リリーのすべて シネマの世界<第602話>





エイナルの妻で肖像画家ゲルダをスウェーデンの名女優アリシア・ヴィカンダー(1988~ ゲルダ役でアカデミー賞助演女優賞を受賞、「ロイヤル・アフェア 愛と欲望の王宮ではデンマークの名優マッツ・ミケルセンと共演)が、女性リリーとなった夫エイナルに混乱しながらも夫エイナル=女性リリーを最期まで愛する妻を熱演しています。主人公の二人を支えるのが、女性となったリリーの友人ヘンリク役でイギリスの俳優ベン・ウィショー(1980~)、
パリで画廊を営むエイナルの幼なじみハンス役をベルギーの俳優マティアス・スーナールツ(1977~)、リリーの性同一性障害をただ一人認めた医師ウォーネクロス博士役にドイツの名優ゼバスティアン・コッホ(1962~ 「ブリッジ・オブ・スパイ」に出演)とキャストも申し分ありません。
何と云ってもフーパー監督の丁寧な演出が、秀逸で、これをフーパー監督の盟友ダニー・コーエン撮影監督(1974~)は、巧みなカメラワークにより美しい静謐な映像で撮っています。余談ながら「エイナル/リリー」の映画化は、10年前に名女優ニコール・キッドマンが、プロデューサーとなり脚本・配給会社も決まり、ゲル
ダ役をイギリスの女優レイチェル・ワイズ、監督にスウェーデンのラッセ・ハルストレム監督などで企画は、あったようですが、製作に至りませんでした。ハルストレム監督の「エイナル/リリー」も見たかったとひとりのファンとして思います。
フーパー監督が、撮ったこの「リリーのすべて」を見たニコール・キッドマンは、映画の質の高さを絶賛し大層喜んでいたそうです。映画と直接関係のないことですが、私は、LGBTに偏見はないもののHeteroとして腑に落ちない(理解できない)ところも少しあります。
日ごろから私は、「信じる前にまず疑え。 真理や道理、本当の愛は、その向こうにある。」と思っていますので、たとえば、セックス(性交‥原始的な意味で生殖行為、生物カテゴリーでは交尾と云う)つまり生殖は、種の(種族)繁栄のための本能とシタリ顔でいう方々もいますが、それは違うと思っています。性本能の行為(発情行動)つまり恋(恋愛)は、常に自己中心で非常識なもの、これは事実であり真理です。
性欲とは、個体のコピー願望(存続本能)で、個とは、種の(種族)繁栄と無関係に個の遺伝子(DNA)を生殖(受胎)でコピーして(雌は出産し雄は出産させて)次の個体に自分のDNAを残す‘利己的遺伝子の乗り物’です。 (これについて詳しくは こちら を参照してください。)
異性を必要とする生殖に同性愛(レスビアンあるいはゲイ)のカップルが、第三者(異性)の精子または卵子と子宮を借りてまで自分の子供(次の個)を残そうとするのは、DNAが、個に命令しているからに他ならないと私は、
推察いたします。やがてこのことの行着く先は、個の細胞から胚を造り、個のDNAが、100%の受精卵による‘クローン人間’になるだろうと予想します。
しかし悲しいかな、産まれて来る次の個(子供)に出生の選択権はなく、子供は、いずれ自分のアイデンティティを求め、出生の真実(精子であれ卵子であれ親は誰か)を知りたいと思うのは、必然です。
レスビアンの親をもつ子供の立場から生物学上の父親との関係を描いた映画が、「キッズ・オールライト」です。


