ブログトップ | ログイン

心の時空

yansue.exblog.jp

a day in my life

カテゴリ:柏原生活/博多叙景( 151 )

私の住まう柏原は、福岡市南区油山の東裾野に位置し樋井川の源流となる糠塚川へ湧き水が、流れ出る山の麓にあります。
a0212807_04001146.jpg
その昔、油山一帯が、椿の木に覆われ、椿油は、日本髪や美肌(スキンケア)、食用油として日本人の生活に欠かせない必需品であったころ油山が、昔その椿油の大生産地であったことに地名は、由来しています。
a0212807_04002052.jpg椿の実を絞ったとき流れ落ちた椿油が、樋井川に流れ浮いた椿油は、延々博多湾まで続いていたそうな ‥椿油の山が、油山の名前の由来というわけです。
さて、柏原から早良区石釜にあるクラフトの店 梅屋へは、福岡市立油山牧場から那珂川町を経由する裏ルートなら、ずいぶん近く20㌔、30分くらいで行けます。
梅屋を初めて訪れる人は、三瀬街道(国道263号線)沿いとはいえ、人里離れたこんな辺鄙なところに ・・なんで?と、きっと感じられる脊振山系麓(ふもと)の石釜集落にあります。
佐賀市に抜ける三瀬街道は、三瀬峠にループ橋と三瀬トンネルができ少しずつ賑わいながらもまだローカル、「クラフトの店 梅屋」は、そのまま福岡市中心街の天神や博多駅構内デパートに移しても遜色ない店舗です。
a0212807_04002834.jpg
しかしながら、梅屋室内の窓から眺める自然の静謐な景観は、如何せん市街地へ運べないのでこの辺りの自然と一体化した梅屋が、在る場所は、やはりここにしかないのでしょう。
a0212807_04003417.jpg
全国の工芸作家の作品や全国各地の消えていく民芸の日用品類を紹介している梅屋は、鄙にも稀な工芸と民芸の店です。
a0212807_04003893.jpg梅屋の扱う作家の作品は、毎日の生活で使い続けながら生涯を伴にする美しい器や味わい深い日用品ばかり ・・ もし使い込んで痛みキズついても壊れても作家の方や後継者の皆さん方が、永久(とわ)にきちんと修理していただけるのだとか、ならば、自分の一番お気に入りの食器や日用品類で一度しかない大切な人生を大いに楽しんで欲しいと思います。

by blues_rock | 2018-02-04 04:04 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(0)
いまインフルエンザが、世界的に猛威を振るって(パンデミック=大流行して)います。
a0212807_12041929.jpgちょうど100年前の1918年、インフルエンザ(A型)が、世界中いたるところで猛威を振るい当時‘スペイン風邪’と呼ばれ1億人くらいの人が、亡くなりました。(こちらを参考にしてください。)
1918年のインフルエンザ・パンデミックは、カナダの渡り鳥(カモなどの水禽類)が、国境を越えてアメリカ北西部へ飛来、そしてアメリカの豚に移し、豚から人へ ‥ 当時、世界は、第一次a0212807_12041397.jpg世界大戦中(1914~1918)で、参戦していたアメリカが、アメリカ北西部にあった陸軍基地からインフルエンザ病原体に感染していた兵士たちをヨーロッパ各地の戦線へ出兵させていたことで一気にアメリカ発生源の‘スペイン風邪’は、ヨーロッパから世界中の植民地へ拡散しました。
a0212807_12044267.gif第一次世界大戦は、ドイツ帝国を相手にドイツと仲の悪いフランスとイギリスが、中心となってアメリカも巻き込んだ戦争、ヨーロッパ諸国は、少なからず戦場となっていましたが、当時の大国で、第一次世界大戦に参戦しなかったのは、スペイン王国だけ、戦渦に巻き込まれた国々が、インフルエンザの猛威(パンデミック)に対応できず混乱しているとき唯一スペインは、インフルエンザの情報収集や医療行為に対応できました。
というわけで‘スペイン風邪’と呼ばれたインフルエンザの感染者は、人類の5億人以上と推定され死者が、a0212807_12044703.jpg5,000万人から1億人に及ぶと言われています。
当時100年前の世界人口は、18億~20億人であったことから、全人類の30%近く(3人に1人)が、インフルエンザに感染していたことになります。
高病原性インフルエンザ ウイルスは、A型、B型、C型の3タイプが、あり A型は、突然変異を容易に行ない長期間潜伏する攻撃性の強いウイルスで、B型が、突然変異a0212807_12045130.jpgは、するものの短期間潜伏型のウイルスで攻撃性もさほど強くありません。
C型に至っては、ウイルス感染しても幼い子供や衰弱した病気の大人、抵抗力のない老人以外あまり心配する必要もないでしょう。
インフルエンザとは、イタリア語で「星の影響」という意味だそうな ‥ ‘自然の神秘’という意味合いのことなのでしょう。
a0212807_12062145.jpg確かに「アヒルなどの水鳥は 鳥インフルエンザになりません」が、カモなどアヒル類の渡り鳥(水禽類)は、鳥インフルエンザ病原体(ウイルス)と共生していて高病原性鳥インフルエンザ病原体にもヘッチャラです。
ではなぜ、高病原性鳥インフルエンザに感染している多種多様な水鳥が、インフルエンザにならないのか? ‥ それを‘自然の神秘’と先人たちは、a0212807_12061751.jpg呼びましたが、鳥インフルエンザ ウイルスは、宿主(ホストである水禽類の腸管にホームステイ)を攻撃することは、ありません。
日本の場合、ユーラシア(中国とロシアの)大陸から渡って来る水鳥(渡り鳥)が、病原体(インフルエンザ ウイルス)を体内に抱え日本列島に飛来、日本各地の水場(湖・河川・沼池・湿地)で野鳥にウイルスを感染させ、ウイルス汚染された野鳥a0212807_12062658.jpgは、エサの多い養鶏場で多数の鶏に感染させ養鶏農家に大きな被害を与えています。
その高病原性鳥インフルエンザが、やがて豚を介して、ヒトウイルスに突然変異すると私たち日本人を攻撃 ‥ 流行性感冒として蔓延し時として死に至らしめるインフルエンザとなります。
a0212807_12440622.jpg自然の中で有機給餌による放し飼いやオープンな鶏舎での平飼いは、鳥インフルエンザのリスクが、高く、採卵養鶏、ブロイラー養鶏は、ウイリス汚染リスクを避けるため外界との接触を断ったウインドレス鶏舎によるゲージ飼いが、主流となりつつあります。
長くなりますので、この続き‘自然の神秘’に、興味のある方は、こちら を、さらに「食の安全と安心(安全≠安心)」に関心のある方は、こちら をご覧ください。

by blues_rock | 2018-01-31 00:01 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(0)
昨年10月、「博多漆芸研究所」に移籍し(金継ぎ工芸会から移り)、早4か月、光陰矢の如し です。
a0212807_04323660.jpg
今年2018年の1月から「博多漆芸研究所」は、天神の金継ぎ工芸会(の間借り)から福岡市中央区六本松一丁目の裏六本松と呼ばれる昭和レトロな界隈に移転、装いも新たにオープンしました。
a0212807_04324234.jpg
今から一万年前、日本列島で縄文人が、生活していた時代すでに彼らは、漆を使う技術(智慧)を持っていたことが、縄文遺跡から出土する漆工芸の遺物から証明されています。
a0212807_04510572.jpgその漆芸の智慧は、弥生人から倭人(やまとびと)、そして今につながる古代日本の先祖を経てわが国の伝統工芸として受け継がれています。
漆工芸は、漆という一筋縄では、いかない‘天然素材’のご機嫌を窺いながら、塗り(または拭き)、乾かし(漆は、温度25℃前後&湿度70%前後でないと乾かない)、研いで磨いて完成させます。
a0212807_04334723.jpg
金継ぎは、漆工芸技術のひとつで‘茶の湯’が、生まれた室町時代に端を発し、茶道具を愛する茶人たちにより育てられた漆芸です。 (参考 : 鮨の のっている織部長皿は、拙 色漆直しです。)
a0212807_04335247.jpg
私は、8年間余り金継ぎばかりしてきましたが、余技にしていた漆遊び(遊戯)から少しウィングを広げ金継ぎも含めた漆工芸に余生の時間を充てようと「博多漆芸研究所」の研究員になりました。
a0212807_04335663.jpg
何かひとつ自己満足できる傑作を地球土産に私のふるさとアンドロメダへ旅立ちたいと思っています。
博多漆芸研究所の並びには、私が、時おり訪ねる「節魚(せちざかな)すし宗」もあり、宗俎預り人の握る美味し
a0212807_04340043.jpg
い‵博多前鮨’ をいただきながら大の先代自然坊(じねんぼう)窯ファンであるご主人と延々、器の話をする(勝手に私がオシャベリしているだけでご迷惑かも)のは、無上の喜びです。
a0212807_04340562.jpg
下の写真は、先代自然坊窯の小皿です。
ほかにも数多、先代自然坊窯のコレクションが、あります。
a0212807_04340902.jpg
博多漆芸研究所と節魚すし宗の間に、洒落たコーヒーショップ(Day's Cup Cafe)やサンドイッチハウス(SOS)など昭和レトロな裏六本松ならではの、いろいろな店が、ありますので、のんびり散歩して、ホッコリするのに好い
a0212807_04341395.jpg
かもしれません。
そうそう、博多漆芸研究所前のステーキハウス「跳牛(HANEUSHI)」のメンチカツランチもヤミヤミです。
a0212807_04325014.jpg




by blues_rock | 2018-01-19 00:19 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(0)

東京に住んでいたころ、仕事に疲れ、しんどくなると当時銀座5丁目の東芝ビル 5階にあった「相田みつを美術館」に行き、深呼吸していました

a0212807_14544494.jpg

相田みつを(19241991)の詩と書を見ていると肩の力が、抜けて心も次第に解(ほぐ)れていくように感じられました。

a0212807_14550638.jpg

‘相田みつを’の詩をいつも笑顔で接してくれるあなたに贈ります。
a0212807_14544851.gif
a0212807_14552858.jpg
a0212807_14551020.jpg
a0212807_14553187.jpg
a0212807_14553406.jpg


by blues_rock | 2018-01-15 15:15 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(0)
a0212807_13512258.jpg三瀬そば街道めぐりの三箇所目は、「そば処三瀬 松玄」です。
年越しそばのつもりで昨年暮れ(12月30日の午後)に訪ねたのですが、早々に‘終了しました’の告知にがっかりして帰りました。
そして、年明けの初そばにと出かけ「十割そば(せいろ)、三瀬鶏と野菜のてんぷら」を食べて来ました。
a0212807_13542191.jpg十割(玄そば1と丸抜き9)手打ちそばの松玄では、前日玄そばと丸抜きを店内の石臼で挽き当日朝、生粉を手打ちし提供しているのでお客様が、多ければ早く売り切れるのも仕方のないことでしょうね。
席に案内され供された‘そば茶’を啜ると香ばしいそばの香りが、鼻を抜け、しばらく待つとせいろとてんぷらの登場、当日のそばa0212807_13561536.jpgは、茨城産の新そばでした。
マイルドな出汁の味と細切り十割そばの相性が、すばらしくあっと云う間に食べ終わりました。
とろりとしたそば湯も美味しく、それもそのはず、松玄のそばに使用する水は、地下103mから汲みあげた脊振山系の地下水(ミネラルウォーター)で、一年を通して15℃ ‥ 食の素材と水の良いところ美味いものあり、正にそのとおりを実感いたしました。
帰りは、いつものとおり、ヴィレッジ アンティークならびにアンティークモール(左の2点を180円!で ‘金継ぎ’用に購入するも金のほうがずっと高く、新たな悩み)、さらにもう一箇所、クラフトの店 梅屋に寄りながら帰宅しました。
by blues_rock | 2018-01-10 00:10 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(0)
a0212807_850546.jpgいつの頃から大晦日に年越しそばを食べるようになったのか、私は、知りませんが、普段の暮らしは、盆も正月もないだらだら生活をしていながら大晦日になる年越しそばを、正月になると焼き餅を無性に食べたくなるのは(普段食べているのに)、長年の生活習慣ゆえのことでしょうか?
というわけで、三瀬そば街道に年越しそばを食べに行きました。
a0212807_9344438.jpg
先日、<西国御領 風羅坊>に行きましたので、今回は、今年友だちになったパイプオルガン奏者の方のイチオシそば処「松玄」に直行 ‥ するも午後2時を回ったばかりながら駐車場入口に「終了しました」の告知版を見てa0212807_9371017.jpgがっかり、営業時間が、短い(11時半から15時まで)のは、知っていましたが、大晦日を前に近年とみに人気スポットとなった三瀬そば街道へ私のように前倒しの年越しそばを食べに行く人たちも多いのでしょう。
というわけで、引き返し次回行こうと思っていた三瀬街道の人気そば処<三瀬そば>に向かい‘板そば’を注文、その食感と喉越しに満足しました。
年越し板そばを食べたあとは、いつものようにヴィレッジアンティークとアンティークモールに立ち寄り‘見るだけ’のつもりが、金継ぎと拭き漆用の‘掘り出し物’(アンビリーバブルな価格でした)を三つ四つ見付けるといつもの悪いクセで衝動買い、年越しの宿題(上写真2枚)まで抱えて帰りました。
拙ブログを一年ご覧くださりありがとうございました。
良いお年をお迎えください。
by blues_rock | 2017-12-31 12:31 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(2)
高砂2丁目にあった私お気に入りのチャンポン店「ちゃんぽん かい乃」が、休店して早や半年、福岡市街に‘チャンポン’の看板を見て入っては、みるもののなかなか私好みのチャンポンに出遭えませんでした。
a0212807_14233826.jpgそんな時、六本松1丁目節魚すし宗の前にある「大島ラーメンあづまや」のチャンポンに出遭いました。
本店は、長崎県西海市の大島にあり、島の人たちに半世紀余り親しまれてきたラーメン店で六本松に「大島ラーメンあづまや福岡店」として今年6月オープン、あっさりとした鶏ガラスープに本物のチャンポン麺とシャキシャキした野菜の食感が、相俟って私のお気に入りであった「ちゃんぽん かい乃」のチャンポンを懐い出しました。
拙ブログでご紹介しようと写真を撮っていたらどこからともなく私の名前を呼ぶ女性の声 ‥ 姿が、見えないのでキョロキョロ辺りを見回していたら道路の車中より博多漆芸研究所の先生の声でした。
年明け早々、六本松で新生博多漆芸研究所が、装いも新たにスタートしますのでこの年末年始、その準備に大忙しのご様子でした。
a0212807_14281769.jpg
旧くからの住宅街である六本松1丁目界隈を‘裏六本松’と呼ぶそうな ‥ 昭和レトロな街並みに新旧いろいろなジャンルのお店や施設が、並び昼夜を問わず面白い街(エリア)になりそうです。
by blues_rock | 2017-12-28 23:28 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(0)
ふと思い立って今月の週末二週続けて‘三瀬街道’を探訪してみました。
a0212807_11324033.jpg
強いて目的が、あったとすれば、三瀬峠を越えて(三瀬トンネルを抜けて)500㍍くらいのところにある「風羅坊」の十割そばを食べること、「アンティークモール」と「ヴィレッジアンティーク」で、‘呼び継ぎ’用の磁器陶片を探a0212807_11332255.jpgすためでした。
アンティークモールとヴィレッジアンティークは、同じ方が、オーナーながらアンティークモールは、和洋折衷の日用雑貨やアジアン雑貨のアンティークショップのような趣で、ヴィレッジアンティークのほうが、骨董店というより中古洋食器やガラス器ほかアンティークモールより一段上の瀟洒な器の並ぶアンティークショップでした。
a0212807_11335252.jpg
その前、三瀬峠に向かう途中の早良区石釜に「クラフトの店 梅屋」(下写真)が、あるので立ち寄り、御主人と工芸談議するもイヤな顔一つされず収蔵品をたくさん見せてくださいました。
a0212807_11342415.jpgその後、三瀬トンネル(2.4 km)を抜けてすぐのアンティークモールとヴィレッジアンティークに立ち寄りました。
一週目は、「西国御領 風羅坊」で‘自然坊’陶の器を見ながら十割そばを、二週目が、「三瀬そば」に行く予定を突然変更、街道途中に‘シシリアンライス’と掲示したレストランに興味を覚えとっさに飛び込みました。
‘シシリアンライス’とは、三瀬野菜をふんだんに盛ったサラダにジビエの一つシシ肉(イノシシ)とブルーベリー
a0212807_11351790.jpg
をトッピングしたライスと云った風情のランチ(yami-Yami! ネーミングが面白い)でした。
三瀬トンネルから古湯温泉、佐賀市内へ向かう三瀬街道は、「三瀬そば街道」としても有名で美味しいそば処が、数
a0212807_11354196.jpg
多く並んでいます。
冬の季節、三瀬街道は、雪や道路凍結で通行止めになることも多く、春になったら三瀬そば街道の全そば店を
a0212807_11361111.jpg
食破したいと思っています。
感想は、拙ブログ(カテゴリ「柏原生活 /博多叙景」)にて随時掲載したいと思いますので蕎麦が、お好きの方
a0212807_1140949.jpg
は、ご期待ください。
by blues_rock | 2017-12-22 00:02 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(0)
私の通う博多漆芸研究所が、年明け早々天神から六本松に移転します。
そこで一昨日の木曜日の午後、移転先の近所を散策してみました。
a0212807_1174512.jpgまず、車を護国神社鳥居前のパーキング(常時24時間500円が有りがたい)に停めて、そこからすぐの研究所移転先あたり(NHK福岡裏の住宅街)をうろうろ、私が、時々行く博多前鮨処「節魚 すし宗」に近くうれしい限りです。
すし宗へ食事に行くときは、いつも夜(夕方遅い時間)なので昼間この界隈を歩くことはなく、この日の午後、すし宗のご主人とお会いする約束でしたので昼時(すし宗は夜時間の営業)ということもあり博多漆芸研究所ブログに掲載の近距離エリアマップで見た「いし原」で昼ごはんを食べることにしました。
「いし原」は、住宅街(旧いアパート並び)の狭い路地を入ったところにあり、なかなか庶民的な風情の昭和レトロな雰囲気が、漂いほっこりして寛げます。
寒い日でしたので‘肉うどん’をふうふう吹きながらいただきました。(ヤミヤミ!)
a0212807_119041.jpg
七味唐辛子と一緒に「こちらでいただかれても美味しいですよ」と洋胡椒(ホワイト・ペッパー)を供され、初めて七味(または一味)唐辛子以外の香辛料でうどんをたべましたが、たいへんコクのある肉うどんの出汁とマッチして美味しくクセになるかも知れません。
a0212807_1195227.jpg帰るときご主人(女性)から「昨日ここでNHKドラマのロケが、ありましてねえ‥」と声をかけられ、来年春(平成30年3月2日 金曜日、19:30~20:43時)放送の地域ドラマ「シーナ&ロケッツ You may Dream」(NHK福岡制作)撮影のことを話してくれました。
ロックバンド 「シーナ&ロケッツ」のリーダーであり、名ギタリストの鮎川誠(1948~)が、九州大学の学生時代(昔、教養学部は六本松にあった)ここに下宿していたという設定での収録だったそうです。
日本語ペラペラのスウェーデンの好青年が、オーナーのサンドイッチ・ハウス「SOS(Son of a Sandwich)」に立ち寄り‘ザ・西新’とスウェーデン・コーヒーをテイクアウト ‥ 待つ間、彼とスウェーデン映画の話をしました。
“六本松一丁目”は、昼も夜も昭和の面影を遺す面白い街(夜はミニ新宿ゴールデン街のよう)なので、ぜひご自分の五感でお愉しみください。
by blues_rock | 2017-12-16 00:06 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(0)
私の友だちにパイプオルガン奏者(パファム・デュ・ヴァン オーナーソムリエの妹君)がいて、来たる12月16日土曜日の午後3時から夕方5時まで、福岡市博多区須崎町の日本福音ルーテル博多教会にて「クラシックギター
a0212807_9331059.jpg
とパイプオルガンのチャリティ・クリスマス コンサート」を開催いたします。
パイプオルガンを直接聴く機会(コンサートもパイプオルガンのあるところでないとできない)などめったにないだ
a0212807_9353763.jpg
ろうと推察し、パイプオルガンの音楽(音や調べ)に興味ある方、お好きな方に良いチャンスだろうと思いご案内いたします。
a0212807_9375331.jpgある日、ご本人に「何でどこにでもないあんな馬鹿でかいパイプオルガンの奏者になったの?」と私が、何気に質問したところ、あっさり「私の好きな音(音楽)だったからです。」というシンプルかつクールな答えが、すぐに返って来ました。
そんなことが、あってしばらくした11月20日の日本経済新聞(朝刊の文化欄)にパイプオルガンビルダー 望月廣幸氏のことが、大きく紹介されていましたのでその記事をご本人に差し上げたところ「実は、私のパイプオルガンは、この方に作っていただきました。」とポツリ ‥ 「はあ? (あんなでかいもの今どこに?)」と怪訝そうな私の顔を見て思われたのか「持ち
a0212807_9514496.jpg
ち運べないので手放しました。」とこれまたクールなリスポンス、‘そりゃそうだよね、持運べないよねえ’と妙に納得した次第です。
a0212807_951487.jpg
ちなみに、このパイプオルガンビルダー 望月廣幸氏は、NHKホールに設置されているパイプ数7、600本という日本最大のパイプオルガンを作られた方だとか、私の人生に漆芸といい陶芸といい、今回のパイプオルガンとい
a0212807_9523060.jpg
い未知との遭遇が、次々に続いています。
このコンサートの詳しい情報は、上に掲載の「福岡いのちの電話 チャリティ・クリスマス コンサート」フライヤーをご覧くださり、ぜひクラシックギターとパイプオルガンのアンサンブルをお楽しみください。
by blues_rock | 2017-12-02 00:02 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(0)