美術館を手玉にとった男(ドキュメンタリー) シネマの世界<第650話>
ジェニファー・グラウスマン監督は、ニューヨークタイムズで‘前代未聞の贋作事件’として報道された「30年に亘りアメリカ20州46の美術館に贋作を寄贈し続けたマーク・ランディス」に興味を持ちサム・カルマン監督とマーク・ベッカーと共同で(監督・撮影・編集を分担して)マーク・ランディスを天才贋作画家と慈善活動家の両面からドキュメンタリーで撮ることにしました。
グラウスマン監督は、ランディスの行為が、美術界の常識(美術館やコレクター、美術評論家)には、収まらないもっと本質的なテーマが、含まれていると考えポスト・プロダクションに多くの時間を割いています。
ドキュメンタリーの映像を見ていると良く分かりますが、主人公のマーク・ランディス始めマシュー・レイニンガー、アーロン・コーワその他、被写体(取材されるほう)とカメラを持つカルマン監督さらにグラウスマン監督・ベッカー監督三人の撮影者(取材するほう)とは、お互い相手に敬意を持ち信頼し合っていることを感じます。
そもそもマーク・ランディスが、絵を描き始めたのは、10代で統合失調症と診断され両親が、不在の時は、自室で母親から買ってもらったテレビを点け美術館のカタログにある絵を模写することが、習慣となったからです。
ランディスは、ランディスなりに子供のころから自分をコントロールするために自己流のアートセラピーを実践していたのでした。
早く父親を亡くし、やがて母親も亡くなるとランディスの模写は、エスカレート、彼に天性の画才が、あっただけに美術館のキュレーターやディレクターなど専門家も見破れない天才贋作画家になっていきました。
ランディスは、「絵に完全なオリジナルは、存在しない」と言い切り、贋作中「草は、適当でいいよ」と指先に絵の具を塗りさらさらと描き、「裏は、コーヒーをかければ古く見える」と飲みかけのコーヒーをかけ「ウォルマートで売っている額を使えば、サザピースに出品されたみたいに良く見えるよ」とウォルマートで購入した画材を見せてくれました。 (上写真 : 左、マシュー・レイニンガー / 右、アーロン・コーワ)
自分の絵に対する問いにランディスは、「芸術(Art)‥? 違うよ、工作(Craft)だよ」と事もなげにシンプルに答え、彼の答えが、このドキュメンタリー映画「Art and Craft」の原題になっています。
ランディスには、金儲けなど関心が、なく自分の記憶の中の母親=テレビなのか彼は、絵を描いているとき必ずテレビをつけ、旧い映画を流しながら制作しています。
ランディスが、資産家や神父を装い、美術館に自分の贋作を寄贈しに行くとき彼は、テレビで何度も見た旧い映画やドラマの登場人物を模倣し、セリフまで真似ることもあり、なかなかのユーモアセンスに笑ってしまいます。
マーク・ランディスは、絵(完ぺきな模写=贋作)だけでなく旧い映画を見て自己流のアートセラピーを実践していたのでした。
映画の最後、シンシナティ大学ギャラリーのディレクター アーロン・コーワが、ランディスに声をかけ、ランディスの贋作を最初に見破ったマシュー・レイニンガーに監修の協力を求め、天才贋作画家マーク・ランディス個展を開くシークエンスは、感動的です。
さらにエンディングで、これからも贋作を描くのかと質問されたランディスが、答えたセリフもなかなかユーモアにあふれていて同時にクール(贋作制作を止める気なし)です。
(上写真 : 左から天才贋作画家・寄贈者マーク・ランディス、監督・撮影サム・カルマン、監督ジェニファー・グラウスマン、共同監督・編集マーク・ベッカー)