできませんか と玄洋窯の冨永陶工に相談したところ、ロクロであっという間に成形し素焼き(経16㌢×底4.5㌢
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×高さ9㌢)にしてくれました。
青貝と錫箔を散らして錫蒔絵にしました。
a0212807_11142995.jpg下細(したぼそ)なので食器としては、少し使いづらく、花入れセンスの良い方に 花器として使っていただこうかなと思っています。
二つ目は、私が、拙いロクロでやっと挽いた 初めての陶胎漆器(茶碗)です。
玄洋窯で無釉硬焼きしてもらい、下地を錆漆で固め、生漆を塗り青貝を蒔き、錫粉で押さえ摺り漆で固めた 小ぶりな漆茶碗(経11a0212807_11144221.jpg㌢×高さ6㌢)です。
三つ目(最後)は、手捻り作陶を始める動機であった金継ぎするための窯キズ茶碗(経10㌢×高さ9.5㌢)が、念願叶ってようやく焼成できたものの至るところから水の滲みだす破れ茶碗でした。
そこで茶碗の内にシリコン液を入れ水の滲みだしを止め錆漆で内を固め呂色漆で仕上げました。
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外は、還元焼き締め好い表情なのであまり弄らず茶碗にある筋状のひび割れ(陶土の繋ぎが、緩かったため) 3箇所を金・銀・錫と継ぎ分けしてみました。
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# by blues_rock | 2018-08-16 00:06 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)
いまKBCシネマで公開中の2017年イギリス映画の怪作「スターリンの葬送狂騒曲」(原題:「The Death of Stalin」)は、いまから65年前の1953年3月、共産圏の盟主にして超大国ソ連の最高権力者=独裁者スターリン
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が、脳溢血で倒れ‘粛清(=処刑)’の恐怖に慄(おのの)いていたソ連共産党中央委員会の幹部(スターリンの側近)たちは、内心スターリンの死を願っていたので、表向き右往左往しているふりだけして誰一人医者を呼ぼa0212807_02140647.jpgうとせず見殺しにしました。
スターリンの後釜を狙い色めき立つクレムリン(旧ソ連共産党中央委員会の所在地、現在のロシア大統領府)内に蠢(うごめ)く姑息な権力闘争を辛辣なブラック・コメディとして描いています。
ロシア国内で “上映禁止” というのは、ナチスドイツのヒトラーとならぶ最悪の独裁者スターリンとその手下でa0212807_02141482.jpgあったソ連共産党中央委員会を強烈におちょくった映画だからです。
この映画の上映を禁止してロシア国民を笑わせない(見せない)という国策は、現在のロシア、つまり最高権力者プーチン大統領率いるクレムリン(ロシア政府)も当時とさほど変わっていないということだろうと推察します。
a0212807_02144134.jpg監督(ならびに脚本)は、政治風刺に定評のあるイギリスのアーマンド・イアヌッチ監督(1963~)です。
映画に登場するのは、ソ連の中枢にいた共産党中央委員会(クレムリン)の幹部たちで最高幹部スターリン(アドリアン・マクローリン 1947~)始め、スターリンの補佐官マレンコフ(ジェフリー・タンバー 1944~)、スターリンの死後スターリン主義を批判し首相となa0212807_02141988.jpgるフルシチョフ(スティーヴ・ブシェミ 1957~)、スターリンの命じる‘粛清(抹殺)’を忠実に遂行しスターリンの死後、今度は、自分が、粛清された秘密警察長官ベリヤ(サイモン・ラッセル・ビール 1961~)など、他にもソ連暗黒の歴史に悪名を残すサイコパス(精神異常)な幹部たちが、大勢出てきます。
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他にスターリンから父と兄を粛清(処刑)されたピアニストのマリヤ(オリガ・キュレンコ 1979~)、スターリンの娘スヴェトラーナ(アンドレア・ライズボロー 1981~、2011年イギリス映画「シャドー・ダンサー」主演)、スターリンのa0212807_02161526.jpg息子でスヴェトラーナの兄、アル中のワシーリー(ルパート・フレンド 1981~)などが、スターリンの取り巻きたちと何でもありの駆け引き、嘘と裏切り、やったもの勝ちと、そのゲスな本性をむき出しにして卑劣極まりない権力闘争を大真面目に展開していきます。
イアヌッチ監督は、1953年3月スターリンが、没するその前後のソ連共産党(クレムリン)の舞台裏をブラック・a0212807_02164906.jpgユーモアとギャグをふんだんに入れた演出で、スターリンの末路とその取り巻きたちの強欲に駆られた滑稽千万なドタバタを辛辣に描いています。
この映画を見ていると今の中国、北朝鮮、ロシア、トルコ、南米諸国のドタドタ劇の舞台裏も透けて見えて来ます。

# by blues_rock | 2018-08-14 00:04 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
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KBCシネマに「スターリン葬送狂騒曲」を見に行ったら上映開始時間に遅れ、他に何か面白そうな映画は、ないかと上映スケジュールを眺めたらノーマークの「きみへの距離、1万キロ」(91分)が、待つ時間もなく始まるのでa0212807_10092674.jpg見ることにしました。
館内に「きみへの距離、1万キロ」のポスター掲示もフライヤーもなく予告編も見ていなかった私は、映画のプロットも分からないまま、あまり期待せずに見ました。
ところが、さに あらん、私の予想(あまり期待しなかった)を大きく裏切り、‘見て 大正解’の現代版ロミオとジュリエットのような、寓話のような珠玉のロマンス映画でした。
a0212807_10093892.jpg原題の「Aye on Juliet」(ジュリエットに一目惚れ)は、映画を見て ‘その意味’ が、よく分かりました。
物語の主人公は、アメリカ、デトロイトに住む青年ゴードン(ジョー・コール 1988~、彼の演じるゴードンが、秀逸)と1万キロ離れたどこか北アフリカの砂漠にある小さな村に住まう若い娘アユーシャ(リナ・エル・アラビ 1995~)の二人です。
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この遠く離れた二人を結ぶエンジェルが、6本足で動くドローンのようなクモ型ロボットです。
監督・脚本は、カナダのキム・グエン(1974~)、撮影が、同じくカナダのクリストフ・コレット(プロファィル不明)です。
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ゴードンは、デトロイトにある警備会社の監視センターから遠く1万キロ離れた北アフリカの砂漠地帯にある石油パイプラインをクモ型ロボット(複数)で監視する夜勤の仕事をしていました。
a0212807_10100073.jpg北アフリカの砂漠地帯の村で暮らすアユーシャは、旧いバイクに乗り町へ行き簡素な銀行出先の窓口で受付の仕事をしていました。
映画は、冒頭、デトロイトに住むゴードンが、長年付き合っている恋人から一方的に別れを告げられショックで茫然自失しているところから始まります。
a0212807_10094311.jpgそのころ仕事を終えたアユーシャは、恋人とパイプラインのある村はずれ、砂漠の待合わせ場所で密会していました。
そのデート現場をゴードンは、監視ロボットで偶然見つけ、別れた恋人の面影が、あるアユーシャに‘一目惚れし’(‘Aye on Juliet’というよりアユーシャの一途な恋に自分の傷心を重ね合わせ)、規則違反を承知で二人のデートを1万キロ離れたデトロイトa0212807_10105491.jpgからじっと見ていました。
アユーシャは、貧しい両親から無理やり父親と同じくらい年配の裕福な男との結婚を迫られ苦悩していました。
彼女が、恋人と密かに国外脱出(駆け落ち)しようと相談している会話を盗み聞きしたゴードンは、二人を‘ロミオとジュリエット’のように思い、自分の叶わなかった恋を愛し合う二人に託し勝手に応援することにしました。
a0212807_10110923.jpgゴードンの様子が、変なことに気づいた同僚(先輩)は、規則違反だからやめるよう警告しますが、説得して2日間だけの猶予を(見逃して)もらいました。
ゴードンが、複数のロボットでアユーシャの後を追い 見続け、ときに盗み聞きするシーンは、まるでストーカーですが、ロボットに気付き驚くアユーシャをゴードンは、一途に説明、二人の国外逃亡を援助するために彼女a0212807_10111605.jpgの働く銀行に口座を作り9,900ドルを送金、暗唱コードが、「ロミオとジュリエット」であることを伝えました。
そのころ国外脱出の資金作りをしていたトラック運転手の恋人は、アユーシャに黙って高額報酬をエサに誘われたパイプラインからの石油窃盗を手伝い、立ち入り禁止区域に入り、ゴードンが、操作し警告している監視ロボットを破壊、電気系統から飛び散った火花が、パイプから漏れた石油に引火して恋人は、焼死しました。
a0212807_10112082.jpgその一部始終を見ていたゴードンは、恋人が、火災事故で死んだことをアユーシャに告げ、絶望し傷心の底にいる彼女を励まし「運命の人は、一人ではない。 生きていれば、また出遭える。 国外に出て幸せになって欲しい。」と切々と訴えます。
エンデイングが、少しロマンチック過ぎるけれど、殺伐とした今を生きる私たちの乾いた心の喉に、コップ一杯の清涼な水を飲んだa0212807_10112384.jpgような清々しさを感じるのも確かです。
今や死語となった 純愛 が、映画のプロットなので新時代(ロボットやドローン時代)の「ロミオとジュリエット(=Aye on Juliet)」と云えるかもしれません。
劇中、ゴードンが、砂漠で道に迷った盲目の老人(ムハンマド・サヒー)をロボットで道まで誘導、途中、老人の問いかけに応える人生問答は、なかなか示唆に富む名シーンでした。

# by blues_rock | 2018-08-13 00:03 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
陶胎茶碗に変わり塗りの下地を作り、その上に銀箔を貼って梨子地漆で加飾しました。
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見込みに梨子地銀、茶溜りに青貝を蒔きました。
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上下の写真は、陶胎手捻り茶碗(拙作)です。
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下は、私愛用の 小鹿田(おんだ)の飛び鉋(かんな)茶碗で、陶胎茶碗 銀箔鉋目文にしたものです。
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市販のステンレス断熱タンブラーを漆の唐塗り青貝蒔絵仕様にしてみました。
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天地返ししたタンブラーの胴の部分に青貝が、見えると思います。
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小さな四角板を使っていろいろな漆のテスト・ピースを制作してみました。
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お遊びで 唐塗り 箸置き を作ってみました。
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# by blues_rock | 2018-08-12 00:02 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)
a0212807_15082053.jpg1945年8月、人類初の核爆弾を被爆し、一瞬にして未曽有の過酷な人災(戦争被害)を被った「無垢な広島長崎市民」に今年も咲いた白く可憐な 木槿(むくげ=無垢気)の花を捧げます。
人間(=人類)は、どれだけ愚劣に成れば、賢くなるのでしょうか?
世界中の衆愚な選挙民が、選んだ愚劣な権力者たちの傲慢ぶりを眺めると、いつかまた、どこかで広島そして長崎へのいつか来た道(2発の核爆弾で20数万人死亡)を辿っていくような気が、してなりません。
そこは、どこか ‥ ニューヨークか、ワシントンDCか、ロンドンか、パリか、モスクワか、北京か、イスラエルか、中東アラブのどこか、ピョンヤン、マニラ、イスタンプール、いや東京かも、いま世界中にネットワークでつながる不穏な空気は、どんどん拡散しており、国際協調を無視する傲慢な連中の「〇〇ファースト」など愚者のタワゴトでしかありません。
2017年現在の核兵器保有国は、9か国、推定15,000発の核爆弾が、一触即発 いつでも発射できる状態です。
73年前の広島・長崎が、核被爆した当時と比べ威力は、格段に強く兵器も軽量化、それが、何とa0212807_15083100.jpg15,000発 ‥ 広島・長崎の次の都市は、存在せず、私たちの“地球”が、被爆地となり人類いや人類だけではなく、生きとし生けるものが、一瞬のうちに消滅する(死ぬ)ことになります。
運悪く(運良くはない)生き残った人も、その後の想像を絶する生き地獄(やけどの激痛・飢えと渇き・寒さと凍え・病気の蔓延など)の中で苦しんで生きていくことになります。
いま核爆弾は、少量のプルトニウム、簡単な核融合装置(こちら の後半を参照)、核原子物理学者、この三つを揃えたテロリストらが、三番目の都市を攻撃することは、可能です。
テロリストの目的は、すべてを破壊すること、絶望的不幸の中で強権者に‘洗脳された’テロリストらの心にあるのは、偏狂・憎悪・復讐・絶滅のみ、その棘が、ひとりでに抜けることは、なく、私たちが、平穏無事に生き続けたいと願うのなら、普段から砂場のガラス片を探すような努力と義務が、必要です。
それと同じ普段の努力と義務は、国家経営を委託する善良な政治家と秀でた政治指導者の選定にも必要です。
私たちの民度(レベル)を超えた国は、望めませんが、せめて私は、日本人として、ただひとつの
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被爆国の国民として、世界に「核兵器廃絶」を主張する義務が、あると思っています。
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# by blues_rock | 2018-08-10 00:01 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(0)
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1993年「ジュラシック・パーク」で映画ファンの度肝を抜き、世界の恐竜マニアを熱狂させたスピルバーグ監督ですが、前作「ジュラシック・ワールド」では、製作総指揮を執り監督に長編映画2作目となる若手監督 コリン・トレa0212807_01400146.jpgヴォロウ(1976~)を起用、続編となる最新作「ジュラシック・ワールド/フォーリン・キンダム」も前作同様に製作総指揮を担いスペインの監督 フアン・アントニオ・バヨナ(1975~、2007年「永遠のこどもたち」で監督デビュー)に撮影の現場を任せました。
a0212807_01403063.jpgバヨナ監督は、撮影を盟友の撮影監督 オスカル・ファウラ(1975~、2014年「イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密」の撮影監督)に託し、VFX映像スタジオILM(インダストリアル・ライト・マジック)の最新鋭のVFX技術で多種多様な恐竜をリアルに再現‥どの恐竜も動作、獰猛、表情なa0212807_01403365.jpgど ‘本物ではないか’ と見紛うほどリアリティが、ありそれは、見事なものです。
主演のクリス・プラット(1979~、2016年「マグニフィセント・セブン」)、ブライス・ダラス・ハワード(1981~、2004年「ヴィレッジ」、2005年「マンダレイ」)が、前回から引き続き出演しています。
a0212807_01404235.jpgネタバレになるので詳しくは、書きませんが、最後に恐竜を救うことになる10歳の少女役にイギリスの子役女優 イザベラ・サーモンを起用しています。
物語の展開は、奇想天外(3億年前白亜紀~ジュラ期に絶滅した恐竜が、いまいること自体荒唐無稽)で 筋立てが、やや強引過ぎるも そんなことは、気にしa0212807_01404455.jpgない、最新の画期的なVFX映像のリアリティを楽しむためのエンタメ映画です。
「ジュラシック・ワールド」崩壊から4年経った2019年、コスタリカ沖合のイスラ・ヌブラル島には、生き残った恐竜たちが、相当数おり、アメリカ政府は、絶滅種である恐竜の保護と人間への危険回避のため、イスラ・ヌブラル島にa0212807_01410180.jpg隔離していました。
しかし、イスラ・ヌブラル島の中央にある火山が、大爆発の兆候を見せ始めたためアメリカ議会は、公聴会で島からの移転の是非を議論していました。
そんな矢先、世界の大富豪や軍事組織に恐竜の密売を図る国際的なブローカーが、暗躍始めました。
a0212807_01410452.jpg映画のプロットは、スリル満点の恐竜対人類の対立というベタなストーリーながら、「ミッション:インポッシブル/フォールアウト」が、‘核兵器テロの危険性’ を問題提起しているとしたら、この「ジュラシック・ワールド/フォーリン・キンダム」は、「神の領域」と評論される ‘遺伝子a0212807_01411139.jpg操作の危険性’ を問題提起していると思います。
映画に登場する恐竜は、凶暴な恐竜の代名詞であるティラノサウルス・レックス、映画の中でブルーと名付けられた小型恐竜のヴェロキラプトル、角を持った肉食恐竜のカルノタウルス、巨大草食恐竜のブラキオサウルスなど他にもいろいろ登場しますが、舌を噛みそうな名前ばかりですので省略いたします。
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(上写真 : 少女が、自分の秘密を二人に話すシーン、この後、少女は、恐竜を檻から放ち逃がします。)

# by blues_rock | 2018-08-08 00:08 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
新作「ミッション:インポッシブル/フォールアウト(IMAX)」と同じく新作の「ジュラシック・ワールド/フォーリン・キンダム」が、3年ぶりに期せずして季(とき)同じ夏に公開されています。
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前作の「ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイションとジュラシック・ワールド」(「シネマの世界」<第523話>」参照)でこの手の最新CG(VFX)映像技術を駆使した映画は、もう十分見ましましたので上質なSF映画を除き‘荒a0212807_06285007.jpg唐無稽な映画’を見るのは、もういいやと当初見ないつもりでした。
しかし、奇想天外なプロットであれ、荒唐無稽なストーリーであれ、“映画製作クレジット”(=プロデューサー・監督・脚本・カメラなどスタッフ陣一覧)の中に私の興味ある(注目している)名前が、あると、やはりどうしても見たくなります。
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現在(いま)公開中の、この最新2作を続けてご紹介したいと思います。
新作「ミッション:インポッシブル/フォールアウト」の監督・製作・脚本が、前作と同じクリストファー・マッカリーa0212807_06300616.jpg監督(1968~、1995年秀作「ユージュアル・サスペクツ」の脚本家)で、「ミッション:インポッシブル」も6作目となるとトム・クルーズ(1962~)のイーサン・ハントもややマンネリ、マッカリー監督は、どう新しいイーサン・ハントを演出するのか、それを期待して見ました。
プロットは、CIA特務工作員 イーサン・ハント(トム・クルーズ)と彼のチーム(MIF ミッション・インポッシブル・a0212807_06302945.jpgフォース)に指令のあったロシアで盗難に遭った3基のプルトリウムを使った核兵器テロによる‘死の灰(フォールアウト)’を阻止せよとのミッションにより獅子奮迅の活躍をすることでテロリストが、セットした核爆弾のスイッチを間一髪で止める(このシーンがアナログ過ぎて不満)というベタなスパイアクション映画です。
a0212807_06303842.jpgロシア、プルトニウム3基、核爆弾テロ、サイコパスの核物理学者など先月見た「アメリカン・アサシン」と同じで、そうなると27歳のディラン・オブライエンが、敵の殺し屋相手に俊敏に格闘するシーンを憶い出し、年齢的に還暦前(正確には56歳)のトム・クルーズは、もうこれまでのようなイーサン・ホークが、演じられるだろうかと あまり期待しないで最新作の「ミッション:インポッシa0212807_06310308.jpgブル/フォールアウト」を見ました。
トム・クルーズさん、すみません、取り消します。
トム・クルーズの身体能力は、すごい! まだ、30代の身体能力で、とにかく走る、ジャンプする(ビル跳び越え時左足を骨折したとか)、冒頭シーンの成層圏でのスカイダイブ(ヘイロージャンプ)、オートバイ・車(乗用車とトラック)a0212807_06311684.jpgのパリ市街の疾走(フルスピートでの暴走・逆走)、山岳地帯のヘリコプター・バトル、室内での格闘シーンなどスタントなしで自ら演じ生撮り(実写)したのだとか ‥ これならまだ数年、スパイアクション映画の主演が、できるでしょう。
a0212807_06311954.jpgIMAX(通常70㍉スクリーンより上下各2割計4割ワイド)で見た映像のすばらしいこと、撮影監督 ロブ・ハーディ(プロファィル不肖、2011年秀作「シャドー・ダンサー」、2015年SF秀作「エクス・マキナ」 の撮影監督)のあらゆるカメラワークを駆使した映像は、躍動感が、あり迫力満点、じつに秀逸でハーディ撮影監督とカメラクルーの仕事にただ脱帽です。
a0212807_06314561.jpg顔ぶれ(主な出演者)は、前作同様ながら、凄腕のMI6(エムアイシックス)工作員イルサをクールに演じたスウェーデンの女優 レベッカ・ファーガソン(1983~、2017年ミュージカル映画「グレイテスト・ショーマン」に出演)、イーサン・ハントに絡む謎の妖艶な女ホワイト・ウィドウ(白い蜘蛛)役のヴァネッサ・カービー(1988~、2013年「アバウト・タイ
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ム 愛おしい時間について」に出演)、そして久しぶりに顔を見せるイーサン・ハントの妻ジュリア役のミシェル・モナハン(1976~、2005年「スタンドアップ」に出演)が、物語に花を添えています。
a0212807_06320252.png(右写真 )
映画の冒頭、極秘任務のため敵に気付かれずパリ上空の成層圏8000㍍から目的地のビルの屋根へ、ヘイロー・ジャンプ(酸素マスクを装着し時速320㌔の落下速度でスカイダイビング)して着地するシーンの撮影風景、右上が、トム・クルーズ、準備期間(訓練とリハーサル)と本番も含め 106回ダイビングしたそうです。
いやー、恐れ入りました。



# by blues_rock | 2018-08-06 00:06 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_20203185.jpg先夜、唐人町のワインバー「parfum du vin (ワインの馨り)」に立ち寄った際、「袖すりあうも他生の縁」のような出遭いが、ありました。
私の座ったカウンター席に一人の妙齢の女性の方が、いてオーナーの友人でした。
いつものように、映画の話題となり「万引き家族」の話をしたら、その方が、「私、見ました。」と言われましたので感想を伺ったら、彼女の感想は、絶賛する私と少し違った視点でいたってクールなコメントでした。
a0212807_20204384.jpg映画の話は、そこまでで「私にも障害児が、いますから‥」とぽつり、わずか小一時間の短い時間でしたが、別れ際に教えていただいた彼女のブログ「学習障害児を持つ親のブログ」を帰りのバスの中で読み始めたらたいへん興味深いものでした。
先夜は、ひと仕事(JALのCA)終えて、親しい友人のバー(parfum du vin)で寛いでいる時にお遭いしたのでした。
a0212807_20205619.jpg一期一会とは言え、お名前も聞かず短い時間で私が、伺ったのは、東京でご主人と二人のお子さん(息子と娘)と暮らし、息子さんが、学習障害(LD)と分かり、その病気治療をしていることだけでした。
ブロクを拝見すると 家族(忙しいご主人、病気の息子と幼い娘)を抱え、CAの仕事を続けながら、言うことを聞いてくれない息子さん相手に日々奮闘、その深刻なはずの日常生活の喜怒哀a0212807_20210060.jpg楽をリアルな観察力と明晰な洞察力で奮闘する自分を笑い飛ばすように綴られておられます。
ブロクを読んで私は、彼女に遭った時の明るく屈託のない印象と違ったストイックな生活と、自分の現実をそのまま受け入れて即断即決で対応していく姿は、すばらしく(そう言われるのが、きっと彼女は、嫌いであろうこと推察するも)、せめて私にできることは、彼女が、望む「‘学習障害児を持つ親’は、一人で悩まず、a0212807_20211034.jpg親同士ありのままの姿をオープンにして、それを共感できるようにしたい、そのことで学習障害児を持つ親が、少しでも救われるよう自分のブログを拡散して欲しい」との願いを叶えてあげることくらいなので今夜は、彼女のブログを紹介しました。
これを読まれた方で、まわりに‘学習障害児を持つ親’が、いたら、ぜひ彼女のブログを教えてあげて心の支援をして欲しいとa0212807_20220030.jpg思います。
笑うと彼女に怒られるかもしれませんが、「息子の留守番」は、思わず笑ってしまいました。
子育ては、何が、起きるか分からない不測の事態の連続で疲れ果てるけど、子供の仕出かす感動で離れられない(3回見た感動の秀作「ギフテッド」)をふと思い出しました。
発達障害は、大きく3つ、自閉症スペクトラム(ASD)、注意欠陥多動性障害(ADHD)、学習障害(LD) に分けられてa0212807_20220445.jpgいるとか、いま思えば、私も子供のころ ディスレクシア(読み書き話す障害児)だったような気が、しています。
言語学習障害である ディスレクシア について日本では、ほとんど調査研究が、進んでおらず現在、海外生活や海外留学で初めてそれと分かる日本人の若者もいるとか、旧い世代の中には、還暦や古希を過ぎてディスレクシア症と診断される例もあるのだとか、私のa0212807_20221313.jpg場合、幼児のころ習字教室で字が、書けず直されても注意されてもダメで紙は、真っ黒、小学生のころは、吃音(どもり)のため人前で話せず無口で引っ込み思案(いまの私を知る人は、ウッソーと思うかもしれませんが、本当です)でした。
中学生となり乱筆と併せ、マス目や罫線の中に納まる文字が、書けずひと苦労、良く大学を卒業し就職できたものだと、今更ながら自分の来し方に驚いています。   (花火写真 : 「九州ロマンチック街道」から許可を得て掲載しました。)
a0212807_20221714.jpg私は、ワープロという魔法の文字入力印刷機械の誕生に歓喜し、さらにウィンドウズのマイクロワードの進化に今どれほど助けられていることか ‥ 「檸檬(レモン)」という漢字をスラスラ書けて日本語始め数か国語に精通した言語学者のベルギー人の友人から私は、「読めるのに何で書けないの?」と怪訝そうに言われましたが、そんなこと言われても、と私は、返事に窮しa0212807_20513492.jpgました。
パソコンやスマホのおかげで、結構むずかしい漢字も読むのは、ヘッチャラになりましたが、手書きでは、長い訓練でやっと書けるようになっていた簡単な漢字すら、また書けなくなってきています。
さりとて、一番の変化は、子供のころ ディスレクシア(吃音無口の失語症)だった私が、成長するに従ってディスレクシアと真逆のノンストップ「ハイパーレクシア(おしゃべり)」になったことかなと懐かしんでいます。

# by blues_rock | 2018-08-04 00:04 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(2)
a0212807_17312022.jpga0212807_12585257.jpg私は、日ごろテレビを見ないしラジオも聴かないので世事に疎く、世の中の主な出来事は、一日遅れの新聞記事で知ることになります。
先日の新聞に、福岡県の日本最高齢115歳の方が、ユーモアたっぷりに「死ぬ気がしない」とコメントされている記事を見ました。
私は、まず見出しにさっと目を通し関心ある記事(ニュース、コラム、特集)を食事しながらゆっくり読み、ほとんどが、記憶に残ることは、ありません。
映画紹介の記事だけは、別で、精読しています。
115歳の方の「死ぬ気がしない」は、社会面のごく小さな記事でしたが、目に留まり、いままで‘死ななかった人間’は、一人もいないことを考えると、この方なかなかのユーモアセンスです。
さて、先日1980年代から90年代にかけて卑劣なカルト狂人集団による強殺や無差別サリン殺人事件の犯人で 死刑の確定していた13人の死刑囚(正確には14人であったが、1人獄中自殺)に死刑が、執行されたという記事を見ました。
日本は、法律(刑法)で「死刑制度」を施行している国家であり、現在(いま)も大多数(9割以上)の国民が、「死刑制度の存続」を支持しています。
私の意見とは、相違しますが、「死刑制度の廃止」を唱えて活動するグループもいます。
私と違う見解であってもそれは、それで日本国憲法で保障された「言論の自由」を認め、「死刑制度の存廃」については、幼い感情的な口論ではなく、自由闊達にお互い相手の意見に耳を傾けながら沈着冷静な議論(ディベード)を続け、国民の総意で自分たちが、決めた法律により「死刑制度の改廃」を決定すれば良いと私は、思います。
a0212807_12294254.jpg余談ながら、「原子力発電所」についても同じこと、沈着冷静な議論(ディベード)を続けましょう。
私は、刑法に規定された殺人罪を犯した者に対する裁判の結審で、殺人罪の罰則で極刑となる死刑の判決が、確定したら法の番人である法務大臣は、死刑執行責任者(刑法第475条第1項))として可及的速やかに「特別な理由のない限り6か月以内に死刑が、執行されなければならない」(刑法第475条第2項)を実行して欲しいと思います。
戦中戦前の‘無法な’軍事独裁国家であった旧日本帝国時代ならいざ知らず1945年a0212807_17312409.jpgの敗戦後、今まで「刑の確定した死刑囚に対し6か月以内に死刑執行されたことが、一度もない」という驚くべき法律の軽視に対し私は、日本国家の政治システムに根源的な欠陥が、あると思っています。
法治国家日本の刑法と三審制度の裁判で、現在の日本a0212807_12293862.jpg国民の9割が、支持する(国民総意の)法の死刑制度に則って死刑執行されても諸外国とくにEU諸国(皆なキリスト教国)は、日本(=日本国民)を非難(死刑執行へ抗議)しますが、他の国(=日本)の法律にいちゃもん付けるなど内政干渉も甚だしく、外交上非礼極まるものです。
そういう国に限って国内治安は、悪く、銃による殺人や爆弾テロなどの犯罪a0212807_12590733.jpg国家で殺人事件が、発生すると出動した武装警察の特殊部隊は、一応説得するも問答無用とばかり実力行使(武力)で犯人を射殺してしまいます。
警察が、犠牲のリスクを冒し犯人逮捕しても、その後の長いa0212807_18100709.jpg裁判と悪漢(ギャングやテロ・グループ)仲間の支援および彼らとつるんだ悪徳政治家や高額マネー目当ての辣腕弁護士による司法取引で犯人は、短い刑期ですぐ出所、彼らが、また元の犯罪仲間と組んで、さらなる大きな事件を起こすことを外国の警察は、自国の刑法と裁判システムの不備・不具合を過去の経験則から先刻承知しているので手っ取りa0212807_18101264.jpg早く‘問答無用’の解決をするのでしょう。
ともあれ、他の国の問題は、棚に上げるとしても法が、機能していないような諸国から日本の法律(刑法=死刑制度)についてとやかく言われる筋合いは、なく、ヒトの頭のうえのハエより 自分の頭のうえのハエを追え、です。
このことは、自分の無様(ぶざま)を棚にあげ、ヒトのなり振りばかり、とやかく批判し非難する私たちにも言えること、耳の痛い話です。

# by blues_rock | 2018-08-02 00:02 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(0)
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アメリカ中西部3州に広がるイエロー・ストーン国立公園の野生動物を監視しているハンターのコリー(ジェレミー・レナー 1971~、2008年傑作「ハート・ロッカー」の主人公を名演)は、山中深い雪の中で血を吐いて倒れて
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いる失踪中の少女の死体を発見、すぐに、友人でもある保留地警察署長のベン(グレアム・グリーン 1952~、1990年作品「ダンス・ウィズ・ウルブズ」の酋長役は秀逸でした)に連絡しました。
a0212807_13361872.jpgワイオミング州と周辺2州にまたがるイエロー・ストーン公園内ウインド・リバーでの事件であったため郡警察(保留地は管轄外)でなくFBI(連邦警察)の所管となり新人の女性捜査官ジェーン(エリザベス・オルセン 1989~、2011年「レッド・ライト」に出演)が、一人派遣されました。
a0212807_13381425.jpg遺体を検視した保留地警察の検視官が、暴力の傷痕とレイプの証拠を発見するも死因は、極寒の野外で氷点下(マイナス)30℃の冷気を吸った息が、肺を破壊し出血、その凍結した血による窒息死と報告しました。
死因が、殺人によるものでないので保留地警察は、捜査しない、暴行とレイプが、死因の殺人事件なら所管は、郡警察となるが、保a0212807_13381923.jpg留地ウインド・リバーは、連邦警察FBIの所管であるも死因が、事件性はあるものの氷点下30℃の野外での窒息死なので殺人事件では、捜査できないという法の壁にぶつかりました。
ジェーンは、厳しい環境下の保留地に閉じ込められたインディアンの男性たちが、失業と貧困による絶望感でアルコール中毒やコカインなどの薬物中毒者a0212807_13514708.jpgとなり、やがて若い女性や少女たちの失踪事件(ほとんどの場合レイプ殺人ながら捜査すらされない現実)の容疑者となることを知りました。
当初、四角四面で場違いな新人FBI捜査官ジェーンでしたが、厳しいイエロー・ストーンの大自然を知り尽くしたハンターのコリーに協力を求め、コリーは、法の及ばない保留地内の悲惨なa0212807_13374840.jpg現実をジェーンに見せ、彼女が、法と正義の葛藤の中で次第に変わってくところも見どころの一つです。
シェリダン監督の演出は、明晰(知的)で司法とその法を執行する組織の矛盾を明確に指摘、それに応えた俳優陣の演技が、すばらしいものでした。
とくに沈着冷静ながら憤怒を内に秘めたハンター コリーを演じたジェレミー・レナーが、秀逸でした。
a0212807_13382503.jpgコリーもまた過去に愛娘を失い未解決のまま心に深い苦悩を抱え「犯人は、絶対に許さない」という怨念と悲痛な感情をコントロールし、愛用のスコープ装備の高性能ライフルでまるで獲物を追うように犯人たちを冷静に追い詰めていく終盤のシークエンスは、必見です。
a0212807_13382953.jpgシェリダン監督は、映画の中の犯人たちも通り一遍な凶悪犯という切り口ではなく、社会からも国家からも見棄てられ氷点下30度の過酷な環境の中で娯楽も何もない極限の保留地(無法地帯)で絶望感を抱え生きている様子を描いています。
コリーの親友マーティン(ジル・バーミンガム 1966~、2016年「最後の追跡」)、冒頭に登場し雪原で血を吐いてa0212807_13384472.jpg倒れたマーティンの娘ナンシー(ケルシー・アスビル 1991~)、ナンシーの恋人マット(ジョン・バーンサル 1977~、2016年「ザ・コンサルタント」出演)など名キャストでした。
エンディングの、コリーとマーティンの二人が、並んで座り、自分たちの住んでいる保留地「ウインド・リバー」を眺めるカットは、そこでしか生きる場所のない彼らの「やさしさと希望」を暗示させ、脚本家テイラー・シェリダン監督(上写真)の演出が、冴えるラストシーンです。

# by blues_rock | 2018-08-01 00:01 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
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現在KBCシネマで公開中のクライム・サスペンスの新作映画「ウインド・リバー」は、今年(2018年)のカンヌ国際映画祭で、たぶん「万引き家族」(4回見ました)とパルムドールを競った作品であろう(候補作品だったのではなa0212807_13132745.jpgいか)と推察、さっそく公開初日に見て来ました。
後ほど詳しく記述しますが、「万引き家族」に比べても映画の質は、敗けず劣らずの傑作でした。
このアメリカ映画「ウインド・リバー」が、すばらしいのは、アメリカ国家と国民多数の意識(現大統領の言動を見ればよく理解できる)が、未開地であった150年前の旧いアメリカ合衆国、南北戦争(1861~1865)による分断国家a0212807_13133187.jpgであった当時のまま、現在(いま)も なお何も変わらない“銃社会”である現実(=絶大な権力をもつ全米ライフル協会は北軍の退役軍人が‘身を護る’ために結成)に加え、先住民のインディアン(彼らはネイティブ・アメリカンと曖昧に呼ばれるのを嫌う)を除き、世界中からの移民を先祖にもつ多民族社会、そして今もなお移民なしでは、成り立たない人工国家の矛盾(他民族・多宗教の多様な価値観が混在しかつ排他し合う国体)を払拭できない大国アメリカが、不治の病(病巣)を癒せない原a0212807_13134504.png因、つまり ‘袖すり合うも他生の縁’ という意識の中で暮らす私たち日本人には、到底想像できないアメリカ国民が、それぞれ相互に抱く不信(疑心暗鬼)を払拭できないところにあります。
アメリカ国民の多くが、見知らぬ隣人(他生)は、敵とみなし常に警戒し、時に殺し合う社会、銃でしか身を守れない国家システム、つまり自己の生存が、自分の責任でしか護れないという国是(合衆国憲法修正第2条)を ‘誰かが護ってくれる’ と安直に信じている私たち日本人にも理解a0212807_13134957.jpgできるよう映画は、ワンシーン、ワンカット、リアルに描いています。
監督は、この「ウインド・リバー」が、監督デビュー作となる名脚本家のテイラー・シェリダン(1970~)です。
シェリダン監督は、アメリカ国家の未成熟を声高に叫ばず、この傑作「ウインド・リバー」で、アメリカの現実を冷徹なリアリズムで表現(演出)、その永遠に続くかもしれない国家としての闇の深さをリアルに喝破(指摘)したびっくり仰天の逸材(天才監督)です。
a0212807_13135598.jpg脚本家としては、カナダの異才ドゥニ・ヴィルヌーブ監督が、2015年に撮った傑作「ボーダー・ライン」の見事な脚本、2016年の「最後の追跡」(日本では劇場未公開、DVDスルーもないなんて、どうかしている)の脚本を書いた脚本家として有名でしたが、脚本を書いて自ら監督(演出)したのは、「ウインド・リバー」が、初めてです。
a0212807_13140036.jpg撮影は、2012年の秀作「ハッシュパピー バスタブ島の少女」ならびに 2014年秀作「カットバンク」の撮影監督 ベン・リチャードソン(1983~)、音楽が、このところ次々に名作の音楽監督を務め、今や名音楽監督になった感のあるオーストラリアのロックミュージシャン ニック・ケイヴ(1957~)が、務めています。
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製作と製作総指揮に20人以上ものプロデューサーが、参加、それくらい多くの映画製作者たちは、脚本家 テイラー・シェリダンの初監督作品に期待していたということの証左でしょう。
a0212807_13145108.jpg映画は、アメリカ中西部 イエロー・ストーン国立公園にある先住民のアメリカインディアン保留地「ウインド・リバー」が、舞台です。
保留地のウインド・リバーで暮らすインディアンの若い娘や少女の失踪事件が、多発するも広大なウインド・リバー(鹿児島県の広さ)の治安は、保留地警察の警察官6名の手に委ねられていました。(後編に続く)

# by blues_rock | 2018-07-31 00:01 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_19342008.jpg前回(「軽蔑」)、映画製作のメインスタッフ ‘スクリプター’ について述べましたので今夜シネマの世界は、映画のポストプロダクションの一つ、製作国以外の映画館に配給され上映される時スクリーンに表示される「字幕(サブタイトル)」の翻訳家について書きたいと思います。
先日、韓国ビストロ「七階のナム」の月例食事会に若い友人の新婚夫婦と連れ立って行き、美味しいナムの料理を味わい、センマッコリを飲むほどにいつものように私は、相手のこと委細構わず一方的に‘映画の話(万引き家族の話)’をしていると夫人が、「戸田奈津子という映画の仕事をしている親戚がいる。」と私にぽつり ‥ ん!? とだなつこ、えっ、えー! 戸田奈津子、あの字幕翻訳家の戸田奈津子(1936~)さん!と 彼女の字幕ファンである私は、大興奮、素っ頓狂な叫び声をあげてしまいました。
即刻、夫人に個人情報(戸田奈津子さんとの繋がり、子細ナイショ)を根掘り葉掘り 尋ねました。
旧い時代、映画は、「洋画」か「邦画」の二つのカテゴリーに括られ、「洋画」には、必ず「字幕」が、付いていました。
「字幕」は、今でも必ず付きますが、現在では、日本語に吹き替えた吹替版を上映する映画も多いことから映画館が、掲示板に「字幕版」、「吹替版」と案内しているものの 映画に出演した俳優の声を吹替版で聞くなんa0212807_19344355.jpgぞ ‘愚の骨頂’、名シェフ(名監督)の逸品料理(名作)をマヨネーズや醤油・ソースに浸して食べるような真似(吹替版を見る)は、私にはできませんが、ともあれ各自お好み(comme vous voulez)で映画を見る権利はあります。
とは云申せ、例えば アル・パチーノの声をアル・パチーノ以外の声で聞くなんて 私には、絶対できないこと、名優 アル・パチーノの映画が、死んでしまいます。
ミシュランの高級レストランに喩えて云うなら、「字幕翻訳家」の仕事は、外国映画を「字幕版」にして美味しく観客に饗するベテランサービス係のような存在なので、前述の字幕翻訳家 戸田奈津子さん(1936~)の名前が、映画エンディングクレジットの最後に「字幕 戸田奈津子」と表われると私は、‘やっぱりな’ と妙に納得いたします。
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戸田奈津子さんが、字幕翻訳家としてデビューするのは、1979年の傑作映画「地獄の黙示録」で、それ以来アメリカ(ハリウッド)映画の大作(名作)を中心に、年間50本くらいの字幕を担当しているようです。
a0212807_19352807.jpgとくに戸田奈津子さんの功績は、映画の長いセリフのニュアンスを日本の映画ファンが、字幕を見て瞬時に理解できるよう「1行10文字くらい、2、3行」で伝える技術(戸田節といわれる意訳)を確立したことでしょう。
外国留学や外国駐在の帰国子女(旧い表現かな)が、珍しくない昨今、外国映画の長いセリフを聞いて分かる観客も多く、意訳翻訳の戸田字幕を見て‘誤訳’と指摘する無粋な映画知らず も多いようながら 映画のプロット(長いセリフのニュアンス)を外国語の分からない多くの日本人映画ファンに瞬時に短い字幕で伝えるその難しさを知る戸田奈津子さんは、そういうアホウな戯言(たわごと)を無視、そこが、また彼女の好いところでもあります。
a0212807_19352382.jpg字幕翻訳家の草分けは、清水俊二氏(1906~1988)、その弟子が、戸田奈津子さんです。
7か国語を操る岡枝慎二氏(1929~2005)は、外国語セリフの日本語表示を字幕と呼ばず、愚直に「翻訳」と言い続け、戸田奈津子さんのように独自な(戸田節の)字幕表現をする字幕翻訳家を「蜜派」、岡枝慎二氏のように字幕に独自の色(表現=翻訳スタイル)が、表われるのを嫌い、翻訳にこだわった字幕翻訳家を「水派」と呼んで区分しました。
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近年上映される映画のクレジットでよく見る字幕翻訳家の名前は、戸田奈津子さん始め、菊地浩司氏(1947~)、松浦美奈さん、戸田奈津子さんの教え子岡田壯平氏(1953~、俳優岡田英次の子息)、フランス映画でa0212807_19353136.pngは、古田由紀子さんなどです。
これから AIの字幕翻訳機 も登場するかもしれませんが、映画プロットのニュアンスを理解し、登場人物の言う喜怒哀楽(感情の機微など)の長いセリフを「一行10文字以内2、3行の字幕」にして観客の心に伝えるワザは、やはり聡明な頭脳と血の通った精神構造(エスプリ)をもつ人間の字幕翻訳家でなければ、できない芸当だろうと思います。

# by blues_rock | 2018-07-29 00:09 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
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1963年のフランス映画「軽蔑」は、第二次世界大戦後のフランス映画に新しい感性(新時代の息吹)を持ち込んだ‘ヌーヴェルヴァーグ’の代表的な監督である鬼才 ジャン=リュック・ゴダール(プロファイル こちら参照)が、
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当時29歳の絶世の美女 ブリジット・バルドー(1934~、BBの愛称で慕われた大女優)を主演女優に迎え撮った哲学的な心理劇映画です。
a0212807_15362134.jpgこの映画「軽蔑」を一言で云うなら年齢的に二十代後半と女性としてフェロモン全開の絶世の美女 ブリジット・バルドー(難しい心理劇を女優としても名演)をじっくり目に焼き付けるために見る映画です。
当時、ゴダール監督も新進気鋭の映画監督として意気軒高、戦前戦中の暗鬱な時代が、終わり戦後の開放的な新しい波(ヌーヴェa0212807_15362681.jpgルヴァーグ)に乗り、1959年に斬新な作品「勝手にしやがれ」を発表、1965年には、異色作「気狂いピエロ」を発表しますが、その前の1963年に撮ったのが、「軽蔑」です。
映画は、古代ギリシャの詩人ホメロスの「オデッセイア」を製作している映画関係者の劇中劇として展開していきます。
a0212807_15365858.jpg劇中の登場人物(脚本家・監督など)のセリフに、ホメロスの叙事詩「オデッセイア」からの引用や賢人たちの名言・箴言などが、頻繁に出てくるので難解のようながらプロットは、相思相愛であった脚本家の妻(ブリジット・バルドー)が、夫の脚本家(ミシェル・ピッコリ 1925~)を突然‘軽蔑’するようになり、そのことで二人の間に起きる事件(エンディング、これが クールです)を描いています。
登場人物は、脚本家夫婦のほかに、製作中の「オデッセイア」の脚本が、難解なので大衆受けをする脚本に書き直せと傲慢な態度でミシェル・ピッコリ演じる脚本家にa0212807_15370238.jpg迫る傲慢にして軽薄なアメリカ人プロデューサー(ジャック・パランス 1919~2006、1987年傑作「バグダッド・カフェ」に出演)と彼の通訳兼秘書の愛人(ジョルジア・モル 1938~、出演時25歳、美人女優ながら30代に引退し写真家となる)、傲慢なプロデューサーの命令を‘柳に風’とばかり、のらりくらりと対応する監督(フリッツ・ラング 1890~1976、オーストリアのサイレント時代の名監督、本人役で出演、ゴダール監督は、助監督としてラング監督の下で働いていた)a0212807_15371590.jpgの三人です。
製作者の一人にイタリアの有名なプロデューサー カルロ・ポンティ(1912~2007、ポンティ夫人は、名女優のソフィア・ローレン)、撮影が、‘ヌーヴェルヴァーグ’を代表する名撮影監督 ラウール・クタール(1924~1916、数多くのゴダール監督作品、トリュフォー監督作品を撮っている)、音楽もこれまたトリュフォー監督作品の音楽監督として名を馳せた作曲家のジョルジュ・ドルリュー(1925~1992)と名匠と名優の名前が、ずらりクレジットに並んでいます。
そのクレジットが、映画の冒頭、ナレーションで紹介されるのもユニークです。
a0212807_15372418.jpg今でこそ映画製作のメイン・スタッフの役割の一つとして「スクリプター(監督の代わりに映画製作の進捗のすべてを管理する記録役=書記、女性に多い)」の名は、良く知られていますが、映画製作現場業務(の職業)として世界的に有名にしたのは、ヌーヴェルヴァーグ映画製a0212807_15372723.jpg作をスクリプターとして陰で支えたフランス人女性のシュザンヌ・シフマン(1929~2001)でした。
日本の偉大な映画監督にも有能な女性スクリプターが、いて 黒澤明監督なら野上照代(1927~)、溝口健二監督には、坂根田鶴子(1904~1975)、伊丹十三監督は、堀北昌子、新藤兼人監督には、白鳥あかね(1932~)といった方々です。
a0212807_16560048.jpg最後に、映画の劇中、たしかラング監督のセリフだったと思いますが、「神が、人間を創ったのではない。 人間が、神を作ったのだ。」というセリフに感動、実にすばらしい箴言でした。
私が、これをフォローするなら「くだらない人間らが、くだらない神を騙(かた)り、収奪、強奪、凌辱、殺戮、そして破壊する。」かな 。  (上写真 : ブリジット・バルドーとゴダール監督)

# by blues_rock | 2018-07-27 00:07 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
二十歳のころ、寝食を忘れて油絵を描くことに夢中になり、自室で描けないような大作(50号~100号)は、大学美術部の専用アトリエで描いていましたので制作のため日曜日も含め毎日通学、授業には出席しなかったものの、この大学生活の4年間が、もののけにとり憑かれたように人生で最も集中して絵を描いた時間でした。
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当時は、今のように高性能デジカメやスマホで何でも気楽に撮れる時代ではなく、気になる モチーフが、目に入るとスケッチブックやクロッキー帖を出し写生(デッサン)して記録するしかなく、その分、自分の眼で対象をしっかり観察していました。   (下写真 : 「山口薫の絵」に憧れ「田んぼ」を描いた10号の油絵)
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私の心をかき乱し、‘絵を描くこと’ に熱中させたのが、画家 山口薫の絵でした。
今でも最も敬愛する画家を一人挙げよ、と云われたら「山口薫」と私は、即座に答えます。
しかし、私が、当時描いていた心象風景画は、描けば描くほど山口薫の絵の‘呪縛’から逃れられず、いつしか
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絵具箱を閉じ絵筆を仕舞い 気を紛らわすかのように 漆工芸の「黒田辰秋」・「松田権六」の作品を眺め、若かいころより敬愛する白洲正子さんの美意識と慧眼に改めて触発され古志野や古唐津の茶碗に魅かれ、六古窯古陶の簡潔な美しさに心ときめくようになりました。
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今年になり、私は、押し入れの中にあった二十歳のころの油絵を取り出し改めて眺め、これを漆の変わり塗り(唐塗り)にしてみたいとの衝動に駆られました。
漆の特性や漆芸技法を知らない私は、「今日は 残りの人生 最初の一日」(1999年映画「アメリカン・ビューティ」
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の中のセリフ)と思いながら漆に塗(まみ)れています。

# by blues_rock | 2018-07-25 00:05 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)
2017年映画「ザ・ウォール」は、非常に地味な 戦争映画ながら サバイバル・スリラー(あるいは、シチュエーション・スリラー)映画の秀作です。
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監督のダグ・リーマン(1965~)は、‘ジェイソン・ボーン’というジェームス・ボンド(007)以来のスパイ・アクション映画のスーパー・ヒーローを生んだ「ボーン・アイデンティティー」(2002年)で有名になった監督です。
a0212807_04214532.jpg映画は、2007年アメリカ軍が、敵対するフセイン政権打倒のためイラクに侵攻、砂漠に建設中の石油パイプラインの走るその砂漠の戦闘で消滅した村を舞台にしています。
リーマン監督は、新作映画「ザ・ウォール」を わずかに村の面影を残す瓦礫(がれき)の残骸と倒壊寸前の壁(ウォール)の後ろに一人残され、アメリカ兵の間で悪魔の狙撃手として恐れられるイラク軍a0212807_04213718.jpg伝説の狙撃手ジューバ(無線の声だけで姿なし)から狙われる孤立無援の狙撃手アイザック(アーロン・テイラー=ジョンソン 1990~、2016年「ノクターナル・アニマルズ」、2009年「ノーウェアボーイ ひとりぼっちのあいつ」の監督で写真家のサム・テイラー=ジョンソン 1967~ は、アーロン夫人)のサバイバルを描いています。
a0212807_04224989.jpg映画は、1時間21分と長編映画にしては短めながら冒頭、全滅した石油パイプライン建設グループ作業員とアメリカ軍援護部隊兵士、数多の死体が、横たわる戦闘現場をアメリカ軍の狙撃手アイザックとマシューズ軍曹(ジョン・シナ 1977~)の二人は、状況把握のため22時間監視、動きがないので現場に近づいたとき突然狙撃されるところから始まります。
a0212807_04225369.jpgマシューズ軍曹が、狙われ、アイザックは、右ヒザを撃たれ、水筒に穴をあけられ無線機を破壊され、崩れそうな壁(ウォール)の後ろにどうにか身を隠しましたが、敵の姿は、見えず狙撃手が、どこに潜んでいるか分かりませんでした。
アイザックが、無線機の部品をつなぎ、どうにか修理したとき、「仲間だ。 すぐに助けに行くから名前とIDをa0212807_04221647.jpg言え。」という男の声を受信しました。
アイザックが、現場の状況を伝え救援を求めているとき彼は、男の話す言葉が、男の言った出身地の訛りと違うことに気付いたアイザックは、声の主(無線の男)が、味方ではないことを知りました。
アイザックが、ジューバの居所を探すために、丁々発止の駆け引きをするシーンやジューバの居所を特定したアイザックとの一対一のa0212807_04403588.jpg狙撃戦は、緊張感に満ちてスリルが、ありました。
イラクの狙撃兵ジューバは、アイザックから聞き出した情報でアメリカ軍の後方部隊へ無線で救援を求め、アイザックが、それは、自分を囮(おとり)にしたジューバの罠(わな)と知り、必死でアメリカ軍のヘリコプター部隊が、現場に近付くのを阻止しようとするシーンエンスは、見どころです。
a0212807_04384756.jpgヘリコプター部隊は、ジューバに狙撃され墜落しますが、映画は、撃墜されたヘリコプター部隊の生き残りを装い、後方にいるアメリカ軍部隊に救援を求めるジューバの声を流して終わります。
ほとんど荒涼した砂漠の映像ながらロシアの若手撮影監督 ロマン・バシャノフ(1980~)が、撮った寂寥とした砂漠のリアリティと緊張感は、すばらしいものでした。

# by blues_rock | 2018-07-23 00:03 | 映画(シネマの世界) | Comments(3)