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心の時空

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a day in my life

カテゴリ:映画(シネマの世界)( 969 )

a0212807_12284897.jpgクラプトンは、親友ジョージ・ハリスンの当時妻であった運命の女性(ファムファタル)パティに恋(当時まだプラトニックな一途な恋でした)をしました。
クリーム(1966~1968)そしてブラインド・フェイス(1969)とバントを変えながらブルースにのめり込むクラプトンは、生来の孤独とパティから拒絶される寂しさを忘れるため、ヘロインに溺れていきました。
a0212807_12285084.jpg1970年ブルースの盟友 ジミ・ヘンドリックスが、ヘロインの過剰摂取で亡くなり、悲痛なクラプトンは、アメリカに渡りデレク・アンド・ザ・ドミノス(1970~1971)を結成、オールマンブラザーズバンドの名ギタリスト デュアン・オールマン(1946~1971バイク事故で死亡、享年25歳)を迎え名盤「レイラ(Layla and Other Assorted Love Songs)」を制作しました。
a0212807_12285302.jpg名曲「レイラ」のモデルは、クラプトンのファムファタル、パティです。
天才ギタリスト デュアン・オールマンの奏でるスライド(ボトルネック)ギターの音色は、親友の妻に横恋慕する当時のクラプトンの苦悩と心の内を見事に表現しています。
a0212807_12285629.jpgこのアルバム制作中、ジミ・ヘンドリックスの死を忘れさせた若い友人にして名ギタリストのデュアン・オールマンをバイク事故で亡くすとクラプトンは、その喪失感と孤独で重度のアルコール依存症になりました。
1979年ジョージ・ハリスンと離婚したパティは、クラプトンと結婚(結婚式にジョージ・ハリスンも出席、二人の結婚を祝福)しますが、アルコールに依存するクラプトンは、パa0212807_12290746.jpgティの知る昔の彼(自分を愛するエリック)では、ありませんでした。
アルバムを制作するごとにブルースが、ロックと融合し深化していくクラプトンの音楽は、ファンを広げますが、彼のアルコール依存症は、治らず女性遍歴を続けるクラプトンにパティが、愛想つかして1988年二人は、離婚しました。
映画は、1970年代のヘロイン中毒(重度のジャンキー)であったクラプトンの幻覚による虚ろな目(‘ピンクの綿に包まれている感じ’と本人のナレーション)、1980年代のアルコール酩酊(へa0212807_12285859.jpgべれけ状態)によるコンサート会場での観客への暴言や暴力沙汰、ライブ不能による突然のコンサート中止などクラプトンほどの有名人だったら必ず隠す過去の恥をクラプトン自らが、ナレーションで語り、赤裸々に自分の内面を曝(さらけ)出す姿を描いていきます。
1991年クラプトンは、イタリア人女性との間に生まれた溺愛する幼い息子コナー(当時4歳半)をニューヨークの自宅高層アパート53階からの転落事故で亡くし、そのa0212807_13073483.jpgショックで外との接触を断ち自宅に引きこもりました。
彼の友人たちは、不幸を重ねる彼が、またドラッグとアルコールに依存することをたいへん心配しました。
親友のジョージ・ハリスンは、クラプトンを説得し日本で開催する自分のコンサートに連れ出しバンドのギターを依頼しました。
a0212807_12291059.jpg映画に登場しませんが、このコンサートで奏でるクラプトンの「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」のギターは、それはもう最高!、演奏の最後にジョージ・ハリスンが、「エリック・クラプトン、最高!」と日本語でMCしています。
1992年愛息コナーの死を乗り越え作詞作曲した天国の息子に呼びかける名曲「Tears in Heaven」をリリース、1998年私費を投じてカリブ海の島にドラックとアルコール中毒患者を救済する更生施設「クロスロードセンター」を設立、財団運営のためにチャリティ・コンサートの開催を続け、さらに所有している大事なギター数百本をオークションにかけて得た資金は、全部寄付しています。
2002年に現在の妻メリアと再婚、73歳になったクラプトンは、3人の娘の父親としていま平穏な生活をしています。
映画に映る家庭で和み、十代の娘たち3人に弄られるクラプトンの普通のパパぶりが、微笑ましく、日本公演にa0212807_13073844.jpg連れて来た娘たちと寛ぐ子煩悩なクラプトンを見て1970年代からのファンである私は、ほっとするとともに、心底うれしく思いました。

(上写真 : ザナック監督とエリクック・クラプトン、右写真 : 名ギタリストの布袋寅泰と歌手の今井美樹夫妻も憧れのクラプトンの横では、いちファン顔)

by blues_rock | 2018-12-12 00:12 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
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ブルース(&ブルースロック)の伝説ギタリスト ‘エリック・クラプトン’は、若くして「ギターの神様」と崇められ(とくにクイーンのブライアン・メイは心酔 )、その卓越したギター演奏技巧で「スローハンド」(速すぎて指が見えな
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い、揶揄)と呼ばれ、ヤードバーズのギタリスト(1963年にデビュー、1965年脱退)として有名になるも、同時代のビートルズやローリング・ストーンズと同等に人気のあったヤードバーズを突然脱退、自分の音楽の原点であるa0212807_12274048.jpgブルースに徹底的にこだわりました。
映画は、エリック・クラプトン(1945~、以下クラプトン)の音楽(=ブルース&ブルースロック)と、ミュージシャンとしての成功とは、裏腹の、彼の人生を苛む孤独が、奏でる「唯一無二のクラプトン・ブルース(&ブルースロック)」を背景に、この手のドキュメンタリーにありがちな関係者のインタビューを排a0212807_12271461.jpg除し、クラプトン本人のナレーションで彼の人生を赤裸々に描いていきます。
アメリカの女性名プロデューサー リリ・フィニー・ザナック(1954~)は、自分で監督しアルゼンチンの名映画音楽作曲家 グスターボ・サンタオラヤ(1952~)と組み編みあげた ‘エリック・クラプトン’波乱万丈の人生が、珠玉のドキュメンタリー映画「エリック・クラプトン 12小節の人生」として見事に完成しまa0212807_12274527.jpgした。
ザナック監督に対するクラプトンの信頼は、相当深いのが、映画を見ていて良く分かり、サンタオラヤ音楽監督のクラプトン音楽へのリスペクトも強く感じられました。
映画は、冒頭、若きクラプトンが、尊敬する偉大なブルースマン B.B.キング(1925~2015)への彼の憧れから始まり、そのB.B.キングが、晩年のコンサートで、クラプトンへ生涯変わらぬa0212807_12274885.jpg友情に対し “熱い感謝の念” をMCしているシーンは、胸を打ちます。
少年エリックは、9歳のとき両親と思っていたのが、実は祖父母で、自分は、実母16歳のときの私生児と知り新しい家族と暮らす母と会いますが、一緒に暮らすことを拒絶され、彼の心は、深く傷つき、クラプトンの人に対する不信と愛で癒されぬ孤独が、始まりました。
そのころラジオで聴いたブルース(当時、アメリカ黒人音楽のブルースは、超マイナー音楽でした)が、内向的な少年エリックの心をとらえa0212807_12282277.jpgギターに熱中、ブルースのレコードを聴き、ギターでコピーする毎日を過ごしました。
18歳のとき、今では伝説となったロックバンド「ヤードバーズ」のギタリストになりますが、世は、ロックンロールの全盛時代、ブルースバンドのヤードバーズもポップなロックンロールバンドへ変わるや ‘ブルース’ にこだわるクラプトンは、ヤードバーズを脱退しました。
a0212807_12282719.jpg1965年、クラプトン20歳の時でした。
クラプトンの孤独(心の闇)は、成人しても変わらず、恋人が、でき同棲しても孤独は、癒えませんでした。
この映画「エリック・クラプトン 12小節の人生」が、凄い(重要な)のは、まだ創成期にあったロックの歴史が、ブルース(&ブルースロック)ミュージシャン ‘エリック・クラa0212807_12282561.jpgプトン’ のナレーションで語られ1960年代当時のロックの誕生をリアルタイムで知ることのできる貴重な記録映画(若いロックファン、必見)であることです。
映画に登場するのは、クラプトンの親友 ジョージ・ハリスン(1943~2001没、享年58歳)と妻パティ(1944~)ならびにビートルズ、ブルースで心を通じていた天才ギタリストのジミ・ヘンドリッa0212807_12283076.jpgクス(1942-1970没、享年27歳、ヘロインの過剰摂取死、「ザ・レジェンド・オブ・ジミ・ヘンドリックス」参照)、ローリング・ストーンズ(とくにキース・リチャーズ 1943~とは、生涯の友人)、ピンクフロイドのロジャー・ウォーターズ(1943~)、ロックの先導者ボブ・ディラン(1941~)など、まだ全員20代の若い彼らを映した1960年代のアーカイブ映像a0212807_12284495.jpgは、貴重です。
ヤードバーズを1965年に脱退したクラプトンは、ジョン・メイオール(1933~)率いるブルースブレイカーズに加入、1968年にビートルズが、‘ホワイトアルバム’を制作しているときジョージ・ハリスンは、クラプトンにギターを依頼し完成したのが、名曲「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」です。 (後編に続く)

by blues_rock | 2018-12-10 00:10 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_07145138.jpgイギリスの名映画監督トニー・スコット(1944~2012没、うつ病による自死)は、画家でしたが、兄リドリー・スコット監督のCM制作会社でコマーシャル・ディレクターとしても活躍、1983年映画「ハンガー」(原題「The Hunger」飢え)は、長編映画初監督作品です。
トニー・スコット監督は、CMで培った細かいカット割りと派手に装飾された映像で個性を発揮、1986年に撮った監督デビュー2作目「トップガン」のヒットで世界的に有名な監督になりました。
他の作品で私の印象に残るのは、1995年「クリムゾン・タイド」、1996年「ザ・ファン」、1998年「エネミー・オブ・アメリカ」、2004年「マイ・ボディガード」、2006年「デジャヴ」、2009年「サブウェイ123」、遺作となる2010年「アンストッパブル」で、いずれも大作にして秀作ばかりです。
a0212807_07183689.jpg「ハンガー」は、吸血鬼(ヴァンパイア)を題材にしたスリラー映画ながら優秀なコマーシャル・ディレクターであったトニー・スコット監督の手にかかるとヴァンパイア・ストーリーも(2018年流行語風に例えると)‘半端ない’くらい華麗かつ斬新な映像美の退廃的スリラーに変身いたします。
主演は、フランスの名女優カトリーヌ・ドヌーヴ(1943~)、イギリスのグラムロックミュージシャン デヴィッド・ボウイ(1947~2016)、アメリカの名女優スーザン・a0212807_07190086.jpgサランドン(1946~、1990年「ぼくの美しい人だから」、1991年「テルマ&ルイーズ」)の三人、劇中2カットだけ電話ボックス横の若者役で今や名優のウィレム・デフォー(1955~)が、出演しています。
舞台は、深夜のニューヨーク、不死の生命力を持つヴァンパイアのミリアム(カトリーヌ・ドヌーヴ)は、生きるために時代ごとに伴侶(同棲する愛人)を見つけ不老不死の血と永遠の美を与えてきました。
a0212807_07314538.jpg伴侶のジョン(デヴィッド・ボウイ)は、ミリアムが、18世紀にヴァンパイアにした愛人で二人は、ニューヨークの豪華な館で、美と贅の限りを尽くし暮らしていました。
しかし、200年以上生きたジョンに突然 老化の兆候が、顕われ始めました。
ジョンは、ミリアムに自分の老化(死の予兆)を訴えますが、とり合ってもらえず、人間の老化について研究している医師のサラ(スーザン・サランドン)a0212807_07311565.jpgを訪ね、自分の老化現象を訴えるも、サラから老人の戯言(たわごと)として扱われ追い返されました。
ジョンの容貌は、急速に衰えてゆき、ミリアムも老化衰退の激しいジョンの後釜としてサラに目を付けました。
美しい吸血鬼(ヴァンパイア)の刹那を三人の美女と美男が、妖しく艶やかに演じています。
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先に退廃的スリラーと述べましたが、さらにもう一つ耽美的ホラーと書き加えたいと思います。

by blues_rock | 2018-12-04 07:07 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_06491035.jpg福岡市総合図書館映像ホール「シネラ」12月は、インド映画特集です。
12月1日初日は、インド映画の最高傑作である映像作家で映画監督のサタジット・レイ(1921~1992)が、1955年に盟友の撮影監督スブラタ・ミットラ(1930~2001)と共同で撮った初長編映画で映像叙事詩ともいうべき「大地のうた」(原題「Pather Panchali」 ベンガル語で「小さな道の歌」)でした。
レイ監督は、イタリア・ネオレアリズモの名匠ヴィットリオ・デ・シーカ監督の1948年作品「自転車泥棒」を見て感動し「大地のうた」の脚本を書き、映画を撮る機会を待ちました。
a0212807_06492434.jpgフランスの写真家 アンリ・カルティエ=ブレッソン(1908~2004)の自然光を生かした作品(映像詩写真)に心酔していたミットラ撮影監督は、レイ監督と出遭い初めて撮った長編映画「大地のうた」(こちらの Pather Panchali をクリックすると美しい映像詩 6分55秒 をご覧いただけます)で才能が、一気に開花、その映像センスは、光ります。
音楽監督をインドの音楽家 ラビ・シャンカール(1920~2012、シタール奏者 アヌーシュカ・シャンカルと ジャズ・a0212807_06492896.jpgミュージシャン ノラ・ジョーンズは、実の娘、ビートルズやローリンングストーンズにインド楽器シタールを指導)が、務めていることも重要なポイントです。
このインド映画「大地のうた」は、1956年ヴェネツィア国際映画祭でグランプリ(金獅子賞)を受賞したほか世界各地の映画祭で数多くの賞を受賞しています。
a0212807_06493184.png映画は、1920年代のインド、ベンガル地方の貧しい小さな村が、舞台です。
主人公の家族4人は、その村の朽ちたあばら家で暮らしていました。
父親のハリホル(カナ・バナールジ 1905~1983)、母親のサルバジャヤ(コルナ・バナールジ 1919~2001)、娘のドゥルガ(ウマ・D・グプタ)、息子のオプー(スビル・バナールジ)は、貧しい生活をしていますが、先祖は、インドカースト制の最高位バラモンでした。
a0212807_06493862.jpgハリホルは、バラモン教の僧侶となる高等教育をうけながら詩の創作や大衆劇の作家になることを夢見るばかりで定職に就かず、先祖から受け継いできた果樹園も借金のために人手に渡ってしまいました。
妻で母親のサルバジャヤは、家族を養う能力のない夫に我慢しながら貧しさに耐え、二人の子供に1日2度の食事を与え1年に2枚の服を着せることをささやかな望みとして暮らしていました。
a0212807_06500987.jpgしかし、ハリホルの親戚という老婆が、同居し貧しい生活は、ますます苦しくなるばかりでした。
そんな母親の気持ちも知らず娘のドゥルガは、食べることだけが、楽しみの老婆のために、人手に渡った果樹園から果物を盗み老婆に与えるので娘のドゥルガは、泥棒扱いされ、サルガジャヤの我慢も限界でした。
a0212807_06501214.jpg映画は、父ハリホルへの母サルバジャヤの愚痴と娘ドゥルガの病死をからめながら息子オプーの無垢な目を通して、インド、ベンガルの自然(森羅万象)と貧しくとも健気に暮らしていく人間普遍の営み(生死観)を美しく描いています。
借金と極貧から脱出しようと出稼ぎに行き、何か月も帰らない夫ハリホルを待ちながら飢えを凌ぐため家財一切を売り尽くす妻サルバジャヤ、モンスーンの冷たい雨に濡れ肺炎となり高熱で死ぬ娘のドゥルガ、自分のまわり
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で起きるそんな出来事をじっと見つめ幼いながらそして受け入れていくオプー、長い間不在だった父親のハリホルは、愛娘ドゥルガのために新しいサリーを買って帰って来ましたが、母親サルバジャヤの慟哭で、すべa0212807_06502727.jpgてを察しました。
ハリホルは、先祖代々暮らしてきた土地と夢を捨て都会のベナレスで出直そうと妻サルバジャヤと息子オプーと共に夜明けの道を牛に牽かせた荷車に乗り向かいました。
サタジット・レイ監督の演出とスブラタ・ミットラ撮影監督の静謐なカメラが、実に秀逸です。
インドで歌も踊りもない映画が、上映されるなどそれまで考えられず、まして大ヒットするなど予想外の出来事a0212807_06503995.jpgだったようで「大地のうた」は、インド映画を初めて世界に知らしめた記念すべき名作映画です。

by blues_rock | 2018-12-02 06:44 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_12245985.jpg映画(モノクロ映像)は、ソル・ナザーマンの回想シーンから始まり、まず東ヨーロッパののどかな田園風景と川のそばで楽しそうにピクニックをしている家族を映します。
2人の子供が、野原ではしゃぎながら父親に駆け寄ります。
それを美しい母親が、慈愛に満ちたやさしい笑顔で見守っています。
まさしく幸福を絵に描いたようなシーンです。
a0212807_12385485.jpg突然、ここから映画は、暗転します。
何かの物音を耳にした父親が、その方向に目を向けると彼の表情は、恐怖に変わりました。
主人公のソル・ナザーマンは、悪の独裁者ヒトラー率いるナチスにより大学教授の職を奪われ、愛する家族とも離れ離れになり、ユダヤ人強制収容所に収容された暗い悲惨な過去を持っていました。
それから20余年経ったニューヨークでソル・ナザーマンは、過去のすべてに蓋をして質屋を営みながら、抜け殻a0212807_12383182.jpg同然にひっそりと暮らしていました。
しかし、強制収容所での惨憺たる壮絶な記憶は、腕に刻まれたユダヤ人収容者番号「64304」と同様、消えることなく、しばしば、彼を苦しめました。
主人公のソル・ナザーマンを演じる往年の名優ロッド・スタイガー(1925~2002)が、すばらしく ‘ソル・ナザーマンその人’に憑依したような会心の演技をしています。
ロッド・スタイガーは、1967年の名作「夜の大捜査線」でアカデミー賞主演男優賞とベルリン国際映画祭男優賞を受賞しています。
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共演は、往年の名女優ジェラルディン・フィッツジェラルド(1913~2005)が、ソル・ナザーマンに好意を寄せる社会福祉事業家を、一人生き残った義理の息子ソルを憎んでいる虐殺された亡き妻の父で寝たきり老人の役をルメット監督の実父が、それぞれ脇で名演しています。
a0212807_12384637.jpgいまや名優のモーガン・フリーマン(1937~)が、エキストラで出演しているようながら私には分かりませんでした。
傑作映画「質屋」を不朽の名作にしているのは、名撮影監督ボリス・カウフマン(1897~1980、エリア・カザン監督の1954年名作「波止場」でアカデミー賞撮影賞を受賞)の陰影の美しいモノクロ映像と、いまや稀代の名音楽家として名を馳せるクインシー・ジョーンズ(1933~)が、初めて映画音楽監督を務めた記念すべきa0212807_12555006.jpg作品だからです。
クインシー・ジョーンズと云えば、何といっても当時22歳の彼が、アレンジャーとして制作に関わった1955年ジャズ・ヴォーカルの傑作「ヘレン・メリル・ウィズ・クリフォード・ブラウン」で、このLPレコードの名盤は、私の宝物、いつ聴いてもシビレます。

by blues_rock | 2018-11-29 00:09 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_12232928.jpg「シネマの世界」を書き始めて7年半、今夜は、第900話記念としてアメリカ映画の名匠シドニー・ルメット監督(1924~2011)が、1964年に撮った傑作「質屋」を紹介いたします。
拙ブロク「シネマの世界」は、私が、見て感動した新作映画やこれまで見た映画で、傑作・秀作と思う作品を選び、映画ファンの方々と感動を共有したい優れた映画、何度も見ている名作、もう一度見たい旧作などその見どころを私の個人的な映画評を加えて書いているものです。
映画ジャンキーの私ながら ‘好き嫌い’ はげしく、ゴマンとある映画の中で私が、見ようと思う映画、見た映画は、ほんのわずかで、つい見てしまい、見なきゃよかった!と時間の無駄を後悔するハズレ映画も結構あります。
映画は、1893年にアメリカの発明家エジソンが、箱をのぞき込むキネトスコープ型を発明、それを見たフランスのリュミエール兄弟は、創意工夫し1895年現在(いま)のスクリーンに映すシネマトグラフ型を発明しました。
それから120年、映画の歴史は、まだ始まったばかりです。
その120年の間に膨大な数の映画が、製作されるも私の見た映画は、そのほんの一部で、その数などたかが、知れています。
a0212807_12241611.jpg時おり、「どんな映画を見ていますか? どんな映画が、好きですか?」と人から質問されますが、即答できず、監督・脚本・俳優 ‥ 撮影監督・音楽監督、美術(プロダクション・デザイン)やロケ地(ライン・プロデュー)などの話を始めると質問者は、もういいです!というような表情になるので、この人に映画の'すばらしさ'を語っても時間のムダとすぐに止めます。
「シネマの世界」は、私自身のため、やがて認知症を患う(後期高齢者の半数以上は、認知症か認知症初期症a0212807_12235920.jpg状を患う)であろう自分を予想し映画狂であった自分が、どんな映画を見ていたのか記憶の代わりに書き残しているブロクです。
閑話休題、シドニー・ルメット監督と云えば、何といっても1957年の記念すべき名作「十二人の怒れる男」が、まず挙げられます。
他に私の好きな作品をいくつか挙げるなら名優アル・パチーノを主演に撮った1973年作品の「セルピコ」および1975年作品「狼たちの午後」、そしてルメット監督の遺作となった2007年作品「その土曜日、7時58分」あたりが、a0212807_12243283.jpgすぐに頭に浮かびます。
「質屋」は、アメリカン・リアリズムの象徴のような作品で、この後に続く「俺たちに明日はない」などのアメリカン・ニューシネマの先駆けと云えなくもありませんが、映画のプロットに旧体制に対するアンチモラルや反体制へのテーゼは、ありません。
主人公の年老いたユダヤ人ソル・ナザーマンは、ニューヨークのスラム街で質屋を営んでいますが、頑(かたくa0212807_12244100.jpgな)に心を閉ざし、世の社会の出来事一切に無関心で、まわりの人たちとの世間話も拒絶していました。
彼は、「どんな人間も平等にクズ。 私は神を信じない。 芸術も科学も政治も哲学も信じない。」と感情の交流(コミュニケーション)をにべもなく拒否していました。 (後編に続く)

by blues_rock | 2018-11-27 00:07 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
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ドゥニ・ヴィルヌーブ監督(1967~)の2015年秀作「ボーダーライン」(原題「Sicario」殺し屋)の続編「ボーダーライン2 ソルジャーズ・デイ」が、公開初日、一夜限定で「ボーダーライン」と新作「ボーダーライン2 ソルジャーズ・
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デイ」(原題「Sicario: Day of the Soldado」殺し屋:兵士の日)をセットにして二本立ての特別上映、なんとバケツみたいな容器に入ったポップコーン(映画館で初めて食べました)とビッグサイズ・ドリンク付きで2、500円とは、うれしa0212807_18292168.jpgい限りです。
前作と同じく‘続編’の脚本もテイラー・シェリダン(1970~、「ウインド・リバー」は初監督作品)なので、続編「ボーダーライン2 ソルジャーズ・デイ」を見る前に、まず前作で描かれたアメリカとメキシコの国境(ボーダーライン)を舞台にFBI&CIAとメキシコ麻薬カルテルとの麻薬戦争の現実を知ることでマフィアにとって国境が、いかに非合法ビジネスの儲け(麻薬取a0212807_18293846.jpg引と不法移民のアメリカ密入国は、カルテルの権益)場所であるか、そのための容赦ない殺戮は、日常茶飯事で、そのリアルな殺人現場を辟易するくらい見てそのまま続編へ移行です。
新作「ボーダーライン2 ソルジャーズ・デイ」の監督は、イタリアのステファノ・ソッリマ(1966~)です。
a0212807_18304421.jpg脚本のテイラー・シェリダンと主役の二人(ベニチオ・デル・トロとジョシュ・ブローリン)が、同じで異なるのは、演出(つまり監督)となるとどうしても続編のソッリマ監督と前作のヴィルヌーブ監督の作品を見比べてしまいます。
続編もまた最後まで筋の読めないスリル満点のハードアクション映画ながら、前作ヴィルヌーブ監督の一瞬も緊張の弛まない演出に対し続編のソッリa0212807_18293597.jpgマ監督は、主役の二人に潜在する微かな‘感情’を持たせているところが、ポイントと私は、感じました。
そして、決定的に違うのが、エンディングです。
ドゥニ・ヴィルヌーブ監督演出の「ボーダーライン(Sicario 殺し屋)」のエンディングが、徹底した絶望のリアリズムであるなら、続編のステファノ・ソッリマ監督演出は、わずかながら人の感情(かすかな希望)をa0212807_18503332.jpg描いています。
撮影監督は、ポーランド出身の名撮影監督ダリウス・ウォルスキー(1956~、1993年作品「蜘蛛女」は、撮影監督2作目、「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズ1~4の撮影監督)で、前作のイギリスの名撮影監督ロジャー・ディーキンス同様、クールにしてシャープな映像を見せてくれます。
a0212807_18302403.jpg前作の音楽は、アイスランドの故ヨハン・ヨハンソン(1969~2018没、死因は、オーバードースと推察、享年48歳)でヴィルヌーヴ監督との相性抜群、「プリズナーズ」・「ボーダーライン」・「メッセージ」とヴィルヌーヴ監督作品の音楽監督でしたが、ソッリマ監督の新作では、亡きヨハン・ヨハンソン音楽監督の弟子であった同アイスランドの女性a0212807_18305930.jpg作曲家 ヒドゥル・グドナドッティル(1982~、当年36歳)が、今回ドラマ性の増した分、サウンドトラックの果たすべき役割を良く心得ていて、前作のノイジーな連続音基調の師ヨハン・ヨハンソンの音をベースにしながらも無機的重低音のビート中心であった師ヨハンソンよりもエモーショナルな雰囲気を醸し出すメロディアスな音階で作曲家 ヒドゥル・グドナドッティルのa0212807_18310675.jpg個性を発揮、彼女は、2015年のアレハンドロ・イニャリトゥ監督作品「レヴェナント 蘇りし者」の音楽でチェロを弾いています。
閑話休題、映画のプロットは、前述のとおりながら前作でメキシコの麻薬カルテルから妻子を惨殺された元検事で復讐心に燃える殺し屋アレハンドロを名優デル・トロ・ベネチオ(1967~)が、目的のためなら手段を問わないCIAの特別捜査官マッa0212807_18310284.jpgトをジョシュ・ブローリン(1968~)が、同一人物を続編でも演じています。
女優は、前作で二人にとことん利用されるFBI捜査官役のエミリー・ブラント(1983~)から、まだ十代の新人女優イザベラ・モナー(2001~)に交代、二人に拉致されるメキシコ麻薬カルテル ボスの娘イザベルを演じています。
ほかに続編にも登場するのは、CIA特別捜査官役の名脇役俳優ジェフリー・ドノヴァン(1968~)です。
a0212807_18310968.jpg続編は、CIA特別捜査官マットから依頼を受けた殺し屋のアレハンドロが、メキシコの国境地帯で密入国ビジネスを仕切る麻薬カルテル組織同士の縄張り抗争を勃発させるためマットと連携、極秘裏に一方の麻薬カルテル ボスの娘を誘拐しカルテル同士の潰し合い作戦を遂行するというベタなストーリーながら前作と続編を続けて見ると監督二人の個性(演出の相違)が、良く分かり「一夜限定のボーダーライン 2本立て上映」は、大収穫でした。

by blues_rock | 2018-11-25 00:05 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
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先夜に続きフランスの名匠ロマン・ポランスキー監督(1933~)の1992年作品「赤い航路」を紹介します。
「赤い航路」の原題は、「Bitter Moon」で「Honey Moon(ハネムーン)」の反対語のような夫婦旅行と理解していただくa0212807_06262653.jpgと映画は、分かりやすいと思います。
映画には、二組の夫婦が、登場、この二組の夫婦は、豪華クルーザーの船旅で出遭い、親しくなるうちに次第にお互い相手の夫と妻に‘男と女の部分’を露骨に見せ始め、やがて屈折した性愛に発展していきました。
ポランスキー監督は、シニカルな夫婦の愛情劇を描いたと云うか、相当捻じれた男女の(夫婦の)愛憎と性愛をa0212807_06263276.jpg抉(えぐり)り出すように描いたエロチック・ミステリー映画の秀作です。
結婚7年目のイギリス人夫婦、ナイジェル(ヒュー・グラント 1960~)とフィオナ(クリスティン・スコット・トーマス 1960~)は、傍目に仲の良いまじめなカップルで7年目の愛を確認するために豪華クルーザーの船旅に出ました。
二人は、船の中で車椅子のアメリカ人作家オスカー(ピーター・コヨーテ 1941~)と、オスカーの若い妻ミミ(エマニュa0212807_06264815.pngエル・セニエ 1966~)に出遭いました。
ミミの妖しい雰囲気やクールな言動にフィオナの夫でマジメ男のナイジェルは、出遭った時から翻弄されました。
ナイジェルの妻フィオナも夫が、ミミに興味をもっていると女の直感で察し警戒するも車椅子のミミの夫オスカーは、ナイジェルに「私の妻を抱きたいa0212807_06265404.jpgだろ? 正直に言ってみろ。」とナイジェルを挑発しました。
そして‥これから後の展開は、映像ならではの夫婦二組の愛憎と男女(夫と妻)のエロチックなシーンが、続きますので
‘この夫婦’の精神構造を理解したい方は、映画をご覧ください。
ヒュー・グラント演じる顕在化した男の性愛、ピーター・コヨーテの屈折した車椅子の初老男が、見せるサディステックな性愛への偏狂、クリスティン・スコット・トーマスは、他の女に興味をもつ夫への嫉妬による妻の乱心を、a0212807_06265904.jpgエマニュエル・セニエ演じる妖艶なエロチック女ぶり‥など、いずれも秀逸な演技でお薦めしたい映画です。
劇中のセリフが、すばらしく、「好きの反対語は、嫌いではない、好きの反対語は、興味がない」とか、「憎しみ合うために結婚する」、さらに「便利な女か 不要な女だ」とか、「世の中で一番悲しいことは、誰にも相手にされないことだ」と続きます。
憎しみ合える関係を結べた夫婦(男女)は、‘運命の人’(男ならばファムファタル)と出遭ったのだとポランスa0212807_06270234.jpgキー監督のつぶやく声が、聞こえるようです。
劇中、インド人の父親と娘(少女)が、時おり登場するのは、ポランスキー監督の演出の妙で、この屈折した夫婦の性愛(愛憎)ドラマに良い塩梅のバランス(社会の現実に引き戻す)役をしているように思いました。

by blues_rock | 2018-11-21 05:55 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_06243090.jpg名匠にして鬼才監督ロマン・ポランスキー(1933~)は、ユダヤ系ポーランド人で幼年期ナチスドイツに侵略支配されたポーランドの古都クラクフのユダヤ人ゲットー(強制収容所)で育ちました。
父親は、幼い息子ロマンをゲットーから脱出させると強制収容所に送られました。
生き別れた母親が、アウシュビッツ強制収容所で虐殺され、父親は、別の強制収容所へ送られるも採石場での強制労働により戦後まで生き延び再会しています。
戦争難民としてフランスへ亡命したロマン少年ですが、ここも安住の地ではなくナチスドイツに支配された傀儡のフランス政府による「ユダヤ人狩り」で逃亡生活を余儀なくされました。
ロマン・ポランスキー少年期の精神的肉体的な艱難辛苦(かんなんしんく)は、映画監督になり彼の映像表現に大きな影響を与えているように思います。
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戦後ポーランドへ帰還し大学で映画制作を専攻、俳優になりますが、フランスのヌーベルヴァーグを想わせる1962年の長編映画デビュー作「水の中のナイフ」で監督になりました。
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共産党独裁の社会主義国家ポーランドで「水の中のナイフ」は、無視されますが、アメリカやヨーロッパで絶賛されました。
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1963年、イギリスに亡命したロマン・ポランスキー監督は、1965年に新人女優カトリーヌ・ドヌーブを主演に迎えて撮った「反撥」が、好評で鬼才ロマン・ポランスキーの名は、またたく間に西側世界に広がりました。
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その後アメリカに渡り、1968年「ローズマリーの赤ちゃん」、1974年「チャイナタウン」、1979年「テス」、1988年「フランティック」、1992年「赤い航路」など話題作(数々の名作)を発表しました。
a0212807_06254209.jpgポランスキー監督は、アメリカ長期在住中スキャンダラスな事件にいくつも遭遇、それに翻弄され続けプライベートが、保てなくなりフランスへ移住し1989年、33歳年下のフランスの女優エマニュエル・セニエ(1966~)と結婚、二人の子供にも恵まれ家庭的に安定、85歳の今も元気に映画製作に励んでいます。 (最後の写真 : ボート上のラブシーンを撮影しているポランスキー監督、中央)

by blues_rock | 2018-11-19 00:09 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
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今年の秋は、例年になく良い映画の公開が、続き、拙ブロクの‘シネマの世界’も見た順序ではなく、旧い名作と併せ、私の気分とキーボードの趣くまま、いくつかの作品を同時に書いていますので映画の時間軸は、バラバラ
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です。
10月に見たフランス映画「負け犬の美学」(原題「Sparring」)も珠玉の作品でした。
a0212807_11010757.jpgサミュエル・ジュイ監督(1975~)は、この映画が、長編監督デビューとか、されど初演出とは、思えない情感溢れる好いシーンを随所で見せてくれます。
主演は、名優にして名監督であるマチュー・カソヴィッツ(1967~)が、戦歴49戦13勝33敗3引き分けという引退間際の中年ボクター、a0212807_11011626.pngスティーブを渋く演じ、彼の信念 ‘負け犬の美学’をさすがという演技で見せてくれます。
45歳になるスティーブは、生活のため家族のために、時おり声のかかる前座試合に出場し、ボロボロになりながらボクシングを続けていました。
a0212807_11014139.jpg愛する妻と子供たち(娘と息子)が、彼の宝でボクシングに敗れても人生に負けたわけじゃないという信念をもってボクシングを続けていました。
ある日、スティーブは、ボクシング仲間の誰もが、敬遠する欧州チャンピオン、タレク・エンバレク(ソレイマヌ・ムバイエ1975~、元WBA世界スーパーライト級チャンピオンなのでリアリティと迫a0212807_11014842.jpg力満点)の‘スパーリングパートナー’の仕事を耳にし、愛する娘の将来(パリの学校でピアノを学びたいという娘の夢)のために回りが、止めるのも聞かずスパークリング(Sparring)相手として打たれ役を引き受けました。
a0212807_11015212.png当然のことながら映画には、多くのファィティング・シーンが、登場し前述のとおり元世界チャンピオンのソレイマヌ・ムバイエは、映画初出演ながらスティーブ役のマチュー・カソヴィッツを相手にリアルなボクシングを披露、二人のファィトシーンが、圧巻で劇中の家族ならずとも映画を見てa0212807_11172041.jpgいるこちらまで‘見ちゃおれない’心境になりました。
ボロボロになりながらスパーリングパートナーをやり遂げたスティーブをチャンピオンは、見直し(大いに評価し)スティーブにとって50戦目となる‘引退試合’を提案しました。
a0212807_11222190.jpgスティーブは、愛する家族と「自分の引き際」のために闘う決意をしました。
今まで自分のボクシングを見たがる娘が、試合に来ることをスティーブは、認めませんでしたが、自分の父親を友だちやまわりから‘負け犬’と揶揄(からか)われ、それにじっと耐えてきた愛娘オロールをリング脇に座らせ最後に渾身の思いでボクシングをしました。
a0212807_11172308.jpgオーディションで選ばれた娘オロールを演じる少女俳優ビリー・ブレインの無垢な笑顔と父親を心から愛する純真な眼差しが、じつに秀逸で、この父と娘(親子)を見るだけでも「負け犬の美学」は、見る価値が、あります。
a0212807_11021121.jpgスティーブの妻でオロールの母マリオンを演じる女優オリヴィア・メリラティ(1982~)の二人に間合いを取ったクールな、されど深い慈愛に満ちた視線や立ち振る舞い(演技)もこの映画の引き立て役でしょう。

by blues_rock | 2018-11-15 00:05 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)