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心の時空

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a day in my life

<   2016年 11月 ( 16 )   > この月の画像一覧

a0212807_071341.jpga0212807_093366.jpga0212807_0105942.jpga0212807_0145392.jpg輪花の瀟洒な古伊万里色絵柘榴文小鉢(あるいは向付)の小さな欠けを刻苧(こくそ)と呂色漆で整形し、丸金粉(3号・1号)を蒔き磨いただけのシンプルな修理です。

(左写真 : 12時方向にある欠キズを金継ぎ)


普段使いは、OKながら、本金直しなのでレンジの使用だけ不可(厳禁)です。

(左写真 : 5時方向の欠キズを金継ぎ)




(下写真 : 6時と10時方向2箇所の欠キズを金継ぎ)
古伊万里(藍柿右衛門)の薄手染付鷺文皿(裏に‘二重角渦福’、19㌢)に 2箇所の欠けが、あり本金直し(金継ぎ)にしました。
作業の工程で皿を弄(いじ)るたびに、手の中の皿に ‘おまえは、いつどこで生まれたのだ?’ と訊ねました。(理由は、こちら
皿は、いつも何も語らず沈黙したまま‥私は、江戸中期の生まれと思うことにしました。
追記 : 2017年1月16日、古伊万里コレクターの方に鑑定していただいたら「上手の絵で薄手の染付鷺文は、初めて見た」と言っておられました。
(右写真 : 3時方向の欠キズを金継ぎ)
by blues_rock | 2016-11-29 00:03 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)
a0212807_1011302.jpgポーランドの異才にして名匠ロマン・ポランスキー監督(1933~ 2002年監督・脚本・製作作品「戦場のピアニスト」でカンヌ国際映画祭パルムドール受賞とアカデミー賞3部門を受賞)が、初期の1968年に撮った「ローズマリーの赤ちゃん」(監督・脚本)は、ホラー映画の代表作にして金字塔(ちなみに1963年のヒッチコック監督作品「鳥」はパニック映画の金字塔)です。
これに刺激(インスパイヤー)されたのが、ドキュメンタリー映画出身の名監督ウイリアム・フンドーキン(1935~ 1971年クライム・アクション映画の名作「フレンチ・コネクション」でアカデミー賞監督賞・作品賞など5部門受賞)です。
フンドーキン監督は、「ローズマリーの赤ちゃん」公開から 5年後の1973年、オカルト映画の象徴(代名詞)となったホラー映画の傑作「エクソシスト」を発表‥この3作が、今まで製作された‘恐怖(パニック・ホラー・オカルト)映画’の本歌(お手本にするオリジナル作品のこと)になっています。
a0212807_1013166.jpgさて、ホラー映画の古典とも云うべき「ローズマリーの赤ちゃん」のプロットは、悪魔が、悪魔崇拝主義者たちを操り、彼らは、悪魔に命じられるまま悪魔の子を身ごもる胎(子宮)を探し、選ばれたのが、ローズマリーでした。
悪魔は、ローズマリーの意識を幻惑し幻覚不能の彼女を悪魔崇拝者たちの前でレイプ、妊娠させて子供(悪魔の子)を産ませるまでの物語です。
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当時、30代半ばで新進気鋭の映画監督ポランスキーの秀逸な演出もさることながら、何と云っても特筆すべきは、主人公ローズマリーを演じた長編映画初出演のミア・ファロー(1945~、出演時23歳でフランク・シナトラ夫a0212807_1017270.jpg人ながらこの映画撮影中に離婚)の‘演技のすばらしさ’です。
映画は、1965年のニューヨーク、新婚早々のローズマリー夫婦が、子供を産み育てるために古いながらも広いアパート(ダコタ・ハウスで撮影、後年ジョン・レノンが亡くなるまで住でいた)に引っ越して来るところから始まります。
a0212807_10204133.jpgローズマリーは、すぐに善良ながらお節介な隣人の老夫婦と養女テレサと親しくなりますが、ローズマリーの旧い友人で後見人でもある初老の童話作家エドワードだけは、ローズマリーが、このアパートに住むことに反対します。
a0212807_1027429.jpg間もなく、不可解な遺書を残して親しくなったばかりの隣人テレサが、アパートから投身自殺、ローズマリーの身を心配していた後見人エドワードも彼女に一冊の本(「悪魔のしもべたち」)を遺して病死しました。
ローズマリーは、愛する夫や親しい隣人たち、主治医など衆人の前で悪魔にレイプされる悪夢(夫や主治医はa0212807_10284552.png彼女の妄想と説明)を見てから、念願の妊娠の喜びもつかの間、ローズマリーの体内(胎=子宮)で何か得体の知れないものが、育っていると感じ、夫や主治医・看護婦さらにローズマリーの妊娠を祝福する隣人夫婦に異常を訴えても初産の妊婦は、誰でも不安なもの(マタニティブルーなのだ)とやさしくなだめられるだけでa0212807_1032910.jpgした。
孤立無援の中で独り恐怖心に怯えるローズマリー=ミア・ファローの痩せた体に妊婦腹、ショートヘアに不安に慄く大きな目とその存在感が、とにかく「すばらしい!」の一言に尽きます。
やがて、ローズマリーは、売れない俳優ながらも愛する夫が、スターにする条件で悪魔に魂を売り(ローズマ
a0212807_10355332.pngリーを悪魔に差出し)、自分の周りにいる隣人たちならびに主治医や看護婦もすべて悪魔崇拝主義者と知り彼らと恐怖と緊張感に満ちた駆け引きを始めました。
ミア・ファローは、孤立無援の中、信頼できる者が、いない不安と恐怖に慄くローズマリーの姿を真に迫るリアルな感情(人間らしい表現力)で演じてい
a0212807_10374868.pngます。
出産した我が子が、死産したと聞かされていたローズマリーは、数日後、隣人の部屋で赤子の泣き声が、するのを耳にしました。
そこは、悪魔崇拝主義者たちの集まるアジト(巣窟)でした。
ローズマリーは、ナイフを片手に単身、アジトに乗り込みます。
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彼女は、ゆりカゴの中にいる赤子を見て、一瞬驚きますが、すぐに母の顔になり、やさしく微笑むのでした。
by blues_rock | 2016-11-27 00:07 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
もはや‘生きる伝説’と、その演技を絶賛される名優ロバート・デ・ニーロ(1943~)の最新作コメディ映画「マイ・インターン」を紹介します。
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ロバート・デ・ニーロは、1965年のデビューから51年、90数作の映画に出演、私が、見ているのは、その3分の1にも満たない30数作ながら、1974年「ゴッド・ファーザーⅡ」(アカデミー賞助演男優賞受賞)、1976年「タクシー・a0212807_14103638.jpgドライバー」、1980年「レイジング・ブル」(アカデミー賞主演男優賞受賞)など、他の作品も含め映画史に残る‘不朽の名作’に多数出演しています。
ロバート・デ・ニーロが、演じる役柄は、非情なギャングからサイコパスな犯罪者さらにシリアスなドラマや軽妙なコメディまで広域ながら、そのどれもが、ロバート・デ・ニーロしか考えられない‘はまり役’なのに驚かされます。
a0212807_14123752.jpg新作のヒューマン・コメディ映画「マイ・インターン」では、古希(70歳)を過ぎて高齢者就業支援のインターン(社員見習い)になる好々爺(というよりダンディな老人)をユーモラスかつ軽妙に演じています。
ロバート・デ・ニーロ演じる見習い新人社員ベン(企業が社会貢献で高齢者就業支援するインターン制度に応募)を最初は、イヤイヤ採用するファッションサイト通販会社a0212807_141337100.jpgの若い女性経営者ジュールス(アン・ハサウェイ 1982~)が、次第に人生経験豊富なベンの人柄に癒されていく物語です。
ロバート・デ・ニーロの軽妙な演技に引き込まれるようにアン・ハサウェイは、多くのストレスを抱えた超多忙な若い女性実業家という役柄を上手く演じています。
監督は、ナンシー・マイヤーズ(1949~)で彼女のほんのりとした演出もあって映画に悪人(性格の悪い人も含a0212807_14192413.jpgめ)が、一人も登場せず、ロバート・デ・ニーロ演じるベンの誠実な善人ぶりと相俟って「マイ・インターン」は、女性(とくに若い就業女性)に人気が、あるようです。
ストレスを抱えた方、ハッピィな気分に浸りたい方にお勧めしたい(持って来い)の映画です。
a0212807_14195326.jpg年明け2017年1月には、ロバート・デ・ニーロの次回作で、コメディ映画「ダーティ・グランパ」の公開が、決まっており、プロットは、祖父と孫とのハチャメチャな旅を描いたロード・ムービーだとか、さて祖父役のロバート・デ・ニーロが、どんな破天荒(ずっこけ)ぶりを見せるのか、大いに期待しています。
by blues_rock | 2016-11-25 00:05 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
古唐津の山盃は、小振りながら愛好家も多く人気があり、無疵のものは、なかなか手に入りません。
下の写真は、いずれも径8㎝程度の呼び継ぎ’古唐津山盃です。
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山盃は、安土桃山から江戸初期にかけて酒杯器(盃・猪口の元祖)として唐津で作られ、‘糸きり高台’(下写真)になっているのが、特徴です。
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Ⅰ.銘 朝顔  本金直しの呼び継ぎにしました。
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Ⅱ.銘 朧月  月に見立てた箇所に本金を蒔き、それ以外は、雲に見立て青銀直し(浅葱漆下地)にしました。
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by blues_rock | 2016-11-23 00:03 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)
イギリスの名匠ポール・グリーングラス監督(1956~、マット・デイモンとの‘ジェイソン・ボーン’シリーズで有名)が、2002年に撮った(監督・脚本)ポリティカル映画「ブラディ・サンデー」は、ドキュメンタリー手法の演出とそれ
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を撮影したテクニカルなカメラ・ワークと相俟ってジャーナリズム作家でもあるグリーングラス監督の個性的な映像作風が、前面に顕われた面目躍如たる優れた作品です。
a0212807_1111461.jpg映画は、1971年1月30日に北アイルランドのデリーで起きたイギリス陸軍特殊部隊SBSが、北アイルランド市民による公民権運動デモ(このデモにはアイルランド共和国軍IRAも介入できなかったイギリス統治に対する市民による反対運動=民主的な人権運動)に参加した非武装市民14人を射殺(うち5人が背後から銃撃され死亡)した「血の日曜日事件」(Bloody Sunday)を題材(プロット)にしています。
映画のエンディングでグリーングラス監督は、この‘ブラディ・サンデー(血の日曜日事件)’で勝利したのは、イギリス政府と軍が、もっとも手を焼く過激派組織アイルランド共和国軍IRAであるとクレジット(アイロニー・メッセージ)したのが、痛快で印象に残りました。
映画では、このデモを主導し北アイルランドの公民権運動リーダーを務める下院議員アイヴァン・クーパー(ジェームズ・ネスビット 1965~)を主人公にしていますが、真の主人公は、イギリス統治国北アイルランドのプロテスタント(イングランド国教会信徒)から社会的な差別を受け、人権と自由を抑圧され一方的に弾圧される北アイルランドのカトリックa0212807_1114847.jpg教徒(デリー市民)です。
この支配権力と被支配者というキリスト教徒間の愚劣な‘血で血を洗う’宗派対立(血で血を洗う愚劣な宗派対立という意味ではイスラム教スンニ派とシーア派の理解不能な争いも権力と利権争奪が根源、信仰ではない)は、15世紀絶対王政イングラントの暴君ヘンリー8世(1491~1547)が、自分の色欲による6度の結婚をめぐり離婚を認めないローマのカトリック教会と対立、ローマ法王から破門され自らが、宗主となるイングランa0212807_11184759.jpgド国教会を設立、イングランド領植民地アイルランドのカトリック教徒を抑圧し弾圧したことに遡ります。
宗教(信仰)の多様性を認める日本(風土的特性)では、歴史の中で天下人織田信長による比叡山延暦寺弾圧(一向一揆衆僧兵虐殺)や豊臣秀吉と徳川幕府によるキリシタン弾圧(処刑)追放が、一部にあったもののキリスト教やイスラム教のように千数百年におよぶ宗教戦争は、私たち日本人には、理解不能な宗教観といえるでしょう。
a0212807_11201074.jpg閑話休題、映画「ブラディ・サンデー」の話に戻してグリーングラス監督は、全シーンを手持ちカメラで撮影、トラッキング・ショット(&フォロー・ショット)ときにはオーヴァー・ザ・ショルダー・ショットなどを用い、正にその事件現場にカメラを持ち込んだようなドキュメンタリータッチの映像が、リアリティを持ち、グリーングラス監督a0212807_11222715.jpg特有のカット割りの多い構成と編集もリアルな緊迫感を醸し出しています。
「ブラディ・サンデー」は、ベルリン国際映画祭で最高賞(金熊賞)を受賞しています。
映画のラスト、エンド・クレジットが、終わってもなお暗闇で続くアイルランドのロックバンド U2の歌う、そして「ノー・モア!」と叫ぶライブ・ヴァージョンa0212807_11253714.jpg「Bloody Sunday」(オリジナル曲は、1983年リリースのアルバム「War」に収録)は、感動します。
この曲は、1972年にジョン・レノンが、アイルランド内戦を告発し全世界に北アイルランド紛争の惨事をアピールするために書いた作品「血まみれの日曜日(Sunday Bloody Sunday)」に触発されて U2が、1983年に発表し、U2の代表曲の一つになっています。
by blues_rock | 2016-11-21 00:01 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_17441285.jpgデンマークの映画監督ラース・フォン・トリアー(1956~)は、天才の資質の一つである奇人変人ぶりを遺憾なく発揮、次々に映画史に間違いなく残る傑作(または秀作)を発表しています。
私は、1996年作品「奇跡の海」(カンヌ国際映画祭グランプリ受賞)以来ほとんどのトリアー監督作品は、見ていますが、どの映画もグサリと胸に刺さる(心に残る)作品ばかりです。
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「奇跡の海」は、何と云っても主演女優エミリー・ワトソン(1967~)の憑かれたような演技が、じつに素晴らしく、2000年作品「ダンサー・イン・ザ・ダーク」(カンヌ国際映画祭パルムドール受賞)の主演女優ビョーク(1965~、アイルラa0212807_17463733.jpgンドのミュージシャン、カンヌ国際映画祭主演女優賞受賞)の怪演(傑出した演技)と併せ強く印象に残っています。
「映画は、靴の中の小石でなければならない」を信条とする預言者ラース・フォン・トリアー監督の哲学は、神経症(強迫観念症的な各種の恐怖症、重度の鬱病)や無宗教に由来する特異な精神を孕んでいますので、トリアー監督作品を見る者の立ち位置が、重要になります。
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そんなシンドイ思いまでしてトリアー監督の映画は、見なくていいと感じられるかもしれませんが、トリアー監督作品を見たくない方は、きっと人間の本性も分からないだろう(たぶん永遠に)と思います。
a0212807_1749384.jpg「ダンサー・イン・ザ・ダーク」の後に撮った2003年作品「ドッグヴィル」(‘犬の村’という15家族が住む村が舞台)でトリアー監督は、マグダナのマリア然とした不可解な謎の女グレース(慈悲・寛容・神の愛を意味する女性の名)をニコール・キッドマン(1967~ 1999年スタンリー・キューブリック監督の遺作「アイズ ワイド シャット」で偉大な女優ニコール・キッドマンになる)に演じさせ「非寛容(邪悪・偽善・強欲)」をプロットに ‘人間の醜さ’ をうんざりするくらい曝け出しています。
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何せニコール・キッドマン演じる謎の女にして聖女グレースは、村中の男たちからレイプされ村の女たちが、それを黙認しさらにグレースに鎖を着け奴隷女として扱い淫売女と蔑むさまは、胸くそ悪くなりますが、トリアー監
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督は、私に「お前もその一人だ、しっかり見ておけ」と云っているようでした。
ドッグヴィル(犬の村)で飼われている犬(声しか登場しない)の名前が、モーゼス(モーゼ)と云うのもブラック・a0212807_17581152.jpgジョークです。
トリアー監督の舞台劇のような演出も斬新で、大きな建物の床(平面)に白い線と文字でドッグヴィル村の構図を示し俳優たちは、ドアの開閉をする仕草をパントマイムで行ないドアの軋む音などは、効果音を挿入し撮影しています。
a0212807_17585338.jpg映画の構成もプロローグ(誰かに追われた不可解な謎の女グレースの登場)に始まり第1章から9章と本のページをめくるように エピローグ(ハルマゲドンのような終章)へと展開していきます。
第5章までは、ドッグヴィル村の弱く貧しい人びとが、必死で努力しながら助け合いながら暮らしている光景を描いています。
a0212807_17592029.jpg第6章から村住民たちの本性(身勝手なエゴ)が、露わになり、村から逃げようとするグレースは、首輪を付けられ鎖に繋がれて虐待されるようになりエピローグに至ります。
トリアー監督は、「ドッグヴィル」の続編として2005年に「マンダレイ」を撮り、ドッグヴィルを出た後のグレース(ブライス・ダラス・ハワード 1981~ ロナルド・ハワード監督の長女、ブライス・ダラス・ハワード演じるグレースも秀逸)と彼女が辿り着いた奴隷農園マンダレイでのグレースの様子を描いていますが、これa0212807_180068.jpgもまた強烈かつ辛辣なストーリーです。
トリアー監督は、「マンダレイ」も「ドッグヴィル」と同じ舞台劇のような演出により映画に登場する人びとの傲慢・偽善・無知・無責任を痛烈なブラック・ユーモアとアイロニーで批判、2016年の今年、図らずもアメリカの次期大統領選挙であぶり出されたアメリカ社会に潜在していた現況(傲慢・偽善・妄想・偏見・差別・非寛容など)を11年前にトリアー監督が、すでに予見し「マンダレイ」でアメリカの混乱(カオス)を
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シニカル(冷笑的)に描いた作品としてもう一度見たら大変おもしろい映画と思います。
‘人間の本性’を無視した観念的な道徳の無力や無意味さを描かせたら天下一品の、この意地の悪こそさが、a0212807_1842261.jpg天才トリアー監督最大の魅力です
アメリカ三部作としてトリアー監督は、「ドッグヴィル」、「マンダレイ」を撮り三部作完結編の「ワシントン」を現在企画(無期延期ながら)しているそうです。
さて、どんな預言者 ラース・フォン・トリアー監督の文明批判になるのかと今からワクワクしながら、その公開を待っています。
by blues_rock | 2016-11-19 00:09 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
スワンプ・ロックのカリスマ、レオン・ラッセル(1942~2016.享年74歳)が、亡くなりました。
レナード・コーエンに続きレオン・ラッセルと私の愛する偉大なミュージシャンが、また一人、音楽に魂を遺し宇宙
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(そら)に旅立ちました。
こちらのRolling stoneサイトで、いまやスタンダード曲となったレオン・ラッセルの代表曲「A Song for You」と
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「This Masquerade」のオリジナル・ヴァージョンを聴くことが、できますので、レオン・ラッセルを聴いたことのない方は、ぜひ聴いてみてください。
a0212807_1736372.jpgレナードとレオン、お二人のご冥福を心中より祈りたいと思います。

(左写真 : 左から、ジョージ・ハリスン、ボブ・ディラン、レオン・ラッセル)
by blues_rock | 2016-11-17 00:07 | 音楽(Blues/Rock) | Comments(0)
深田晃司監督(1980~)の2016年最新作(監督・脚本・編集)「淵に立つ」は、作家性の強いヒンヤリとした空気感が、すばらしい映画でした。
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これは、深田監督の演出を最大限に引き出した撮影監督根岸謙一(1957~)のカメラ・ワークも大いに貢献していると思います。
a0212807_11284269.jpg若手映画監督の登竜門であるカンヌ映画祭‘ある視点審査員賞’を受賞しています。
深田監督作品は、2014年映画「ほとりの朔子」とこの「淵に立つ」の2作しか見ていませんが、「ほとりの朔子」(撮影監督根岸謙一、朔子役の二階堂ふみが秀逸でした)のホンノリ感とは、真逆にある映画でした。
a0212807_11335195.jpg深田晃司監督は、日本映画の新時代を担う逸材であるがゆえに些細なことにケチをつけるようで憚(はばか)られますが、深田監督ファンとして2、3のシーンに画竜点睛を欠く演出、たとえば、金属加工工場主(古舘寛治 1968~)が、食事しながら新聞を読むシーンのリアリティ、工場主の旧い友人(浅野忠信 1973~)が、白いツナギ作業服の下に着た赤いTシャツでの欲情表現a0212807_1135295.jpg(どうやら浅野忠信の提案らしい)は、安易、公園で乱暴され血を流して倒れている娘(少女)についての説明不足など、ほんの少し気になりました。
映画のストーリーを簡単に述べると、小さな金属加工工場を営む夫婦(古舘寛治、筒井真理子 1962~)家族のところに突然、夫の旧い友人で前科持ちの男(浅野忠信)が、現れました。
a0212807_11353362.jpg男は、礼儀正しく丁寧で夫婦の一人娘が、ピアノの発表会で演奏する曲の練習も手伝ってくれました。
男と夫は、昔何かあったらしく妻が、訝(いぶか)るのも構わず、夫婦家族との奇妙な共同生活を始めました。
男は、やさしい笑顔を見せるかと思えば、突然凄みのある凶暴な顔を見せ、少しずつ不穏な雰囲気を醸し出していきます。
a0212807_11361682.jpgやがて、夫婦と男の深層心理や感情、さらに潜在していた本能(欲望)が、剥き出しになり顕在化していきます。
そして、男は、夫婦と少女の家族に残酷な試練を残して忽然と消えました。
名優 浅野忠信が、静かに露出させていく徒(ただ)ならない狂気は、リアリティがあり、不穏な精神を内在しているワケあり男を演じさせたら上手いなあと感心する俳優です。
a0212807_1140220.jpg工場主の妻を演じた筒井真理子が、クリスチャンにして良妻賢母ながら同居する男に女の色気(淫靡さ)を漂わせる雰囲気は、艶めかしく秀逸です。
男が、失踪して8年経ったころ若い青年(太賀 1993~)が、工員として雇われました。
青年は、男が、工場で働いていたころに家族と一緒に撮った写真を持っていました。 (下写真 : 深田晃司監督と主演の浅野忠信)
a0212807_1155588.jpg深田監督作品の常連で若手俳優の有望株 太賀は、存在感のある演技と個性で将来が、楽しみな俳優の一人です。
深田晃司監督は、「人間を描くということは、崖の淵に立ち、暗闇を覗き込むような行為である」と述べています。
若手監督ながら次回作が、今から待たれる日本映画の逸材です。
by blues_rock | 2016-11-15 00:05 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
                               ロンドンの友人ナヴィン・ラムナラインと愛娘ミズキちゃん
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刹那(せつな)とは、仏教用語で、時間の最小単位を表わす言葉です。
                                古唐津茶碗 本金直し 手に持つと心が、鎮静いたします
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指を1回パチンと弾(はじ)く間に65の刹那が、あるそうです。
                            友泉亭公園 福岡市城南区にある池泉回遊式純日本庭園です
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その‘刹那’の集大成が、万人異なる万(よろず、数限りないの意)の人生です。
                       叶館の夕食、これに山女魚の焼魚と山菜の天麩羅が、付いていました
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現在(いま)生きて、ここにある人生を‘奇跡’と呼ばずして、他にどんな奇跡が、現世(このよ)にあると云うのでしょう。                              玄洋窯、福岡市西区徳永にある陶匠冨永氏の窯元
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袖すり合うも多生の縁 ‥ 大切にしたい縁を見失わないようにしたいと思います。
by blues_rock | 2016-11-13 00:03 | 時空序章(Preface) | Comments(2)
2015年に日本で公開されたポルトガル映画「アンジェリカの微笑み」は、世界最高齢の映画監督として知られたポルトガルの名匠マノエル・ド・オリヴェイラ監督(1908~2015没、享年106歳)が、101歳の時に撮った作品(ちな
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みにこの後さらに3作を監督)です。
映画のストーリーは、あって無きようなもの‥アマチュア写真家のユダヤ人青年イザク(リカルド・トレパ 1972a0212807_10484841.png~、オリヴェイラ監督作品の常連俳優、実孫)は、ある雨の夜、町の写真館主が、不在なため、若くして亡くなった美しい女性アンジェリカ(ピラール・ロペス・デ・アジャラ 1978~)の死装束写真を撮って欲しいと要請されました。
死者の写真を撮ることに気乗りしなかったイザクでしたが、眠るように横たわる死者のアンジェリカをカメラのファa0212807_10491749.jpgインダー越しに見たとき、アンジェリカは、瞼を開きイザクにやさしく微笑みかけました。
驚いたイザクは、あわてて目の前に横たわるアンジェリカを見つめましたが、美しい眠るような死に顔でした。
一瞬の出来事でしたが、それ以来イザクは、アンジェリカと自分との不思議な出来事に心が、乱されるようになりました。
a0212807_10545452.pngある朝、下宿の食堂でイザクは、同じ下宿の人たちの会話を何気なく聞いていたら「エネルギー」とか「魂」という言葉にイザクは、夜ごと心奪われるものが、何であるか気づき「アンジェリカ!」と呟きました。
映画は、死者を愛し、狂気に陥った青年の生死を超越したロマンス(愛の物語)なのか、または、死者が、生者を迎えに来るファンa0212807_10554788.jpgタジー・ホラーか、あるいは、魂を語る哲学のようでもありました。
オリヴェイラ監督は、カメラを据え、長回しで淡いセピアトーンの美しい映像で撮り、死者アンジェリカが、生者イザクに会いに来て空を浮遊する(シャガールの‘恋人たち’を連想する)幻想的なシーンは、モノクロトーンで撮っています。
a0212807_110198.jpg「アンジェリカの微笑み」には、ほんのりしたユーモア感覚もありますので映像散文詩として見ると面白いと思います。
私は、アンジェリカ役の女優ピラール・ロペス・デ・アジャラを2007年フランス映画「シルビアのいる街で」で初めて見て、古都ストラスブールの佇まいとシルビアを演じたピラール・ロペス・デ・アジャラの美しさに見惚れてしまいました。 (上写真 : 2007年映画「シルビアのいる街で」のワン・シーン)
by blues_rock | 2016-11-11 11:11 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)