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心の時空

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a day in my life

<   2018年 04月 ( 11 )   > この月の画像一覧

オーストリアの名匠 ミヒャエル・ハネケ監督の最新作「ハッピイエンド」は、2012年製作の名作「愛、アムール」に続く、フランスの名優 ジャン=ルイ・トランティニャン(1930~、1966年 クロード・ルルーシュ監督作品「男と女」で
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世界的に有名となる)と、名女優 イザベル・ユペール(1953~、近作では、2015年作品「アスファルト」、2016年作品「エル ELLE」・「未来よ、こんにちは」・「母の残像」いずれも秀作)の二人を親子にした秀作映画です。
a0212807_04223801.pngフランス北部の港町カレーを舞台に元建設会社のオーナーで富豪ながら自殺願望のある85歳のジョルジュ(ジャン=ルイ・トランティニャン)と、その後継者で現オーナー娘のアンヌ(イザベル・ユペール)を軸に、ジョルジュの孫娘エヴ(ファンティーヌ・アルドゥアン 2005~、現在13歳ながらハネケ監督の‛お眼鏡’に適う不穏な雰囲気と辛辣な眼差しの少女を見事に演じた新人女優)の冷徹な視線(クールで批判的な目)で、この三世代を取りa0212807_04224317.png巻く家族の欺瞞・悪意・不穏・エゴなどネガティブな感情をあからさまに暴いていきます。
ハネケ監督は、冒頭いきなり エヴが、自分のスマホで撮影した一緒に暮らす離婚した母親のプライベートな日常生活(下着姿・洗面・トイレなど)の映像を見せて見る者の心を挑発、そして妙な不快感にさせるハネケ監督ならではの演出は、さすがです。
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2009年秀作「白いリボン」、2012年秀作「愛、アムール」と二作続けてカンヌ国際映画祭パルムドールを受賞したハネケ監督の “人間” を見つめる視線は、2017年製作の最新作「ハッピイエンド」でも健在です。
a0212807_04230029.jpg映画は、難民が、多く暮らすフランス北部の港町カレーで彼らを雇い、豪華な邸宅に暮らす建設会社経営者のロラン家家長で祖父ジョルジュ85歳の誕生日に、三世代の家族が、集まるところから始まります。
この家族は、皆な嘘や裏切りなど家族の誰にも言えない秘密を抱えており、いつも一緒に食事していますが、温かい団欒(だんらa0212807_04230485.jpgん)には、ほど遠くいつもギスギスした雰囲気に包まれています。
一家の長ジョルジュは、高齢のためすでに事業から引退、娘のアンヌが、家業を継いでいました。
社長のアンヌは、建設現場の作業員の人身事故に会社の管理責任を問われ、その問題解決に次期後継者である一人息子のピエール(フランツ・ロゴフスキ 1986~)をa0212807_04230738.jpg担当させるも対応能力が、なく、さらに社長の母親アンヌが、創業者の祖父ジョルジュ85歳の誕生日パーティに招待した顧客の前で母親への当てつけのような恥さらしの大失態を演じました。
アンヌの弟の医者トマ(マチュー・カソビッツ 1967~)は、前妻と暮らす13歳の娘エヴが、起こした事件をきっかけに再婚した妻アナイス(ローラ・a0212807_04233355.jpgファーリンデン 1984~)との新しい家族に彼女を迎え入れるも父トマには、すでに新しい愛人が、いることをエヴは、すぐ見抜きました。
お互い無関心な家族を冷徹な目で眺める13歳の孫娘エヴに自殺未遂の後遺症で車いす生活の祖父ジョルジュは、自分の秘密を打ち明けました。
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ハネケ監督が、13歳の少女エヴの目を通して描く人間ドラマは、どこまでも辛辣でクール、同朋の撮影監督 クリスティアン・ベルガー(1945~、2013年撮影の「悪童日記」は、秀逸)が、撮った映像もハネケ監督の演出同様
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ひんやりしています。
映画のラスト・シーンでアンヌ(イザベル・ユペール)が、自殺未遂ながらジョルジュ(ジャン=ルイ・トランティニャa0212807_04240328.jpgン)の自殺を幇助しようとしたエヴ(ファンティーヌ・アルドゥアン)に振り返りながら向ける‘何とも言いようのない冷ややかな視線’は、映画史に残るイザベル・ユペールの名演技と言って良いでしょう。  (上写真 : ジャン=ルイ・トランティニャン、ファンティーヌ・アルドゥアンと撮影の打ち合わせをするミヒャエル・ハネケ監督)

by blues_rock | 2018-04-22 00:02 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
私が、時おり訪ねる六本松「節魚 すし宗」に、オーナーのご好意で拙金継ぎ作品の展示コーナー `金継ぎのマ・ギャラリ´ が、できました。
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私が、金継ぎや漆にとり憑かれ、没頭しても拙作を見ていただける方あってこその質と技の向上です。
これは、絵画、映画、音楽、すべての芸術に言えることながら、やはり厳しい批評の目が、ないと、拙くとも自分
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の満足できる作品は、できません。
何より私は、小鳥の巣のような自宅に作品の置き場(保管場所)が、なく困っていましたので、すし宗に展示させ
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ていたくのは、渡りに舟でした。
コーナーの片隅に私のカード(上写真右下)を置いていますので、ご意見やご感想をお聞かせください。

by blues_rock | 2018-04-20 08:20 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)
a0212807_14180426.jpg1971年のイギリス映画「シークレット」は、フィリップ・サビル監督(1930~)が、27歳当時 人気絶頂であったイギリスの美人女優 ジャクリーン・ビセット(1944~、1968年24歳でスティーブ・マックイーン主演の「ブリッド」の相手役に抜擢されて注目された)を主演に迎え 倦怠期の人妻をインモラル(背徳的)に撮った不思議なサスペンス映画です。
ジャクリーン・ビセットは、容姿端麗で美貌と知性を併せもった人気女優でしたが、この映画では、1970年代初頭にしては大胆な性描写もあり人気絶頂の美人女優ジャクリーン・ビセットが、乳房もアンダーヘアも見せるフルヌードで ラブシーンを演じています。
a0212807_14190135.jpgジャクリーンは、プライベートでも美貌と知性(英語とフランス語ともに流暢に話す)を兼ね備え、凛とした雰囲気のある女性で、ゴシップ話とも縁が、なく生涯未婚で、アンジェリーナ・ジョリー(1975~)の両親(父親は、名優のジョン・ボイド)と親しかったこともあり、彼女のゴッドマザー(名付け親で後見人)でもあります。
この映画「シークレット」のプロットは、タイトルのとおり「秘密」、それも家族三人それぞれの秘密です。
主人公の妻 ジャッキー(ジャクリーン・ビセット)は、夫のアラン(ロバート・パウエル 1944~)と結婚して9年、オマセな小学生の一人娘ジョジー(トーカ・キングズ)が、いるものの鬱々とした日々を過ごしていました。
ジャッキーは、失業中の夫アランへの愛もだんだん薄れ倦怠期、日々平凡な暮らしの自分を眺め一生が、このa0212807_14190611.jpgまま終るのではないかと不安を募らせながら「私の人生は、こんなはずじゃなかった」と悩んでいました。
その日、面接に行く夫アランを送り出したジャッキーは、娘ジョジーとコインランドリーに行きぼんやり洗濯機を見ていると、突然「公園に行ってくる」と娘一人残して出ていきました。
コインランドリーに残された娘ジョジーは、レイモンド(M・C・サーリー)という少年と知り合い誘われて彼の家へ遊びに行きました。
早足であてどなく街の通りを歩くジャッキーを高級車に乗る男が、後ろから付いて来ました。
高級車の男は、執拗にジャッキーを追い公園に入るや身なりの良い立派な紳士であるラウル(パール・オスカーソン)が、ジャッキーに近づき少し話をしたいと伝えました。
彼を無視し歩き続けるジャッキーにラウルは、自分の電話番号を書いた名刺を渡し車で立ち去ろうとすると突然車の電話が鳴り、あたりを見回すと公園の電話ボックスにいるジャッキーを見つけました。
そのころ娘のジョジーは、広大な屋敷の温室の中でレイモンド少年からキスされました。
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子供の彼女にとって父親以外の男性からされた初めてのキスでした。
ジャッキーは、ラウルに誘われるまま彼の豪邸に行くとラウルが、仕事の長電話をしている間、室内を見て回りa0212807_14201117.jpgベッドルームに飾られたラウルの妻の写真を見つけジャッキーは、彼の妻が、自分にそっくりなのに驚きました。
ラウルは、辛そうに病気で若くして死んだ妻のことをジャッキーに話しました。
ジャッキーは、ラウルが、居間で電話をしている間に写真に写る亡くなった彼の妻と同じ化粧をし、クロゼットにあったドレスを着て抱かれることで 彼の死んだ妻へ忘れえぬ愛を満たしてあげました。
夫のアランは、就職活動先の面接官ベアトリス(シャーリー・ナイト・ホプキンズ 1936~)と意気投合し彼女をデートに誘い口説いていました。
a0212807_14201469.jpgその夜、家に帰った夫婦親子の三人は、自分の秘密を胸にベッドに入りました。
ジャッキーは、何事もなかったようにベッドで夫アランの腕に抱かれていました。
47年前の旧作映画ながらプロットは、斬新で ‛秘密のない人生なんて つまらない’ ことを考えさせるイギリス映画の秀作です。
a0212807_14461055.jpg国宝級の美人女優が、映画の中で 時空を超えて 永遠に生きているのを見ると(その美しさを見ると)映画ファンは、無上の喜びを感じます。

by blues_rock | 2018-04-18 00:08 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
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女性主人公ララ・クロフトで大人気のアドベンチャー活劇「トゥームレイダー」のリメイク新作にいまや人気女優となったスウェーデンのアリシア・ヴィキャンデル(1988~、2012年「ロイヤル・アフェア 愛と欲望の王宮」、2015年a0212807_07340554.jpg「リリーのすべて」、2015年「エクス・マキナ」、2016年「ジェイソン・ボーン」)が、ララ・クロフト役で出演、楽しみにしていた半面、「トゥームレイダー」のララ・クロフトと云えば、私は、すぐアンジェリーナ・ジョリー(1975~、2001年「トゥームレイダー」 、2003年「トゥームレイダー 2」)のイメージが、強く(秀逸なララ・クロフト役でした)アリシア・ヴィキャンa0212807_07341592.jpgデルファンの私としては、心配でしたが、アリシア・ヴィキャンデルのララ・クロフトもなかなかで 杞憂でした。
監督は、ノルウェーのローアル・ユートハウグ(1973~)でアメリカ製作(ハリウッド)映画に招かれての初監督作品です。
女性のトレジャーハンターを主人公にした冒険アクション映画なので女性版 インディ・ジョーンズと云えるかもしれません。
a0212807_07341991.jpg女性トレジャーハンターのララ・クロフトは、7年前に行方不明になった父リチャードの残した暗号を解読すると、父リチャード(ドミニク・ウェスト 1969~)が、古代日本の女王 ヒミコの墓(トゥーム)のある絶海の孤島に向かったことを知りました。
a0212807_07343816.jpg映画のプロットは、古代日本の女王 ヒミコの墓(トゥーム)の秘密にまつわる荒唐無稽のB級アドベンチャー活劇ながら、ララ・クロフトの役作りのため筋肉を鍛えた美貌のアリシア・ヴィキャンデルを見るための映画です。
a0212807_07342320.jpg個性派の名女優 クリスティン・スコット・トーマス(1960~、2014年「パリ3区の遺産相続人」、2017年「ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男」のチャーチル夫人)が、影の悪役を、登場するシーンは、短いながらエギゾチック美人女優 ハンナ・ジョン=カーメン(1989~)なども注意して見るとおもしろいと思います。
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「レッド・スパロー」は、フランシス・ローレンス監督(1971~)が、2013年の「ハンガー・ゲーム2」シリーズで組んだ今やスター女優のジェニファー・ローレンス(1990~)を主演に迎え、妖艶なロシアの女スパイ(レッド・スパローa0212807_07432693.jpg=娼婦然とした容姿と性フェロモンのハニートラップを武器に、敵国の要人を暗殺する女工作員、中世日本(戦国から江戸時代の女忍者 ‘くノ一’ と同じ使命)ドミニカを演じています。
少女だったジェニファー・ローレンスもいまや 28歳の女盛り、私は、2008年18歳のデビュー映画「早熟のアイオワ」と「あの日、欲望の大地で」、2010年20歳の時に主演した「ウィンターズ・a0212807_07434489.jpgボーン」でジェニファー・ローレンスが、演じた気丈ながらも屈折した少女の面影を残す娘役の印象強く、あれから早10年2018年の最新作「レッド・スパロー」で見せた身長175㌢の成熟した女性28歳の‘フルヌード’に、内心うれしいやら、正直とまどうやら、ジェニファー・ローレンスの妖艶な女スパイ ドミニカは、ミスキャスト(ジェニファーの責任ではありませんが)のような気が、しa0212807_07434239.jpgました。
彼女が、恋に落ちるCIA工作員ネイトを演じるのは、ジョエル・エドガートン(1974~、2016年に主演した「ラビング 愛という名前のふたり」は秀逸)、姪のドミニカをレッド・スパローにするロシア情報庁副長官ワーニャ役をベルギーの俳優 マティアス・スーナールツ(1977~、2010年ベルギー映画「闇を生きる男」、2012年フランス映画「君と歩く世界」)、冷徹なスa0212807_07441069.jpgパイ養成所の教官にシャーロット・ランプリング(1946~)、ロシアの将軍をジェレミー・アイアンズ(1948~)、闇の政商ザハロフ役にキーラン・ハインズ(1953~)とそうそうたる名優と女優が、脇で支えています。
映画のプロットは、ボリショイ・バレエのプリマドンナだったドミニカが、公演中に仲間の仕組んだ事故で足を骨折、バレリーナの道を断たれた彼女は、仲間二人を惨殺しa0212807_07441704.jpgました。
ロシア情報庁副長官の叔父ワーニャは、ドミニカの女としての魅力に目を付け、彼女の母が、難病で治療の継続を条件に姪であるドミニカをレッド・スパロー(ハニー・トラップの女スパイ)にするためにロシアの国家スパイ養成所に送りました。
彼女の最初のミッションは、アメリカCIA機関に接近してロシアに潜む反逆スパイを摘発することでした。
a0212807_07442010.jpgしかし、その過酷なミッションの遂行中、彼女の命は、CIAだけではなくロシア政府の秘密組織からも狙われました。
女性ハード・アクション映画は、1990年のフランス映画の傑作「ニキータ」以来、少しずつ増える傾向にあったものの、お下品ネタの絶えないアメリカ大統領の登場で、その製作数を間違いなく増やしているように思います。
a0212807_08055903.jpg理不尽な悪漢 および悪徳犯罪者たち ならびに反社会的な暴力男らを痛快に打倒(始末)していくプロットは、どれも定番ながら社会的地位を笠に ‘ワイセツなセクハラを繰り返す男ども’ に泣き寝入りしていた女性たちが、「Me Too」と声をあげたり、女性軽視の風潮に「Enough」と主張していることなどもそのきっかけになっているのだろうと思います。  (上写真 : 撮影中のジェニファー・ロレンス)

by blues_rock | 2018-04-16 04:16 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
福岡市のチベットと揶揄(からか)われる私の村、柏原からマイ・カーで、長丘~小笹~福岡市 動・植物園を経由し、天神や薬院へ向かう(朝夕の通勤・通学時間を外せば、最短距離の最短時間)とき、あるいは、福岡市 動
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・植物園から桜坂経由で六本松に出るときなど県道555号線ルートで出かけます。
この県道555号線を桧原から小笹(右折し平尾に向かうと山荘通り)への両沿道には、いろいろな飲食店や日用
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品を商う店が、並び賑わっています。
私は、‘とんかつ’を食べたくなると、長尾中入口交差点そばにある「とんかつ 廣(ひろ)」に立ち寄ります。
a0212807_10450852.jpgヒレかつ、ロースかつ、おろしかつ、かつカレー、かつどん、などメニューにあるもの どれを選び 何を食べても ‘美味しんぼ’ です。
豚肉は、厚切りで柔らかくジューシィで、さくさくとしたキツネ色の衣が、口当たり良く、食味感満点です。
行きでも帰りでも食事時間に県道555号線を車で通られる(バスなら56~59番「上長尾」停下車すぐ)ことあれば、お薦めいたします。

by blues_rock | 2018-04-14 00:04 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(0)
第二次世界大戦の戦中と戦後、イギリス首相であったウィンストン・チャーチル(1874~1965没享年90歳)ほど、毀誉褒貶(きよほうへん)の多い、個性的な(自我の塊のような)破格の政治家(カリスマ的な人気は、今でも
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NO.1)は、いないでしょう。
チャーチルは、若いころ軍人を目指しますが、26歳で国会議員になると保守党と自由党を行き来し首相に推挙
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されるや保守党の宿敵である労働党を抱き込み、第二次世界大戦中の1940年5月、挙国一致内閣を組閣し、独裁者ヒトラー率いるナチスドイツ相手に戦況不利な中、背水の陣でイギリス軍の形勢を立て直し、アメリカとソ連
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の軍事大国をイギリス・フランスの連合国に引き入れドイツ・イタリア・日本の枢軸国を敗戦に追い込む稀代の国際政治家でした。
a0212807_16204386.jpg映画のサブタイトルにある ‘ヒトラーから世界を救った男’ は、歴史を後付けした言い回しであって、当時のチャーチルは、政治家としての秀でた才能であった演説(言葉)で国民の愛国心を鼓舞しナチスドイツのイギリス侵略(ブリテン島侵攻)を阻止しつつ ヨーロッパの戦争に参戦するつもりのないアメリカを 第二次世界大戦に参戦させ、a0212807_16211869.jpgノルマンディへの上陸作戦を転機にヒトラー率いるナチスドイツ軍を敗戦に追い込んだのであって、‘ヒトラーから世界を救う’ ためではなく大英帝国の滅亡を阻止するためでした。
前任のチェンバレン首相は、イタリア(ムッソリーニ)を介してヒトラーとの和平交渉を試みますが、相手にされず辞任、主戦派チャーチルは、敗戦も覚悟のうえで、ヒトラードイツとの決戦をa0212807_16213200.jpg決断しました。
チャーチルは、親の代からの借金と併せ自分の豪奢な生活で借金を重ねイギリスのユダヤ系金融財閥ロスチャイルド家などから多額の借金が、あることもあってイギリスのユダヤ人に友人も多く、シオニストでしたので、ユダヤ民族を迫害し虐殺するヒトラーを嫌悪した政治家でした。
a0212807_16212363.jpgチャーチルは、どこにそんな時間が、あったのかと思うくらい ヨーロッパ史に関わる膨大な自伝を著作しノーベル文学賞を受賞、さらに日曜画家としても 500枚以上の油絵を描き、ピカソから画家になれると評されたほどの絵の腕前でした。
チャーチルといえば、葉巻、大変なヘビースモーカーで酒豪(食事でシャンペン1本空け昼間ウィスキー、夜ブランデーを毎日飲んa0212807_16213641.jpgでいた)、猫背で肥満ながら 運動のために早足で歩くチャーチルを名優の ゲイリー・オールドマン(1958~)が、‘まるでウィンストン・チャーチルその人’ のように、じつにリアルに演じています。
ゲイリー・オールドマンの面影は、目に少しあるくらいで、60代半ばのウィンストン・チャーチルを名演したことでアカデミー賞主演男優賞を受賞しています。
a0212807_16214088.jpg同時にゲイリー・オールドマンを見事 ‘ウィンストン・チャーチル’ に変身させた特殊メイク・アーティストの辻一弘(1969~)が、アカデミー賞メイクアップ&ヘアスタイリング賞を受賞しました。
監督は、イギリスの名監督ジョー・ライト(1972~、2005年「プライドと偏見」、2007年「つぐない」)です。
a0212807_16214636.jpgライト監督の演出は、切れ味(テンポ)が、よく、チャーチルを追うフランスの名撮影監督 ブリュノ・デルボネル(1959~、2001年「アメリ」、2007年「アクロス・ザ・ユニバース」、2011年「ファウスト」、2013年「インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌」)は、撮影カメラを駆使し、時代のリアリティあふれる映像を撮っています。
a0212807_16215082.jpgチャーチルの秘書(タイピスト)役にリリー・ジェームズ(1989~、2016年「偽りの忠誠 ナチスが愛した女」、2017年「ベイビー・ドライバー」)、チャーチルの愛妻クレメンタイン役を個性派女優のクリスティン・スコット・トーマス(1960~)、2010年映画「英国王のスピーチ」の主人公であった吃音の国王ジョージ6世役にベン・メンデルソーン(1969~)が、それぞれ秀逸に演じています。
a0212807_18350162.jpg映画は、外交の失敗で辞任したチェンバレン首相の後任に、貧乏クジを引くような首相の適任者は、おらず、イギリス政界の嫌われ者であったチャーチルに首相の白羽の矢が、立つところから始まります。
国王ジョージ6世も偏屈なチャーチルの相手をするのが、イヤで冷たい態度でした。
しかし、首尾一貫してヒトラーとナチスドイツへの徹底抗戦を訴えるチャーチルしか イギリスの首相として戦時下a0212807_18350792.jpgの国家を率いる適任者は、いなかったのです。
そのころ フランス軍と連合し西ヨーロッパでナチスドイツ軍と戦っていたイギリス軍は、敗退しフランスのダンケルク海岸に追い詰められ全滅の危機を迎えていました。
チャーチルは、首相になるや ‘ダンケルク’ にいるイギリス将兵ほか40万人の救出(救出されたのは33万人)作a0212807_18351165.jpg戦を国家総動員令で実施しました。
現在公開中の話題作映画「ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男」は、1940年5月から6月にかけて首相になったばかりのチャーチルを描いています。
ゲイリー・オールドマンいわく、1945年2月、クリミヤ半島のヤルタで、ドイツと日本に勝利した後の覇権(世界の領土分割)をイギリス首相のチャーチル、アメリカ大統領のa0212807_18465636.jpgルーズベルト、ソ連共産党書記長のスターリンが、密会し協議したヤルタ会談(3国秘密協定)の映画製作企画もあるのだとか ‥ いま世界の至る所で起きているすべての領土紛争の原因は、この3者によるヤルタでの秘密協定によるものです。
ぜひ歴史に忠実なリアリティのある映画にして欲しいと強く思います。

by blues_rock | 2018-04-12 00:02 | 映画(シネマの世界) | Comments(2)
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「ペンダゴン・ペーパーズ/最高機密文書」の原題は、「The Post」、つまり新聞社の‘ワシントン・ポスト紙’のこと、先に公開された新作「ザ・シークレットマン」で、ワシントンのポトマック河畔にあるウォーターゲート・ホテルに設営された民主党選挙対策本部へ5人の男たち(元CIA工作員と元FBI捜査官)が、1972年6月17日の深夜、忍a0212807_01365295.jpgび込み盗聴機を取り付けようとして逮捕された‘ウォーターゲート事件’の顛末が、描かれ、現在公開中の「ペンダゴン・ペーパーズ/最高機密文書」では、その前ぶれとなる1971年のベトナム戦争に関わる国家最高機密文書(ペンダゴン・ペーパーズ)漏洩事件が、描かれています。
映画は、実話に基づく社会派政治サスペンスそのものでベトナム戦争にアメリカが、介入して17年、戦況は、日a0212807_01363182.jpgに日に悪化するばかりで 北ベトナムと戦う南ベトナム政府と軍に戦争の当事者能力は、ありませんでした。
そんな中、アメリカの国内では、若者を中心とした反戦気運の高まりで、大規模な反戦デモが、起きていました。
アメリカ国防総省(ペンタゴン)は、ベトナム戦争について介入時より客観的な調査と分析を行ない文書(最高機密文書)にして保管していましたが、ベトナム戦争の長期化(敗戦が濃厚な泥沼化)により文書は、7000枚という膨大な量になっていました。
a0212807_01363512.jpg1971年のある日、その文書のコピーが、国防総省(ペンタゴン)から流出、ニューヨーク・タイムズは、いち早く最高機密文書の一部を入手(スクープ)し報道しました。
ライバル紙のニューヨーク・タイムズに出し抜かれたワシントン・ポストの編集主幹 ベン・ブラッドリー(トム・ハンクス 1956~)は、焦り、残りの最高機密文書を独自に入手するや急ぎ報道しようとワシントン・ポスト紙の社主で発行人責任者のキャサリン・グラハム(メリル・ストリープ 1949~)に許可を求めました。
a0212807_01363950.jpgニクソン大統領は、最高機密文書の漏洩が、スパイ防止法違反に当たるとして警告、あらゆる手段で、ワシントン・ポストの記事掲載を阻止しようとしました。
ホワイトハウスを敵に回して‘報道の自由’の信念を貫くのか、ワシントン・ポスト紙の発行人責任者である社主キャサリンと編集主幹ベンは、その決断を迫られました。
アメリカ政府は、スパイ防止法違反として記事の差し止めを求め裁判所に提訴するも敗訴、このことでアメリカa0212807_01364294.jpg中の新聞が、ペンタゴン・ペーパーズ(最高機密文書)を報道、アメリカ国内の反戦運動に火を点けました。
映画は、深夜ウォーターゲート・ホテルの民主党選挙対策本部に何者かが、侵入しているところで終わります。
監督・製作は、巨匠スティーヴン・スピルバーグ(1946~)、撮影が、1993年の傑作「シンドラーのリスト」以来、スピルバーグ監督作品のすべてを撮影した名撮影監督ヤヌス・カミンスキー(1959~)です。
a0212807_01364750.jpgスピルバーグ監督は、「脚本を読んだとき、映画化まで2年も3年も待てない。すぐに映画化しなければならない。」と感じたそうで、時まさに現アメリカ大統領が、誕生した直後、スピルバーグ監督の呼びかけに優秀な映画人が、結集すぐに撮影に入りわずか半年で完成、スピルバーグ監督の映画で「最も短期間で完成した作品」になりました。
アメリカ合衆国 憲法修正第一条で保証されている報道の自由こそが、“この国の未来を守る” との心意気は、a0212807_01365479.jpgわが忖度する国民に決定的に欠けているものでしょう。
余談ながら、当時のニクソン大統領は、あろうことかペンタゴン・ペーパーズ報道差し止め裁判の担当裁判長に対し「FBIの長官になりたくはないか」と懐柔しようとしたとか、なんだか娘と娘婿しか信じられらくなった現大統領が、だんだんニクソンに似てきているように思います。
(上写真 : スピルバーグ監督 中央と打合わせる メリル・ストリープ 左と トム・ハンクス 右)

by blues_rock | 2018-04-10 00:01 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
アメリカ建国の精神、何人からも、国家からさえも束縛されない‘言論(報道)の自由’を国是とするアメリカ合衆国にあって、敗戦泥沼化の様相を呈するベトナム戦争の戦況を報告したアメリカ国防総省(1954年のアイゼン
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ハワー大統領から1975年のフォード大統領5代のアメリカ軍最高総司令官)が、保管する最高機密文書(ペンダゴン・ペーパーズ)は、勝ち目のないベトナムでの戦況を知っていながらアメリカ国民に嘘をつき続け、徴兵令にa0212807_17101485.jpgよりアメリカの若者(とくに黒人の子弟)を危険な統治能力ゼロの南ベトナムに派兵した記録が、残されていました。
そのベトナム戦争の末期、ニクソン大統領を辞任に追い込んだ ‘政治スキャンダル’ の実話をプロットにした最新作の社会派政治サスペンスの秀作映画 2作を紹介します。
a0212807_17101889.jpg「ザ・シークレットマン」は、ピーター・ランデズマン監督(1965~)、製作に映画界の大御所 リドリー・スコット監督(1937~)、名優 トム・ハンクス(1956~、この後紹介する「ペンダゴン・ペーパーズ」主演)が、名を連ねています。
「ザ・シークレットマン」の原題は、「Mark Felt : The Man Who Brought Down the White House」(マーク・フェルト : ホワイトハウスを打倒した男)a0212807_17102322.jpgで、マーク・フェルトは、当時FBIの副長官でした。
歴代アメリカ大統領すべてが、スキャンダルを恐れ、どの大統領も解任できずに ‘何と48年間!’ 8代の大統領政権下で終身FBI長官を務めたフーヴァー(1924~1972没、クリント・イーストウッド監督2011年作品、レオナルド・ディカプリオ主演映画「J・エドガー」に詳細、彼を解任しようとした J・F・ケネデイ大統領とFBIを統括a0212807_17102730.jpgするロバート・ケネディ司法長官は、暗殺された)の死で、次のFBI長官と自他ともに考えていた副長官マーク・フェルトは、ホワイトハウスの意のままにならないFBI嫌いのニクソン大統領からFBI長官就任を拒否され、長官代理としてニクソンが、任命したのは、彼の腹心の部下でした。
a0212807_17103024.jpgさらに、1972年6月17日深夜、民主党選挙対策本部に賊が、侵入、警察は、盗聴機を取り付けていた5人の男たちを逮捕すると全員元CIAと元FBIでした。
これが、世に言う ‘ウォーターゲート事件’ で、事件発生6日後の6月23日、ニクソン大統領の補佐官が、CIA副長官を使い、あからさまにFBIの捜査を阻止しようとしました。
a0212807_17104039.jpgこの妨害工作にFBI副長官のマーク・フェルトは、激怒しました。
この時から、ホワイトハウスとFBIとの暗闘(権力闘争)が、始まり ホワイトハウスの捜査妨害とFBIの情報リークという異常事態にアメリカ社会と政界は、大混乱しました。
「ザ・シークレットマン」の主人公は、FBI副長官マーク・フェルト(1913~2008)です。
a0212807_17104361.jpgマーク・フェルトは、ホワイトハウスの執拗なFBIへの介入と捜査妨害に立腹、ニクソンからFBI長官昇格を拒否されたこともあり堪忍袋の緒が切れ、ついにウォーターゲート事件に関するFBI捜査情報とホワイトハウスの捜査妨害をワシントン・ポスト紙に正体を明かさず情報リーク(機密漏洩)を始めました。
a0212807_17104671.jpg主人公のFBI副長官マーク・フェルトを名優のリーアム・ニーソン(1952~)が、冷徹に時に激しく演じ、母親に反抗し家出した一人娘のことで情緒の不安定な妻オードリーを名女優のダイアン・レイン(1965~)は、鬱屈した表情で好演しています。
当時‘ディープ・スロート’とワシントン・ポスト内で呼ばれていたナゾの国家機密漏洩者は、ウォーターゲート事件から33年後のa0212807_17104956.jpg2005年、元FBI副長官マーク・フェルトが、ディープ・スロートは、自分であることを認め、その3年後に亡くなりました。
このウォーターゲート事件を新聞社のワシントン・ポスト紙の視点で描いたのが、1976年のサスペンスの秀作映画「大統領の陰謀」で、ワシントン・ポストの二人の記者 ボブ・ウッドワード(1943~、演じるのは、ロバート・レッドフォード 1936~)とカール・バーンスタインa0212807_17105267.jpg(1944~、演じるのは、ダスティン・ホフマン 1937~)が、主人公です。
後編でご紹介する現在公開中の映画「ペンダゴン・ペーパーズ/最高機密文書」のラストは、ウォーターゲート事件となるワシントンの民主党選挙対策本部に何者かが、侵入するシーンで終わります。(後編に続く)

by blues_rock | 2018-04-08 00:08 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
アメリカの名匠 フランクリン・J・シャフナー監督(1620~1989、1968年の傑作「猿の惑星」、1978年の秀作「ブラジルから来た少年」など監督)と名撮影監督 フレッド・J・コーネカンプ(1922~2017)が、1973年に撮った傑作
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「パピヨン」を特別版で改めてみましたが、やはり紛れもない傑作です。
音楽もすばらしく1963年の「野のユリ」から数々の名作映画の音楽監督を務めたジェリー・ゴールドスミス(1929a0212807_00521488.png~2004)のバビヨンのテーマ曲は、映画音楽のスタンダード曲になっています。
何といっても名優二人 スティーブ・マックイーン(1930~1980)とダスティン・ホフマン(1937~)の二人舞台と言っていいくらい、この名優二人の絡み(名演技のコラボレーション)は、必見です。
a0212807_00521702.jpg映画は、フランスの作家 アンリ・シャリエール(1906~1973)の脱獄自伝小説をもとに名脚本家 ダルトン・トランボ(1905~1976、赤狩りというファシズム的集団ヒステリーを煽ったマッカーシズムの犠牲者、偽名で1953年の名作「ローマの休日」脚本を書きアカデミー賞脚本賞を受賞、ハリウッド黄金期の名作映画の脚本を数多く執筆)が、リベラリズム(精神の自由)というa0212807_00522139.jpg自らの揺るぎない信念と重ね合わせるかのように冤罪で終身刑となり、フランス植民地ギアナにある絶海の孤島デビルズ島へ追放(島流し)されるも自由を求めて脱獄し逮捕され独房に何年入れられてもまた脱獄する男の執念を脚本にしました。
その男は、胸に蝶の刺青をしていることからパピヨンと呼ばれていました。
a0212807_00534341.jpgパピヨン(スティーブ・マックイーン)には、地獄のような強制労働刑務所から脱獄するため看守を買収し脱獄ボートと食料・水を手に入れるため資金が、必要でした。
そのためにパピヨンは、同じ受刑囚のルイ・ドガ(ダスティン・ホフマン)という男に目を付けました。
a0212807_00535807.pngドガは、フランス国債の偽造犯で、彼のニセ国債により大損しドカを恨んでいる受刑囚が、いることを知ったパピヨンは、ドガの身を守ってやることで脱獄資金を稼ごうと考えました。
青い海が、象徴する自由、そのどこまでも青い海に囲まれた赤道直下の絶海の孤島で非人道的な強制労働させられる囚人たち、やがてパピヨンとドガの二人は、刑務所の中でお互いの弱点a0212807_01114071.pngを補い合う強い絆で結ばました。
パピヨンは、何度も脱獄の失敗を重ね13年の月日が、過ぎてもなお、脱獄することを諦めていませんでした。
シャフナー監督は、不屈の魂をもつ男パピヨンの脱獄ストーリーを縦軸、横軸に脱獄の痛快アドベンチャーアクション演出を取り入れ2時間半の長尺映画a0212807_00540254.jpgながら見る者を最後まで惹きつける技量は、さすがです。
この映画の脚本を書いたダルトン・トランボ(1905~1976)が、カメオ出演し映画の冒頭、フランス領ギアナの刑務所に着いた囚人たちを前に訓示する植民地司令官として登場、「国は、おa0212807_00541164.jpg前たちを棄てた。すべてを諦めよ。 希望を持つな。」と 囚人に説教するシーンは、自由主義者の自分が、謂れなき冤罪でマッカーシズム(言論弾圧)の被害に遭ったアイロニー(皮肉)とブラックユーモアを込めたメッセージのように映りました。

by blues_rock | 2018-04-06 00:06 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_02471132.pngあなたに昔のことを話そう   大人にならないと 分からないかもしれない   そのころのモンマルトルには、リラの花が、二人のアパートの窓辺まで 覆っていた
備え付けの粗末な家具が、あるだけの部屋で 二人は、暮らしていた
私が、腹減ったと叫び、あなたは、ヌードモデルになってくれていた
ラ ボエーム、 ラ ボエーム   二人は、幸せだった   ラ ボエーム、 ラ ボエーム   二人には、二日に一度しか食べるお金しかなかった
近くのカフェで、若い二人は、不思議そうに見られていた   いつか有名になろうと、貧乏で腹を空かしながら、a0212807_02471530.jpg二人は、明日を夢見ていた
どこか食堂で 温かくて美味しい食事をするために、絵を売った   二人は、詩を朗読しながら ストーブの前で寄り添い、冬の寒さを忘れていた
ラ ボエーム、 ラ ボエーム   とてもきれいだったあなた   ラ ボエーム、 ラ ボエーム   私たちは、情熱にあふれていた
画架の前で夜が、明けるまで 絵を描いていた   デッサンの胸や腰の線に手を入れていると朝が、来ていた   仕事が、終わり 二人は、カフェオレを飲んだ
徹夜で疲れていたけど、満ちたりていた   二人は、愛し合うことで生きていることを実感していた
ラ ボエーム、 ラ ボエーム   二人が、若かったころ   ラ ボエーム、 ラ ボエーム   二人は、青春の夢a0212807_02472192.jpgに生きていた
ある日、二人が、暮らしていた界隈を訪ねてみた   もう旧いアパートは、壁すらなかった   若い二人が、暮らした街は、なくなっていた
私は、屋根裏部屋のアトリエを探してみたが、もう何も残っていなかった   新しい建物になり、モンマルトルは、寂しそうだった
リラの花は、枯れていた
ラ ボエーム、 ラ ボエーム   二人は、若かった、二人は、無我夢中だった   ラ ボエーム、 ラ ボエーム   今となっては、もう何もない   青春の日々
(注 : 「ラ ボエーム」の詩の意味にできるだけ副うよう 少し私が、意訳しています。)
a0212807_02472554.jpg私の暮らす福岡市南区柏原は、樋井川の源流で桜が、この季節 美しく、油山の山麓から流れ出た水は、支流を作り樋井川の本流と合流し博多湾に流れていきます。
福岡市の貫線である海岸沿いに住む旧友は、ジョークで「柏原は、福岡市のチベットだ。」と私をからかいますが、東京暮らしの長かった私は、それが、うれしく私の自慢です。
その柏原にて3月31日、桜満開の春うららかな日、柏原公民館で 荒木陽一さんのシャンソンのライブ(1時間40分)が、ありました。
鄙には稀な シャンソン・コンサートに感激し、いそいそ出かけると公民館ホールいっぱいの来場者でした。
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途中休憩のとき、私の好きなシャルル・アズナブール(1924年生まれ御年94歳で現役、5月に東京と大阪でコンサートを開催、各1回ずつ 2時間のライブだとか、すごい!の一言)をリスペクトしている 荒木さんに声をかけ、アズナブールの「ラ ボエーム」をリクエストしたところ、セットリストを変更して後半すぐに歌っていただけました。
a0212807_02234015.jpg目を瞑り 聴いていると涙が、あふれてきました。
このところ絵や映画、音楽など感動する作品に出遭うとめそめそ泣くようになり、認知症初期周辺症状の ‘感情失禁’ かもしれないと自分を疑っています。
荒木さんは、来る7月7日 天神のアクロス福岡でコンサートをされるとか、チケットを申し込むドサクサに、アズナブールの「イサベル」をセットリストに入れていただくようお願いしたら「あれは、気恥ずかしくて歌えません。」と笑いながらスルーされました。
荒木さんには、「イサベル」が、歌えるシャンソン歌手になって欲しい(日本にいないので)と思います。

by blues_rock | 2018-04-04 00:04 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(0)