遊びせんとや 生れけむ
1180年の平安時代末期、歴代朝廷にあって稀代の政治家にして最高権力者であった後白河法皇は、当時の流行り歌であった今様(いまよう、現代の歌謡曲)の大ファンで 「梁塵秘抄」(りょうじんひしょう)という歌謡集を編纂しています。その代表的な歌の一つで最も有名なのが、「遊びをせんとや生れけむ 戯れせんとや生れけん 遊ぶ子供の声きけば 我が身さえこそ動がるれ」です。
私の場合、「遊びせんとや生れけむ」のところが、‘漆’と「遊びせんとや 生れけむ」になります。
さらに、これも「梁塵秘抄」にある有名な歌で「仏は 常にいませども 現(うつつ)ならぬぞあわれなる 人の音せぬ暁に ほのかに夢に見え給ふ」の‘夢’の部分が、私の場合‘刻苧(こくそ)’に変わります。


