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フジコ・ヘミングの時間(ドキュメンタリー映画)  シネマの世界<第870話>

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フジコ・ヘミングさん(年齢非公開はご本人談)は、‘遅咲きのピアニスト’ (1999年、NHK-ETVドキュメンタリー番組「フジコ~あるピアニストの軌跡」で大ブレイク、この時67歳)と呼ばれ、86歳の現在(いま)でも、リサイタルのフジコ・ヘミングの時間(ドキュメンタリー映画)  シネマの世界<第870話>_a0212807_03420219.jpgオッファが、あれば北半球は、言うに及ばず南半球のどこであっても出かけて、年間60コンサートの演奏活動を続けておられます。
「フジコ・ヘミングの時間」の監督(ならびに企画・構成・撮影・編集)は、ドキュメンタリー作家 小松莊一良(1964~)で、2年間フジコ・ヘミングさんに密着、1年のうちの半分を暮らすパリほか 東京・ニューヨーク・ベルリン・ブェノスアイレス・ロサンゼフジコ・ヘミングの時間(ドキュメンタリー映画)  シネマの世界<第870話>_a0212807_03421079.jpgルス・京都の自宅での暮らしと その都市でのリサイタルの模様をリアルに撮影しています。
2年もの間、ドキュメンタリー撮影のカメラが、終始まとわりついているので煩わしい時もあったでしょうに、フジコさんは、カメラが、あろうとなかろうと、一日4時間の練習(クリスチャンの彼女は、天国での出番の準備なんだとか)、猫や犬と戯れ タバコをふかし 酒を飲み おしゃれをし お気に入りのアンティークを愛で、どこの街でもふらりと散歩に出てフジコ・ヘミングの時間(ドキュメンタリー映画)  シネマの世界<第870話>_a0212807_03420769.jpg彼女は、街路に物乞いが、いれば、必ず立ち止まり小銭をあげるというその自分のライフ・スタイル(フジコ・ヘミングの時間)は、変わらないのだろうと思います。
そのために世界各地に自分の家を持ち、マネージメントは、すべて自分で行い「いつも気分は、16歳のままよ。」と笑顔で語り、「残された時間は、わずかだもの。」と屈託のないフジコさんですが、その人生は、波乱万丈フジコ・ヘミングの時間(ドキュメンタリー映画)  シネマの世界<第870話>_a0212807_03422294.jpgで、少女のころ天才ピアニストと絶賛され東京藝術大学在学中、新人登竜門のピアノ・コンクールで数々受賞、しかし1932年(昭和7年と推察)、スウェーデン人の父親(グラフィック・デザイナー)と日本人の母親(ピアニスト)の間にベルリンで出生しているためフジコさんは、戦後日本の混乱で赤十字認定の難民扱いされ、1961年、駐日ドイツ大使の助力で、やっと国立ベルフジコ・ヘミングの時間(ドキュメンタリー映画)  シネマの世界<第870話>_a0212807_03425349.jpgリン音楽大学(現ベルリン芸術大学)への留学が、叶いました。
その時、フジコさんは、すでに30歳になろうとしていました。
小松監督は、フジコさんの母親が、彼女に遺してくれた下北沢の家から発見された14歳(終戦直後)当時 少女時代の絵日記(文章力といい絵の描写力といい14歳の中学生とは思えない)を挿入することで上手く構成、自ら編集しているので波乱万丈にして艱難
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辛苦の人生であったフジコさんの語る「いつも気分は、16歳のままよ。」の精神(心、魂)は、この絵日記のままであることが、映画を見ていて良く分かります。
フジコ・ヘミングの時間(ドキュメンタリー映画)  シネマの世界<第870話>_a0212807_03430907.jpg「フジコ・ヘミングの時間」は、2018年6月16日の「ピア」の初日公開満足度ランキング調査で第1位になったとか、福岡のKBCシネマでは、1か月を超えるロングラン公開中ですが、見に行く方は、世代を超えてまだ多いようです。
フジコさんは、16歳のとき患った中耳炎で右耳の聴力を失い、さらにベルリン留学中に世界デビュー・リサイタル直前、風邪をこじらせ(真冬にも暖房のなフジコ・ヘミングの時間(ドキュメンタリー映画)  シネマの世界<第870話>_a0212807_03425762.jpgい貧乏生活ゆえ)左耳の聴力を失いうという不幸に襲われました。
フジコさんは、将来あるピアニストとしてのキャリアを断たれ失意のどん底にいましたが、ストックホルムの病院でリハビリし左耳の聴力は、40%まで回復、たとえ耳が、聴こえなくても彼女は、ピアノの練習を続けていたそうです。
フジコ・ヘミングの時間(ドキュメンタリー映画)  シネマの世界<第870話>_a0212807_04153903.jpg不遇なフジコさんでしたが、ピアノの教師をしながら毎年コンサートを開催していたそうなので、‘遅咲きのピアニスト’どころか “人知れず咲いていたピアニスト”と称するのが、正確です。
フジコさんの口から「いま、恋してるの。 2年ぐらい楽しければいいじゃない。 片想いでも ワクワクすればいいじゃない。」と発せられる言葉の何と みずみずしいことか、映画のラスト、2017年
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12月、東京オペラ・シティでフジコさんが、演奏された「ラ・カンパネラ」の何と美しいこと!
フジコ・ヘミングさんは、「この曲(ラ・カンパネラ)は、すべてを捧げなきゃ弾けない曲、誰とくらべられたっていフジコ・ヘミングの時間(ドキュメンタリー映画)  シネマの世界<第870話>_a0212807_03431433.jpgい。」ときっぱりと言い、「音には色が、ある。」とも‥、音が、氾濫する現在(いま)の世界に色彩豊かな音楽は、どれくらいあるのでしょうか?
美しい音楽が、聴こえる現代絵画は、どこへ行けば、目することが、できるのでしょうか?
(予告編 こちら

by blues_rock | 2018-08-24 00:04 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
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