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心の時空

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a day in my life

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‘唐塗り’とは、江戸時代(1603~1868) 刀の鞘を漆で加飾した鞘塗り、印籠塗り、和竿(釣竿)塗りなど‘変わり塗り’と呼ばれていた 漆工芸技法の一つで、現在の津軽塗や若狭塗などが、代表的な漆器です。
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‘金継ぎ’は、息を凝らしてする作業も多く、長く続けていると息苦しくなり、精神状態にも 良くありません。
何よりいけないのは、楽しいはずの金継ぎが、楽しくなくなることです。
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そんなとき、私は、気分転換(息抜き)のため、竹籠やそこらにある板を手に取り 勝手気ままに、漆を塗る 漆遊び をしていました。
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昨年初夏、博多漆芸研究所を主宰する漆芸作家 松生ご夫妻(ぬり松工房)の作品展を見て、私は、インターネット上の様々な漆芸サイトで自己学習しトライしてみたものの四苦八苦するだけでした。
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そこで昨年秋より、博多漆芸研究所に入門、松生ご夫妻から指導を受け半年が、過ぎました。
念願の陶胎と併せ木胎(木地)への‘唐塗り’漆器も少しずつ出来てきました。
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来年秋、私として(たぶん)最初で最後の金継ぎと漆工芸の作品展を友だちの協力を仰いで ‥ しようかな、と企んで(誇大妄想して)いるところです。
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参考ながら、上と下の ‛根来塗り’ は、漆遊び をしていたころの作品です。
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やっと漆工芸の麓に たどり着き、山の頂は、まだ雲の上で見えませんが、どこまで登れるか ‥ えっちら おっちら 上り続けたいと思います。


# by blues_rock | 2018-06-10 00:01 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)
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現在(2018年6月)、公開中の「孤狼の血」の監督 白石和彌(1974~、2013年「凶悪」、2016年「日本で一番悪い奴ら」、2017年「彼女がその名を知らない鳥たち」 いずれも優れた作品)が、2016年に撮った「牝猫たち」(監督・a0212807_09173514.jpg脚本)も秀作です。
是枝裕和(1962~)は、カンヌ国際映画祭で最新作の「万引き家族」が パルムドール賞受賞後のインタビューで「映画は、文化である。 いま日本の文化が、衰退している。」と日本映画の水準低下を憂慮していましたが、私は、是枝監督から私たち日本の映画ファンへ日本映画に対する目利き度(映画批評精神)を上げて欲しいとのメッセージと理解しました。
a0212807_09184539.jpgさて、この白石監督の「牝猫たち」ですが、白石監督は、大都会東京、池袋にカメラを持ち込み、徹底したリアリズムでデリヘル嬢と呼ばれる出張売春をする性風俗業に携わる3人の若い女性に密着、主人公となる3人を媒体として日本文化の現実を描いています白石監督の演出のもと白石監督作品の常連撮影監督 灰原隆裕(白石監督作品以外では 2013年「0.5ミリ」が秀逸)ほかa0212807_09191557.jpg製作陣(ラインプロデューサーほか録音・編集などスタッフ)のチームワークも抜群で、大都会東京に人知れず生存している若者たちの孤独と自業自得と云える‛愛の不毛’ (刹那=秒より短い時間の単位)をクールに描いています。
インターネットカフェを転々としながらスマホでデリヘルの指示を待つホームレスの雅子(井端珠里 1987~)、夫のいる里枝(美知枝、2016年「沈黙 サa0212807_09191160.jpgイレンス」出演)、児童虐待する未婚の若い母 結依(真上さつき 1996~)を中心に映画は、展開していきます。
この主人公 3人のデリヘル嬢に絡む主な男たちが、デリヘル店を経営する男(音尾琢真 1976~、2018年「孤狼の血」の暴力団幹部が秀逸)、店員で送迎ドライバーの青年(吉村界人 1993~、2014年「百円の恋」、2018年「モリのいる場所」に出演)、母親結依からa0212807_09195836.jpg虐待されている男の子のベビーシッターの青年(松永拓野 1992~、2016年「沈黙 サイレンス」出演)の3人です。
劇中、おやっ!? と思ったのが、1970年代初め日活ロマンポルノ映画全盛時代ロマンポルノの女王と呼ばれた女優白川和子(1947~)で、SMクラブのオーナー役でワンシーンに登場していました。
a0212807_09200583.jpg映画は、インターネット社会の裏側(闇)も映し出し、インターネットの中だけにしか居場所のない(自己表現できない、コミュニケーションできない)哀れな若者たちや、他人の不幸を見る(他人の足を引っ張って狂喜する)ことでしか心を癒せない歪んだ欲望と孤独をもつ今日本国中どこにでもいる男女の現実をリアルに表現しています。
a0212807_09195528.jpgこの映画「牝猫たち」を2017年作品「最低。」と併せてご覧になると現代社会に蠢(うごめ)く「老若男女の空ろな愛」の姿が、透けて見えて来ます。

# by blues_rock | 2018-06-08 00:08 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
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フランスの女性監督 リサ・アズエロス(1965~)が、フランス伝説のディーバ(歌姫)「ダリダ(Dalida)」を撮った新作の伝記映画です。 (下写真 : 在りし日のダリダと ダリダを熱演したイタリアの女優 スベバ・アルビティ)
a0212807_13265532.jpg日本でダリダと云えば、1973年にアラン・ドロンとのアンサンブルで大ヒットした「あまい囁き(パローレ、パローレ)」が、有名です。
中高年の方なら誰もが、一度は、耳にしたことのある有名な曲で、ダリダの “パローレ、パローレ、パローレ” と歌いあげる情熱的な(実際は 愛想つかしの)フレーズに、往年の美男俳優 アラン・ドロンが、渋く低い声で囁く「あまい囁き(パローレ)」(実際は 未練の口説き)を年配の方は、記憶されていると思います。
アズエロス監督は、一世を風靡するも「人生に耐えられない、許して」と書き残し54歳のとき自ら命を絶つダリダa0212807_13265171.jpg(1933~1987没、睡眠薬自死)へのオマージュとして美貌も雰囲気も‘ダリダそっくり’のイタリアの新進女優 スベバ・アルビティ(1984~、33歳)をキャスト、1960年代から80年代フランスのみならず世界的に人気を博し多くの人に愛されたフランスの国民的歌手ダリダ(生涯1億4千万枚のレコードをリリース)と、子供のころから孤独に苛まれ、愛を渇望したヨランダの、一人の女性の
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二律背反する人生の‘光と影’をかなり忠実に描いています。
映画は、ダリダ(本名 ヨランダ)が、イタリア系移民の子としてエジプトに生まれカイロで育ち、少女時代、弱視でa0212807_13272461.jpgぶ厚いレンズの眼鏡をかけていたので学校でイジメを受け、自分の容姿に強いコンプレックスを抱いていました。
十代の終わりフランスに移り歌手としてデビュー、次第に成功を収めるも54歳のとき、ついに孤独に耐えられず自死しました。
十代のダリダは、歌手デビューするや、その美貌とエキゾチックな歌声でフランス女性の憧れにして、a0212807_13274890.jpgすべてのフランス男性が、恋したと言われるくらい一躍スターになりますが、その華やかな生活とは、裏腹に‘普通の女として愛する人と結婚し子供を産み家庭に入る’ことを夢見ていました。
ダリダは、12人の男性を愛し、うち3人の男性と結婚、2人と同棲(映画、この5人が、映画に登場) うち3人の男性が、ダリダを失った喪失感で自殺しています。
a0212807_13275366.jpg私生活のダリダは、いつも孤独に苦しみ、その苦悩を癒すために愛を渇望、自分に求愛する男性の愛を一旦受け入れますが、自由奔放な愛を歌うことで人気のあった歌手ダリダは、34歳のときの愛人であった18歳の学生とのスキャンダルすら「18歳の彼」という曲にして自分のロマンスを赤裸々に歌いました。
a0212807_13281586.jpg一方で、当時無名のミュージシャン ララ・ファビアン(1970~)の曲「私は病気(Je suis malade)」を歌い、まわりが、猛反対するなか、自分の心情を絞り出すように ‥ 「私は病気  完全に病気  私は、自分の血すべてをあなたに注いだ  私は、死んだ鳥みたいだ  あなたが、眠っている時に  私は病気  完全に病気  あなたは、私から歌を奪った  私の言葉をすべて奪a0212807_13282710.jpg


い去った  私には、才能があった  あなたを知るまでは  この愛は、私を殺す  もしこんな気持ちが、続くなら  私は一人で朽ち果てる  ラジオのそばで  抜け殻のように  私の歌を聴きながら ‥ 」と切々に歌いました。
このシーンが、映画の終盤に登場しますので、映画「ダリダ」を これからご覧になる方は、お見逃しのないように、切なく感動的なシーンです。

# by blues_rock | 2018-06-06 00:06 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_18445050.jpgメキシコの少女 コンスエロ・ベラスケス(1924~2005、後にピアニスト、作曲家となる 右写真)が、16歳の誕生日を前に作詞・作曲した「ベサメムーチョ」(Bésame mucho たくさんキスして)は、今や多くのミュージシャンにカヴァーされるラテンの名曲(スタンダート)です。
        ★
私にキスをして
たくさんキス(Bésame mucho)して
今夜が最後かもしれないから
私にキスをして
たくさんキス(Bésame mucho)して
あなたを失うのが怖いから
        ★
まだ、キスしたことのない恋に恋する乙女、当時15歳のコンスエロ・ベラスケスに 音楽の女神が、憑依して生まれたラテンの名曲です。
ビートルズもデビュー前の1962年1月、デッカ・レコードのオーディションのためにロックンロール「ベサメムーチョ」を歌っています。
現在公開中の映画「ダリダ」の中でも挿入されていました。
ダリダが、1979年にデスコ・ヴァージョンでカヴァーしています。
日本では、黒木曜子(1921~1959 踏切事故死)が、1950年(昭和25年)にヒットさせています。(前奏が、2分と長く、途中からお聴きください。)
a0212807_18450907.jpgキング・オブ・.ロックンロール エルヴィス・プレスリー(1935~1977)も「ベサメムーチョ」歌っています。
カーボベルデ出身の歌手セザリア・エヴォラ(1941~2011)のエスニックな「ベサメムーチョ」も味わい深く心に沁みます。
ケニーG(1956~)のソプラノ・サックスによる哀切なスムーズジャズ「ベサメムーチョ」も好いなあ、優れた楽曲は、どんなジャンルの音楽に変奏されても聴く者の心に新しい感動を与えてくれます。

# by blues_rock | 2018-06-04 00:04 | 音楽(Rock ほか) | Comments(0)
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沖田修一監督(1977~、2008年「南極料理人」、2012年「キツツキと雨」)、脚本・監督の新作「モリのいる場所」は、平日の午後にも関わらず補助イスが、いるくらい満席で、その盛況(頻繁に行くKBCシネマで私が、見る初
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めての光景)に驚きました。
「モリのいる場所」は、沖田監督いつもの演出(眼差し)よりさらに温和で、ほんのりしています。
a0212807_04402815.jpg映画の主人公である 当年94歳の画家 熊谷守一(愛称モリ 1880~1977没、享年97歳)を演じるのは、映画史に残る名優の山崎努(1936~)、もう一人の主人公、モリに長年連れ添った糟糠の妻秀子で、稀代の名女優 樹木希林(1943~)が、山崎努演じるモリと軽妙な掛け合いをする二人の名演を見るための映画です。 (下写真 : 文化勲章授賞を「断ってくれ」というシーン)
a0212807_04403586.jpgこれを沖田監督作品の常連である撮影監督 月永雄太(1976~)が、撮った映像も秀逸です。
映画を見ていたら、津端修一氏90歳と妻の英子さん87歳の老夫婦を撮ったドキュメンタリー映画「人生フルーツ」を憶い出しました。
映画の冒頭、林与一(1942~)演じる昭和天皇が、美術館で熊谷守一の絵をじっと見つめながら「これ、子供の絵?」と側近に質問されるところから
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始まります。
映画のプロットは、東京の豊島区に住み、外出することなく30年、自宅の家と庭だけで暮らし、庭にいる猫や飛a0212807_04411710.jpg来する小鳥、棲息する爬虫類、小魚、虫類を毎日じっと見つめ絵のモチーフとして描いた、その風貌から仙人と呼ばれた伝説の画家 熊谷守一94歳と老妻秀子のある夏の一日を描いています。
山崎努と樹木希林は、文学座の先輩後輩の間柄で、50年もの長い付き合いながら二人が、共演するのは、この「モリのいる場所」が、初めてというから不思議です。
a0212807_04412102.jpgさりとて、稀代の名優二人の芸達者な ‘阿吽の演技’(アドリブも自然)は、必見です。
沖田監督は、「モリのいる場所」の演出に、いくぶん遊び心(コミカルなギャグ)を加え寓話的に脚色していますが、居間の天井から降ってくる金ダライと庭に現れる宇宙人は、サービス過剰気味で少し脱線しているように感じました。
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共演の俳優陣も偏屈な老画家 熊谷守一の信頼厚く彼の写真を撮り続ける写真家役に加瀬亮(1974~)など登場シーンは、少ないものの脇を固めるのが、芸達者な俳優揃いなので、映画を見ている者は、熊谷家の居間と
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庭で彼らが、演じるユーモラスなシーンの連続をクスクス笑いながら大いに楽しめます。
(上写真 : 晩年の熊谷守一、下写真 : 油彩画「猫」)
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# by blues_rock | 2018-06-02 00:02 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
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東映配給なので、てっきり東映ヤクザ映画のニューバージョンと思い、この映画は、当初スルーするつもりでいました。
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私は、昔から東映のヤクザ映画や昨今の暴力団ものの映画が、大嫌いで、まったくと言っていいくらい見た記憶なく、現在公開中の「孤狼の血」は、私の好きな名優 役所広司(1956~)主演であることと、監督が、白石和彌a0212807_10071518.jpg監督(1974~、2013年の「凶悪」は、秀作)でなければ、見る気にならない映画でした。
先日、昼食を終え、KBCシネマで公開中の「モリの居る場所」を見ようと思い、上映時間を見るとまだ2時間余あり、他の映画館で公開されている作品と上映時間をサイトで調べると中州大洋映画劇場で「孤狼の血」が、ちょうど好い時間でした。
a0212807_10075469.jpg私が、やはり気になったのは、相変わらず体中(からだじゅう)イレズミしたチンケな男たちの登場するヤクザ映画のように思えたことでした。
あまり期待せずに私は、見始めましたが、さにあらん、これは、私の先入観で、さすが白石監督でした。
白石監督は、原作「孤狼の血」の著者、作家の柚月裕子(1968~)が、ヤクザ映画の巨匠 深作欣二監督(1930a0212807_10084629.jpg~2003、「仁義なき戦い」シリーズが有名)の大ファンでもあり、深作監督へのオマージュとして原作のまま映画の舞台を暴力団対策法成立前の昭和63年(1988年)、広島県の架空都市‘呉原市’に設定、リアリズムに徹するためオール広島ロケを敢行、ほとんどのシーンを呉市内で撮影し実録もののヤクザ(暴力団)抗争のようにリアルに撮っています。
a0212807_10091587.jpg冒頭は、ヤクザ映画のように見せながら、丸暴の古参刑事で、暴力団組長も幹部も一目置く無頼な刑事 大上(役所広司)が、「警察じゃけえ、何をしてもええんじゃ!」とタンカを切るあたりから映画は、がらりとハードボイルドとサスペンスに変調していきます。
大上刑事を内偵する役割を帯びて広島県警本部から呉原市警察署に送り込まれてきたエリート新人刑事日岡a0212807_10090955.jpg(松坂桃李 1988~、私の初めて見る若手俳優でしたが、秀逸)は、無理やりコンビを組まされた直属の上司が、大上でした。
大上は、ウワサ通りの悪徳警官でそのワルデカぶりに呆れ果てた日岡が、何かと反発するも、そのたびに殴られ放り投げられました。
呉原市の地元暴力団と新興の広域暴力団の縄張り抗争が、多発、過激な暴力沙汰や流血事件も起き、地元暴a0212807_10092613.jpg力団の資金源(金庫番)であった金融業を営む民間人の失踪事件で暴力団組織の戦争(流血抗争の勃発)のニオイを嗅ぎつけたベテラン丸暴刑事の大上は、長年の勘で失踪事件の裏に黒幕が、いると考えました。
役所広司演じる悪徳デカの大上は、過去に暴力団捜査中に起きた殺人事件(この事件にクラブのママを演じる真木よう子 1982~が、絡むことで映a0212807_10092969.jpg画は変奏します)を闇に葬ったスキャンダル容疑を抱えていました。
そのことを知った日岡刑事は、無頼な大上刑事の傍若無人な振る舞いについに我慢できなくなりました。
映画に数多登場する冷酷で過激な暴力を振るう暴力団員を演じる俳優陣が、じつに素晴らしく ‥ 石橋蓮司(1941~)の暴力団組長は、似合い過ぎで言うに及ばず、ピエール滝(1967~)もa0212807_10093738.jpgさすがという名演技を見せ、特筆すべきなのが、昔の二枚目俳優 江口洋介(1967~)と竹野内豊(1971~)の暴力団幹部ぶりは、お見事、目を剥きドスの効いた声でタンカを切るシーンは、必見です。
血しぶきの飛び散る過激な暴力シーンやグロテスクなシーンもありますが、白石監督は、スピーディかつクールな演出で描きカットも短く、目を背けたくなるほどでもありまa0212807_10093937.jpgせん。
松坂桃李 演じる広島県警エリートの新人刑事 日岡が、暴力団組織の悪辣さ、卑劣さ、残酷さを目の当たりにし、悪徳警官と思っていた丸暴のベテラン大上刑事(一匹狼=孤狼)の本性を知ったとき、大上のDNA(魂)は、、新人刑事日岡に憑依し、彼の目は、いつしか凶犬のようになっていました。
a0212807_10093493.jpg「孤狼の血」の原作者柚月裕子は、日岡を主人公に新作を発表、白石監督は、惨殺された丸暴刑事大上の魂が、憑依した丸暴刑事日岡を主人公に「孤狼の血」の続編を撮るとコメント、次回は、迷うことなく見るつもりです。

# by blues_rock | 2018-05-31 00:01 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_21380961.jpg先日、偶然インターネットで見つけた子育て記事「幸せは遺伝する / 世界最高の子育て」を読んでいたら、今月半ば、ロンドンに帰国した友人母子のことを思いました。
5年前、生まれて一年にもならない赤子の娘(ミズキちゃん)を抱いて、私に「この娘には、徹底的に甘えさせたい。 甘やかすのとは、違う。 娘には、どんな時も自分が、いると安心させたい。」と言ったことを憶い出しました。
この本の著者、ボーク重子さんは、福島県出身の方で、年少のころから学業優秀、時に福島県内5位の成績になるなど、勉強以外考えず、良妻賢母になることを目指していたそうです。
重子さんは、青春時代から人生に悩み、心折れたまま外資系の会社で働き30歳のとき挫折、自分を探すためロンドンの大学院に留学、そして結婚しアメリカで出産 ‥ 一人娘を育てる中で「私と同じようになって欲しくない。 私は、いつも自信がなく、何かを始める前から諦めてしまうような人間だった。」と振り返り、高校まで一貫教育のワシントンの小学校に通う娘を見て「九十九を知らない」・「簡単なスペルも間違える」・「宿題もない」ことに不安を覚えたそうです。
すると先生から「ダレもが、できるようになることを早くできたからと言って大した意味は、ありません。
a0212807_21381878.jpgどうしても宿題が、欲しければ、自宅で20分間空想させ自由に考えさせてください。」とアドバイスされたそうです。
その小学校の教師たちは、毎朝、生徒一人ひとりの目を見て「おはよう」と挨拶し出迎えるのだとか、重子さんは、「子供は、好きだからこそ続けられ 、何か困難に面しても好きなことなら乗り越えようとするパッション(情熱)が、生まれ、好きだからこそ謙虚に他の人から学ぶ姿勢も自然と生まれます。 飽きることも大切、自分の本当に好きなことを探すチャンスです。 好きだから好奇心もわき、それに対応することで本当の思考力と学力も身に付くと思います。」と述べておられます。
さらに、親のアドバイスは、親のエゴや欲求が、絡んでおり、子供にとっては、最適でないことが、多いとも述べておられ、子供の相談には、自分の意見(アドバイス)を言わないで「あなたは、どうしたいの?」と逆に質問し、意見の相違が、あれば 良く話し合うそうです。
宗教差別をしない(宗教に束縛されない)日本人は、世界的に見るとかなりオープンマインド(自由な精神)な国民なんだそうです。
あるがままに子供を認め、その子の存在を認めてあげること、まず何より親が、幸せになり、子供の安心できる場所(=家族)で子供の幸せを願えば、その子は、きっと幸せになるでしょう。
a0212807_21463430.jpg「幸せは、遺伝する、不幸もまた遺伝する。 幸せじゃない親の子供は、幸せにならない。」は、けだし名言です。

(写真 : ロンドンに住む友だちの ハナ=ミズキ・T・ラムナラインちゃん 5歳)

# by blues_rock | 2018-05-29 00:29 | 人生/愛(Love) | Comments(0)
ロマンス映画を撮らせたら、この監督の右に出る監督は、いないと私が、内心思うフランスの名監督 フランソワ・トリュフォー(1932~ 1984病没、享年52歳) 1973年のロマンス劇中劇映画「アメリカの夜」を紹介します。
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主演の美人女優 ジャクリーン・ヴィセット(1944~)が、1968年「ブリッド」、1971年「シークレット」)に続き29歳のときに出演した作品で、日本の女性写真家 蜷川実花 1972~)の云う「美しい女は、国宝a0212807_00192627.jpgである。」は、蓋(けだ)し名言です。
「アメリカの夜」は、若いころ、私の心を虜にした ジャクリーン・ヴィセットを見るための映画ですが、ロマンス映画の巨匠 トリュフォー監督の究極のロマンス映画三作を挙げるなら私は、1975年の「アデルの恋の物語」(イザベル・アジャーニ 1955~主演、二十歳のイザベル・アジャーニが、眩い)、1977年の「恋愛日記」(ブリジット・フォッセー 1946~、1952年6歳a0212807_00362093.jpgのとき「禁じられた遊び」の少女ポートレットを名演)、1981年の「隣の女」(後にトリュフォー夫人となるファニー・アルダン 1949~が、秀逸)と思います。
さて、「アメリカの夜」に話を戻して、この映画は、「パメラを紹介します」という映画の製作風景を映画にした‘劇中劇’の映画です。
a0212807_00181504.jpg地下鉄の出口から出てくる青年(ジャン=ピエール・レオ 1944~)をカメラは、追い、やがて広場の向こうの歩道を歩いている男(ジャン=ピエール・オーモン 1911~)を捉えると、やおら青年が、その男を掴まえるや、いきなり彼の顔を平手打ちします。
a0212807_00194822.jpgそこで映画の主人公の一人であるフェラン監督(フランソワ・トリュフォー)が、「カット!」の声をかけると撮影現場は、一変し、それまで緊張していた出演者や製作スタッフが、和んだ表情を見せます。
その時、映画「アメリカの夜」を見ている者は、いままで見ていた映像が、映画「パメラを紹介します」の撮影だっa0212807_00454600.pngたことを知ります。
劇中劇の「パメラを紹介します」は、父親と息子の嫁が、恋に落ちて駆け落ちしてしまうベタなストーリーながら、トリュフォー監督は、映画の製作風景(撮影現場や舞台裏)をタテ軸にして撮影が、思うように進行しないフェラン監督の苦悩(ストレス)と出演者および製作スタッフの様々な人間模様をヨコ軸に「映画製作の様子」a0212807_00195112.pngをタペストリーのように描いています。
「アメリカの夜」とは、昼間の撮影だが、カメラのレンズにフィルターをかけ、本当の夜よりもずっと夜らしく見える夜の映像を “アメリカの夜” と呼ぶそうです。
この映画「アメリカの夜」は、アカデミー賞外国語映画賞を受賞、伝説の映画監督にして名優 オーソン・ウェルズほかヒッチコック監督など名監督へのオマージュを感a0212807_00195439.jpgじさせる映画です。
トリュフォー監督は、生前、ロマンス映画を撮る理由に、暴力が、嫌いだから戦争映画や西部劇は、撮らない、政治にも興味が、ない、30本のロマンス映画を撮ったら引退する、余生は、本を執筆して過ごす、と言っていましたが、25本の映画を撮って52歳の若さで亡くなりました。

# by blues_rock | 2018-05-27 00:27 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
脊振山の里山にある「そば遊山(ゆさん)」 のことは、先日の拙ブログ(カテゴリ「柏原生活/博多叙景」)で述べたとおりですが、記事にまわりの景観について触れていませんでしたので、今夜は、「そば 遊山(ゆさん) の、裏山
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の庭」を紹介します。
先日の遊山の蕎麦が、とても美味しかったので、蕎麦の本場 信州そばで有名な長野出身で、そば好きの友だa0212807_22112946.jpgちを誘い、そば遊山に再度行きました。
今回は、石臼挽きの手打ち もりそば をいただきました。
さて今夜は、その そば遊山の裏山の庭について書きたいと思います。
今は、立派な家屋に新築されていますが、改築以前は、廃屋の民家だったそうで、敷地の裏山の庭も、とても庭と呼べるようなものではなく、雑木の中に竹林生い茂る、
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鬱蒼とした状態だった(ご主人談)そうです。
友だちと蕎麦を食べ終わり、厚かましく蕎麦湯のお替りまでして外に出て、ご主人のお許しを得て遊山の裏山のa0212807_22120150.jpg庭を散策 ‥ これが、また「すばらしい!」の何のって、新緑の輝きと相俟って、湧水の流れに添うように野草の花も美しく、湧水を引き入れた田植え前の裏山の棚田は、水を湛え田植えを待っていました。
間もなく田植えも終わり、棚田は、夏になると穂をつけ、秋に黄金色の稲穂が、まわりの紅葉樹林と美しい色彩のハーモニーを奏a0212807_22121778.jpgでることでしょう。
「そば 遊山」は、美味しい蕎麦と併せ、裏山の庭が、四季折々に移ろっていく景観をエンジョイする‘隠れ蕎麦処’と思います。

# by blues_rock | 2018-05-25 00:25 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(0)
昨年(2017年)の9月9日(土) は、当日の日本経済新聞夕刊に「レコード復活」の記事が、大きく掲載され、私の大事な同時にそれまでお荷物化していたLPレコード盤千数百枚の復活を告げられたような、しつこく持ち続けたことを元気づけられたような、そんなうれしい日でした。
a0212807_06414471.jpg先日(5月19日)、九州大学 芸術工学部(旧九州芸術工科大学) 大島久雄准教授の公開講座 ~ SPレコードと蓄音機で聴く大正から昭和中期の芸能文化 を聴講しました。
SPレコードを蓄音機(手動)で聴いたという世代は、かろうじて昭和20年代前半から存命されているとしても昭和初期生まれの世代で、1948年(昭和23年)に LPレコード盤・EPレコード盤が、登場すると電気蓄音機(電動レコード・プレーヤー)の発達と相俟って、SPレコードを蓄音a0212807_06415441.jpg機は、あっという間に姿を消してしまいました。
ともあれ、SPレコードを蓄音機が、誕生してまだ(たったの)130年 ‥ 日本の歴史に置き換えれば、明治20年代、それ以前の‘音と音楽’の記録は、まったくこの世(現代)に存在しないのですから、‘音と音楽’の洪水の中で暮らす私たちにとってSPレコードと蓄音機の発明が、いかに大事な革新的な出来事であったかよく分かると思います。
a0212807_06415944.jpg簡単にレコード盤のことを説明すると、SPレコードとは、Standard Play 78回転のレコード盤のことで、録音した音を再生するのに電気を使わず蓄音機のゼンマイを手回しで巻いて回転盤を回し、大きなラッパのようなスピーカーの前に人々は、耳を傾け、レコード盤と鉄針の摩擦ノイズと音源の心もとない音色に必死で聴き入って‘音と音楽’を堪能していました。
SPレコード盤は、鉱物素材なので硬く、重く(1枚300㌘)、脆い(割れやすい)という欠点が、ありました。
a0212807_06420416.jpgこの欠点を補い音源の再生を著しく改良したのが、LPレコード盤の Long Play 33回転とEPレコード盤 Extended Play 45回転で、素材も塩化ビニールに変わりました。
前口上が、長くなりました。
大島教授は、大正から昭和中期にかけて録音されたレアな音源から15点のSPレコードを受講生の私たちに当時の手回し蓄音機で再生し聴かせてくださいました。
コンテンツは、映画音楽・流行歌・浪曲・漫才・オペラなど ‥ 松井須磨子の歌う「カチューシャの唄」や12歳の美a0212807_06564624.jpg空ひばりが、歌う「東京キッド」、昭和初期一世を風靡した女浪曲師天津羽衣の浪曲、エンタツ・アチャコの漫才など当時の画像とモノクロの古い映像を交え大島教授の視聴覚による分かりやすい講義で大正から昭和中期の芸能文化を学ぶことができました。
次回、12月22日は、SPレコードと蓄音機で聴く「子供の世界」だとか、これも楽しみです。

# by blues_rock | 2018-05-23 00:03 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(0)