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心の時空

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a day in my life

骨董や古美術を扱う店には、なかなか入りにくいもの、通りすがり外からウインドウ越しに店内に並べてある骨董品・古美術品を眺めるのが、常でした。
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時々勇気を出して、冷やかし(買う気はないのに)に入ることもありますが、ノドから手が出るくらいに欲しい品(もの)に出遭うことは、あまりありませんでした。
東京の日本橋・京橋・青山や大阪の老松町には、有名な骨董・古美術店が並んでいます。
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界隈の店には、勇気を出して入ろうにも懐に相応の金子がないと気おくれがして、冷やかす気持ちでは(買う気のない者には)なかなかは入れません。
骨董・古美術・古道具を扱う店は、全国にゴマンとありますが、ほとんどは古物ガラクタの類(たぐい)を売買する店です。
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勇気を出してドアを開け、店内に入ると室内の空気で骨董や古美術を扱う方(店主)のセンスが分かり、店内の骨董のレベルや価値を感じます。
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私は“好き嫌い”だけで、骨董・古美術・古道具を見る独り善がり者なので、ドキッとする品(もの)に出遭うとそっと手に取りし、げしげと眺めてそっと元に戻します。
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もちろんお店の方にお断りしてからですが‥その時骨董品の裏に小さく「時代・古窯名・価格など」も見ることができるので、驚いて取り落とさないよう、そっと(しっかり)元に戻します。
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先ごろ福岡金継ぎ工芸会でご一緒する方が、店主の骨董店「骨董じじばば」(福岡市早良区室見1-1-1)を訪ねました。
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突然の訪問でしたが、ゆっくり2時間‥古陶類や仏像などの骨董を多数拝見させていただきました。
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僭越ながら、店主は相当の目利きと推察、長年時間をかけ、自分のお目がねに適った骨董ばかりをコレクションされてきたのが、良く分りました。
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骨董品は、それぞれ適度の間を空け並べられていますので、一点を集中して見ることができます。
私は、古陶類の趣味の良さに感服、とくに心魅かれたのは、古唐津・李朝の陶器類‥酒盃や大振りな器は、欲しくて仕方ありませんでした。
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願えば叶う‥どうかいつか願いが叶いますようにと、日ごろ信心のない私もこんな時にはお祈りします。
(付録)
写真は「骨董じじばば」のコレクションの一部で、転載許可を受けています。
古美術に興味があり「骨董じじばば」に関心ある方は、こちらをご覧ください。  
# by blues_rock | 2011-07-22 21:12 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)
私の友人の展覧会を紹介します。
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彼は、自分の絵を土彩画と呼び、天然の土の色を生かした顔料で絵具をつくり、障子紙を幾重にも張り合わせたカルトンや板に絵を描いています。
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見ていてホンノリする楽しい絵でした。
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福岡市天神の新天町南通りにある「ギャラリーおいし」で今月末(7月31日)まで開催されています。
福岡市在住で絵が好きな方は、楽しくご覧いただけると思います。
# by blues_rock | 2011-07-21 20:40 | 美術/絵画/彫刻 | Comments(0)
日本語の「金」という文字は、ユニークな字と思います。
同じ字ながら、訓読み・音読みの読み方で、まったく別の意味を持つ言葉に変わります。
金(きん)は言わずと知れたゴールドのこと・・ニューヨークの市場で金の相場は、現在史上最高値を更新しています。
アメリカの不動産バブル崩壊(サブプライムローン破綻)は、世界の金融バブル経済も崩壊させ世界同時不況に陥りました。
この不況の対症療法に、各国とも競って金融緩和を急ぎ公定金利をゼロ・ベースにまで下げました。
a0212807_22463320.gifさらに覇権国アメリカは、世界の基軸通貨であるドル紙幣をジャンジャン印刷し国内外にバラまきました。
景気回復のための消費拡大対策のひとつの方策かもしれませんが、過剰に出回り余り余ったお金(かね)は、世界的なマネーの過剰流動性を引き起こしました。
お金(かね)は、実体経済に投資されず投機筋(ヘッジファンド)に吸い取られ、過剰流動マネーは、商品市場に流れ込みました。
溢れたお金(かね)は、金(きん)の購入マネーになり、買いが買いを呼び、現在の金(きん)の高騰になっています。
お金(かね)にも、二つのカタチがあります。
ひとつは貨幣である硬貨です。
硬貨には、金貨・銀貨・銅貨・・ほかにニッケル・真鍮・アルミなどの硬貨があり、金属(メタル)でできています。a0212807_22474176.jpg太古の昔には、石や貝殻の通貨もあったようで、現在では人類の文化遺産として残っているだけです。
二つ目は、各国の中央銀行(日本銀行など)が発行する紙幣でご存知のとおり紙(ペーパー)に図柄を印刷したお金(かね)です。
しかし、この紙幣こそ毒入りジュースです。
日本の場合、日本銀行が発行する日本銀行券のこと、私たちのサイフの中にある1万円札・5千円札・2千円札(いまでは余り見かけませんが)・千円札のことです。
中央銀行といっても日本銀行は株式会社で新興市場のジャスダックに株式を上場している会社です。
筆頭株主は、日本国政府財務省(つまり国)なのでお金(かね)が足りなくなったら、政府は日本銀行に命令して造幣局の印刷機械をフル回転させ、ジャンジャン紙幣印刷すれば良いのです。
だから、金(かね)持ちも金融機関も投機筋も・・そんな紙切れより、金(きん)の延べ棒を信用しているというわけです。
信用は、お金(かね)の命、金融事業のことを信用事業と言いますが、信用されない国のお金(かね)は投げ売られ、やがて貨幣価値を失くし、紙クズ(ハイパーインフレ)となるでしょう。
# by blues_rock | 2011-07-20 00:23 | 経済/政治/世界 | Comments(0)
昨日「夢の傷痕(あと)」を書きながら‥その昔見た映画のラストシーンを憶い出しました。
1974年に公開されたスウェーデンの映画「ある結婚の風景」です。
監督は、20世紀を代表する世界的な名匠イングマル・ベルイマン(1918~2007)で長編映画(2時間48分)ながら見ごたえある秀作でした。
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映画「ある結婚の風景」のオリジナル版は、スウェーデンTVのドラマとして制作された作品で5夜連続全5時間の長編ドラマでした。
ドラマは“延々と続く夫婦げんか”‥激しい口論の末にお互いつかみ合い殴りあう中年夫婦の諍(いさか)い合うストーリーでした。
こんな他愛のない犬も喰わない夫婦ゲンカ物語を5夜連続の5時間ドラマとしてTVで放送したらスウェーデンでは、相当の高視聴率だったそうです。
1960年~1970年代のスウェーデンは、フリーセックス(福祉社会の自由な思想がそう誤解されていた)の国と思われていましたが、当時からすでに成熟した大人の社会(成人の男・女が均等な社会)だったのです。
私は、TV・映画ともに見ましたが、いやいやズシリと心に応えました。
映画は、ベルイマン監督がTVドラマ用に撮影したフィルムを劇場用に編集カットし、長編の秀作映画に仕上げました。a0212807_2424543.jpg
まるで実の夫婦のようなリブ・ウルマン(妻の役)とエルランド・ヨセフソン(夫の役)の演技がすばらしく、夫婦ゲンカの感情むき出しのリアルな演技にじっと見入りました。
映画の夫婦には、娘二人がいて四人家族‥平和で満ちたりた幸福な家庭生活を送っていました。
ある日、このオシドリ夫妻の家族は模範的な家庭として地元新聞の取材を受けました。
その新聞記事を見た夫妻は「自分たち夫婦のあまりのつまらなさ」に愕然としました。
やがて夫婦の間に次第に亀裂が生じていきました。
ベルイマン監督は「神の存在と沈黙」・「愛と憎しみ」・「生と死」など、人間の根源に迫る主題で映画を撮り続けた名映画監督でした。
「ある結婚の風景」では≪結婚≫を忍耐・惰性・諦め・孤独などヒリヒリするような痛みをともなう切り口で鮮烈な映像にしました。
夫婦二人それぞれに、個(ひとり)の人間の本性(欲望とエゴ)を剥(むき)き出しにさせ、愛(という曖昧な感情)を持続させることの難しさを、ベルイマン哲学としか言いようのない執拗(しつよう)さで、男と女の本性を抉(えぐ)り出しています。
a0212807_2433457.jpg私はこの映画のラストシーンが、忘れられません。
いまでは少し記憶が、曖昧ながら、胸を抉(えくら)られるような思いでした。
映画のストーリーへ話を戻します。
夫婦は、激しい諍(いさか)いの末に、離婚しました。
離婚した二人は、その後いろいろな異性と出会い別れ、やがてそれぞれの新しい伴侶を見つけ再婚しました。
長い歳月が、過ぎたある日、二人は、偶然再会し、いつしかお互いの伴侶に隠れて密かに会うようになりました。
元夫婦ながら、今では、再婚していますので、密かにデート(いわゆる不倫の関係)する後ろめたさを持っていました。
二人は、友人の別荘を借りてベッドをともにしました。
ベッドで抱き合い眠るひと時が、二人の安らぐ時間でした。
彼の胸の中で、彼女は眠っていました。
彼女は、夢を見ていました。a0212807_2453028.jpg
昔のように夫と娘二人、彼女は幸せいっぱいで、家族と山にハイキングに行っていました。
夫と娘二人は楽しそうに、自分を置いてどんどん先に行き、小さな橋を渡った向こうの丘に立っていました。
彼女は、家族の後を追い、小さな橋を渡ろうとした時、下は深い谷であることに気がつきました。
谷の向こうで夫と娘二人は「早くおいで、早く」と手招きしていました。
彼女は、小さな橋を渡ることが怖く、不安でした。
彼女の足はすくみましたが、勇気を出して橋を渡ることにしました。
バランスをとり、少しずつ橋を渡り始めました。
途中まで渡り、もう少し手を伸ばせば、家族の手に届きそうでした。
その時、彼女はバランスを崩し、身体が傾きました。
自分の足元の小さな橋を見ると、丸い木を倒して置いているだけの橋でした。
ああっ、谷底に落ちると咄嗟(とっさ)に、家族の手に捕まろうと彼女は一生懸命手を伸ばしました。
だが‥彼女は、その時初めて自分に両腕がないことに気づきました。
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彼女は、悲鳴をあげ、絶望的な恐怖の夢から覚め、ベッドの上で怯(おび)えて震えていました。
彼は、驚き泣き叫ぶ彼女をやさしく抱いて慰めます。
「悪い夢を見たのだね。大丈夫、ボクはここにいるよ。そばにいるから安心して眠りなさい、大丈夫、ここにいるから‥」とやさしく髪を撫でながら抱いていました。
ここで映画は、終わります。
「ある結婚の風景」のラストシーンこそ、ベルイマン監督が自らの哲学「人間の孤独と愛の本質」について映画を道具に映像表現したものと私は思っています。
# by blues_rock | 2011-07-19 02:46 | 人生/愛(Love) | Comments(0)
未明にドキドキする夢を見ました。
ときめきでドキドキする夢ではなく、不安でドキドキする夢でした。
眠りの中で見る夢に、時として不思議で奇妙なものがあります。
フロイトのように、夢は潜在意識にある意識うんぬんが、具現されてなどと難しいことは抜きにいたします。
私の見た夢は、きっと認知症の方が襲われる不安感に近いのではないかと勝手に推測しました。
普通ヒトは、眠りから醒めると夢を見たことすら忘れています。
夢を見たことを憶えているヒトも、その夢の詳細はほとんど忘れています。
今日の夢は、目覚めも悪く夢の痕(あと)が、心の中に残りました。
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夢はこんなものでした。
「私は、ダレかと会う約束をしていました。そのダレかが、分かりません。大切なヒトとの大事な約束であり、約束の時間が迫っていました。私は焦りで心臓がバクバクドキドキしていました。しかし約束の場所が分からないのです。憶い出せないのです。必死で憶い出そうとしますが、まるで分かりません。どこへ行くのかも分からないまま車を飛ばし行き止ると、車を降りて走りながら、憶い出せない約束の場所を探していました。そしてハッと気付いた時、今度はいま自分のいる場所が分からなくなっていました。突然、不安と恐怖に襲われパニックになり‥」とここで夢が醒め、ああ夢だったとホッとしました。
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認知症の方の不安と恐怖もきっと‥自分に何が起きているのか?いま自分がいるところはどこなのか?これから自分はどうなるのか?自分はどうしたらいいのか?とパニックになられるのだろうと推察します。
認知症の方の表現された言葉に「どこまでもどこまでも広がる白一色の雪原にポツリと私ただ一人が残されたような恐怖」というのがありました。私の見た夢は図らずも‥認知症の疑似体験だったのかもしれません。
これがもし認知症発症の予兆だったとしたら‥考えないようにします
# by blues_rock | 2011-07-18 06:19 | 高齢者介護(認知症) | Comments(0)
CCR(クリーデンス・クリアーウォーター・リバイバル)は、ジョン・フォガティ(1945~)の個性的なヴォーカルが、強烈な印象として残るアメリカン・ロックバンドでサザンロック(スワンプロック)の先駆けです。
1968年CCRは、アメリカ南部の泥臭い音楽(スワンプ)のカヴァー曲「スージーQ」が全米ヒット、サザンロックを歌うバンドが西海岸(サンフランシスコ)のヒッピームーブメントから登場したことで異色の存在となりました。
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そして「プラウド・メアリー」・「ダウン・オン・ザ・コーナー」・「雨を見たかい(Have you ever seen the rain)」と大ヒット曲を次々リースしました。
この「雨を見たかい」は、当時アメリカの若者の間にベトナム反戦運動が広がり、ベトナムの大地にナパーム弾が炸裂し破壊され、空に舞い上がった粉塵が雨のように降る光景を歌っています。
ロックのベトナム反戦運動は、1969年ジミ・ヘンドリックスがウッドストックでアメリカ国歌「星条旗よ永遠なれ」をギターの歪み(アーミング演奏)で表現したり、映画「地獄の黙示録」に挿入されたジム・モリソンの「ジ・エンド」など当時のロックミュージシャンたちの魂と社会変革への情熱を感じます。
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そしてCCRを追いかけるように、全米からオールマン・ブラザーズ・バンド、リトル・フィート、38スペシャル、レオン・ラッセル、デラニー&ボニーなど次々に70年代初頭に活躍するサザンロックの雄たちがロックシーンに登場しました。
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ロックの歴史に大きな名前を残したCCRですが、実質的な音楽活動は1968年~1971年の4年くらいと意外と短い期間でした。
a0212807_22385333.jpgCCRはオリジナルメンバーで7枚のアルバム(LP)をリリースしています。
6枚目のアルバム「ペンデュラム」(1970)が、ジョン・フォガティのヴォーカルをフューチュアした最後のアルバムです。
ジョンの強烈なブォーカルがCCRの個性でしたが、ジョンが目立つバンドの中に次第に軋みが始まります。
7枚目(最後)のアルバムではメンバーが、公平・平等に歌うというジョン色を抜いたものでした。
しかしジョン色のないCCRは、皮肉にも失速1972年実兄トムがバンドから脱退しあっけなく解散しました。
ジョン・フォガティ(CCR)の歌を聴くたびに、ロックは才能ある個性が創るものという当たり前のことを感じます。
# by blues_rock | 2011-07-17 09:59 | 音楽(Blues/Rock) | Comments(0)
舟越保武(1912~2002)の彫刻・彫塑は、岩手県立美術館に多くあります。
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舟越保武作品展示室のとなりに、盛岡中学校の同級生松本竣介(1912~1948)作品展示室があり、万鉄五郎のコレクションと併せ充実した美術館です。
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舟越保武の彫刻は、クリスチャンとしての信仰に裏打ちされた女性の清楚な美しい作品が多く、見ていて安堵します。a0212807_028033.jpg
この美しさも、ほんの少し緩くなるときっと陳腐なつまらない俗なものに堕ちてしまう危うさはありますが、彫刻家舟越保武の才能にはそれはありません。
芸術作品の名作と凡作・駄作との格差は‥それはきっと見る人個人の感受性の差の問題で、見る人の心がドキドキ感動するか、ワクワクした気持ちになるか、ならないかの単純なことと私は思います。
芸術へのアプローチは、その作品が好きか嫌いか‥好き嫌いに理由などありません。
原口統三は「思想とは趣味の問題、好きか嫌いか、皮膚の感覚がすべてだ」と表現していますが、芸術も同じことと思います。
長崎市にある26殉教者記念像(1962)は、彼の彫刻を見るうえで重要な作品と思います。
デミアン神父像や島原の乱で殉教した武者像を見ていると信仰に支えられた表現‥力強い造形を感じます。
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生涯の友であり、同年齢の彫刻家佐藤忠良も多くの女性像を残しています。
女性を対象とした二人の彫刻を見て、その作品から彫刻家がモデルの女性から感じとるインスピレーション(イメージ)を想ってみるのもおもしろいかもしれません。
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舟越保武の随筆「巨岩と花びら」(ちくま文庫)も名文集です
# by blues_rock | 2011-07-16 00:28 | 美術/絵画/彫刻 | Comments(0)
良寛(1758~1831)については、多くの人が、無欲恬淡で高潔な人柄を語り、有名な作家は、自らの人生の理想として多くの名著を残しています。
良寛は、道元(1200~1253)の「正法眼蔵」を生涯の教えとし、寺を持たず、民衆に仏法を説かず、山里の草庵での座禅と乞食(こつじき)により暮らしました。
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生涯、身を立つるに懶(ものう)く
騰々、天真に任す
嚢中、三升の米
炉辺、一束の薪
誰か問はん、迷悟の跡
何ぞ知らん、名利の塵
夜雨、草庵の裡
双脚、等間に伸ばす
号を「大愚」、揮毫(サイン)には、「南無阿弥陀仏」と書いたそうです。
良寛は、短歌・漢詩・書の達人でしたが‥歌詠みの歌、料理人の料理、書家の書を選ばず、そして好まず、遠ざけていました。
人から書を所望されても筆を取らなかった良寛ですが、子供たちから凧(たこ)に字を書いて欲しいと頼まれると喜んで「天上大風」・「いろは」・「一二三」などすぐに書いてあげたそうです。
晩年の夏目漱石は「則天去私」の心境に至り、禅を求め良寛の書を愛して‥大愚到り難く、志成り難し、と良寛への思慕を強くしています。
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融通無碍で、自由な良寛は、般若湯(酒)も嗜み、乞食で山を下りる時は懐に手マリを入れて日暮れまで子供たちと遊び、マリ突きやかくれんぼをしていました。

この里に/手まりつきつつ/子供らと
遊ぶ春日は/暮れずともよし(良寛)

良寛の歌と書を知り、人柄に感銘を受けた貞心尼は、良寛に弟子なりたいと願い出ます。
良寛70才、貞心尼30才の時です。
貞心尼が会ってくれるよう願い出ても、歌詠みの尼僧である貞心尼に会おうとしなかったので、ついに貞心尼は草庵に良寛を訪ねました。
良寛は不在でしたが、貞心尼は持参した手マリと歌を庵に残して帰ります。
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これぞこの/ほとけの道に/遊びつつ
つくやつきせぬ/みのりなるらむ(貞心尼)

このことがあってから良寛は、貞心尼に興味をもち歌を返します。

つきて見よ/ひふみよいむなや/ここのとを
とをとおさめて/またはじまるを(良寛)

貞心尼は、初めて良寛に会った時の喜びを素直に歌にしています。

きみにかく/あひ見ることの/うれしさも
まださめやらぬ/夢かとぞおもふ(貞心尼)

良寛と貞心尼は、良寛が死ぬまでの数年間、お互いを慈しみ敬愛する恋愛が続きました。

天が下に/みつる玉より/黄金より
春のはじめの/君がおとづれ(良寛)
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良寛の恋の歌に貞心尼は、良寛の恋心を茶化し遊ぶように返します。
墨染法衣姿の良寛が、自分はまるでカラスのようだと笑うと、同じ法衣姿の貞心尼は、ならば自分は子ガラスですと返し笑い合ったことを歌にしました。

鳶はとび/雀はすずめ/鷺はさぎ
烏はからす/何かあやしき(貞心尼)
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村人は、二人の仲を噂し心配しますが、二人は一向に意に介する風ではありませんでした。
二人は、度々会って花鳥風月を愛で、仏を語り、歌を詠みました。
そして良寛は、貞心尼に看取られて亡くなりました。

形見とて/何か残さむ/春は花
夏ほととぎす/秋はもみじ葉
(良寛)

良寛は、貞心尼の愛に心からの感謝をこめた辞世の句を贈りました。


うらを見せ/おもてを見せて/散るもみじ(良寛)
良寛の死後、貞心尼は良寛の旅した跡を追い、良寛の遺した歌を集め「はちすの露」という良寛の歌集を自ら編み、それを生涯肌身離さず持っていたそうです。
# by blues_rock | 2011-07-15 22:45 | 人生/愛(Love) | Comments(1)
a0212807_2325579.jpgシャンソンの名曲に「ロマンス」という歌があります。
自分が暮らしてきたパリを恋人のように愛し、旧き街パリへの思いを情感豊かに歌ったシャンソンです。
このシャンソンの入ったLPレコードを2枚持っています。
ジュリエット・グレコと金子由香利のレコードです。
ジュリエット・グレコは、当然フランス語で‥訳詩を見ないと意味は分かりませんが、哀歓をこめて切々と恋人に語るように歌います。
金子由香利は、日本語で人生の哀愁を漂わせて旧き友を懐かしみゆったりと歌います。
ジュリエット・グレコは、若いころ両親と共にレジスタンス活動をしていて、戦後はサンジェルマン・デ・プレに集うサルトルたち実存主義の思想家・詩人・ミュージシャンたちと行動を共にし、サンジェルマン・デ・プレのミューズ(女神)と呼ばれました。
長く黒い髪と黒いセーターに黒いパンタロン‥黒のシルエットに美しい顔と白く長い手、歌う時長い指がまるで言葉(詩)を放つような動きを見せ、歌の表現に力を持たせます。
a0212807_22174635.jpg若い頃マイルス・デイヴィスと結婚していたようで‥マイルス・デイヴィスは、いままで出会った女で彼女以上の美しい女はいないと述懐していたそうです。
二十代後半、金子由香利の歌を聴くまでは、日本人の歌うシャンソンに興味ありませんでした。
その頃の日本のシャンソン歌手は、どこか浮世離れした宝塚のような出し物か、パリ愛好家の表現のウソっぽさ‥裕福なのに貧乏な暮らしを歌うなど、歌にリアリズムがなく言葉(詩)も軽薄でウソっぽいと当時の和製シャンソンをそんな風に思っていました。a0212807_2257086.jpg
銀巴里は今はもうありませんが、当時銀座通りの路地裏ビルの地下にあった銀巴里に良くひとりで金子由香利を聴きに行きました。
東京での懐かしい思い出のひとつです。
# by blues_rock | 2011-07-14 22:58 | 音楽(Blues/Rock) | Comments(0)
a0212807_2255330.jpgミュシャ(1860~1939)展を見た時のこと‥ずいぶん以前のことなので、どの美術館であったかも懐い出せませんが、ミュシャの作品を直(じか)に見るのは初めてでしたので彼の数々のアールヌーヴォー作品の美しさに目を奪われました。
同時に私の耳が、会場に流れていた音楽に吸い込まれ‥視覚と聴覚のシンクロ感覚というか、実に不思議な心地好い体験をしました。
優美なミュシャ絵画とスメタナ(1824~1884)作曲「モルダウ」の雄大で美しい旋律に惹きつけられことを今でもはっきり憶えています。
二人の芸術家、画家と音楽家の共通点は19世紀末ヨーロッパで、常に大国に支配されてきた祖国チェコを深く愛し、自己のアイデンティティをスラブ民族と祖国の解放に求め芸術活動を行なったことです。
パリに出たミュシャは、女優サラ・ベルナールのポスターで一躍有名になり、ガラスのエミール・ガレと共に20世紀初頭のパリで成熟したアールヌーヴォー様式芸術作家の象徴となりました。
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モルダウは、スメタナが作曲した6つの交響曲連作「交響詩わが祖国」の二番目の作品で、祖国のモルダウ河を美しい旋律で奏でた音楽のスラブ叙事詩です。
スメタナ自身は、梅毒で苦しみながらこの美しい旋律を生み、やがて精神を病み1884年精神病院で没しました。
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同胞のドヴォルザーク(1841~1904)は、スメタナ音楽の影響を強く受け、「交響曲第9番新世界より」は、アメリカで聴いた黒人音楽が、故郷ボヘミアの音楽に似ていることにインスピレーションを受け、アメリカという新世界から古い祖国への熱い想いを交響曲に託しました。
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この三人の芸術家が、時代で重なる共有した24年の間に、彼らはプラハの街のどこかで出逢ったのでしょうか。
# by blues_rock | 2011-07-13 22:00 | 音楽(Blues/Rock) | Comments(0)