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心の時空

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a day in my life

イギリスの映画監督ポール・アンドリュー・ウィリアムズの(1973~ 秀作「アンコール!!」の監督)最新作(2016年日本公開)「アイヒマン・ショー 歴史を映した男たち」を紹介します。 (公式サイト こちら
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ドイツの独裁者ヒトラーとナチス(国家社会主義ドイツ労働者党)の人類(とくにユダヤ人)に対する極悪非道な暴虐への告発は、第2次世界大戦後72年経った現在(いま)でも続き、この映画の冒頭にも「 ヒトラーが自殺a0212807_84167.jpgてもファシズム(独裁主義)は無くならない」と ‘当時のドイツ国民が選挙で選んだ独裁者ヒトラー’ より悪の独裁システム(権力装置)の本質を糾弾(喝破)しています。
最近公開された‘ヒトラーとナチス’をプロットにした映画として、2014年「ハンナ・アーレント」、2014年「シャトーブリアンからの手紙」、2014年「顔のないヒトラーたち」、2015年「サウルの息子」、2016年「ヒトラー、暗殺 13分の誤差」、 2016年「帰ってきたヒトラー」、 2016年「我が闘争 a0212807_8415771.jpg若き日のアドルフ・ヒトラー」(製作2009年、画家を目指し、ウィーンの美術学校を受験するも二度失敗し挫折、屈辱感から政治に転向、ナチズムに狂信していく青年時代を描いた作品)と、凡庸な人間(普通の人たち)を殺人鬼に変えていくナチス権力装置(ファシズム)の凄まじい実態を描いた映画の傑作(秀作・名作)が、立て続けに発表されています。
さらに2017年1月公開の「アイヒマンを追え!ナチスがもっとも畏れた男」は、今夜ご紹介するこの「アイヒマン・a0212807_8424038.jpgショー 歴史を映した男たち」の前章譚としてご覧いただくと‘ヒトラーとナチス’が、滅亡しても悪霊のごとく戦後世界のあちこちに生き永らえている実態を描いた映画です。
2016年公開映画「アイヒマン・ショー 歴史を映した男たち」もまたヒトラーとナチスの“ユダヤ人問題の最終解決(ホロコースト=大量虐殺)”政策のもとヨーロッパ全域からユダヤ人6百万人を拉致し絶滅収容所a0212807_8461750.jpgへ送る指揮官であった親衛隊(SS)中佐アドルフ・アイヒマン裁判(1961年4月~12月)の模様を放送されたら‘都合の悪い人びと’からの妨害や脅迫を克服し報道のための撮影に奔走したアメリカのテレビ制作チームの実話を描いています。
彼らが、撮影したアイヒマン裁判のドキュメンタリー映像は、虐殺者アイヒマンの素顔、過去(強制収容所の恐怖)を封印して生きてa0212807_8484628.jpg来た112人の生存者の証言、ホロコーストの証拠資料として裁判に提出されたナチスから押収した大量虐殺の記録(ドキュメンタリー)映像と併せユダヤ人大量虐殺の実態を世界37か国に報道しヒトラーとナチスの極悪非道なホロコーストの蛮行を初めて全世界の人びとに知らせました。
a0212807_8493136.jpgナチスによる組織的なホロコーストの真実を全世界に知らせる大義に不屈の意志と情熱を捧げるプロデューサーのミルトン・フルックマンを演じるマーティン・フリーマン(1971~)とドキュメンタリー監督レオ・フルビッツを演じるアンソニー・ラパリア(1959~)二人の名演技が、光ります。
a0212807_850820.jpg映画のエンディングに「自分は、他者より優秀に創られたと一度でも考えた者は、アイヒマンと同じ地平にいます。 そして、一度でも鼻の形や肌の色や信仰する神の違いによって他者に悪意を抱いた者は、理性の喪失が、狂気への道と知るべきです。 このようなことから全てが、始まったのです。」という当時のドキュメンタリー映像(とナレーショa0212807_8521632.jpgン)が、流れます。
‘ヒトラーとナチス’のDNAをもった悪霊が、大統領になり政治家になっていまもなお世界中至るところに現われ、私たち市民を悪しき時代に誘おうとしている現実は、歴史から何も学べない、学ぼうとしない愚か者たちへの痛烈な皮肉であり不気味な現象(地獄への道の再来)です。
# by blues_rock | 2017-02-16 00:06 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
数多いる若手俳優の中でも類い稀な心理表現能力をもつカナダの名優グザヴィエ・ドラン(1989~、現在26歳)が、出演しているので見た2014年のカナダ映画「神のゆらぎ」は、“神の存在(在・不在)”を描いた秀作です。
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「神のゆらぎ」(Miraculum ラテン語で「奇跡」)は、カナダのダニエル・グルー監督(1967~)が、2014年に撮った作品(2016年日本公開)で、人間の生き死は、‘神の意志’によるものなのか、‘個人の選択(による偶然)’なのa0212807_20543787.jpgか、映画は、“神の不在”を暗示しながらも見る者の心に問いかけていきます。
マーティン・スコセッシ監督の新作「沈黙/サイレンス」では、隠れキリシタンの信仰(殉教)と踏み絵(棄教)を描くことで“神の沈黙”を表現しました。
グルー監督の「神のゆらぎ」は、カルト教団 エホバの証人の信仰(輸血の拒否)による必然死と飛行機墜落事故による偶然死(1人だけ瀕死で生存したa0212807_2132710.jpg奇跡)について3組の男女と1人の男という複数の人間の現在と過去をテンポ良いショットで交錯させながら、それぞれの人生を群像劇として描きました。
バラバラに展開していたそれぞれの複雑な人生を一つの物語に収斂させていくガブリエル・サブーランの見事な脚本(麻薬の運び屋として出演)とグルー監督の演出の手腕は、秀逸です。
a0212807_2135662.jpgグザヴィエ・ドラン演じる熱心なエホバの証人信者エティエンヌは、輸血しなければ生きられない末期の白血病患者ですが、熱心な信者で信仰に殉じ輸血を拒否、一切の治療を拒み苦しみながら死んでいきます。
エティエンヌの恋人で看護師のジュリー(マリリン・キャストンゲ 1982~ 現実と信仰との間で苦悩し葛藤する心理表現がすばらしい)もエホバの証人の信者ですが、飛行機墜落a0212807_21222544.jpg事故現場の惨状と奇跡的に1人だけ助かった瀕死の生存者を看護するうちにジュリーは、愛する者の生命を何としても救いたいと思う自分の気持ち(現実)と信仰に殉じ死を神の意志とする教義に迷い葛藤していました。
ある日、ジュリーは、宗教の勧誘に行った老紳士から「飛行機が、落ちるのは、万能の神が、存在しないからだ。」と諭され涙しました。
a0212807_21270100.jpgエホバの証人の信者ジュリーは、病院の集中治療室で奇跡的に生きている飛行機事故生存者と同じ血液型なので病院からの緊急輸血の要請を受けていましたが、拒否していました。
a0212807_21372888.pngジュリーは、自分の血を輸血しないと死ぬしかない目の前の患者のために同僚信者の制止を振り切り、決心したように(自分の意思で)輸血、さらに激しく咳きこみ吐血し苦しむ末期白血病の恋人エティエンヌを説得して病院に連れて行こうとしますが、彼女から輸血したことを聞かされたエティエンヌは、愛するジュリーをも拒否し別れて二日後に亡くなりました。
a0212807_213814.pngジュリーの表情は、終始冷たく感情を表に出さず「神は、人間に見向きもしない。 最愛の恋人すら奪う。 それが、神の意思ならば、神はいらない。」とその表情が、語っているようでした。
a0212807_21385968.jpg映画は、前述したとおりエホバの証人信者の恋人二人を軸にして、墜落するキューバ行き飛行機の出発前(過去)ならびに墜落事故後(現在)の3組の男女と1人の男をクロスカッティング(同時進行)しながら展開していきます。
a0212807_21393633.jpg狂ったように老いらくの恋(性愛)をするカジノで働く初老のバーテンダーとクロークの老女、お互い倦怠しうんざりしている中年のギャンブル狂の夫とアルコール依存症の妻、取り返しのつかない過去の罪(姪への性的虐待)を償う金のために麻薬の運び屋をする男が、それぞれ飛行機墜落前の空港と墜落後の病院で偶然出遭っていきます。
グザヴィエ・ドランが、登場するシーンは、さほど多くありませんが、「エレファント・ソング」で見せた感情表現(表a0212807_21403137.jpg情)の秀逸した上手さは、今回も随所で見られます。
グザヴィエ・ドランの他は、私の知らないキャスト(俳優・女優たち)てしたが、それぞれ役に嵌まった個性的な演技は、リアルですばらしくカナダ映画界の層の厚さを感じました。
a0212807_21405629.jpgとくに群像劇の中心となる看護師のジュリーを演じたマリリン・キャストンゲは、名優グザヴィエ・ドランとのカラミもすばらしく、彼女のドラン監督演出による新作を見てみたいと強く思いました。
# by blues_rock | 2017-02-14 00:14 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
刻苧(こくそ)は、古くから大切な陶器の欠損部分を補修する材料として使用されてきました。
補修され形状は、乾燥(凝固)するとノミでも削れないくらい強固に、元の姿同然に再生されます。 
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刻苧(こくそ)は、「続飯(そくい) 1 :地の粉 3 :刻苧綿 少々 :生漆 2 」の割合で良く練り合わせて作ります。
私は上新粉を続飯にしています。            (下写真 : 古唐津茶碗陶片を刻苧で成形する途中)
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この修復部分に様々な装飾(金・銀・錫を蒔く、蒔絵を施す、色漆仕上げなど)をして普段の生活で使用できるようにするのが、‘金継ぎ’です。   (下写真 : 古唐津 小峠窯茶碗 下地の出来上がり、概ね2か月の作業)
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私は、この刻苧(こくそ)という ‘金継ぎの極意’ (というか イロハ )を6年間もサボっていました。 
昨年、私は、‘私の刻苧(こくそ)元年’と自分に宣言し刻苧に専念、手持ちしている古唐津陶片で高台の有るも
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のを残らず復元しました。                   (上写真 : 古唐津蕨文四方皿 下地の出来上がり)  
さあて、どっさり溜まった刻苧再生陶器をどう金継ぎしようかと新たな悩みが、増えました。
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完成の暁には、拙ブログに掲載いたします。             (上写真 : 古唐津小皿 網文銅直し 完成)
# by blues_rock | 2017-02-12 00:02 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(2)
a0212807_9174828.jpgデンマークの鬼才ニコラス・ウィンディング・レフン(1970~)が、監督・脚本した1999年の長編2作目映画「ブリーダー」は、17年後の2016年に日本公開されましたが、先に公開された「ドライブ」、「オンリーゴッド」と続く、レフン監督の鬼才ぶりを発揮した秀作映画の原点を感じました。
とくに ‘赤’を配置したシーンを多用するレフン監督の映像は、初期作品の「ブリーダー」にも顕在していました。
ビデオレンタルショップで働く映画のことしか頭にない映画オタクの店員で主人公レニーを演じるマッツ・ミケルセン(1965~)が、店にビデオ(棚にズラリ並ぶのがVHSというのも時代を感じます)を借りに来た客に世界中の映画監督名をペラペラと語るシーンは、レフン監督の映画の好みが、分かって楽しめます。
a0212807_9222771.pngだが、客は、レニーが、店の品ぞろえの良さを一生懸命説明するのに映画に興味は、なく結局ポルノを借りて帰るところは、笑えます。
映画は、レニーの静に対して、レニーの友人レオ(キム・ボドゥニア 1965~)とルイ(ズラッコ・ブリッチ 1953~)が、動の役割を演じ、これにレオの恋人でルイの妹ルイーズ(リッケ・ルイーズ・
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アンデルソン 1972~)とデリカショップで働く読書家のレア(リヴ・コーフィックセン 1973~)二人の女性を絡ませて次第にレフン監督独自の不穏な空気を醸し出しながら展開していきます。
a0212807_925675.jpgシャイなレニーは、デリカショップで働く読書家のレアを映画に誘いますが、彼女は、映画のことなどチンプンカンプンなのに映画オタクのレニーが、パニック・ホラー映画の古典「悪魔のいけにえ」(1974)を彼女に「見た!?」と質問するところなど ‘クスッ’ と笑えるシーンです。
a0212807_9313348.jpgレアとの念願のデートも映画館の前にいる彼女を見たとたんレニーは、逃げ帰りすっぽかしました。
レオは、恋人ルイーズの妊娠にとまどいイライラをつのらせ妊娠を喜ぶルイーズに暴力を振るうようになりました。
ルイは、レオの妹ルイーズへの暴力にさらなる暴力で追いつめました。
a0212807_933848.jpgどこにでもいるセルフコントロールできない男のブチ切れぶりに見ている方は、呆れうんざりしながらもあまりのリアリティにすくんでしまいます。
ルイーズが、流産したことでルイとレオの間は、最悪な事態となりレフン監督独特のケレンミあるクールな演出が、冴えています。
a0212807_9343732.jpg映画のラストでレニーは、デリカショップにレアを訪ね、また映画デートに誘い、レアが、「すっぽかさなければ、いいわ。」とOKします。
エンディングに流れるテクノポップ風にアレンジされたジョン・レノンのラブは、なかなか効果的でレフン監督の音楽センスも感じました。
# by blues_rock | 2017-02-10 00:01 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
ドイツの女性監督ニコレッテ・クレビッツ(1971~)が、自分の夢をもとにイメージを膨らませ、脚本を書き監督した作品「ワイルド(野生)~ わたしの中の獣」をKBCシネマで見て来ました。
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映画のプロットは、クレビッツ監督の作家性が、顕著ながらもリアル(現実)とファンタジー(幻想)を交錯させつつ主人公の女性アニアの性的メタファーとして偶然出遭った野生の狼を通して、若い女性アニアに内在する束縛
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(=現実)への鬱憤、自由(=欲望)への憧れ、自我解放(=本能)の悦びをリアルな映像で描いています。
映画の‘R15+’指定と併せタイトルの「ワイルド ~ わたしの中の獣」(原題「Wild」)とポスター写真からポルノ
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(AV)っぽさを想像して(期待して)見るとバスレます。
クレビッツ監督は、女性監督ならでは、の男心をくすぐるエロティックな演出が上手く、ストイック(禁欲的)な生活a0212807_440495.jpgをしていたアニアが、自宅アパート近くの森林公園で偶然一匹の野生の狼を見た瞬間、狼の野生の姿に魅入られ愛し自ら野性化していく姿(倒錯した愛)は、確かにエロティックでした。
アニアは、知恵を絞り手を尽くして狼を捕獲、密かに自宅アパートで飼い慣らし汚れた部屋で‘恋人’と同棲するように狼と生活、次第に自分を取り巻く現実の人間世界と狼と暮らす非現実的な妄想との境界が曖昧になり人間として常軌を逸するa0212807_4443886.jpg行い(R15+)をするようになりました。
段々野生化していく主人公の若いドイツ女性アニアを演じるリリト・シュタンゲンベルク(1988~)の変貌していく姿が、ワイルドでエロティック、そして美しく魅力的です。
アニアの‘恋人’を演じたヨーロッパ狼(牡の狼ネルソン)のダンディな存在感も秀逸でした。
変貌していくアニアに好意をもつ上司のボリス役をゲオルク・フリードリヒ(1966~ 「ファウスト」でファウスト博士a0212807_4464397.jpgの助手ワーグナー役)、アニアの妹ジェニーをザスキア・ローゼンダール(1993~ 「さよなら アドルフ」主演)が、好演しています。
私は、ニコレッテ・クレビッツ監督(=脚本)作品「ワイルド ~ わたしの中の獣」が、ヨーロッパ伝承の物語「赤ずきん」に深層心理学上の新解釈を与えたと思っています。
女性のクレビッツ監督は、若い娘、森、野生の狼、月経(生理)の血の赤で「赤ずきん」物語の基本を構成し生理
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の血を舐めて清拭する狼、舐められてエクスタシーを感じる若い娘との関係に野生の愛の交歓(野生の本能)つまり新メルヘン「赤ずきん」として表現したのだろうと私は、想像しました。
# by blues_rock | 2017-02-08 00:08 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
西南学院が、2016年4月1日に「西南学院 創立百周年に当たっての平和宣言」を公に発表、その決意と勇気に私は、心からエールを送ります。
a0212807_2053258.jpg同窓の私自身は、無宗教にして無信仰の徒ながら平和宣言にある「敵対する異質な他者にさえ、しっかりと向き合い、問い合い、愛し合うことこそが、人としての普遍的価値である」という箇所に‘我が意’を感じましたので拙ブログで取りあげました。
翻って1963年、若きボブ・ティランは、「Blowin' in the Wind」を歌い、旧体制下の暴力支配と自由抑圧に異議を申し立てから早や半世紀、さらに1985年、人種・民族・宗教を超えたアメリカのトップ・ミュージシャン(空前絶後の超豪華メンバー)が、連帯しUSA for Africa として結集「We are the World」をアピールしてから四半世紀、今また私たちは、自らa0212807_20585225.jpgが選んだ愚劣なリーダー(民主主義のリスクで自らの責任ながら)による暴力と抑圧にさらされようとしています。
ちなみに、悪魔のようなドイツの独裁者 アドルフ・ヒトラーも当時のドイツ国民に熱狂的に支持され首相になる(1933年)や老衰したヒンデンブルグ大統領を懐柔し死去と同時に国家元首(総統=独裁者、1934年)になり、この間わずか1年、あっという間の出来事でした。
いつか来た道、今まだ、間に合ううちに「過ちは 改むるに 憚る事なかれ」を肝に銘じておくべきだと思います。
# by blues_rock | 2017-02-06 00:06 | 社会/歴史/思想 | Comments(2)
世界映画史に残るイタリア希代の巨匠ルキノ・ヴィスコンティ監督 が、1963年に発表した傑作「山猫」の‘4K完全修復版’を中洲の大洋映画劇場で見ました。
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15世紀に人間復興(ルネサンス)をテーゼに完成した人類史上最高の芸術である絵画と同等の芸術的価値をもつ20世紀の人類(人間)が、発明した映画という表現技術(道具とスキル)は、人類に新たな芸術を誕生させました。
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芸術としての映画が、完成したとは、まだ言い切れませんが、ルキノ・ヴィスコンティ作品は、間違いなく人類(人間)の文化遺産と言っていいだろうと思います。
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そう遠くない未来の映画界に、AI(Artificial Intelligence)監督が、登場し画期的なプロット(ストーリー)と斬新な映像で映画を撮り、IoT (Internet of Things)を道具にして、AI映画関係者(プロデャーサーもインターネット配給もAI)は、
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全世界の映画ファンに、いつでも誰でもどこででも自作を見てもらえるようにするでしょう。
不世出の奇才スタンリー・キューブリック監督が、「2001年宇宙の旅」を発表したとき、宇宙船ディスカバリーの
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機能すべてをコントロールするAIコンピューター(HAL 9000) は、また空想(SF)の世界でした。
AIの研究に熱心なイギリスの鬼才映画監督アレックス・ガーランドは、「エクス・マキナ」 で人間の感情を理解a0212807_10455788.jpgする頭脳明晰な(聡明な)ガイノロイド AVA の誕生を予言しています。
閑話休題、ルキノ・ヴィスコンティ監督生誕110年(没後40年)を記念して最新デジタル技術により完全修復されたヴィスコンティ監督の初期ネオリアリズモ作品から‘滅び’を美学にまで昇華した耽美作品に至る作品までが、一挙公開されています。
a0212807_10464355.jpgイタリア映画希代の巨匠にして世界映画史の至宝ルキノ・ヴィスコンティ監督映画を一度も見たことのない若い映画ファンやネオリアリズモ(ヌーベルヴァーグ、アメリカン・ニューシネマ、アートシアター・ギルド)に熱狂した往年の映画ファンには、千載一遇のチャンスです。
「山猫」の舞台は、1860年代のシチリアです。
a0212807_10591923.jpgイタリアが、群雄割拠した時代、統一国家としての体をなさず混乱、軍事家ガリバルディ(1807~1892)率いるイタリア統一義勇軍のパレルモ進軍で、ナポリ・シチリア王国の貴族たちは、心中穏やかではありませんでした。
シチリア王国の貴族 サリーナ公爵(バート・ランカスター 1913~1994)は、豪奢な貴族の暮らしに浸りながらも貴族身分の終焉が、近いことも感じていま
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した。
サリーナ公爵は、貴族ながらガリバルディ義勇軍に参加した甥のタンクレディ(アラン・ドロン 1935~)にサリーa0212807_1115498.jpgナ一族の安寧を委ねることにしました。
サリーナ公爵は、タンクレディに平民の旧友の娘アンジェリカ(クラウディア・カルディナーレ 1938~)を紹介しました。
タンクレディは、美しいアンジェリカに一目惚れし結婚を申し込みました。
シチリア貴族新旧の世代交代を通してルキノ・ヴィスコンティ監督が、描いた‘滅びの美学’の一大叙事詩です。
劇中に登場する豪奢な貴族の館の設えや有名な大舞踏会のシークエンスは、豪華絢爛そのもの、元貴族ヴィスコンティ監督ならではの壮麗な撮影セット(プロダクションデザイン)も必見です。
当時のヨーロッパ映画界で、フランスの美人女優 BB(ベベ)ことブリジット・バルドー(1934~)と人気を二分したイタリア新鋭の美人女優 CC(シシ)ことクラウディア・カルディナーレの美しいこと、イタリア美人女性の若いときは、本当に美しくルネサンス絵画から抜け出してきたような美貌と気品が、漂っています。
# by blues_rock | 2017-02-04 00:00 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
日経新聞のコラムで「人は、一日一回、‘上質な孤独’ が、必要である」という主旨の記事を読みました。
ならば、金継ぎは、‘極上の孤独な時間’ です。
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江戸初期(1610~1640)の唐津に、古窯「小峠窯」(武雄の北)が、ありました。
特長は、三島唐津と刷毛目文の陶器です。
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この刷毛目文皿も当時のもので少し変形していますが、窯での焼きは、硬く上質です。
欠けた部分を刻苧で補い成形、赤漆か弁柄漆のいずれかを下地に蒔絵の金継ぎにしようと迷いながら磨い
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でいたら磨ぎ破り、根来風になりました。
この武雄系古唐津の刷毛目文皿は、根来風な雰囲気を生かすことにして、そまま仕上げました。
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もう一つは、古唐津皿の縁が、4分3ほど欠けていましたので縁周りを刻苧で成形し梨子地銀を蒔きました。
少し黄の色調を出すため、梨子地漆と透明黄漆を交互に入れ仕上げました。
# by blues_rock | 2017-02-02 00:02 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)
黒澤明監督を師と仰ぐアメリカの名アクション映画監督アントワーン・フークア(1966~「イコライザー」、「サウスポー」)は、1954年の黒澤作品「七人の侍」をベースに1960年ウェスタンとしてリメイクされた西部劇の名作「荒野
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の七人(The Magnificent Seven)」を56年後の2016年に今度は、「荒野の七人」をフークア監督が、スパイスを効かせた演出で超弩級の西部劇「マグニフィセント・セブン(新荒野の七人)」としてリメイクしました。
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現在公開中の「マグニフィセント・セブン」は、「七人の侍」の落ちぶれサムライの毅然とした矜持(ダンディズム)と「荒野の七人」のガンマンのかっこよさ、この二つの旧作映画のコンセプト(おもしろさ)をきちんと押さえ極めてa0212807_17583510.jpgシンプルな‘勧善懲悪’西部劇として撮られていますが、ストーリー(プロット)は、きちんと組み立てられラスト・シーンで賞金稼ぎの主人公サムが、なぜならず者のガンマン6人を集め、立ち寄っただけの小さな町を暴力と無法で支配する冷酷な非道な悪の親玉ボーグに立ち向かうのか明かされます。
されど、何と云ってもこの映画「マグニフィセント・セブン」のメイン(見どころ)は、超弩級のガンファィトです。
a0212807_1759387.jpg主人公の賞金稼ぎサムを演じるのが、名優デンゼル・ワシントン(1954~)でフークア監督とは、「イコライザー」でタッグを組んでおり、その時演じたデンゼル・ワシントンのクールな無頼さそのままに登場した感じでした。
ほかのならず者 6人もそれぞれ個性的でイーサン・ホーク(1970~ 脇で渋い演技を披露)、クリス・プラット(1979~)、ヴィンセント・ドノフリオ(1959~)、イ・ビョンホン(1970~ 2011年韓国映画「悪魔を見た」)など名優たち揃い、ぜひスクリーンでその雄姿をご覧ください。
a0212807_1812170.jpg理不尽な暴力に支配されて恐怖におびえる臆病な町民をまとめる未亡人エマ役のヘイリー・ベネット(1987~ 雰囲気がどことなくジェニファー・ローレンス似)や冷酷な悪の親玉ボーグ役のピーター・サースガード(1971~)も好演しています。
フークア監督映画の演出は、いつもテンポ良くクール&ドライなので極悪非道な悪の親玉ボーグの凄味が、やや希薄に感じられa0212807_1821151.jpgました。
悪の権化のようにボーグが、「ケープ・フィアー」(1991、マーティン・スコセッシ監督)でロバート・デ・ニーロ演じたような‘理不尽、粗暴、サイコ、凶悪’ であったなら無報酬の正義のために命をかけて戦うサムライ・ガンマンたちマグニフィセント・セブンに対する観客の感情移入は、もっと高まったかもしれません。
a0212807_1823745.jpg音楽は、飛行機事故死で亡くなる前、ジェームズ・ホーナー(「サウスポー」参考のこと、同映画の音楽監督)が、フークア監督にナイショで、すでに作曲していたそうで1960年の「荒野の七人」の音楽を懐い出すような箇所(アレンジして挿入)もありうれしく思いました。
# by blues_rock | 2017-01-31 00:01 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_526299.jpg元キリシタンの長崎奉行所通辞(浅野忠信 1973~)は、目の前の凄しい拷問に眉を潜ませながらも司祭ロドリゴに繰り返し棄教する(転ぶ)ことを説得、教会の教義に従い自らの信仰を頑なに守り殉教するのか、自己(の信仰)を犠牲にしてキリスト教信徒の命を救うのか‥ロドリゴが、ついに決心して踏み絵のイエスの顔に足を近づけると彼の足に激しい痛みが、走りました。
a0212807_5484389.jpgそのとき踏み絵のイエスが、ロドリゴに「踏むがよい。 おまえのその足の痛みを私が、いちばんよく知っている。 その痛みを分かつために私は、この世に生まれ、十字架を背負ったのだ。」と語りかけました。
もし、キリストが、ここにいたら目の前で苦しむ信徒のために転んだだろう、それが、神の愛(信仰)なのだ、と映画は、私に語りかけていました。
a0212807_55071.jpgロドリゴは、踏み絵のイエス像を踏み棄教、岡田三右衛門と名乗り妻を娶り幽閉40年の生涯を日本で終えました。
フェレイラ神父も司祭ロドリゴの前に現われたとき、すでに沢野忠庵と名を変え過っての教え子ロドリゴに「この国でキリスト教は、育たない。」と一言、静かに言いました。
a0212807_604115.jpgスコセッシ監督「沈黙(サイレンス)」に出演している日本人俳優たちが、いずれも秀逸で、リアリティ(実在感)にあふれスコセッシ監督の演出とセッションしているような名演技で ‘すばらしい!’ の一言です。
窪塚洋介演じるキチジローもキリシタンで司祭ロドリゴを手引きしながら一方で簡単に踏み絵を踏み密告、そんなキチジローを軽蔑するロドリゴに付きまとい‘弱い自分a0212807_61157.jpgの罪’を認め、神の赦しを乞う告解を何度も求めます。
信仰心厚い隠れキリシタンのモキチ(塚本晋也 1960~ 右写真)、長老のイチゾー(笈田ヨシ 1933~ 上写真)、信仰を捨てないため見せしめに斬首されるジュアン(加瀬亮 1974~)、簀巻きにして海に投げ入れられるモニカ(小松菜奈 1996~)などの存在も光ります。
a0212807_614097.jpgイエスは、再びキチジローの顔を通してロドリゴに「私は、沈黙していたのではない。 おまえたちと共に苦しんでいたのだ。 弱いものが、強いものよりも苦しまなかったと誰が、言えるのか?」と語りかけます。
神の教えの意味を知ったロドリゴは、踏み絵することで棄教した自分が、いまもなお、この国で最後のキリスト教司祭であることを悟りました。
a0212807_624912.jpg映画を見ると「沈黙 サイレンス」製作にかけるスタッフ、ラインプロデューサー・プダクションデザイン・コスチュームデザインなど製作陣の情熱と努力が、よく分かり名撮影監督ロドリゴ・プエトロ(1965~)の映像も秀逸です。
「沈黙 サイレンス」は、傑作ですので、ぜひ一人でも多くの方に見ていただきたいとおもいます。 (上写真 : 撮影中のマーティン・スコセッシ監督)
a0212807_643111.jpg1971年公開の篠田正浩監督作品「沈黙」(左ポスター)も傑作ながら、いまDVDでも見れないのが、残念です。
この映画の脚本は、原作者遠藤周作が、篠田監督と共同で書き、撮影監督は、撮影の名匠宮川一夫、音楽監督が、作曲家武満徹、キチジロー役は、日系アメリカ人俳優のマコ岩松、転んだ女キク(洗礼名モニカ)を篠田監督夫人にして名女優の岩下志麻(1941~)が、演じていました。
# by blues_rock | 2017-01-29 00:09 | 映画(シネマの世界) | Comments(2)