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心の時空

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a day in my life

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韓国系フランス人でフランスの女性監督ウニー・ルコント(1966~)の 長編作品第2作目となる2015年映画「めぐりあう日」(脚本・監督、原題「Je vous souhaite d'etre」あなたは私の希望)は、前作2009年のデビュー作品(脚本・a0212807_08542230.jpg監督) ‘冬の小鳥’で、韓国に生まれ韓国人の親に捨てられた自分が、なぜフランス人なのかという ‘アイデンティティ’ の拠りどころを描いたときと同じように、実の親を知らないフランス人女性の ‘自分探し(アイデンティティ探し)’ をテーマにした作品です。
主人公の理学療法士エリザ(セリーヌ・サレット 1980~、2013年「君と歩く世界」に出演)は、パリで夫アレックa0212807_08543419.jpgス(ルイ=ド・ドゥ・ランクザン 1963~、2016年「パレス・ダウン」出演)と8歳の息子と暮らしていますが、自分の産みの親を知りませんでした。
フランス人の夫との間にできた息子の容姿が、アラブの男の子を思わせる容姿であることからエリザは、夫から疑われ苦しみました。
夫と別れ、心の底に蟠(わだかま)る自分の過去を知るため、息子を連れ出生地の北フランスの港町ダンケルクa0212807_08544273.jpgへ移り住みました。
実の親(両親)の手がかりは、なかなか見つからずにいたある日、息子の通う学校で、給食補助員として働くアネットという中年女性(アンヌ・ブノワ、2006年「薬指の標本」出演)が、患者としてエリザの治療室を訪れて来ました。
エリザが、アネットを治療するうちに二人は、お互い次第に不思議な親近感を覚えるようになりました。
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ここから映画は、アネットの青春時代、16歳のときの一途な愛と悲恋、そして訪れる悲痛な苦悩とエリザが、想像もしなかった彼女の人生を映していきます。
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この重く切ない二人の女性の人生を フランスの名撮影監督 カロリーヌ・シャンペティエ(1954~、名監督の傑作を多く手がけるベテランの名撮影監督、近作でも2011年「神々と男たち」、2012年「ハンナ・アーレント」、2017年a0212807_08550886.jpg夜明けの祈り」など)が、繊細なカメラワークで表現、見ている私たちの心を惹き付けていきます。
「めぐりあう日」は、脚本・監督のウニー・ルコント監督、カメラのカロリーヌ・シャンペティエ撮影監督、主人公エリザ役のセリーヌ・サレットとアネット役のアンヌ・ブノワ 4人の女性たちの情熱で生まれた秀作映画です。
a0212807_08545099.jpg映画ラストのシークエンスで流れるアンドレ・ブルトン(愛を否定し自分が、生まれたことを呪っていたフランスのシュールレアリスト詩人)が、父となり 生後8か月の娘へ贈った詩の一節「あなたの誕生に何一つ偶然はない」から続く詩の朗読は、じんじんと私の胸に染み入りました。

# by blues_rock | 2018-10-20 01:20 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
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日本にも1960年代以降に生まれた才能ある中堅ならびに若手の映画監督(当然脚本も自作)が、出現し始め、かっての日本映画の水準に到達しそうな予感、私は、贔屓監督が、新作を発表するたびに、わくわくしながら、
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映画館に向かいます。
1990年代、ピンク映画ばかり撮っていた瀬々敬久監督(1960~)は、2000年代になると長編映画の自主製作で
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一気に才能が、開花、2017年作品「最低。」は、すばらしいものでした。
それから1年、最新作「菊とギロチン」もまた期待に違わないすばらしい作品です。
a0212807_12480064.jpg映画は、3時間と長尺ですが、長さを感じさせず、 瀬々敬久監督と相澤虎之助監督(1974~)の共同脚本による斬新な映画感覚は、秀逸です。
タイトルの「菊とギロチン」から少々アクの強い思想的なものを感じる向きもあるでしょうが、映画の舞台となる大正時代の空気感(リアリズム)を好く表現しています。
a0212807_12480243.jpg大正から昭和20年までの国体であった天皇が、絶対権力としての帝国主義(極右)の象徴としての「菊」と フランス革命ルーツの暴力と流血革命の象徴で斬首処刑の道具であった「ギロチン」の組み合わせは、アナーキー(極左)でシュールです。
1923年(大正12年)関東大震災直後の大正時代末期、その暗黒の歴史(負の歴史)を瀬々監督の演出と撮影監督鍋島淳裕(1962a0212807_12481261.jpg~)のカメラは、昭和30年代まで実際に存在した「女相撲」興行の一座と、国粋主義自警団による関東大震災後の騒乱(ドサクサ)に紛れた在日朝鮮人虐殺事件、アナーキズム(無政府主義と翻訳されるも労働者中心=労働組合主義が正確な意味)運動の秘密結社ギロチン社による反帝国主義テロ活動、そのドサクサを悪用した憲兵隊(特高)甘粕大尉による社会運動家(自由主a0212807_12480659.jpg義者) 大杉栄(1885~1923没、当時38歳)、内縁の妻で婦人解放運動家 伊藤野枝(1895~1923、当時28歳)、大杉栄の甥宗一(当時6歳)3人が、虐殺された大杉栄扼殺(やくさつ、手で絞め殺すこと)事件をリアルに描いています。
大正12年の関東大震災直後の日本は、異常気象による未曾有の干ばつと飢饉(ききん)で疲弊し貧困に苦しむ国民の間には、不穏な空気が、流a0212807_12484100.jpgれていました。
自由主義と大正デモクラシーの時代にあっても男尊女卑の世相は、何も変わらず父親や夫の暴力から逃れた女たちが、生きて行くための職業は、娼婦(女郎)しかなく、あるいは、女相撲や旅芸人・サーカスなど見世物興行一座に入るしかありませんでした。
a0212807_12484461.jpg映画のタイトルは、当初「女相撲とギロチン社」だったそうですが、女相撲という意表を突いた道具立てにしたことで国粋(天皇神格化)の象徴としての菊、社会主義革命の秘密結社ギロチンという不倶戴天の敵同士を「菊とギロチン」で対峙させています。
昭和となり大正デモクラシーが、消滅すると国粋プロバガンダによる一億総玉砕の国体は、1945年8月15日の遅すぎる敗戦を迎えa0212807_13090574.jpgました。
あの敗戦から73年、昭和から平成そしてまた新しい元号の時代になりますが、何だかキナ臭い匂いもし始めた昨今、新しい御代は、「普通なことが、普通に行われ、当たり前が、当たり前にまかり通る」平安な時代であって欲しいと切に願います。
その異常な悪しき一例が、職業スポーツの大相撲です。
a0212807_13093192.jpg古くは奈良時代、女性を土俵に上げたという記録もある相撲が、天皇を総宮司(神主総長)とする神道の神事で相撲は、国技であると宣(のたま)い、男女同権・機会均等の今の世にあって聖なる母性の女性が、‘不浄の者’として土俵に上がれないとは、噴飯もので愚か者(バカ)のタワゴトです。
a0212807_13091025.jpgさらに相撲が、国技であり、八百万の神々への神聖なる奉納神事と宣(のたま)うなら私は、チベット仏教の国モンゴル人(外国人)を賑々しく迎え横綱にして国技館で日本の神様たちへ神事の奉納土俵入り(モンゴル横綱は高額ギャラのためながら)をさせるなんざあ、そりゃあなた方、どこか間違っていますよと言いたいのです。
a0212807_12484860.jpg閑話休題、この映画は、何といっても女相撲を演じた女優陣が、すばらしく、シコ名花菊の木竜麻生(1994~)、十勝川の韓英恵(1990~、2001年「ピストルオペラ」のヌード少女)、玉椿の嘉門洋子(1980~)、勝虎の大西礼芳(1990~)、小桜の山田真歩(1981~)たちは、クランクインの前、撮影準備のため相当な時間、本格的に相撲の稽古をしたそうな、スクリーンに映る女相撲に違a0212807_12485508.jpg和感なく、撮影現場の瀬々監督は、さぞ満足したことでしょう。
ギロチン社の革命家を演じた俳優たちも若手中心ながら皆な芸達者で東出昌大(1988~)、寛一郎(1996~、長編デビュー、名優佐藤浩市の息子にして稀代の名優三國連太郎の孫)、井浦新(1974~、是枝裕和監督の初期作品に出演)、大西信満(1975~、自警団の偏狂的国粋主義者役が、a0212807_12485952.jpg見事)、右翼で読売新聞創業者の正力松太郎役を大森立嗣監督(1970~、2013年「さよなら渓谷」、2018年「日日是好日」の監督)ほかが、脇を固めています。
鍋島撮影監督は、ハンディカメラを多用、その映像が、音楽の西アフリカ民族打楽器ジャンベとの相性良く、かつ斬新で、とくに女相撲のシーンや浜辺で踊るシーンは、実に効果的でした。
73年前に終わった国家間の瑕疵(かし、きず)を払拭したとき、東アジア新世代の映画人たちが、大同団結してa0212807_12490488.jpg共同製作するようになり(もうすでに始まり名作も少なからず発表されていますが)、心ときめく傑作映画は、もっと増えていくでしょう。

右は、女大関(最高位)の若緑と大杉栄

# by blues_rock | 2018-10-18 10:18 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
私が、働く在宅高齢者介護事業所「森の家」の火曜日午後は、絵画教室です。
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毎週、10数人の後期高齢者で程度の差はあれ認知症を患う高齢者の方が、参加されています。
a0212807_10541986.jpg他に担当するのが、金曜日午後の俳句教室で、17文字の文学(世界で最も短い詩‘俳句’)は、奥が、深く、私に太刀打ちできる技量は、ありませんが、口数(減らず口)で勝負しています。
されどプロの俳人も及ばない、ぶったまげる名句を詠まれる方もおられますので事業所代表から私の戯言(たわごと)は、きつく口封じ(厳禁)されています。
絵を描くのも俳句を捻られるのも参加される方のほとんどが、初めての方ばかりなのにその作品の素晴らしさに驚かされます。
‘認知症’という脳細胞の衰退劣化(アミロイドβというタンパク質老廃物の蓄積による障害)に伴う病気、つまり、今は若くても「明日は わが身」の病気です。
その「明日は わがa0212807_10543499.jpg身」の私が、お手伝いするのは、「絵の描き方」ではなく、画材の使い方や構図くらい、あえてアドバイスするのは、「幼児が、落描きするように自由に楽しく、できるだけヘタに描いてください。」と云うことだけです。
「上手く描いて褒められようとか、だれかによく見られようとか、そんな邪念は、絵を描く人の心の敵です。
風景、人物、静物、そっくり上手に描きたいのなら、今のデジカメで撮影すれば、誰でも容易にできること、そんなものに個性は、なく‘芸術の特性’であるその人だけのOne & Onlyから生まれる感動などあるが、ありません。」とお伝えしています。
俳句もまた同じこと(One & Only の感性)と思います。
人生もまた One & Only、人と比べることなど無益で無駄なこと、「長生きしてもたかが百年、指弾の時間」、あるがままに 諍(いさ
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か)わず 笑顔で楽しく暮らしましょう。  (上の写真 : 4歳児が、誰にも教わらず 初めて描いた水彩画、芸術の原始 を感じます。)

# by blues_rock | 2018-10-16 00:06 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(0)
スイスは、時おり秀逸な映画を製作します。
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1985年の「山の焚火」などは、十代の姉と発達障害のある聾唖(ろうあ)の弟との偶発的な近親相姦とそれによる姉の妊娠、それに端を発したこれも偶発的な事故による親殺しとセンセーショナルなプロットながら寓話性にa0212807_23482045.jpg富んでいるので印象に残る不思議な映画です。
今夜ご紹介する同国映画監督 ミヒャ・レビンスキー(1972~)が、2015年に発表した「まともな男」(原題「Nichts passie」何も起こってない)は、映画を見ているとイライラしてくる(気持ちが、だんだん不安定になってくる)良い意味で質(タチ)の悪い不思議な秀作映画です。
a0212807_23485545.jpgなぜなら、主人公の中年会社員トーマスは、スイスでなくとも世界中 ‘どこにでもいる普通のまともな人間’で、映画を見ていると自分のまわり(友人・親戚・知人・同僚その他)に ‘いるいる こんな人’と思わせますので妙に現実味が、あるから面白いのでしょう。
映画は、まず冒頭、主人公のトーマスが、ストレスで日ごろ飲まない酒を飲み、酔っぱらってわざと起こした自動a0212807_23482391.jpg車事故の精神治療カウンセリングで、セラピストに「ボクは、いたって普通のまともな人間」と語っているシーンから始まります。
レビンスキー監督は、この最初のつかみ(演出)が、非常に上手く、あわせてレビンスキー監督の脚本は、小さな出来事を緻密に積み重ねる構成をしているので相手のために良かれと思い(自分でそう信じているからなおタチが悪い)、とっさにa0212807_23485861.jpg付いた小さな嘘と行ない(本人は善意のつもり)が、積み重なることで(自分に都合良くその場その場で出まかせを云う優柔不断な人間の保身による些細な嘘の積み重ねで)さらに事態は、どんどん悪い方向に転がっていく、つまり善意の嘘が、負の連鎖に巻き込まれ次第に自分の人生を台無しにしていく「まともな男」の物語です。
a0212807_23490744.jpg中年会社員のトーマス(デービト・シュトリーゾフ 1973~、2007年「ヒトラーの贋札」)は、家族(妻と娘)のためにクリスマス休暇で、スキー旅行に行く計画を立てました。
売れない作家の妻マルティナ(マレン・エッゲルト 1974~)は、倦怠期にあり離婚を考えていますが、夫のトーマスは、まるでそのことに気付いておらず、昔のように妻を愛し、当然妻マルティナもまた自分を愛a0212807_23492532.jpgし、‘喜んで一緒に旅行する’ものと考え一方的(勝手)に予約しました。
15歳の一人娘ジェニー(ロッテ・ベッカー 1999~)は、反抗期でたとえアルプスのリゾートスキー場でも両親とくに父親と一緒に旅行など行きたくもありませんが、父トーマスの‘家族のため’にと云うセリフに引きずられ自分の感情を抑え我慢して行くことにしました。
a0212807_23492929.jpgトーマスは、当初家族3人のスキー旅行計画でしたが、アメリカに出張するシングルファーザーの上司から「クリスマスに娘を一人にしておけないから預かって欲しい」と昇格をエサに依頼され、娘ジェニーの友だちでもあり、きっと娘も喜ぶだろう(本当はさして仲良しではない)と家族に相談a0212807_00041620.jpgせず上司の愛娘ザラ(アニーナ・バルト 1996~)も連れて行くことにしました。
映画に登場する人物たちは、どこにでもいる普通のまともな人たちながら、皆なそれぞれ‘保身する(自分を守る)’ために事なかれ主義で、小さな嘘を重ね、そのことにより起きた小さな事件を隠すので、やがてトーマスは、のっぴきならぬ混沌(巻き戻せない重大な現実)の中で身動きが、取れなくなりa0212807_00042550.jpg「まともな男」と自分で思っているトーマスは、だんだん追い詰められ次第に「異常な男」になっていきました。
家族であれ、恋人、友人、同僚であれ、あらゆる人間関係に必ず付きものの相手との小さな不和(うざい・うっとうしい)や不穏な気持ち(ムカつき・うるさい)を包み隠し、お互いトラブルをできるだけ避けるために保身(自己防衛)する各人のリアルな表情a0212807_23493267.jpg(嘘を付く顔)をスイスの撮影監督 ピエール・メネル(1964~)のカメラは、いじわるなくらい的確に捉えています。
この映画「まともな男」の ‘男’ を ‘女’ に置き変えると、あなたのまわりで、さらなるリアルな人間模様(あるいはしがらみ)が、見えてくることでしょう。

# by blues_rock | 2018-10-14 00:04 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
アクション映画の名匠 アントワン・フークア監督(1966~)の最新作「イコライザー 2」(IMAX)を見ました。
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フークア監督の最近の映画では、2013年の「エンド・オブ・ホワイトハウス」、2014年の「イコライザー」、2015年の「サウスポー」、2016年の「マグニフィセント・セブン」と必ずしもアクション映画ばかりではありませんが、されど見a0212807_12510061.jpgごたえのあるサスペンス&アクション映画を撮らせたらフークア監督をしのぐ監督は、世界広しといえど、そういないと思います。
フークア監督は、2014年「イコライザー」で、デンゼル・ワシントン(1954~)の物静かな風貌と知性ある雰囲気を生かし、だが一旦堪忍袋の緒が、切れるとクールに(あっという間に)凄腕の戦闘能力を発揮する元CIA工作員ロバート・マッコールa0212807_12512010.jpgという街の片隅で静かに暮らすイコライザー(いわば必殺仕置き人)像を創りあげました。
フークア監督は、監督2作目の2001年「トレーニング デイ」でデンゼル・ワシントンと組んで(デンゼル・ワシントンは、この映画でアカデミー賞主演男優賞受賞、極悪非道な悪徳麻薬捜査官を怪演)以来、最新作「イコライザー 2」まで含めると4作品をa0212807_12512544.jpg撮っているので ‘演出’ と ‘演技’ の息もピッタリ、さらに名撮影監督オリバー・ウッド(1950~、「ジェイソン・ボーン」シリーズの撮影監督)のリアリティあるカメラワークが、また秀逸で、世に数多あるアクション映画の ‘嘘八百(ワイヤーアクションCGとVFXの過剰)’ を感じることは、ありません。
a0212807_12512799.jpg「イコライザー 2」の主人公ロバート・マッコールは、普段タクシー運転手ながら映画の前半、マッコールの ‘イコライザー’(Equalizer 仕置き人)ぶりを見せつつ彼が、昔所属していたCIA特殊工作グループの要人暗殺犯行に絡み、彼は、その証拠隠滅(口封じ)のために命を狙われるが、研ぎ澄まされた戦闘能力で復讐するという物語です。
a0212807_12515005.jpg映画の構成(プロット)は、マッコールが、CIA特殊工作グループの元同僚らに命を狙われる緊迫感あふれるシークエンス(アクションシーンの連続)をタテ軸に、マッコール同様に命を狙われ惨殺される元CIA同僚のスーザン(メリッサ・レオ 1960~、前作「イコライザー」にも出演)や、アパート隣人の黒人青年マイルズ(アシュトン・サンダース 1995~、2016年「ムーンライト」で十代の主人公シャロンを演じる)、さらにナチスドイツの強a0212807_12515601.jpg制収容所で生き別れになった姉を探し続ける認知症のユダヤ人老人などとの関わりを横軸に情感豊かな映画にしています。
監督・脚本・俳優・映像に優れたエンタメ・アクション映画は、IMAX(70ミリフィルムをタテ長にしたほぼ正方形のスクリーン)で見ると気分爽快です。
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(上写真 : デンゼル・ワシントンと撮影の確認をするアントワン・フークワ監督)

# by blues_rock | 2018-10-12 00:02 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
陶と漆とパイプオルガンの相関関係は、何もありませんが、何もないところへ無邪気に立ち入り平気でいられるのは、素人の強み、怖いところ、特権です。
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さて、まず「パイプオルガンとトランペットの出遭い コンサート」への誘(いざな)いの第2弾のご案内です。
しつこく書いていますが、パイプオルガンは、移動できないので市内至るところに会場を移してライブ(コンサー
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ト)するというわけにはいきません。
福岡市内で 3箇所しかないパイプオルガン・コンサートのできる会場の一つが、‘福岡女学院ギール記念講堂’
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で今回は、トランペットとのコラボレーションによるパイプオルガンのコンサートです。
会場へは、西鉄大牟田線の井尻駅で下車し、駅前のバス停から「福岡女学院行き」のバスにお乗りくださると、
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概ね15分くらいで到着します。 (上と下写真 : 左、焼締め とびかんな鉢 と 右、陶胎漆器 とびかんな茶盌) 
前売りチケットが、2千円(当日2千5百円)で、高校生・中学生・小学生は、‘無料’です。
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(注:小学生以下乳幼児の入場は、できませんので予めお断り申しあげます。)
車の方は、構内にコンサートのため特別に駐車場を設けますので構内入口でその旨申し出てください。
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この機会に荘厳なパイプオルガンの音色をお楽しみください。  (上写真 : 鉄釉 とびかんな 中鉢)
皆さま方、多数のご来場をお待ち申しあげます。  (下写真 : 手びねり 砥草文掻き 粉引茶盌)
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# by blues_rock | 2018-10-10 00:10 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(0)
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ポーランド出身の鬼才ロマン・ポランスキー監督(1933~)が、1965年に撮ったイギリス映画「反撥」(原題 Repulsion 嫌悪)は、フランスの名女優カトリーヌ・ドヌーブ(1943~)を主演に迎え、神経質で潔癖性の若い女性
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が、次第に幻覚(幻視・幻聴の‘統合失調症状’)に怯え殺人を犯していくスリラー映画の傑作です。
当時 22歳のカトリーヌ・ドヌーブが、美しく実に見事な演技を見せてくれ、私は、この映画で、名女優カトリーヌ・a0212807_01145502.jpgドヌーブの演技者としての才能を強く感じました。
ポランスキー監督は、1962年、ポーランド映画「水の中のナイフ」で監督デビュー、その才能が、世界で高く評価されたものの当時社会主義国のポーランドでは、黙殺されました。
1963年、表現の自由を求めてイギリスに渡り、ロンドンを舞台に撮ったイギリス映画が、「反撥」です。
映画は、全編英語でヌーヴェルヴァーグを彷彿とさせるモノクロ映像(カメラワーク)は、1959年のトリュフォー監督の「大人は判ってくれない」、同年のゴダール監督「勝手にしやがれ」を感じさせます。
「反撥」を製作するに当たって当時32歳のポランスキー監督は、撮影監督ギルバート・テイラー(1914~2013)が、1964年に撮ったスタンリー・キューブリック監督の「博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか」とリチャード・レスター監督の「ビートルズがやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!」を見て「反撥」の映像イメージが、浮かんだのではないかと思います。
カトリーヌ・ドヌーブは、「反撥」に出演する前年の1964年「シェルブールの雨傘」が、大ヒット、その悲恋の清純な娘ジュヌヴィエーヴの印象は、カトリーヌ・ドヌーブの美貌と相俟って彼女を一躍スターにしましたが、翌年出演した「反撥」の主人公キャロルは、悲恋の清純な娘の真逆で、精神に異常をきたした若い女性の殺人者でした。
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ポランスキー監督の演出とテイラー撮影監督のカメラは、‘ カトリーヌ・ドヌーブ ’をトラッキング、フォロー、さらに多様なクローズアップ、とくに精神錯乱のキャロル(カトリーヌ・ドヌーブ)をエクストリーム・クローズアップ(顔a0212807_01152919.pngの大写し)で捉え、それに応える新鋭女優カトリーヌ・ドヌーブが、息をのむ美しさで、秀逸にして文句なしの名演技でした。
音楽もまたすばらしく ジャズ・ドラマー チコ・ハミルトン(1921~2013)の激しいドラム音は、キャロルの不穏な精神を音で見事に表現しています。
a0212807_01153699.jpgキャロルの精神の変調要因になるのが、隣室に毎晩愛人を連れ込んでセックスする姉ヘレン(イヴォンヌ・フルノー 1926~)の喘ぎ声、アパートの隣にある教会の鐘の音、テーブルに放置された食べ残しのウサギのローストなどで、やがて神経質にして潔癖な処女のキャロルは、勤め先の美容院を無断欠勤するようになり、自室に引きこもり電話のベルにも怯え、電話線も切ってしまいました。
a0212807_01154771.jpg夜毎、見知らぬ男にレイプされそうになる悪夢、部屋の壁が、亀裂する幻覚、廊下の壁から差し出される男たちの腕 ‥ と妄想は、次第に広がり、少しずつキャロルの精神を壊していきました。
そして、キャロルのいるアパートの部屋で二つの殺人事件が、起きました。
キャロルは、ベッドの下でうずくまり気を失っているところを姉のヘレンと愛人、アパートの隣人や駆け付a0212807_01155010.jpgけた警察官たちに発見されました。
映画は、冒頭、キャロルの右目瞳孔を大きく映して始まり最後に、家族写真に写る少女時代のキャロルの不穏な目をクローズアップして終わります。

(左写真 : ポランスキー監督と打ち合わせるカトリーヌ・ドヌーブ)

# by blues_rock | 2018-10-08 00:08 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
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名匠にして鬼才、フランスの映画監督 フランソワ・オゾン(1967~)の新作「2重螺旋の恋人」(原題 L'amant double 二人の愛人)と、同じ時期に公開されていたカナダの名監督ジェイソン・ライトマン(1977~)の新作「タa0212807_20274426.jpgリーと私の秘密の時間」(原題 Tully)は、共に精神病性障害(サイコシス)の女性を主人公にしたスリラー映画です。
「2重螺旋の恋人(ラマン・ダブル)」のオゾン監督は、2013年作品「17歳」で鮮烈な印象を残した新鋭の美人女優マリーヌ・ヴァクト(1991~)を再び起用し ‘統合失調症’(幻覚と妄想)の女性クロエ(マリーヌ・ヴァクトが、秀逸)の不可解な言動をミステリアスに描a0212807_20281139.jpgきました。
ライトマン監督もまた2011年作品「ヤング≒アダルト」で主演した名女優シャーリーズ・セロン(1975~)と再び組み「タリーと私の秘密の時間(タリー)」(シャーリーズ・セロンは、製作も参加)で‘ストレス性精神疾患’(せん妄)の中年女性(主婦)マーロを寓話のように撮っています。
a0212807_20283679.jpgまず、「ラマン・ダブル」を「2重螺旋の恋人」としたのは、若い女性クロエ(マリーヌ・ヴァクト)の精神性疾患(発達障害、多動性障害)の迷宮(虚実)と官能(セックス)の心理ミステリーに原題の「ラマン・ダブル(二人の愛人)」では、スリラーらしくないからでしょう。
撮影監督マニュ・ダコッセ(2015年「エヴォリューション」の撮影監督)のシャープな映像も秀逸です。
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クロエと関わる二人の精神分析医で似て非なる両極端な性格の一卵性双子児 ポールとルイの二役をベルギーの名優ジェレミー・レニエ(1981~、2008年「夏時間の庭」、2011年「少年と自転車」)が、見事に演じ分けて
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います。
私の目が、釘付けになったのは、マリーヌ・ヴァクトの美しい肢体(ヌード)もですが、クロエの母親を演じた御年a0212807_20340467.jpg74歳の大女優ジャクリーヌ・ビセット(1944~)の変わらぬ美しさにも目を奪われました。
原題の「タリー」を「タリーと私の秘密の時間」としたのは、愚の骨頂で「タリー」のほうが、でっぷり太り三人の幼い子供(うち男の子が発達障害児)の育児に疲れ果てた母親マーロ(シャーリーズ・セロン)と、夜のベビーシッター タリー(マッケンジー・デイヴィス)との ‘関係’ が、よりミスa0212807_20343712.jpgテリアスに見えただろうにと思いました。
この映画は、生活に疲れストレスででっぷり太った‘シャーリーズ・セロン’が、見どころながら、でっぷり太った中年女性を演じてもシャーリーズ・セロン(1975~、43歳)は、やはり美しく、演技もまた見事でした。
a0212807_20342676.jpgでっぷり太った母親マーロの役作りのために シャーリーズ・セロンは、3か月半で 体重を18㌔増やしたそうです。
シャーリーズ・セロンは、28歳のとき主演した2003年「モンスター」で体重を13㌔増やし非の打ちどころのないその美貌を壊して、連続殺人犯となり、アカデミー賞主演女優賞を受賞しています。
a0212807_20345514.jpg謎のタリーを演じたマッケンジー・デイヴィス(1987~、2017年「ブレードランナー 2049」)もなかなか秀逸でした。
映画自体は、さしてミステリアスでもスリラーでもありませんが、円熟した美貌のシャーリーズ・セロンと今や盛りの美女 マッケンジー・デイヴィス この二人の艶姿を見るだけでも一見の価値のある映画としてお薦めいたします。

# by blues_rock | 2018-10-06 00:06 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
春の桜、秋の曼殊沙華、ともに‘お彼岸’のころに必ず咲く不思議な花で、私は、春の桜秋の曼殊沙華が、咲くのをいつも待つようになりました。
a0212807_11510170.jpg咲いたら咲いたで ‥ ああ、もうそんな季節かと感慨に更けるだけの、それだけのことですが、何だかほっと(ほっこり)する癒しの花でもあります。
無信心で無宗教の私ながら「禅の教え」と「クリスマス・ソング」が、好きで良寛の歌道元禅師(曹洞宗)の正法眼蔵、ロックやブルース・ゴスペルなどのクリスマス・ソングは、私の大切な宝ものです。
仏教では、弾指(だんし、パチンと指をはじく音)の間に65の刹那(せつな、いまここにある‘念’)が、あり、常にa0212807_11510619.jpg生まれ消えていく念の無常を教えます。
心頭を滅却できない煩悩衆生の私は、秋に曼殊沙華の燃えるような緋色を見るとクリスマス・ソングを無性に聴きたくなります。
今年もすでに私は、クリスマス・シーズンで12月25日のクリスマスまで毎日いろいろなミュージシャンのクリスマス・ソングを聴こうと思っています。
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(写真 3枚 : 星野村 鹿里棚田と大宰府戒壇院の曼珠沙華を「九州ロマンチック街道」からお借りしました。)

# by blues_rock | 2018-10-04 10:04 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(2)
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1945年以前のドイツ第三帝国=悪の独裁者ヒトラーとナチスドイツが、全ヨーロッパの人々、とくにユダヤ系への人たちへの悪辣非道の悪魔ぶりを描いた映画は、1945年以降、山のようにありますが、長編ドキュメンタリー出a0212807_23273164.jpg身のドイツのクラウス・レーフレ監督が、製作・脚本・監督した2017年映画「ヒトラーを欺いた黄色い星」(原題「生存する目に見えないもの」)とイギリスの舞台演出家デビッド・ルボー(1957~)が、初監督した2016年映画「偽りの忠誠」(原題「例外」)は、‘嫌ヒトラーと反ナチス’ 映画の中でも絶望的な逆境の中で生き延びるために闘う人たちの “希望” を描いたサスペンスタッチa0212807_23273649.jpgの人間ドラマ(心理映画)です。
ドイツ映画「ヒトラーを欺いた黄色い星」は、1943年6月、ナチスドイツの宣伝相ゲッベルスが、ベルリンには、一人のユダヤ人もいない、と宣言するも、まだ7,000人のユダヤ系ドイツ人が、秘密警察ゲシュタポの情け容赦ない捜査や厳しい監視の目を逃れてベルリン市内に身を隠していました。
a0212807_23274225.jpgこの映画は、わが身の危険も顧みずに、彼らを匿った一部の善良なベルリン市民(ドイツ人)の協力や偽装した身分証明書でドイツ人に成りすまし1941年から1945年の終戦まで生き延びたインヴィジブルな(目に見えない)ユダヤ人1,500人の物語です。
この「ヒトラーを欺いた黄色い星」は、4人の生存者の現在(インタビューによる語り)と過去(1941~1945当時16歳~20歳)の彼らをa0212807_23280438.jpg演じる4人の俳優が、交互に登場し彼らの生きるための真に迫る物語は、展開していきます。
第2次世界大戦では、老若男女(女性や子供も合わせて)600万人ものユダヤ人がヒトラーとナチスドイツ軍によって大量虐殺(ジェノサイド=民族浄化)されました。
イギリス映画「偽りの忠誠」は、デヴィッド・ルボー監督が、舞台演出家だけに映画のプロット(筋立て)をサスペ
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ンスとロマンスを絡ませる演出にしたり、映画の見せ場も‘舞台劇’のようなシークエンスにしたりと他の映画監督が、撮るヒトラーとナチスドイツ映画のような‘息苦しいさ、やり切れなさ’は、ありません。
a0212807_23312634.jpg映画は、戦争よりナチスドイツ支配下のオランダで主人公のイギリス人女性スパイとオランダに亡命した皇帝ヴィルヘルム2世を監視するナチスドイツ将校とのロマンス(恋愛と情事)に重点が、置かれ ‘息苦しいさ、やり切れなさ’より、ヒトラーとナチスドイツ映画にしては、珍しく‘勇気や希望’、‘ロマンチックな人間らしさ’などハッピーエンドに近い作品でした。
1940年、ナチスドイツによるヨーロッパ諸国への侵略は、激しさを増していました。
a0212807_23313633.jpgそんな中、プロイセン・ドイツ最後の皇帝ヴィルヘルム2世(クリストファー・プラマー 1929~)は、ヒトラーに追われるように退位し、オランダへ亡命していましたが、まだドイツ国内に強い影響力を持っていました。
その動きを封じようとヒトラーは、ナチスドイツの将校ブラント大尉(ジェイ・コートニー 1986~、2013年「ダイ・ハード/ラスト・デイ」)a0212807_23312983.jpgを元皇帝ヴィルヘルム2世夫妻の住まうオランダに派遣し監視させました。
ブラント大尉は、ヴィルヘルム2世の屋敷でミステリアスなメイドのミーケ(リリー・ジェームズ 1989~、2017年「ベイビー・ドライバー」)と出遭うやひと目で心を奪われました。
a0212807_23323542.jpgーケもブラントの自分への想いを察するように彼を受入れ二人は、戦争の不安から逃れるように夜ごとの情事に溺れていきました。
深く愛し合うようになった二人でしたが、ミーケの正体は、イギリス首相チャーチルの密命で侵入したスパイであると分かったとき二人が、選択したのは、過酷な運命でした。
a0212807_23314946.jpg気丈なヴィルヘルム2世二番目の妻ヘルミーネ(ジャネット・マクティア 1961~、2012年「ハンナ・アーレント」)、ヒトラーの側近で親衛隊指導者、秘密国家警察長官ヒムラー(エディ・マーサン 1968~、彼のヒムラーぶりは 秀逸、2013年「おみおくりの作法」主演)など歴史上の人物が、登場しますので、彼らとの関係と重ねてご覧になるとこのサスペンス&ロマンス仕立ての戦a0212807_23324578.jpg争映画「偽りの忠誠」の原題「例外」のように、残酷な戦争の歴史には、こんな‘例外’もあったものと推察されますが、あくまでそれは、‘例外’で、戦争が、無惨で惨忍な悪行であることに何ら変わりは、ありません。

# by blues_rock | 2018-10-02 00:02 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)