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心の時空

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a day in my life

2018年 08月 27日 ( 1 )

a0212807_19262749.jpgヤンチェン・ラモの母親ルクドルは、夫のグルが、山中の洞窟で修行している僧侶(行者)の義父(グルの父親=ヤンチェン・ラモの祖父)と、4年前に母親(祖母)の臨終を巡り対立、以来グルは、父親(ルクドルの義父=ヤンチェン・ラモの祖父)を頑なに拒否、夫婦仲は、良いのにギクシャク、二人の間に「河」が、あります。
a0212807_19263575.jpg6歳のヤンチェン・ラモは、オッパイを欲しがっても母親が、応じてくれなくなったのは、お腹の中に赤ちゃんが、いるからだと拗(す)ね、駄々を捏(こ)ねるようになりました。
どこかに出かける時、ヤンチェン・ラモをいつもオートバイの後ろに乗せてくれるやさしい父親グルが、大事にしお供えしている天珠(細長い玉、チベットの護符)のおかげで赤ちゃんができたと喜ぶ母親を見て、a0212807_19264204.jpgある日 ヤンチェン・ラモは、天珠をこっそりパオ(遊牧テント)から持ち出して 草原に隠しましたが、どこか分からなくなりました。
盗まれたと大騒ぎする父親とどうせ模造品だからと冷ややかな母親、両親から天珠のことを訊ねられても「知らない」と答えるヤンチェン・ラモ ‥ 幼いヤンチェン・ラモも両親との間に ‘小さ
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な河’ が、できました。
映画の主題(テーマ)は、人間、つまり「人と人との間(あいだ)」にある「河」です。
a0212807_19552350.jpgこの河を日々の暮らしの中で、母と幼な子、父と娘、夫婦、父と息子が、一生懸命渡ろうとします。
河に橋は、なく、自分の「愛」や「コミュニケーション」、「誠実さ」や「真心」という舟で愛する人のいる「河」向こうへ行くしかないのです。
ソンタルジャ監督は、映画の中で多くの“珠玉のエピソード”を映しながら家族の「河」と「合流」を描いていきます。
a0212807_19265770.jpgソンタルジャ監督は、登場人物たちの ‘在りのままの姿’ をドキュメンタリーのように演出、それを息もピッタリの撮影監督 ワン・モンが、チベット高原の厳しい冬から春へ移ろう雄大な自然、そしてそこで暮らす牧畜民たちをロングショットの長回しで撮り、6歳のヤンチェン・ラモの表情(甘えたり、拗ねたり、怒ったり、泣いたり、の喜怒哀楽)、ならびに父親グルや母親ルクドルの表情をa0212807_19270292.pngクローズアップの長回しで撮影、さらにヤンチェン・ラモの手や指の動き、パオ室内の光と影、室内外の空気の動きなど モン撮影監督のカメラワークは、お見事! 陰の功労者と云えるでしょう。
お腹の大きな母親のルクドルにオッパイをねだり、甘えて拗ねるヤンチェン・ラモが、父親と一緒に母親から祖父の病気見舞いに食料品を持って行くシーンで、オートバa0212807_19271312.jpgイの後ろにから「お父ちゃんは、おじいちゃんが、嫌いなの?」とたずねるところから映画の劇(ドラマ)は、動いていきます。
子供の視点から大人の世界を描いた 1973年「ミツバチのささやき」、1982年「エル・スール」、1999年「蝶の舌」などに並ぶ 不朽の名作が、またひとつ チベットから誕生しました。

by blues_rock | 2018-08-27 00:07 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)