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心の時空

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a day in my life

菊とギロチン  シネマの世界<第888話>

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日本にも1960年代以降に生まれた才能ある中堅ならびに若手の映画監督(当然脚本も自作)が、出現し始め、かっての日本映画の水準に到達しそうな予感、私は、贔屓監督が、新作を発表するたびに、わくわくしながら、
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映画館に向かいます。
1990年代、ピンク映画ばかり撮っていた瀬々敬久監督(1960~)は、2000年代になると長編映画の自主製作で
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一気に才能が、開花、2017年作品「最低。」は、すばらしいものでした。
それから1年、最新作「菊とギロチン」もまた期待に違わないすばらしい作品です。
a0212807_12480064.jpg映画は、3時間と長尺ですが、長さを感じさせず、 瀬々敬久監督と相澤虎之助監督(1974~)の共同脚本による斬新な映画感覚は、秀逸です。
タイトルの「菊とギロチン」から少々アクの強い思想的なものを感じる向きもあるでしょうが、映画の舞台となる大正時代の空気感(リアリズム)を好く表現しています。
a0212807_12480243.jpg大正から昭和20年までの国体であった天皇が、絶対権力としての帝国主義(極右)の象徴としての「菊」と フランス革命ルーツの暴力と流血革命の象徴で斬首処刑の道具であった「ギロチン」の組み合わせは、アナーキー(極左)でシュールです。
1923年(大正12年)関東大震災直後の大正時代末期、その暗黒の歴史(負の歴史)を瀬々監督の演出と撮影監督鍋島淳裕(1962a0212807_12481261.jpg~)のカメラは、昭和30年代まで実際に存在した「女相撲」興行の一座と、国粋主義自警団による関東大震災後の騒乱(ドサクサ)に紛れた在日朝鮮人虐殺事件、アナーキズム(無政府主義と翻訳されるも労働者中心=労働組合主義が正確な意味)運動の秘密結社ギロチン社による反帝国主義テロ活動、そのドサクサを悪用した憲兵隊(特高)甘粕大尉による社会運動家(自由主a0212807_12480659.jpg義者) 大杉栄(1885~1923没、当時38歳)、内縁の妻で婦人解放運動家 伊藤野枝(1895~1923、当時28歳)、大杉栄の甥宗一(当時6歳)3人が、虐殺された大杉栄扼殺(やくさつ、手で絞め殺すこと)事件をリアルに描いています。
大正12年の関東大震災直後の日本は、異常気象による未曾有の干ばつと飢饉(ききん)で疲弊し貧困に苦しむ国民の間には、不穏な空気が、流a0212807_12484100.jpgれていました。
自由主義と大正デモクラシーの時代にあっても男尊女卑の世相は、何も変わらず父親や夫の暴力から逃れた女たちが、生きて行くための職業は、娼婦(女郎)しかなく、あるいは、女相撲や旅芸人・サーカスなど見世物興行一座に入るしかありませんでした。
a0212807_12484461.jpg映画のタイトルは、当初「女相撲とギロチン社」だったそうですが、女相撲という意表を突いた道具立てにしたことで国粋(天皇神格化)の象徴としての菊、社会主義革命の秘密結社ギロチンという不倶戴天の敵同士を「菊とギロチン」で対峙させています。
昭和となり大正デモクラシーが、消滅すると国粋プロバガンダによる一億総玉砕の国体は、1945年8月15日の遅すぎる敗戦を迎えa0212807_13090574.jpgました。
あの敗戦から73年、昭和から平成そしてまた新しい元号の時代になりますが、何だかキナ臭い匂いもし始めた昨今、新しい御代は、「普通なことが、普通に行われ、当たり前が、当たり前にまかり通る」平安な時代であって欲しいと切に願います。
その異常な悪しき一例が、職業スポーツの大相撲です。
a0212807_13093192.jpg古くは奈良時代、女性を土俵に上げたという記録もある相撲が、天皇を総宮司(神主総長)とする神道の神事で相撲は、国技であると宣(のたま)い、男女同権・機会均等の今の世にあって聖なる母性の女性が、‘不浄の者’として土俵に上がれないとは、噴飯もので愚か者(バカ)のタワゴトです。
a0212807_13091025.jpgさらに相撲が、国技であり、八百万の神々への神聖なる奉納神事と宣(のたま)うなら私は、チベット仏教の国モンゴル人(外国人)を賑々しく迎え横綱にして国技館で日本の神様たちへ神事の奉納土俵入り(モンゴル横綱は高額ギャラのためながら)をさせるなんざあ、そりゃあなた方、どこか間違っていますよと言いたいのです。
a0212807_12484860.jpg閑話休題、この映画は、何といっても女相撲を演じた女優陣が、すばらしく、シコ名花菊の木竜麻生(1994~)、十勝川の韓英恵(1990~、2001年「ピストルオペラ」のヌード少女)、玉椿の嘉門洋子(1980~)、勝虎の大西礼芳(1990~)、小桜の山田真歩(1981~)たちは、クランクインの前、撮影準備のため相当な時間、本格的に相撲の稽古をしたそうな、スクリーンに映る女相撲に違a0212807_12485508.jpg和感なく、撮影現場の瀬々監督は、さぞ満足したことでしょう。
ギロチン社の革命家を演じた俳優たちも若手中心ながら皆な芸達者で東出昌大(1988~)、寛一郎(1996~、長編デビュー、名優佐藤浩市の息子にして稀代の名優三國連太郎の孫)、井浦新(1974~、是枝裕和監督の初期作品に出演)、大西信満(1975~、自警団の偏狂的国粋主義者役が、a0212807_12485952.jpg見事)、右翼で読売新聞創業者の正力松太郎役を大森立嗣監督(1970~、2013年「さよなら渓谷」、2018年「日日是好日」の監督)ほかが、脇を固めています。
鍋島撮影監督は、ハンディカメラを多用、その映像が、音楽の西アフリカ民族打楽器ジャンベとの相性良く、かつ斬新で、とくに女相撲のシーンや浜辺で踊るシーンは、実に効果的でした。
73年前に終わった国家間の瑕疵(かし、きず)を払拭したとき、東アジア新世代の映画人たちが、大同団結してa0212807_12490488.jpg共同製作するようになり(もうすでに始まり名作も少なからず発表されていますが)、心ときめく傑作映画は、もっと増えていくでしょう。

右は、女大関(最高位)の若緑と大杉栄

by blues_rock | 2018-10-18 10:18 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)