ブログトップ | ログイン

心の時空

yansue.exblog.jp

a day in my life

<   2018年 07月 ( 16 )   > この月の画像一覧

a0212807_13131680.jpg
現在KBCシネマで公開中のクライム・サスペンスの新作映画「ウインド・リバー」は、今年(2018年)のカンヌ国際映画祭で、たぶん「万引き家族」(4回見ました)とパルムドールを競った作品であろう(候補作品だったのではなa0212807_13132745.jpgいか)と推察、さっそく公開初日に見て来ました。
後ほど詳しく記述しますが、「万引き家族」に比べても映画の質は、敗けず劣らずの傑作でした。
このアメリカ映画「ウインド・リバー」が、すばらしいのは、アメリカ国家と国民多数の意識(現大統領の言動を見ればよく理解できる)が、未開地であった150年前の旧いアメリカ合衆国、南北戦争(1861~1865)による分断国家a0212807_13133187.jpgであった当時のまま、現在(いま)も なお何も変わらない“銃社会”である現実(=絶大な権力をもつ全米ライフル協会は北軍の退役軍人が‘身を護る’ために結成)に加え、先住民のインディアン(彼らはネイティブ・アメリカンと曖昧に呼ばれるのを嫌う)を除き、世界中からの移民を先祖にもつ多民族社会、そして今もなお移民なしでは、成り立たない人工国家の矛盾(他民族・多宗教の多様な価値観が混在しかつ排他し合う国体)を払拭できない大国アメリカが、不治の病(病巣)を癒せない原a0212807_13134504.png因、つまり ‘袖すり合うも他生の縁’ という意識の中で暮らす私たち日本人には、到底想像できないアメリカ国民が、それぞれ相互に抱く不信(疑心暗鬼)を払拭できないところにあります。
アメリカ国民の多くが、見知らぬ隣人(他生)は、敵とみなし常に警戒し、時に殺し合う社会、銃でしか身を守れない国家システム、つまり自己の生存が、自分の責任でしか護れないという国是(合衆国憲法修正第2条)を ‘誰かが護ってくれる’ と安直に信じている私たち日本人にも理解a0212807_13134957.jpgできるよう映画は、ワンシーン、ワンカット、リアルに描いています。
監督は、この「ウインド・リバー」が、監督デビュー作となる名脚本家のテイラー・シェリダン(1970~)です。
シェリダン監督は、アメリカ国家の未成熟を声高に叫ばず、この傑作「ウインド・リバー」で、アメリカの現実を冷徹なリアリズムで表現(演出)、その永遠に続くかもしれない国家としての闇の深さをリアルに喝破(指摘)したびっくり仰天の逸材(天才監督)です。
a0212807_13135598.jpg脚本家としては、カナダの異才ドゥニ・ヴィルヌーブ監督が、2015年に撮った傑作「ボーダー・ライン」の見事な脚本、2016年の「最後の追跡」(日本では劇場未公開、DVDスルーもないなんて、どうかしている)の脚本を書いた脚本家として有名でしたが、脚本を書いて自ら監督(演出)したのは、「ウインド・リバー」が、初めてです。
a0212807_13140036.jpg撮影は、2012年の秀作「ハッシュパピー バスタブ島の少女」ならびに 2014年秀作「カットバンク」の撮影監督 ベン・リチャードソン(1983~)、音楽が、このところ次々に名作の音楽監督を務め、今や名音楽監督になった感のあるオーストラリアのロックミュージシャン ニック・ケイヴ(1957~)が、務めています。
a0212807_13143348.png
製作と製作総指揮に20人以上ものプロデューサーが、参加、それくらい多くの映画製作者たちは、脚本家 テイラー・シェリダンの初監督作品に期待していたということの証左でしょう。
a0212807_13145108.jpg映画は、アメリカ中西部 イエロー・ストーン国立公園にある先住民のアメリカインディアン保留地「ウインド・リバー」が、舞台です。
保留地のウインド・リバーで暮らすインディアンの若い娘や少女の失踪事件が、多発するも広大なウインド・リバー(鹿児島県の広さ)の治安は、保留地警察の警察官6名の手に委ねられていました。(後編に続く)

by blues_rock | 2018-07-31 00:01 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_19342008.jpg前回(「軽蔑」)、映画製作のメインスタッフ ‘スクリプター’ について述べましたので今夜シネマの世界は、映画のポストプロダクションの一つ、製作国以外の映画館に配給され上映される時スクリーンに表示される「字幕(サブタイトル)」の翻訳家について書きたいと思います。
先日、韓国ビストロ「七階のナム」の月例食事会に若い友人の新婚夫婦と連れ立って行き、美味しいナムの料理を味わい、センマッコリを飲むほどにいつものように私は、相手のこと委細構わず一方的に‘映画の話(万引き家族の話)’をしていると夫人が、「戸田奈津子という映画の仕事をしている親戚がいる。」と私にぽつり ‥ ん!? とだなつこ、えっ、えー! 戸田奈津子、あの字幕翻訳家の戸田奈津子(1936~)さん!と 彼女の字幕ファンである私は、大興奮、素っ頓狂な叫び声をあげてしまいました。
即刻、夫人に個人情報(戸田奈津子さんとの繋がり、子細ナイショ)を根掘り葉掘り 尋ねました。
旧い時代、映画は、「洋画」か「邦画」の二つのカテゴリーに括られ、「洋画」には、必ず「字幕」が、付いていました。
「字幕」は、今でも必ず付きますが、現在では、日本語に吹き替えた吹替版を上映する映画も多いことから映画館が、掲示板に「字幕版」、「吹替版」と案内しているものの 映画に出演した俳優の声を吹替版で聞くなんa0212807_19344355.jpgぞ ‘愚の骨頂’、名シェフ(名監督)の逸品料理(名作)をマヨネーズや醤油・ソースに浸して食べるような真似(吹替版を見る)は、私にはできませんが、ともあれ各自お好み(comme vous voulez)で映画を見る権利はあります。
とは云申せ、例えば アル・パチーノの声をアル・パチーノ以外の声で聞くなんて 私には、絶対できないこと、名優 アル・パチーノの映画が、死んでしまいます。
ミシュランの高級レストランに喩えて云うなら、「字幕翻訳家」の仕事は、外国映画を「字幕版」にして美味しく観客に饗するベテランサービス係のような存在なので、前述の字幕翻訳家 戸田奈津子さん(1936~)の名前が、映画エンディングクレジットの最後に「字幕 戸田奈津子」と表われると私は、‘やっぱりな’ と妙に納得いたします。
a0212807_19345474.jpg
戸田奈津子さんが、字幕翻訳家としてデビューするのは、1979年の傑作映画「地獄の黙示録」で、それ以来アメリカ(ハリウッド)映画の大作(名作)を中心に、年間50本くらいの字幕を担当しているようです。
a0212807_19352807.jpgとくに戸田奈津子さんの功績は、映画の長いセリフのニュアンスを日本の映画ファンが、字幕を見て瞬時に理解できるよう「1行10文字くらい、2、3行」で伝える技術(戸田節といわれる意訳)を確立したことでしょう。
外国留学や外国駐在の帰国子女(旧い表現かな)が、珍しくない昨今、外国映画の長いセリフを聞いて分かる観客も多く、意訳翻訳の戸田字幕を見て‘誤訳’と指摘する無粋な映画知らず も多いようながら 映画のプロット(長いセリフのニュアンス)を外国語の分からない多くの日本人映画ファンに瞬時に短い字幕で伝えるその難しさを知る戸田奈津子さんは、そういうアホウな戯言(たわごと)を無視、そこが、また彼女の好いところでもあります。
a0212807_19352382.jpg字幕翻訳家の草分けは、清水俊二氏(1906~1988)、その弟子が、戸田奈津子さんです。
7か国語を操る岡枝慎二氏(1929~2005)は、外国語セリフの日本語表示を字幕と呼ばず、愚直に「翻訳」と言い続け、戸田奈津子さんのように独自な(戸田節の)字幕表現をする字幕翻訳家を「蜜派」、岡枝慎二氏のように字幕に独自の色(表現=翻訳スタイル)が、表われるのを嫌い、翻訳にこだわった字幕翻訳家を「水派」と呼んで区分しました。
a0212807_19353879.jpg
近年上映される映画のクレジットでよく見る字幕翻訳家の名前は、戸田奈津子さん始め、菊地浩司氏(1947~)、松浦美奈さん、戸田奈津子さんの教え子岡田壯平氏(1953~、俳優岡田英次の子息)、フランス映画でa0212807_19353136.pngは、古田由紀子さんなどです。
これから AIの字幕翻訳機 も登場するかもしれませんが、映画プロットのニュアンスを理解し、登場人物の言う喜怒哀楽(感情の機微など)の長いセリフを「一行10文字以内2、3行の字幕」にして観客の心に伝えるワザは、やはり聡明な頭脳と血の通った精神構造(エスプリ)をもつ人間の字幕翻訳家でなければ、できない芸当だろうと思います。

by blues_rock | 2018-07-29 00:09 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_15360414.jpg
1963年のフランス映画「軽蔑」は、第二次世界大戦後のフランス映画に新しい感性(新時代の息吹)を持ち込んだ‘ヌーヴェルヴァーグ’の代表的な監督である鬼才 ジャン=リュック・ゴダール(プロファイル こちら参照)が、
a0212807_15361552.jpg
当時29歳の絶世の美女 ブリジット・バルドー(1934~、BBの愛称で慕われた大女優)を主演女優に迎え撮った哲学的な心理劇映画です。
a0212807_15362134.jpgこの映画「軽蔑」を一言で云うなら年齢的に二十代後半と女性としてフェロモン全開の絶世の美女 ブリジット・バルドー(難しい心理劇を女優としても名演)をじっくり目に焼き付けるために見る映画です。
当時、ゴダール監督も新進気鋭の映画監督として意気軒高、戦前戦中の暗鬱な時代が、終わり戦後の開放的な新しい波(ヌーヴェa0212807_15362681.jpgルヴァーグ)に乗り、1959年に斬新な作品「勝手にしやがれ」を発表、1965年には、異色作「気狂いピエロ」を発表しますが、その前の1963年に撮ったのが、「軽蔑」です。
映画は、古代ギリシャの詩人ホメロスの「オデッセイア」を製作している映画関係者の劇中劇として展開していきます。
a0212807_15365858.jpg劇中の登場人物(脚本家・監督など)のセリフに、ホメロスの叙事詩「オデッセイア」からの引用や賢人たちの名言・箴言などが、頻繁に出てくるので難解のようながらプロットは、相思相愛であった脚本家の妻(ブリジット・バルドー)が、夫の脚本家(ミシェル・ピッコリ 1925~)を突然‘軽蔑’するようになり、そのことで二人の間に起きる事件(エンディング、これが クールです)を描いています。
登場人物は、脚本家夫婦のほかに、製作中の「オデッセイア」の脚本が、難解なので大衆受けをする脚本に書き直せと傲慢な態度でミシェル・ピッコリ演じる脚本家にa0212807_15370238.jpg迫る傲慢にして軽薄なアメリカ人プロデューサー(ジャック・パランス 1919~2006、1987年傑作「バグダッド・カフェ」に出演)と彼の通訳兼秘書の愛人(ジョルジア・モル 1938~、出演時25歳、美人女優ながら30代に引退し写真家となる)、傲慢なプロデューサーの命令を‘柳に風’とばかり、のらりくらりと対応する監督(フリッツ・ラング 1890~1976、オーストリアのサイレント時代の名監督、本人役で出演、ゴダール監督は、助監督としてラング監督の下で働いていた)a0212807_15371590.jpgの三人です。
製作者の一人にイタリアの有名なプロデューサー カルロ・ポンティ(1912~2007、ポンティ夫人は、名女優のソフィア・ローレン)、撮影が、‘ヌーヴェルヴァーグ’を代表する名撮影監督 ラウール・クタール(1924~1916、数多くのゴダール監督作品、トリュフォー監督作品を撮っている)、音楽もこれまたトリュフォー監督作品の音楽監督として名を馳せた作曲家のジョルジュ・ドルリュー(1925~1992)と名匠と名優の名前が、ずらりクレジットに並んでいます。
そのクレジットが、映画の冒頭、ナレーションで紹介されるのもユニークです。
a0212807_15372418.jpg今でこそ映画製作のメイン・スタッフの役割の一つとして「スクリプター(監督の代わりに映画製作の進捗のすべてを管理する記録役=書記、女性に多い)」の名は、良く知られていますが、映画製作現場業務(の職業)として世界的に有名にしたのは、ヌーヴェルヴァーグ映画製a0212807_15372723.jpg作をスクリプターとして陰で支えたフランス人女性のシュザンヌ・シフマン(1929~2001)でした。
日本の偉大な映画監督にも有能な女性スクリプターが、いて 黒澤明監督なら野上照代(1927~)、溝口健二監督には、坂根田鶴子(1904~1975)、伊丹十三監督は、堀北昌子、新藤兼人監督には、白鳥あかね(1932~)といった方々です。
a0212807_16560048.jpg最後に、映画の劇中、たしかラング監督のセリフだったと思いますが、「神が、人間を創ったのではない。 人間が、神を作ったのだ。」というセリフに感動、実にすばらしい箴言でした。
私が、これをフォローするなら「くだらない人間らが、くだらない神を騙(かた)り、収奪、強奪、凌辱、殺戮、そして破壊する。」かな 。  (上写真 : ブリジット・バルドーとゴダール監督)

by blues_rock | 2018-07-27 00:07 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
二十歳のころ、寝食を忘れて油絵を描くことに夢中になり、自室で描けないような大作(50号~100号)は、大学美術部の専用アトリエで描いていましたので制作のため日曜日も含め毎日通学、授業には出席しなかったものの、この大学生活の4年間が、もののけにとり憑かれたように人生で最も集中して絵を描いた時間でした。
a0212807_20010254.jpg
当時は、今のように高性能デジカメやスマホで何でも気楽に撮れる時代ではなく、気になる モチーフが、目に入るとスケッチブックやクロッキー帖を出し写生(デッサン)して記録するしかなく、その分、自分の眼で対象をしっかり観察していました。   (下写真 : 「山口薫の絵」に憧れ「田んぼ」を描いた10号の油絵)
a0212807_20012292.jpg
私の心をかき乱し、‘絵を描くこと’ に熱中させたのが、画家 山口薫の絵でした。
今でも最も敬愛する画家を一人挙げよ、と云われたら「山口薫」と私は、即座に答えます。
しかし、私が、当時描いていた心象風景画は、描けば描くほど山口薫の絵の‘呪縛’から逃れられず、いつしか
a0212807_20014506.jpg
絵具箱を閉じ絵筆を仕舞い 気を紛らわすかのように 漆工芸の「黒田辰秋」・「松田権六」の作品を眺め、若かいころより敬愛する白洲正子さんの美意識と慧眼に改めて触発され古志野や古唐津の茶碗に魅かれ、六古窯古陶の簡潔な美しさに心ときめくようになりました。
a0212807_20020045.jpg
今年になり、私は、押し入れの中にあった二十歳のころの油絵を取り出し改めて眺め、これを漆の変わり塗り(唐塗り)にしてみたいとの衝動に駆られました。
漆の特性や漆芸技法を知らない私は、「今日は 残りの人生 最初の一日」(1999年映画「アメリカン・ビューティ」
a0212807_20021414.jpg
の中のセリフ)と思いながら漆に塗(まみ)れています。

by blues_rock | 2018-07-25 00:05 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)
2017年映画「ザ・ウォール」は、非常に地味な 戦争映画ながら サバイバル・スリラー(あるいは、シチュエーション・スリラー)映画の秀作です。
a0212807_04212572.jpg
監督のダグ・リーマン(1965~)は、‘ジェイソン・ボーン’というジェームス・ボンド(007)以来のスパイ・アクション映画のスーパー・ヒーローを生んだ「ボーン・アイデンティティー」(2002年)で有名になった監督です。
a0212807_04214532.jpg映画は、2007年アメリカ軍が、敵対するフセイン政権打倒のためイラクに侵攻、砂漠に建設中の石油パイプラインの走るその砂漠の戦闘で消滅した村を舞台にしています。
リーマン監督は、新作映画「ザ・ウォール」を わずかに村の面影を残す瓦礫(がれき)の残骸と倒壊寸前の壁(ウォール)の後ろに一人残され、アメリカ兵の間で悪魔の狙撃手として恐れられるイラク軍a0212807_04213718.jpg伝説の狙撃手ジューバ(無線の声だけで姿なし)から狙われる孤立無援の狙撃手アイザック(アーロン・テイラー=ジョンソン 1990~、2016年「ノクターナル・アニマルズ」、2009年「ノーウェアボーイ ひとりぼっちのあいつ」の監督で写真家のサム・テイラー=ジョンソン 1967~ は、アーロン夫人)のサバイバルを描いています。
a0212807_04224989.jpg映画は、1時間21分と長編映画にしては短めながら冒頭、全滅した石油パイプライン建設グループ作業員とアメリカ軍援護部隊兵士、数多の死体が、横たわる戦闘現場をアメリカ軍の狙撃手アイザックとマシューズ軍曹(ジョン・シナ 1977~)の二人は、状況把握のため22時間監視、動きがないので現場に近づいたとき突然狙撃されるところから始まります。
a0212807_04225369.jpgマシューズ軍曹が、狙われ、アイザックは、右ヒザを撃たれ、水筒に穴をあけられ無線機を破壊され、崩れそうな壁(ウォール)の後ろにどうにか身を隠しましたが、敵の姿は、見えず狙撃手が、どこに潜んでいるか分かりませんでした。
アイザックが、無線機の部品をつなぎ、どうにか修理したとき、「仲間だ。 すぐに助けに行くから名前とIDをa0212807_04221647.jpg言え。」という男の声を受信しました。
アイザックが、現場の状況を伝え救援を求めているとき彼は、男の話す言葉が、男の言った出身地の訛りと違うことに気付いたアイザックは、声の主(無線の男)が、味方ではないことを知りました。
アイザックが、ジューバの居所を探すために、丁々発止の駆け引きをするシーンやジューバの居所を特定したアイザックとの一対一のa0212807_04403588.jpg狙撃戦は、緊張感に満ちてスリルが、ありました。
イラクの狙撃兵ジューバは、アイザックから聞き出した情報でアメリカ軍の後方部隊へ無線で救援を求め、アイザックが、それは、自分を囮(おとり)にしたジューバの罠(わな)と知り、必死でアメリカ軍のヘリコプター部隊が、現場に近付くのを阻止しようとするシーンエンスは、見どころです。
a0212807_04384756.jpgヘリコプター部隊は、ジューバに狙撃され墜落しますが、映画は、撃墜されたヘリコプター部隊の生き残りを装い、後方にいるアメリカ軍部隊に救援を求めるジューバの声を流して終わります。
ほとんど荒涼した砂漠の映像ながらロシアの若手撮影監督 ロマン・バシャノフ(1980~)が、撮った寂寥とした砂漠のリアリティと緊張感は、すばらしいものでした。

by blues_rock | 2018-07-23 00:03 | 映画(シネマの世界) | Comments(3)
a0212807_17522743.jpg
福岡伝統芸能文化塾(主宰 「いし原」オーナー 石原恭子さん) 主催の‘狂言会’を 昨夜、大濠公園能楽堂 で観賞しました。
a0212807_17523638.jpg私は、結婚式で 'お謡い' を聴いたことはありましたが、狂言の観賞は、初体験でしたので興味深く観賞いたしました。
演目は、六つ、狂言好きなアマチュアの皆さん方が、福岡伝統芸能文化塾で狂言師の指導を受けての公演(第9回)なので、なかなか本格的なものでした。
私が、とくに印象に残ったのは、袴狂言「茶壷」でした。
その中で茶買人を舞われた方の謡いと仕舞が、すばらしく、私の目を惹きましたので帰り際、石原さんに「舞われた方は、どなたですか?」とお尋ねしたところプロの狂言師(福岡大蔵会 渋田さん、狂言塾の指導者)とお聞きし、とても納得した次第です。
つぎは、能面をつけた能楽(できれば薪能)を見てみたいと思いました。

by blues_rock | 2018-07-21 17:50 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(0)
a0212807_15110715.jpg
マイケル・クエスタ監督(1963~)の映画は、初めてながら新作の「アメリカン・アサシン」は、スパイアクション映画で、CIAに ‘アサシン(暗殺者)’ としてリクルートされた若者ミッチ・ラップ(ディラン・オブライエン 1991~)a0212807_15112582.jpgを主人公に、ご多分にもれず、リベンジ(アクション) × CIA × テロ × 核兵器(プルトニウム)と、ベタなプロットながらこの映画が、おもしろいのは、終盤の展開(シークエンス)で「本当に15㌔のプルトニウム型核爆弾」を爆発させたことと、エンディングのクールさです。
a0212807_15112722.jpg早世したアメリカの作家ヴィンス・フリン(1966~2013病没、享年47歳)は、執筆した小説10数冊の主人公すべてをCIAの暗殺者 ‛ミッチ・ラップ’ にしたスパイアクション小説にしています。
「アメリカン・アサシン」のミッチ・ラップは、ポスト ‘ジェイソン・ボーン’ としてシリーズ化されることでしょう。
a0212807_15113050.jpg何せミッチ・ラップを演じるディラン・オブライエンは、まだ27歳、締まったボディといい、マスクといいあと10年数くらい行けるような気がします。
2016年の「ジェイソン・ボーン」に主演したマット・デイモン(1970~)が、今や46歳、先の映画を ‘これが最後のジェイソン・ボーン’ (マット・デイモン以外のジェイソン・ボーンは存在しない) という思いで私は、見ていました。
a0212807_15120407.jpgアラカンのトム・クルーズ(1962~、56歳)は、この夏公開される新作「ミッション・インポッシブル」を主演していますが、年齢的にもうムリ、相変わらずVFXを多用し、グリーン・バックのワイアー・アクションCG(「ミッション・インポッシブル」が、面白かったのは、2作まで)で荒唐無稽なスリルとサスペンスを無理やり演出するなんざぁ、空々しく見ている方は、白けてしまいます。
a0212807_15120810.jpg閑話休題、この「アメリカン・アサシン」の見どころは、実写撮影を多用したリアルな 現実感と体を使ったアクション(主演俳優が若く俊敏でないとムリ)で、主人公のミッチ・ラップを演じた若手俳優 ディラン・オブライエンと CIAの鬼教官スタンを演じたベテラン俳優 マイケル・キートン(1951~)、さらにアラブのテロリストを陰で操a0212807_15122385.jpgる黒幕 ‘ゴースト’ 役の中堅俳優 テイラー・キッチュ(1981~、冷酷な悪役ぶりが秀逸)の三世代名優のコラボレーションにあります。
現実の国家間の戦争リスクとして、地政学的にシリアをはさんで 一触即発のイランとイスラエル、イランとシリアの間にイスラム教義で 犬猿の仲(戦争するくらい深刻)のシーア派イランとスンニ派イラク間の紛争、シリアの北には、トルコ、さらにイラクとトルコの領内広域に、国境を持たない最大民族のクルド人が、それぞれ民族とイスラム宗派の対立を抱えています。
a0212807_15122850.jpgこれに領内地下に埋蔵する膨大な原油の利権、核兵器を保有するイスラエルとそれを支援するアメリカ、イスラエルの隣国シリアと核兵器保有を目論むイランを支援するロシア ‥ こちらの地図をご覧いただき、中近東の地政学的パワー・バランスを頭に入れ、この映画「アメリカン・アサシン」を見ていただくと現実の国際情勢と核兵器によるテロリズムは、a0212807_15124073.jpg絵空事ではないことが、心底実感できると思います。
映画のプロットは、ロシアで盗難に遭ったプルトニウム15㌔が、イタリアの武器商人の仲介でイスラム過激派のテロリストに渡り、イスラエルへの核攻撃を準備するも、黒幕の‘ゴースト’(アメリカに恨み骨髄の元CIAの暗殺者)は、テロリストからプルトニウム・核融合装置を強奪、拉致した物理学者に核兵器を作らa0212807_15124850.jpgせ 地中海にいるアメリカ第6艦隊に攻撃の矛先を変えました。
今まで核爆弾を使用するこの手の映画は、爆発寸前で主人公が、起爆装置を止め、地球(世界)は、救われて 一件落着でしたが、「アメリカン・アサシン」では、プルトニウム15㌔の核が、爆発します。
a0212807_15125012.jpg核爆弾は、海中で爆発し海上の巨大空母始め第6艦隊の全戦艦を海中に引きずり込こもうとする衝撃破の大津波は、必見です。
いまや核爆弾によるテロリズムの発生は、プルトニウムと核融合装置、物理学者が、そろえば、いつどこでも、だれでも容易に核兵器は、作れますから極めて危険な時代です。
ちなみに、アメリカの高校生が、自分で製造した「手作りの小型原子炉」の部品や材料は、近くのホーム・センターとサイト通販でa0212807_16112578.jpg手に入れたそうです。
善良な市民が、理不尽な事件に突然遭遇し不条理な死を迎える、そんな不幸な時代の到来は、善良な一市民ひとり一人の普段の努力で阻止するしかありません。

by blues_rock | 2018-07-19 00:19 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_14263708.jpg
フランス映画の革新運動家であった映画監督 ジャン=リュック・ゴダール(1930~)は、1960年「勝手にしやがれ」で長編映画監督デビュー、1965年の「気狂いピエロ」で‘ヌーヴェルヴァーグの旗手’として名を馳せますが、
a0212807_14270274.jpg
1967年、中国の文化大革命(共産主義原理運動)にかぶれたゴダール監督は、商業映画との決別を宣言、政治的(共産主義的)映画集団 ジガ・ヴェルトフ(1968~1972)を結成、そのリーダーとなるもメンバーの平等意見a0212807_14280438.jpg(必然として無能の混入)で製作(ジャン=リュック・ゴダールをクレジットせず匿名製作)をしましたので当然のことながら映画と呼べるものではありませんでした。
名匠 ミシェル・アザナヴィシウス監督(1967~、脚本・監督・製作、2011年作品「アーティスト」は、アカデミー賞作品賞・監督賞など5部門受賞)は、この新作「グッバイ・ゴダール!」をゴダール二番目の妻にして女優 アンヌ・a0212807_14281011.jpgヴィアゼムスキー(1947~2017、フランスのノーベル文学賞作家モーリャックの孫娘)の目を通し(自伝小説「それからの彼女」をもとに)、1967年ゴダール監督が、19歳のアンヌと結婚してから別れる(1972年に別居)までの数年間の長い低迷の時代を描いています。
時まさに1968年、フランスの反体制運動「五月革命」前夜でした。
a0212807_14284173.jpg私見ながらゴダール作品が、「気狂いピエロ」レベルに甦るのは、オランダ出身の無名の新人女優 マルーシュカ・デートメルス(1962~)を抜擢して撮った1983年傑作「カルメンという名の女」(ヴェネツィア国際映画祭グランプリ受賞)からと思います。
この映画の見どころは、何といってもゴダール二番目の妻で女優、原作者のアンヌ・ヴィアゼムスキーを演じるa0212807_14284508.jpg新鋭女優 ステイシー・マーティン(1991~、2013年22歳のとき出演した「ニンフォマニアック」第一巻、色情狂ジョーの若い頃をフルヌードで奔放に演じ注目される、ステイシーも今や27歳、引き締まった美しいヌードを披露)とジャン=リュック・ゴダールを演じた若手の名優 ルイ・ガレル(1983~)、二人の夫婦にして監督と女優、何より男と女としての人間模様をアザナヴィシウス監督が、ユーモアたっぷりシニカル(冷笑的)に描いa0212807_14285712.jpgていることです。
アザナヴィシウス監督は、名女優で愛妻のベレニス・ベジョ(1976~)を当時37歳のゴダールと19歳のアンヌの二人をよく知る親友として狂言回し役にして、意地が悪いくらい稀代の映画監督 ジャン=リュック・ゴダールの人として、さらに男としての未熟さ(ある意味エゴイスティックな人間らしさ)を活写しています。
a0212807_14291077.jpg映画は、チャプターごとに構成されていますが、ゴタールと云えば‘眼鏡’、チャプターをつなぐ小道具として都度「眼鏡を破壊していく演出」は、アザナヴィシウス監督の名匠たるセンスを感じました。
                 (上写真 : ゴダール夫人であったころの女優 アンヌ・ヴィアゼムスキー 本人)

by blues_rock | 2018-07-17 00:07 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_12025999.jpg学生のころ美術部の友人たちと長崎へ、よくスケッチ旅行に出かけました。
250年余の長い鎖国時代、唯一外国に門戸を開いた交易港(出島)で、キリスト教の教会や異人屋敷が、点在する坂の街長崎の異国情緒は、私の幼い創作意欲を刺激してくれました。
ひとり、キャンバスを抱え、絵具箱・イーゼルを肩から下げて長崎へ行き、人の行き交う街中にイーゼルを立て、油絵を描いた(旧く洒落た公衆トイレを描いた記憶)こともありました。
‘隠れキリシタン’ の心の拠りどころであった日本最古のキリスト教(カトリック)教会「大浦天主堂」は、長崎を訪ねるたびにモチーフ(制作対象)としてスケッチして帰りました。
大浦天主堂の名称は、日本二十六聖殉教者天主堂といい、1953年(昭和28年)国宝に指定されています。
天下人となった豊臣秀吉(1537~1598)は、成り上がりの俗物ではありましたが、国家経営のガバナンスに秀(ひい)でa0212807_12030532.jpg、利に目敏く、嗅覚鋭い独裁権力者でした。
そのころ世界は、スペイン・ポルトガル・イギリス・フランスの専制国家(植民地主義帝国)が、地球上の領土支配と覇権を競い ‘キリスト教布教を大義名分’ にした新大陸争奪の大航海時代、秀吉は、明朝中国への侵攻(唐入り)を準備しながら東アジア(とくに朝鮮半島と琉球諸島)さらにすでにスペイン・ポルトガルの植民地となっていたフィリピンやインドに対し日本に従属(服属入貢)するよう覇権の圧力をかけました。
織田信長は、フランシスコ・ザビエルに始まるキリスト教イエズス会の布教を認めていましたので、西国(中・四国、九州)大名にクリa0212807_23324130.jpgスチャンが、多く、絶対服従を求める 天下人秀吉の命令も 面従腹背の信仰ネットワークのもとでは、ザルで水汲むも同然でした。
スペイン・ポルトガル王国の用意周到な日本征服の謀略を疑った秀吉は、1587年キリスト教禁止令~バテレン(宣教師)追放令を出し、先手必勝とばかり、1592年16万の、1597年14万の大軍を朝鮮へ出兵し大陸侵攻の足がかりにしようとしました。
さらに1597年には、いかなる拷問をされようとキリスト教を棄教しない宣教師と信者の26人を見せしめのため磔(はりつけ)処刑(逆に殉教者 二十六聖人と崇拝された)しました。
翌1598年秀吉死去、豊臣を滅ぼし最高権力者となった徳川家康は、徳川幕府の命を絶対のものとするため 外国の情報・干渉を徹底して排除する鎖国政策をとり、キリスト教も長崎奉行に命じ厳しく弾圧(こちら 参照)しました。
その後、敬虔なクリスチャンは、隠れキリシタンとして身を隠し封建社会の奥深くで息をひそめ信仰を捨てずに250年余り潜伏、先ごろこの隠れ(潜伏)キリシタンの遺構と遺産が、世界文化遺産に登録されました。

by blues_rock | 2018-07-15 00:15 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(0)
a0212807_20140045.jpg
スリラー映画の巨匠 ロマン・ポランスキー監督(1933~、1968年作品「ローズマリーの赤ちゃん」は、スリラー映画の傑作)とミステリー映画の名匠 オリビエ・アサイヤス監督(1955~、2014年作品「アクトレス 女たちの舞a0212807_20140846.jpg台」、2016年作品「パーソナル・ショッパー」ともに秀作ミステリー)二人の鬼才が、共同で脚本を書き、ポランスキー監督は、アサイヤス監督のミステリー性を取り入れた演出で新作「告白小説、その結末」を撮っています。
「告白小説、その結末」のフランス語原題のタイトルは、「D'après une histoire vraie(ある実話の結末)」で、フランスの女性作家 デルフィーヌ・ドゥ・ヴィガンの小説「デルフィーヌの友情」が、ベースになっていて主人公も女性作家でデルフィーヌa0212807_20141654.jpg(エマニュエル・セニエ 1966~、ポランスキー監督夫人)という名前です。
スランプと鬱病に苦しむ作家のデルフィーヌに絡むのが、彼女の‘熱烈なファン’で最大の理解者と自称、著名人のゴーストライターを仕事にしているというエル(エヴァ・グリーン 1980~、2006年「007 カジノ・ロワイヤル」の美しさは抜群)です。
a0212807_20143687.jpgポランスキー監督もそういえば、2010年にスリラー映画「ゴーストライター」を撮っています。
このミステリー映画「告白小説、その結末」は、作家デルフィーヌが、自殺した自分の母親について書いたデビュー小説のサイン会で始まります。
a0212807_20144079.pngサイン会場でエル(Elle 彼女)と親しくなり、次作の執筆に入れず鬱々としているデルフィーヌにエルは、次々に新作構想のアドバイスをしますが、同時に、デルフィーヌは、「自分の家族の恥(母親の自殺)をさらして喜んでいる」と彼女を非難した匿名の手紙が、送られてくるようになりました。
a0212807_20145290.jpgやがてデルフィーヌのまわりで不可解な事件が、起き始めました。
エルの行動もまた‘熱烈なファン’の範疇を超える振舞いをするようになりました。
アメリカのスリラー映画「ミザリー」(1990)で、キャシー・ベイツ(1948~、「ミザリー」でアカデミー賞主演女優賞受賞)が、演じたような狂気を エヴァ・グリーンは、a0212807_20145578.jpg彼女の美しい眼でサイコパスな表情(目元が、美しいだけに秀逸)を見事に演じていました。
映画は、デルフィーヌの新作出版サイン会で終わります。
デルフィーヌは、神秘的なエルが、自分に話したことを秘かにメモし新作の準備をしていたところ書いた憶えのない新作は、すでにベストセラーとなっていました。
a0212807_20145780.jpg撮影は、ポランスキー監督作品でおなじみの撮影監督パベル・エデルマン、音楽が、映画音楽のスペシャリストで名作曲家のアレクサンドル・デスプラ(1961~、2014年「グランド・ブダペスト・ホテル」、2017年「シェイプ・オブ・ウォーター」でアカデミー賞音楽賞受賞、ほかにも名作映画の音楽を多数作曲)で 二人が、ポランスキー監督とa0212807_20273027.jpgアサイヤス監督によるスリラー&ミステリーの名演奏(コラボ)に参加しジャズのセッションをしているような 心地よい見事なアンサンブルを披露しています。
「告白小説、その結末」は、ミステリー映画であり 現在公開中なので、ここまでにします。

by blues_rock | 2018-07-13 00:03 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)