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心の時空

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a day in my life

カテゴリ:映画(シネマの世界)( 909 )

壊れた人間を描く名人の鬼才白石和彌監督(1974~)が、撮った映画をいままで5作品見ました。
白石監督のどの作品にも、もし私の身近にいたら決して関わらない(関わりたくない)生理的に嫌な、ろくでなし(チンピラ)やジコチュー女(娘)など壊れた連中(男たちは言うに及ばず女たちも)たちが、たくさん登場します。
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そんなに嫌なら見なきゃいいじゃないの、と思われるかもしれませんが、白石監督は、見ている者に感情移入させない完璧な演出により、登場人物を突き放して描く(撮る)名人なので見ている方は、胸くそ悪くても案外冷静に他人(ひと)事のように見ておれます。
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白石監督作品は、薬物のようなもの、一度見るとその魅力の虜になり、やがて白石映画ジャンキーになります。
白石監督は、反骨の映画監督若松孝二(1936~2012、2008年「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」、2010年「キャタピラー」)に師事し映画監督になっただけに白石監督が、描く世界は、救い難いワル(犯罪者)、身持ちのa0212807_00031620.jpg悪い奴(女)、うだつのあがないチンピラなど社会の底辺で蠢くアウトローが、主人公のピカレスクロマンです。
私が、見た白石監督作品は、2009年「ロストパラダイス・イン・トーキョー」(監督デビュー作品)、2013年「凶悪」、2016年「日本で一番悪い奴ら」、同2016年「牝猫たち」、2017年「彼女がその名前を知らない鳥たち」、そして2018年の新作「孤狼の血」です。
今夜は、白石監督の、さらなる新境地を現した才気溢れる2017年の作品「彼女がその名前を知らない鳥たち」を紹a0212807_00032037.jpg介いたします。
映画に登場する人物たちのキャラが、とにかく‘ヒドイ!’、この映画は、一人の女と三人の男四人の過去と現在が、交錯する群像劇ながら四人を始め登場するのは、全員身勝手で皆な徹底してジコチューな女と男、相手を傷つけても自分が、良ければ平気、自分の欲望のためなら平然とウソをつき、思うとおりにならないと逆ギレして喚き、暴力を振るうこれもまたピカレスクロマン映画です。
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そんなにヒドイのなら見なきゃいいものを一度見始めるともう途中で止められない魔訶不思議な秀作映画です。
とくに主人公四人の軸である女、十和子(蒼井優 1985~、2017年の国内映画祭で主演女優賞総なめ)は、ジコチューで自堕落な女、性にだらしなく、そのフシダラな悪女ぶりは、絶対関わりたくない女の典型です。
a0212807_00034067.jpg十和子と同棲している15歳年長で身のまわりが、不潔で、うだつの上がらない粗野な男、陣治(阿部サダヲ 1970~)の偏執狂的な十和子への執着は、見る方を辟易させますが、十和子から「あんたみたいな不潔な男にそんな触られ方をしたら、虫酸が、走る!」と罵倒され、さらに「不潔・下品・下劣・貧相‥」などと、あらん限りの罵詈雑言を浴びせる十和子のエキセントリックな言動ぶりも、常軌を逸しており、前半は、愛のカケラもない二人の歪んだ共依存関係が、描かれます。
a0212807_00034323.jpg十和子は、陣治の収入で生活しながらも8年前に酷い仕打ち(強制売春)を受け、あげく殴打されて別れた黒崎(竹野内豊 1971~)を忘れられずにいました。
さらに、腕時計のクレームで知り合ったデパート店員の水島(松坂桃李 1988~)と情事に溺れ、同時に黒崎との過去の甘美な日々の記憶が、忘れられませんでした。
このシークエンスで十和子が、水島と情事に耽るラブホテルの天井から降り注ぐ砂の雨や汚れたアパートの部a0212807_00034783.jpg屋から黒崎と一緒にいるリゾート地の美しい海岸へ反転する映像(フラッシュバック)など白日夢めいた幻想シーンは、ある日、街角で十和子が、黒崎らしき人物を見かけたと錯覚し、家に訪ねてきた刑事から黒崎が、5年前から行方不明であること、十和子と水島との情事を知りながら「十和子が幸せならそれでいい」と陣治は、黙認するも 十和子を執拗に尾行しじっと監視する彼の行動などを重ね合わせ後半、白石監督のピカレスクロマンが、
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次第に不穏(サスペンスタッチ)になり、そして見る者が、あっと驚くエンディングに至ります。
普段なら入らないところにふと立ち寄り、その妖しい魅力に憑かれワクワクするような、悍(おぞ)ましいような「彼女がその名前を知らない鳥たち」は、そんな不思議な映画でした。

by blues_rock | 2018-06-24 00:04 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
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イギリス出身の稀代の名優 ダニエル・デイ=ルイス(1957~、1989年「マイ・レフトフット」、2007年「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」、2012年「リンカーン」で3度のアカデミー主演男優賞受賞、歴代ただ一人)が、鬼才ポール・トーa0212807_07161061.pngマス・アンダーソン監督(1970~) の新作「ファントム・スレッド」(アンダーソン監督=製作・脚本・監督・撮影の4役)を最後に、俳優業から引退すると宣言、彼は、靴職人でもありますから、靴の専業職人になるのかもしれません。
引退の理由が、「映画の撮影中、突然の悲しみに包まれた」からとか、天才の気持ちを推し量ることなどできまa0212807_07162283.jpgせんが、どの映画に出演しても劇中のその人物に憑依したような怪演(名演とか熱演の域を超えた唯一無二の演技)を見せてくれた名優でしたので何とも‘もったいない’話です。
私が、ダニエル・デイ=ルイスと出遭ったのは、1988年にフィリップ・カウフマン監督が、撮った傑作「存在の耐えられない軽さ」のトマシュ役でした。
a0212807_07162544.jpgそれ以来、ダニエル・デイ=ルイスが、出演した主な作品は、ほとんど見てきましたが、新作「ファントム・スレッド」は、2007年の傑作「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」の鬼才ポール・トーマス・アンダーソン監督と天才俳優 ダニエル・デイ=ルイスが、2度目のタッグを組んだ作品です。
1950年代のイギリスを舞台に、ダニエル・デイ=ルイスが、演じるのは、カリスマ、オートクチュール・デザイナーa0212807_07162918.jpgのレイノルズで、彼のデザインしたドレスを着ることが、王侯貴族夫人方のみならず当時の上流階級の女性たちすべての憧れでした。
しかし、レイノルズは、表の顔と裏腹にたいへん神経質で 他者とのコミュニケーションが、大の苦手、毎日同じルーティンで生活しないと不機嫌な偏執狂(強迫観念症)でした。
a0212807_07163802.jpgある日、気晴らしに出かけた田舎のレストランで、アルマ(ヴィッキー・クリープス 1983~)という若いウェイトレスの容姿に興味を持ちました。
レイノルズは、アルマに声かけ、自宅アトリエに連れて帰ると、さっそく服を脱がせ、ベッドへ誘われると思っているアルマを尻目に、メジャーで彼女の体の寸法を細かく測り始めました。
a0212807_07164101.jpgレイノルズの姉シリル(レスリー・マンヴィル 1956~)は、弟レイノルズの豪華なファッションハウス(最新の高級服のメーカー)の事業管理をし、彼の人生にも大きな影響を与える人物でした。
シリルは、弟のレイノルズが、田舎で見つけた娘アルマは、ドレスのデザインにひらめきを与える ‘ドレス創造のミューズ ’として見ていると察しアルマをa0212807_07164658.jpg姉弟の自宅に迎え入れ、同居を始めました。
常に仕事をしているレイノルズは、食事中もデザイン画を描いていて、アルマが、トーストにジャムを塗る音、紅茶を混ぜるスプーンの音にも、眉をしかめ不機嫌になりました。
レイノルズは、自分のじゃまをしない限り身の回りの世話をアルマに任せ、アシスタントそして ‘最愛の人’ と思
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うようになりましたが、結婚する意思は、ありませんでした。
アルマは、レイノルズを愛するあまりレイノルズが、望まないことも ‘レイノルズのために’ と思い、少しずつ自分a0212807_07172312.jpgの気持ちを彼に押し付けるようになりました。
ここから映画は、レイノルズの偏愛とアルマの独善愛の交錯した ‘偏執狂的愛’ の物語(プラトニックSMラブ)になっていきます。
ダニエル・デイ=ルイスが、天才俳優と称される所以(ゆえん)に、役の人物に憑依する名演技にあり「ファントム・スレッド」では、ドレス・デザイナーの役作りのため ヴィクトリア&アルバートa0212807_07172705.jpg博物館に通い、2年間縫製(スレッド)を学び、実際、立派なドレスを自分で縫い、そのドレスを妻のレベッカ・ミラー(1962~、映画監督・脚本家・女優、劇作家アーサー・ミラーの娘)に着せたといいますから驚きです。
衣装を担当したマーク・ブリッジスは、2011年の傑作「アーティスト」(アカデミー賞作品賞・監督賞と併せ衣装デa0212807_07172598.jpgザイン賞など5部門で受賞)に続き「ファントム・スレッド」で 2度目のアカデミー賞衣装デザイン賞に輝きました。
音楽は、楽器なら何でも熟(こな)す多才なロック・ミュージシャン ジョニー・グリーンウッド(1971~、2007年ダニエル・デイ=ルイス 2度目のアカデミー賞主演男優賞受賞作品「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」や先日紹介した新作「ビューティフル・デイ」の音楽監督)でa0212807_07172987.pngエレガントに、時には、官能的に撮影監督でもあるアンダーソン監督のカメラクルーが、手持ちカメラで撮った数々の、美しい色鮮やかなドレスの映像とシンクロし見る者の視覚を刺激、映画は、“総合芸術”であることを私たちに改めて教えてくれました。

by blues_rock | 2018-06-22 00:02 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
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現在、博多駅Tジョイで、単館上映中の「ビューティフル・デイ」(原題「You were never really here お前は、決してここにいちゃいけない」)は、才能あるのに寡黙なイギリス(グラスゴー出身)の鬼才女性監督 リン・ラムジー
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(1969~)が、脚本(今年のカンヌ国際映画祭で脚本賞受賞)を書き、アメリカの名優ホアキン・フェニックス(1974~、同じく今年のカンヌ国際映画祭で脚本賞受賞)を主演に迎え、旧くからの友人で撮影監督 トム・タウa0212807_06544270.jpgネンドならびにイギリス気鋭の映画音楽家 ジョニー・グリーンウッド(1971~、ロックバンド‘レディオヘッド’ のギタリスト) とタッグを組んで撮った秀作映画です。
撮りたい映画しか撮らないラムジー監督の「ビューティフル・デイ」へのこだわりは、このスリラー(クライム・サスペンス)映画にも、顕著に顕われ、一筋縄ではいかないラムジー監督の‘映像言語’が、多くの見せa0212807_06544762.jpg場を作っています。
映画の原題は、「You were never really here お前は、決してここにいちゃいけない」なのに、何で日本版のタイトルが、「ビューティフル・デイ」になるのか、映画の終盤、主人公のジョーは、行方不明であった少女ニーナ(エカテリーナ・サムソノフ 2003~)を拉致されていた高級売春宿から連れ出し、失踪少女ニーナが、ジョーに救い出された後、彼に「It's a a0212807_06545033.jpgbeautiful day!」と言ったことから日本版のタイトルは、「ビューティフル・デイ」になりました。
しかし、映画のプロットとストーリーは、「ビューティフル・デイ」の響きとは、真逆の、ホアキン・フェニックス演じる退役軍人で元FBI捜査官のジョーが、幼いとき父親から受けた虐待や戦場の殺戮による心的外傷後ストレス障害(PTSD)を抱え、治療のための鎮痛剤を常用、さらに慢a0212807_06551450.jpg性的な不眠と自殺願望による自殺衝動など常に意識朦朧としながらも、高齢で病気の母親を養うため「失踪者捜索」を生業として暮らしていました。
ラムジー監督の演出は、主人公ジョーが、抱える子供のころからの「絶望感(死にたい願望)」を抱え、成人しても人生に虚無と倦怠の中で暮らす中年のジョー(ホアキン・フェニックス)の姿a0212807_06553054.jpgを、そのヒゲ面と引き締まった巨体で具現化、女性とは思えない(ラムジー監督自身談)切り口で、粗暴にしてニヒルな殺し屋ジョーの絶望と心の闇をシャープに描いています。
音楽(サウンド・トラック)を担当したジョニー・グリーンウッドの重低音で鳴り響く、同時に割れたガラス片が、ぐさぐさと突き刺さって来るようなサウンドをバックに、数秒間フラッシュバックされるジョーの子供a0212807_06552123.jpg時代の虐待や戦場での殺戮の忌まわしい記憶、その傷みから逃れようとする自殺願望 ‥ ホアキン・フェニックスの怪演とラムジー監督の見る者に挑むような(不親切なくらい余計な説明をしない)クールな演出は、秀逸です。
ラムジー監督の「ビューティフル・デイ」演出意識の中に、マーティン・スコセッシ監督作品「タクシードライバー」
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(1976)へのオマージュが、あったのかどうか、私には、分かりませんが、ともに映画の終盤、「タクシードライバー」でロバート・デ・ニーロ演じるモヒカン頭の青年トラヴィスと、「ビューティフル・デイ」のホアキン・フェニックa0212807_06552783.jpgス演じる顔面ヒゲ面の中年ジョーとが、重なりました。
カンヌ国際映画祭で、パルムドールを受賞した「万引き家族」の対抗馬であった「ビューティフル・デイ」は、映画ファン必見の映画です。
余談ながら、稀代の名優ロバート・デ・ニーロ(1943~)は、嫌悪するアメリカのゲスなフェィク大統領を聴衆の面前で、こっぴどく貶(けな)すスピーチを繰り返しています。
a0212807_06553812.jpgこれにキレてツィッターする(ツィッターでしか反発できない)お下品大統領の神経を逆なでし、さらにヒワイな言葉(ブラック・ジョーク)で答える ‘お笑い芸人’ ロバート・デ・ニーロのおちょくりが、可笑しくて、つい熱烈に応援したくなります。
(上写真 : 撮影した映像を確認するリン・ラムジー監督とカンヌ国際映画祭 主演男優賞受賞のホアキン・フェニックス)

by blues_rock | 2018-06-18 00:08 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
是枝監督は、23年(13作品)の監督キャリアで培った演出の技量を最新作「万引き家族」(=原作・脚本・監督・編集)の随所で見せています。
a0212807_14305114.jpg6人の‘家族’を演じたのが、稀代の名女優 樹木希林、名優 リリー・フランキー、さらに名女優 安藤サクラ、若手の名女優 松岡茉優、子役目利きで有名な是枝監督のお眼鏡に適った(オーディションで選ばれた)少年役の城桧吏と幼い少女役の佐々木みゆも秀逸、6人それぞれ存在感のある絶妙の演技は、時にぶつかり、ケンカもするが、お互いを思いやり、労わり合う本当の家族a0212807_14305639.jpgのような姿と傷付いた心を寄せ合いながら暮らす6人の様子を見事に表現していました。
映画の終盤、途中亡くなった老女(祖母=樹木希林)を除き、残された家族全員が、万引き、年金の不正受給、少女誘拐の容疑で警察の取り調べを受けるクライマックスは、2017年作品「三度目の殺人」のシーンを思い起こさせました。
a0212807_14311490.jpgやっと自分の居場所(家族)を見つけたかに見えた5人も、やがてバラバラになりますが、それでも一緒に暮らした日々の中でお互いの心に育った家族としての絆は、消えませんでした。
今回のカンヌ国際映画祭審査員長で稀代の名女優 ケイト・ブランシェットは、劇中、母親役の安藤サクラが、取調官から誘拐動機について厳しい取a0212807_14311876.jpgり調べ受けているとき ‥ 「この子(幼い少女)は、捨てられたんだよ。 棄てられたものを拾って何が悪い! 悪いのは、この子を棄てた母親だろうが ‥」 と吐き捨てると絶句、両手で涙を拭きながら泣くシーン(カメラの長回しで是枝監督は、安藤サクラに台本を渡さず演技させたとか)を大絶賛、「今後、私も含め今回審査員を務めた俳優は、これから出演する映画のなかで泣くシーンa0212807_14564843.jpgが、あったら彼女(安藤サクラ)の真似をしたと思っていい。」と是枝監督に伝えたそうです。
映画のエンディングで、実の母親のもとに連れ戻された5歳の女の子が、アパートの通路で独り遊びながら、手すりから身を乗り出してじっと外を見ているシーンは、あまりに切なく、大人の保護と愛情が、絶対不可欠な幼い子供たちへの虐待は、無関心を装う回りの大人たちも同罪と改めて思いました。

by blues_rock | 2018-06-14 00:04 | 映画(シネマの世界) | Comments(2)
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現在(いま)活躍中の、日本映画の監督で好きな監督を一人挙げて欲しいと求められたら私は、迷わず是枝裕和監督(1962~)の名前を挙げるでしょう。
a0212807_14272900.jpg是枝裕和監督は、1995年「幻の光」で長編映画監督にデビュー以来23年、現在公開中の「万引き家族」を入れ、これまで13の長編映画を発表しています。
是枝監督作品13作のすべてを見た私の感想は、新作「万引き家族」を是枝監督が、23年13作品の監督キャリアで培った演出の集大成にして撮ったと思いました。
a0212807_14275411.jpgそして、「万引き家族」は、カンヌ国際映画祭で‘パルムドール’(最優秀作品賞)を受賞、それだけの質を持った傑作映画で、一ファンとして慶賀の念に堪えません。
今年のカンヌ国際映画祭の審査委員長は、私の敬愛する名女優 ケイト・ブランシェット、審査員の8名が、ロシアの名監督アンドレイ・ズビャギンツェフ、カナダのドゥニ・ビルヌーブ監督、フランス若手の名女優 a0212807_14275882.jpgレア・セドゥー、アメリカ若手の名女優 クリステン・スチュワートなど、いずれも私の好きな名監督、名女優で構成され映画製作の立場ながら‘目利き’の方々ばかりです。
「万引き家族」のすばらしさは、どんな言葉より、映画館のスクリーンで実際ご覧いただくのが、一番です。
a0212807_14291554.jpgプロットをざっくり述べると 東京下町のビルの谷間にポツリとある古く小さなあばら家で 肩を寄せ合い ‘家族’ としてひっそり暮らす6人の物語です。
「万引き家族」は、イタリアネオレアリズモ映画の傑作「自転車泥棒」を彷彿とさせるもニッポン版ネオレアリズモ映画の新作それも傑作が、加わったと思えば良いでしょう。
a0212807_14293656.jpg閑話休題、彼ら6人‘家族’は、老女(年金暮らしの祖母=樹木希林 1943~)のわずかばかりの年金と併せ、日々の生活に必要な食料や日用品を男(日雇い労働者の父親=リリー・フランキー 1963~)と少年(未登校児の長男=城桧吏 2006~)が、スーパーや雑貨店から万引きすることで暮らしていました。
a0212807_14300282.jpg男の連れ合いと思われる女(パート勤務の母親=安藤サクラ 1986~)は、クリーニング店のパートとして働き、もうひとり若い女(母親の妹、風俗嬢=松岡茉優 1995~)が、同居していました。
ある冬の寒い晩、男と少年が、万引きを終えて帰宅しているとアパートの片隅にうずくまる幼い少女(5歳の児童虐待被害児=佐々木みゆ 2011~)を見つけました。
a0212807_14302227.jpg「万引き家族」の公開直前、東京目黒区で‘お願い、許して’と詫びる5歳の幼い少の子を寒さ厳しい真冬、裸足で外に出し凍傷させ餓死させるという鬼畜にも劣る言語道断な‘この映画の児童虐待シーンよりはるかに惨い虐待事件’が、実際に発生、劇中に登場する虐待シーンの数々は、まるでこの虐待事件を目の前で見ているような是枝監督の演出のリアリティ(迫真力)a0212807_14303897.jpgに、ただもう驚くばかりです。
この6人の‘家族’に、近所で小さな駄菓子屋を営む老店主(柄本明 1948~)など格差社会の底辺で、貧しくも慎ましく暮らしている善良な人たちが、絡み、是枝監督は、正しく現在(いま)の日本で拡大深化していくインビジブルな社会の原風景を見事な映像にして可視化(リアリティ映画に)しました。(後編に続く)

by blues_rock | 2018-06-12 00:02 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
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現在(2018年6月)、公開中の「孤狼の血」の監督 白石和彌(1974~、2013年「凶悪」、2016年「日本で一番悪い奴ら」、2017年「彼女がその名を知らない鳥たち」 いずれも優れた作品)が、2016年に撮った「牝猫たち」(監督・a0212807_09173514.jpg脚本)も秀作です。
是枝裕和(1962~)は、カンヌ国際映画祭で最新作の「万引き家族」が パルムドール賞受賞後のインタビューで「映画は、文化である。 いま日本の文化が、衰退している。」と日本映画の水準低下を憂慮していましたが、私は、是枝監督から私たち日本の映画ファンへ日本映画に対する目利き度(映画批評精神)を上げて欲しいとのメッセージと理解しました。
a0212807_09184539.jpgさて、この白石監督の「牝猫たち」ですが、白石監督は、大都会東京、池袋にカメラを持ち込み、徹底したリアリズムでデリヘル嬢と呼ばれる出張売春をする性風俗業に携わる3人の若い女性に密着、主人公となる3人を媒体として日本文化の現実を描いています白石監督の演出のもと白石監督作品の常連撮影監督 灰原隆裕(白石監督作品以外では 2013年「0.5ミリ」が秀逸)ほかa0212807_09191557.jpg製作陣(ラインプロデューサーほか録音・編集などスタッフ)のチームワークも抜群で、大都会東京に人知れず生存している若者たちの孤独と自業自得と云える‛愛の不毛’ (刹那=秒より短い時間の単位)をクールに描いています。
インターネットカフェを転々としながらスマホでデリヘルの指示を待つホームレスの雅子(井端珠里 1987~)、夫のいる里枝(美知枝、2016年「沈黙 サa0212807_09191160.jpgイレンス」出演)、児童虐待する未婚の若い母 結依(真上さつき 1996~)を中心に映画は、展開していきます。
この主人公 3人のデリヘル嬢に絡む主な男たちが、デリヘル店を経営する男(音尾琢真 1976~、2018年「孤狼の血」の暴力団幹部が秀逸)、店員で送迎ドライバーの青年(吉村界人 1993~、2014年「百円の恋」、2018年「モリのいる場所」に出演)、母親結依からa0212807_09195836.jpg虐待されている男の子のベビーシッターの青年(松永拓野 1992~、2016年「沈黙 サイレンス」出演)の3人です。
劇中、おやっ!? と思ったのが、1970年代初め日活ロマンポルノ映画全盛時代ロマンポルノの女王と呼ばれた女優白川和子(1947~)で、SMクラブのオーナー役でワンシーンに登場していました。
a0212807_09200583.jpg映画は、インターネット社会の裏側(闇)も映し出し、インターネットの中だけにしか居場所のない(自己表現できない、コミュニケーションできない)哀れな若者たちや、他人の不幸を見る(他人の足を引っ張って狂喜する)ことでしか心を癒せない歪んだ欲望と孤独をもつ今日本国中どこにでもいる男女の現実をリアルに表現しています。
a0212807_09195528.jpgこの映画「牝猫たち」を2017年作品「最低。」と併せてご覧になると現代社会に蠢(うごめ)く「老若男女の空ろな愛」の姿が、透けて見えて来ます。

by blues_rock | 2018-06-08 00:08 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
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フランスの女性監督 リサ・アズエロス(1965~)が、フランス伝説のディーバ(歌姫)「ダリダ(Dalida)」を撮った新作の伝記映画です。 (下写真 : 在りし日のダリダと ダリダを熱演したイタリアの女優 スベバ・アルビティ)
a0212807_13265532.jpg日本でダリダと云えば、1973年にアラン・ドロンとのアンサンブルで大ヒットした「あまい囁き(パローレ、パローレ)」が、有名です。
中高年の方なら誰もが、一度は、耳にしたことのある有名な曲で、ダリダの “パローレ、パローレ、パローレ” と歌いあげる情熱的な(実際は 愛想つかしの)フレーズに、往年の美男俳優 アラン・ドロンが、渋く低い声で囁く「あまい囁き(パローレ)」(実際は 未練の口説き)を年配の方は、記憶されていると思います。
アズエロス監督は、一世を風靡するも「人生に耐えられない、許して」と書き残し54歳のとき自ら命を絶つダリダa0212807_13265171.jpg(1933~1987没、睡眠薬自死)へのオマージュとして美貌も雰囲気も‘ダリダそっくり’のイタリアの新進女優 スベバ・アルビティ(1984~、33歳)をキャスト、1960年代から80年代フランスのみならず世界的に人気を博し多くの人に愛されたフランスの国民的歌手ダリダ(生涯1億4千万枚のレコードをリリース)と、子供のころから孤独に苛まれ、愛を渇望したヨランダの、一人の女性の
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二律背反する人生の‘光と影’をかなり忠実に描いています。
映画は、ダリダ(本名 ヨランダ)が、イタリア系移民の子としてエジプトに生まれカイロで育ち、少女時代、弱視でa0212807_13272461.jpgぶ厚いレンズの眼鏡をかけていたので学校でイジメを受け、自分の容姿に強いコンプレックスを抱いていました。
十代の終わりフランスに移り歌手としてデビュー、次第に成功を収めるも54歳のとき、ついに孤独に耐えられず自死しました。
十代のダリダは、歌手デビューするや、その美貌とエキゾチックな歌声でフランス女性の憧れにして、a0212807_13274890.jpgすべてのフランス男性が、恋したと言われるくらい一躍スターになりますが、その華やかな生活とは、裏腹に‘普通の女として愛する人と結婚し子供を産み家庭に入る’ことを夢見ていました。
ダリダは、12人の男性を愛し、うち3人の男性と結婚、2人と同棲(映画、この5人が、映画に登場) うち3人の男性が、ダリダを失った喪失感で自殺しています。
a0212807_13275366.jpg私生活のダリダは、いつも孤独に苦しみ、その苦悩を癒すために愛を渇望、自分に求愛する男性の愛を一旦受け入れますが、自由奔放な愛を歌うことで人気のあった歌手ダリダは、34歳のときの愛人であった18歳の学生とのスキャンダルすら「18歳の彼」という曲にして自分のロマンスを赤裸々に歌いました。
a0212807_13281586.jpg一方で、当時無名のミュージシャン ララ・ファビアン(1970~)の曲「私は病気(Je suis malade)」を歌い、まわりが、猛反対するなか、自分の心情を絞り出すように ‥ 「私は病気  完全に病気  私は、自分の血すべてをあなたに注いだ  私は、死んだ鳥みたいだ  あなたが、眠っている時に  私は病気  完全に病気  あなたは、私から歌を奪った  私の言葉をすべて奪a0212807_13282710.jpg


い去った  私には、才能があった  あなたを知るまでは  この愛は、私を殺す  もしこんな気持ちが、続くなら  私は一人で朽ち果てる  ラジオのそばで  抜け殻のように  私の歌を聴きながら ‥ 」と切々に歌いました。
このシーンが、映画の終盤に登場しますので、映画「ダリダ」を これからご覧になる方は、お見逃しのないように、切なく感動的なシーンです。

by blues_rock | 2018-06-06 00:06 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
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沖田修一監督(1977~、2008年「南極料理人」、2012年「キツツキと雨」)、脚本・監督の新作「モリのいる場所」は、平日の午後にも関わらず補助イスが、いるくらい満席で、その盛況(頻繁に行くKBCシネマで私が、見る初
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めての光景)に驚きました。
「モリのいる場所」は、沖田監督いつもの演出(眼差し)よりさらに温和で、ほんのりしています。
a0212807_04402815.jpg映画の主人公である 当年94歳の画家 熊谷守一(愛称モリ 1880~1977没、享年97歳)を演じるのは、映画史に残る名優の山崎努(1936~)、もう一人の主人公、モリに長年連れ添った糟糠の妻秀子で、稀代の名女優 樹木希林(1943~)が、山崎努演じるモリと軽妙な掛け合いをする二人の名演を見るための映画です。 (下写真 : 文化勲章授賞を「断ってくれ」というシーン)
a0212807_04403586.jpgこれを沖田監督作品の常連である撮影監督 月永雄太(1976~)が、撮った映像も秀逸です。
映画を見ていたら、津端修一氏90歳と妻の英子さん87歳の老夫婦を撮ったドキュメンタリー映画「人生フルーツ」を憶い出しました。
映画の冒頭、林与一(1942~)演じる昭和天皇が、美術館で熊谷守一の絵をじっと見つめながら「これ、子供の絵?」と側近に質問されるところから
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始まります。
映画のプロットは、東京の豊島区に住み、外出することなく30年、自宅の家と庭だけで暮らし、庭にいる猫や飛a0212807_04411710.jpg来する小鳥、棲息する爬虫類、小魚、虫類を毎日じっと見つめ絵のモチーフとして描いた、その風貌から仙人と呼ばれた伝説の画家 熊谷守一94歳と老妻秀子のある夏の一日を描いています。
山崎努と樹木希林は、文学座の先輩後輩の間柄で、50年もの長い付き合いながら二人が、共演するのは、この「モリのいる場所」が、初めてというから不思議です。
a0212807_04412102.jpgさりとて、稀代の名優二人の芸達者な ‘阿吽の演技’(アドリブも自然)は、必見です。
沖田監督は、「モリのいる場所」の演出に、いくぶん遊び心(コミカルなギャグ)を加え寓話的に脚色していますが、居間の天井から降ってくる金ダライと庭に現れる宇宙人は、サービス過剰気味で少し脱線しているように感じました。
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共演の俳優陣も偏屈な老画家 熊谷守一の信頼厚く彼の写真を撮り続ける写真家役に加瀬亮(1974~)など登場シーンは、少ないものの脇を固めるのが、芸達者な俳優揃いなので、映画を見ている者は、熊谷家の居間と
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庭で彼らが、演じるユーモラスなシーンの連続をクスクス笑いながら大いに楽しめます。
(上写真 : 晩年の熊谷守一、下写真 : 油彩画「猫」)
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by blues_rock | 2018-06-02 00:02 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
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東映配給なので、てっきり東映ヤクザ映画のニューバージョンと思い、この映画は、当初スルーするつもりでいました。
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私は、昔から東映のヤクザ映画や昨今の暴力団ものの映画が、大嫌いで、まったくと言っていいくらい見た記憶なく、現在公開中の「孤狼の血」は、私の好きな名優 役所広司(1956~)主演であることと、監督が、白石和彌a0212807_10071518.jpg監督(1974~、2013年の「凶悪」は、秀作)でなければ、見る気にならない映画でした。
先日、昼食を終え、KBCシネマで公開中の「モリの居る場所」を見ようと思い、上映時間を見るとまだ2時間余あり、他の映画館で公開されている作品と上映時間をサイトで調べると中州大洋映画劇場で「孤狼の血」が、ちょうど好い時間でした。
a0212807_10075469.jpg私が、やはり気になったのは、相変わらず体中(からだじゅう)イレズミしたチンケな男たちの登場するヤクザ映画のように思えたことでした。
あまり期待せずに私は、見始めましたが、さにあらん、これは、私の先入観で、さすが白石監督でした。
白石監督は、原作「孤狼の血」の著者、作家の柚月裕子(1968~)が、ヤクザ映画の巨匠 深作欣二監督(1930a0212807_10084629.jpg~2003、「仁義なき戦い」シリーズが有名)の大ファンでもあり、深作監督へのオマージュとして原作のまま映画の舞台を暴力団対策法成立前の昭和63年(1988年)、広島県の架空都市‘呉原市’に設定、リアリズムに徹するためオール広島ロケを敢行、ほとんどのシーンを呉市内で撮影し実録もののヤクザ(暴力団)抗争のようにリアルに撮っています。
a0212807_10091587.jpg冒頭は、ヤクザ映画のように見せながら、丸暴の古参刑事で、暴力団組長も幹部も一目置く無頼な刑事 大上(役所広司)が、「警察じゃけえ、何をしてもええんじゃ!」とタンカを切るあたりから映画は、がらりとハードボイルドとサスペンスに変調していきます。
大上刑事を内偵する役割を帯びて広島県警本部から呉原市警察署に送り込まれてきたエリート新人刑事日岡a0212807_10090955.jpg(松坂桃李 1988~、私の初めて見る若手俳優でしたが、秀逸)は、無理やりコンビを組まされた直属の上司が、大上でした。
大上は、ウワサ通りの悪徳警官でそのワルデカぶりに呆れ果てた日岡が、何かと反発するも、そのたびに殴られ放り投げられました。
呉原市の地元暴力団と新興の広域暴力団の縄張り抗争が、多発、過激な暴力沙汰や流血事件も起き、地元暴a0212807_10092613.jpg力団の資金源(金庫番)であった金融業を営む民間人の失踪事件で暴力団組織の戦争(流血抗争の勃発)のニオイを嗅ぎつけたベテラン丸暴刑事の大上は、長年の勘で失踪事件の裏に黒幕が、いると考えました。
役所広司演じる悪徳デカの大上は、過去に暴力団捜査中に起きた殺人事件(この事件にクラブのママを演じる真木よう子 1982~が、絡むことで映a0212807_10092969.jpg画は変奏します)を闇に葬ったスキャンダル容疑を抱えていました。
そのことを知った日岡刑事は、無頼な大上刑事の傍若無人な振る舞いについに我慢できなくなりました。
映画に数多登場する冷酷で過激な暴力を振るう暴力団員を演じる俳優陣が、じつに素晴らしく ‥ 石橋蓮司(1941~)の暴力団組長は、似合い過ぎで言うに及ばず、ピエール滝(1967~)もa0212807_10093738.jpgさすがという名演技を見せ、特筆すべきなのが、昔の二枚目俳優 江口洋介(1967~)と竹野内豊(1971~)の暴力団幹部ぶりは、お見事、目を剥きドスの効いた声でタンカを切るシーンは、必見です。
血しぶきの飛び散る過激な暴力シーンやグロテスクなシーンもありますが、白石監督は、スピーディかつクールな演出で描きカットも短く、目を背けたくなるほどでもありまa0212807_10093937.jpgせん。
松坂桃李 演じる広島県警エリートの新人刑事 日岡が、暴力団組織の悪辣さ、卑劣さ、残酷さを目の当たりにし、悪徳警官と思っていた丸暴のベテラン大上刑事(一匹狼=孤狼)の本性を知ったとき、大上のDNA(魂)は、、新人刑事日岡に憑依し、彼の目は、いつしか凶犬のようになっていました。
a0212807_10093493.jpg「孤狼の血」の原作者柚月裕子は、日岡を主人公に新作を発表、白石監督は、惨殺された丸暴刑事大上の魂が、憑依した丸暴刑事日岡を主人公に「孤狼の血」の続編を撮るとコメント、次回は、迷うことなく見るつもりです。

by blues_rock | 2018-05-31 00:01 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
ロマンス映画を撮らせたら、この監督の右に出る監督は、いないと私が、内心思うフランスの名監督 フランソワ・トリュフォー(1932~ 1984病没、享年52歳) 1973年のロマンス劇中劇映画「アメリカの夜」を紹介します。
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主演の美人女優 ジャクリーン・ヴィセット(1944~)が、1968年「ブリッド」、1971年「シークレット」)に続き29歳のときに出演した作品で、日本の女性写真家 蜷川実花 1972~)の云う「美しい女は、国宝a0212807_00192627.jpgである。」は、蓋(けだ)し名言です。
「アメリカの夜」は、若いころ、私の心を虜にした ジャクリーン・ヴィセットを見るための映画ですが、ロマンス映画の巨匠 トリュフォー監督の究極のロマンス映画三作を挙げるなら私は、1975年の「アデルの恋の物語」(イザベル・アジャーニ 1955~主演、二十歳のイザベル・アジャーニが、眩い)、1977年の「恋愛日記」(ブリジット・フォッセー 1946~、1952年6歳a0212807_00362093.jpgのとき「禁じられた遊び」の少女ポートレットを名演)、1981年の「隣の女」(後にトリュフォー夫人となるファニー・アルダン 1949~が、秀逸)と思います。
さて、「アメリカの夜」に話を戻して、この映画は、「パメラを紹介します」という映画の製作風景を映画にした‘劇中劇’の映画です。
a0212807_00181504.jpg地下鉄の出口から出てくる青年(ジャン=ピエール・レオ 1944~)をカメラは、追い、やがて広場の向こうの歩道を歩いている男(ジャン=ピエール・オーモン 1911~)を捉えると、やおら青年が、その男を掴まえるや、いきなり彼の顔を平手打ちします。
a0212807_00194822.jpgそこで映画の主人公の一人であるフェラン監督(フランソワ・トリュフォー)が、「カット!」の声をかけると撮影現場は、一変し、それまで緊張していた出演者や製作スタッフが、和んだ表情を見せます。
その時、映画「アメリカの夜」を見ている者は、いままで見ていた映像が、映画「パメラを紹介します」の撮影だっa0212807_00454600.pngたことを知ります。
劇中劇の「パメラを紹介します」は、父親と息子の嫁が、恋に落ちて駆け落ちしてしまうベタなストーリーながら、トリュフォー監督は、映画の製作風景(撮影現場や舞台裏)をタテ軸にして撮影が、思うように進行しないフェラン監督の苦悩(ストレス)と出演者および製作スタッフの様々な人間模様をヨコ軸に「映画製作の様子」a0212807_00195112.pngをタペストリーのように描いています。
「アメリカの夜」とは、昼間の撮影だが、カメラのレンズにフィルターをかけ、本当の夜よりもずっと夜らしく見える夜の映像を “アメリカの夜” と呼ぶそうです。
この映画「アメリカの夜」は、アカデミー賞外国語映画賞を受賞、伝説の映画監督にして名優 オーソン・ウェルズほかヒッチコック監督など名監督へのオマージュを感a0212807_00195439.jpgじさせる映画です。
トリュフォー監督は、生前、ロマンス映画を撮る理由に、暴力が、嫌いだから戦争映画や西部劇は、撮らない、政治にも興味が、ない、30本のロマンス映画を撮ったら引退する、余生は、本を執筆して過ごす、と言っていましたが、25本の映画を撮って52歳の若さで亡くなりました。

by blues_rock | 2018-05-27 00:27 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)