サウルの息子 シネマの世界<第646話>



さて、映画「サウルの息子」が、描くのは、前述したようにポーランドのアウシュビッツ第2強制収容所(ビルケナ
ウ)で行われたナチスドイツによるユダヤ人ホロコースト(人種絶滅の大量虐殺)の様子です。1944年10月6日から10月7日の2日間、このアウシュビッツ第2強制収容所でゾンダーコマンド(収容ユダヤ人の中から選抜された特別労務班)として虐殺された山のような同胞ユダヤ人の死体を始末する強制労働に就く主人公のユダヤ系ハンガリー人サウル(ルーリグ・ゲーザ 1967~、ハンガリーの俳優・詩人)に撮影カメラは、密着しいたします。
強制収容所で虐待されるユダヤ人たち、彼らに容赦なく暴力をふるうナチス親衛隊員と演じるのは、ほとんど素人のエキストラ(400人)ながらラースロー監督の演出によるとはいえ、そのリアルな生々しい演技に驚きました。ゾンダーコマンドのサウルに密着したカメラマンのマーチャーシュ撮影監督が、決死の覚悟でユダヤ人ホロコースト(大量虐殺)現場を隠しカメラによりゲリラ(‘トラッキング・ショット’)撮影したような映像は、観客も当事者とし
てその現場にいるような生々しい臨場感と極度の緊迫感を生み出しています。ナチスは、異臭のする夥しい虐殺死体の火葬と証拠隠滅のため灰にして川に流す後処理ならびにユダヤ人の血や排泄物で汚れた施設の清掃をユダヤ人のソンダーコマンドに‘特別労務’として強制労働させました。
アウシュビッツで70万人のユダヤ人が虐殺され、その後処理のため背中に‘赤い×’を印されたソンダーコマン
ドは、数か月の延命(だが数ヵ月後 証拠隠滅の ‘口封じ’に必ず処刑された)とわずかな食料支給を引き換えに昼夜働かされました。ナチスが、悪魔顔負けにおぞましいのは、ガス室で虐殺される同胞ユダヤ人の貴金属類・頭髪・靴・衣類・眼鏡に至るまでソンダーコマンドに収奪させたことです。
この映画のもう一つの重要なポイントは、‘音響’です。
映画は、被写界深度の浅いレンズ(ピントの幅が狭い)により35mmフィルムのスタンダード・サイズ(タテ1:ヨコ1.3)で長回し撮影され主人公サウルの顔にピントを合わせたカメラが、サウルを追いかけ(トラッキングし)ますので映像は、サウル顔以外ボケでぼんやりとしか見えませんが、映画を見る者は、自分の目に見えるものが何なのか、耳に聞こえるのは、何なのか、音で良く分かります。ラースロー監督は、強制収容所のさまざまな音をすべて録音するため音響設計に5か月かけ些細な物音も録音
しました。収容所で飛び交う言語(8か国語)も撮影時の音声に合わせて収録されていますので、ガス室内の悲鳴、うめき声,ナチス親衛隊員の怒声など収容所内の音にも生々しいリアリティが、あります。
サウルは、劇中何もしゃべらず狂気に満ちた収容所の中で心を閉じているのが、表情から見てとれます。
彼の感情が、唯一動くのは、ガス室で虐殺された死体を処理しているとき彼が、の息子と思うまだ息のある少年
を発見したときだけです。その少年は、すぐに親衛隊員によって銃殺されますが、サウルは、監視の目を逃れ息子の遺体をユダヤ教徒として埋葬しようと奔走するところから「サウルの息子」のストーリーは、展開していきます。
ハンガリー人のラースロー監督が、「いま人類が破滅に向かっていく空気や危うさ、怖さを感じています」というようにドイツ人のデヴィット・ヴェント監督(1977~)も「帰ってきたヒトラー」で訴えています。


