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心の時空

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a day in my life

<   2017年 10月 ( 17 )   > この月の画像一覧

今日10月31日は、ハロウィン…だとか、八百屋の方から聞きました。
ハロウィンの起源は、古代ケルト暦の大晦日でケルト文明のいく年くる年のお祭り(秋の収穫祭、悪霊払いの宗a0212807_1883214.jpg教行事)で、このお祭りが、古代ケルトの人たちにとって ‘夏の終わりと冬の始まり’ を意味する大切な季節行事でもありました。
アメリカに移民したケルト民族の末裔である多くのアイルランド人たちは、民族のアイデンティティと誇りを自分たちの子孫が、忘れないようと子供たちにハロウィンとして残し、コピーの得意な日本人は、1980年代に東京ディズニーランドが、クリスマス前の‘客寄せイベント’として導入、やがて商魂たくましい駄菓子メーカーと小売店は、セールスのため結託してクリスマス(ケーキ屋・オモチャ屋・デパート)、バレンタイン(チョコレートメーカー・小売店)に次ぐ大衆消費運動にしよa0212807_1812531.jpgうとちまたの若者たちを煽りました。
ともあれ、そもそも悪霊を払い(厄祓いし)無病息災を願う伝統行事(庶民のイベント)という意味からハロウィンは、‘秋田(男鹿半島)のナマハゲ’ のようなものだろうと私は、推察します。
いまや日本では、バカ騒ぎの仮装行列化した軽佻浮薄なコスプレ・ハロウィンながら、そのうちワインのボジョレー・a0212807_1814559.jpgヌーボー騒ぎのように(ワイン通の友人は、ボジョレー・ヌーボーにまったく関心なく)一般大衆の消費運動から次第に消えていく(騒ぎも下火になっていく)のではないかと推察しています。
ということで今年、私も最初で最後の‘独りコスプレ・ハロウィン’ をしてみようと思い立ちましたが、西洋ナマハゲ(上の中央写真)のようになりました。
by blues_rock | 2017-10-31 10:31 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(0)
a0212807_281183.jpgニュー・ジャーマン・シネマの代表的な監督ヴェルナー・ヘルツォーク(1942~、1972年「アギーレ/神の怒り」)が、2009年に撮った(監督と脚本の)サイコスリラー映画「狂気の行方」(原題「My Son, My son, What Have Ye Done」 息子よ、おまえは、何てことをしたの?)は、1979年アメリカで実際に起きた母親殺害事件からヒントを得て製作されました。
製作総指揮に‘カルトの帝王’の異名をとるデヴィッド・リンチ監督(1946~)、主演が、精神疾患者や不気味なサイコパス男を演じたら今やこの俳優以上の俳優は、見つかるまいと云えるマイケル・シャノン(1974~、2011年「テイク・シェルター」、2016年「ミッドナイト・スペシャル」など)と役者が、揃えば、どんなサイコスリラーかと期待で映画を見る前からぞくぞくします。
「狂気の行方」は、同年のヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞(グランプリ)を受賞しています。
映画は、1979年のカリフォルニア州サンディエゴの閑静な住宅地が、舞台です。
a0212807_291222.jpgパトロール中の刑事ハンク(ウィレム・デフォー 1955~)は、殺人事件が、発生し犯人は、人質を取って自宅に立てこもっているという緊急発動の指令を受けました。
ハンクが、現場に着くとフラミンゴのいる奇妙な家に母親を殺した舞台俳優のブラッド(マイケル・シャノン 奇怪なマザコン男が秀逸)が、人質を取り立てこもっていました。
殺された母親(グレイス・ザブリスキー 1941~ 変質的な過保護ママぶりが、不気味)は、一人息子のブラッドを
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溺愛し大人になっても過保護で口うるさく接し隣近所からも変わり者という評判でした。
SWATも到着し物々しくなる中、ハンクと彼の相棒ヴァーガス刑事(マイケル・ペーニャ 1976~)は、奇怪な行動をするブラッドa0212807_2122981.jpgを説得します。
事件を聞きブラッドの婚約者で舞台女優のイングリッド(クロエ・セヴィニー1974)と彼の所属する劇団の演出家リー(ウド・キアー1944)が、現場に駆け付けました。
ハンクは、ブラッドを良く知る二人から彼が、犯行に至るまでの犯人像を事情聴取します。
a0212807_213828.jpg映画を見る者は、刑事のハンクと一緒にイングリッドとリーの二人から語られるハンクと彼の母親にまつわる話(いろいろなエピソードのフラッシュバック)を聞くうちに次第に彼らの異様な関係とハンクの精神疾患に気づきます。
映画は、冒頭ウィレム・デフォーとマイケル・ペーニャ演じる二人の刑事が、登場するシーンから胡散臭く、殺人a0212807_2134222.jpg事件発生の無線連絡を受け現場に急行、犯人特定から過去をフラッシュバックさせていくうちに顕われていく異様な空気感は、ヘルツォーク監督の演出であっても製作総指揮を担うデヴィッド・リンチ監督の雰囲気が、色濃く滲んでいると思いました。
発狂した精神疾患者でも自由に銃を持ちいつでも乱射できる(無差別大量殺人できる)アメリカ銃社会の悪しきa0212807_4163745.jpg病巣は、深く暗澹たるもの、一番深刻なのは、アメリカ国民の多数に問題を解決しようとする強い意思が、ないことでしょう。

(左写真 : 左ヴェルナー・ヘルツォーク監督 と右製作総指揮デヴィッド・リンチ監督)
by blues_rock | 2017-10-30 01:30 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
今や世界映画界の巨匠の一人となったイギリス出身の映画監督クリストファー・ノーラン(1970~)の長編2作目となるのが、2000年のサスペンス・スリラー映画「メメント」(原題「Memento」)で、今や独自のノーラン・ワールド
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を築くノーラン監督の出発点といえるメモリアル作品と云って良いでしょう。
原作は、ノーラン監督の弟にして脚本家ジョナサン・ノーラン(1976~)の短編小説「Memento Mori」(ラテン語で
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「死を忘れるな」)をノーラン監督が、一人で脚本を書き(大抵弟ジョナサンと兄クリストファーとのノーラン兄弟共同脚本)、監督した映画です。
a0212807_20393157.jpg撮影監督は、ノーラン監督の盟友にしてノーラン作品の常連カメラマン ウォーリー・フィスター(1961~)です。
原作と脚本そして演出が、すばらしく、映画の物語は、終わりから始まりへと時系列(時間経過)を逆行して構成して行くのでしっかり見ていないと置いて行かれます。
映画のプロットは、自宅に押し入った暴漢が、妻をレイプし殺害、主人公のレナード(ガイ・ピアース 1967~)は、犯人の一人をa0212807_2040549.jpg射殺しますが、もう一人の犯人に突き飛ばされ頭を強打、レナードは、その後遺症で事件当日以降の記憶が、抜け落ち、新しい記憶も10分くらいしか維持できない記憶障害に苦しみます。
犯人を捜し出し復讐しようとするレナードは、記憶すべきことをメモし出会った人物の顔や行った場所をポラロイド写真で記録、余白に自分にとり必要なことをメモにして書きa0212807_20404129.png残していました。
さらに決め手となる重要な名前や場所、番号などは、自分の身体のいたるところに喪失しないよう刺青にして保存していました。
それでも自分の身の回りで目まぐるしく変化する環境に順応していくのは、難しく、時に混乱して自分に近づく人物や一切の出来事に対し疑心暗鬼を募らせていきます。
a0212807_2041848.png本当に信用できる人物は、一体誰なのか‥、真実は、一体何なのか‥、エンディングが、映画の冒頭シーンに還り映画は、終わります。
共演者として「マトリックス」シリーズのトリニティー役で有名なキャリー=アン・モス(1967~)、地味ながら多くの映画に出演している名脇役のジョー・パントリアーノ(1951~)などが、しっかり脇を固め見応えのある一級のサスペンス・スリラー映画にしています。
by blues_rock | 2017-10-28 00:08 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
1970年代初頭、ピンク・フロイドやキング・クリムゾンに代表されるプログレッシブ・ロックと呼ばれるしびれる斬新的なロックがありました。
彼らが、有名になると当時ちょっと変わった前衛的なロックのことを何でもかんでも‘プログレ’と称していました。
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それにあやかって今夜は、ちょっと変わった漆芸(と云えるかどうか分かりませんが)を私が、勝手に「プログレ漆芸」と呼んでいる作品をいくつかご紹介したいと思います。
木の根っこに‘拭き漆’したものながら、デンマークの海岸にあるアンデルセンの人魚像に何となく似ていること
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から私は、「マーメイド」と呼んでいます。
これを横にするとあら不思議 ‥ ネス湖の怪獣‘ネッシー’のようでもあります。
オリーブ・オイルの細長い空き瓶に、オリーブ色の乾燥砥草(とくさ)を詰め、エアプラントを載せたら色合わせ
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の好いプログレ・オブジェに変身しました。
‘ダチョウの卵’をエアプランツ飾りにしてみました。
先日の10月22日 日曜日、台風21号襲来の中、金継ぎ工芸会秋恒例の研修旅行で平戸に行って来ました。
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何気に入った生鮮食料店にダチョウの卵(殻9百円、中身入3千円)が、並んでおり見た途端、私は、いま育てているエアプランツの一つとダチョウの卵のコラボレーションが、頭に浮かび「ダチョウの卵から木が生えた」は、生まれました。
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もう一つは、友人の娘さん(帯広畜産大学に在学中)から大学で飼育しているダチョウの割れた卵をいただいたきました。
硬いダチョウの卵殻をルーター(ミニ・グラインダー)で整え、漆でつなぎ金継ぎしました。
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この金継ぎダチョウの卵にワインのコルクを詰め、エアプランツを飾ると恐竜の卵から生えた原始植物のようで「ジュラシック・パーク」と名付けました。
by blues_rock | 2017-10-26 00:06 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)
a0212807_22223461.jpgボスニア・ヘルツェゴビナ(サラエボ出身)の鬼才映画監督にして名優でもありミュージシャン(自分のバンドをもつ)の顔も持つ才人エミール・クストリッツァ監督(1954~)の情熱あふれる奇想天外な最新作「オン・ザ・ミルキー・ロード」(原題:On the Milky Road、脚本・監督・主演)を公開初日に見ました。
エミール・クストリッツァ監督は、カンヌ国際映画祭最高賞の‘パルムドール’を2回、ベルリン国際映画祭‘銀熊賞’、ベネチア国際映画祭‘銀獅子賞’と世界三大映画祭での受賞キャリアが、あり「オン・ザ・ミルキー・ロード」は、9年ぶりの新作で、この作品も才人監督(もしかしたら天才)の面目躍如です。
2017年映画を代表する名作として映画史に残るのは、間違いありません。
a0212807_22265439.gif映画のプロットは、シリアスにしてコメディ、リアルにしてシュール、ファンタジーにして悲劇ながら、何種類もの動物たち(実写だから凄い!)が、次々に登場するおとぎ話のようで大人の寓話‥そう「オン・ザ・ミルキー・ロード」は、詩人にして哲学者エミール・クストリッツが、‘映画を道具’にして人間の善と悪、愛と人生、絶望と希望を描く大人の寓話(メルヘン)なのです。
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詳しくは、映画の公式サイトをご覧いただくとして映画の見どころを述べますと、ボスニア・ヘルツェゴビナと思しき‘ある国’の不条理な内戦(44%のイスラム教ボシュニャク民族、33%のギリシャ正教セルビア民族、17%のカa0212807_223036100.jpgトリック教クロアチア民族、6%のその他民族の宗教的民族対立)下、ノバに乗り肩にハヤブサを留まらせ戦場の兵士らにミルク運搬の仕事をしているコスタ(エミール・クストリッツァ 1954~)には、自分の雇い主である若く美しい村娘ミレナ(スロボダ・ミチャロヴィッチ1981~)という恋人‥と云うよりミレナは、彼女に言い寄る他a0212807_22325259.jpgの男たちに見向きもせず、ノバに乗り肩にハヤブサを留まらせ飄々とミルクを運ぶ寡黙なコスタが、好きで戦争に行った兄の帰りを待って兄と一緒に結婚すると決めていました。
ある日、怪しげな男たちが、難民キャンプからミレナの兄の花嫁という美貌の女(モニカ・ベルッチ 1964~、30代半ばの「マレーナ」、50代の「サイの季節」の美しいこと!)を村に連れて来ました。
a0212807_2238153.jpgコスタは、その花嫁と出遭った瞬間、運命的なものを感じ、彼女もまた自分の境遇と似たものをコスタに感じました。
やがて二人は、静かに愛し合うようになりました。
そんな折、内戦の和平協定締結により戦士として英雄視されているミレナの兄ジャガ(プレドラグ・マノイロヴィッチ 1950~)が、戦場から帰って来ました。
ミレナは、さっそく自分とコスタ、兄ジャガと花嫁の結婚式に執りかかりました。
a0212807_2243691.jpg一方、兄の花嫁を難民キャンプで見染め自分の女にしようとする多国籍軍のイギリス軍司令官は、彼女を拉致してイギリスに連れ去ろうと村に特殊部隊を送り込みました。
和平協定が、あるにも関わらず村は、多国籍軍(イギリス軍)の激しい攻撃を受け、ミレナとジャガが、虐殺されa0212807_22442649.jpgました。
生き延びたコスタと花嫁は、生きるために特殊部隊の追跡から逃れ必死の逃避行を続けました。
クストリッツァ監督は、1929年ユーゴスラビア王国となった祖国(1946年ユーゴスラビア連邦共和国)が、わずか20年前の2006年、7共和国に分離し独立(ボスニア・ヘルa0212807_22471042.jpgツェゴビナも今やその1国、5つの民族が、暮らし4つの言語と3つの宗教、2つの文字をもつ複合国家)、さらにあろうことか、昨日まで異民族も異宗教ながら隣人友人であった者同士が、お互いを排除し民族浄化しようと戦争をする愚劣な国家になったことを嘆き悲観するもかっての同胞a0212807_22474323.jpgたちに「暴虐に屈するな! しなやかに生きろ!」と支配者と被支配者を戯画し現実を痛烈に風刺しています。
無国籍ミュージックバンド「エミール・クストリッツァ&ノー・スモーキング・オーケストラ」(クストリッツァ監督も一員でギター担当)の“ウンザ・ウンザ・ミュージック”が、ブラッa0212807_22482231.jpgクにしてセンチメンタルな大人の寓話に深い滋味を与えています。
音楽監督は、クストリッツァ監督の息子ストリボル・クストリッツァ(バンドのドラム担当)で、バルカンの民族音楽、パンクロック、ジプシージャズ、スカなどが、混在したエスニックな音楽(サウンドトラック)を作曲しています。
a0212807_225324100.jpg撮影監督のゴラン・ボラレビッチとマルタン・セクの二人、クストリッツァ監督作品の編集・音響を担うスヴェトリク・ミカザイッチなど鬼才
エミール・クストリッツァ監督(右写真)のまわりには、「類が類を呼ぶ異色の才能」が、集まっています。
by blues_rock | 2017-10-24 00:24 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
前編(2015年作品「山河ノスタルジア」) の2年前、2013年に撮った「罪の手ざわり」は、カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞した秀作ですが、現在も中国では、公開されていません。(超大国と云われる中国も精神と文化のレ
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ベルはまだ野蛮国です。)
さて、2008年作品「四川のうた」は、四川省成都市の閉鎖した国営軍事工場を舞台(かって10万人が働いていa0212807_001617.jpgた)に、そこで働いていた10人の労働者にインタヴューするドキュメンタリーのような映画です。
「四川のうた」に出演した俳優のほとんどが、皆な素人で、その‘素の個性’そのままにジャ・ジャンクー監督は、彼らに演技させ、そのシーンを長回しで撮るジャンクー監督の演出手腕(映画制作の力量)が、実に秀逸でその演出の見事さに感心
a0212807_043130.jpgしました。
映画のラスト、崩れ落ちていく国営軍事工場をバックに‘インターナショナル’を大声で歌う労働者の集団が、中国の行く末を暗示しているようでした。
2006年ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞(グランプリ)を受賞した映画「長江哀歌」は、傑作です。
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三峡ダム建設という国家的な大事業のため2600年の歴史をもち100万人の住民が、暮らす古都奉節(フォンジェ)が、わずか2年の工事でダムの底に沈む様子を妻の故郷奉節に住む妻子を出稼ぎ先の炭鉱から帰り探すa0212807_09662.jpg炭鉱夫(ハン・サンミン 韓三明、1971~)と三峡ダム建設現場の奉節に出稼ぎに来ている音信不通の夫を捜す女(チャオ・タオ 趙濤、1977~)の話を「烟(煙草)、酒、茶、飴(砂糖)」の章に区切り同時進行しながら描かれていきます。
ジャンクー監督作品の常連で炭鉱夫を演じるハン・サンミンが、素人と見紛う等身大の自然な演技で中年男をa0212807_095739.jpg好演、これまたジャンクー監督作品の常連にして監督夫人のハン・サンミンも見事な演技で応え、現地で起用された大勢の素人俳優たちとの掛け合い(アンサンブル)もすばらしい映画です。
ジャンクー監督が、演出するドキュメンタリーのような現実とシュールなシーンを撮影監督ユー・リクウイは、ゆるいフォーカスと併せうすいグリーン・フィルターをかけ、カメラを引いてゆっくり横a0212807_0113029.jpgに移動させ山水画をパノラマで見るような見事な映像で撮っています。
2004年作品「世界」は、北京に実在する世界各国の有名な建造物を10分の1サイズで建造している‘北京世界公園’で働き、各国のアトラクションに出演している踊り子たちの物語ですが、ジャンクー監督の個性的な映画作りに驚きます。
主演は、ジャンクー監督2作目の女優チャオ・タオ(趙濤、1977~)です。
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映画が、始まると派手な衣装の踊り子(チャオ・タオ)が、登場し大声で「バンドエイドない?」と叫びながら廊下の奥から手前に向かって来て、廊下左右の楽屋で屯(たむろ)している同僚の男女の踊り子たちに声をかけ、まa0212807_0201026.jpgたかけられたりしているシークエンス(連続シーンすべて)を手持ちカメラによる長回し(ワンカット・ワンシーン)で撮っています。
映画は、ストーリーの展開を説明する風でもなく長回しカメラでそれぞれ各国のアトラクションにまつわるシークエンスを描いていきます。
エンディングの一酸化炭素中毒死した恋人同士の会話もシュールで秀逸でした。
a0212807_0312434.jpg2002年作品「青の稲妻」は、中国版のゴダール「勝手にしやがれ」のようで山西省の都市 大同(ダートン)を舞台に傍若無人な若者たちを描いています。
街には、失業中の若者が、溢れており、19歳のビンビン(チャオ・ウェイウェイ)と親友のシャオジィ(ウー・チョン)も失業していました。
ビンビンは、恋人ユェンユェン(チョウ・チンフォン)が、北京の大学へ受験するので自分も北京に行くため兵役検査を受けるも不合格になりました。
親友のシャオジィは、モンゴル焼酎のキャンペーン・ガール チャオチャオ(チャオ・タオ)に恋するもチャオチャオが、ギャングの愛人と知りませんでした。
主人公たちに表情が、少なくシャオジィやギャングは、いつも煙草を吸っており全くの無表情でビンビンとシャオジィのヤケッパチのような銀行強盗も警備員にすぐに捕まる稚拙さです。
そんな彼らの様子をカメラが、ぶっきらぼうに映し出すだけの映画なのになぜか心に残る斬新な作品です。
a0212807_0323230.jpg余談ながら劇中に登場する奇人は、ジャ・ジャンクー監督自身が、演じていますので注意してご覧になると良いでしょう。
by blues_rock | 2017-10-22 10:22 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
長年、茶の湯を嗜しみ(茶道に勤しみ)伊賀の陶器焼成を趣味とする旧友へこれまでのお礼に‘金継ぎ’茶碗を贈りました。
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そうすると彼から「さっそくこれで茶を点てました。 作法のしやすい茶碗です。」とのお礼の言葉とともに‘伊賀焼の花入れ’(こちら)が、送られて来ました。
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これでは、まるで海老で鯛を釣ったようなものと苦笑いです。
協立陶器(有田)の‘トルコ鍋島’(古トルコ陶器の意匠写し)ブランド「ルヤサライ」の茶碗と皿です。
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知人から「大切にしているコーヒー・カップと別カップのソーサーの縁が、欠けてしまった。 気に入っているので直せないか」と相談を受けました。
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ご本人の了承を得て、コーヒー・カップを浅葱漆に本銀蒔き(先々薄いブルートーンのシルバーにするため)、ソーサーを本金直し(金の輝きを写せなかったのが残念です)にしました。
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今年2月2日の拙ブログ「古唐津皿の漆直し」に掲載した古唐津(小峠窯)の刷毛目文皿の根来風直しが、納得いかず皿本来の刷毛目文に合わせ白漆と紅殻漆で再度直しました。 
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玄洋窯片口平鉢のオチョボな口先が、少しささくれていたので錆漆と弁柄漆で整え遊びに青波文を入れました。
韓国ビストロ「七階のナム」サブシェフからの依頼品です。
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簡単な白ベースの直しでしたので少しアレンジし弁柄漆で青波文を入れました。
私は、「七階のナム」の器の修理のことを‘早紀姫直し’ と呼んでいます。
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以下の三点も依頼の直しです。
織部長皿の真ん中が、真っ二つに割れていましたので繋ぎ織部の緑と合うように緑漆直しにしました。
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四方深皿と箸置きの欠けた部分を錆漆で整え浅葱漆で直しました。
薄創りの陶ぐい呑みと磁器薄手の盃には、それぞれの色目に合うよう弁柄漆と浅葱漆で直しました。
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毎日の暮らしに寄り添う器は、自分の気に入ったもの(多少高価でも)を選び、普段の生活でどんどん使用され、壊れたら直し愛でれば、さらに美しい器に育ちます。
by blues_rock | 2017-10-20 00:02 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)
中国映画を代表する(私は中国最高の映画監督と思っています)ジャ・ジャンクー監督(賈樟柯 1970~)の新作映画「山河ノスタルジア」を書こうと思いながら映画を見て2年が、経ちました。
a0212807_1113829.pngジャ・ジャンクー監督ファンの私は、この「山河ノスタルジア」の感想と併せ、これまで見た他のジャンクー監督作品も一緒に紹介したいと思っていました。
中国・日本・フランス合作の「山河ノスタルジア」の原題は、「Mountains May Depart(山々は旅立つ)」と、哲学的なタイトルながら、ある中国人家族親子三人の物語を 1999年(過去)、2014年(現在)、2025年(未来)と時代を三つに分け、家族と家族に関わる人たちの人生を一大叙事詩のように描いています。
ジャンクー監督は、どんな人の人生も愛と情そして義の間(はざま)にあって家族が、生涯ずっと共に居られることはなく、どんな家族にもいつか必ず別れのときが、来ることを冷徹にメッセージしています。
映画は、この三つの時代を交差させながら展開していきます。
1999年の山西省、汾陽(フェンヤン)、小学校教師のタオ(チャオ・タオ 1977~)は、炭鉱で働くリャンズー(リャa0212807_129820.jpgン・ジンドン)と実業家のジンシェン(チャン・イー 1978~)、二人の幼なじみから恋心をもたれていました。
タオは、積極的で自信家のジンシェンのプロポーズを受け結婚、一人息子のダオラーが、生まれました。
2014年、タオは、ジンシェンと離婚、ひとり汾陽で暮らしていました。
a0212807_1294965.jpgある日、タオの父親が、亡くなり葬儀に出席しタオは、父親に引き取られた息子のダオラーと再会しました。
タオは、ダオラーから父ジンシェンと共にオーストラリアに移住することを告げられました。
2025年、オーストラリア、19歳になったダオラー(ドン・ズージェン)は、長いオーストラリアでの生活で中国語が、話せなくなっていました。
a0212807_1303926.jpg彼は、いつまでも中国人である父ジンシェンとの折り合い悪く対立、自らのアイデンティティを見失うなか中国語教師のミア(シルビア・チャン 1953~)と知り合いダオラーの記憶にかすかに残る母親の面影をミアに探し始めました。
製作は、市山尚三(1963~)、ジャンクー監督の要請なのか定かではないものの撮影監督ユー・リクウァイ(1966~)の撮ったスクリーンサイズ(アスa0212807_134358.jpgペクト比)が、たいへんおもしろく、1999年は、スタンダードサイズの‘1:1.33’、2014年が、ビスタサイズの‘1:1.85’、2025年は、シネマスコープの‘1:2.39’とだんだん大きく変化していきます。
プロダンショクデザインのリュウ・チァン、音楽の半野喜弘(1968~)の哀感あるメロディとペット・ショップ・ボーイズの名曲「GO WEST」を挿入したことなど秀逸でした。
a0212807_1343850.jpgカンヌで脚本賞を受賞した2013年作品「罪の手ざわり」も秀作ながら、あまりにもリアルに現在の中国社会の歪みを描いているために一党独裁の中国共産党批判と過敏に反応した中国政府により中国では、上映禁止にされました。(後編に続く)
by blues_rock | 2017-10-18 01:18 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_1331614.jpg福岡市 総合図書館(福岡市 早良区 百道浜)には、「映像ホール(シネラ242席、右写真)」とミニシアター(50席)があり、普段市中の映画館では、ほとんど公開されない海外の秀作映画(作家性の強い非娯楽作品)や旧い日本映画などを暫時公開しています。
10月のシネラ(映像ホール)は、トルコ映画特集で「サイの季節」や「卵」などすでに見た映画もありましたので、a0212807_1354893.jpg何気にミニシアターの上映スケジュールを見ると、映画は云うに及ばずドキュメンタリーや伝統芸能、民族音楽などいろいろなジャンルの映像が、企画されていて映画の上映予定は、一作だけで何とイタリア・ネオレアリズモの象徴的な作品であるルキノ・ヴィスコンティ監督の「若者のすべて」(1960年作品、原題「Rocco e i suoi fratelli」 ロッコと彼の兄弟)でした。
私は、イタリア映画を代表する稀代の名監督ルキノ・ヴィスコンティの作品は、ほとんど見て来ましたが、それは、「若者のすべて」以降の作品(1963年作品「山猫」から)であってヴィスコンティ監督が、撮った最後のネオレアリズモ作品「若者のすべて」は、見ておらず再上映のチャンスも何度も逃し、レンタルDVDもなく、どうしても見たい念願の映画でした。
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イタリア貴族出身のルキノ・ヴィスコンティ監督(1906~1976)のフルネームは、ルキノ・ヴィスコンティ・ディ・モドローネと云い伯爵でしたが、第二次世界大戦時ファシズムに抵抗してイタリア共産党に入党、戦中戦後を通しa0212807_1393147.jpg10年間共産党員でしたので‘赤い貴族’と呼ばれていました。
ヴィスコンティ監督は、「若者のすべて」を発表すると舞台やオペラの演出に専念するようになりネオレアリズモの作風から‘ヴィスコンティ様式’となる死を象徴させた「滅びの美学(美意識)」をプロットとした作家性の強い映画に変化していきました。
a0212807_1310376.png「若者のすべて」は、原題に「ロッコと彼の兄弟」とあるように三男のロッコを演じるアラン・ドロン(1935~、出演時25歳でその類稀な美男ぶりは必見です)を中心に5人兄弟の名前が、それぞれ記(しる)されたチャプター(章)ごとにストーリーは、展開し5章完結の上映3時間の映画です。
ヴィスコンティ監督の演出は、云うに及ばず、撮影を名撮影監督 ジュゼッペ・ロトゥンノ(1923~、フェデリコ・フェa0212807_13111688.pngリーニ、ルキノ・ヴィスコンティ、ヴィットリオ・デ・シーカ、マイク・ニコルズなど名立たる名匠監督作品を撮る)、音楽を名作曲家 ニーノ・ロータ(1911~1979)が、担っています。
出演者は、アラン・ドロンのほか出演時22歳の美女クラウディア・カルディナーレ(1938~、1963年「山猫」にも出演、これ以降フランa0212807_13114952.jpgスの美人女優ブリジッド・バルドー=BBに対しイタリアの美人女優クラウディア・カルディナーレ=CCとして世界の二大美女として有名になる)、三男ロッコのすぐ上の兄次男シモーネを演じるレナート・サルヴァトーリ(1934~1988)、ロッコとシモーネを手玉にとる娼婦ナディアを演じた当時29歳のアニー・ジラルド(1931~2011)と美女・美男のa0212807_1314529.jpg名優ぞろいです。
とくにこの映画でアラン・ドロン演じる三男ロッコを愛する娼婦ナディア役のアニー・ジラルドが、艶やかで美しくナディアは、劇中独占欲の強い次男シモーネに刺殺されますが(今で云うストーカー殺人です)、ナディア役のアニー・ジラルドとシモーネ役のレナート・サルヴァトは、この映画のあと結婚、二人仲睦ましく生涯添い遂げています。(上写真:撮影中のヴィスコンティ監督)
by blues_rock | 2017-10-16 00:16 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
九州で生まれ育ったためか、自然に有名無名を問わず九州各地の窯元へ出向きました。
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そのとき自分が、作陶するとは、思いもよらず金継ぎをするようになって、古い陶片に呼び継ぎしたり、共継ぎに
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したり、さらに古陶片を刻苧(こくそ)で再現したりと、いろいろしているうちに、自分で好き勝手に作った陶胎地の器a0212807_2345940.jpgに漆を塗ったらおもしろいかもしれないという‘邪気’から私の作陶は、始まりました。
今年の春、桜の季節、玄洋窯を訪ねて玄洋窯主人でロクロ名人の冨永陶工に、私の邪気を説明 ‥ しかし、呆れ果てた様子で、私の熱意(?)を理解していただくのが、なかなか難儀だったものの、秋も深まる頃、陶胎の破れ茶碗は、誕生しました。
ともあれ‥こんなはずじゃなかった!の連続ながら、陶土(つち)を弄りながら紐作り(手捻り)で、まだ見ぬわが傑作の妄想(本人はイメージ)に執り憑つかれています。   (付記 : 上段の2碗が、拙作 ‥ 「無釉還元焼成茶碗」 と 「粉引茶碗」)
a0212807_23474745.jpg上の作品(伊賀焼の花器)ならびに左とその下の作品は、私の友人および知人の紛れもない秀作陶器です。
大阪に住む友人が、伊賀で作陶(手捻り)した花入れで、伊賀特有の粗い陶土(つち)と野趣豊かな灰釉とのバランスが、すばらしい作品です。
左と下は、糸島半島で盆栽の植栽をされている方が、作陶された奔放でダイナミックな盆栽鉢です。
a0212807_2355394.jpgどれもさほど大きくない小振りな作品ながら盆栽鉢から放たれる火山のエネルギーのようなパワフルさに感動、何より若い女性の方の作品と知り二重の驚きです。
これらは、来年春に植栽される盆栽の鉢だとか、その時また拙ブログで、その盆栽をご紹介したいと思います。
by blues_rock | 2017-10-14 00:04 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)