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心の時空

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a day in my life

カテゴリ:音楽(Rock ほか)( 177 )

a0212807_18445050.jpgメキシコの少女 コンスエロ・ベラスケス(1924~2005、後にピアニスト、作曲家となる 右写真)が、16歳の誕生日を前に作詞・作曲した「ベサメムーチョ」(Bésame mucho たくさんキスして)は、今や多くのミュージシャンにカヴァーされるラテンの名曲(スタンダート)です。
        ★
私にキスをして
たくさんキス(Bésame mucho)して
今夜が最後かもしれないから
私にキスをして
たくさんキス(Bésame mucho)して
あなたを失うのが怖いから
        ★
まだ、キスしたことのない恋に恋する乙女、当時15歳のコンスエロ・ベラスケスに 音楽の女神が、憑依して生まれたラテンの名曲です。
ビートルズもデビュー前の1962年1月、デッカ・レコードのオーディションのためにロックンロール「ベサメムーチョ」を歌っています。
映画「ダリダ」の中でも挿入されています。
ダリダが、1979年にデスコ・ヴァージョンでカヴァーしています。
日本では、黒木曜子(1921~1959 踏切事故死)が、1950年(昭和25年)にヒットさせています。(前奏が、2分と長く、途中からお聴きください。)
a0212807_18450907.jpgキング・オブ・.ロックンロール エルヴィス・プレスリー(1935~1977)も「ベサメムーチョ」歌っています。
カーボベルデ出身の歌手セザリア・エヴォラ(1941~2011)のエスニックな「ベサメムーチョ」も味わい深く心に沁みます。
ケニーG(1956~)のソプラノ・サックスによる哀切なスムーズジャズ「ベサメムーチョ」も好いなあ、優れた楽曲は、どんなジャンルの音楽に変奏されても聴く者の心に新しい感動を与えてくれます。

by blues_rock | 2018-03-23 00:03 | 音楽(Rock ほか) | Comments(0)
私の好きなルネサンス期の画家フェルメール(プロファィルを知りたい方は、盗まれたフェルメール「合奏」の ‛フェルメール’ をクリックしてください)は、自作(フェルメールの作品で現存するのは34点、怪しい1、2点を含む)に多くの楽器を描いています。 (下写真 : ヴァージナルを弾く女性)
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私は、これまでフェルメールの絵を見るたびに絵の中の楽器は、どんな音を奏でていたのか、ずっと気になっていました。
知識として知っているのは、楽器の名前くらい、バロック音楽のレコードやCDで音を聴いていましたa0212807_12441598.jpgが、楽器の生音を直接聴いたことは、ありませんでした。
そのヨーロッパの古代楽器、リュート、バロックギター、チェンバロ、リコーダーなどの生のアコースティック音を太田耕平さんのコンサート(今まで3回ながら)で聴かせていただき、フェルメールの絵の空気感に浸りました。
16、17世紀当時のヨーロッパ、ルネサンス期の人たちは、こんな音色を聴いて生活していたのか、今のように、いつでもどこでもでは、なかったでしょうから、新鮮で美しい音に感動したことでしょう。
a0212807_12442034.jpgいま耳障りな雑音が、氾濫し過ぎているので、自分の好きな音、美しいと感じる音を聴くために自分の意思で余計な音を遮断する(断捨離する)ことも必要です。
つまらない人間関係やくだらない情報、いわんやテレビなど即刻、断捨離しましょう。
音楽に話を戻して云うならば、私は、聴いてどきどきワクワクする 心ときめく音だけが、音楽と思っています。
フェルメールの絵にパイプオルガンを描いたものは、ありません(フェルメールのアトリエに入らないからです)a0212807_13142572.jpgが、パイプオルガンの音色もフェルメールの静謐な世界に導いてくれます。
今までキリスト教の教会や映画のシーンで、何気に聴いていたパイプオルガンですが、数千本の筒(パイプ)で構成された楽器で奏でる重低音から高音域までの音色は、いつ聴いても天上の音楽のよう ‥宇宙の旅をしながら宇宙船の中で聴いているような悠久な気持ちにさせる音色です。
どこにであるような楽器ではなく、福岡でコンサートできるパイプオルガンは、福岡女学院の講堂、西南学院ランキンチャペルとホテル日航福岡の教会(左写真、私も実際 聴いたのは、ホテル日航福岡で一度だけ)の 3か所しかなく、パイプオルガンの生の音を直接聴く機会が、ありませんでした。
私は、友人のパイプオルガン奏者 野美山由加里さん(2014年のYouTubeから、リハーサル風景とコンサート
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模様を貼付しました)にコンサートの早い実現をお願いしているところです。
もし、実現した暁には、拙ブロクにお立ち寄りくださる皆様方にお知らせしたいと思います。
(付録 : 外国の方が、タイムラプス撮影した野美山由加里さんの 普段の練習風景 です。)

by blues_rock | 2018-03-13 00:03 | 音楽(Rock ほか) | Comments(0)
福岡市博多区の中洲大洋劇場で浜田省吾(1952~)のライブを楽しみました。
ロックミュージシャン浜田省吾の映像をデビュー以来撮り続けている映画監督(音楽映像ディレクター)板屋宏幸(1959~)が、2015年の「ON THE ROAD 2015」(ホールツアー)と2016年の「ON THE ROAD 2016」(アリーナ
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ツアー)でのギグをMTVのようなイメージ映像も撮り入れて「旅するソングライター(Journey of a Songwriter)」と題してMCを入れず全30曲くらい2時間ライブで構成しています。
浜田省吾は、広島出身で現在65歳、私が、広島出身のソングライターのロック・ミュージシャンから受ける印象a0212807_18285042.jpgは、吉田拓郎(1946~ 鹿児島生まれ)しかり、矢沢永吉(1949~ キャロル時代は好い) 、奥田民生(1965~)しかり、皆な骨のある(ロック魂をもった)ソングライターなので彼らのファンが、カルト映画ファンのようになるのも頷けます。
余談ながら、名古屋や大阪にいたころ何度かコンサートに行ったスターダスト・レビュー(スタレビ、1979年デビューなので間もなく40年)のファンもこれまた熱狂的 ・・ 久しぶりに昨年12月の福岡サンパレスに行ったライブでそれを改めて感じました。
浜田省吾は、9歳の時ビートルズの「プリーズ・プリーズ・ミー」を聴き感動、芸能週刊誌に載った ‘ビートルズ’ を見て、どの人が、ビートルズ?と質問したとか ‥ デビューして40年たった現在もコンサートツアーを続ける「旅するソングライター」 65歳のロックミュージシャン 浜田a0212807_18563871.jpg省吾に「三つ児の魂、百まで」を感じます。
聴くに耐えない、見るに恥ずかしいとてもミュージシャンと言い難いフェィクな連中が、跋扈するポップス業界で彼らのような筋のあるソングライター(女性では中島みゆき椎名林檎かな)の活躍は、日本のポップスもやっと世界レベルに近付いたかなと思うこのごろです。
映画のフライヤーもサイト情報も見ずに「旅するソングライター」を見に行きましたので期待した私の好きなバラード「もうひとつの土曜日」が、聴けなかったのは、少し残念でした。

by blues_rock | 2018-02-14 00:14 | 音楽(Rock ほか) | Comments(0)
私は、少年時代にラジオから聴こえる流行歌やテレビの歌謡番組で大衆音楽を楽しんでいました。
中学生のころロックンロールが、大々的に登場、高校生のころには、ビートルズが、私にとって音楽のすべて
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となりました。
貧しい農家の子供にLP盤は、おろかEP盤さえ買えず高校時代、放課後学校の帰りにビートルズファンの同級a0212807_4414725.jpg生の家に寄り、いつも聴かせてもらっていました。
大学生になってもビートルズの熱冷めやらず相変わらずビートルズの楽曲ばかりを聴いていましたが、そのころからビートルズの出身地リバプールで同時代に活動していたマージービート・バンドやリバプール以外のブリティッシュ・ロックンロールバンド、例えば、ローリング・ストーンズ、キンクス、アニマルズ、ハーマンズ・ハーミッツ、デェイブ・クラーク・ファィブなども聴くようになりました。 (参考 : ロック・ブルース・シャンソンなどの名曲・名盤は、こちら をご覧ください。)
a0212807_4458100.png就職して給料をもらうようになると堰を切ったようにビートルズは、元よりロックのLP盤を購入し始めました。
ビートルズとくにジョン・レノンが、ボブ・ディランの詩の影響を受けるとボブ・ディランは、元より詩を朗読するようなシャンソンに興味を覚え、イブ・モンタン、ジュリエット・グレコ、バルバラ、シャルル・アズナブール、ジョルジュ・ムスタキなどが、好きでした。
当時の日本人歌手の甘ったるいシャンソンは、生理的にイヤでしたが、東京で暮らしていたころ金子由香利と大a0212807_4454350.jpg木康子の出演する銀巴里には、良く行きました。
1970年代の日本人ミュージシャンとしては、井上陽水、吉田拓郎、中島みゆき、加藤登紀子、憂歌団あたり、そうそうノーボディというロックンロールセンス抜群のデュオも好きでした。
1970年代のイギリスは、レッド・ツェッペリンのハードロック、Tレックス、ピンク・フロッド、キンググリムゾン、デヴィト・ボウイなどのプログレッシブ・ロックが、全盛で、アメリカでは、1967年西海岸のモントレー・ポップ・フェスティバルさらに1969年東海岸のウッドストックでロック史上最高の野外ライブが、開催されました。
a0212807_503260.jpgこのウッドストック・ロックコンサートの2枚組LP(ライブ・アルバム)は、私の宝物となりました。
ビートルズほかブリティッシュの洗礼を受けた1970年代のアメリカは、まずボブ・ディランが、エレキギターに変えブルースロックを歌い、ドアーズ、CCR、GFR、イーグルスなど大音響で聴かせるアメリカンロックの黄金時代を築きました。
a0212807_51186.jpg1970年代半ばから1980年代にかけては、パンクロック、ハードロック、ヘヴィメタル、ブルースロック、ソウル(R&B、ファンク)など百花繚乱 ‥ 1980年代半ばからCDが、登場しコード盤は、絶滅しました。
ヴァン・ヘイレン、ボン・ジョビなどCDウォークマンにヘッドホンを着け大音量で飽かず聴いていましたので今私は、その後遺症のロック難聴で難儀しa0212807_562844.jpgています。
わが家には、LP盤、CD盤合わせて2千枚くらいの古いLP、CD盤が、あり引っ越しするたびにふうふう言って荷作りしトラツクに積み込み運んで来ました。
レコード盤が、廃止されて30数年経ち ‥ レコード盤の手入れなど面倒くさい維持管理やターンテーブルにレコード盤を載せ、A面B面反しながら針を置くなどの手間も惜しまず、むしろそれを楽しむ新しい音楽世代の登場です。
a0212807_5211514.jpg何よりレコードジャケットの芸術性(質の高いポップアート性)が、再評価され、音楽を聴きながらジャケットに見入ったり、好みのジャケットを壁に並べてインテリアにしたりとレコードそのものをトータルに楽しむ若者が、増えているとの日本経済新聞記事は、私には、うれしいニュースでした。
いまやっとアンティック・レコード(骨董レコード盤)が、脚光を浴び、それまで終活時にどう扱おうかと悩んでいた私にとって何よりの吉報です。
by blues_rock | 2017-11-21 03:30 | 音楽(Rock ほか) | Comments(0)
連日連夜、猛暑が、続きます。
拙ブロクにお立ち寄りくださった皆様方に 暑中お見舞い申しあげます。
a0212807_2355183.jpgこんな暑い季節、爽やかな音楽を聴くといくらか涼しくなったような気がしますから人の感性は、不思議なものです。
5年前にも‘ハングドラム’については、書きましたが、ハングドラムの音色は、暑い季節、木蔭で冷たいビールか、ミントを浮かべたアイスティを飲みながら聴くと爽やかになります。21世紀になりスイスで発明されたのが、‘手で叩いて音楽を奏でる’メロディ演奏打楽器のハングドラムです。
a0212807_2365360.jpgトリニダード・トバゴで ドラム缶から‘スティールパン’が、登場したとき20世紀最後の、そして最大のアコースティック楽器の発明として世界的に有名になりました。
打楽器の元祖は、さしずめアフリカ(西アフリカ)の‘ジャンベ’でしょう。
人類の知能を超越しようとしているAIとは、対極にある慈愛に満ちた 限りないやさしい音で人間の心をそっと包んでくれます。
ハンクドラムの音色を聴いていると、私の体内を爽やかな涼しい風が、吹き抜けて行きます。
a0212807_237371.jpgYouTubeから私のお気に入りのハングドラム音楽をピックアップしましたので、お気に召したものがあれば、聴いてみてください。
Hang Massive 「Once Again
    ◇
Hang Drum in a Tunnel of London
    ◇
a0212807_23122495.jpgHang drum Solo Supersonic
ハンクドラムのGigでは、ありませんが、あまりに ‘すばらしい!’ ギターを中心としたマルチ演奏(何と18歳!)なので貼付しました。
multi instrumental rock the 12 string guitar
ハンクドラムのGigを聴いて、世界は、本当に広い ‥ いがみ合っても仕方が、ないと思いました。
a0212807_23131689.jpg音楽は、聴く人に惜しみなく与え、皆で分け合うものだから心が、共鳴し感動するのだと思います。
明日から八月です。
これからも暑い日が、続きます。
皆様方におかれましては、熱中症や冷房よる夏カゼにお気をつけくださるようご自愛ください。
by blues_rock | 2017-07-31 00:00 | 音楽(Rock ほか) | Comments(0)
a0212807_130859.jpgノーベル文学賞を受賞した詩人ボブ・ディランに代わって1960年代から、当時フォークシンガーだったボブ・ディランに憧れ敬愛、自分もロックシンガーになったビートニク詩人パティ・スミスが、授賞式に出席しボブ・ディランの名曲「激しい雨が降る(A hard rain's gonna fall)」を歌うとか、元パンクロッカーにして詩人パティも長年の友情に、なa0212807_1321376.jpgかなか粋な恩返しをするものだとうれしくなりました。
また併せて、世界が、(当然自国のアメリカも)注目している受賞者記念講演は、ボブ・ディランのメッセージ朗読と、詩人としての妹分パティ・スミスが、ボブ・ディランの代理として「模範となる人の重要性」と題し講演するのもクールでシャレています。
1946年生まれのパティ・スミスも早や古希(70歳)となり1960年代ニューヨークパンク時代の元祖女性ロッカー(クイーン・オブ・パンク)であったころの尖がった雰囲気は、なくなりましたが、1975年発表の初LPアルバム「ホーセス」は、私にとって昔懐かしい思い出
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の品(という宝物)になりました。
ちなみに、このアルバムの写真(下)は、当時ルーム・メイトであった写真家ロバート・メイプルソープ(1946~a0212807_136282.jpg1989 病没、享年43歳)が、撮影したものです。
詩人二人の‘あうん’の呼吸は、「模範となる人(=大統領・首相や国家元首、さらに品格ある大人)」が、世界に不在(もちろん自国のアメリカにも)の今、地球上の至るところで蔓延している悪しき先祖帰り(いつか来た道)に対する揶揄(ラディキュル)と皮肉(アイロニー)に満ちたメッセージになることでしょう。
by blues_rock | 2016-12-10 00:10 | 音楽(Rock ほか) | Comments(0)
一年が、あっと云う間に過ぎ早12月、通りの街路樹には、クリスマスのイルミネーションが、灯り、ジングルベル ♪ の鈴の音色は、師走のあわただしい気持ちを和ませてくれます。
私は、クリスチャンでもないのに‘クリスマス・ソング’が、子供の頃から好きで、冬(クリスマス・シーズン)になるとa0212807_13212297.jpgロック・ヴァージョンを中心に、オールディーズ・ゴスペル・ブルース・R&B・ジャズその他 レゲェやハワイアンなどエスニックなワールド・ミュージックの「クリスマス・アルバム(LPレコード・CD)」を聴いています。
オリジナル・ヴァージョンならビートルズを解散した翌年の1971年、ジョン・レノンが、発表した「Happy Xmas (War Is Over)」に始まり、1983年の山下達郎「クリスマス・イブ」(1988年冬にJR東海が、CMソングとして流し大ヒット)、1984年には、バンド・エイドの「Do They Know It's Christmas ?」とワムa0212807_13244395.jpgの「Last Christmas」が、世界中で大ヒットし、今や‘クリスマス・ソング’の定盤になっています。
さて、100枚あまりの「私のクリスマム・アルバム」は、どれも私の大切なお宝ながら、私が、とくに ‘レア盤’ と思うのは、この 3枚です。
一つが、ビートルズの「クリスマス・アルバム」でビートルズは、1963年から1969年まで毎年クリスマス・シーズンになるとファンクラブ会員向けにクリスマスのメッセージSPレコード(ソノシート)を制作し配布していました。a0212807_13554769.jpg
その7枚のシングルSPレコードを一つにまとめたのが、ビートルズ「クリスマス・アルバム」で、4人それぞれのユーモアとおふざけタップリのメッセージ(ビートルズ全盛期4人の肉声)は、ビートルス・ファンにとって超レア盤です。
つぎに、ロックンロールのカリスマ(キング・オブ・ロックンロールとリスペクトされる)エルヴィス・プレスリーが、歌ったクリスマス・ソングの全曲とエルヴィスのルーツであるゴスペルのバラードを選曲した 2枚組アルバムです。
a0212807_1441749.jpgもう一つは、フォーライフ・レコード創立1周年記念アルバムとして小室等・吉田拓郎・井上陽水・泉谷しげる 4人の創立者が、共同制作したフォー・ウェイ・スプリット盤の「クリスマス・アルバム」です。
4人の才能と実力からすると寄せ集めたようなスプリット盤アルバムで音楽的にあまり質の高いものでは、ありませんが、4人それぞれ肩の力を抜いて楽しみながら演奏を遊んでいる雰囲気は、彼ら 4人のファンである者にとって貴重な記録でレアな「クリスマス・アルバム」と言えます。
by blues_rock | 2016-12-01 00:00 | 音楽(Rock ほか) | Comments(0)
スワンプ・ロックのカリスマ、レオン・ラッセル(1942~2016.享年74歳)が、亡くなりました。
レナード・コーエンに続きレオン・ラッセルと私の愛する偉大なミュージシャンが、また一人、音楽に魂を遺し宇宙
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(そら)に旅立ちました。
こちらのRolling stoneサイトで、いまやスタンダード曲となったレオン・ラッセルの代表曲「A Song for You」と
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「This Masquerade」のオリジナル・ヴァージョンを聴くことが、できますので、レオン・ラッセルを聴いたことのない方は、ぜひ聴いてみてください。
a0212807_1736372.jpgレナードとレオン、お二人のご冥福を心中より祈りたいと思います。

(左写真 : 左から、ジョージ・ハリスン、ボブ・ディラン、レオン・ラッセル)
by blues_rock | 2016-11-17 00:07 | 音楽(Rock ほか) | Comments(0)
吟遊詩人 ボブ・ディラン(1941~)が、2016年度のノーベル文学賞を受賞しました。
a0212807_12113097.jpg1962年3月にデビュー(ビートルズは同年9月デビュー)して、54年‥75歳のいまもミュージシャンとして「ネバー・エンディング・ツアー(コンサート)」を行なっていますので尊敬いたします。
ボブ・ディランの本名は、ロバート・アレン・ツィンマーマンと云いアシュケナジム系ユダヤ人移民の子孫(3世) としてミネソタ州に生まれました。
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ロバートの愛称ボブとウェールズの詩人ディラン・トマス(1914~1953)からディランを併せ‘ボブ・ディラン’と命名し作品を発表、その後改名しボブ・ディランを本名にしました。  (下写真 : 昔の恋人 ジョーン・バエズと)
a0212807_12134563.jpg子供のころから音楽好きでエルビス・プレスリーに憧れロックンロール・ミュージシャンになることを夢見ていました。
十代の終わりにウディ・ガスリー(1912~1967 「This land is your land」わが祖国 )のフォーク・ソングを聴いたことでボブ・ディランは、エレキ・ギターからアコースティク・ギターに持ち替えて自分の詩を詠うフォーク・シンガーになりました。
1963年リリースされた2枚目のアルバム「フリーホイーリン・ボブ・ディラン」が、人気となり特にA面1曲目の「風にa0212807_12152418.jpg吹かれて(Blowin' in the Wind)」は、ベトナム戦争の反戦気運と公民権運動の高まりと相俟ってプロテスト・ソングの象徴となりました。
1964年発表のアルバム「時代は変わる(The Times They Are a-Changin' )」のヒットでボブ・ディランの名前は、プロテスト・フォークシンガーとして一人歩きするようになりました。
ボブ・ディランは、このころから自分の詩が、勝手に解釈され、若者たちから反戦運動や社会運動の象徴としてa0212807_12183495.jpg扱われることに辟易(へきえき)し、大げさな自分のイメージに違和感を覚えるようになりました。
1963年から1964年にかけてボブ・ディランは、イギリスへ行くことが、多くなり、ビートルズやローリング・ストーンズと交流、イギリスのロック・バンドに刺激を受けたボブ・ディランは、またエレキ・ギターを持つようになりました。
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とくに人気絶頂期のビートルズは、ボブ・ディランの内省的で作家性の強い詩に触発され‥とくにジョン・レノンの音楽と精神に大きな影響を与え、ボブ・ディランから刺激を受けたジョージ・ハリスンもメロディラインの美しいa0212807_12242865.jpg内省的な独自の曲を提供するようになりました。
ボブ・ディランは、1965年「ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム」、同年「追憶のハイウェイ 61」、1966年「ブロンド・オン・ブロンド」と立て続けに3枚の‘フォーク・ロック’(エレキ・ギターによるフォーク・カントリー・ブルースの融合した新しいロック・ミュージック)の名盤アルバムを発表、ロック・ミュージシャン ボブ・ディランの誕生を宣言しました。
a0212807_12251558.jpgアコースティック・ギターでプロテスト・フォークソングを歌うボブ・ディランを信奉していたファンは、ブーイングを浴びせますが、ボブ・ディランは、意に介せず「ライク・ア・ローリングストーン」を歌い「アイ・シャル・ビー・リリースト(私は解放されるだろう)」と旧い時代の自分から立ち去りました。
それから半世紀、「風に吹かれて」いれば、「時代は変わる」を具現した偉大なロックの吟遊詩人 ボブ・ディランにノーベル文学賞が、授与されました。
余談ながらボブ・ディランが、ロサンゼルス郊外にある孫の通う幼稚園を訪ねたときの園児たちの反応は、「変なおじさんが、来て、ギター弾きながら、怖い歌を唄ってくれた」と家に帰って両親に報告したそうで園児たちにとっては、変なおじさんも彼らの父母や祖父母だったらきっと興奮、大騒ぎだったことでしょう。
ともあれボブ・ディランご本人は、いたって冷静で、ノーベル文学賞受賞について一切ノーコメント‥受賞発表の後のコンサートでは、来場者の大歓声や万雷の拍手にも何も語らず、ピアノに向かい淡々と「風に吹かれて」やa0212807_12281965.jpg「時代は変わる」などの自分の詩を弾き語るように歌ったと新聞のコラムにありました。
ノーベル文学賞を選考したスウェーデン・アカデミーは、本人との連絡が、付かないと困惑し、ボブ・ディランの音楽仲間の一人は、「(本人は)受賞を認めたくないのでは‥」と語ったと他の記事にありました。
a0212807_123193.jpgボブ・ディランについては、これまでも関連する記事を書きましたのでよかったらご覧ください。
1. ボブ・ディラン ‥ Like A Rolling Stone(追憶のハイウェイ61)
2. トッド・ヘインズ監督映画「アイム・ノット・ゼア」 ‥ 6人の俳優にボブ・ディランを演じさせるという奇想天外な作品ながら秀作映画です。
a0212807_123294.jpg3. ノーマン・ジュイスン監督映画「ザ・ハリケーン」& ボブ・ディラン「Hurricane」 ‥ 映画「ザ・ハリケーン」に挿入された名曲「Hurricane」(1975年)の散文詩が、すばらしくノーベル賞級です。
4. トーマス・ヤーン監督映画「ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア」 ‥ ボブ・ディランの名曲「ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア(天国への扉)」にインスパイヤーされて製作されたアバンギャルド映画ながら秀作です。
5.ボブ・ディランの新アルバム「テンペスト」  
by blues_rock | 2016-10-16 00:06 | 音楽(Rock ほか) | Comments(2)
a0212807_15231756.jpg今月9月26日から古希を迎えた吉田拓郎が、関東圏で1か月くらいのライブ・コンサートをスタートしました。
福岡で、開催されないのが、誠に残念です。
福岡で開催されるなら駆け参じるつもりでした。
吉田拓郎(1946年生)、井上陽水(1948年生)、中島みゆき(1952年生)は、あふれる音楽才能をギターと歌に託して自分の世界を表現し続け今もなお活躍する希代のミュージシャンです。
世界のロック・ミュージック・シーンでは、伝説のフォーク・ロック歌手ボブ・ディラン(1941年生)が、ロックのカリスマ ローリング・ストーンズ(ミック・ジャガーとキース・リチャーズ共に1943年生)たちが、現在もライブ・コンサートをしています。
今夜は、吉田拓郎の古希を慶賀し、41年前の1975年に静岡県掛川市で開催された ‘つま恋1975 野外ライブ’ を紹介いたします。
映像は、1970年代の空気にあふれ、当時 ‘つま恋’の会場にいた数万人(5~6万人)の人たちも今や還暦・古希を過ぎた高齢者(かっての若者)でしょう。
a0212807_1534388.jpg吉田拓郎 ‘つま恋 1975ライブ’の翌月、1975年10月で開催された‘つま恋 ポピュラー・ミュージック・コンテスト’で中島みゆきは、「時代」を歌いグランプリ受賞、以来今もなおトップ・ミュージシャンとして活躍しています。
デビュー前の中島みゆきは、吉田拓郎の追っかけファンであったことから‘つま恋 1975 野外ライブ’会場のどこかで一ファンとして熱狂していたかもしれませんね。
それから31年経った2006年、その‘つま恋’で吉田拓郎と中島みゆきが、「永遠の嘘をついてくれ」をデュエットする二人の人生は、なかなか粋なものだと思いました。
by blues_rock | 2016-09-27 00:07 | 音楽(Rock ほか) | Comments(0)