人生フルーツ シネマの世界<第708話>

監督は、ドギュメンタリー映画の名監督 伏原健之(1968~、東海テレビ・ディレクター)で、ナレーションが、名女

主人公は、名古屋市郊外の高蔵寺ニュータウンに住まう、元日本住宅公団の建築家 津端修一氏90歳と妻の
英子さん87歳の老夫婦です。津端氏は、日本住宅公団のエース建築家として1945年の敗戦で焼け野原となり、住むところ(自宅)を失った日本国民に生きるため最低限必要な「衣・食・住」のうち ‘住’ を働く都市の郊外に住居(団地)として提供する役割を担い、多摩平団地、高根台団地ほか数多くの団地を設計施工してきました。
しかし、設計施工した建築家のほとんどが、そこに住まわず都心に住んでいることに疑問を感じ、津端氏は、自分の設計施工した名古屋市郊外の高蔵寺ニュータウン(丘陵を開発し宅地化したベッドタウン)に住まい50年、老夫婦が、「2人で1つの生き物」と笑顔で話し、90歳の修一氏は、87歳の妻英子さんを「人生最高のガールフレンド」と語り、これが、「人生フルーツ」のプロット
である「この世は生きるに値する」を良く象徴しています。淡々と老夫婦お二人の日常生活を映しただけの地味なドキュメンタリーながら伏原監督(と撮影スタッフ)との信頼関係は、深く相当なもので当初、津端修一氏にテレビ(取材と撮影)への嫌悪感も少しあったようで、頑なに拒否されたようですが、伏原監督と長い時間かけて語り合い、
次第に胸襟を開かれ撮影を許されたとのこと、映画は、静謐そのもので終始、そこには、穏やかで和やかな 空気と寛いだ時間が、流れています。修一氏は、高蔵寺ニュータウンの基本設計に地形の面影を留め、風の通る雑木林の広い公園を入れましたが、高度成長期の経済(コスト)合理主義によって否定され、高蔵寺ニュータウン
の宅地造成のために山は、削られ谷が埋められました。そのとき、修一氏と英子さんのお二人は、高蔵寺ニュータウン造成地の一区画に土地300坪を購入、ワンルーム30畳の木造平屋を建て、自ら里山再生のロールモデル(行動の実践)を人生の後半生50年の暮らしで実践しました。
今では、雑木林に囲まれた木造平屋と果樹林に囲まれた畑は、野菜 70種と果実 50種が、育つキッチンガーデンになっています。最近流行りのスローライフやロハスを声高に唱えるエセ自然派や環境保護家とは、異質の人生美学 < できるものから小さくコツコツと実践する哲学、いつも笑顔で時をためてゆっくり取り組んでいく
信念 > が、あります。長年連れ添った老夫婦にあっても、それぞれ‘個の意思の尊重’は、人生に貫かれ、毎日の朝食にしても修一氏が、ご飯と味噌汁なのに対して妻の英子さんは、自家製のジャムにトースト、ジャガイモ料理大好きな修一氏のためジャガイモ嫌いの英子さんが、畑でせっせとジャガイモを育てジャガイモ料理を作る、テーブルの
置き方についても意見は、対立しますが、動かすうちに治まるところに収まります。年金で自立し、畑で採れる野菜と果物で自活するお二人の食卓は、いつも豊かでお二人の暮らしに、四季折々の季節の風が、いつも吹いており、映画を見る私たちに爽やかな感動を与えてくれます。
映画のラスト、佐賀県伊万里市にある心療内科精神科病院 山のサナーレクリニックから90歳の修一氏に届いたラブレターのような病棟設計依頼を受け、修一氏は、一切の謝礼なしを条件に引き受けられ設計の構想図面を描いている日の午後、普段の昼寝から目覚めず亡くなられました。
エンディング・クレジットでスペインの天才建築家 アントニオ・ガウディ、アメリカ最高の建築家 フランク・ロイド・ライト、フランスの鬼才建築家 ル・コルビュジエの建築理念が、紹介されます。ガウディ、ライト、コルビュジエ、偉大な建築家の哲学は、いずれも ‘自然の中の建築’ でした。
(左写真 : 伏原健之監督と阿武野勝彦プロデューサー)

