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心の時空

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a day in my life

ダイエットのための体重減量のことではありません。
a0212807_5115340.jpg私の体重は「暴飲暴食」を止めてから今では、メタボリック症候群の手前でなんとか平行移動しています。
体重コントロールはさほど難しいことではなく、日ごろから「素材の良いおいしい食べ物を少しずついろいろ食べる」・「お酒はおいしく飲める適量」を意識していれば、いつの間にか自分の願う体重になり平行移動するようになると私は思っています。
私の健康上の問題は、両親から受け継いだ高血圧症・高血糖症の体質にありますが、この世に生を授けてくれた両親に感謝こそすれ体質を怨んではおりません。
いつの頃からか、健康診断のたびに、検査項目ごとに*(の記号)がずらっと並び、「再検査通知書」を受け取るようになりました。
10数年前のある日のこと、頭痛がして仕方がないのでカゼをひいたのだろうと思い、今まではポイ捨てしていた健康診断の「再検査通知書」を持参して、船橋市民病院で診察してもらいました。a0212807_5123384.jpg
診察した医者(若い女医さんでしたね)から、いきなり「あなたは糖尿病です。今日すぐ入院してください。このままでは脳内出血か、心臓発作で倒れます。」と厳しい口調で叱られました。
その宣告以来転勤引越しするたびに最寄りの病院で診察を受け、クスリを飲み続ける(時々忘れますが)毎日となりました。
糖尿病は生活習慣病なので主治医から診察のたびに注意されるのは「食事(カロリー摂取)」と「運動(カロリー消費)」で、体重コントロールと運動継続の厳しいチェックです。
見出しの「たかが1キロされど1キロ」との繋がりは、先日プールで自己新記録の1キロを泳ぎましたという、それだけの報告です。
今の主治医からも「クスリのレベルは変えませんので、とにかく運動してください。」とクギを刺されました。
水泳を始めた2年半前‥25mプールをやっと泳いでいましたが、少しずつ100m~300mと泳げるようになり、休みながらでもやっと1キロ泳げるようになりました。a0212807_5125336.jpg
25mの水泳から始め1キロの自己新記録達成‥「たかが1キロされど1キロ」私の中では、うれしい達成感です。
プールから上がり、早速一人で祝杯‥自分に乾杯!プールに乾杯!この日の飲み過ぎは許しました。
(写真:私の住まうマンションと地下の25mプール)
# by blues_rock | 2011-10-03 20:34 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(0)
映画「殺人狂時代」(1947)は、映画人チャーリー・チャップリン(1889~1977享年88才)が58才の時、制作・脚本・監督・音楽・主演した映画です。
まさしく映画の天才チャーリー・チャップリンの面目躍如です。a0212807_20144930.jpg
映画は、自分の欲望(お金と女)のために、次々と人を殺し死刑となる一人の男のシリアスな物語です。
「一人の殺害は、犯罪者を生み、百万の殺害は、英雄を生む。数が殺人を神聖化する。」・「大量殺人者としては、私などアマチュアだ。」・「殺人はビジネス、小さい規模では上手くいかない。」と死刑台に向かう途中、男は言います。
平和主義者・人道主義者で、反権力であったチャップリンは、この映画が封切られた頃共産主義シンパの烙印を押され1952年レッドパージにあい、アメリカを国外追放され晩年はスイスで暮らし死去します。
彼は、この映画を自分の最高傑作と思っていましたが、チャップリン映画の中での興行成績は、一番悪かったそうです。
日本も殺人狂が、氾濫する時代になりました。
なんともやりきれない極悪非道、残忍卑劣な殺人事件が、後を絶ちません。
運悪く偶発的な殺人の被害に遭われた方(死者)の無念さと遺族の方々の深い悲しみやはけ口のない憤りは、如何ばかりかと思いますが、同情など何の足しにもなりません。
殺人事件は、警察・検察が立件し、裁判所の判決で最終的に刑法による殺人罪が確定、その殺人罪に対する罰として刑が課されて執行されます。
日本の法律では「極刑を以ってあたる」刑が、殺人を犯した者にとって一番重い刑で死刑となります。
これが死刑制度です。
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                       映画「殺人狂時代」のワンシーン 
私は、死刑制度の存続を支持します。
死刑制度を巡っては、賛否両論ありますが世論調査(毎日新聞2007年12月)では、国民の9割が死刑の存続を支持しているという結果を考えると、やはり国民は、死刑制度による殺人の抑止効果を期待しての意思表示と思います。
裁判三審制により殺人罪の量刑が確定するまで10年以上の歳月を要することもあり、被害者遺族の悲しみが、癒えることはありません。
まして理不尽な殺人被害に遭われた方(死者)の人権を誰が主張し、墓の中からの憤怒の叫び声は、のほほんと生きている者の何人に届いているのでしょうか。
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裁判所の前から中継です‥と傲慢な社会正義を振りかざす無神経なマスコミも問題です。
視聴率に振り回され、人の不幸を喰いものするワイドショーTV‥悲嘆の涙に暮れる遺族に「今のお気持ちは?犯人に言いたいことは?」と無神経にマイクを差し出し下らない質問をする愚鈍なレポーター‥「犯人から反省の弁も謝罪の言葉ありません。」とさも自分が直接尋問したかのような阿呆なアナウンサーなど‥殺されてさぞ無念であろう非業の死は、ダレが償うのかと彼らに問い続けたいと思います。
また死刑廃止を訴える人たちのヒューマニズムも愛する家族を突然失った人たちの悲痛の前に説得力はありません。
なぜなら殺人犯の中には、人を殺す快楽に痴れ、殺人を趣味としている者が、現実にいるからです。
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何かといえばすぐに精神異常者と決め付ける人たちも単細胞です。
すぐに精神鑑定へもちこもうとする弁護団の常套手段にも疑問を感じます。
現在死刑が確定し、死刑執行を待つ死刑囚は120人余り‥法務大臣の任にでありながら法(刑法に基ずく死刑)の執行にサインしない怠惰で臆病な政治家にも問題があります。
確かに、濡れ衣で死刑判決を受けた可能性のある冤罪への徹底した再審制度は、絶対に必要です。
殺人者が、無期懲役刑で服役しても恩赦減刑で、やがて刑期を終えて刑務所から社会に出てくるのも、犯人への憎しみと愛する人を喪失した悲しみが癒えない被害者家族の神経を逆なでします。
そんなことも含めて死刑廃止か存続か‥新たに「終身刑」の検討も含めて、国民みんなで時間をかけて議論し尽して‥国民投票による国民の総意で決めれば良いと思います。
# by blues_rock | 2011-10-02 04:22 | 社会/歴史/思想 | Comments(0)
a0212807_21374366.jpg私の好きな女優の一人にケイト・ブランシェット(1969~オーストラリア)がいます。
彼女が、新作「ハンナ」(CIA陰謀もののアクション映画)に主演級の悪役で出演していたので期待して見に行きました。
結果は、映画のストーリー(シナリオ)は陳腐で、アクションに迫力なく、映像のカットにも切れ味なく、出演者はミスキャスト‥楽しみにしていた極悪非道の悪役ケイト・ブランシェットではありませんでした。
2007年の映画「アイム・ノット・ゼア」でケイト・ブランシェットが演じた‘ボブ・ディラン’のすばらしかったこと‥ボブ・ディランそっくりのリアリティがありました。
最近見たCIA陰謀もののアクション映画で、おもしろかったのは「ソルト」でした。
アンジェリーナ・ジョリー(1975~)が、アメリカとロシアの二重スパイ役を演じ、ロシアから送り込まれた女性スパイでCIAエージェントの「イヴリン・ソルト」を演じています。
昨年夏、アメリカで実際にロシアのスパイ10名が逮捕されたニュース‥彼らが10年前ロシアからアメリカに送り込まれ、そのうちの一人が若くて美人の女性スパイでしたから映画「ソルト」への効果は大きく、女性スパイ活劇という荒唐無稽なアクション映画ながらも真に迫り大いに楽しめました。
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女性スパイ、イヴリン・ソルト役アンジェリーナ・ジョリーのアクション演技は、「トゥームレイダー」(2001・2003)でナナ・クロフトを演じた時より、スパイ活劇の虚構ながらアクション演技は、「ソルト」のほうがしっくりしているように思えました。
フィリップ・ノイス監督(1950~)は、サスペンス映画「ボーン・コレクター」(1999)では、アンジェリーナ・ジョリーにシリアスな演技をさせていましたが、「ソルト」では、彼女を自由奔放に演じさせたようです。
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スパイアクション映画なのでストーリーにあまり意味はなく‥私の見た映画の中では、「ニキータ」(1990)×「ミッションインポッシブル」(1996)÷2=「ソルト」(2010)が映画を見ての感想です。
フィリップ・ノイス監督の作品では、「パトリオット・ゲーム」(1992)・「今そこにある危機」(1994)も楽しめる映画でした。
「ソルト」は、映画のエンディングから見て続編制作が予想されます。
# by blues_rock | 2011-10-01 13:27 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_133583.jpg映画の日本語タイトルを「アルゼンチンタンゴ~伝説のマエストロたち」としているとおり、映画というよりアルゼンチンタンゴの音楽ドキュメンタリー映像です。
アルゼンチンタンゴは、1940年から1950年代にかけてブエノス・アイレスで黄金期を迎え、多くのタンゴ音楽家が活躍していました。
私は、舞踊(ダンス)としてのタンゴも好きで、歯ギレのよいリズムと哀愁感あふれるメロディに合わせて踊る‘男と女’の官能的なダンスは、さながら恋人たちのラブシーンのようで‥いつもどきどきして見ています。
高校生のころ隣りに住む叔父が、大切にしていたステレオとラテン音楽のレコード(LP盤)を留守中に無断で借りて繰り返し聴いていました。
私にとって初めてのタンゴは、そのころ聴いた「ラ・クンパルシータ」でした。
その後「アルフレッド・ハウゼ」や「アストル・ピアソラ」など熱心に聴きました。
余談ですが、アルゼンチン・フォルクローレの「アタワルパ・ユパンキ」もいいですね。
さて映画は、2006年ブエノス・アイレスで、タンゴの名曲アルバム「CAFÉ DE LOS MAESTROS」を録音するためにアルゼンチン・タンゴのマエストロたちが集められ、収録する様子を撮影したドキュメンタリーです。
彼らはタンゴの黄金時代を築き、政情不安な激動のアルゼンチンで50年60年とタンゴの演奏を続けてきたマエストロたちです。
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タンゴのマエストロたちは、皆な高齢の音楽家たちばかり‥風情はヨボヨボの老人(好々爺)たちですが、一旦それぞれの楽器バンドネオン・ピアノ・ヴァイオリン・チェロ・ベースなどを手にし弾き始めると彼らは一変し、演奏の迫力といいリズムのキレといい驚くばかり‥円熟した匠(たくみ)の演奏を聴かせてくれました。
カメラは、お互いの再会を子供のように喜びはしゃぐ老人たちの様子や練習風景を映像に収めています。
収録の最後に、彼らは世界三大劇場の一つといわれているコロン劇場で一夜限りのタンゴ・コンサートを行いました。
アルゼンチンの宝と呼ばれる高齢のマエストロたちが集まり、同じステージで演奏することはもう二度とない歴史的コンサートでした。
映像より音楽(タンゴ)を楽しむ映画です。
# by blues_rock | 2011-09-30 01:05 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_18125629.jpg休日は、空調が効いた快適な映画館でゆっくり映画を見るに限ります。
20代には、一日7本の映画を見たこともありますが、もうそんな気力と体力はなく週末に見たい映画を選んで楽しみながら見るようにしています。
先日は、「トロッコ」を見ました。
映画「トロッコ」は、芥川龍之介の短編小説「トロッコ」を原作に、川口浩史監督(1970~)と台湾の侯孝賢監督(ホウ・シャオシェン 1946~)が、共同で脚本を書き映画の舞台を日本から台湾の山あいに移して映画を撮った川口浩史監督のデビュー作品です。
私は、この映画を見るまで川口浩史監督の名を知りませんでした。
篠田正浩監督など名監督の助監督を長年経験しているので素質十分、この映画「トロッコ」は監督としての初メガホンですが、良質な作品でした。
撮影は、侯孝賢監督の盟友にして名撮影監督の李屏賓(リー・ピンビン 1954~)が、担当しています。
映画のストーリーは、国境・時代・世代を超えた家族がテーマです。
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シナリオも良く、昔の手押しトロッコを映画表現の道具として上手く使い、出演者たち(私の知らない俳優たちばかりでした)の演技も見事でした。
台湾人の祖父母、日本人の若い母親と二人の息子(幼い兄弟)‥台湾人の父親は、遺灰として登場しますが、義弟や山に木を植え守る老人と手伝う若者、そして村人たちなど脇役の演技も実に自然で、どこか懐かしい日本の原風景を見る思いでした。
映画は、豊かになったはずのいまの日本が、どこか殺伐としていて、いつも何かに追わる毎日の暮らしの中で忘れてしまった家族の絆(母と子)と、遠く離れていても家族の幸せを思う心(台湾の祖父母と義弟)を軸にストーリーは展開します。
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川口浩史監督は、日本と台湾との歴史関係も背景に入れ冷静に演出しています。
自然豊かな台湾山あいでの家族の暮らしを澄んだ空気感に包んだ映像も美しく「鉄塔 武蔵野線(1997)」・「山の郵便配達(1999)」・「故郷の香り(2005)」などの秀作映画を見た時の清々しい感動がありました。
# by blues_rock | 2011-09-29 20:15 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
3年前の映画ですが、秀作なので滝田洋二郎監督の2008年作品「おくりびと」をご紹介します。
a0212807_7324151.gif滝田監督作品は、2004年の「壬生義士伝」も印象に残っています。
「壬生義士伝」は、本(2000年浅田次朗著上・下2巻)、テレビ(2002年1月2日テレビ東京10時間ドラマ)も、それぞれ道具は違いましたが、心に沁みる味わい深い感動がありました。
この2本の映画は、秋の夜長にゆっくり自宅(DVD)で見る映画としてお薦めいたします。
「おくりびと」は、俳優木本雅弘が原作を読んで感動し、原作者の元に何度も足を運び話し合い、やっと映画化の許可が下りたとのことです。
映画の舞台は、山形県酒田市‥葬儀の前に遺体を清め、顔に死化粧をしてお棺に納める納棺師の悲喜交々が、主たるストーリーです。
映画「おくりびと」は、日本国内の映画賞を総なめし、2008年モントリオール世界映画祭でグランプリ受賞、2009年アメリカアカデミー賞では、外国語部門賞を受賞しています。
この映画の見どころは、なんといっても名優「山崎努」の存在感と、そのリアルな演技で、本木雅弘が演じる新米納棺師を育てるベテラン納棺師(小さな納棺会社の社長)が、彼の役どころです。
映画の中で山崎努演じるベテラン納棺師の体・手足の動きが、セリフでは表現できない納棺の儀のもつ空気感を醸し出していました。
彼の顔の表情に、とくに目と口元の動きに演技しているとは思えない独特の雰囲気があり、黙って居るだけでも存在感がありました。
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低い声でボソボソと話す会話(セリフ)には、威圧するような押し出しがあり見ている方にも迫ってきました。
私の印象に残ったのが、納棺の仕事のあと食事をするシーン‥二人が、フグの白子を焼いてハフハフ美味しそうに食べるシーンや、大ぶりなフライドチキンを貪(むさぼ)るようにガツガツ食べるシーンなどは、人間の動物としての性(さが)というべき本能に触れ、併せて生死感溢れるリアルな演技で真に迫り、見入ってしまいました。
私が、「山崎努」に感じる迫力やリアルな存在感を他の俳優で感じるのは「緒形拳(故人)」・「仲代達矢」‥中堅では「柄本明」‥若い世代の俳優では「香川照之」です。
# by blues_rock | 2011-09-28 22:34 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
「金継ぎ」(こちら)とは、割れたり・壊れたり・欠けたりした大切な陶磁器を修理し再生する技術のことです。
ご飯粒を糊にした続飯(そくい)に、砥粉(とのこ)・生漆(きうるし)・刻苧綿(こくそめん)を混ぜ合わせた刻苧(こくそ)で、割れたり・壊れたり・欠けたりした器を繕い補正しながら、さらに漆を塗り乾かし磨(と)ぎながら塗り重ねて行きます。
きれいに仕上がったら、最後に赤漆を塗り金をまいて乾かし、生正味(きじょうみ)漆で拭きあげ再度乾かしたら丁寧に金を磨(みが)き、鯛牙(たいき)で金を発色させたら出来上がりです。
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                             古唐津 金継ぎ
壊れた古陶に、質面倒くさい手間と暇‥漆の乾燥工程に一週間、さらにお金‥金の粉1グラム6,800円の費用、をかけて、いったい何が面白いんだ‥新しい器を買えば良いではないかと友だちは、私をからかいます。
当の私は新しい陶磁器に関心はなく、古陶磁ばかりに興味があります。
どんなに高価で著名な作家の新しい器でも、手に持ち弄ってみてもドキドキしないのです。
確かに月3回水曜日午前中2時間の金継ぎ教室のために、車でわざわざ人で混雑する都心(福岡市天神)で駐車場を探しながら通うのですから、我ながらご苦労様としか言いようがありません。
壊れた古陶こそが“金継ぎ”の大切な素材、室町・桃山・江戸の時代に、良質な陶土と燃料薪の豊かな山里の登り窯で、無名な陶工職人たちが精魂込めて作陶した作品の名残りだからです。
窯の中で割れたり、欠けて捨てられた美しい古陶磁器が、灌木や草に覆われ人目に付かなくなった山里の古窯跡のまわりに数多く残存していました。
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                           初期伊万里 本銀継ぎ
そんな古窯のモノハラ(陶片を捨てた場所)も発掘され尽くし、古い陶片もだんだん手に入らなくなりました。
そんな今、焦る気持ちで400年~500年前の古陶磁の破片をかき集め、個性ある「共継ぎ」・「呼び継ぎ」にトライし、稚拙ながら私だけの‘オンリーワン’金継ぎ作品を創りたいと思い続けています。
参考:写真は「骨董じじばば」コレクション(所有)から貼付しました。
このページ右下の外部リンクで「骨董じじばば」にアクセスできますので古美術に興味のある方はご覧ください。
# by blues_rock | 2011-09-27 05:26 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)
私は、農業団体全国組織で定年退職するまで37年間働いていました。
そのうち概ね20年、原木栽培によるシイタケ生産と消費の振興に関わる仕事をしてきました。a0212807_2211928.jpg
2年半前に定年退職、住まいを東京から福岡に移し四季折々、九州の山里を眺めていると、いたるところに原木シイタケ生産資源である雑木林の宝庫が残っていることに気がつきました。
シイタケ栽培用の原木の種類は、たくさんあります。
落葉広葉樹のコナラ・クヌギ(いわゆるドングリの木)を中心にクリ・シデ・ミズナラ・アベマキ・サクラなど日本の自然の山にある雑木がシイタケの原木になります。
秋の紅葉(黄葉)シーズンに、樹齢15年~20年の木を伐採したら一ヶ月くらいそのまま山に放置し、原木の葉を枯らし水抜きします。
伐採した木の根元(切り株)は、春になると新しく萌芽(ほうが)して再び成長しますので、杉やヒノキのように植林する必要はありません。
「ひこばえ」とは、切り株の根元から萌芽した‘新しい木’のことを意味します。
また15年~20年後に伐採すれば、同じように萌芽再生しますので原木資源が枯渇することはありません。
一ヶ月過ぎたら1m(90cm~120cm)くらいに原木を玉切りし“梅の開花から桜の散る季節”の候に、植菌します。
a0212807_2214999.jpg冬場の山での作業は、寒さ厳しく作業が、し辛いことや降雪・積雪などによる山での事故の危険が大きいことなどにより、梅の開花が始まる早春まで待って植菌作業を行います。
そして、桜の花が散り始める季節になると外気温が上がり、日によっては初夏の陽気になり、高温に弱いシイタケ菌は、せっかく苦労して原木に種菌しても活着率が低下しシイタケ生産のマイナスなりますので桜が散るころには、種菌を終えていなければなりません。
反対に高温に強い菌トリコデルマ菌は、シイタケ菌の最大の敵でトリコデルマ菌の繁殖したところでは、シイタケ菌は死滅いたします。
そのために原木に早くシイタケ菌を活着させ成長させて、榾木(ほだぎ)にします。
a0212807_2224363.jpgシイタケ菌は、原木のセルロースを分解し、栄養源にして成長します。
成長した菌糸体が、集合しキノコの卵である原基(げんき)を形成したら、日中の寒暖の温度変化が15度を超える季節‥春と秋に、榾木からキノコ(シイタケ)が発生します。
榾木を榾場(原木シイタケ栽培地)に伏せこみ、栽培管理(水管理)をきちんと行えば5、6年の間、毎年春と秋にシイタケを収穫することができます。
毎年少しずつ原木に植菌していけば5、6年後にはスタートした時より多くの榾木が、榾場に並びます。
古榾(ふるほだ)になり、シイタケが生えなくなると廃榾(はいほだ)として、山の端に捨てます。
自然の生態系が、偉大であるのは、伐採原木の再生もありますが、使用済みとして廃棄された榾木(廃榾)に、
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自然界のカブトムシやクワガタが卵を産卵し、ものすごい数の幼虫たちを育てるカブトムシ・クワガタのベビーベッドとなるからです。
幼虫たちは、スカスカになった廃榾をエサに成長しながら、古榾を有機質の土壌に分解していきます。
その有機質土壌が、自然の肥料として山を豊かにし、雑木林を育てるのです。
そして成虫になったカブトムシやクワガタは、萌芽再生し大木に育ったコナラ・クヌギの森で、木々の樹液を糧に、次の命を育てます。(下は廃榾の中でスクスク育ったカブトムシの幼虫たち)
a0212807_2233999.jpg今でも山(限界集落)に住んでおられる農家の方々は、見事な自然の生態系循環システムの中で原木シイタケ生産という「食料=農業=経済」という三位一体の偉大な行為を暮らしの中で生かしておられます。
# by blues_rock | 2011-09-26 20:33 | 自然/農耕/食料 | Comments(0)
このところシリアスな映画ばかり見ていましたので、少し趣きを変えヒューマンな物語の映画を見ようと選んでいたら「英国王のスピーチ」に行き着きました。
この映画は、アカデミー賞の主要な4部門‥作品賞・脚本賞・監督賞・主演男優賞を受賞した作品だけあって、確かに見ごたえはありました。a0212807_035983.jpg
映画の主人公は、前イギリス国王(エリザベス女王の父君)です。
幼少の頃からの吃音症(ドモリ)に苦しみ、内気な性格の王子(次男)でした。
兄の国王が、離婚歴のあるアメリカ女性にお熱をあげ結婚したことから願わない国王に即位させられました。
国王の重要な役割である演説(スピーチ)は、大の苦手でキライな仕事でした。
しかしヨーロッパで、第二次世界大戦の暗雲が立ちこめ始めると、当時世界の覇権国家であったイギリスは、ファシズム国家への抵抗(国策)として、大英帝国の諸国と植民地を一つの理念にまとめる必要がありました。
そのために大英帝国の元首として「英国王のスピーチ」は、全国民の士気を高め、愛国心を鼓舞するために、たいへん重要な意味がありました。
現イギリス女王の父君で、実在した国王をモデルに、良くもまあここまで平民目線で宮殿内での国王家族の暮らしぶりを明け透けに映画にできるものだと感心しました。
吃音症(ドモリ)の治療と訓練のためとはいえ、この映画のシーンのようにバッキンガム宮殿内で“卑猥な四文字”言葉を頻繁に使っているとも思えませんが、それにしてもイギリス王室の自由さと宮内庁(官僚)の采配する日本の皇室の在りようの違いは、大きいようです。
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産まれたばかりの赤子に吃音症(ドモリ)の子はいないとのことなので、その人を取巻く環境のストレスやプレッシャーが、吃音症(ドモリ)を発症させるようです。
余談ですが、出自は貧しい農家ですが、私も子供のころ吃音症(ドモリ)に苦しみました。
原因は分かりませんが、幼な心に悩んだことは、憶えています。
私の吃音症(ドモリ)は、いつの間にか自然に治り、今では回りのヒンシュク、相手の迷惑も省みず、ペラペラとおしゃべりばかりしています。
# by blues_rock | 2011-09-25 08:44 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
ピカソ(1981~1973、享年91才)の絵を見ていたら、昨年5月のサイトニュース「ピカソの絵に芸術史上最高価格」という見出し記事のことを、ふと思い出しました。
a0212807_12432253.jpgピカソが、若い恋人マリー・テレーズをモデルに描いた「ヌードと胸像と観葉植物」の油絵(右の絵)で、1億650万ドル(当時の日本円換算にして101億円)という芸術作品として破格のオークション史上最高価格で落札されたというニュースでした。
1932年ピカソは、当時17才のマリー・テレーズと知り合い恋に落ち、一緒に暮らしていました。
ピカソ、51才の時でした。
天才ピカソに美のインスピレーション(ひらめき)を与えたのは、彼に愛された若く美しい女性たちでした。
ピカソに新しい恋人ができるとマリー・テレーズは子供を連れてピカソの元を去りました。
彼女は、ピカソが亡くなると後を追うように自殺しました。
ピカソから愛され、ピカソを愛した女性たちは‥ピカソに対して強かったフランソワーズをのぞいて、自殺するか、発狂するか‥精神のバランスを失っていきました。
1996年アンソニー・ホプキンスが、ピカソを名演した映画「サバイビング・ピカソ」を見ていただくと「天才ピカソ・本能ピカソ‥人間ピカソ」が良く分かります。
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ピカソは、ギネスブックに掲載されるくらい数多くの作品を創作発表しています。
油絵とデッサンで13,500点、版画100,000点、挿絵イラスト34,000点、彫刻陶器300点と合わせて15万点近くになり、驚異的な作品数になります。
その作品の多さを考えると、今回の落札価格が、芸術史上最高価格であるのは、異常なピカソ人気と言えそうです。
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2004年には、1905年作「パイプを持つ少年」の絵が1億416万ドル(当時の日本円換算で113億円)で落札されていますので、ピカソを象徴するような「青の時代の絵」(上の絵)・「アビニョンの娘たち」(下の絵)・「泣く女(一番下の絵)」・「ゲルニカ」などが、もしオークションに出たとしたら一体いくらで落札されるのでしょうか。
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ありえないことではありますが‥もしダビンチ・ラファエロ・フェルメールなどの有名な絵画がオークションに出たなら‥きっと天文学的な金額になることは、間違いありません。
世界的なマネーの過剰流動性が、美術市場で有名作家の作品を異常に高騰させバブル価格を作り出しているのでしょう。
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ギリシャやイタリア・アイルランド・スペイン・ポルトガルなど国家的な財政危機(デフォルト危機)に瀕している国は、現在マネー(キャツシュ)は無くても、過去に膨大な数の美術品を保有しているので、新興国・資源国の中で美術品が欲しい国(あるいは資産家・金融ファンド)に売却すれば、自国の国家破産を回避でき国民の救済(福祉財源)になるでしょう。
# by blues_rock | 2011-09-24 18:29 | 美術/絵画/彫刻 | Comments(0)