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心の時空

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a day in my life

a0212807_2327451.jpg石田徹也(1973~2005)は、わずか31才で夭折した現代の天才画家でした。
芸術(絵を描くこと)が、魂を表現するものなら石田徹也は、正しく本物の芸術家でした。
31才で亡くなった彼が遺した作品の質と量を考えると、寸暇を惜しんで絵を描くだけで駆け抜けた人生であったろうと石田徹也の展覧会を見て感じました。
彼の作品には大作が多く、そのほとんどを電車の踏切事故で亡くなるまでの10年間に描いています。
当時の絵を見ると衝動的な自殺も考えられます。
両親は、息子の突然の悲報と彼が遺した作品の数の多さに全部写真に撮り終えたら廃棄処分されるつもりだったようですが、遺作展での反響のあまりの大きさに驚かれ静岡県立美術館に作品を寄贈されました。
絵に描かれているのは、彼の自分の心‥徹底的に自分と向き合う彼自身が、そこにありました。
絵の中に描かれている青年の顔が、どれも石田徹也本人とよく似ていることから自画像と思われることに対し、生前本人は、きっぱりとそれを否定しています。
彼には、絵に描かれている人物が、自分であるか他人であるかはどうでも良いこと、人間と物質とが合体(一体化)した人物に自分を重ね合わせ、自分の精神世界や暮らす社会風景を見ていたのかもしれません。
どの絵の人物も、皆どことなく空虚な目をしていて、顔の表情は哀しく憂いがあり、見る者を切なくさせます。
絵に悲痛・憂愁は描かれていても、憂鬱はありません。
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絵に空虚・孤独はあっても、絶望はなく失望さえもありません。
彼の心が、感じていたものは‥虚無ではなく、空虚な風景でした。
彼の魂が、見ていたものは‥寂寥や悲観ではなく、孤独な人間社会でした。
アルバイトで得た収入で、画材とカップ麺を買い、抑えきれない創作意欲に急き立てられるように絵を描いていたとか、母親の援助にも「自分がダメになるから」と断ったそうです。
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美しさのカケラもないつまらない絵画や醜悪で粗大ゴミのような彫刻が、氾濫する現代美術にあって、石田徹也の描いたオリジナリティ溢れる個性的な絵は、芸術とは何かを黙示してくれています。
彼自身は、そんな芸術とは何かなどにまるで関心はなく、ただ絵を描き続けることで自分の魂に平穏を与えていたのかもしれません。 (参考 : 石田徹也の心象風景
彼の絵にサインはありません。
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板や紙、キャンバスにアクリルで描いた作品にブレはなく、彼の描いた絵には石田徹也独自の世界と空気感があり、彼にしか表現できない世界とこの空気感こそが、彼のサインであると思います。
石田徹也作品紹介の公式HPをご参考に貼付いたしますので、興味ある方はこちらをご覧ください。
# by blues_rock | 2011-10-18 21:41 | 美術/絵画/彫刻 | Comments(0)
三夜連続のTPP話題となりましたが、今夜が最終回です。
少しでも日本の農業(食料生産)について関心をもっていただけたらうれしく思います。
日本では、明治時代になる143年前まで「お米」が、経済の基準(マネー)でした。
縄文土器を使用して火を使い、狩猟生活をしていた古代日本人(縄文人)は、今から3,000年くらい前に渡来人と交わり、彼らが大陸から持ち込んだ稲作(米)による農耕生活をはじめました。
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農耕民族となった古代日本人(弥生人)は、やがて倭国となり、大和朝廷を中心とした律令国家を作りました。
それ以来ずっと一貫して、領土・領地を農業耕作地として稲作(米)による“農本主義”を国家(日本民族)の価値観(国是)としてきました。
やがて、全国各地に農耕のための荘園ができ、領主や地方の地頭・地主による領土・領地の争奪戦争は、中世まで絶えませんでした。a0212807_0628100.jpg
織田信長が天下人となり、領土・領地を明確にするため「信長検地」に着手し本能寺の変で倒れると、その後を豊臣秀吉が引継ぎ、1582年「太閤検地」により諸大名たちの領地面積を「米の石高(こくだか:米の生産量)」で決めました。
徳川家康は、これをさらに徹底して、徳川幕府を支える諸藩の領地から生産される米の石高(大名の禄高)を天下に示しました。
徳川将軍家(徳川家)400万石・加賀藩(前田家)103万石・薩摩藩(島津家)77万石・仙台藩(伊達家)63万石・尾張藩(尾張家)62万石などでした。
参考までに、現代版(2008年)石高ベスト3は、1位「北海道藩の431万石」・2位「新潟藩の429万石」・3位「秋田藩の356万石」です。
今では、天下の徳川将軍家を超える雄藩が、北海道藩・新潟藩と2つもあり、徳川将軍家には少し及ばないものの、加賀藩の3.5倍の石高をもつ秋田藩と続きます。
領地内の土地(農地)の生産性を「石(こく)」で示し、領地面積を石高(こくだか)で表わしました。a0212807_07252.jpg
「石(こく)」は、成人が1年間に食べる(生きていくのに必要な)米の消費量で米2俵半(150kg)になります。
つまり、1合150gで10合=1升1.5kg 、10升=1斗15kg 、10斗=1石150kgとなります。
徳川幕府は、幕藩体制を盤石なものとするため“農本主義”による国家300年の鎖国政策を徹底的に実行しました。
昭和27年、GHQ指導による小作人への農地解放である「農地法」が制定されました。
これは、戦前の大地主が所有する耕作農地を小作人に解放し、敗戦で飢餓状態にある国民に米(ご飯)を万遍なく与え、戦後の日本にソ連・中国から共産主義が侵入し、貧しい日本に社会主義思想が蔓延するのを防ぐためでもありました。
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「農地法」第1条(の骨子)は、農地を国民の生産資源と位置づけ、農地は農家自らのものでなくてはならない、農家に農地の転用を制限し、耕作による農家の権利を保護する、そのことで国民への食料安定供給を確保する‥うんぬん(省略)とあります。
皮肉なことに「農地法」が推進した稲作拡大政策は、「農地法」公布10年を待たずに米の生産過剰をむかえ、早くも農政の失敗は明らかになりました。
あわてた政府(農林水産省)は、昭和36年に農業基本法を制定し「米の減反政策~大豆・小麦へ転作奨励政策」に農政転換しました。
a0212807_08020.jpg農林族の議員たちは、権益のため農林水産省とグルになり、日本農業と農村の社会構造的問題を、今に至るまで放置しました。
「米の供給過剰(米余り)」になって50年‥休耕田(=農業放棄地)による減反農政を続けてもなお、米の生産過剰は続いています。
弥生時代から続く“農本主義の亡霊”は、TPP反対の感情論として未だに一部の日本人の中に根深く生き続けています。
「農地法」が公布されて57年後の2009年にやっと「農地の利用権(賃借権)を原則自由にする」とほんの一部が改定されました。
日本農業の振興を阻害しているのは、「競争原理の排除」と「兼業農家の過剰保護」です。
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                    耕作を放棄され雑草に覆われた休耕田
まず農業外収入が生活基盤の兼業農家に、農業所得補償は無用です。
いまや「休耕田(農業放棄地)」は38万ha(11億4千万坪)もあり、その農地面積はなんと埼玉県に匹敵する広さです。(街も川も道路もない広大な農地だけの埼玉県をイメージしてください。)
この愚かな戦後農政を放置し先送りする農林族議員と農協のTPP反対は、あまりにバカげています。
まず日本は、TPPに参加しこの広大な「農業放棄地」を有効活用するために、競争力のある生産技術(ノウハウ)をもつ優秀な専業農家や情熱ある農業新規希望者に開放すべきでしょう。
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               最強の雑草セイタカアワダチソウに一面覆われた休耕田
TPP参加に反対するだけで斬新な農業政策の対案もなく、補助金(税金)お強請(ねだ)りの農政では、食料自給率はさらに下がり続け、TPP経済圏の外で国力(国民経済力と国家財政力)の衰退は必然です。
今こそ日本国民(主権者=消費者=納税者)は、自らの将来のためにチエを出し合い必要なら勇気をもってリスク負担をしなければなりません。
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相変わらずトンチンカンなマニュフェストに縛られた民主党政府は、現農地法にある耕作者(兼業でも登録した農家)に所得補償という名目で1反歩(300坪の農地)当り5万円の農業予算(国民の血税)をバラまくというバカげたことをしようとしています。
もっと国民全体の将来の利益になるように、日本農業について国民相互の自由闊達な議論をしなければなりません。
国家百年の計のために、国民の未来の繁栄のために。
# by blues_rock | 2011-10-17 09:36 | 経済/政治/世界 | Comments(0)
昨日の「山裾で思うTPP(環太平洋パートナーシップ)」に数字を補筆して、少し書き足し日本農業の現実を伝えたいと思います。
補筆する部分は「いまや国民経済に占める農業生産額はGDP(国民総生産額)の1.5%、国民経済のほとんど(98.5%)を農業以外の産業が担っていることになります。」のところです。
日本の農業生産を担うのは、260万世帯の農家(兼業農家も含みます)で、そのうち専業農家(農業収入で食べている農民家族)は、36万世帯14%です。
65歳以上の人を高齢者と言いますが、農家の平均年齢は66歳‥日本では高齢者が農業を営んでいるのです。
ご承知のとおり兼業農家は、農業外収入がメインなので、農業は副業(アルバイト)のようなもの、経済的には農業収入がなくても暮らしていける世帯です。
兼業農家は、所有する農地の耕作を第三者に「丸投げ」していても、民主党政権の所得補償バラマキ農政では一反歩(10a)5万円の交付金を受け取れます。
私たち国民(=消費者=納税者)にとって重要なのは、専業農家36万世帯営農の将来です。
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260万農家世帯に占める専業農家の割合は14%なので、国民経済GDP(国民総生産額)に換算するとたった0.2%!されどこの0.2%!の専業農家を守ることこそ、私たち国民(消費者)の大切な課題です。
ここに国の農業予算を「選択と集中」させるための農政改革が、どうしても必要です。
とっくに国・農協の愚策に頼らず自立して立派に営農している若い農業者たちが、私の近くにもいます。
食料について私は、地域での自給自足(身土不二=国産)を旨としていますが、いくらかっこよく食料自給を叫んでみても、私たちの台所の現実は、海外の食料品で溢れています。
アジアのこの地域から日本が逃げ出せない(日本列島をもって引っ越しできない)のなら、防衛・食料の安全保障のためにもTPPに参加することで「日本の正しい国家像と国是」を東アジアの隣人たちにアピールすべきと思います。
東アジアの中で、自立した若い専業農家が一世帯でも増えるよう、農協の全国組織で働き、2年半前退役した老農兵として、戦後66年の農村・農業政策の間違いと多くの失敗事例を反面教師として微力ながら応援していきたいと思います。(明日に続く
# by blues_rock | 2011-10-16 00:55 | 経済/政治/世界 | Comments(0)
新聞を読んでいると、紙面にTPPという文字をよく見かけます。
TPPは直訳すると「環太平洋パートナーシップ」の頭文字で、実にシンプルで分かりやすい言葉です。
TPPに参加し協定を結んだ国は、貿易において工業品・農業生産物・金融サービスを始め全品目の関税を完全撤廃することになります。
参加すると互恵・互助精神のパートナーシップを基本に、参加国の経済発展と社会繁栄を目指すためのアクション・プログラムが求められます。
これに「TPP反対!」と早くもノロシをあげ、自分の既得権益を守ろうとする族議員たちと農協(JA)は、「食料自給率の低下を阻止するためにTPP反対!」「農村の過疎化と崩壊を阻止するために反対!」「国内農業生産の衰退を阻止するため反対!」と日本農業の衰退責任は自分たちにはないとばかりの被害者を装った陳腐なスローガンは、愚かに見えます。
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いまや国民経済に占める農業生産額はGDP(国民総生産額)のわずか1.5%、国民経済のほとんどを農業以外の産業(98.5%)が担っています。
税金の歳入と歳出の配分‥この国家予算をコントロールするのが政治(国会)の役割です。
● 農業の生産振興や競争力の強化は、「経済問題」です。
● 農家の高齢化・後継者不足・農村の過疎化~限界集落などは、「社会問題」です。
良薬、口に苦(にが)しといいます。
現在の日本には辛(つら)い選択かもしれませんが、日本の将来を考えたらむしろ前向き(戦略的)にTPPに参加し、太平洋やアジアの近隣諸国と互恵・互助の精神に基づき、日本がリーダーシップをとりながら東アジアの経済交流・交易に無くてはならない存在のある国家にならなければ、この国に未来はなく、社会の発展もないと思っています。
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国内にある異なる二つの問題‥「経済問題」と「社会問題」の本質を明確にし、問題解決のための具体策を立案、即時実行していく以外、日本がTPPに参加しようがしまいが、国力の衰退は止まらないと思います。
わが国の専業農家は、全農家戸数の14%‥皮肉なことに優秀な農家ほど国の農政や農協組織なんぞ最初からアテにせず、とっくに自立しています。
消費者(国民)も自分たち(家族も含む)の食料確保はどうするのか?真剣に考えないと農家の86%を占める兼業農家は、高齢化のためにあれよあれよという間に農業放棄していく現実が目の前に迫っています。
ノーテンキな日本は例外として、いま世界は自国の「食料の安全保障」に真剣に取り組んでいます。
TPPに参加した国も、飢きんや有事のときの食料は自国民への供給が優先しますから、いくらお金を積んでも買えないかもしれません。
山裾の田んぼを眺めながら、そんなことをぼんやり考えていました。(明日に続く
# by blues_rock | 2011-10-15 10:06 | 経済/政治/世界 | Comments(0)
福岡に生まれ育った新井英一(1950~)が、父親の故郷である朝鮮半島(韓国)の清河(チョンハ)へ、自分のルーツを見つけに行く旅を歌ったブルース「清河(チョンハ)への道」を聴いた時、感動しました。
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旧ソ連の反体制詩人ウラジーミル・ヴィソツキー(1938~1980没、享年42才)の歌を聴いた時と同じような魂の叫びを感じました。
新井英一の歌う日本人のブルースは、彼独自の哀感があって心に沁み入ります。
a0212807_1061988.jpgこの歌は、アルゼンチンの歌手グラシェナ・スサーナも哀愁たっぷりに唄っています。
1955年のアメリカ映画「薔薇(バラ)の刺青」の主題歌ですが、その映画を見たこともなく、原曲を聴いたこともありません。
歌詞の内容は「愛する夫を戦争で亡くした女が、夫を忘れられず、夫が胸にしていたバラの刺青を懐い出しては、嘆き悲しみ暮らしていた。 ある日、女は街で一人の男に出会う。 その男も胸にバラの刺青があり、いつしか二人は、愛し合うようになる。」とそんな物語の内容です。
新井英一は「バラの刺青」を低く野太い声で、ソウルフルにしっとり歌います。(YouTubeにないのでご紹介できないのが残念です。)
新井英一の低く野太い大地の声は、パリのシャンソンよりユーラシアのブルースのほうが、良く似合うと思います。
# by blues_rock | 2011-10-14 06:06 | 音楽(Rock ほか) | Comments(0)
マイケル・フランクス(1944~)が、ボサノバの生みの親アントニオ・カルロス・ジョビンに捧げた名曲「アントニオの唄」をUAは、自分の感性で軽やかに歌っています。
a0212807_21573316.jpg1977年にリリースされたマイケル・フランクスのアルバム「スリーピング・ジプシー」に収録されています。
マイケル・フランクスは、ジャージィなリズムで、淡々と囁くように‥虹が光に溶け込むように「アントニオの唄(Antonio's Song )」を歌っています。
アントニオ・カルロス・ジョビンを敬愛する思いは、マイケル・フランクスのヴォーカルに溢れ、ピアノとサックスのサポートが心地よい音楽を奏でています。
UAヴァージョンは、1998年リリースのアルバム「アメトラ」の11曲目に収録されています。
UAの歌声は、ハスキーで気だるく、サポートする憂歌団の内田勘太郎のギターがすばらしく、マイケル・フランクスのボサノバとは一味違うUAの「アントニオの唄」になっています。
UAのこのアルバムからは、「悲しみジョニー」がヒットしました。
# by blues_rock | 2011-10-13 00:57 | 音楽(Rock ほか) | Comments(0)
まだテレビがない子供のころ、雑音の多い真空管ラジオで洋楽(ポップス)を聴いていました。
ラジオのボタンを回しながらラジオ放送局の周波数を拾い外国のポップス音楽を聴くただ一つの音源でした。
私にとって真空管ラジオの懐い出の音楽と言えば「ウシュクダラ」です。
遠い異国ペルシャの雰囲気‥アラビアンナイトに出てきそうな不思議な情緒を漂わす音楽でした。
ある日の午後、車を運転していたらカーラジオ(FM)から「ウシュクダラ」が流れてきました。
あまりの懐かしさに車を止めて聴き入りました。
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「ウシュクダラ」は1953年(昭和28年)アーサ・キットのヒット曲で、原曲はトルコ民謡です。
彼女が英語で唄う日本の童謡「猩猩寺(しょじょじ)」も大ヒット、この歌もまた真空管ラジオから「♪Sho-sho-shojoji‥」といつも流れていました。
「ウシュクダラ」とは、トルコの首都イスタンブール旧市街(ヨーロッパ側)からボズポラス海峡をはさんだアジア側のユスキュダル村(波止場)のこと、ユスキュダルのトルコ語発音が「ウシュクダラ」だそうです。
「ウシュクダラ」(1953)は、私のラジオ・デイズの一曲です。
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ウシュクダラに行ったときは雨だった
アナタの着物の裾が長く はねあがっていた
アナタは起きたばかりなのか 目はぼんやりとしていた
アナタは私のもの 私はアナタのもの
腕を組めるのは私だけ

ウシュクダラに行った時
一枚のハンカチをみつけて
その中にロクム菓子を包んだ
アナタを探していたら すぐ横にたっていた
アナタは私のもの 私はアナタのもの
腕を組めるのはわたしだけ
(付録 : アンダルシア風ウシュクダラも味わいがあります。)
# by blues_rock | 2011-10-12 00:44 | 音楽(Rock ほか) | Comments(0)
   「赤いゴム長靴」  筑紫里子 詩

ふるさとの川は  美しい宝石  その生涯の短い時間に
夏休みは毎日泳ぎ  貝を捕り  小魚を追い遊んだ川
小学1年生の時  大きな台風が襲来し  川は決壊氾濫した
川の橋も流された
子供らは村の公民館に集まり集団登校
皆で手をつなぎ一列にならんで  川を横切り渡るため
のん気な時代で  下校時間はそれぞれ自由
濁流ゴウゴウの川を渡っていると
手にもった赤いゴム長靴が  片方ポトリと川へ落ちた
貧しい母が買ってくれた  大事な赤いゴム長靴だ
アッという間に  スゥーッと流れたa0212807_12422446.jpg
いやだとあわてて手を延ばし  拾おうと
川の中を急いで  二、三歩追いかけた
その瞬間  川底の石に足取られ  体が沈み濁流の中へ
赤いゴム長靴は目の前を  プカプカ浮き沈み流れて行く
私の体は赤いランドセルごと流されて
もう片方の赤いゴム長靴は  必死に離すまいと左手に
何も感じない  恐くもなくて  しばらくそのまま流さて
川の流れは緩急あって  青い空に太陽が見えた

ああ  私はどうなるのかな
小さな子供が川に流されて  溺れ死んだと
校長先生や両親が  川には注意するよう言っていた
私もそうなるのかな  死んで話題になるのは嫌だな
小さなダムをトントン場と呼んでいた
トントン場まで流されたら  助からないと言っていた
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もうすぐトントン場だから  助からないのかな
流されながらのん気にそんな風に思っていた
突然  川の真ん中から
なぜか一気に川岸の方に押し流されて
延した右手に何かが触れた
川面に垂れた柳の小枝を掴んだようだ
これを掴みなさいと言わんばかりに
とっさに捕まるとすると  またどうしてか
ずぶ濡れの重い体が  川岸の浅瀬に打ち上げられた
川の水面の下から  私を持ち上げる力がないと
ランドセルごとずぶ濡れの重い体は上らない
スゥーッとイルカのジャンプみたいに
真っすぐに体が浮かび上がり  小さな浅瀬に打ち上げられた
助かるための努力もしないで
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あの時の感覚は  あの時の微妙な感触は  言葉では現せない

小さな浅瀬の上で  私は泣いた
ゴウゴウと流れる川の濁流の側で
真っ青な空を見ながら何の思いもなく  ただ大声で泣いた
赤いゴム長靴もランドセルも  もうどうでもよかった
みっともない格好で  泣いたことだけ憶えている
助かってうれしいのでもなく  怖かったからでもなく
流されて失くした  片方の赤いゴム長靴でも
ずぶ濡れのランドセルのことでもなく

私はここにいる  と大声で泣いた
ただならぬ泣き声に  近くの製材所のおじさんが驚いて
飛んで来て助けてくれた  一人では上がれない浅瀬から
向う岸から幼なじみが  私の名前を大声で叫んでいた
a0212807_12471139.jpg家までの帰り道は  製材所のおじさんがおぶってくれて
背中で泣き続ける私に  もう大丈夫だと
やさしく慰め続けてくれた  遠い昔の話

製材所のおじさんはもういないだろう

もっと早く懐い出して  あの時の御礼を言いたかった
幼なじみは 元気でいるだろうか  憶えているだろうか
# by blues_rock | 2011-10-11 06:36 | 詩/短歌/俳句/小説 | Comments(0)
10月になり福岡も秋めいて涼しくなりました。
今年の日本列島は、台風の当たり年のようで、各地で台風による豪雨被害が発生しています。
そんな時に“水”のない国‥日本などと書き、気は確か?アタマ大丈夫?と言われそうですが、これは私の意見(たわ言)ではなく、日本経済新聞に掲載された「国別国民1人当たりの水資源(淡水)ランキング」という記事の紹介です。
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6月9日の拙ブログに「水の話」を書きましたが、その続編として読んでいただけると幸いです。
さて、日本経済新聞の記事によると日本人一人当たりの水資源(淡水)は98番目で、砂漠に覆われているアフリカ・アラブ諸国よりも下位でした。
日本では淡水を貯水している自然環境が、水田・池・沼・湖・川なので、私たちの回りに散見され(可視的領域、つまり見えるところにあり) “水”に対する危機意識は、日本国民にはありません。
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しかし現実は、非常に危険な状況にあり、“水”の危機管理が必要になりました。
私たちの可視的領域に、実はもう淡水(飲める水)は、それほどないのです。
記事では、1位グリーンランド・2位ギアナ(フランス領)・3位アイスランド‥と続き、砂漠地帯で水がないはずの中東アラブ諸国には、意外と水資源がありました。
グリーンランドとアイスランドは、積雪と氷河が貯水機能を果たし、ギアナはギアナ高地に1年中降る雨が、水資源なので理解できました。
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中東アラブ諸国は、豊富なオイルマネーで海水を淡水化(海水を沸騰させ水蒸気を冷却した水)し、生活用水・工業用・飲料水にしています。
水と一口で言っても、地球の水の97.5%は、海水なのです。
淡水は、地球の水全体わずか2.5%で、氷河・地下深水・河川・湖にあります。a0212807_1041497.gif
その2.5%の淡水のうち、工業用・農業用・生活用・飲料用の水として利用可能な水資源は3%で、淡水の97%は人類の手の届かないところに存在しています。
つまり水の惑星地球にある豊富な水の‘たった0.07%’だけが、人類にとって利用できる“水”の総量というわけです。
人類の“水”の総量をイメージで説明しますと「地球全体の水を1リットル(1000cc)のペットボトル」に例えれば、人類が利用できる淡水は0.7cc、つまり「一滴のしずく」と想像してください。
世界の水は、一滴のしずく~「国別国民1人当たりの水資源(淡水)ランキング」記事が、98位の日本に暗示したもの、それは「日本の水飢饉」不可避という過酷な未来予想図でした。
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信じられない方のために「水の危機」サイト(ウィキペディア)を添付しましたので本当のことを知りたい方は、ぜひご覧ください。
「水の危機」 : http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E3%81%AE%E5%8D%B1%E6%A9%9F
(ウィキペディアは、リンクを貼ることができませんので、コピーして検索願います。)
# by blues_rock | 2011-10-10 07:47 | 自然/農耕/食料 | Comments(0)
「ザ・ローリング・ストーンズ」のエネルギーには、ただもう驚き呆れるばかり、映画「ザ・ローリング・ストーンズ・シャイン・ア・ライト」のライブ・バフォーマンスを見ていて、つくづくそう思いました。
1962年にデビューして今年で49年、彼らの平均年齢68才‥とにかくすごい!すばらしいロックンロールを聴かせてくれます。
「It’s only Rock’n roll」と言っていたローリング・ストーンズが、この映画で見せてくれたライブパフォーマンスは「This is just Rock’n roll」でした。a0212807_0474345.jpg
映画は、冒頭、マーティン・スコセッシ監督(1942~)が、イライラしながらコンサートのセットリスト(演奏曲名と演奏曲順リスト)の到着を待ち、演奏曲目と撮影について映画撮影クルーのスタッフに撮影準備を急がせている様子と、ミック・ジャガーはそれを承知していながら意地悪してセット・リストをなかなか提出しようとしない光景から始まります。
スコセッシ監督が、カメラ・スタッフに細かく指示するシーンを見て、できるだけ多くの「カットとアップ」の映像を求めているのが分かりました。
ローリング・ストーンズほどのロックバンドのドキュメンタリー映画を制作(撮影・監督)するのですから、普通ならスタジアムかアリーナの大会場に大勢の観客を入れ、ライブの熱気と興奮を撮影したくなるものですが、スコセッシ監督は敢えてニューヨークのビーコンシアターという小会場をライブ撮影の会場に選びました。
当然、ステージ・セットの確保や満員の来場者の混雑などで、小会場の狭さが予想されているにも関わらず、大量の音響機器と撮影機材‥撮影用クレーン・固定撮影カメラ・移動カメラなどをステージの上や会場内に、撮影カメラ18台がセットされました。
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映画を見られた方は、まるでライブ会場のステージ最前列にいるような臨場感と興奮を覚えたことと思います。
キース・リチャーズのギターが、いきなり「Jumpin' Jack Flash」のリフを弾き始めると‥あとは122分間、ザ・ローリング・ストーンズ・ワールドです。
ミックは、歌いながら激しくステージを動き回っても、息咳一つ切らず平然と次の曲へ、顔に刻まれたシワに49年の歳月は感じますが、体型は今でもスリムで昔のまま‥ミックの「ザ・ローリング・ストーンズ」にかける強い決意とロックを歌い続けることへの熱意が、彼の気持ちを支えているのでしょう。
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ロン・ウッドは、キースのギターに合わせるようにクールにギターを弾き、チャーリー・ワッツは、いつものように淡々とドラムを叩き、ローリング・ストーンズのリズムをしっかり支えていました。
バディ・ガイとの「シャンペン&リーファー」(1981マディ・ウォーターズ)のブルース・セッション‥ミックのハープとキース&ロンのギターも決まっていました。
スコセッシ監督は、名だたる撮影スタッフを集め、18台の撮影カメラとあらゆる機材を駆使し、ライブ全体とパフォーマンスに集中するローリング・ストーンズ一人ひとりの表情のアップや舞台裏まで、ファン心理剥き出しにして撮影させています。
a0212807_052921.jpg監督は、映画の撮影に35ミリフィルムを使用するというこだわりようで、ローリング・ストーンズという素材をなんとしても極上の映画にしたい(‥監督自身が熱狂的なローリング・ストーンズのファン)という思いが、良く分かります。
映画は「カットとアップ」の映像が多く迫力あり、演奏曲目ごとにちがうカメラアングルと併せ見事に構成されていました。
スコセッシ監督は若い頃、ロック史に永遠に残る映画「ウッドストック」(1969)の助監督として編集に関わり、ザ・バンドの解散ライブ映画「ラスト・ワルツ」(1976)の監督もしています。
他にも、ボブ・ディランの210分にも及ぶドキュメンタリー映画「ノー・ディレクション・ホーム」(2005)の監督でもあります。
マーチン・スコセッシ監督の映画作品としては、1976年の「タクシードライバー」、1990年の「グッドフェローズ」、2006年「ディパーテッド」、2010年「シャツター・アイランド」などが、私の印象に残っています。
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次回作は、遠藤周作原作の「沈黙」とか、1971年発表の篠田正浩監督作品の映画「沈黙」は、秀作でした。
江戸時代初期、布教を禁止され弾圧された日本のキリスト教をテーマにしたマーチン・スコセッシ監督の新作「沈黙」では、主役のキリスト教イエズス会宣教師役にダニエル・デイ=ルイスとベニチオ・デル・トロという個性的な名優を予定しているとか‥今から楽しみにしています。
# by blues_rock | 2011-10-09 01:01 | 音楽(Rock ほか) | Comments(0)