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心の時空

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a day in my life

<   2018年 10月 ( 17 )   > この月の画像一覧

a0212807_03030560.jpg「大正浪漫三部作」の最後が、1991年作品「夢二」です。
タイトルのとおり‘大正ロマン’ の象徴のような画家(元祖グラフィック・デザイナー) 竹下夢二を主人公に鈴木清順監督は、‘夢二’と関わる女たちを艶やかにして幻想的な映像により耽美主義の清順美学を見せてくれます。
a0212807_03033235.jpg「大正浪漫三部作」の中でもこの「夢二」に鈴木監督の色彩へのこだわりを一番感じます。
映画のプロットは、竹久夢二の詩と絵で有名な「宵待草」と見返り美人図として有名な「立田姫」をモチーフにしており、劇中、夢二に関わる三人の女それぞれに同じ着物をa0212807_03033536.jpg着せて夢二との絡みのシーンを撮ったり、映像を黄・赤・青・緑など明確な色調(トーン)で表現したり、鈴木監督悠々の遊び(美しくも軽やかな印象)を感じました。
映画は、1917年大正6年の金沢が、舞台です。主人公の夢二を沢田研二(1948~)が、一生懸命軽やかに演じているものの反って不自然で彼は、歌手であって俳優でa0212807_03033888.jpgないと分かっていても小林薫など演技達者な俳優に演じてもらいたかったと思いました。
「夢二」に絡む三人の女、巴代を毬谷友子(1960~、出演時31歳)、彦乃を宮崎萬純(1968~、同23歳)、お葉を広田レオナ(1963~、同28歳)が、それぞれの個性を生かしたa0212807_03034184.jpg美しさで(鈴木監督の演出手腕もあって美しく)、「大正浪漫三部作」に出演した女優たち皆なに共通することながら彼女たちの美しさは、際立っていました。
共演の原田芳雄、大楠道代ほか、劇中夢二と同じ時代に活躍した日本画家(速水御舟がモデル)を演じた坂東玉三郎(1950~)など
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が、脇を固めていました。
a0212807_03122686.jpg「大正浪漫三部作」以外でも2001年作品「ピストルオペラ」は、シュールにしてコミカルな不条理劇(前衛劇)です。
プロットは、あの世(霊界=死後の世界)とこの世(顕界=現世)の境界が、溶解してゆく怪異譚(たん)で、世にも不思議な(摩訶不思議な)怪奇エロチック映画です。
a0212807_03122892.jpgこの映画にストーリーうんぬんは、関係なし、この「ピストルオペラ」も女優を見るための映画です。
主演の江角マキコ(1966~、出演時35歳)は、28歳のとき今や日本を代表する名監督(名匠)是枝裕和監督の1995年デビュー作品「幻の光」で売れっ子モデルから女優に転身(女優デビュー)、7年のキャリアを積んでの出演なのでコミカルな演技も堂に入っています。
a0212807_03123140.jpgすばらしいのは、主演の江角マキコだけでなく、トップモデルの山口小夜子(1949~2007、出演時52歳、1989年「利休」の茶々役が、印象に残ります)、出演時11歳の韓英恵(1990~、女優デビュー作品、2018年「菊とギロチン」に出演)、さらに稀代の名女優 樹木希林(1943~2018、出演時58歳)たちが、鈴木監督に乗せられa0212807_03032134.jpgて楽しそうに演じています。
鈴木監督は、テンポよくシュールにしてコミカルに、不条理劇「ピストルオペラ」を演出、これにエゴ・ラッピンの音楽が、心地良くシンクロして行きます。
混沌とした「ピストルオペラ」のストーリーながら、それもさほど気にならず最後まで大いに楽しめる映画です。

by blues_rock | 2018-10-31 00:01 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
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a0212807_03000627.jpg鈴木清順監督(1923~2017)の作品(特集)を福岡市総合図書館シネラで見ました。
やはり、何といっても鈴木清順監督が、異彩を放つのは、映画の製作と興行とが、一体となったシネプラセット上映の名プロデューサー荒戸源次郎(1946~2016)と名脚本家田中陽造(1939~)との異色の才人三人による「大正浪漫三部作」です。
a0212807_03000181.jpg1980年の怪奇的耽美映画「ツィゴイネルワイゼン」は、冒頭、作曲家サラサーテが、自らバイオリンを演奏し録音したSPレコード盤の名曲「ツィゴイネルワイゼン」を聴いた二人の男が、演奏と一緒にレコードに録音されているというサラサーテの呟(つぶや)きについて「何て言ったんだろ!?」、「君にもわからないか?」と語りながらカットインしてくるところから始まります。
スペイン(バスク人)の作曲家サラサーテが、ジプシー(ロマ)音楽をもとに作曲した物憂げで哀感たっぷりの「ツィゴイネルワイゼン」をバックに映画「ツィゴイネルワイゼン」は、退廃的なエロティシズムと夥(おびただ)しい食べるシーンが、散りばめられた死の感触を醸し出していきます。
男が、「腐りかけがいい。 何でも腐ってゆくときが、一番美味いのさ。」と女の肉体を貪り、女は、腐りかけた桃を口に入れ、その水蜜桃の皮まで舐めるシーンなど秀逸至極、傑作「ツィゴイネルワイゼン」は、耽美派映画監督 鈴木清順の演出するエロティシズムが、鮮烈です。
主人公の男二人を一人は、稀代の名優 原田芳雄(1940~2011)、もう一人を映画監督にして俳優 藤田敏也(1932~1997)が、演じています。
得体の知れない男の原田芳雄とからむ妖艶な女を演じるのが、藤田敏也演じる大学教授の妻役の大楠道代(1946~、デビュー当時安田道代、美しかった! 結婚で女優を引退するもこの「ツィゴイネルワイゼン」で女優大楠道代a0212807_03021161.jpgとして復活、当時35歳、妖艶な女のエロティシズムが、秀逸)です。
原田芳雄演じる放蕩資産家の貞淑な妻を大谷直子(1950~、出演時30歳)が、演じ、性欲を圧し殺したその禁欲的な表情もまたエロチックでした。
映画ファン、映画評論家から絶賛されa0212807_03011929.jpgた「ツィゴイネルワイゼン」の翌年の1981年、鈴木清順監督は、‘フィルム歌舞伎’と呼ばれた「陽炎座(かげろうざ)」を発表、当時人気アクション俳優の松田優作(1949~1989病没、享年40歳)を主役に起用、鈴木清順監督は、彼の前で直径1mの円を描き、「この円の中から出ないような演技をしてa0212807_03011531.jpgください。」と当時32歳の松田優作を指導、この映画出演後の彼が、演技の‘新境地’を拓いた作品として見るとたいへん興味深いと思います。
1926年、大正最後の年15年(昭和元年)の東京、新派の劇作家松崎(松田優作)は、落とした手紙が、縁で品子a0212807_03025767.jpg(大楠道代)と出遭います。
その後も松崎は、偶然品子と出遭い、彼が、品子と一夜を共にしたその部屋は、彼のパトロン玉脇(中村嘉葎雄、1938~)の部屋にそっくりであることに気が、付きました。
松崎は、品子の「金沢で待つ」という手紙に誘い出され金沢に向かいますが、a0212807_03030396.jpg品子は、手紙を出した憶えはないと言いました。
その後、松崎は、パトロン玉脇から品子との心中をしつこく唆(そそのか)され、逃げ出し松崎は、アナーキストの和田(原田芳雄)と知り合いました。
そして、不思議な祭り囃子に導かれ、奇妙な芝居小屋の「陽炎座」にたどり着きました。
出演している女優は、大楠道代のほかに加賀まりこ(1943~、出演時38歳)、楠田枝里a0212807_03030758.jpg子(1952~、同29歳)、「陽炎座」の原作が、怪奇ロマン作家の泉鏡花(1873~1939)、製作=荒戸源次郎、脚本=田中陽造、監督=鈴木清順、これに前作「ツィゴイネルワイゼン」を撮った撮影監督の永塚一栄(1906~1982)を加えた最強のカルテットですから、映画「陽炎座」が、おもしろくないはずはありません。(後編へ続く)

by blues_rock | 2018-10-30 00:03 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_15400178.jpgたぶん幕末(江戸末期くらい)のころ、古伊万里の呉須深皿(経15㌢・立て5㌢)を「焼き継ぎ」したものでしょう。
呉須の釉(ブルー)が、少し薄いのは、良質な呉須(コバルト)釉薬が、幕末には、貴重となり 手に入り難くなっていたからと推察します。
三瀬のヴィレッジアンティークでいつものように掘り出し物を探していたら ‘キズ’ というシールに小さく価格を記してある格安古伊万里深皿を発見、キズの直し(接着)の痕跡(あと)が、少し気になったものの購入後、一旦外し、再度 糊漆できれいに繋ぎ直し「金継ぎ」しようと考えました。
深皿の汚れは、一時間ばかり漂白水に浸して中性洗剤で洗うときれいに落ちました。
接着部分を鋭利なカッターで弄ってみると非常に硬質で、いまの接着剤(ボンドなど)の類ではなく‘強固なガラス質のもの’であることが、分かりました。
磁器が、伊万里と呼ばれ一般庶民に高嶺の花であった江戸時代、現在(いま)では もう消滅した特殊な‘金継ぎ技法のひとつ’(金継ぎとは、陶磁器修理技法の総称)で、江戸時代普通であった「焼き継ぎ」の痕跡(あと)と気付きました。
「焼き継ぎ」について興味のある方は、こちら をご覧いただくとして、この貴重な江戸時代の文化遺産「金継ぎ生活史」の証拠品を私が、台無しにしてしまわな
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いよう保存することにしました。
骨董店(アンティーク・ショップ)に立ち寄ってみると時おりこんなレアな掘り出し物に出遭いますから骨董店覗きをなか
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なか止められません。

by blues_rock | 2018-10-28 00:08 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)
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戦争が、終わり73年、いまだに韓国と日本との国家間のイザコザは、絶えませんが、先日の日経新聞記事によれば、韓国の若い世代に日本の ‘文化’ に関心をもつ若者たちが、増えているとありました。
a0212807_17351140.jpgさりとて、国のレベル(政府間)となると長い歴史にわだかまる民族意識と‘マネー’目的の利権が、交錯、両国民ともに90%近くは、「戦争を知らない子供たち」世代なのに忌まわしい過去に引きずられ、また新たな諍(いさか)いを起こそうと云うのですから開いた口が、ふさがりません。
a0212807_17351445.jpg歴史の事実として悪の帝国であった旧大日本帝国は、1910年に李氏朝鮮王国を滅ぼし日韓併合、1945年の敗戦(無条件降伏)まで35年間、朝鮮半島を植民地としていた事実は、これからも変わりません。
韓国と日本は、過去3千年の間、弥生時代から現在まで地球上の最隣人であり、国の場所を動かすことが、でa0212807_17351712.jpgきない以上、「過去は、過去として、もう二度と決してお互い相手を攻撃しない(悪口も言わない)」という固い信念と友情を持ち続けなければ、両国とも不幸しか招かないことは、歴史が、証明しています。
さて、閑話休題、韓国内にも根の深い歴史の瑕疵(かし、キズ)が、あり今夜紹介する韓国映画「1987、ある闘いの真実」は、1980年の光州事件(韓国国民の民主化運a0212807_17352061.jpg動を朴大統領暗殺事件に絡み、クーデターで大統領になった全斗煥軍事独裁政権が、暴力で弾圧した流血事件)を描いた2017年映画「「タクシー運転手」から7年後の韓国社会、つまり絶対権力の ‘暴力装置である軍’ の本質をリアルに描いています。
監督のチャン・ジュナン(1970~)は、光州事件のとき10歳、撮影監督キム・ウヒョン(1972~、2015年「暗殺」の映像は抜群) が、a0212807_17353536.jpgまだ8歳、そして1987年に起きた大統領直接選挙制を求める大規模な民主化運動に火を点けた全斗煥大統領独裁政権による学生運動リーダー2人を拷問で虐殺した殺人事件のときジュナン監督は、まだ17歳の高校生、ウヒョン撮影監督15歳たるや中学性の多感な時代でした。
a0212807_17353888.jpg「1987、ある闘いの真実」(原題「1987: When the Day Comes」)は、わずか31年前に起きた韓国現代史をもとにリアリティに徹したジュナン監督の演出と、それにシンクロしたウヒョン撮影監督カメラクルーのハンドヘルド撮影が、正に「1987年のその日」にいるような(タイムスリップしたような)見事な現実感を醸し出しています。
a0212807_17354166.jpgハンディカメラの性能が、向上(デジタル化で操作が、簡単でコンパクト)したことで ハッタリ(だます)のためにハンディカメラやスマホを多用、ドキュメンタリー風な映像(ハンドヘルド撮影)で誤魔化す監督(=撮影監督)が、あまりに目立ち(ポルノPoV撮影の悪影響)、彼らの撮った締まりのない映像は、見るに堪えず「カメラを止めよ!」と余計なことを言いたくなります。
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ハンドヘルドカメラの多用は、ときに逆効果でハンドヘルド撮影を生かした秀作と云えば、2004年映画「モーターサイクル・ダイアリーズ」でしょう。
a0212807_17362667.jpg当時24歳のアルゼンチンの医学生チェ・ゲバラに密着取材したドキュメンタリーのようでハンドヘルドは、本来映画の質を高める高度な撮影技法です。
この「1987、ある闘いの真実」は、映画解説を百回読むより30年前の韓国をリアリティあふれる映像で描いているので、ぜひ我が目で見ていただきたいと思います。
a0212807_17363198.jpg極悪非道で 血も涙もない無慈悲な脱北反共主義者で特務機関のパク所長を演じる名優キム・ユンスク(1968~、2008年「チェィサー」主演」が、実に秀逸で その年の韓国映画祭で主演男優賞を受賞しています。
彼に抵抗するソウル地検公安部長チェを演じるのは、名優ハ・ジョンウ(1978~、2013年「ベルリンファイル」、2016年「お嬢さん」主演)、映画に登a0212807_17363627.jpg場する拷問で虐殺された学生パク・ジョンチョル(1965~1987拷問死、享年22歳)をヨ・ジング(1997~)、韓国民主化闘争の象徴で学生運動の中心的役割を担った延世大学の学生イ・ハンニョル(1966~1987催涙銃で射殺、享年21歳)をカン・ドンウォン(1981~)、拷問虐殺の証拠を民主化運動のグループに渡す永登浦刑務所看a0212807_18113194.jpg守ハンを名優ユ・ヘジン(1970~)など実在の人物が、多く登場し映画にリアリティを持たせています。
危険を承知で獄中情報を届ける看守ハンの姪で延世大学の女子大生ヨニを演じるのは、若手女優キム・テリ(1990~、2016年「お嬢さん」孤児の少女スッキを演じ注目)で、ジュナン監督が、虐殺されるイ・ハンニョルに淡い恋心をもつ女性として映画のためにa0212807_17363314.jpg登場させた架空の人物です。
韓国の現大統領 文在寅(ムン・ジェイン、1953~)も1980年光州事件当時27歳で人権派弁護士見習い(司法研修生)であり、戒厳令を敷く全斗煥軍事独裁政権に反旗を翻す民主化市民運動の活動家でした。
なのに ‥ 大統領になったとたんにチンプンカンプン、あの反骨の気概は、どこへ行ったのでしょうかね。

by blues_rock | 2018-10-26 00:26 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
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いま、久留米市美術館(旧石橋美術館)で開催中の「長谷川利行展」を見て来ました。
天才画家 長谷川利行(詳細はこちらを参照ください)は、大正から昭和にかけて浅草を中心に東京下町の木賃
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宿や公園で野宿しながら、家(アトリエ)を持たず、描く場所を選ばず、体内から溢れ出る絵画制作への情熱と類まれな才能(表現センス)をキャンバス・板・紙に奔流のようなタッチでぶつけ、人物画・風景画の傑作を多く描
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き残しました。
長谷川利行は、78年前の1940年(昭和15年)三河島の路上で倒れ療養施設に収容され胃ガンと診察されるも
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治療を拒みやがて亡くなりました。
彼の持ち物であった絵・スケッチブック・画材などは、療養施設の規則ですべて焼却されましたが、倒れるまで
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絵を描き続け、極貧の長谷川利行は、描いた絵をその日の酒代、木賃宿代にしていましたから、焼却を免れた彼の絵が、今でも‘発見’されるのは、そのためです。
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最初の風景画写真、油絵P20号「カフェ・バウリスタ」(東京近代美術館蔵、長谷川利行を4点所蔵)は、2009年TV番組「開運 お宝探偵団」で新発見の長谷川利行作品として紹介され 1,800万円の価格が、提示されました。
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今回の展覧会は、回顧展のような規模ながら私が、見た日は、入場者も少なく展示されている 140点を一点ずつ 目の前でゆっくり見ることができました。
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私は、興奮と集中で17時の閉館時間をすっかり忘れ、じっくり見ていましたので心配した美術館のスタッフから「大丈夫ですか? 間もなく閉館ですが‥」とやさしく注意されるも最後の一点までゆっくり堪能しました。
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by blues_rock | 2018-10-24 00:04 | 美術/絵画/彫刻 | Comments(0)
2か月前の8月は、全国各地、ところによって 40℃を超える酷暑続きの日本列島でしたが、9月になると二つの台風襲来もあって季節は、一気に秋モードとなりました。 (下写真 : 松の巨木厚板テーブルにまず驚きます。)
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秋日和のポカポカ陽気に誘われて三瀬峠には、棚田の曼殊沙華を見に行ったばかりなのに、車で20~30分と自宅から近いこともあって気分転換にと車内ステレオのボリームをめいっぱいあげ、クリスマスソングを聴きながらドライブしました。 (下写真2枚 : 秋の草花が、壁の照明とマッチ、月見しているよう、センスを感じます。) 
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今回は、‘そば遊山’の蕎麦を食べること、途中 三瀬トンネル向こうのアンティークモールとヴィレッジアンティークに立ち寄り、いつもの‘冷やかし(超掘り出しもの物色)’、さらに‘そば遊山’(遊山の裏庭)のあと、神崎から久留米に向かい、久留米市美術館で開催の「長谷川利行展」を見るのが、目的でした。
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秋の遊山は、ヒンヤリと膚寒く、そばとダシを堪能するために温かい‘かけそば’をいただきました。
ざるよし、かけよし、旨味たっぷりダシも、ひと汁(つゆ)残らずいただきました。
佐賀は、全国第3位の蓮根(レンコン)の大産地、新蓮根の出荷が、始まる11月後半になると‘そば遊山’では、
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蕎麦に蓮根団子添えのレンコンそばが、季節メニューに加わります。
標高580㍍にある三瀬トンネルは、12月半ばから2月終わりにかけて凍結や降雪で道路が、すぐ通行止めになりますので冬の遊山は、早めに訪ね、何としても‘そば遊山’のレンコンそばを食べて、私の年越しそば にしたい
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と計画しています。  (上写真2枚 : 遊山の裏庭、四季折々 食後の散歩に最適です。)

by blues_rock | 2018-10-22 00:02 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(0)
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韓国系フランス人でフランスの女性監督ウニー・ルコント(1966~)の 長編作品第2作目となる2015年映画「めぐりあう日」(脚本・監督、原題「Je vous souhaite d'etre」あなたは私の希望)は、前作2009年のデビュー作品(脚本・a0212807_08542230.jpg監督) ‘冬の小鳥’で、韓国に生まれ韓国人の親に捨てられた自分が、なぜフランス人なのかという ‘アイデンティティ’ の拠りどころを描いたときと同じように、実の親を知らないフランス人女性の ‘自分探し(アイデンティティ探し)’ をテーマにした作品です。
主人公の理学療法士エリザ(セリーヌ・サレット 1980~、2013年「君と歩く世界」に出演)は、パリで夫アレックa0212807_08543419.jpgス(ルイ=ド・ドゥ・ランクザン 1963~、2016年「パレス・ダウン」出演)と8歳の息子と暮らしていますが、自分の産みの親を知りませんでした。
フランス人の夫との間にできた息子の容姿が、アラブの男の子を思わせる容姿であることからエリザは、夫から疑われ苦しみました。
夫と別れ、心の底に蟠(わだかま)る自分の過去を知るため、息子を連れ出生地の北フランスの港町ダンケルクa0212807_08544273.jpgへ移り住みました。
実の親(両親)の手がかりは、なかなか見つからずにいたある日、息子の通う学校で、給食補助員として働くアネットという中年女性(アンヌ・ブノワ、2006年「薬指の標本」出演)が、患者としてエリザの治療室を訪れて来ました。
エリザが、アネットを治療するうちに二人は、お互い次第に不思議な親近感を覚えるようになりました。
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ここから映画は、アネットの青春時代、16歳のときの一途な愛と悲恋、そして訪れる悲痛な苦悩とエリザが、想像もしなかった彼女の人生を映していきます。
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この重く切ない二人の女性の人生を フランスの名撮影監督 カロリーヌ・シャンペティエ(1954~、名監督の傑作を多く手がけるベテランの名撮影監督、近作でも2011年「神々と男たち」、2012年「ハンナ・アーレント」、2017年a0212807_08550886.jpg夜明けの祈り」など)が、繊細なカメラワークで表現、見ている私たちの心を惹き付けていきます。
「めぐりあう日」は、脚本・監督のウニー・ルコント監督、カメラのカロリーヌ・シャンペティエ撮影監督、主人公エリザ役のセリーヌ・サレットとアネット役のアンヌ・ブノワ 4人の女性たちの情熱で生まれた秀作映画です。
a0212807_08545099.jpg映画ラストのシークエンスで流れるアンドレ・ブルトン(愛を否定し自分が、生まれたことを呪っていたフランスのシュールレアリスト詩人)が、父となり 生後8か月の娘へ贈った詩の一節「あなたの誕生に何一つ偶然はない」から続く詩の朗読は、じんじんと私の胸に染み入りました。

by blues_rock | 2018-10-20 01:20 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
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日本にも1960年代以降に生まれた才能ある中堅ならびに若手の映画監督(当然脚本も自作)が、出現し始め、かっての日本映画の水準に到達しそうな予感、私は、贔屓監督が、新作を発表するたびに、わくわくしながら、
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映画館に向かいます。
1990年代、ピンク映画ばかり撮っていた瀬々敬久監督(1960~)は、2000年代になると長編映画の自主製作で
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一気に才能が、開花、2017年作品「最低。」は、すばらしいものでした。
それから1年、最新作「菊とギロチン」もまた期待に違わないすばらしい作品です。
a0212807_12480064.jpg映画は、3時間と長尺ですが、長さを感じさせず、 瀬々敬久監督と相澤虎之助監督(1974~)の共同脚本による斬新な映画感覚は、秀逸です。
タイトルの「菊とギロチン」から少々アクの強い思想的なものを感じる向きもあるでしょうが、映画の舞台となる大正時代の空気感(リアリズム)を好く表現しています。
a0212807_12480243.jpg大正から昭和20年までの国体であった天皇が、絶対権力としての帝国主義(極右)の象徴としての「菊」と フランス革命ルーツの暴力と流血革命の象徴で斬首処刑の道具であった「ギロチン」の組み合わせは、アナーキー(極左)でシュールです。
1923年(大正12年)関東大震災直後の大正時代末期、その暗黒の歴史(負の歴史)を瀬々監督の演出と撮影監督鍋島淳裕(1962a0212807_12481261.jpg~)のカメラは、昭和30年代まで実際に存在した「女相撲」興行の一座と、国粋主義自警団による関東大震災後の騒乱(ドサクサ)に紛れた在日朝鮮人虐殺事件、アナーキズム(無政府主義と翻訳されるも労働者中心=労働組合主義が正確な意味)運動の秘密結社ギロチン社による反帝国主義テロ活動、そのドサクサを悪用した憲兵隊(特高)甘粕大尉による社会運動家(自由主a0212807_12480659.jpg義者) 大杉栄(1885~1923没、当時38歳)、内縁の妻で婦人解放運動家 伊藤野枝(1895~1923、当時28歳)、大杉栄の甥宗一(当時6歳)3人が、虐殺された大杉栄扼殺(やくさつ、手で絞め殺すこと)事件をリアルに描いています。
大正12年の関東大震災直後の日本は、異常気象による未曾有の干ばつと飢饉(ききん)で疲弊し貧困に苦しむ国民の間には、不穏な空気が、流a0212807_12484100.jpgれていました。
自由主義と大正デモクラシーの時代にあっても男尊女卑の世相は、何も変わらず父親や夫の暴力から逃れた女たちが、生きて行くための職業は、娼婦(女郎)しかなく、あるいは、女相撲や旅芸人・サーカスなど見世物興行一座に入るしかありませんでした。
a0212807_12484461.jpg映画のタイトルは、当初「女相撲とギロチン社」だったそうですが、女相撲という意表を突いた道具立てにしたことで国粋(天皇神格化)の象徴としての菊、社会主義革命の秘密結社ギロチンという不倶戴天の敵同士を「菊とギロチン」で対峙させています。
昭和となり大正デモクラシーが、消滅すると国粋プロバガンダによる一億総玉砕の国体は、1945年8月15日の遅すぎる敗戦を迎えa0212807_13090574.jpgました。
あの敗戦から73年、昭和から平成そしてまた新しい元号の時代になりますが、何だかキナ臭い匂いもし始めた昨今、新しい御代は、「普通なことが、普通に行われ、当たり前が、当たり前にまかり通る」平安な時代であって欲しいと切に願います。
その異常な悪しき一例が、職業スポーツの大相撲です。
a0212807_13093192.jpg古くは奈良時代、女性を土俵に上げたという記録もある相撲が、天皇を総宮司(神主総長)とする神道の神事で相撲は、国技であると宣(のたま)い、男女同権・機会均等の今の世にあって聖なる母性の女性が、‘不浄の者’として土俵に上がれないとは、噴飯もので愚か者(バカ)のタワゴトです。
a0212807_13091025.jpgさらに相撲が、国技であり、八百万の神々への神聖なる奉納神事と宣(のたま)うなら私は、チベット仏教の国モンゴル人(外国人)を賑々しく迎え横綱にして国技館で日本の神様たちへ神事の奉納土俵入り(モンゴル横綱は高額ギャラのためながら)をさせるなんざあ、そりゃあなた方、どこか間違っていますよと言いたいのです。
a0212807_12484860.jpg閑話休題、この映画は、何といっても女相撲を演じた女優陣が、すばらしく、シコ名花菊の木竜麻生(1994~)、十勝川の韓英恵(1990~、2001年「ピストルオペラ」のヌード少女)、玉椿の嘉門洋子(1980~)、勝虎の大西礼芳(1990~)、小桜の山田真歩(1981~)たちは、クランクインの前、撮影準備のため相当な時間、本格的に相撲の稽古をしたそうな、スクリーンに映る女相撲に違a0212807_12485508.jpg和感なく、撮影現場の瀬々監督は、さぞ満足したことでしょう。
ギロチン社の革命家を演じた俳優たちも若手中心ながら皆な芸達者で東出昌大(1988~)、寛一郎(1996~、長編デビュー、名優佐藤浩市の息子にして稀代の名優三國連太郎の孫)、井浦新(1974~、是枝裕和監督の初期作品に出演)、大西信満(1975~、自警団の偏狂的国粋主義者役が、a0212807_12485952.jpg見事)、右翼で読売新聞創業者の正力松太郎役を大森立嗣監督(1970~、2013年「さよなら渓谷」、2018年「日日是好日」の監督)ほかが、脇を固めています。
鍋島撮影監督は、ハンディカメラを多用、その映像が、音楽の西アフリカ民族打楽器ジャンベとの相性良く、かつ斬新で、とくに女相撲のシーンや浜辺で踊るシーンは、実に効果的でした。
73年前に終わった国家間の瑕疵(かし、きず)を払拭したとき、東アジア新世代の映画人たちが、大同団結してa0212807_12490488.jpg共同製作するようになり(もうすでに始まり名作も少なからず発表されていますが)、心ときめく傑作映画は、もっと増えていくでしょう。

右は、女大関(最高位)の若緑と大杉栄

by blues_rock | 2018-10-18 10:18 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
私が、働く在宅高齢者介護事業所「森の家」の火曜日午後は、絵画教室です。
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毎週、10数人の後期高齢者で程度の差はあれ認知症を患う高齢者の方が、参加されています。
a0212807_10541986.jpg他に担当するのが、金曜日午後の俳句教室で、17文字の文学(世界で最も短い詩‘俳句’)は、奥が、深く、私に太刀打ちできる技量は、ありませんが、口数(減らず口)で勝負しています。
されどプロの俳人も及ばない、ぶったまげる名句を詠まれる方もおられますので事業所代表から私の戯言(たわごと)は、きつく口封じ(厳禁)されています。
絵を描くのも俳句を捻られるのも参加される方のほとんどが、初めての方ばかりなのにその作品の素晴らしさに驚かされます。
‘認知症’という脳細胞の衰退劣化(アミロイドβというタンパク質老廃物の蓄積による障害)に伴う病気、つまり、今は若くても「明日は わが身」の病気です。
その「明日は わがa0212807_10543499.jpg身」の私が、お手伝いするのは、「絵の描き方」ではなく、画材の使い方や構図くらい、あえてアドバイスするのは、「幼児が、落描きするように自由に楽しく、できるだけヘタに描いてください。」と云うことだけです。
「上手く描いて褒められようとか、だれかによく見られようとか、そんな邪念は、絵を描く人の心の敵です。
風景、人物、静物、そっくり上手に描きたいのなら、今のデジカメで撮影すれば、誰でも容易にできること、そんなものに個性は、なく‘芸術の特性’であるその人だけのOne & Onlyから生まれる感動などあるが、ありません。」とお伝えしています。
俳句もまた同じこと(One & Only の感性)と思います。
人生もまた One & Only、人と比べることなど無益で無駄なこと、「長生きしてもたかが百年、指弾の時間」、あるがままに 諍(いさ
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か)わず 笑顔で楽しく暮らしましょう。  (上の写真 : 4歳児が、誰にも教わらず 初めて描いた水彩画、芸術の原始 を感じます。)

by blues_rock | 2018-10-16 00:06 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(0)
スイスは、時おり秀逸な映画を製作します。
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1985年の「山の焚火」などは、十代の姉と発達障害のある聾唖(ろうあ)の弟との偶発的な近親相姦とそれによる姉の妊娠、それに端を発したこれも偶発的な事故による親殺しとセンセーショナルなプロットながら寓話性にa0212807_23482045.jpg富んでいるので印象に残る不思議な映画です。
今夜ご紹介する同国映画監督 ミヒャ・レビンスキー(1972~)が、2015年に発表した「まともな男」(原題「Nichts passie」何も起こってない)は、映画を見ているとイライラしてくる(気持ちが、だんだん不安定になってくる)良い意味で質(タチ)の悪い不思議な秀作映画です。
a0212807_23485545.jpgなぜなら、主人公の中年会社員トーマスは、スイスでなくとも世界中 ‘どこにでもいる普通のまともな人間’で、映画を見ていると自分のまわり(友人・親戚・知人・同僚その他)に ‘いるいる こんな人’と思わせますので妙に現実味が、あるから面白いのでしょう。
映画は、まず冒頭、主人公のトーマスが、ストレスで日ごろ飲まない酒を飲み、酔っぱらってわざと起こした自動a0212807_23482391.jpg車事故の精神治療カウンセリングで、セラピストに「ボクは、いたって普通のまともな人間」と語っているシーンから始まります。
レビンスキー監督は、この最初のつかみ(演出)が、非常に上手く、あわせてレビンスキー監督の脚本は、小さな出来事を緻密に積み重ねる構成をしているので相手のために良かれと思い(自分でそう信じているからなおタチが悪い)、とっさにa0212807_23485861.jpg付いた小さな嘘と行ない(本人は善意のつもり)が、積み重なることで(自分に都合良くその場その場で出まかせを云う優柔不断な人間の保身による些細な嘘の積み重ねで)さらに事態は、どんどん悪い方向に転がっていく、つまり善意の嘘が、負の連鎖に巻き込まれ次第に自分の人生を台無しにしていく「まともな男」の物語です。
a0212807_23490744.jpg中年会社員のトーマス(デービト・シュトリーゾフ 1973~、2007年「ヒトラーの贋札」)は、家族(妻と娘)のためにクリスマス休暇で、スキー旅行に行く計画を立てました。
売れない作家の妻マルティナ(マレン・エッゲルト 1974~)は、倦怠期にあり離婚を考えていますが、夫のトーマスは、まるでそのことに気付いておらず、昔のように妻を愛し、当然妻マルティナもまた自分を愛a0212807_23492532.jpgし、‘喜んで一緒に旅行する’ものと考え一方的(勝手)に予約しました。
15歳の一人娘ジェニー(ロッテ・ベッカー 1999~)は、反抗期でたとえアルプスのリゾートスキー場でも両親とくに父親と一緒に旅行など行きたくもありませんが、父トーマスの‘家族のため’にと云うセリフに引きずられ自分の感情を抑え我慢して行くことにしました。
a0212807_23492929.jpgトーマスは、当初家族3人のスキー旅行計画でしたが、アメリカに出張するシングルファーザーの上司から「クリスマスに娘を一人にしておけないから預かって欲しい」と昇格をエサに依頼され、娘ジェニーの友だちでもあり、きっと娘も喜ぶだろう(本当はさして仲良しではない)と家族に相談a0212807_00041620.jpgせず上司の愛娘ザラ(アニーナ・バルト 1996~)も連れて行くことにしました。
映画に登場する人物たちは、どこにでもいる普通のまともな人たちながら、皆なそれぞれ‘保身する(自分を守る)’ために事なかれ主義で、小さな嘘を重ね、そのことにより起きた小さな事件を隠すので、やがてトーマスは、のっぴきならぬ混沌(巻き戻せない重大な現実)の中で身動きが、取れなくなりa0212807_00042550.jpg「まともな男」と自分で思っているトーマスは、だんだん追い詰められ次第に「異常な男」になっていきました。
家族であれ、恋人、友人、同僚であれ、あらゆる人間関係に必ず付きものの相手との小さな不和(うざい・うっとうしい)や不穏な気持ち(ムカつき・うるさい)を包み隠し、お互いトラブルをできるだけ避けるために保身(自己防衛)する各人のリアルな表情a0212807_23493267.jpg(嘘を付く顔)をスイスの撮影監督 ピエール・メネル(1964~)のカメラは、いじわるなくらい的確に捉えています。
この映画「まともな男」の ‘男’ を ‘女’ に置き変えると、あなたのまわりで、さらなるリアルな人間模様(あるいはしがらみ)が、見えてくることでしょう。

by blues_rock | 2018-10-14 00:04 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)