ブログトップ | ログイン

心の時空

yansue.exblog.jp

a day in my life

<   2018年 12月 ( 7 )   > この月の画像一覧

a0212807_12284897.jpgクラプトンは、親友ジョージ・ハリスンの当時妻であった運命の女性(ファムファタル)パティに恋(当時まだプラトニックな一途な恋でした)をしました。
クリーム(1966~1968)そしてブラインド・フェイス(1969)とバントを変えながらブルースにのめり込むクラプトンは、生来の孤独とパティから拒絶される寂しさを忘れるため、ヘロインに溺れていきました。
a0212807_12285084.jpg1970年ブルースの盟友 ジミ・ヘンドリックスが、ヘロインの過剰摂取で亡くなり、悲痛なクラプトンは、アメリカに渡りデレク・アンド・ザ・ドミノス(1970~1971)を結成、オールマンブラザーズバンドの名ギタリスト デュアン・オールマン(1946~1971バイク事故で死亡、享年25歳)を迎え名盤「レイラ(Layla and Other Assorted Love Songs)」を制作しました。
a0212807_12285302.jpg名曲「レイラ」のモデルは、クラプトンのファムファタル、パティです。
天才ギタリスト デュアン・オールマンの奏でるスライド(ボトルネック)ギターの音色は、親友の妻に横恋慕する当時のクラプトンの苦悩と心の内を見事に表現しています。
a0212807_12285629.jpgこのアルバム制作中、ジミ・ヘンドリックスの死を忘れさせた若い友人にして名ギタリストのデュアン・オールマンをバイク事故で亡くすとクラプトンは、その喪失感と孤独で重度のアルコール依存症になりました。
1979年ジョージ・ハリスンと離婚したパティは、クラプトンと結婚(結婚式にジョージ・ハリスンも出席、二人の結婚を祝福)しますが、アルコールに依存するクラプトンは、パa0212807_12290746.jpgティの知る昔の彼(自分を愛するエリック)では、ありませんでした。
アルバムを制作するごとにブルースが、ロックと融合し深化していくクラプトンの音楽は、ファンを広げますが、彼のアルコール依存症は、治らず女性遍歴を続けるクラプトンにパティが、愛想つかして1988年二人は、離婚しました。
映画は、1970年代のヘロイン中毒(重度のジャンキー)であったクラプトンの幻覚による虚ろな目(‘ピンクの綿に包まれている感じ’と本人のナレーション)、1980年代のアルコール酩酊(へa0212807_12285859.jpgべれけ状態)によるコンサート会場での観客への暴言や暴力沙汰、ライブ不能による突然のコンサート中止などクラプトンほどの有名人だったら必ず隠す過去の恥をクラプトン自らが、ナレーションで語り、赤裸々に自分の内面を曝(さらけ)出す姿を描いていきます。
1991年クラプトンは、イタリア人女性との間に生まれた溺愛する幼い息子コナー(当時4歳半)をニューヨークの自宅高層アパート53階からの転落事故で亡くし、そのa0212807_13073483.jpgショックで外との接触を断ち自宅に引きこもりました。
彼の友人たちは、不幸を重ねる彼が、またドラッグとアルコールに依存することをたいへん心配しました。
親友のジョージ・ハリスンは、クラプトンを説得し日本で開催する自分のコンサートに連れ出しバンドのギターを依頼しました。
a0212807_12291059.jpg映画に登場しませんが、このコンサートで奏でるクラプトンの「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」のギターは、それはもう最高!、演奏の最後にジョージ・ハリスンが、「エリック・クラプトン、最高!」と日本語でMCしています。
1992年愛息コナーの死を乗り越え作詞作曲した天国の息子に呼びかける名曲「Tears in Heaven」をリリース、1998年私費を投じてカリブ海の島にドラックとアルコール中毒患者を救済する更生施設「クロスロードセンター」を設立、財団運営のためにチャリティ・コンサートの開催を続け、さらに所有している大事なギター数百本をオークションにかけて得た資金は、全部寄付しています。
2002年に現在の妻メリアと再婚、73歳になったクラプトンは、3人の娘の父親としていま平穏な生活をしています。
映画に映る家庭で和み、十代の娘たち3人に弄られるクラプトンの普通のパパぶりが、微笑ましく、日本公演にa0212807_13073844.jpg連れて来た娘たちと寛ぐ子煩悩なクラプトンを見て1970年代からのファンである私は、ほっとするとともに、心底うれしく思いました。

(上写真 : ザナック監督とエリクック・クラプトン、右写真 : 名ギタリストの布袋寅泰と歌手の今井美樹夫妻も憧れのクラプトンの横では、いちファン顔)

by blues_rock | 2018-12-12 00:12 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_12263926.jpg
ブルース(&ブルースロック)の伝説ギタリスト ‘エリック・クラプトン’は、若くして「ギターの神様」と崇められ(とくにクイーンのブライアン・メイは心酔 )、その卓越したギター演奏技巧で「スローハンド」(速すぎて指が見えな
a0212807_12270896.jpg
い、揶揄)と呼ばれ、ヤードバーズのギタリスト(1963年にデビュー、1965年脱退)として有名になるも、同時代のビートルズやローリング・ストーンズと同等に人気のあったヤードバーズを突然脱退、自分の音楽の原点であるa0212807_12274048.jpgブルースに徹底的にこだわりました。
映画は、エリック・クラプトン(1945~、以下クラプトン)の音楽(=ブルース&ブルースロック)と、ミュージシャンとしての成功とは、裏腹の、彼の人生を苛む孤独が、奏でる「唯一無二のクラプトン・ブルース(&ブルースロック)」を背景に、この手のドキュメンタリーにありがちな関係者のインタビューを排a0212807_12271461.jpg除し、クラプトン本人のナレーションで彼の人生を赤裸々に描いていきます。
アメリカの女性名プロデューサー リリ・フィニー・ザナック(1954~)は、自分で監督しアルゼンチンの名映画音楽作曲家 グスターボ・サンタオラヤ(1952~)と組み編みあげた ‘エリック・クラプトン’波乱万丈の人生が、珠玉のドキュメンタリー映画「エリック・クラプトン 12小節の人生」として見事に完成しまa0212807_12274527.jpgした。
ザナック監督に対するクラプトンの信頼は、相当深いのが、映画を見ていて良く分かり、サンタオラヤ音楽監督のクラプトン音楽へのリスペクトも強く感じられました。
映画は、冒頭、若きクラプトンが、尊敬する偉大なブルースマン B.B.キング(1925~2015)への彼の憧れから始まり、そのB.B.キングが、晩年のコンサートで、クラプトンへ生涯変わらぬa0212807_12274885.jpg友情に対し “熱い感謝の念” をMCしているシーンは、胸を打ちます。
少年エリックは、9歳のとき両親と思っていたのが、実は祖父母で、自分は、実母16歳のときの私生児と知り新しい家族と暮らす母と会いますが、一緒に暮らすことを拒絶され、彼の心は、深く傷つき、クラプトンの人に対する不信と愛で癒されぬ孤独が、始まりました。
そのころラジオで聴いたブルース(当時、アメリカ黒人音楽のブルースは、超マイナー音楽でした)が、内向的な少年エリックの心をとらえa0212807_12282277.jpgギターに熱中、ブルースのレコードを聴き、ギターでコピーする毎日を過ごしました。
18歳のとき、今では伝説となったロックバンド「ヤードバーズ」のギタリストになりますが、世は、ロックンロールの全盛時代、ブルースバンドのヤードバーズもポップなロックンロールバンドへ変わるや ‘ブルース’ にこだわるクラプトンは、ヤードバーズを脱退しました。
a0212807_12282719.jpg1965年、クラプトン20歳の時でした。
クラプトンの孤独(心の闇)は、成人しても変わらず、恋人が、でき同棲しても孤独は、癒えませんでした。
この映画「エリック・クラプトン 12小節の人生」が、凄い(重要な)のは、まだ創成期にあったロックの歴史が、ブルース(&ブルースロック)ミュージシャン ‘エリック・クラa0212807_12282561.jpgプトン’ のナレーションで語られ1960年代当時のロックの誕生をリアルタイムで知ることのできる貴重な記録映画(若いロックファン、必見)であることです。
映画に登場するのは、クラプトンの親友 ジョージ・ハリスン(1943~2001没、享年58歳)と妻パティ(1944~)ならびにビートルズ、ブルースで心を通じていた天才ギタリストのジミ・ヘンドリッa0212807_12283076.jpgクス(1942-1970没、享年27歳、ヘロインの過剰摂取死、「ザ・レジェンド・オブ・ジミ・ヘンドリックス」参照)、ローリング・ストーンズ(とくにキース・リチャーズ 1943~とは、生涯の友人)、ピンクフロイドのロジャー・ウォーターズ(1943~)、ロックの先導者ボブ・ディラン(1941~)など、まだ全員20代の若い彼らを映した1960年代のアーカイブ映像a0212807_12284495.jpgは、貴重です。
ヤードバーズを1965年に脱退したクラプトンは、ジョン・メイオール(1933~)率いるブルースブレイカーズに加入、1968年にビートルズが、‘ホワイトアルバム’を制作しているときジョージ・ハリスンは、クラプトンにギターを依頼し完成したのが、名曲「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」です。 (後編に続く)

by blues_rock | 2018-12-10 00:10 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
12月5日の日本経済新聞夕刊コラムに、映画「ボヘミアン・ラプソディ」が、大ヒット、その背景としてクイーンのロック音楽は、オリジナリティが、高いことと、いま世界中で社会的な話題を提供している ‘LGBT’ について、フ
a0212807_17314424.jpg
レディ・マーキュリーの先験的な存在も大きいとありました。
クイーンは、デビュー当時から日本女性のファンが、多く、フレディ・マーキュリーのヴィジュアルなその人気は、a0212807_17315551.jpg今も衰えておらず、クイーンの楽曲を大勢のミュージシャンたちが、カヴァーし歌っているので若い世代にもクイーンの知名度は、高くファン層が、広がっているとなかなかマトを得たコラムでした。
クイーンについては、私も6年半前にブログで、映画のタイトルにもなっている楽曲「ボヘミアン・ラプソディ」のことを、その翌日、クイーンの名ギタリスト ブライアン・メイについて いちファンとして、わが熱き胸のうちを連綿と書いています。
先の拙ブロク、シネマの世界「ボヘミアン・ラプソディ」で、クイーンの4人を演じる俳優たちの熱演と生き写しのようなパフォーマンス
a0212807_17315221.jpg
が、感涙ものと映画の印象を書きました。
別な日に掲載された日本経済新聞の映画評論もこのことについて触れ、映画として高く評価していましたので
a0212807_17315881.jpg
わが思いと同じとうれしく思いました。
次回は、名ギタリストのブライアン・メイが、神と崇めたエリック・クラプトンのドキュメンタリー映画(これもファン必見、感涙もの)について述べたいと思います。

by blues_rock | 2018-12-08 00:08 | 音楽(Rock ほか) | Comments(0)
a0212807_07533822.jpg認知症の主な原因疾患は、アルツハイマー病、脳血管障害、レビー小体病、前頭側頭型認知症の4つが、ほとんどながら、他にも3、4つの原因疾患は、あります。
アルツハイマー病患者が、最も多く、おおむね6割以上(3人に2人くらい)を占め、脳内に蓄積したアミロイドβやタウと呼ばれる異常たんぱく質の悪い影響で脳の神経細胞は、死滅しながら減少していきます。
神経が、伝わらなくなると 記憶を司る海馬(かいば)の脳神経細胞に「記憶障害(覚えられない)」、「見当識障害(物や動作が分からない)」や「多動(徘徊する)」など認知症を疾患した人、特有の症状を顕わし始めます。
アルツハイマー病を治す治療は、ありませんが、抗認知症薬を使うことで、病気の進行を抑え遅らせることは、可能です。
認知症は、病名ではなく、まだ病名が、決まっていない認知症症候群の総称で、例えば、風邪にも咳・喉・鼻詰まり・発熱・頭痛など様々な症状が、あるように風邪を引いた患者の症状により医師は、対症療法治療(症状を軽くする治療)しますが、当然、認知症も、その症状(原因疾患)ごとに対症療法の治療となります。(詳しくは、こちらをご参照ください。)  (下写真3枚 : 森の家 の絵画教室で通所の方が、描かれた絵です。)
a0212807_07535730.jpg
認知症は、いま元気な老若男女すべての人にリスクとして共通する「明日は わが身」の病気ながら早期発見し、対症療法の治療をすれば、生涯折り合いを付けて人生を全うできる病気です。
a0212807_07541400.jpg
私が、ブログを書くのは、わが認知症の発症を早期発見するためなので、拙ブログを読まれた方で もしチンプンカンプンの文脈や ヘンテコリンな内容 さらにトンチンカンな意見など‥お気づきになりましたら、私の認知症
a0212807_07543097.jpg
初期周辺症状が、考えられますので慈愛を以って急ぎご連絡くださいますお願い申しあげます。
ともあれ、拙ブログは、私の独断と偏見ばかりの記事ですので、すでに周辺症状が、顕われていますよ、と感じ
a0212807_07544653.jpg
ておられる方もありましょうが、それは、私の生まれつきの性根の悪さゆえ、どうか広い御心でお許しください。
(上写真 : 高齢者在宅介護事業所 森の家 に通われる高齢者の皆さんの俳句、もう一枚あります。)
a0212807_07571888.jpg
(上写真 : 拙作 漆絵「中秋の名月」 横がやや短いA4サイズ)



by blues_rock | 2018-12-06 00:06 | 高齢者介護(認知症) | Comments(0)
a0212807_07145138.jpgイギリスの名映画監督トニー・スコット(1944~2012没、うつ病による自死)は、画家でしたが、兄リドリー・スコット監督のCM制作会社でコマーシャル・ディレクターとしても活躍、1983年映画「ハンガー」(原題「The Hunger」飢え)は、長編映画初監督作品です。
トニー・スコット監督は、CMで培った細かいカット割りと派手に装飾された映像で個性を発揮、1986年に撮った監督デビュー2作目「トップガン」のヒットで世界的に有名な監督になりました。
他の作品で私の印象に残るのは、1995年「クリムゾン・タイド」、1996年「ザ・ファン」、1998年「エネミー・オブ・アメリカ」、2004年「マイ・ボディガード」、2006年「デジャヴ」、2009年「サブウェイ123」、遺作となる2010年「アンストッパブル」で、いずれも大作にして秀作ばかりです。
a0212807_07183689.jpg「ハンガー」は、吸血鬼(ヴァンパイア)を題材にしたスリラー映画ながら優秀なコマーシャル・ディレクターであったトニー・スコット監督の手にかかるとヴァンパイア・ストーリーも(2018年流行語風に例えると)‘半端ない’くらい華麗かつ斬新な映像美の退廃的スリラーに変身いたします。
主演は、フランスの名女優カトリーヌ・ドヌーヴ(1943~)、イギリスのグラムロックミュージシャン デヴィッド・ボウイ(1947~2016)、アメリカの名女優スーザン・a0212807_07190086.jpgサランドン(1946~、1990年「ぼくの美しい人だから」、1991年「テルマ&ルイーズ」)の三人、劇中2カットだけ電話ボックス横の若者役で今や名優のウィレム・デフォー(1955~)が、出演しています。
舞台は、深夜のニューヨーク、不死の生命力を持つヴァンパイアのミリアム(カトリーヌ・ドヌーヴ)は、生きるために時代ごとに伴侶(同棲する愛人)を見つけ不老不死の血と永遠の美を与えてきました。
a0212807_07314538.jpg伴侶のジョン(デヴィッド・ボウイ)は、ミリアムが、18世紀にヴァンパイアにした愛人で二人は、ニューヨークの豪華な館で、美と贅の限りを尽くし暮らしていました。
しかし、200年以上生きたジョンに突然 老化の兆候が、顕われ始めました。
ジョンは、ミリアムに自分の老化(死の予兆)を訴えますが、とり合ってもらえず、人間の老化について研究している医師のサラ(スーザン・サランドン)a0212807_07311565.jpgを訪ね、自分の老化現象を訴えるも、サラから老人の戯言(たわごと)として扱われ追い返されました。
ジョンの容貌は、急速に衰えてゆき、ミリアムも老化衰退の激しいジョンの後釜としてサラに目を付けました。
美しい吸血鬼(ヴァンパイア)の刹那を三人の美女と美男が、妖しく艶やかに演じています。
a0212807_07314974.jpg
先に退廃的スリラーと述べましたが、さらにもう一つ耽美的ホラーと書き加えたいと思います。

by blues_rock | 2018-12-04 07:07 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_06491035.jpg福岡市総合図書館映像ホール「シネラ」12月は、インド映画特集です。
12月1日初日は、インド映画の最高傑作である映像作家で映画監督のサタジット・レイ(1921~1992)が、1955年に盟友の撮影監督スブラタ・ミットラ(1930~2001)と共同で撮った初長編映画で映像叙事詩ともいうべき「大地のうた」(原題「Pather Panchali」 ベンガル語で「小さな道の歌」)でした。
レイ監督は、イタリア・ネオレアリズモの名匠ヴィットリオ・デ・シーカ監督の1948年作品「自転車泥棒」を見て感動し「大地のうた」の脚本を書き、映画を撮る機会を待ちました。
a0212807_06492434.jpgフランスの写真家 アンリ・カルティエ=ブレッソン(1908~2004)の自然光を生かした作品(映像詩写真)に心酔していたミットラ撮影監督は、レイ監督と出遭い初めて撮った長編映画「大地のうた」(こちらの Pather Panchali をクリックすると美しい映像詩 6分55秒 をご覧いただけます)で才能が、一気に開花、その映像センスは、光ります。
音楽監督をインドの音楽家 ラビ・シャンカール(1920~2012、シタール奏者 アヌーシュカ・シャンカルと ジャズ・a0212807_06492896.jpgミュージシャン ノラ・ジョーンズは、実の娘、ビートルズやローリンングストーンズにインド楽器シタールを指導)が、務めていることも重要なポイントです。
このインド映画「大地のうた」は、1956年ヴェネツィア国際映画祭でグランプリ(金獅子賞)を受賞したほか世界各地の映画祭で数多くの賞を受賞しています。
a0212807_06493184.png映画は、1920年代のインド、ベンガル地方の貧しい小さな村が、舞台です。
主人公の家族4人は、その村の朽ちたあばら家で暮らしていました。
父親のハリホル(カナ・バナールジ 1905~1983)、母親のサルバジャヤ(コルナ・バナールジ 1919~2001)、娘のドゥルガ(ウマ・D・グプタ)、息子のオプー(スビル・バナールジ)は、貧しい生活をしていますが、先祖は、インドカースト制の最高位バラモンでした。
a0212807_06493862.jpgハリホルは、バラモン教の僧侶となる高等教育をうけながら詩の創作や大衆劇の作家になることを夢見るばかりで定職に就かず、先祖から受け継いできた果樹園も借金のために人手に渡ってしまいました。
妻で母親のサルバジャヤは、家族を養う能力のない夫に我慢しながら貧しさに耐え、二人の子供に1日2度の食事を与え1年に2枚の服を着せることをささやかな望みとして暮らしていました。
a0212807_06500987.jpgしかし、ハリホルの親戚という老婆が、同居し貧しい生活は、ますます苦しくなるばかりでした。
そんな母親の気持ちも知らず娘のドゥルガは、食べることだけが、楽しみの老婆のために、人手に渡った果樹園から果物を盗み老婆に与えるので娘のドゥルガは、泥棒扱いされ、サルガジャヤの我慢も限界でした。
a0212807_06501214.jpg映画は、父ハリホルへの母サルバジャヤの愚痴と娘ドゥルガの病死をからめながら息子オプーの無垢な目を通して、インド、ベンガルの自然(森羅万象)と貧しくとも健気に暮らしていく人間普遍の営み(生死観)を美しく描いています。
借金と極貧から脱出しようと出稼ぎに行き、何か月も帰らない夫ハリホルを待ちながら飢えを凌ぐため家財一切を売り尽くす妻サルバジャヤ、モンスーンの冷たい雨に濡れ肺炎となり高熱で死ぬ娘のドゥルガ、自分のまわり
a0212807_06502447.jpg
で起きるそんな出来事をじっと見つめ幼いながらそして受け入れていくオプー、長い間不在だった父親のハリホルは、愛娘ドゥルガのために新しいサリーを買って帰って来ましたが、母親サルバジャヤの慟哭で、すべa0212807_06502727.jpgてを察しました。
ハリホルは、先祖代々暮らしてきた土地と夢を捨て都会のベナレスで出直そうと妻サルバジャヤと息子オプーと共に夜明けの道を牛に牽かせた荷車に乗り向かいました。
サタジット・レイ監督の演出とスブラタ・ミットラ撮影監督の静謐なカメラが、実に秀逸です。
インドで歌も踊りもない映画が、上映されるなどそれまで考えられず、まして大ヒットするなど予想外の出来事a0212807_06503995.jpgだったようで「大地のうた」は、インド映画を初めて世界に知らしめた記念すべき名作映画です。

by blues_rock | 2018-12-02 06:44 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_03074362.jpg
漆に囚われ寝ても覚めても 食事していても プールで游いでいても、漆のことばかり考えています。
a0212807_03075989.jpg
漆の女神は、私のファムファタル、まるで偏漆狂あるいは変漆者のようで我ながら いささか呆れています。
a0212807_03081186.jpg
好きな映画を見る時間も今、漆作業の工程に費やす時間捻出のため少し抑制しています。
a0212807_03083341.jpg
金継ぎに夢中になっているころ ‛金継ぎしたくなる器’を見ると無性に壊したくなる衝動に襲われたものですが、
a0212807_03084310.jpg
今は ‘金継ぎする価値のある器’ (=ここが肝要)を直したくなるくらいの微熱まで解熱しました。
a0212807_03094402.jpg
その分、漆塗りは、木目麗しい(=漆の語源)素材が、目に入ると街なかでも ひと様のウチでも 無性にその素材に
a0212807_03095457.jpg
漆を塗りたく(あるいは漆で拭きたく)なるようになりました。
a0212807_03101755.jpg
地獄に墜ちるなら 漆地獄が、いいなあ。
11月から町屋ハコザキの金継ぎ工房へ移り、私のファイナル課題である ‘蒔絵’ に挑戦しています。

by blues_rock | 2018-12-01 00:01 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)