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心の時空

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a day in my life

東京に住んでいたころ、仕事に疲れ、しんどくなると当時銀座5丁目の東芝ビル 5階にあった「相田みつを美術館」に行き、深呼吸していました

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相田みつを(19241991)の詩と書を見ていると肩の力が、抜けて心も次第に解(ほぐ)れていくように感じられました。

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‘相田みつを’の詩をいつも笑顔で接してくれるあなたに贈ります。
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# by blues_rock | 2018-01-15 15:15 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(0)
アメリカの才気ある名監督 ウディ・アレン(1935~)の2008年作品「それでも恋するバルセロナ」(原題 Vicky Cristina Barcelona)を私は、長い間、いつものウディ・アレン流ウィットとギャグの効いたロマンティックコメディ
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映画だろうと勝手に決めつけ、そのうち見ようと今まで放っていました。
ある日、ユニークな映画評をする作家 東山彰良(1968~、福岡県小郡市在住、西南学院中学・高校・大学・大a0212807_13433449.jpg学院卒業)著「ありきたりの痛み」にある「それでも恋するバルセロナ」(P88~P89)を読み私の判断ミスをいたく反省すぐに‘お一人さまシアター’で鑑賞しました。
さすが、熟練の「愛のアナリスト(分析家)」であるウディ・アレン監督の作品(監督・脚本)です。
映画は、バルセロナを舞台に一人の男と三人の女の愛(ロマンス)が、軸となり彼らと関わる家族や友人たちも巻き込んでシリアス(辛辣)かつコミカル(軽妙)な人間模様を描いていきます。
スペイン、カタルーニャの古都(州都)バルセロナの風光明媚な景色を背景にして混沌とした愛の四角関係を名撮影監督 ハビエル・アギーレサロベ(1948~)が、美しい映像で撮っています。
アメリカの美人女優 レベッカ・ホール(1982~、2006年映画「プレステージ」で有名になる)と同 スカーレット・ヨハンソン(1984~、出
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演時19歳の2003年作品「真珠の耳飾りの少女」は、天下一品の美しさ)が、まず登場し、すぐにスペインの名優 ハビエル・バルデム(1969~、AC/DCの熱狂的ファンというのが好い、私は2004年鬼才アレハンドロ・アメナーバa0212807_13440963.jpgル監督作品=監督・脚本・製作・音楽の傑作「海を飛ぶ夢」で注目)の登場となります。
そして、しばらくしてスペインの美人女優 ペネロペ・クルス(1974~、この映画でアカデミー賞助演女優賞を受賞)が、現在の夫ハビエル・バルデム演じる画家の元妻役で登場、この時点でペネロペとハビエルは、結婚していないものの二人が、スペイン語と英語を交え辺りかまわず大声a0212807_13441815.jpgで怒鳴りあう元夫婦の痴話ゲンカシーンは、もう最高!(の名演)、この共演をきっかけに二人は、結婚、そしてオシドリ夫婦になるのですから人生おもしろいものです。
映画のストーリーは、前述した東山彰良著の「ありきたりの痛み」にある「それでも恋するバルセロナ」(P88~P89)が、秀逸ですので原文のまま掲載いたします。
a0212807_13442334.png『ロマンチックな街並み、美味しいワイン、哀愁をおびたスパニッシュギター。 ヴィッキー(レベッカ・ホール)とクリスティーナ(スカーレット・ヨハンソン)がサマーバケーションに訪れたのは恋をするなというほうが無理な街、そう、バルセロナだ。 ヴィッキーは保守的で、婚約者のいる身。 かたやクリスティーナは芸術=自由=セックスだと思っている芸術家気取り。 そんな彼女たちの前にあらわれたのは、人生など無意味で快楽に溺れることa0212807_13443983.jpgこそ生き甲斐だと言わんばかりの画家、ファン・アントニオ(ハビエル・バルデム)。 最初はこのニヒルな芸術家に反発していたヴィッキーだが、結局彼になびいてしまうのは、まあ、だれしも予想がつく。 一夜限りの関係を持ってしまったせいで気持ちは千々に乱れ、婚約者との間で揺れに揺れまくる。 そのあいだにも、ファン・アントニオはクリスティーナのこともちゃっかりa0212807_13444250.jpgいてこましてしまう。 そこへこの絵描きの前妻、狂気の化身のようなマリア・エレーナ(ペネロペ・クルス)が乱入してくる。 かくて愛の定義をめぐる物語は、ウディ・アレン一流の饒舌なセリフまわしでばく進するのだ。 ウッディのやつが愛について一家言あるのは周知のことだが、彼の映画を観ているとどうにも煙にまかれているように感じてしまうのは俺だけa0212807_14103867.jpgじゃないはずだ。 が、この作品は構図がクッキリしている。 愛に対する立場がハッキリしているのだ。 だからこそ、観るものはどうあがいても感情移入してしまう登場人物を見つけ、なにかと身につまされることだろう。 何度も女性に「あんたはだれも愛せない人間よ」と言われてきた俺としては、愛のことがわかってるつもりのやつは是が否でも観とけと言いたい。 その自意識を針でチクa0212807_14103502.jpgチク刺されること請け合いだ。 もしもそこにウディ・アレンのいじわるな毒を感じとれたらこの東山が保証する、あなたは愛のことがちゃんとわかっている。』
映画の劇中、ファン・アントニオが、刹那の恋(一夜の恋)をためらうヴィッキーに(だったと思う)言う「未完の愛が、ロマンスだ」というセリフを聞き、改めて脚本を書いたウディ・アレン監督は、愛の分析スペシャリストだと思いました。

# by blues_rock | 2018-01-13 13:13 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
世界映画界の名匠と呼んで良いポーランドの巨匠アンジェイ・ワイダ監督(1926~2016、1958年作品「灰とダイヤモンド」、2007年作品「カチンの森」など権力悪に抵抗する人間を描いた秀作多数)が、亡くなる前に撮った遺
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作(脚本・監督)が、2016年作品「残像」です。
主人公のポーランドの現代画家 ブワディスワフ・ストゥシェミンスキ(1893~1952、1934年ポーランド国立美術大a0212807_21251778.jpg学創始者のひとり)は、ナチスドイツ侵略から解放されたポーランドで‘表現の自由’を貫き、ヒトラーに代わるソ連の独裁者スターリンが、支配したポーランド共産党政権に抵抗、言論と表現を統制する当局から反体制のシンボルとして徹底的に睨(にら)まれ弾圧され孤独と極貧の中で死んだ実在の前衛画家で映画は、彼の後半生を描いた伝記映画です。
a0212807_21252563.jpgワイダ監督は、自らもポーランドが、社会主義国家であった共産党政権時代、反体制活動家であったため映画の製作は、常に監視され弾圧されているので、第一次世界大戦で祖国のために戦い、片手片足を失うも不自由な体でシャガールやカンディンスキーなど当時の前衛画家と交流しポーランド現代絵画に多大な貢献をしながら表現a0212807_19594768.jpgの自由を鉄の意思で主張したため名声も尊厳も奪われて失意と孤独の中で死んでいった画家ストゥシェミンスキの人生に強い共感と尊敬の念を抱いていました。
アンジェイ・ワイダ監督の遺作「残像」は、過剰な演出が、なく何の衒(てら)いも余分な飾りもないシンプルかつストレートで人生の最期に魂をこめて敬愛する不屈の画家ストゥシェミンスキを描いた秀作映画です。
a0212807_19595087.jpg主人公のブワディスワフ・ストゥシェミンスキを演じる名優ボグスワフ・リンダ(1952~)のリアリティと撮影監督パベル・エデルマン(1958~)の映像が、実に秀逸です。
画家ストゥシェミンスキの娘ニカを演じたブロニスワバ・ザマホフスカ(2002~)ならびにストゥシェミンスキを慕う教え子の女学生ハンナ役のゾフィア・ビフラチュ(1995~)の二人も見事な演技でワイダ監督の演出に応えてa0212807_20002103.jpgいます。
全体主義(ファシズム)、社会主義(共産党の一党独裁)、軍国主義(宗教支配と他民族排他の暴力独裁)のデストピアは、ポピュリズムのなれの果てに誕生することを歴史は、繰り返し教えています、くわばら、くわばら。 (上写真 : ニカを演じたブロニスワバ・ザマホフスカに演技の指示をするワイダ監督)


# by blues_rock | 2018-01-11 21:11 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_13512258.jpg三瀬そば街道めぐりの三箇所目は、「そば処三瀬 松玄」です。
年越しそばのつもりで昨年暮れ(12月30日の午後)に訪ねたのですが、早々に‘終了しました’の告知にがっかりして帰りました。
そして、年明けの初そばにと出かけ「十割そば(せいろ)、三瀬鶏と野菜のてんぷら」を食べて来ました。
a0212807_13542191.jpg十割(玄そば1と丸抜き9)手打ちそばの松玄では、前日玄そばと丸抜きを店内の石臼で挽き当日朝、生粉を手打ちし提供しているのでお客様が、多ければ早く売り切れるのも仕方のないことでしょうね。
席に案内され供された‘そば茶’を啜ると香ばしいそばの香りが、鼻を抜け、しばらく待つとせいろとてんぷらの登場、当日のそばa0212807_13561536.jpgは、茨城産の新そばでした。
マイルドな出汁の味と細切り十割そばの相性が、すばらしくあっと云う間に食べ終わりました。
とろりとしたそば湯も美味しく、それもそのはず、松玄のそばに使用する水は、地下103mから汲みあげた脊振山系の地下水(ミネラルウォーター)で、一年を通して15℃ ‥ 食の素材と水の良いところ美味いものあり、正にそのとおりを実感いたしました。
帰りは、いつものとおり、ヴィレッジ アンティークならびにアンティークモール(左の2点を180円!で ‘金継ぎ’用に購入するも金のほうがずっと高く、新たな悩み)、さらにもう一箇所、クラフトの店 梅屋に寄りながら帰宅しました。
# by blues_rock | 2018-01-10 00:10 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(0)
小津安二郎監督作品を愛し日本にもカウリスマキ・ファンの多いフィンランドの名匠 アキ・カウリスマキ監督(1957~)が、2011年作品「ル・アーヴルの靴みがき」に続く「難民3部作」の第2作として1人4役(=監督・製作・
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脚本・美術)で撮ったのが、現在、KBCシネマ(福岡市天神)にて公開中の新作「希望のかなた」です。
「ル・アーヴルの靴みがき」と同様、アキ・カウリスマキ監督の筋金入りの‘人間哲学’が、貫かれ‘すばらしい!’ a0212807_22184161.jpgの一言です。
カウリスマキ監督の名匠たる所以(ゆえん)は、映画を見る人に ‘これでもか’ と言わんばかりの、冷酷ならびに非人間的なシーンばかりを押しつける映画が、社会主義レアリズムを標榜する映画のような(プロバガンダ傾向映画のごとき)作品となり表現する力が、反って弱くなる(普遍性を喪失しつまらなくなる)ことを先刻ご承知でした。
a0212807_2219367.jpgカウリスマキ監督の演出は、社会の底辺で生きる様々な人たちの温かいやさしさと彼らの何気ない善意をブラックなユーモアや吹き出すようなギャグに塗(まぶ)しながら、この映画を見る人の心が、‘ほんわか’ なるように、そしてそんなヒューマンな彼らの対極にいる暴力的な連中の悪行を辛辣に描いています。
a0212807_22201124.jpg主人公であるシリア難民の青年カーリドを演じたシリア人俳優のシェルワン・ハジ(1985~、ダブリン国際映画祭最優秀男優賞を受賞)のリアリティある演技が、見事でカウリスマキ監督のキャストへの目利きは、相変わらず秀逸です。
劇中でシリア人難民のカーリドと関わるヘンテコなレストランのオーナーとなるヴィクストロムを演じたフィンランドの名優 サカリ・クオスマネン(1956~、a0212807_22284225.jpg2002年映画「過去のない男」)ほか登場する人物は、カウリスマキ映画の常連俳優たちで、ヘルシンキの街で暮らす、どこかヘンながら温かくやさしい心を持つ市井の人びと(庶民)を見事に演じています。
シリア内戦の被災都市アッポレで、家族を反政府軍のミサイルあるいはシリア政府軍かEU空軍の空爆で殺されたカーリドは、生き残った妹と二人、a0212807_2229349.jpg難民となり戦火を逃れシリア国境を越えるもハンガリーで妹と生き別れてしまいました。
内戦ですべてを失い、ただ一人の家族となった妹を捜しながら、難民を排斥する東欧諸国を転々としてカーリドが、追放され偶然逃げ込んだ貨物船は、石炭を積んだフィンランドのヘルシンキ港に向かう船でした。
a0212807_2230015.jpg積荷の石炭の中に匿(かく)ってくれた船員から「フィンランドは、善い人たちが、暮らす良い国だから」と聞かされていたカーリドでしたが、他のEU諸国と同様、フィンランド政府もまた木で鼻をくくるような態度で、あっさりとカーリドの難民申請を却下しシリアへ強制送還する措置を彼に宣告しました。
a0212807_22315122.jpgここから、カウリスマキ監督滋味の人間劇が、テンポ良く展開して行きます。
難民収容施設からの脱出を手伝うスタッフ女性、難民仲間のイラク人青年、街をさまようカーリドに手を差し伸べるレストラン主のヴィクストロム(サカリ・クオスマネン)ほかやる気を感じない無愛想なレストランの従業員などのやさしさ、と同時に難民を排斥し暴力をふるう街のチンピラや難民の命を狙うネオナチらのいるヘルシンキで懸命に妹を捜すカーリドa0212807_22341272.jpgにイラク人青年からエストニアの難民センターに妹が、いるとの知らせを受けました。
映画の要所に流れるストリート・ミュージシャンの演奏するブルースが、効果的で私は、個人的になぜかレストランの壁に掛けられているジミ・ヘンドリックスの写真が、印象に残りました。
a0212807_2236322.jpg難民のカーリドに人に与えるお金などないのに彼が、ストリート・ミュージシャンや物乞いの女性に小銭をあげるシーンが、何度も登場します。
ここにもカウリスマキ流の人間哲学「自分にできることの実践」が、顕われています。
敢えて私の感想を述べれば、もう一人の主人公ヴィクストロムが、ポーカー賭博で大勝するシークエンスとヘンチクリンなスシ店にa0212807_10555254.jpgレストランを改装して当然失敗するシークエンスは、たいへん面白いのですが、カウリスマキ監督のサーヴィス精神過剰のように感じました。
映画のラストで妹に再会したカーリドが、ヴィクストロムから提供された隠れ部屋の前でネオナチに刺され重傷なのに、朝早く妹を難民申請センターに連れて行き別れるシーンと朝日の中で横たわりヘルシンキの海を見ながa0212807_2239816.jpgらタバコを吸うシーン ‥ そこにレストランで飼っていた犬のコイスティネン(カウリスマキ監督の愛犬だとか)が、彼を捜していたように駆け寄ってきて顔を舐めまわすシーンで映画は、終わります。
シリア難民の青年カーリドの「希望のかなた」を象徴するかのような実に上手いカウリスマキ監督脚色(監督の哲学表現)のエンディングで印象に残りました。
# by blues_rock | 2018-01-09 01:09 | 映画(シネマの世界) | Comments(2)
一昨年秋、上野(あがの)焼の窯元を訪ねたとき、窯キズ有りの小皿(14㌢)が、超格安の掘出物として売られていましたのでとっさに衝動買いしました。
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窯キズを錆(さび)漆で整形し弁柄(べんがら)漆で直しました。
友だちから縁の少しカケた萩焼の盃を修理できないかとのメールがあり、現物を見たところ些細なキズなので、
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キズを錆漆と生漆で固め、白漆(白漆は乾くとベージュ色)直しにしました。
しっとりとした白い磁肌とウルトラマリン呉須のハーモニーが、美しい旧い京焼(清水焼)の煎茶用急須です。
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取手の先端部に持った時、手の平に触る小さなササクレのようなカケが、ありましたので萩の盃と同じように錆漆と生漆で整形して浅葱(あさぎ)色漆で直しました。 
# by blues_rock | 2018-01-07 00:07 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)
映画も好きだけれど絵が、好きな私は、画家をモデル(プロット)にした映画が、公開されるといつもは、監督、脚本が、俳優は、とこだわるクセに画家を描いた映画となると委細構わずつい見てしまいます。
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子供の時から絵を見るのが、好きで‘絵描き’になることを夢想し成長するにつれわが才能のなさに気づき、やがて好きな画家の、好きな絵を見るだけになり、画家の映画を見ては、幼いころの叶わなかった夢に浸っている
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のかも知れません。
さて、今夜は、印象派の画家マネについての映画ですが、主人公は、印象派の画家マネのモデルでミューズでa0212807_0181440.jpgあった画家ベルト・モリゾ(1841~1895 マネの弟ウジェーヌと結婚)です。
モリゾもまた印象派の画家ですが、タイトルのとおり映画は、マネの創作にインスピレーションを与えたモデル‘画家モリゾ’の目を通して画家マネが、描かれています。
「画家とモデル」の関係は、必ず官能に導かれた性の琴線に触れ(つまり美の源泉に到り)、やがて両者が、行き着くのは、‘男と女’の性的関係です。
a0212807_0192392.jpgしかし、マネは、自分のミューズ(美の女神)であったモリゾを愛するも彼女と性的関係を結びませんでした。
マネは、若く美しいモデルのモリゾが、自分を愛していることに気付いていたものの当時ヨーロッパに蔓延し不治の病であった梅毒にマネは、感染していましたので愛するモリゾと一線を越えることなくモリゾも自分に恋するマネのa0212807_0201652.jpg実直な弟ウジェーヌの妻になりました。
当時、ヨーロッパの芸術家たち(文学者・音楽家・画家など)の多くが、梅毒に感染ており、たとえば、ボードレール46歳没、モーパッサン43歳没、フローベール59歳没、ハイネ58歳没、ドーデ57歳没、ドストエフスキー60歳没、ニーチェ56歳没、ゴーギャン54歳没、マネ51歳没、シューマン46歳没、スメタナa0212807_0205763.jpg60歳没、ロートレック36歳没など自由な生活で、その天賦の才能を開花させたものの皆な早死にしています。
閑話休題、映画「画家モリゾ マネの描いた美女」は、2010年の名作「神々と男たち」、2012年秀作「ハンナ・アーレント」などの撮影監督を務めたカロリーヌ・シャンプティエ(1954~)が、撮影と演出併せ長編映画を初監督した作a0212807_021446.jpg品です。
映画のストーリーは、パリ16区の裕福な家庭の令嬢であったベルト・モリゾ(マリーヌ・デルテルメ)と姉のエドマ(アリス・ビュト)は、結婚に目もくれず絵を描くことに没頭していました。
1865年、ベルトと姉のエルマは、ルーヴル美術館で模写をしているとき、ワイセツな絵としてサロンを騒がせていた「オランピア」の作者a0212807_0223459.jpgマネ(マリック・ジディ)と出遭い、数日経ったある日、マネからベルトに絵のモデルになって欲しいという依頼の手紙が、届きました。
画家としてのベルトは、アトリエで制作する旧態依然な絵に閉塞感を覚えていましたので、その頃台頭しつつあった‘光あふれる戸外で色彩豊かな自然を感じたままに描く’というマネたち印象派グループの絵画運動に共感、マネのアトリエでモa0212807_025096.pngデルになりながら先輩画家のマネから絵の指導を受けるようになりました。
拙ブログのシネマの世界では、先日からゴッホ、ルノワール、セザンヌ、そしてマネと同じ時代の空気を吸いながら生涯を新しい絵画の制作に捧げた画家たちを主人公にした映画をご紹介、年明け早々にゴーギャンの映画が、公開されますのでシネマの世界で取り上げたいと思います。
# by blues_rock | 2018-01-05 00:05 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
カナダの鬼才ドゥニ・ビルヌーブ監督(1967~)の名を世界的に有名にした2010年発表の傑作「灼熱の魂」の前年、2009年に撮った長編映画3作目の「静かなる叫び」(原題「Polytechnique」‘モントリオール理工科大学’のこと)は、ビルヌーブ監督の脚本・監督による全編モノクロ映像で77分と短めながら翌年の「灼熱の魂」に繋がる予
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兆(不穏な空気)を感じさせる秀作映画です。
この「静かなる叫び」の前作が、2000年ビルヌーブ監督33歳のときに発表したホラーっぽくグロテスクなようでミステリアスそしてシリアスでリアルな心理劇映画の秀作「」でしたから9年の間をおいての発表になります。
a0212807_23442297.jpgビルヌーブ監督は、2010年の「灼熱の魂」のあと、2013年には、「プリズナーズ」と「複製された男」、2015年「ボーダーライン」、2016年「メッセージ」、2017年「ブレードランナー2049」とほぼ一年に一作、秀作映画を発表していて、いまやカナダを代表する世界的な名監督と言えるでしょう。
a0212807_23442918.jpg2009年に製作され当時日本未公開であった「静かなる叫び」を配給会社が、昨年(2017年)あわてて公開したのは、新作「ブレードランナー2049」の公開を前にドゥニ・ビルヌーブ監督人気にあやかろうとしたのだろうと推察します。
映画は、1989年12月6日、カナダのケベック州モントリール理工科大学構内で実際に起きた女子学生を標的にa0212807_23442666.jpgした銃乱射事件(女子学生14人を虐殺)を描いています。
ビルヌーブ監督は、ピエール・ギル撮影監督のモノクロ映像とコラボして長編映画としては短い77分の尺の中で、まるで犯人の学生(マキシム・ゴーデット 1974~、「灼熱の魂」に出演)に密着しているような‘濃密な演出’で、モントリール理工科大学内で銃乱射事件をドキュメンタリーのように撮っています。
a0212807_23450799.jpg犯人の学生は、女性の社会進出をひどく憎み、彼の過去に何があったのか映画では、明らかにされませんが、彼は、女性たちから自分の人生が、めちゃくちゃにされたと信じ、何の関係もない女子学生にも恨みをもっていました。
技術者志望の女子学生 ヴァレリー(カリーヌ・ヴァナッス 1983~)は、技術系会社のインターン面接で人事担当a0212807_23451163.jpgの面接官から女性蔑視のあからさまな性差別発言にショックを受け社会の現実に愕然としていました。
そんなとき、モントリオール理工科大学構内で銃乱射事件は、起きました。
犯人の学生は、ライフルを乱射しながら女子学生だけを狙い、授業中の教室に入るとヴァレリーの友人 ジャンa0212807_23451568.jpg=フランソワ(セバスチャン・ユベルドー 1979~、この映画の重要人物)など男子学生を教室から追い出し、女子学生たちを教室の壁の前に並ぶよう指示しました。
ヴァレリーや親友の女子学生(エブリーヌ・ブロシュ 1983~)ほか教室に残された女子学生たちは、ライフル銃を乱射するこの精神異常の反フェミニスト男子学生の狂気を見て、死の恐怖に怯えました。
a0212807_23454269.jpg大学構内に響く銃乱射の音、ジャン=フランソワは、何とかヴァレリーを助け出しましたが、ヴァレリーの親友は、大量の血を流し横たわっていました。
鳴り響く救急車のサイレン ‥ ジャン=フランソワは、ヴァレリーに「教室に残るべきだった。 一緒にいるべきだった。」と言い残し、勉学に忙しく(外国の大学生は良く勉強する)、久しく会っていなかった故郷の母親に会いに帰りました。
a0212807_23453592.jpg息子ジャン=フランソワの突然の帰省に驚いた母親は、彼の憔悴した表情に尋常ではないものを感じ、食事もせずにすぐ帰ろうとする息子を引き留めますが、「勉強があるから」と言って帰りました。
そして、帰る途中の雪原で排気ガスを車内に引き自死しました。
a0212807_23454584.jpg銃乱射犯人の放った負のエネルギ-(生命の否定)は、被害にあった女子学生たちは、もとよりこの事件に関わった人たちの心をひどく破壊しもう元に戻らないエントロピ-増大(無秩序=カオス)の法則へのメタファ-を暗示しています。
「静かなる叫び」は、残虐なシーンもあるものの悪趣味ではなく、ビルヌーブ監督の静謐な演出とギル撮影監督a0212807_23454889.jpgのモノクロ映像が、秀逸で美しい映画です。
カナダ版アカデミー賞のジニー賞では、歴代最多の9部門で受賞していますので遅ればせながらの日本公開は、うれしい限りです。

# by blues_rock | 2018-01-03 00:03 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_18244068.jpg金継ぎを始めて8年あまり ‥ 他人様(ひとさま)から「お仕事ですか?」と訊ねられると天の邪鬼の私は、「いえ、お遊戯です。」と答えて来ました。
遊戯とは、文字どおりお遊びのこと ‥ お遊びに0.5グラム5千円もする純金の粉を使って古陶磁器の修理をするなんてバカじゃないのか!? そんな費用をかけるくらいなら新しいものを買えばいいではないかと旧友が、私に言います。
さもありなんと思うものの高価でも新しい陶磁器のワレやカケに私の関心は、なくせっせせっせと壊れた古陶磁器類を探しながら金継ぎしています。
これまで金継ぎ作業の合間に、我流も我流、漆芸知識と技術のない私は、無手勝手に漆を塗り思いつくままに出鱈目な漆遊びをしてきました。 (下写真 : 八角入子塗り鉢四枚を現在修理中、最上段の一枚がやっと終了)
a0212807_18263697.jpg二、三年前から手持ちの高台のある古唐津の陶片すべてを刻苧(こくそ)で復元するも漆芸の加飾法が、まるで分からず、いくつかを梨子地銀を蒔き摺り漆で直してきたものの自己満足から遠く蒔絵をしようと思い立ちました。
私は、ご迷惑省みず金継ぎ工芸会の講師で蒔絵名人の方に勝手に私淑し‘蒔絵の追っかけ’(真似事)をしてa0212807_1828399.jpgみましたが、ちゃんとした蒔絵の知識と技術のない私にとって「道のり険しく、また山も高い」ことを知りました。
蒔絵への挑戦にヘタリ込んだ私は、昨年春から ワン&オンリーの陶胎茶碗 を創りたいという妄想にとり憑かれ、玄洋窯主人の冨永陶工に私淑、茶道知らずの茶碗好きの素人作陶に、根気よく付き合っていただいています。
a0212807_1829357.jpg昨年秋からは、心機一転、博多漆芸研究所の門をたたき漆工芸の専門家お二人に師事、蒔絵も含み漆芸すべてを学びたいと‘自己満足への道’を歩き始めました。
まあ、それが、私の新年の抱負と言えば、抱負ながら、どこまで辿りつけるか ‥ 行ってみたいと思います。
# by blues_rock | 2018-01-01 01:01 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)
a0212807_850546.jpgいつの頃から大晦日に年越しそばを食べるようになったのか、私は、知りませんが、普段の暮らしは、盆も正月もないだらだら生活をしていながら大晦日になる年越しそばを、正月になると焼き餅を無性に食べたくなるのは(普段食べているのに)、長年の生活習慣ゆえのことでしょうか?
というわけで、三瀬そば街道に年越しそばを食べに行きました。
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先日、<西国御領 風羅坊>に行きましたので、今回は、今年友だちになったパイプオルガン奏者の方のイチオシそば処「松玄」に直行 ‥ するも午後2時を回ったばかりながら駐車場入口に「終了しました」の告知版を見てa0212807_9371017.jpgがっかり、営業時間が、短い(11時半から15時まで)のは、知っていましたが、大晦日を前に近年とみに人気スポットとなった三瀬そば街道へ私のように前倒しの年越しそばを食べに行く人たちも多いのでしょう。
というわけで、引き返し次回行こうと思っていた三瀬街道の人気そば処<三瀬そば>に向かい‘板そば’を注文、その食感と喉越しに満足しました。
年越し板そばを食べたあとは、いつものようにヴィレッジアンティークとアンティークモールに立ち寄り‘見るだけ’のつもりが、金継ぎと拭き漆用の‘掘り出し物’(アンビリーバブルな価格でした)を三つ四つ見付けるといつもの悪いクセで衝動買い、年越しの宿題(上写真2枚)まで抱えて帰りました。
拙ブログを一年ご覧くださりありがとうございました。
良いお年をお迎えください。
# by blues_rock | 2017-12-31 12:31 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(2)