「ヒトラーの贋札」・「ミケランジェロの暗号」 シネマの世界<第70話>
ステファン・ルツォヴィツキー監督(1961~51才)とヴォルフガング・ムルンベルガー監督(1960~52才)の二人は、ともに50代になったばかりのオーストリア俊英の映画監督です。
ルツォヴィツキー監督の2007年公開映画「ヒトラーの贋札」は、アカデミー賞外国語映画賞を受賞しました。
映画のストーリーは、ナチスドイツの支配下にあった当時のヨーロッパで、ただ一国イギリスだけが、ナチスドイツ(独裁者ヒトラー)の言うなりになりませんでした。
ナチスは、ユダヤ人強制収容所の一画に、イギリス=ポンド・アメリカ=ドルの偽造紙幣や外国の偽造パスポートを作る秘密工場をもっていました。
その強制収容所にロシア出身の芸術家で世界的な贋作師(がんさくし)の男が、ベルリンで紙幣・パスポートの偽造でゲシュタポに逮捕されて移送されて来ました。
彼は、死を待つだけの生き地獄のような強制収容所から、突然厳重に隔離され監視された別の収容所へ移され、今までとは別世界の快適な収容棟に送られました。
他にも他の強制収容所から移されて来た特殊技能をもつ印刷工たちがいて、異例な待遇を受けながら収容棟の工房で贋札作りを強制させられていました。
ナチスは、ヒトラーの命令で大量に偽造した贋ポンド紙幣を世界中にバラ撒き、イギリス経済を混乱させ、戦争継続を不可能にするのが目的でした。
そこで展開するヒトラーの極秘命令を受けたナチス将校たちの焦りとユダヤ人印刷工たちの彼らに対する虚々実々のかけ引きによる抵抗が、映画の見どころです。
この映画は、実話をもとにしているので、どのシーンもリアリズムがありました。
第二次世界大戦前、世界の基軸通貨であったイギリス=ポンドもイングランド銀行すら見破れなかった偽造ポンド紙幣の氾濫で、ポンドは次第に信用を失墜していきました。
かって七つの海を支配した大英帝国の経済は衰退し、大戦後ポンドに代わって偽造紙幣被害のなかったアメリカ=ドルが、世界の基軸通貨になり現在に至っています。
ムルンベルガー監督の2011年映画が「ミケランジェロの暗号」です。
日本の映画配給会社が、2006年に大ヒットした映画「ダ・ヴィンチ・コード」にあやかって柳の下のドジョウをねらい名付けた邦題なのでしょうが、原題「Mein bester feind(英訳:My best enemy)」を直訳した「わが最良の敵」のほうが、見終わって‘なるほど’と思う映画「ミケランジェロの暗号」(2011)でした。
映画仕立ての道具として「ミケランジェロのデッサン(絵)」は登場しますが、あえて言うなら、主人公の父が、家族のために隠したミケランジェロの絵とその在り処を自分の肖像画に“ミケランジェロの暗号”(強制収容所で死ぬ前に言い遺した「肖像画を視野から消すな」)としてヒントになるでしょう。
映画は、ナチスドイツとイタリアの軍事同盟に欠かせないミケランジェロの絵を巡って、サスペンス映画のようなタッチでテンポよく展開していきます。
ナチスの独善や偽善に満ちたナチスドイツのヒエラルキーに思わず笑ってしまうパロディのようなシーンもあり、映画のラストでニヤリとさせられる皮肉たっぷりなショットなどは、ムルンベルガー監督の演出センスを感じました。
ムルンベルガー監督は、自作「ミケランジェロの暗号」の撮影に「ヒトラーの贋札」のスタッフを採用していますので、映画を鑑賞しながら監督の比較をしてみるのも映画を見る楽しみです。