
過って 関西に住んでいたころ(住居が、兵庫県尼崎市稲葉荘、職場は、西宮市
鳴尾浜に 7年間)、大阪市内は、むろんのこと、古都の面影を残す 京都、奈良へも良く行きました。
その時は、まだ後年金継ぎするなどと考えてもおらず、ほとんど壊れた食器類を、とくにお気に入りの器は、未練

たっぷりに弄りながら、せっせとダンボール箱へ廃棄しました。
そのころ、いつだったか記憶にありませんが、滋賀県の近江八幡から彦根、長浜の湖北方面(琵琶湖の北域)に

点在する古刹を訪ねました。
まだ、テレフォンカードの時代で、カメラも持たずに、ぶらり一人旅でしたので 古いお寺巡り(古刹巡礼)のような

シャレた 旅でもなく、事前の下調べも、古刹の名前も分からないまま 気に入ったら入ると云う 行き当たりばったりの 湖北旅行でした。
その時に見た 朽ちた古木胎の「虫喰仏」(そう表示と記憶)が、私の脳裏から離れず、ずいぶん調べるも分かりませんでした。
閑話休題、その我が脳裏にある「虫喰仏」を成仏させる(カタルシスする)ために 陶胎の虫喰仏を作陶する(トライする)も、邪気被う私の魂からは、鬼面のような虫喰仏が、誕生しました。
されど、脳裏の虫喰仏が、成仏するまで 念仏(作陶焼成)を続けます。