夭折の異才画家 石田徹也 ~ 福岡県立大宰府高校 芸術科卒業制作展を見て
県立美術館に入るとすぐ右のホールに、粗削りながらも ‘無垢な情熱’ で創りあげた迫力ある石膏像の彫刻が、並んでいました。
三階には、広い美術館フロアいっぱいに、この春 卒業する芸術科三年生 38名の油彩画・日本画・書道・デザイン・染色・金工が、所狭し と展示されていました。
年齢的には、18歳くらいであろうと推察しますが、どれも十代とは、思えないレベルの高い作品なのに正直驚きました。
彼らの作品を見て、ふと 現代の若い世代の画家で私が、好きな異才画家 石田徹也さん(1973~2005、不慮の踏切事故死、享年31歳)の作品を懐い出しました。
石田徹也さんの絵を初めて見たのは、没後 3年経った 2008年の晩秋、東京の都練馬区立美術館で開催されていた「石田徹也展」でした。
私は、何かに出遭い、感動したり、感激したり、うれしかったりすると、すぐに鮮明な記憶を忘れないためにブログに書き残していますが、石田徹也さんの絵の印象(インパクト)を書いたのは、3年後の秋、2011年10月18日「石田徹也の世界」、さらに、その 2年後の2013年10月2日「石田徹也の心象風景」でした。
2019年5月、スペイン(マドリッド)で開催された「石田徹也 ~ 他人の自画像 展」に 35万人の来場者が、あり、シカゴのギャラリーで開かれた「石田徹也展」には、アメリカでまったく無名な画家にも関わらず 毎日200人近くが、彼の絵を見に訪れ、中には、遠くからはるばる見に来た方もあったと先日の日経新聞で紹介されていました。
ご両親(静岡県焼津市在住)は、4人兄弟の末っ子であった徹也さんの小田急線踏切事故死(状況から自死とも思慮されている)のショックで、亡き愛息の絵を写真に撮ったら ‘全部 焼却しよう’ と思っておられたそうです。しかし、すでに夭折の異才画家 石田徹也さんの絵を高く評価し、絶賛するファンも少なからず居たことから、ご両親は、思い止まられ、彼の作品を静岡県立美術館に寄贈されました。
この春、福岡県立大宰府高校 芸術科を卒業し社会に巣立って行く 38名の若き芸術家の雛鳥たちには、世界に大きく羽ばたいて欲しく、‘才能とは、持続する力である’ と彼らに 啐啄(そったく)のメッセージを送ります。(備考 : 青文字をクリックすると記事に飛びますので参考にご覧いただけると光栄です。)
by blues_rock
| 2020-01-23 00:03
| 美術/絵画/彫刻
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