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心の時空

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a day in my life

制作していて次の工程に行き詰まるとわが技量の至らなさに気持ちが、沈み爆発しそうになるので「白檀塗」
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を私は、「爆弾塗」と自虐的にシャレて そう呼んでいます。
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まだ完成には、ほど遠いのですが、恥を忍んで制作中の「木胎漆変わり塗り四角平皿( 裏に「=」のゲタ高台)」
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2枚をあえて掲載しました。 (上下写真 : 変り塗りの表と裏)
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どなたか この白檀塗のグレード・アップ法をアドバイスくださると光栄です。

# by blues_rock | 2019-03-13 00:03 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)

アイデンティティ とは、 ‘自分’が、何者で何を考え、どう在りたいのか、自己同一性(自我を認識する=自分を知ること)を意味する心理学の専門用語です。

人の場合「個性」、企業の場合「CI(コーポレート・アイデンティティ)」が、概念としては、一番近いと思います。

a0212807_00360158.jpgつまり、心理学と社会学において、ある者が、何者であるか について、他の者と区別しようとする概念、信念、性質、そしてそれを表現、主張することです。

幼児期の他者は、母親です。

幼児期の自己主張(本能やわがまま=自己中心)は、母親が、丸ごと受入れ受け止めてくれます。(このところネグレクト=育児拒否・虐待する母親も増えてはいますが)

やがて、子供から思春期を経て成長し大人になる人生の初期に ‥ 自我が、生まれると母親や父親への反抗、友だちや異性とのコミュニケーションに悩むようになり自我に目覚め、自分を意識する、つまり自己認識するようになります。

私は、‘人間の資質’で最も大切なことは、「問題(トラブル)解決能力」だと考えています。

a0212807_00360690.jpgいま世界中、この「問題(トラブル)解決能力」ない人たち(‘悪しき風潮’に大衆迎合する人々)が、増え、そのポピュリズム(大衆迎合)は、いまから(わずか!)74年前の1945年以前の、暗黒の戦争時代に バック・ツゥ・ザ・フューチャーしようとしています。

今まさに “戦前”の予感 ‥ だが、次の戦争の時代のあとに、もう戦後は、ない(つまり、世界の消滅しかない)でしょう。

あれ、あれ、「個性と発達障害のこと」を書くつもりが、デストピア(ユートピアの真逆)世界の話になりましたので、閑話休題いたします。

私の知人が、開いている「学習障害児を持つ親のブログ」を読んでいたら、いまさらながら私は、‘発達障害’だっa0212807_00361544.jpgたかもしれない(今でも成人性アスペルガーかも?)と気付かされ 思い当たるフシが、たくさんありました。

とくに十代半ばに発症し苦しんだ「強迫観念症」は、自分の感情や衝動をコントロールできないので本当に悩まされました。

私は、そのころ、精神医学者 森田正馬(18741938、「森田療法」の創始者)先生の「神経質の本態と療法」(こちら参照)と出遭い、私の座右の書として先生の「あるがまま」の教えを実践し自分の心(精神、感情)と向き合って来ました。

私は、子供のころから興味や関心が、ないものへ適応能力に劣り、他人との協調もニガテで自分の価値判断と行動基準は、生理的な感情(つまり好き嫌い)でした。

‘壊れたラジオ’みたいに おしゃべりな今の私を知る人たちは、いつもの冗談と、信じてくれませんが、私は、子a0212807_00362003.jpg供のころ 吃音(どもり)に苦しみました。

吃音(どもり)コンプレックスが、あるので言いたいことを早く言おうとして早口で どもるので ますます劣等感、そしてそれに押し潰され「強迫観念症」を発症しました。

大学に入学するとすぐに美術部に入り、大学のアトリエか、自宅の狭い部屋にこもり、絵ばかり描いていました。

学生時代、友人から面と向かって「おまえは、いいやつだが、気難しいからなあ」とか「変わっているからなあ」と変人扱いでした。

大学を何とか卒業し就職‥次第に、絵は、描かなくなりましたが、三つ子の魂、百までなのか私の居場所(和め寛げる場所)は、美術館・博物館・映画館の三館にあるよう思われ入り浸るようになりました。

a0212807_00454363.jpgそして、秀逸な作品は、皆な個性(アイデンティティとオリジナリティ)にあふれ、それこそが、芸術の魅力(感動の本質)と気付きました。

そうか だから、芸術家に奇人、変人が、多いのか、そうか ‥彼らは、皆な「発達障害・学習障害・ADHD(多動性障害)などの‘アスペルガー性向’を芸術に昇華したのだ」と妙に納得するも私の場合、時すでに遅く、ずっとアスペルガー性向を引きずったまま(成人性アスペルガーとして)今に至りました。

生来、希薄だった私の「問題(トラブル)解決能力」は、年追うごとにさらに劣化、気難しさや生理的な(好き嫌いの)感情だけが、昂じるばかりながら、いまさら奇人、変人を隠しても始まらないので、私の中で問題(トラブル)を解決できないこと(や人たち)とは、距離をおき、近付かない、もし運悪くニアミスしたらすぐにそこを立ち去る(静かに拒否する)などして物事(しがらみ)に対処、だから私は、大の冠婚葬祭ギライでもあります。

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わがまま? ジコチュー? いいじゃないですか!
自分の人生です。
自立・自助・自己責任の原則さえ全うすれば、何も 嫌なことを我慢して生きていくこともありますまい。

# by blues_rock | 2019-03-11 00:01 | 人生/愛(Love) | Comments(0)
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ギリシャの鬼才 ヨルゴス・ランティモス監督(1973~)が、イギリス王室のアン女王(1665~1714、日本では、江戸初期の第4代将軍 徳川家綱、家光の息子)の時代に、スポットを当てて撮った、最新作のコメディアスな歴史
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映画「女王陛下のお気に入り」を見ました。
ヨルゴス・ランティモス監督は、36歳のとき2009年ギリシャ映画の怪奇な家族ドラマ(の異色作)a0212807_09163045.jpg籠の中の乙女」(カンヌ国際映画祭の新人監督作品を対象にした ‘ある視点’部門でグランプリ受賞)で注目されるも、ギリシャ危機でイギリスに映画製作の拠点を移し2015年、これまた特異なSFデストピア恋愛映画「ロブスター」を発表しました。
ランティモス監督の最新作「女王陛下のお気に入り」に登場するのは、歴史上実在した人物ばかり、それをランティモス監督が、包丁さばき(脚本と演a0212807_09163327.jpg出)も鮮やかに、コッテリとした300年前のイギリス王室 内幕劇料理をコメディ風味(口当たりもノド越しも好い味わい)にして私たちに饗してくれました。
主人公のアン女王をイギリスの名女優オリヴィア・コールマン(1974~、2015年「ロブスター」、2017年「オリエント急行殺人事件」に出演)が、怪演、アカデミー賞主演女優賞を見事射止めました。
a0212807_09163598.jpg受賞後のオリヴィア・コールマンのスピーチ「まぁ、これはホントにストレスたまるわ」から始まるユーモアあふれる情愛に満ちたスピーチが、すばらしく才媛女優の知性を感じました。
オリヴィア・コールマン演じる実在のアン女王のキャラも凄ましいの一言、妊娠と出産17回ながら死産や出産後の死亡と併せアン女王の子供全員が、亡くなっています。
a0212807_09163839.jpgブランデーが、好きで浴びるように飲んでいたことから ‘ブランデー’と揶揄され、17回の妊娠と出産しつつ同性愛の性癖もありました。
アン女王は、ストレスから情緒不安定で、ゲーゲー吐きながら過食、持病の痛風に苦しみ車椅子生活、ムラっ気が、激しく、政令の朝令暮改も当たり前で、死んだ子供たちの代わりに王宮内の広大な自室で17匹のウサギを子供たち(Babies、a0212807_09165975.jpgchildren)と呼び溺愛していました。
この女王陛下のお気に入りになろうとアン女王を軸に二人の女官(従姉妹同士)が、なりふり構わない激しい愛憎劇を展開していきます。
女官の一人が、アン女王の幼友だちで女王陛下の親友にして同性愛の相手でもある公爵夫人サラ、演じるのは、名女優レイチェル・ワイズ(1970~)、女王陛下のアンに対する態度も横柄a0212807_09164181.jpgでタメグチ口調、大臣たちにもアン女王代理の権力者として居丈高な女を好演しています。
もう一人は、女官の座を狙うサラの従妹のアビゲイルで演じるのが、若手ながら名女優のエマ・ストーン(1988~)、没落貴族の娘にして身売り同然でドイツ人商人の妻になったものの ‘貴族復帰’の野心に燃える 何でもありの女を女官サラ役のレイチェル・ワイズ相手に体当たりの演技で挑み熱演をしています。
a0212807_09170257.jpg野心に燃えるアビゲイルは、従姉のサラから女王アンの侍女にしてもらったことをチャンスと思いアンとサラの同性愛にも割り込み三角関係の同性愛になりました。
気分屋のアン女王は、自分のワガママに寄り添い喜怒哀楽を共にしてくれるアビゲイルを好むようになりますが、‥どこまでもジコチュー女王陛下のお気に入りになるのは、強靭な忍耐のいることでした。
a0212807_09170530.jpgこの映画の見どころのポイントは、五つ、① ヨルゴス・ランティモス監督の緩急自在な演出、② 三人の女性たちお互いの毒のある罵詈雑言(脚本のすばらしさ)、③ アイルランドの撮影監督 ロビー・ライアン(1970~、2014年「ジミー、野を駆ける伝説」、2016年「わたしは、ダニエル・ブレイク」)の当時の空気を感じさせる映像、④ 美術(プロダクション・デザイン)監督 フィオナ・クロンビーのa0212807_09170824.jpg時代考証されたセットと背景、⑤ 衣装(コスチューム・デザイナー)監督 サンディ・パウエル(1960~、2015年「キャロル」の名衣装デザイナー)の、やはり時代考証された衣装です。
男性俳優も大勢出演していますが、強烈なアン役のオリヴィア・コールマン、サラ役のレイチェル・ワイズ、アビゲイル役のエマ・ストーンの前に、霞んでほとんど印象に残りません。
a0212807_09172175.jpg敢えて挙げるなら念願の王宮に来て、野心に燃える侍女アビゲイルに近づき王宮内の情報を流すよう(スパイになれと)迫るハーレー卿を演じたニコラス・ホルト(1989~)くらいです。
映画のエンディングも秀逸で、うんざりして(王宮に嫌気が、さし)王宮を去ったサラの後任女官となったアビゲイルの頭につかまりアン女王が、立ったまま新女官アビゲイルに自分の足を揉a0212807_09172726.jpgませ、二人とも空虚な表情で宙を見つめているシーンと、そんなことなど我関せずの無垢なウサギたちを映したシークエンスで映画は、終わります。
ヨルゴス・ランティモス監督の次の作品もスーパー・シニカルで、ブラック・ユーモア満載の作品を期待しています。

# by blues_rock | 2019-03-09 00:09 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
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先夜の「ブルー・マインド」に続き、今夜もヨーロッパ(北欧)のホラー映画の秀作をご紹介します。
デンマークのヨアキム・トリアー監督(1974~、ラース・フォン・トリアー監督 1959~の甥ながら両者にあまり交流はないとか)が、2015年のミステリー映画の秀作「母の残像」のあとに撮った ‘ロマンティック・スーパーナチュラa0212807_18461685.pngル・スリラー’(ヨアキム・トリアー監督の本人談)、2017年のノルウェー映画「テルマ」は、確かに監督本人が、コメントするように新感覚のサイキック(超能力の怪奇現象)ホラー映画です。
北欧の宗教的神秘主義を背景に描いたサイキックなホラー映画「テルマ」は、1976年の「キャリー」を彷彿とさせるオカルトのようなシーン(少女テルマの心が、動揺しパニックになると様々な怪奇現象を引き起こすシーン)もありますが、ヨアキム・トリアー監督は、a0212807_18462504.jpg奇怪な演出を極力抑え、スウェーデンの名監督イングマール・ベルイマンの1966年名作「仮面/ペルソナ」に触発されたような主人公の少女の深層心理(禁欲と欲望、愛と憎悪、抑圧と解放)、そしてテルマのパニックの原因である強制された信仰のトラウマ(潜在意識)を秀逸なシュールレアリスム映像で表現しています。
確かに ‘ホラー’というより終始漂う緊張感は、秀逸なスリラー映画のようで、たとえるなら2013年スリラー映画a0212807_18462851.pngの秀作「イノセント・ガーデン」に似ています。
ヨアキム・トリアー監督は、まず「テルマ」を見る者に、主人公の少女テルマが、妄想癖や幻覚の発作を起こすサイコシス(精神病疾患)と想起させて(先手を打って)おきます。
幼児期からテルマは、カルト的なキリスト教を両親ほかまわりから洗脳され、その深層心理が、人間原始の本能(欲望と快感)覚醒で、自分の性的な妄想は、信仰の堕落によるものと恥じて自分を責め、その罪悪感で苦a0212807_18463681.jpg悩、「心因性の発作(心因性非癲癇という不可解な発作)」を起こす少女テルマの姿をヨアキム・トリアー監督が、いかにも北欧的でミステリアスなホラー演出で描きました。
テルマ(エイリ・ハーボー、1994~)は、ノルウェーの田舎町で厳格な原理主義キリスト教徒の両親に育てられ禁欲的で信心深いもののささいなことで折檻されていたこともあり幼少期の記憶が、ありません(児童虐待ストレスによる記憶喪失)でした。
a0212807_18463186.jpg成長したテルマは、オスロ大学に入学、一人暮らしを始め、すぐに自由奔放な大人びた女子大生のアンニャ(カヤ・ウィルキンス 1990~、映画初出演、アメリカ出自のミュージシャン)と出遭い、やがて初めて恋(キリスト教の教義で同性愛は、禁断の恋)に落ちました。
それ以来、突如テルマを「心因性の発作(心因性非癲癇発作)」が、襲うようになり、彼女のまわりでは、不可解a0212807_18464369.jpgな出来事が、続発するようになりました。
テルマの両親は、封印して来た自分の家族にまつわる “恐ろしい力”(テルマの祖母が、長い間、精神病院に入院中であることをテルマは、知らなかった)が、テルマの中で覚醒(封印を解くスイッチが、入った)したことを知り、覚悟を決め我が娘(こ)のテルマを抹殺しようとします。
ここまでが、映画の半ば、ヨアキム・トリアー監督の全作品を撮ったスウェーデン人の撮影監督ヤコブ・イーレ(プa0212807_18464664.jpgロファィル不詳)の美しく神秘的な映像は、見る者の視線を捉えて離さず、後半いよいよ佳境に入り、トリアー監督の新感覚サイキック(超能力の怪奇現象)ホラー演出をイーレ撮影監督が、見事に映像化していきます。
新感覚ホラーの「テルマ」に「キャリー」や「イノセント・ガーデン」の影響を感じるのは、当然だとしても、劇中に幾度か登場する「鳥」の群れが、トリアー監督のヒッチコック1963年作品「鳥」へのオマージュ(トリアー監督談)として見るのもこの映
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画の楽しみです。 (上写真 : 映像モニターで 演技の確認をするエイリ・ハーボーとヨアキム・トリアー監督)
敬虔なキリスト教信者の深い信仰心が、思春期少女の肉体(初潮と性徴)と精神(欲望と快感)の変化を否定することから生まれる‘罪悪感’をサイキックなプロットながら神秘的なホラー映画にしたヨアキム・トリアー監督のa0212807_21160024.jpg手腕は、たいしたものです。
この映画が、美しいハッピーエンドなのか、ダークなエンディングなのか、それは、見終えたあなた自身の判断です。
テルマを演じたノルウェーの新人女優 エイリ・ハーボーが、実にすばらしく、心因性非癲癇発作の長回しシーン、映画の冒頭とラストで、がらりと変わるテルマの表情(の演技)は、必見です。

(左写真 : フランス版「THELMA」のポスター、日本版と比較してみると センスの差は、歴然)

# by blues_rock | 2019-03-07 18:30 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
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スイスの若手女性監督リサ・ブリュールマン(1981~、現在38歳)の初監督(オリジナル脚本)作品「ブルー・マインド」(2017)は、人魚のおとぎ話を‘今風’にアレンジして撮るとこうなるのかと、その映像才能にいたく感心させa0212807_06561572.jpgられたシュールながらもリアリズム描写に徹した寓話的なホラー映画です。
スイスの映画祭で作品賞、主演女優賞(ルナ・ヴェドラー 1999~、「ブルー・マインド」は、デビュー作品)、脚本賞を受賞していることからも分かるようになかなかの佳作と私は、思います。
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主人公は、15歳の思春期の少女ミア(新人女優ルナ・ヴェドラー、出演時18歳)で、彼女の初潮(生理の始まり)から彼女の身体に奇っ怪な変化が、起き始めるファンタジー・ホラーです。
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同時に転校した新しい学校での疎外感や孤独感と相俟ってミアの身体の中で何か得体の知れない突然変異、まあいわば、毛虫が、蝶になるような、ヤゴが、トンボになるような「変態現象」が、生理(初潮)の始まりとともにa0212807_06592249.jpg突如、彼女の身体に顕われました。
冒頭、ミアの母親(レグラ・グラウヴィラー 1970~)が、大切に飼っている観賞魚をまるでエサかのように水槽からミアは、手で掬って口に入れ美味しそうに食べますが、このシーンからリサ・ブリュールマン監督は、まず見る者を驚かせます。
a0212807_06592731.jpg人類が、過って海中生活していた水生動物(魚類)であったDNAが、覚醒したかのように、ミアの身体は、変態していきますが、両親は、ふさぎ込んだミアの悩み聞くどころか転校による生活環境の変化(疎外感や孤独感)が、原因だ、と真っすぐ受け止めず、精神の不安定なミアに「カウンセリンa0212807_06593259.jpgグを受けろ」と叱るだけで他人事のようでした。
ミアは、仕方なく病院に行き診察(検査)を受けましたが、婦人科の女医は、ミアに「とくに異常なく気の病です」とカウンセリングするだけでした。
a0212807_06593580.jpgミアは、同級生のジョアンナ(ゾーイ・パスティル・ホルトアイゼン 1999~、映画初出演)と知り合い親しくなりました。
ある夜、同級生たちの集まる海辺のパーティで酔った一人の少女が、海に転落し浮き上がらないので大騒ぎになりミアは、とっさに飛び込み、まるでa0212807_06594741.jpg人魚のような俊敏な泳ぎで沈んでいる同級生の少女を見つけ救いました。
しかし、同級生たちは、ミアに感謝するどころか奇異な目で彼女を見るようになりました。
少女から女性へ成長し初潮を迎えた15歳の美しいスイスの少女ミアの不安と恐怖(ブルー・マインド)を寓話的に描いた耽美ホラー映画で、スイスの撮影監督ガブリエル・ロボス(1975~)の美しい映a0212807_06594407.jpg像ならびに音楽監督トーマス・クラットリ(プロファィル不詳)のセンスあるサウンド・トラックも秀逸です。
ホラーと云っても こけおどしや えげつないシーンは、なく緩急バランスの好いホラー映画の佳作として、まだホラー映画を一度も見たことが、ないという方にホラーの入門編としてお薦めいたします。
(上写真2枚 : リサ・ブリュールマン監督、ならびにルナ・ヴェドラー左 と ゾーイ・パスティル・ホルトアイゼン右)

# by blues_rock | 2019-03-05 00:05 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
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‘行書体の祖’王羲之(303~361)は、「書」を芸術にまで高めた書家として、夙(つと)に有名、普遍の存在です。
a0212807_08310587.jpg古代の中国のみならず日本でも奈良時代よりすべての書家が、王羲之の書を御手本にしてきたと伝わります。
過って古代中国(隋から清まで)の王朝に仕える科挙(高級官僚の雇用試験)では、王羲之の書体で答案しないと不合格だったそうです。
さて、私は、刻苧で直した古唐津茶碗に「心」の高蒔絵をしたいと王羲之の書から‘心’の漢字を探しましたら、二つの異なった書体の「心」を発見しました。
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一つは、行書体で、もう一つが、草書体と思われます。
a0212807_08310866.jpgまず一つ、王羲之の行書による「心」を‘青貝と梨子地銀’直しの古唐津茶碗(武雄系古唐津茶碗)に高蒔絵(初高蒔絵作品です)しました。
もう一つの草書の「心」は、‘呂漆塗立て’直しの古唐津茶碗(古山瀬窯茶碗)に高蒔絵しようと思っています。

# by blues_rock | 2019-03-03 00:03 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)
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いま、陶土(つち)と轆轤(ロクロ)に翻弄されながらも、なんとか 真っ当な陶胎漆茶碗や陶胎漆器の「陶胎」を焼成したいの一念で奮闘中です。
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ロクロの前に座ることなど考えもしなかったのに、ロクロで作陶始めて間もなく一年、手捻り(紐作り)とは、異次元のロクロでの作陶に「こんなはずではなかった」へたり込んでいます。
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陶土とロクロの連合軍は、手強い相手で悪戦苦闘しています。
二年前、福岡市西区徳永の山中(と云っても徳永の交差点から1㌔ですが)にある玄洋窯の名陶工である冨永
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氏に師事し(それから毎週、押しかけ)、初心(うぶ)な気持ちで手捻り(紐作り)していたころの初心に還るために当時の拙作(茶碗好きの茶道知らずが、作陶した 伊賀風の 鉄釉飛び茶碗)を取り出してみました。
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この伊賀風茶碗(経12.5㌢、高さ8㌢、高台経6㌢)に私は、ちょっぴり苦い初恋ブレンド(ファディの初恋バレンタイン・スペシャル・ブレンド)コーヒーを注ぎセルフお点前しました。
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# by blues_rock | 2019-03-01 00:01 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)
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このフランスの2017年クライム・サスペンス映画「女神よ、銃を撃て」は、フランスの大女優カトリーヌ・ドヌーブ(1943~、出演時74歳)とドイツの名女優ダイアン・クルーガー(1976~、出演時41歳)が、母と娘a0212807_03010862.jpg(親子)を演じた二人の名女優の演技を見る映画です。
監督は、脚本家のティエリー・クリファ(プロファイル不詳)で演出もさることながら脚本が、佳作の映画です。
されど、私には、原題「Tout nous sépare(私たちを隔てるすべてのもの)」が、どうして日本語タイトルになるとプロットと関係のない意味不明な「女神よ、銃を撃て」と云う無粋になるのか、さっぱり理解できa0212807_03011054.jpgません。
さらに、フランスとドイツの世界的に有名な名女優二人の主演なのに、WOWWOWだけの放映扱いで一般劇場未公開(DVDスルー)とは、アンビリーバブル(情けなや)です。
映画は、右足と背中に大事故(劇中その説明はない)の傷痕が、残る娘(ダイアン・クルーガー)は、その後遺症の苦痛から逃れるた
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めに薬物依存症(ジャンキー)となり麻薬の売人の恋人(男)が、いました。
彼女は、この男を愛していましたが、男は、彼女をただの金ズルとセックス相手としか思っていませんでした。
a0212807_03012754.jpg娘の母親(カトリーヌ・ドヌーブ)は、ドイツ人の亡父が、経営していたコンテナ会社の跡継ぎ社長をしていて母娘(親子)二人大きな屋敷で暮らし、事故の後遺症で障害のある娘を不憫に思い溺愛していました。
ある日、娘は、片想いの恋人と痴話ゲンカをして、とっさに金棒で頭を殴り、それが、致命傷となり殺してしまいました。
a0212807_03013494.jpg娘の異変に気づいた母親は、娘と過失致死の事件現場へ深夜に行き、死体を川に棄て、二人の乗っていた車を焼却しました。
しかし、しばらくして恋人の死体が、海岸に打ち上げられ警察は、現場検証で遺体の状況からギャングの抗争事件による殺人として片づけました。
a0212807_03014582.jpg娘は、恋人を殺したと云う良心の呵責に苦しみ警察に自首しようとしますが、母親は、娘をなだめ思い止まらせます。
だが、亡き恋人のギャング仲間の一人は、アルコールと薬物依存により挙動不審な娘を見て二人を脅迫、金を強請(ゆす)るようになりました。
エンディングも脚本家クリファ監督のクールな脚色で終わります。
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とにかく、娘を溺愛する母親役のカトリーヌ・ドヌーブと事故の後遺症で心身共に深い疵痕(きず)を負い、片想いの男とのセックスそしてアルコールと薬物に依存する娘役のダイアン・クルーガーが、実にすばらしく、この名
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女優二人のファンなら必見の佳作映画です。

# by blues_rock | 2019-02-28 00:08 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
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根来塗り’の歴史は、古く、本来 根来塗りと云えば、朱色漆器の下から、長年の暮らしで普段使用した証である擦れ(傷み)てできた黒漆の表れを根来塗りと称してきました。
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その艶やかなコントラストの美しさを愛でた古人たちは、その反対のコントラストである黒漆の下から朱の漆が、ほんのり顕われたものは、黒根来と呼ぶようになり、これもまた愛好してきました。
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ならば、と私は、焼き締めた四角反り皿に 朱色漆を幾重も塗り重ね最後に、白漆を塗り固め、磨ぎ出して「白根来」にしてみました。
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‘せせらぎ’のような 反り皿(この皿の銘)表面の陶文様が、この皿の見どころです(とは、ちと自画自賛過ぎかもしれませんが‥)。



# by blues_rock | 2019-02-26 00:06 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)
絞漆(しぼうるし)は、アカデミックな漆芸から見たら少し変わった技法なので ‘変わり塗り’ とも言います。
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豆腐(絹)と漆を混ぜて塗り固めた下地(他にも卵や上新粉でも、また一味違った下地になります)に、色々な漆を塗り重ね磨ぎ出す(ときに錫粉を蒔いて下地を砥ぎ出す)と漆器蒔絵の精巧にして緻密な神業(このストイック
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な世界は魔界)から解放された魅惑的な漆器や漆塗りのいろいろな小道具(箸やかんざし)が、創れます。
いろいろな素材(木・陶・布・紙・竹・皮など)の胎に絞漆(しぼうるし)で自由に漆と戯れる時間は、別格です。
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写真は、上から「木胎マグカップ」、「陶胎茶碗」、「ステンレス胎タンブラー」の絞漆(変わり塗り)です。
もう少し艶っぽく摺り漆しようかなと 思案中 ‥ 離れて眺め、心迷うのも 漆遊び の楽しさです。

# by blues_rock | 2019-02-24 06:30 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)
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今夜もまた‘北朝鮮がらみ’の韓国映画ながら「V.I.P. 修羅の獣たち」は、鬼才パク・フンジョン監督(プロファィル不詳、2010年スリラー映画「悪魔を見た」の脚本、2013年韓国ノワール(犯罪バイオレンス)映画「新しき世界」の監
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督・脚本など)が、‘北朝鮮がらみ’のプロットで映画を撮ったら「なるほど、こうなるか!」と感心させられる作品です。
a0212807_17055196.jpg北朝鮮から韓国に脱北した若者が、VIP(=最重要人物、国家中枢幹部の息子)で実は、怪物(連続猟奇殺人犯)だったら?という設定(プロット)で映画は、製作されています。
連続猟奇殺人事件の裏で蠢(うごめ)く、韓国(政府中枢官僚の自己保身)×北朝鮮(権力闘争)×アメリカ(CIAの謀略)の利害と政治が、対立しやがて軋み始める3国当事者たちのジレa0212807_17055768.jpgンマと運命 ‥ フンジョン監督は、「V.I.P. 修羅の獣たち」を単なる韓国×北朝鮮×アメリカの国家間の緊迫した国際情勢アクション映画として描くだけでなく、スリラー・サスペンス・ミステリーが、ふんだんに盛り込まれた秀逸なエンタメ映画にしています。
a0212807_17060784.jpgそのため映画にリアリティを持たせ「現実ありそうな(弟が兄を暗殺した北朝鮮の事例もあり)猟奇殺人事件」として描くためフンジョン監督の演出が、激しいバイオレンスや残酷な殺人シーンを伴い、さらに猟奇的なスナッフフィルム(惨殺された本物の死体写真)をショットに入れたためフンジョン監督は、映画を愛さない人たちから非難され、a0212807_17231067.jpg編集にずいぶん苦労したようです。
韓国の国家保安局とCIAの陰謀で北朝鮮から亡命(脱北)した中国資金ルートの元締めで失脚した国家中枢幹部の息子(北朝鮮の中国資金秘密口座情報を知ると疑われる)が、連続猟奇殺人事件の犯人であったことをきっかけに事実を隠蔽しようとする者(脱北を受け入れた韓国の国家保安局)、逮a0212807_17063521.jpg捕しようとする者(ソウル市警殺人課の刑事たち)、復讐しようとする者(北朝鮮で殺されかけた国家警察官)、中国の北朝鮮秘密資金を探る者(CIA工作員)など、それぞれの目的と思惑を持った男たちの運命が、交錯していく様子(さま)をメリハリの利いた4部構成(現在から過去にフラッシュバックして現在に戻る起承転結が、すばらしい!)でフンジョン監督は、描いています。
a0212807_17072024.jpgソウル市警の刑事チェ・イド(キム・ミョンミン 1972~)は、韓国で起きた連続猟奇殺人犯が、北朝鮮から亡命(脱北)した政権幹部の息子キム・グァンイル(イ・ジョンソク 1989~)である証拠をつかみ逮捕しようとします。
しかし、その行く手を韓国の国家保安局のパク・ジェヒョク(チャン・ドンゴン 1972~)が、CIAの要請で阻み、北a0212807_17073898.jpg朝鮮から密かに侵入した保安省工作員のリ・デボム(パク・ヒスン 1970~)は、キム・グァンイルが、北朝鮮でもサイコパス殺人鬼のVIPであったことから逮捕し北朝鮮に連行して復讐しようとしチェ・イド刑事(キム・ミョンミン)と対立します。
CIA工作員ポール・グレイ役を名脇役俳優のピーター・ストーメア(1953~)が、怪しく渋く演じています。
a0212807_17074134.jpg北朝鮮でも韓国でも若い女性を狙った連続猟奇殺人犯のキム・グァンイルを演じた美男子の若手俳優イ・ジョンソクが、見事、北朝鮮は、人の命(人権)などゴミのように扱われる独裁国家なので権力中枢にいる者の息子に殺人など犯罪(猟奇殺人ですら)という概念が、最初(はな)からまったく存在せず「ボクが、殺ったけど、それが、何か?」というふてぶてa0212807_17081478.jpgしく横柄な態度を上手く演じています。

必見は、映画冒頭(プロローグ)と最後(エピローグ)にクールな暗殺者を演じるチャン・ドンゴンとソウル市警の無頼刑事、北朝鮮の強面(こわもて)工作員、CIAエージェントの 3人から翻弄される国家保安局の上級官僚を演じるチャン・ドンゴン、これを劇中、同一人物のパク・ジェヒョクとして演じたチャン・ドンゴンの役者ぶりも見どころです。


# by blues_rock | 2019-02-22 00:02 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
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韓国は、国内の世情が、怪しくなってくると、大統領以下国会議員まで日韓併合時代(1910年から1945年までの35年間の)「過去の瑕疵(かし、キズのこと=不幸な事件)」を論(あげつら)い敗戦国家の日本(今の日本人)を非難します。
a0212807_03274342.jpg自説ながら私も含め戦後生まれ(戦争を知らない子供たち世代)が、いまや両国民のほとんど(90%)なのに国家間となると恣意的に悪しき戦前意識(旧世代の差別と偏見に満ちた偏狭意識)になる(先祖返りする)のは、どうしたことか、といつも奇異に感じます。
私たち両国民が、目指したいのは、デストピア(暗黒世界)でないはず、ユートピアが、ムリだとしても安寧(ピースフル)な世界であるはずです。
a0212807_03281353.jpg引っ越しできないお隣さん同士は、仲良く暮らしていくしかありません。
韓国は、北朝鮮という厄介な独裁国家と対峙するので国内で世情と政治が、不穏になると大統領や軍さらに議員までも短絡的な反日愛国感情を煽り、保身のための世論操作を始めます。
そうなると日本側にも待っていました!とばかりに金切り声をあげる韓国嫌いの徒が、戦争前夜のように何やら叫び始めると ‥ どっちもどっち、うっとうしく、かつうんざりします。
a0212807_03284077.jpg坊主憎けりゃ、袈裟まで憎い、の喩えのとおり、このところ日本映画より韓国映画のほうに秀作が、多いのに映画ファンなら必ず見るような韓国映画の傑作「バーニング」のような作品までスルーする嫌韓人には、困ったものです。
閑話休題、北朝鮮という今そこにある危機を抱える韓国のアクション(バイオレンス)・サスペンス・スパイ映画は、日本映画のそれと比べ格段にすばらしく、その韓国映画の面白さをてんこ盛りしているのが、北朝鮮絡みの映画で、a0212807_03285958.jpg2000年「JSA」、2013年「ベルリン・ファイル」、同年「レッド・ファミリー」、同年「サスペクト 哀しき容疑者」、2017年「V.I.P. 修羅の獣たち」など他にも面白い映画は、たくさんあります。
今夜は、2017年作品「コンフィデンシャル/共助」(原題「confidential」 極秘)を紹介します。
この韓国映画「コンフィデンシャル/共助」は、北朝鮮と韓国の南北対立を背景に北朝鮮の闇の「偽ドル印刷組織」から銅版を強奪し韓国へ逃亡(脱北)した北朝鮮軍の犯罪者グループ(闇の「偽ドル印刷組織」を捜査していa0212807_03290422.jpgた秘密警察グループ)逮捕のため韓国が、歴史上初の南北共助による極秘捜査に調印ことから始まります。
北朝鮮から国際犯罪の捜査要請を受け入れた韓国ながら、この時まだ 精巧な銅の偽ドル札印刷原版にからむ極秘捜査であることを知りませんでした。
北朝鮮の秘密警察官 イム・チョルリョン(ヒョンビン 1982~)は、闇の偽ドル札印刷組織摘発の極秘任務中、上官のチャ・ギソン(キム・ジュヒョク 1972~2017)率いるグループの裏切りで自分の部下と妻を殺されました。
a0212807_03290760.jpgチャ・ギソンのグループは、銅の偽ドル札印刷原版を強奪すると韓国に逃亡(脱北)しました。
その事実を韓国はおろか世界に知られず極秘で奪還しなければならない北朝鮮は、担当官のイム・チョルリョンを北朝鮮の捜査官としてソウルに派遣しました。
韓国は、南北共助による犯罪捜査に調印したものの北朝鮮の説明を信用しておらず、その真の狙い(裏の目的)を探ろうとソウル市警の刑事 カン・ジンテ(ユ・ヘジン 1970~)に捜査協力と偽装して、北朝鮮の刑事 イム・a0212807_03291479.jpgチョルリョン(ヒョンビン)に密着し監視するよう命じました。
そして二人は、ソウルに潜む凶悪な北朝鮮の犯罪組織との戦いに身を投じていきました。
韓国の映画は、北朝鮮が、絡むとコメディでもシリアスな作品(前述「レッド・ファミリー」は、その典型)になります。
この「コンフィデンシャル/共助」もまたシニカルながらブラックユーモアたっぷりの面白い映画です。

# by blues_rock | 2019-02-20 03:22 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
普段使っている食器のキズを「色漆直しの金継ぎ」で修理してみました。
普段使いの修理は、色漆による直しが、気楽に出来て重宝です。
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古伊万里の呉須「千鳥文松竹梅窓絵」7寸皿に長く深い窯疵が、ありましたので錆漆で埋め呂色漆で整え浅葱漆で直しました。
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三角反り皿(一辺15㌢)に一箇所、窯疵が、ありましたので錆漆をいれ、全体の色調に合わせコバルト・ブルーの浅葱漆で直しました。
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高蒔絵小菊文の配(あしら)われたアンティーク小皿(経7㌢、たぶん明治期の有田窯)の縁のカケを刻苧で埋めて弁柄漆の下地に白漆で草文を描きました。
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今どきの丸皿ながら縁のカケが、おもしろくパテで元のように成形し呂漆で固め、弁柄漆のうえに白漆の露草文を蒔きました。
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どこにでもあるリキュール・グラスとビール・グラスのステム(軸=持ち手)が、味気ないので朱漆のうえに錫箔微塵粉を蒔き、梨子地漆で固め生正味漆を摺りました。
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木目の美しい四角盆を見つけましたので拭き漆にしました。
五枚が、それぞれ異なった木目で小ぶりながら裏表使える(リバーシブルな)菓子盆です。
a0212807_14250590.jpg犬も歩けば、棒に当たる です。
‘漆目’で街を歩けば、棒だらけ ‥ 時おり百均より安い万円棒(超掘り出し物)に ぶち当たったりするので アンティーク店(ユーズド・ショップ)覗きは、止められません。
コツは、「こんにちは、見せてください。」と気楽に入り‘衝動買い’をしないこと、グッと来る‘超掘り出し物’が、なければ、潔く立ち去ること、これを繰り返していれば‘超掘り出し物’は、向こうからあなたの前に出現します。

# by blues_rock | 2019-02-18 00:08 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)
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LGBT映画という カテゴリーが、映画のジャンルにあるのかどうか、私には、分かりませんが、フランスの名匠フランソワ・オゾン監督(1967~)は、自らゲイであることを公表していることもあり、オゾン監督作品のほとんど(全a0212807_13203262.jpg部かも)に LGBTの主人公か、主人公にからむ主要な人物に 必ずゲイ(の男女)が、登場いたします。
この2005年作品「ぼくを葬る」(作品原題「Le temps qui reste」 残された時間)もまた ‘ヒンヤリした映画’ ながら、見逃していたオゾン監督作品であること、フランスの美男俳優にして名優でもあるメルビル・プポー(1973~)が、主演なので見ました。
a0212807_13203734.jpgメルビル・プポーは、ゲイの役柄が、多く2005年「ぼくを葬る」の主人公で、ゲイのカメラマン、2009年「ムースの隠遁」は、ゲイの主人公で、バイセクシャルの兄役、2012年「わたしはロランス」の主人公であるゲイの高校教師役など、メルビル・プポー本人もゲイではないかと(ちなみに彼は、ヘテロで妻子あり)想わせるくらい適役で上手いゲイの役を演じます。
a0212807_13204001.jpg「ぼくを葬る」には、フランスの名女優 ジャンヌ・モロー(1928~2017)が、メルビル・プポー演じる主人公の祖母役で、実在感(リアリティ)あふれる田舎に隠遁した偏屈な老女を名演、日本の名女優 樹木希林(1943~2018)演じる偏屈な老女の演じぶりと比較し見てみるのも一興です。
a0212807_13210075.jpg併せて、イタリアの名女優 バレリア・ブルーニ・テデスキ(1964~、2013年「人間の値打ち」、2015年「アスファルト」)が、出番は、少ないものの 不妊症の夫をもつレストランのウェイトレス役で出演、余命いくばくもない31歳のゲイの主人公に精子提供を依頼する(愛する夫と一緒にベッドに入りセックスし精子提供してもらう)貞淑な中年女性役を好演しています。
a0212807_13210379.jpg女性の名撮影監督 ジャンヌ・ラポワリー(1963~)が、オゾン監督の演出を情感あふれる映像で撮影、さらにオゾン監督作品の常連である音楽監督フィリップ・ロンビ(1968~)の情緒あふれる音楽は、演出と映像を引き立て主人公の哀しみを切なく表現しています。
a0212807_13211778.jpg映画のストーリーを簡単に云うと、ファッション雑誌の売れっ子カメラマンであるロマン(メルビル・プポー)は、撮影中突然、倒れました。
ロマンが、病院で精密検査すると「末期のガンで余命は、あと3カ月」と告げられました。
ショックを受けたロマンですが、化学療法を勧める医師の治療を拒否、ゲイの恋人(セックスシーンの演出で オゾン監督が、メルビル・プポーにペニスa0212807_13212040.jpgを勃起させ、それをリアルに撮らせたゲイの監督らしい ‘こだわり’ を私は、いたく感心!映像も無修正)にも伝えず、両親にも仲違いしたまま犬猿の仲(子供のころは、大の仲良しだった)の姉にも言いませんでした。
ロマンは、仕事をすべてキャンセルし、パリから遠く離れた田舎に一人で暮らす祖母(ジャンヌ・モロー)を訪ね、自分の命が、あと3か月であることを伝えました。
祖母の家を訪ねる途中、立ち寄ったレストランで働く中年女性(バレリア・ブルーニ・テデスキ)から突然「ぶしつa0212807_13212386.jpgけながらお願いがあります‥」と精子提供を依頼されました。
このレストランの店主で彼女の夫が、不妊症であること、妻である彼女は、子供を諦めきれず、偶然来店した物静かな若くハンサムで知的な雰囲気のロノンに一目惚れしました。
ロマンは、自分が、ゲイであること、子供嫌いであることを彼女に伝えました。
a0212807_13212626.jpg今まで想像もしなかった自分の悲劇にどう対処すべきか分からず混乱するロマンは、残された余命3か月の生(命)に何の意味が、あるのか、どうすればいいのか、苦悩するばかりでした。
祖母から「なぜ 自分にだけ余命3か月であることを言うのか」と問われたロマンは、「あなたは、間もなく死ぬ人だから、ボクの気持ちが、分かるはず」a0212807_13213394.jpgと答えました。
祖母から奇跡を信じ化学治療を受けるよう勧められたロマンでしたが、苦しむのは、嫌だと答え「今夜一緒に寝て欲しい」と祖母のベッドに入りました。
祖母と別れたロマンは、レストランを訪ね、精子を提供するが、自分は、もうあまり時間のないこと、必要なら今すぐ提供したい、とレストランのオーナー夫婦に伝えました。
精子提供(ロマンと夫婦、三人の セックスシーンを撮るオゾン監督の演出は、ゲイのラブシーンのこだわりに比a0212807_13213651.jpgべ、子作りのための性行為と云った実にあっさりとしたもの)を終えたロマンに夫婦から、間もなく妊娠したとの連絡を受けるとすぐ夫婦を伴って弁護士に会い、自分の全財産を産まれてくる子供に遺すと遺言書を作成しました。
死期に向け、どんどん痩せていくロマン(メルビル・プポーの役作り減量が、すばらしい!)は、子供のころ家族一緒に行った海岸に行き海を眺め浜辺に横たわると静かに目を閉じました。

# by blues_rock | 2019-02-16 00:16 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_10420567.jpgイギリスの女性映画監督 リン・ラムジー(1969~)が、2017年に撮った秀作「ビューティフル・デイ」は、女性とは想えない骨太(ハードボイルド)なバイオレンス&サスペンス映画でした。
その「ビューティフル・デイ」の前 2011年に撮ったのが、サイキックなホラー映画「少年は残酷な弓を射る」(We Need to Talk About Kevin)です。
「少年は残酷な弓を射る」は、母親に強い悪意とサイキックな執着心を抱く息子(少年)、我が子(=少年)から鋭い敵意ある視線(憎悪の眼差し)に射られ、悪意に満ちた仕打ちを受ける母親、この二人の関係を緊張感たっぷりに描いたなかなかの秀作です。
ラムジー監督の演出は、‘母親と少年の間にある背筋の凍るような緊張感’を、これでもかと云わんばかりに強調、この演出を名撮影監督 シーマス・マッガーベイ(1967~、2007年「つぐない」、2009年「ノーウェアボーイ ひとりぼっちのあいつ」、2016年「ノクターナル・アニマルズ」、2016年「ザ・コンサルタント」の撮影監督)が、親子(母親と息子)のただことではないミステリアスな関係をまさしくホラーのようa0212807_10423440.jpgな映像で撮っています。
サウンドトラックもイギリスのロックバンド レディオヘッドのジョニー(ジョナサン)・グリーンウッド(1971~、リン・ラムジー監督作品は、「ビューティフル・デイ」に続く音楽監督、2018年「ファントム・スレッド」の音楽監督、2007年「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」で音楽監督デビュー)が、琵琶の音色を想わせるような不気味なヒンヤリとした音で映画を見ている者に
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迫ります。
ちなみに、レディオヘッドと云えば、ジョニー・グリーンウッドと共にバンドの中心であったトム・ヨーク(1968~)もa0212807_10425555.jpgまた現在公開中の「サスペリア」の音楽監督を担っていますから、オルタナティヴ・ロックのレディオヘッドは、そこらに数多いるロックバンドでなかったことが、窺えます。
映画は、ミステリアスな親子関係を描いたサスペンス・ホラーなので ‘見てのお楽しみ’ と云うことにして、粗筋だけお話しすると自由気ままに生きていた旅行作家エバ(ティルダ・スウィントン 1960~)は、望まない妊娠で旅行作a0212807_10432699.jpg家のキャリアを捨て母親になりました。
生まれた息子ケビンは、幼い頃から母親のエバにだけなつかないで、手を焼かせ、また言うことも聞かず反抗ばかりしていました。
ケビン(エズラ・ミラー 1992~、2014年「ボヴァリー夫人」に出演)は、美しい少年に成長しますが、彼の反抗心は、ますます強まり母親への面当てのように父親(ジョン・C・ライリー 1965~)に甘え、誕生日に父a0212807_10433416.jpg親から買ってもらった洋弓(アーチェリー)に熱中しました。
そして、想像を絶する悪魔のような事件を起こしました。
この映画は、写真でお分りのとおり背筋が、ぞくぞくするショット(息子の幼児期から少年期までの母親を見るときの射るような視線の連続)を見る映画で、冷徹な演出、美しい映像と静かな音で見せるのが、真のホラー映画です。


# by blues_rock | 2019-02-14 00:14 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
2月7日、寺子屋かしはら主催(会場 柏原公民館)で、ゴスペルシンガー 本田路津子さんのフリー・コンサートが、開催されました。
遠い昔のことながら、本田路津子さんは、1960年代から70年代のアメリカで一世を風靡した女性フォークシンガー ジョーン・バエズ(本田さんご自身は、ジュディ・コリンズのファンだったとか)を想わせる 高音の清みきった声でa0212807_20120916.jpgフォークソングを歌い、1970年代、森山良子さんとカレッジ・フォークの女性シンガーとして人気 を二分、本田路津子さんのキリスト教系大学聖歌隊で鍛えた その歌声は、心に響きました。
本田さんは、学生のころ日本フォークソングの草分けである六文銭の小室等に見出だされデビュー、「秋でもないのに」、「風がはこぶもの」、「一人の手」、「耳をすましてごらん」などをリリース、ヒットしました。
しかし、本田路津子さんは、人気絶頂のとき結婚しフォーク歌手を引退、クリスチャンとなりアメリカに移住、1988年帰国後、福岡県宗像市(出身は、大牟田市)に住まわれゴスペル(讃美歌)シンガーとして復帰され地道にa0212807_20122415.jpg活動しておられます。
本田さんは、フォーク歌手引退のラスト・コンサート(1975)で、尊敬するジュディ・コリンズの「至上の愛」(アメイジング・グレイス)を歌ってキリスト教に帰依されました。
私は、その「至上の愛」を聴きたかったのですが、シャイな性格ゆえリクエストできませんでした。
女性の年齢を云うのもなんですが、古希を迎えられた今も当時のままに、伸びのある清んだビブラートのかかる高音に気持ちが、洗われました。
早春の柏原、樋井川源流の川原には、野水仙が、風に揺れ、油山東山麓の梅林からは、芳しい花の香りが、辺り一面に漂っています。 (写真 : 私の住まう 福岡市のチベット 柏原の梅林 と 樋井川の源流)

# by blues_rock | 2019-02-12 00:02 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(0)
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映画は、漠然と小説家を目指すフリーターの青年ジョンス(ユ・アイン)が、幼なじみの女性ヘミ(チョン・ジョンソ)と街で偶然再会するシーンから始まります。
ヘミは、ジョンスの忘れている子供の頃のことを良く記憶していて彼が、私をいじめたとか、古い井戸に落ち死にかけa0212807_04094983.jpgた私を助けてくれたとか、楽しそうに昔話を語り、屈託のないヘミは、翌日自分へのアパートにジョンスを誘いセックス(壁の微かな光を見ているジョンスの困惑した表情が、秀逸)します。
そして、ヘミは、ジョンスにアフリカ旅行中の留守の間、猫の世話(猫の姿は、見えず映画の終盤に登場します)を頼みました。
旅行から戻ったヘミをジョンスが、空港に迎えに行くと、旅先で知り合ったという得体の知れない資産家の若いa0212807_04100082.jpg男ベン(スティーブン・ユァン)をジョンスに紹介、ヘミとベンの意味深長な関係、ジョンスも入れた刹那的な愛の三つ巴の奇妙な友情は、次第に不穏な緊張感を漂わせていきます。
ジョンスの実家は、農家で北朝鮮との軍事境界線(38度線)に近いパジュという村にあり父親が、警察沙汰の暴力事件を起こし裁判中なので牛の世話をするため自宅に帰っているとベンの運転するポルシェに乗ってヘミは、自分の故郷でもあるパジュ村にジョンスを訪ねて来ました。
3人は、夕暮れの庭先でパジュ村に沈む夕日を眺めながら食事をしました。
a0212807_04101975.jpgベンは、大麻を吸いながらジョンスに「私の趣味は、古いビニールハウスに放火して燃やすことだ。 そろそろまた燃やすころだ。」と事も無げに語りました。
酒と大麻に酔ったヘミが、夕焼けの美しい空に向かって服を脱ぎ上半身裸になり泣きながらアフリカで憶えたダンスを踊りました。
この夕焼けを背景に踊るヘミ(逆光線でシルエットのチョン・ジョンソの姿)が、美しく、同時に夕暮れのパジュ村a0212807_04102455.jpgを長回しで(ゆっくりパーンして)撮った幻惑的な風景は、必見のシークエンスです。
ヘミを複雑な想いで黙って見ていたジョンスにベンは、「ヘミを愛している。」と伝えました。
酔って気を失った彼女が、目を覚まし深夜ベンと帰ろうとするヘミに近付きジョンスは、耳元で「人の前で裸になるな。人前で服を脱ぐのは、娼婦だ。」と詰(なじ)りました。
ヘミを愛し始めたジョンスが、初めて感情的な言葉をヘミにぶつけたその日からヘミは、ジョンスの前から姿を消し連絡もなく電話にも出なくなりました。
a0212807_04100497.jpgジュンスは、必死でヘミの行方を捜しますが、ベンは、「また旅に出たのでは?」とヘミの存在などまるで気にしていませんでした。
ジョンスは、ベンが、ヘミのことを何か知っているはずと思い、彼の後を付け、ヘミの行方を必死で捜しました。
ジョンスが、錆びた農作業用のトラックでベンのポルシェの追うシーン、軍事境界線近くのパジュ村にあるジョンスの朽ちかけた農家とソウルの高級住宅街にあるベンの高級マンションとの映像の対比は、シリアスな韓国社会(万国共通かも)の格差をクールに映し出していてリアリティが、あります。
a0212807_04104058.jpgそれまで沈黙し抑圧していたジョンスの心(怒り)が、爆発し「バーニング(燃焼)」する長回しのエンディングは、 映画史に残る名ラストシーンだと私は、いたく感動しました。

(左写真) 撮影中のイ・チャンドン監督

# by blues_rock | 2019-02-10 00:10 | 映画(シネマの世界) | Comments(5)
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2月1日からKBCシネマで公開されている韓国の名匠にして名プロデューサーである イ・チャンドン監督(1954~ 1999年「ペパーミント・キャンディー」監督、2009年「冬の小鳥」と2014年「私の少女」は、製作) の最新作「バーニング」(製作・脚本・監督)を見ました。
a0212807_04090572.jpgこの「バーニング」は、2018年カンヌ国際映画祭で国際批評家連盟賞(脚本賞)を受賞するも 同映画祭で‘パルムドール’(最優秀作品賞)を受賞した是枝裕和監督の「万引き家族」と最後までパルムドールを競った作品で是枝監督ファンの私は、「万引き家族」を傑作と評価するも、総合芸術の映画を評価する場合、むしろイ・チャンドン監督の「バーニング」の方に映画の本質を感じるほど、最近類まれなるミステリー映画の傑作と思います。
原作は、村上春樹が、1983年に発表した短編小説「納屋を焼く」とか、原作を読んでいないのでコメントできませa0212807_04082169.jpgんが、40ページの短編小説を映画化した「ハナレイベイ」(これは、原作を読みました)は、原作の短い物語をかなり膨らませて(脚色して)映画にしていますが、この「バーニング」原作の短編小説「納屋を焼く」は、ミステリー性のないバブル期の日本社会のアンニュイな物語で30ページくらいの短編とか、監督のイ・チャンドンと脚本を共同執筆した弟子の若手女性脚本家オ・ジョンミが、主人公3人のキャラクターを脚色し、今の韓国の若者たちの怒りや浮遊性を加え犯罪の匂いのする大胆なミステリー映画の脚本に仕上げました。
a0212807_04091131.jpgカンヌに集まった映画評論家たちは、最高の脚本と大絶賛、イ・チャンドン監督のキメ細かでスキのない演出と名撮影監督 ホン・ギョンピョ(1962~)の映像のトーンを暗くしたスクリーン、それを受けて名音楽監督 モグ(1972~、2010年「悪魔を見た」、2016年「密偵」の音楽監督)の打楽器とベース音をシンクロさせたサウンドトラックの不穏な音色、さらに主人公の3人を演じる若手俳優のユ・アイン(1986~)とスティーブン・ユァン(1983~)、オーディションで選ばれた映画初出演の新人女優チョン・ジョンソ(1994~)が、鬱屈した不穏な怒りを抱える今の韓国の若者たちを秀逸に演じています。
a0212807_04091530.jpg韓国社会の現在(いま)の閉塞感と若い世代の怒り、浮遊感を見事に表現、あまりのリアリティに韓国の若者たちは、身につまされるのか、韓国での動員数が、伸びなかったようです。
私は、これから「映画とは、何ですか?」と、人から尋ねられたら「バーニングを見てください。」と答えようと思うくらい、総合芸術性の高い映画と思います。
映画は、冒頭の静かな滑り出しから徐々に主人公たちの言っていることが、真実なのか嘘なのか、彼らに起きている事は、現実なのか幻想なのか、見ている者の心理を掻き乱しつつ、次第に異様な緊張感に包a0212807_04091868.jpg込んで 2時間28分の長編映画を「あっという間に終わった」と感じさせるでしょう。
イ・チャンドン監督と若手脚本家オ・ジョンミの師弟コンビが、書いた‘メタファ’(暗喩)に溢れた主人公たちのセリフ(字幕=脚本)をお聞き漏らし(字幕だからお見逃しかな)のないように、この映画を楽しめるかどうかの重要なポイントになります。(後編に続く)

# by blues_rock | 2019-02-08 00:08 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_01294342.jpg日韓両国は、お隣同士、戦後生まれの国民が、9割を占めるのにデストピア(不幸に向かう暗い未来)願望の何と多いことか、戦前(日韓過去2千年の歴史の中で起きたたった1910年から1945年 35年間の不幸な日韓併合事件)の‘暗い歴史の瑕疵(キズ)’を論(あげつら)うより、子供たちのためにお互い「二度と繰り返さない」未来志向の隣人になりたいと私は、心から願います。
この映画「道 白磁の人」は、高橋伴明監督(1949~)が、日韓併合時代の朝鮮半島(韓国)で乱伐された朝鮮半島の山々に「朝鮮五葉松」を植林し続けた夭折の林業家にして朝鮮民芸啓蒙家 浅川巧(1891~1931没、享年40歳)の短い生涯を渾身の情熱で描いた実話に基づく伝記映画です。
浅川巧は、1914年23歳のとき京城(現在のソウル)にいる朝鮮古陶磁研究家であった兄の浅川伯教を頼り、朝鮮総督府の林業試験場に就職しました。
映画は、主人公 浅川巧(吉沢悠 1978~)の朝鮮語の師で、林業試験場の作業員イ・チョンリム(ペ・スビン1976~)との 生涯変わらぬ友情を軸に、二人が、朝鮮a0212807_01300498.jpg半島の山(つち)には、朝鮮半島在来種の「朝鮮五葉松」が、最適であることを発見(発芽に成功)するも、朝鮮総督府の軍人らの、韓国住民への強権的で横暴な態度と併せ、庶民の日本帝国支配への抵抗(敵視)の狭間で二人は、苦悩します。
朝鮮の山を歩きながら二人は、「朝鮮五葉松」の植林を通して友情を育み、当時庶民の生活雑器であった「朝鮮白磁」の民芸品とa0212807_01301044.jpgしての美しさを発掘、その美術的価値を評価する兄の浅川伯教と民芸運動家の柳宗悦(浅川巧の人柄を‘白磁のような人’と称しました)と共に朝鮮民族文化(陶磁器や木工調度品など)を日本に紹介、韓国の人々にも啓蒙していきました。
浅川巧は、病気(急性肺炎)のため1931年(日本敗戦の14年前)40歳の時に亡くなりますが、生前「死んだら朝鮮の土になりたい」と遺言してa0212807_01301490.jpgいました。
朝鮮半島の植林(緑化)に生涯を捧げた浅川巧の墓は、いま朝鮮独立運動などに身を捧げ亡くなった韓国人しか埋葬されない‘忘憂里(マンウリ)共同墓地’にあり、彼の墓碑には、「韓国の山と民芸を愛し、韓国人の心の中に生きた日本人、ここ韓国の土となる」と刻まれ、現在も彼の遺志を受け継ぐ韓国の人たちから大切に維持管理されています。
a0212807_01483701.jpg映画にもありますが、浅川伯教、巧 兄弟とイ・チョンリムの収集した朝鮮古陶磁の数々は、朝鮮民族美術館となり、現在ソウルの国立民俗博物館(旧国立中央博物館)に展示され一般公開されています。
いまの日韓両国は、金切り声あげてお互い 諍(いさか)うばかりで 未来志向する気などまるでなく、その何と非生産的で後ろ向きなことか、実に情けない話です。
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映画の劇中、浅川巧とイ・チョンリムが、「日韓、お互い理解し合えると思うのは、夢かもしれない。 しかし、夢を追うことは、大切なことだと思う。」と語り合うシーンは、今まさに私たちに必要な未来志向の原点です。
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名映画音楽作曲家(名音楽監督)安川午朗(1965~)の静かながらドラマチックな音楽も秀逸でした。
「韓国の山と民芸を愛し、韓国人の心の中に生きた日本人、ここ韓国の土となる」と墓碑にあります。
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(追 記)
2019年4月2日、浅川巧さんの88回忌の墓参りにソウルに行った友人が、私にお土産として贈ってくれた写真(右に貼付した 6枚)です。
a0212807_13185410.jpga0212807_13185700.jpga0212807_13190074.jpga0212807_13190270.jpg現在もきちんと墓守りされていて、いまの反日韓国にあって独立運動で犠牲になった一般の韓国人憂国の烈士たちの墓(一番下の写真)より大事にされているようにも感じられます。
金切り声を上げただ喚くだけで 未来を創ろうとしない両国のポヒュリストらとは、一線を引いて、永久に浅川巧さんの魂を弔わなければなりません。

# by blues_rock | 2019-02-06 00:06 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
私が、未だに納得いかず、理解できないことは、刑法(刑事訴訟法)の殺人罪にある罰則の量刑で、‘無期懲役’(受刑者が死亡するまでの刑)という曖昧模糊としたいい加減な刑罰(人を殺めても 改悛の情ありと見做されると早ければ10年、恩赦や社会復帰と称して25年程度で仮釈放=出獄)です。
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不条理かつ理不尽に抹殺された死者の生は、再現されないのに、他者の人生を破壊した殺人犯が、刑務所から出所(出獄)して社会復帰することなど法治国家に於いてそれは、許されないことです。
なぜ、こんな矛盾が、まかり通るのか、それは、現在(いま)の刑法が、たとえ凶悪な殺人であっても‘罪を償いa0212807_19260497.jpg刑務所で更生させ社会復帰させる’という科刑の制度設計(明治時代に制定されたわが国刑法の基本的な考え)だからです。
この無期懲役を即刻廃止し‘終身刑’(仮釈放のない生涯牢獄で死を待つ刑罰)に改正すべきで、さらに私は、「殺人犯には、もっと死刑の刑罰を!」と声を大にして主張します。
極刑である死刑については、冤罪ならびに政治犯としての死刑に対し私たち国民自身が、厳重な監視と警戒をa0212807_19261905.jpgする死刑制度の設計は、当然なことで改めて言うまでもありません。
昨年から今年にかけても東京、茨城と非力な幼い少女が、悪魔のするような残忍な虐待で殺され、千葉では、若い女性が、性犯罪者の毒牙にかかり犠牲になるという残酷で悲惨極まりない凶悪な殺人事件を知ると犯人には、この世にいて欲しくないと生を強奪された殺人被害者が、願ってもできないことを私は、強く切望します。
a0212807_19263574.jpgこのところ、あまりにも自己中心で私欲(強欲なエゴ)による他者の人権(=生きる権利)を蹂躙する凶悪な殺人事件が、多過ぎます。
刑事事件に対する刑罰(刑法の量刑)が、軽いのを見越した(計算に入れた)かのような殺人行為(殺人犯罪)も多過ぎます。
「死刑制度は、殺人の抑止力にならない」と善人ぶったエセ・ヒューマニスト(偽善者)は、タワゴトを主張しますa0212807_19265082.jpgが、殺人犯は、「殺人が、極刑(つまり死刑)になることを承知して他者の命を殺める」のですから、当然の因果応報(自己責任)として相応のペナルティ(処罰=死刑)は、絶対に必要でしょう。
「犯罪に対する罪と罰」は、法治国家なら当然のこと(ルール)、「個人の自由と権利を尊重し自立・自助・自己責任を国是」とする社会共同体(つまり国家)の平穏な暮らし(治世)を維持するためには、死刑を含む刑事訴訟法を厳格に運用すべきです。
a0212807_19272621.jpg一方的な動機の(猟奇的な快楽殺人ならなおのこと)理不尽な殺人に対しては、推定無罪の規範のもと司法の三審制裁判により粛々と審判すれば良いことです。
法治国家が、他殺による理不尽な死を余儀なくされた者の無念さと残されたものの喪失感を救済しなかったら結果として私刑(無法な殺人行為)を奨励することになるでしょう。
時には、自分の命より大切な愛するものを理不尽に強奪されたものの喪失感、不条理な現実に対する失望やa0212807_19273293.jpg絶望を誰が、救済するのでしょうか?
自分の自由と人権を主張し享受するのなら、他者の自由と人権(つまり尊厳)は、当然尊重されなければなりません。
不条理な他殺による死者たち、理不尽な動機で生きる権利を強奪された殺人の被害者たちの御霊のために、私は、彼らに代わって「殺人犯にもっと死刑の刑罰を!」と主張します。
日本国憲法の根幹たる「基本的人権(生きる権利=生存権)」が、他者ときには国家からから、こうも軽々しく強a0212807_19421808.jpg奪され疎んじられる時代、私たち日本国民は、まず初めに凶悪な殺人被害による死者たちの自由と人権(生きる権利の尊厳)を尊重しかつ擁護するような刑法に改正しない限り、生者の基本的人権(生きる権利)も疎んじられ続けることでしょう。
日本が、デストピア社会(暗黒世界)にならないためにも海外から移住する新しい国民(移民や難民そして帰化する人たち)に、この国の国是は、義務と権利の伴う基本的人権で自由・自立・自助・自己責任に基づくものであり、他者もまったくこれa0212807_19422431.jpgと同じ権利を有する(殺人を犯したら終身刑か死刑)ということを周知徹底させておかなければなりません。
そのためにも 私は、まず刑法(刑事訴訟法)の殺人罪の改正を強く提言いたします。


(備考 : 上写真9枚すべて ブログ「九州ロマンチック街道」に掲載された 博多フォト・スケッチ をご了解いただき転載しました。)

# by blues_rock | 2019-02-04 00:04 | 社会/歴史/思想 | Comments(2)