チャイコフスキーの妻 シネマの世界<第1253話>

ロシアの鬼才 キリル・セレブレニコフ(1969~、2020年「
LETO」で ロシア政府に弾圧され現在ドイツ在住)の新作で スイス・フランス・ロシア共同製作映画「チャイコフスキーの妻」は、ロシアを代表する名作曲家 ピョートル・チャイコフスキー(1840~1893没、享年53歳)の妻 アントニーナの物語です。

アントニーナ・チャイコフスキー(1948~1917没、享年69歳、晩年の 20年は、精神病棟で暮らす)の名は、ロシア以外では、あまり知られていませんが、知られているとしても、ロシア国内で「世紀の悪妻」の汚名を着せられた アントニーナの名は、只管(ひたすら)隠されてきた「チャイコフスキーの妻」なのです。

そのことから 海外で チャイコフスキーの名が、ロシアの大作曲家として有名でも、妻 アントニーナのことは、今日までほとんど知られていません。
セレブレニコフ監督は、「チャイコフスキーの妻」アントニーナの結婚生活 40年を 夫チャイコフスキーから 拒まれ

疎まれ 嫌われながらも 夫チャイコフスキーに執着し一方的に 熱烈に愛した(偏愛した)一人の女性 アントニーナとして ピョートル・チャイコフスキーとの出遭いからチャイコフスキーと死別するまでを リアルに、サイコティックに、シュールに描いています。

映画のストーリーは、女性の権利が、無かった(男の所有物だった)19世紀後半の 帝政ロシア社会を舞台に、同性愛者だった 作曲家チャイコフスキーは、自分の性癖を隠すため、拒否しても 繰り返し 熱烈な恋文を送ってくる地方貴族の娘 アントニーナと偽装結婚、ロシアの歴史で 隠蔽(禁忌)された「チャイコフスキーは、同性愛者」と

いう事実とチャイコフスキーと結婚したがゆえに「世紀の悪妻」の汚名を着せられたチャイコフスキーの妻 アントニーナの実像を 史実をもとに セレブレニコフ監督は、遺された資料をもとに大胆な解釈を入れドラマチックに描いています。

女性を一度も愛したことのない チャイコフスキーの結婚生活は、初夜から破綻、熱愛する夫から拒絶された妻 アントニーナ、彼女との生活を嫌悪し 離れて暮らす チャイコフスキーからの 執拗な離婚要求をすべて拒否し、二人の 40年に及ぶ確執、妻アントニーナの絶望と孤独、苦悩の日々のなかで 次第に精神を病んで狂気に陥って

いきます。
アントニーナは、チャイコフスキーに執着し熱烈に愛しますが、夫から相手にされない 性のはけ口は、他の男たちに求め、その一人離婚調停する弁護士の子供を 3人出産、抱くこともなく 施設に預けた(子供たちは、幼くして

亡くなっています)アントニーナは、ロシア社会では、天才作曲家を苦しめた 言語道断な悪妻ですが、同性愛を禁忌するロシア国家としては、ロシアを代表する 歴史的な大作曲家チャイコフスキーが、ホモ(同性愛者)であったことを認めるわけには、いかないのです。

脚本・監督のロシアの鬼才キリル・セレブレンニコフと チャイコフスキーの妻を演じた アリョーナ・ミハイロワ(1995)が、秀逸です。
ウラジスラフ・オペリアンツ撮影監督(1968~)と美術監督ウラジスラフ・オガイ(1981~)の映像もすばらしく、まるで フェルメール絵画を見ているような室内のシーンは、思わず息を呑む美しさです。
私は、「チャイコフスキーの妻」を ‘映画芸術の傑作’として大いに評価いたします。