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心の時空

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a day in my life

a0212807_2325579.jpgシャンソンの名曲に「ロマンス」という歌があります。
自分が暮らしてきたパリを恋人のように愛し、旧き街パリへの思いを情感豊かに歌ったシャンソンです。
このシャンソンの入ったLPレコードを2枚持っています。
ジュリエット・グレコと金子由香利のレコードです。
ジュリエット・グレコは、当然フランス語で‥訳詩を見ないと意味は分かりませんが、哀歓をこめて切々と恋人に語るように歌います。
金子由香利は、日本語で人生の哀愁を漂わせて旧き友を懐かしみゆったりと歌います。
ジュリエット・グレコは、若いころ両親と共にレジスタンス活動をしていて、戦後はサンジェルマン・デ・プレに集うサルトルたち実存主義の思想家・詩人・ミュージシャンたちと行動を共にし、サンジェルマン・デ・プレのミューズ(女神)と呼ばれました。
長く黒い髪と黒いセーターに黒いパンタロン‥黒のシルエットに美しい顔と白く長い手、歌う時長い指がまるで言葉(詩)を放つような動きを見せ、歌の表現に力を持たせます。
a0212807_22174635.jpg若い頃マイルス・デイヴィスと結婚していたようで‥マイルス・デイヴィスは、いままで出会った女で彼女以上の美しい女はいないと述懐していたそうです。
二十代後半、金子由香利の歌を聴くまでは、日本人の歌うシャンソンに興味ありませんでした。
その頃の日本のシャンソン歌手は、どこか浮世離れした宝塚のような出し物か、パリ愛好家の表現のウソっぽさ‥裕福なのに貧乏な暮らしを歌うなど、歌にリアリズムがなく言葉(詩)も軽薄でウソっぽいと当時の和製シャンソンをそんな風に思っていました。a0212807_2257086.jpg
銀巴里は今はもうありませんが、当時銀座通りの路地裏ビルの地下にあった銀巴里に良くひとりで金子由香利を聴きに行きました。
東京での懐かしい思い出のひとつです。
# by blues_rock | 2011-07-14 22:58 | 音楽(Blues/Rock) | Comments(0)
a0212807_2255330.jpgミュシャ(1860~1939)展を見た時のこと‥ずいぶん以前のことなので、どの美術館であったかも懐い出せませんが、ミュシャの作品を直(じか)に見るのは初めてでしたので彼の数々のアールヌーヴォー作品の美しさに目を奪われました。
同時に私の耳が、会場に流れていた音楽に吸い込まれ‥視覚と聴覚のシンクロ感覚というか、実に不思議な心地好い体験をしました。
優美なミュシャ絵画とスメタナ(1824~1884)作曲「モルダウ」の雄大で美しい旋律に惹きつけられことを今でもはっきり憶えています。
二人の芸術家、画家と音楽家の共通点は19世紀末ヨーロッパで、常に大国に支配されてきた祖国チェコを深く愛し、自己のアイデンティティをスラブ民族と祖国の解放に求め芸術活動を行なったことです。
パリに出たミュシャは、女優サラ・ベルナールのポスターで一躍有名になり、ガラスのエミール・ガレと共に20世紀初頭のパリで成熟したアールヌーヴォー様式芸術作家の象徴となりました。
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モルダウは、スメタナが作曲した6つの交響曲連作「交響詩わが祖国」の二番目の作品で、祖国のモルダウ河を美しい旋律で奏でた音楽のスラブ叙事詩です。
スメタナ自身は、梅毒で苦しみながらこの美しい旋律を生み、やがて精神を病み1884年精神病院で没しました。
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同胞のドヴォルザーク(1841~1904)は、スメタナ音楽の影響を強く受け、「交響曲第9番新世界より」は、アメリカで聴いた黒人音楽が、故郷ボヘミアの音楽に似ていることにインスピレーションを受け、アメリカという新世界から古い祖国への熱い想いを交響曲に託しました。
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この三人の芸術家が、時代で重なる共有した24年の間に、彼らはプラハの街のどこかで出逢ったのでしょうか。
# by blues_rock | 2011-07-13 22:00 | 音楽(Blues/Rock) | Comments(0)
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ルキノ・ヴィスコンティ(1906~1976享年70才)は、私の好きな映画監督の一人です。
1943年に映画監督としてデビューし生涯で17本の映画(オムニバスも含む)を撮りました。
映画人生の前半は、イタリアのネオリアリズムの旗手として名作を残しています。
私は晩年の5本の作品を見ただけですが、1969年の「地獄に堕ちた勇者ども」を見て以来 、ルキノ・ヴィスコンティ映画の大ファンになりました。
ヴィスコンティ監督の品格ある滅びの美学(頽廃と耽美)が、格調高い美意識を生み、老と死を自覚した刹那の表現は、万(よろず)の言葉で説明するより映画を見ていただくが一番です。
私の見た5本の映画を見ていただくだけでも、ヴィスコンティ監督映画は映像芸術であることが良く分かっていただけると思います。
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「地獄に堕ちた勇者ども(1969)」 ・「ベニスに死す(1971)」・「ルードリッヒ(1972)」・「家族の肖像(1974)」・「イノセント(1975)」‥どれも映画のテーマに哲学的なところはあるものの、どれも映像オペラのようで見ごたえのある不朽の名画です。
ヴィスコンティ映画は、多くの名優も輩出しました。
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マルチェロ・マストロヤンニ、アラン・ドロン、ソフィア・ローレン、シルバーナ・マンガーノ、ロミー・シュナイダー、クラウディア・カルディナーレ、ヘルムート・バーガーなど名だたる男優・女優が、ルキノ・ヴィスコンティ監督の演出に個性ある最高の演技で応え映画の役柄を見事に演じています。
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# by blues_rock | 2011-07-12 21:25 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
暑中お見舞い申しあげます。
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暑い日本の夏が到来しました。
a0212807_1101511.jpg高齢者在宅介護施設の猫オセロに‥私が、お前は空調の効いた涼しいところで寝てばかりでいいな、少しは働けよと声をかけたところ、イヤミに聞こえたのか、ヘソを曲げたのか、暑いさなかプイと外に出かけトカゲを捕まえて運んで来ました。
そして活きているトカゲをお客様が、くつろがれているホールの真ん中にポイと投げ捨てました。
介護員の女性がすぐ気付き「きゃー、やめてー!オセロちゃん‥ダメー!」と声を張り上げ叫んでいました。
オセロは、お客様を巻き込んでの大騒ぎにも、我関せずとばかりにそ知らぬ顔でシッポをピンと立てトコトコトコと立ち去り‥あー、忙しい!と言わんばかりにまた外へ散歩に出かけました。
蚊アレルギー体質の持病も忘れ夏草の中に分け入るので、ヤブ蚊に刺され両耳に乾性湿疹ができています。
先日見るからに痒そうなので、私がオセロの耳を掻いてやったら、耳を掻いている私の手の甲を後ろ足で一生懸命掻いていました。
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今日も一日‥高齢者のお客様お相手にセラピー介護猫の役割をしっかり担い、施設から朝夕支給される介護報酬(キャットフード)を美味しそうに食べていました。
今年の夏は電力不足で格別暑い日となりそうです。
くれぐれも熱中症にならないよう皆さま方もご自愛ください。
# by blues_rock | 2011-07-11 01:11 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(0)
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私にとって音楽のない暮らしは考えられません。
なかでもブルースとロックは、良く聴きます。
ブルースハープ、ブルースギターの音色に、シブイ歌声が重なるとグッと胸に迫ります。
「ブルースのどこが好いんですか?」と時々質問されることがあります。
しかし正直どう答えて良いのか分かりません。
ただ聴いて私にグッときた音楽が、ブルースというものであったというだけなので、質問した方には、私の好きなブルースマンを紹介しています。

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シカゴ・ブルース、セントルイス・ブルース、メンフィス・ブルース、ニューオリンズ・ブルース、デルタ・ブルースなどなどアメリカ南部を中心に黒人ブルースマンのすばらしい名曲・名演奏がたくさんあります。
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ぜひ一度聴いて欲しいと思います。
ブルースなんぞ聴いたことがないという方にはウォーミングアップとしてホワイトブルース(白人演奏のブルースでロックっぽいもの)から聴いてみるのも良いかもしれません。
例えば初期のエリック・クラプトン(ヤードバース・クリーム時代)や60年代のローリングストーンズ、70年代のオールマン・ブラザーズ・バンド、ジョニー・ウインター、スティーヴィー・レイ・ヴォーンなどを聴いてもらうと彼らが心酔しているブルースにきっと出遭えると思います。

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              <スティーヴィー・レイ・ヴォーン(弟)とジミー・ヴォーン(兄)>
# by blues_rock | 2011-07-10 08:12 | 音楽(Blues/Rock) | Comments(0)
a0212807_947118.jpgディレクターズ・カット版(完全版175分)では、劇場封切り時にない感動的な場面(シーン)を40分くらい入れて編集していますので見ごたえがあります。
私はいつでも好きなシーンを見ることができるようDVDを購入しました。
ジュゼッペ・トルナトーレ監督(1956~55才)弱冠33才の時の作品ですが、封切り当時(1989年)から「ニューシネマ・パラダイス」は、新作にしてすでに旧作名画のような風格がありました。
映画の物語は、イタリアの片田舎(シチリア)の小さな町の広場にあるニューシネマ・パラダイスという名前の映画館が舞台です。
この映画館の映写技師アルフレードとサルヴァトーレ少年(愛称トト)との交流をヨコ糸に、サルヴァトーレの人生をタテ糸にして悲喜交々(こもごも)の人間模様が編まれていきます。
サルヴァトーレの恋人エレナ(少年トトの幼なじみ)を演じたアニェーゼ・ナーノが美しく、さらにディレクターズ・カット版に登場する中年のエレナを演じたブリジット・フォセー(封切り時の劇場版には登場しません)の艶っぽさにも見とれました。
a0212807_94969.jpgブリジット・フォセーは、往年の名画「禁じられた遊び」(1952)で主人公の少女ポレットを演じた女優です。
この映画の本当の味わいは、アルフレードの計略でエレナと別れさせられたサルヴァトーレがローマに出て映画の才能を開花させ、映画監督として名声を得て成功しアルフレードの葬式のため数十年ぶり故郷に帰るところにあります。
彼は故郷の街角で若い時のエレナそっくりの若く美しい女性に偶然出遭います。
彼女の後をついて行くと彼女を出迎える母親の姿が、遠くから見えました。
その母親こそかっての自分の恋人であったエレナでした。
エレナを忘れられないサルヴァトーレは、エレナに会い一緒にローマに行こうと求愛しますが、すでに結婚し家庭をもつエレナにはもう人生を戻せないことは分かっていました。
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そしてエレナはサルヴァトーレの愛を一度だけ受け入れ別離(わかれ)を決意しました。
傷心のサルヴァトーレは、一人ローマに帰ります。
亡きアルフレードが、形見としてサルヴァトーレに残したフィルム一巻を映写室で見た彼は、アルフレードが如何a0212807_9532934.jpgに自分を愛し、自分の映画への情熱と才能を早くから見出し密かに応援していたアルフレードの深い愛情に、ただ涙するのでした。
ディレクターズ・カット版で最後の40分に編集されたシーンの数々は、この映画のテーマである「恋愛への感傷・人性への郷愁・映画への愛情」を的確に表現しており、いつ見ても感動の涙があふれてきます。
# by blues_rock | 2011-07-09 09:53 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
1988年制作の映画「存在の耐えられない軽さ(The unbearable lightness of Being)」を最初見たのは、その奇妙なタイトル名(直訳)に興味を持ったことと俳優たちの名前からでした。
印象に残る映画の一つで、何度見ても感動いたします。
a0212807_18171915.jpg原作は、ミラン・クンデラというチェコの著名な作家のようですが、私は、本を読んだことはなくフィリップ・カウフマン監督の映画作品として見ました。
3時間(173分)と長編ですが、いつ見ても上映時間の長さは気になりません。
時々無性に見たくなり、レンタルビデオ(2本組)を借りて見ていましたが、その後1本に編集したビデオが市販されたので購入、好きな時に時折取り出して鑑賞していました。
出演している俳優も適役で、主人公の脳外科医トマシュをダニエル・デイ・ルイス、恋人テレーザをジュリエット・ビノシュ、トマシュの親友で愛人の画家サビーナをレナ・オリンが、名演しています。映画は、1968年社会主義国家チェコスロバキアの首都プラハが舞台です。
ソ連軍が侵略しチェコ動乱が始まる前の当時のプラハで市民は自由を謳歌していました。
a0212807_22392283.jpgプラハの春と呼ばれた時代、脳外科手術の名医ながら女に手が早くて、自由人トマシュがプラハ郊外の田舎で純朴な生娘テレーザと出遭いました。
トマシュは、いつものように手早く彼女を口説きました。
プラハに戻ったトマシュは、その数日後テレーザの突然の訪問を受け、仕方なしに同棲することにしました。
それでもトマシュは、親友サビーナとの愛人関係を続けました。
お互い似ている二人は、心から理解し合い信頼しているので束縛しない生活を楽しんでいました。
そんなプラハの生活もソ連軍の侵略で一変しました。
政治にまったく関心のなかったトマシュの書いた自由な文学評論が、友人医者仲間たちの裏切りで政治犯とさa0212807_22394367.jpgれ病院の職を奪われ追放されました。
窓拭きの仕事で暮しながら女と遊び、同時にサビーナとの関係も続けるトマシュにテレーザは、嫉妬しました。
トマシュを愛しているのに、自分を口説いた男と浮気し自分を責め、プラハの街中をさ迷うテレーザ、居なくなったテレーザを必死で探すトマシュ、憔悴したテレーザを見つけたサビーナは、彼女をやさしくいたわり慰めました。
ソ連軍の支配下で自由を奪われたサビーナは、スイスへ亡命しました。
トマシュとテレーザもスイスへ亡命し新しい暮しを始めますが、スイスでもトマシュとサビーナの二人の愛は変わ
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りませんでした。
絶望したテレーザは、一人自由のない閉塞した祖国チェコに戻りました。
トマシュは、愛するサビーナと別れテレーザを追い、自由を奪い束縛する独裁国家のチェコへ戻ります。
a0212807_2241543.jpgトマシュと別れたサビーナは、新天地を求めアメリカに移住しました。
チェコの片田舎の農家にやっと居場所を見つけたトマシュとテレーザでしたが、二人の平穏な暮らしも束の間でした。
二人で出かけた街から帰る途中、トラックの事故でトマシュとテレーザは死亡しました。
アメリカで静かに暮らすサビーナのもとに、二人の訃報が届きます。
悲痛な表情に顔はくもり遠くを見るサビーナの目から涙が溢れていました。
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くどいようですが、何度見ても私の心に沁みいる映画です。
原作の本の帯には、20世紀最高の恋愛小説と紹介されています。
# by blues_rock | 2011-07-08 22:41 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_239723.jpg私たちの新しい高齢者在宅介護施設、森の家「みのり荘」の6月1日オープンを記念し、女性8名のグループ「コール・リーベラ」によるコーラス・コンサートを開催しました。
6月27日午後、雨模様の梅雨空ながら、高齢者のお客様20名のほか、ご家族・地域の方々、スタッフも合わせてると57名と予想を上回るコンサートの人数でした。
浦本順子さんという声楽家(ソプラノ)の方をリーダーに、ハーモニーのきれいな楽しいコーラスを1時間ばかり聴かせていただきました。
高齢者のお客様のほとんどは、低中度ながら認知症を患われおり、一つのことになかなか集中できない方もおられますが、この日ばかりは、女性コーラスの美しい歌声にじっと聴き入っておられました。
認知症という病気に記憶の障害はありますが、その感受性にいささかの影響もなく、美しい音楽に我を忘れて素直に感動されていました。
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アンコールの最後に、浦本順子さんのソプラノ(ソロ)で「アヴェ・マリア」(カッチーニ)をお願いし歌っていただきました。
ソプラノの高く美しい声が「アー‥」と静かに始まると、私の体に感動で鳥肌が立ち、会場もシーンと静まりかえり、皆様方も息を凝らして聴き入っておられました。
ご家族には、感激で涙を流して聴いておられる方もおられました。
コンサートの後、お茶を飲みながらの交流懇親会が、楽しかったのは言うまでもありません。
# by blues_rock | 2011-07-08 08:05 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(0)
エルヴィス・プレスリーは、 いまでもロックンロールのカリスマです。
エルヴィス・プレスリー(1935~1977享年42才)は、不世出のロックンローラーであり、彼の一挙手一投足が、ロックンロールでした。
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私の薄っすらとしたエルヴィスの記憶は「♪ゆえんなつばらはうんど‥くらいおた」と私の耳に聴こえた1956年の大ヒット曲「ハウンド・ドッグ Hound Dog」からです。この曲は、ビックママ・ソーントンのブルース・ナンバーのカバーですが、一躍エルヴィスのロックンロール曲として世界的に有名になり、ソーントンはジェラジーでオカンムリだったそうです。
a0212807_1122108.jpgこのシングル盤は、A面「ハウンド・ドッグ Hound Dog」のチャート1位に続き、B面「冷たくしないで Don't Be Cruel」も続いてチャート1位と連続の大ヒットとなり、ダブルA面のシングル盤として11週間〈3ヶ月近く〉両面チャート1位という驚異的な記録を残しています。
エルヴィスは、ゴスペル・ブルース・カントリー・ロッカビリー‥にもすばらしいヴォーカルの才能を発揮しており、生涯800曲(公式な音源)を残しています。
彼はロックンロールの創始者であるがゆえに、当時のアメリカ社会との軋轢‥人種差別・保守的偏見からくるトラブルや社会現象を発生させるなど多くのニュースを提供しました。
滑稽な事件として今では当たり前にライブで歌手が、リズム(ビート)に合わせて体を動かしたり、踊ったり足や腰でリズム(ビート)をとる行為も当時はワイセツな動作と見なされ、禁止するよう全米のPTAやYMCAから抗議を受けたことは語り草となっています。
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もしライブで体を動かしたり、腰を振ったりしたら即逮捕できるよう警察官が見張る異常な状況でコンサートを開催し、エルヴィスは指だけを動かして歌ったこともありました。
a0212807_11225667.jpgしかし会場では、熱狂したファンに失神者が続出し、全米各地でエルヴィスのコンサートを禁止するという事態が発生しました。

エルビィスのロックンロールは、全米の若者を熱狂させ、テレビが普及始めた頃の人気番組「エド・サリヴァン・ショウ」では、視聴率82.6%を記録しました。(ビートルズの視聴率は60%でした。)

ロックンロール(ロック)は、エルヴィス・プレスリーから始まり、現在に至ります。
ロックンロールの立役者チャック・ベリーが、プロとしてデビューしたのもこの頃です。
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ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ボブ・ディラン、ジミ・ヘンドリックス、ブルース・スプリングスティーン‥彼らは皆、エルヴィス・プレスリーに憧れてロックンロールを始めた偉大なロック・ミュージシャンたちです。
# by blues_rock | 2011-07-07 18:32 | 音楽(Blues/Rock) | Comments(0)
a0212807_22154092.jpgデビュー当時ローリングストーンズのリーダーでバンドの名付け親でもあったブライアン・ジョーンズ(1942~1969享年27才)は、あくまで自分の音楽(ブルース・R&Bのカヴァー)にこだわり、自己中心的(ロックミュージシャンなら当然ですが)であったために、ロックバンド「ローリングストーンズ」のコンセプトを巡って孤立し、バンドから追放されました。
そして脱退わずか一ヵ月後、自宅プールで過剰なアルコールとヘロインの事故により27歳の若さで亡くなりました。
ブルースとR&Bにこだわり、自分の選曲した質の高い楽曲を中心にライブ活動したいブライアンとオリジナル曲でロックバンドとして成功したいミック・キースとの意見の相違‥さらに恋人をキースに奪われたことでの仲違いなどで、ブライアンはローリングストーンズを去ったのでした。
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1962年にバンドを結成、デビュー当時からローリングストーンズの音楽をリードし、リーダーとしてバンドを牽引してきた彼にとって自分の一番大切なもの失った喪失感は、相当大きかったに違いありません。
a0212807_2216579.jpga0212807_22171868.jpgブライアンは音楽センスが良く担当のギター演奏はもちろんのこといろいろな楽器の演奏ができたので、初期ローリングストーンズの音楽には、ブライアンのセンスが色濃く出ているように思います。
ジミ・ヘンドリックスをいち早く発掘し、モントレーのロックコンサート(1967)に出場させたのもブライアン・ジョーンズでした。
二人とも27才の若さでヘロインの過剰摂取事故により死亡しました。
# by blues_rock | 2011-07-06 22:17 | 音楽(Blues/Rock) | Comments(0)