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心の時空

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a day in my life

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a0212807_130859.jpgノーベル文学賞を受賞した詩人ボブ・ディランに代わって1960年代から、当時フォークシンガーだったボブ・ディランに憧れ敬愛、自分もロックシンガーになったビートニク詩人パティ・スミスが、授賞式に出席しボブ・ディランの名曲「激しい雨が降る(A hard rain's gonna fall)」を歌うとか、元パンクロッカーにして詩人パティも長年の友情に、なa0212807_1321376.jpgかなか粋な恩返しをするものだとうれしくなりました。
また併せて、世界が、(当然自国のアメリカも)注目している受賞者記念講演は、ボブ・ディランのメッセージ朗読と、詩人としての妹分パティ・スミスが、ボブ・ディランの代理として「模範となる人の重要性」と題し講演するのもクールでシャレています。
1946年生まれのパティ・スミスも早や古希(70歳)となり1960年代ニューヨークパンク時代の元祖女性ロッカー(クイーン・オブ・パンク)であったころの尖がった雰囲気は、なくなりましたが、1975年発表の初LPアルバム「ホーセス」は、私にとって昔懐かしい思い出
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の品(という宝物)になりました。
ちなみに、このアルバムの写真(下)は、当時ルーム・メイトであった写真家ロバート・メイプルソープ(1946~a0212807_136282.jpg1989 病没、享年43歳)が、撮影したものです。
詩人二人の‘あうん’の呼吸は、「模範となる人(=大統領・首相や国家元首、さらに品格ある大人)」が、世界に不在(もちろん自国のアメリカにも)の今、地球上の至るところで蔓延している悪しき先祖帰り(いつか来た道)に対する揶揄(ラディキュル)と皮肉(アイロニー)に満ちたメッセージになることでしょう。
by blues_rock | 2016-12-10 00:10 | 音楽(Blues/Rock) | Comments(0)
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ブルースに取り憑かれたテキサス州生まれのリトル・ガールが、その唯一無二の声と歌唱力で、スゥーとこの世に現われ一夜にしてビッグ・ガールとなり一世を風靡するも孤独な自分の心を癒すためにヘロインとアルコール
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の悪魔に囚われ若干27歳で‘クロスロード’を渡り 27クラブ(The 27 Club) の一員になりました。 
映画「ジャニス:リトル・ガール・ブルー」の主人公ジャニス・ジョプリン(1943~1970没、享年27歳)のロックミューa0212807_1815710.jpgジシャンとしての人気は、死後46年経った現在もいまだ衰えず、後に続く大勢の女性ロックミュージシャン、ブルースシンガーに敬愛され影響を与え続けています。
この映画の監督エイミー・バーグ(1970~)は、ジャニスが、亡くなった年の1970年生まれで敬愛する ロックの化身 ジャニス・ジョプリン へのオマージュとして6年の歳月をa0212807_18205929.pngかけ、女性ファンの視線でライヴの模様、TV出演の様子、スタジオでの録音風景、家族や友人、元恋人やバンドメンバー、ジョン・レノンなど多くのインタビュー映像で構成、タペストリーのようにジャニスの素顔を紡ぎ上げています。
テキサスの保守的な小さな町で黒人音楽のブルースを愛しリベラルであったジャニスは、学校で酷いイジメに遭a0212807_18214828.jpgい、存在すら無視されるという辛い悲しみが、ジャニスの心に一生癒されない傷を残しました。
故郷に自分の居場所が、無かったジャニスは、家出同然で故郷を離れ自由な若者たちの集うサンフランシスコへ行き生活しますが、家族への思い断ち難く両親や妹弟に多くの手紙を書いています。
a0212807_031627.jpgインタビューに答えるジャニスに縁(ゆかり)のある人たちは、皆な70歳を超えているのに50年前のジャニスについて語るときの記憶が、鮮明なのには、驚かされます。
正しくジャニス・ジョプリンの存在は、いま70歳を超えている人たちにとっても1960年代という旧い時代に抗った保守的な小さな町の象徴だったのだろうと思います。
ジャニスの歌の魅力は、心の奥底にある生きる喜び、生きている悲しみ、痛み、怒り、切なさなど自分の素直なa0212807_2111660.jpg感情のままにクライ、シャウトし時にスクリーム(絶叫)するようなヴォーカルにあり人間としての魂を生々しく曝け出す歌唱力にあります。
1966年、ジャニスは、サンフランシスコで当時すでに有名であった「ビッグ・ブラザー&ザ・ホールディング・カンパニー」のヴォーカル・オーディションを受け、バンドの一員になります。
1967年、ジャニスは、バンドと共に伝説の大規模野外コンサート「モンタレー・ポップ・フェスティバル」に出演しa0212807_2111433.jpgビッグ・ママ・ソーントンの‘ボール・アンド・チェイン’を自分の感性で歌い野外コンサートに来ていた20万人の聴衆を唖然とさせました。
映画の中でジャニスの歌を初めて聴いたママス&パパス(こちら)のキャス・エリオットが、「ワーォ!」と驚嘆しているシーンを見ることができます。
a0212807_21123967.jpgジャニスのソウルフルな歌へのこだわりは、バンドに摩擦を生み解散、1969年ジャニスのこだわりを生かすためブラス・セクションを加えたコズミック・ブルース・バンドを結成し歴史的な野外ロック・コンサート「ウッドストック」に出演、名実ともに ロックンロール のシンボルになりました。
a0212807_21134886.jpgやがてジャニスの音楽指向は、ゴスペルに向かいキーボードを重視したフル・ティルト・ブギー・バンド(ピアノとオルガンのツイン・キーボード)を新たに結成して新アルバム「パール」を制作中、ヘロインの過剰摂取(オーバードース)で亡くなりました。
映画の最後に流れる「Little Girl Blue」は、ジャニスが、自分の激しい感情を諌めるようにしっとりと歌い深く心に残ります。
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        そのままそこへ座って        そう、それでいいわ
        そして指を数えるの          他に何をしようか
        ハニーしたいことはある?      痛いほど分かるわ
        あなたの辛い気持ち         もう懲り懲りよね
        そのままそこへ座って         いいから指を数えて
        不幸で可哀想な            でも愛しいリトル・ガール・ブルー
        辛い気持ちは             ハニー私には分かっているわ
        あなたの心の痛みそのままに
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(付 録) 1969年のライヴ映像「サマータイム」は、ギグの世界遺産、必見(必聴)です。
ジャニス・ジョプリンをモデルにしたベッド・ミドラー主演の1979年映画「ローズ」もお勧めです。

(右写真 : ジャニス・ジョプリンへのオマージュ映画「ジャニス:リトル・ガール・ブルー」を撮ったエイミー・バーグ監督)
by blues_rock | 2016-12-08 00:08 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
いま世界中、どこにいても(時差は、ありますが)、道具(携帯やPCなどのIT機器)を使えば、いつでも Keep in touch できる、うれしい時代になりました。
a0212807_2253387.jpgロンドンにいる友人Navin・Rの愛娘にして私の最も若い友だちのMizukiちゃんも早や4歳、この秋からロンドンの保育園(nursery school)に通っています。
彼女の生活環境が、英語なので、必然的にMizukiちゃんの会話は、英語ですが、日本人のお母さんとは、日本語で会話、隣にいるお父さんと話すときまた英語、両親と二つの言葉で自由a0212807_2261691.jpg自在に同時会話するMizukiちゃんが、日本にいるとき「ね、お願い、いったい頭の中、どうなっているのか見せてちょうだい。」(もちろん日本語)と言ったら即座に「イヤ!」とけんもほろろに断られました。
英語のニガテな私が、簡単な単語を羅列し、話しかけても「ちがう!」と日本語の一言で、にべも無く、反対に私の発音を直されます。
この年齢になって 4歳の幼い女の子から英語の指導を受けるとは、想像もしていませんでした。
a0212807_2210189.jpgともあれ、ロンドンから画像共有ホルダーの閲覧ソフト「OneDrive」のうれしいX’masの贈り物が、届きました。
ロンドンで編集された彼ら家族の写真と動画を福岡に住む私も好きなときにいつでも見ることが、できるようになりました。
人と人との関係は、地理的な距離ではなく、はるか遠く離れていてもお互いにコミュニケーションしようとする親密さ(友情=気遣う心)が、あれば好い人間関係は、作れます。
一方、家族・友人・知人だれであれ、近くにいてもお互いにコミュニケーションする気が、なければ電話(&メールすら)することもなく、まして会うこともありませんものね。
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左写真は、名カメラマンのNavinが、日本で撮った友泉亭庭園の池です。
by blues_rock | 2016-12-06 00:06 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(0)
奇才スティーブン・シャインバーク監督(1963~)によるアメリカの伝説的女流写真家ダイアン・アーバス(1923~1971没、神経衰弱の向精神薬自殺)に対するオマージュ伝記映画ながらシャインバーク監督は、映画の冒頭
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「史実に忠実な伝記映画ではなく、独自の解釈をして描いている」とクレジットしています。
2006年日本の公開時タイトルを原題の「Fur:An Imaginary Portrait of DIANE ARBUS」のFur(毛皮)にわざわ
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ざ‘毛皮のエロス’などと愚にも付かないタイトルに変えていますが、私は、あえて今夜ご紹介する映画のタイトルを直訳の「毛皮:ダイアン・アーバス 幻想のポートレイト」に戻したいと思います。
a0212807_8541526.jpgこれをお読みの皆さまの中には、‘何でそんなことにこだわるの? 大したことじゃないよ。’と思われる方もおられるでしょうが、シャインバーク監督は、天才写真家ダイアン・アーバスが、‘毛皮’にこだわったのは、毛皮つまり表皮(外見)の奥(内側)にある精神のリアリティ(アイデンティティ=個の存在)にあったと描いています。
映画は、ニコール・キッドマン(1967~ 出演時39歳、目の演技が抜群)演じる駆け出し女性写真家ダイアン・アーバスが、ヌーディスト・ヴィレッジを訪ねヴィレッジにいる全裸の老若男女(さすがに少年・少女はいない)に写真を撮らせて欲しいと依頼すると彼らは、「あなたも全裸になり、心(欲情)を解放してください。そうすれば、私たちの写真を撮ってもいいですa0212807_9254073.jpgよ。」とダイアンに答え、彼女が、躊躇し「少し時間をください。」と返事するところから始まります。
ダイアンは、裕福な家庭に育ち十代で売れっ子ファッション・フォトグラファーの夫と結婚、夫の経営するスタジオで助手しながら娘二人の母、貞淑な妻として順風満帆な人生を送っていると傍目(両親・夫・友人たち)の誰もが、見ていました。
しかし、ダイアンは、少女の頃から心の奥深く(潜在意識)にある異形なものへの関心(趣味)を払拭できないでa0212807_930712.jpgいる自分の内なる異質に気が付いていました。
ある日、自宅アパートの2階に引っ越して来た奇妙なマスクで頭部を覆い、常に手袋とコートで全身を隠している多毛症(異形)の男ライオネル(ロバート・ダウニー・Jr 1965~)を窓越しに見てから‘写真を撮りたい’という意識と衝動が、顕在化しました。
カメラを首から下げたダイアンと被写体ライオネルの妖しげな雰囲気、ライオネル持病の重度の呼吸困難によa0212807_9313774.jpgる死の予感、自死を願う全身毛だらけライオネルの毛をダイアンが、最期に剃ってあげるシーンなど官能的な映像は、必見です。
アメリカを代表する女性写真家ダイアン・アーバスの被写体となったのが、性倒錯者・小人症・巨人症・結合双生児などフリークスと呼ばれる人々や精神障害者、ヌーディストたちで、ダイアン・アーバスは、日常生活を営む彼らのポートレイト(肖像写真)を撮影しました。
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映画のラスト、首からカメラを下げた全裸のニコール・キッドマンを見ることができます。
by blues_rock | 2016-12-04 00:00 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
フランスの異才ベルトラン・ブリエ監督(1939~、1974年「バルスーズ」、1989年「美しすぎて」)が、イタリアの宝石とその美貌を称賛される女優モニカ・ベルッチ(1964~)のために撮った(としか思えない)2005年フランス映画「ダニエラという女」を紹介します。
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ブリエ監督は、絶世の美女モニカ・ベルッチをパリ、ピガール街の娼婦ダニエラに仕立て、その美貌と肉体に魅入られ翻弄される男たちの姿をいつものことながら、一筋縄ではいかないベルトラン・ブリエ監督流のエスプリを利かせた演出でモニカ・ベルッチの美貌と豊満な肉体にウットリ見惚れている者をおちょくり、誑(だぶら)かしa0212807_15411488.jpgながら、シュールでファンタジーなコメディ映画(Combien tu m'aimes ? 私をいくらで愛してくれる?)を撮りました。
この映画出演時、41歳(アラフォー)の女優モニカ・ベルッチは、ブリエ監督の演出に挑むように「私はモニカ・ベルッチという女よ、見て」と云わんばかりに女として成熟し切った妖艶な美貌と豊満な肉体(エロス)を全開しています。
イタリアの名匠トルナトーレ監督が、2000年に撮った映画「マレーナ」では、出演時36歳(アラサー)の美しい塾女モニカ・ベルッチを見ることができ、双方ともルネッサンスの絵画から抜け出してきたようなモニカ・ベルッチは、正しく動く芸術です。
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モニカ・ベルッチ(娼婦ダニエラ)に絡む男優陣も役者揃いで心臓病の持病をもちながらダニエラに身も心も捧げる男フランソワをベルナール・カンパン(1958~)が、大真面目かつ素っ頓狂なキャラクターで演じています。
フランソワの前に立ち塞がるダニエラの情夫シャルリーを演じるのが、ジェラール・ドパルデュー(1948~、1974
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年「バルスーズ」からブリエ監督作品の常連俳優)で、こちらは、ユーモアたっぷりに演じています。
フランソワの主治医にして友人のアンドレを演じるジャン=ピエール・ダルッサン(1953~)は、いつも血圧計をもってフランソワの前に現われ、ダニエラと別れるように迫りますが‥以下は、映画を見てのお楽しみです。
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ブリエ監督の異才ぶりは、音楽と映像にも顕われ、娼婦ダニエラが、官能的なときは、喘ぐようなサックスの音色が流れ、映像のトーンは、暗く、ダニエラの愛を描くとき映像が、パッと明るくなり、音楽は、愛の歓喜を歌うオペラのアリアに変わります。
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「ダニエラという女」は、世界遺産のような絶世の美女「モニカ・ベルッチ」を堪能するための映画です。
(上写真 : 演出の打合をしているベルトラン・ブリエ監督とモニカ・ベルッチ)
by blues_rock | 2016-12-02 00:02 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
一年が、あっと云う間に過ぎ早12月、通りの街路樹には、クリスマスのイルミネーションが、灯り、ジングルベル ♪ の鈴の音色は、師走のあわただしい気持ちを和ませてくれます。
私は、クリスチャンでもないのに‘クリスマス・ソング’が、子供の頃から好きで、冬(クリスマス・シーズン)になるとa0212807_13212297.jpgロック・ヴァージョンを中心に、オールディーズ・ゴスペル・ブルース・R&B・ジャズその他 レゲェやハワイアンなどエスニックなワールド・ミュージックの「クリスマス・アルバム(LPレコード・CD)」を聴いています。
オリジナル・ヴァージョンならビートルズを解散した翌年の1971年、ジョン・レノンが、発表した「Happy Xmas (War Is Over)」に始まり、1983年の山下達郎「クリスマス・イブ」(1988年冬にJR東海が、CMソングとして流し大ヒット)、1984年には、バンド・エイドの「Do They Know It's Christmas ?」とワムa0212807_13244395.jpgの「Last Christmas」が、世界中で大ヒットし、今や‘クリスマス・ソング’の定盤になっています。
さて、100枚あまりの「私のクリスマム・アルバム」は、どれも私の大切なお宝ながら、私が、とくに ‘レア盤’ と思うのは、この 3枚です。
一つが、ビートルズの「クリスマス・アルバム」でビートルズは、1963年から1969年まで毎年クリスマス・シーズンになるとファンクラブ会員向けにクリスマスのメッセージSPレコード(ソノシート)を制作し配布していました。a0212807_13554769.jpg
その7枚のシングルSPレコードを一つにまとめたのが、ビートルズ「クリスマス・アルバム」で、4人それぞれのユーモアとおふざけタップリのメッセージ(ビートルズ全盛期4人の肉声)は、ビートルス・ファンにとって超レア盤です。
つぎに、ロックンロールのカリスマ(キング・オブ・ロックンロールとリスペクトされる)エルヴィス・プレスリーが、歌ったクリスマス・ソングの全曲とエルヴィスのルーツであるゴスペルのバラードを選曲した 2枚組アルバムです。
a0212807_1441749.jpgもう一つは、フォーライフ・レコード創立1周年記念アルバムとして小室等・吉田拓郎・井上陽水・泉谷しげる 4人の創立者が、共同制作したフォー・ウェイ・スプリット盤の「クリスマス・アルバム」です。
4人の才能と実力からすると寄せ集めたようなスプリット盤アルバムで音楽的にあまり質の高いものでは、ありませんが、4人それぞれ肩の力を抜いて楽しみながら演奏を遊んでいる雰囲気は、彼ら 4人のファンである者にとって貴重な記録でレアな「クリスマス・アルバム」と言えます。
by blues_rock | 2016-12-01 00:00 | 音楽(Blues/Rock) | Comments(0)