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心の時空

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a day in my life

<   2016年 06月 ( 17 )   > この月の画像一覧

エジプト出身の映画監督アトム・エゴヤン(1960~)が、2011年に撮った映画「クロエ」は、ルクセンブルグ出身の映画監督アンヌ・フォンテーヌの2003年作品「恍惚」をリメイクしたものです。
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映画の主な登場人物は、4人といたってシンプル、大学教授の夫と夫の浮気を疑う女医の妻、音楽を専攻する大学生の一人息子、この3人家族に絡むのが、若く美しい娼婦のクロエです。
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映画は、この美しい娼婦クロエと家族3人が、織りなす妖しくメロウな恋愛ドラマです。
この映画のシェフであるエゴヤン監督は、メロウな恋愛ドラマという在り来たりな素材をエロティックなソースで煮a0212807_18102194.jpg込み官能的な風味のあるサスペンス料理にしました。
講演のため出張している大学教授の夫デヴィット(リーアム・ニーソン 1952~)は、妻のキャサリン(ジュリアン・ムーア 1960~)が、彼の誕生日に友人知人を招きサプライズ・パーティを企画していることを知ってか知らずかパーティに間に会う予定の飛行機に乗らず、あえて便を遅らせ(乗り遅れたと嘘の電話を入れ)a0212807_18131529.jpg深夜に帰宅しました。
翌朝、夫の携帯をふと見ると女子学生と思しき若い女性からのツーショット写真付きのメールが、あり「昨夜は、ありがとう」との送信メッセージを見てしまい、その時から妻のキャサリンは、夫デヴィットの言動すべてを疑うようになりました。
二人一緒に出かけても夫の若い女性への視線、仕草、話しぶりまで夫が、どの若い女性にも性的関心を持ってa0212807_18165790.jpgいると思え、自分へのどんな言葉も嘘に聞こえ、キャサリンの夫デヴィットへの浮気疑惑妄想は、広がるばかりでした。
キャサリンは、家にガールフレンドを連れて来て自室にこもる息子にも当たり散らし、次第に自らの体調(心身のバランス)を壊し<精神的にも極限状態に追い込まれていきました。
a0212807_18181542.jpgそんな不穏な日が続くある夜、夫と食事に行ったホテルのトイレで偶然、若く美しい娼婦のクロエ(アマンダ・セイフライド 1985~ 「親愛なる君へ」の主演主演、2015年コメディ映画「テッド 2」ではコメディエンヌキャラも披露)に出遭いました。
娼婦のクロエは、キャサリンに一目惚れ(クロエにとって男は売春しお金を稼ぐ相手の存在)、何かにつけ親しく振る舞うようにa0212807_1825078.jpgなりました。
クロエの性癖(ゲイ=レスビアン)を知らないキャサリンは、娼婦であるクロエにお金を渡し夫デヴィットを誘惑し、夫との性行為をすべて報告するよう依頼しました。
クロエは、キャサリンから依頼されるたびにデヴィットとの生々しいセックスの一部始終を報告しました。
そして動揺するキャサリンをクロエは、やさしく抱擁、愛撫しキャサリンもまたいつしかクロエの性愛に応えるようa0212807_18261039.jpgになりました。
キャサリンをファムファタル(運命の女性)として熱愛するクロエ‥混乱して行くキャサリン、この映画の見どころは、何と云ってもキャサリンを演じるジュリアン・ムーアの成熟した姿(女体)とクロエを演じたアマンダ・セイフライドの美しく瑞々しい肢体(と吸い込まれるような大きな目)です。
a0212807_18274345.jpgエゴヤン監督は、名女優ジュリアン・ムーアと若手女優アマンダ・セイフライドの動きを鏡やガラスに映る妖艶なショットで撮り、そして二人の間が、次第にすれ違い、壊れゆく様をサスペンスタッチで描いています。
娼婦クロエをニンフ(妖精)のように演じたアマンダ・セイフライが、何とも魅力的で女優としての新たな才能を発見しました。
by blues_rock | 2016-06-30 00:03 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
オーストラリアの監督ジョン・ヒルコート(1961~ 秀作「欲望のバージニア」監督)が、撮った最新作「トリプル9 裏切りのコード」(監督・製作)もアメリカの恐怖‘銃社会’をまざまざと見せつけるクライム・サスペンス映画です。
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「999(トリプルナイン)」とは、職務中の警官が、何者かに銃で撃たれたり襲撃され殺されたりした場合、非常事態発生の緊急コード「999」が、発動されすべての警察官(警官・刑事・捜査官)は、自分の担当している職務をa0212807_1013992.jpg10分間停止し、この事件の犯人逮捕を最優先しなければならないという規則のことです。
映画は、アメリカ最大の凶悪犯罪都市アトランタで元特殊部隊軍人・悪徳刑事・汚職警官からなる武装5人組の強盗団が、白昼堂々銀行を襲撃するところから始まります。
この武装5人組強盗団の暗躍には、背後にロシア系イスラエル人の犯罪組織が、ありました。
a0212807_10135537.jpgアトランタ市警の中に強盗団に関わる腐敗刑事(と元警官)いて、裏切りと仲間意識の交錯する刑事たちお互いの疑心暗鬼を伏線(警察ものの定番)にして映画を見る者の目の前で起きるアトランタ市街地での強盗団と警察との激しい銃撃戦とその緊張感は、アメリカ銃社会の今日的なリアリズムがあり、その迫力は、並大抵ではありません。
武装5人組の強盗事件を捜査するアトランタ市警の若手刑事クリス(ケイシー・アフレック 1975~)は、同年代のa0212807_10162421.jpg刑事マーカス(アンソニー・マッキー 1979~ 「ハート・ロッカー」に出演)とコンビを組みましたが、マーカス刑事は、武装5人組強盗団メンバーの悪徳刑事でした。
リーダーは、元特殊部隊の軍人で、爆薬の専門家マイケル(キウェテル・イジョフォー 1974~ 「それでも夜は明ける」主演)でロシア系イスラエル人の犯罪組織を率いる冷酷非道な女ボス、イリーナ(ケイト・ウィンスレット 1975~ 1997年映画「タイタニック」主演、2008年「愛を読むひと」でアカデミー賞主演女優賞受賞)a0212807_10194175.jpgの手下でした。
イギリスの演劇学校出身だけあってケイト・ウィンスレットの冷血なロシアンマフィアの女ボスぶりは、存在感があり社会の裏にうごめく極悪人(ワル)を見事に演じています。
イリーナから一人息子を人質に取られたマイケルは、彼女の命令を受け政府施設に厳重に保管されているロシア系イスラエル人犯罪組織の証拠書類を武装5人組で強奪するため実直なa0212807_1021493.jpg担当刑事クリスを殺して「999(トリプルナイン)」を発動させ、その間10分の警察機能停止を利用し警備が、手薄になった政府施設を襲撃する犯罪計画を企てました。
一方、アトランタ市警の重大犯罪課のベテラン刑事アレン(ウディ・ハレルソン 1961~ )は、そのころ武装5人組による犯罪と推測される過去の類似事件から強盗団の中に警察内部の人間が、いることを割り出a0212807_10215331.jpgしていました。
武装5人組の中もリーダーのマイケルに対する反発さらに裏切りが出て事態は、思わぬ方向に展開していきます。
ヒルコート監督の最新作「トリプル9 裏切りのコード」は、キャスト(配役)もよく、大都市を背景にリアリティのある強烈なバイオレンスと迫力ある映像で見応えのあるポリス・ノワールの一級クライム・サスペンス映画でした。
a0212807_10222622.jpg練り込まれた脚本を書いたマット・クック(1978~)、スピーディな真迫の映像を撮った撮影監督ニコラス・カラカトサニス (1977~)、キレのある編集をしたディラン・ティチェナー(1968~)、市街地での激しい銃撃戦を設えたプロダンション・デザインのティム・グライムスなど製作スタッフ陣もなかなかの才能揃いと思いました。
by blues_rock | 2016-06-28 00:08 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_13305555.jpg今年2016年は、江戸中期に京都で活躍した稀代の天才絵師 伊藤若冲(1716~1800没、享年84歳)の生誕300年を記念して特別展が、東京と京都で開催されています。
こんなとき東京で暮らしていたころの利便性を懐い出し普段感じない東京暮らしをうらやましく思うこともあります。
さりとて会場(美術館)に入るには、5~6時間の行列待ちとか‥東京に住んでいるとしてもいくらなんでも行く気になれません。
そこで大判の伊藤若冲画集(A3版 カタログ・レゾネ 紫紅社)を眺めて自己満足しています。
伊藤若冲の絵は、俵屋宗達・尾形光琳・鈴木其一の琳派や狩野派、葛飾北斎・喜多川歌麿・安藤広重など浮世絵師の肉筆画とも異なる独自の感性で‘写実と想像(イマジネイション)’を融合させて表現した絵画です。
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若冲を奇想の絵師と称する美術評論家方もいますが、私は、敢えて言うなら‘幻想(イメージ)の絵師’のほうが、似合うのではないかと思います。
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若冲は、京都錦小路の青物問屋の長男(跡取り)として生まれるも絵を描くこと以外に関心がなく、商売気もなく遊興・娯楽などの享楽にも興味なし、妻帯もしないという徹底ぶりでした。
a0212807_13334163.jpg40歳で家督を弟に譲り晴れて念願の絵師になりました。
42歳の時から10年かけて描いたのが、色鮮やかな濃彩の花鳥画(とくに鶏)全30幅に及ぶ「動植綵絵」(どうしょくさいえ)で、綿密な描写ながら写生ではない創造性に溢れる傑作です。
若冲の絵が、250年経つ今も丹精で色鮮やかなのは、当時の最高品質の画布(絹)や画材(絵筆・顔料・膠)を使用しているからです。
若冲は、得意の鶏を描くときもすぐに写生せず庭で数十羽の鶏を自ら飼い一年の間、朝から晩まで鶏を眺め動き(ムーブマン)を観察、一年くらい経つと鶏の写生を2年あまり熱心に続けました。
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鶏が、納得いくよう描けるようになった若冲は、鶏のまわりにある草花や木さらに岩に至るまであらゆるものが、自由自在に描けるようになっていました。
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‘物を見る’とは、そういうことだろうと思います。
by blues_rock | 2016-06-26 00:06 | 美術/絵画/彫刻 | Comments(0)
映画のプロットは、本物の独裁者ヒトラーが、1945年のベルリン総統地下壕からタイムスリップし2014年に突如現われ、テレビ・新聞のメデイアやインターネットなどいろいろなスキルを駆使し「ドイツは、何も変わっていない!」とa0212807_22444081.jpg烈しく攻撃、国家改造が必要」と演説し大衆は、彼を求め始めるというストーリーです。
ヒトラーは、これをドイツ国民が、国家指導者として自分を求める国民耐多数の声と勘違いし再びドイツ政界に復帰して国家改造(一党独裁政権)することを‘神の意思’と考えました。
a0212807_22452327.jpgシリアスなSFコメディ映画「帰ってきたヒトラー」は、実在のドイツ既存政党を皮肉り、ヒトラーに熱狂する大衆を嘲笑い、ドイツ人として触れてはならないユダヤ民族のタブー(禁忌)も笑い飛ばすブラックジョークを連発、同時に痛烈な社会風刺を随所で見せるポテンシャルの高いシュールな映画でもあります。
a0212807_2246385.jpg映画の中でヒトラーが、ベルリンの街に現われ大衆と対話するシーンは、実際ベルリン市内でゲリラ撮影されヒトラーを崇めるネオナチ集団との間にトラブル(ヒトラー総統を冒涜したと激怒)が、発生するという騒ぎも起きています。
劇中でもヒトラーが、極右政党(ネオナチ)をくだらないと愚弄しそのダラシナサを批判、そのことでネオナチ党員らに襲撃され重傷を負い、そのことでヒトラーが、極右政党(ネオナチ)の暴力に立ち向かう社会正義のヒーローとして描かれ、このヒトラー人気にあやかって低支持率にa0212807_22463614.jpg悩む各政党は、彼に入党の誘いをかけるなどブラックユーモアのセンスも抜群です。
映画のラストに現在ドイツ国内はもとより、ヨーロッパ全域、世界中の至るところで起きている争い・対立・紛争の報道ニュースを見たヒトラーが、「好機到来」と喜ぶシーンは、背筋が凍るようなリアリティが、ありました。
ヴェント監督が、「ヒトラー復活の危険性が、常に存在していることを強調した」というように、この映画を当事国a0212807_22473893.jpgのドイツ人は、もとより、次期大統領選挙を控えるアメリカ合衆国の有権者、プーチン政権下のロシア市民、中国人民(中国はムリかな?北朝鮮は絶対ムリ)ほか、世界各国の人たち、もちろん未来に閉塞感の漂う私たち日本国民もぜひ見て欲しい映画です。
映画では、バラエティ番組の低視聴率を理由にリストラ宣告されたフリー社員が、ドキュメンタリーの取材中、a0212807_22523232.jpgベルリン陥落直前の1945年から現代にワープし突如現われたヒトラーを最初に発見し(第一発見者のフリー社員はヒトラーのそっくり芸人と思い込んでいた)彼を自分のクビ繋ぎにスカウトするも、やがてタイムスリップした本物の独裁者ヒトラーと気付き、さらにもう一人、ヒトラーに遭った認知症のユダヤ人老女も暗黒のヒトラー時代の悪夢を憶い出し本物のヒトラーと糾弾します。
a0212807_23105616.jpgフリー社員は、テレビ局の上司や同僚スタッフに‘彼は危険人物だ’と訴えるも視聴率至上主義のテレビ局側から逆に彼が、‘精神異常者’として精神病院に収容されるというオチも現代人への痛烈なアイロニー(皮肉)です。
by blues_rock | 2016-06-25 00:05 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
いやー、すばらしい! 最高! 最近公開された新作映画の中で一番 “おもしろい” 映画です。
現在公開中の映画「帰ってきたヒトラー」(原題 Er ist wieder da 彼が帰ってきた)の監督・脚本は、ドイツの俊英
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映画監督デヴィット・ヴェント(1977~)、製作が、「ヒトラー最期の12日間」のプロダクション、コンスタンティン・フィルム、この映画の主人公で ‘2014年のベルリンにタイムスリップしたアドルフ・ヒトラー’ を演じるのは、舞台
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俳優オリヴァー・マスッチ(1968~)で回りから浮いたヒトラーぶりが、‘お見事!’です。
無名ながら名優の域にあるオリヴァー・マスッチは、ヒトラーより少し大柄ながら話し方を真似、演説を暗誦し
a0212807_22293086.jpg丹念に(名優ブルーノ・ガンツとは違った意味で)独裁者ヒトラー総統の役作りを行ない、この怪物(モンスター)を名演しています。
現代にタイムスリップしたヒトラーは、自分が、ナチス・ドイツのフュラー(国家社会主義労働者党の総統)アドルフ・ヒトラー本人であると主張すればするほど回りに受け、素っ頓狂なヒトラーそっくりのモノマネ芸人(ヒトラー・ネタが芸風のコメディアン)a0212807_22302215.jpgとしてテレビのショウに引っ張りだこ、さらにYouTube・Twitter・Facebookも競って彼を取りあげアクセス急増と‥そんな社会現象を痛烈に笑い(おちょくっていて) この映画のひとつの見どころでもあります。
撮影監督ハンノ・レンツ(1965~)は、実在人物(メルケル首相や極右・極左政党の党首や活動家たち)の登場するドキュメンタリー映像とヴェント監督a0212807_2237235.jpg演出によるフィクションを交差させながら、さらに演出か実写か分からないよう‥顔にAV風なモザイクをかけたり、映っている人物の目に■を入れたり、映画を見ている者には判別できない虚実入り乱れたカメラワークが秀逸で、とくに突撃取材のようなハンデイカメラの迅速な動きや映像のブレは、映画にリアリティを与えていました。
a0212807_22382688.jpgヒトラーが、テレビのバラエティ番組やYouTubeでドイツの堕落は、無責任民主主義の悪弊とマスコミ報道の愚劣さによるものだと例のごとく大袈裟な身振り手振りで過激なプロパガンダ演説を行ないドイツの現状を罵倒すると「ヒトラーになり切っているモノマネ芸人」としてテレビを見ている大衆やサイトマニヤの若者たちに熱狂的に支持され、瞬く間にドイツで最も有名なコメディアンになりました。(後編に続く)
by blues_rock | 2016-06-24 00:04 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_13263689.jpgデンマークは、なかなか個性ある優秀な映画監督や名優を輩出する国だと感心します。
このデンマーク製西部劇(正確にはデンマークを中心にイギリス・南アフリカとの合作ウェスタン)のひと味違う’ところは、イタリア版西部劇(俗に言うマカロニ・ウェスタン)の徹底したエンタメ西部劇と違い、脚本・演出ならびに映像にデンマーク映画らしい美学を取り入れていることです。
監督と脚本(アナス・トーマス・イェンセンと共同脚本)は、デンマークのベテラン映画監督クリスチャン・レヴリング(1957~)でデンマークのヌーベルヴァーグ‘ドグマ95’(こちら参照)のメンバーでした。
レヴリング監督と撮影スタッフは、映画の撮影地を南アフリカにロケハンし、アフリカの荒涼とした大地をアメリカa0212807_17544497.jpgの西部に見立て砂塵の舞う伝統的な西部劇にしました。
レヴリング監督は、脚本執筆のときから主人公の元デンマーク軍兵士をマッツ・ミケルセン(1965~)に決めており、敗軍の元兵士のジョンが、アメリカに新天地を求めた移民のイメージ作りをしています。
西部劇に付きもののガンファィトもガンマンの拳銃早撃ちではなく、19世紀のヨーロッパ戦線の戦争で銃撃戦をa0212807_1283198.jpgしたらこのように戦うだろうなと想像できるリアリティのあるガンファィトでした。
レヴリング監督は、古典的なアメリカ映画の西部劇ならびにセルジオ・レオーネ監督とクリント・イーストウッド主演によるイタリア版ウェスタン映画へのオマージュ(名シーンをアレンジし挿入)と黒澤明監督作品からのインスパイアと想われる月光(つきあかり)による陰影のショットなど羅生門の木洩れ陽a0212807_1292829.jpgのシーンをふと憶い出しました。
日本公開タイトルの「悪党に粛清を」(原題「The Salvation 救済」)は、映画を見る者に残忍な殺戮シーンの多い映画を創造させますが、レヴリング監督は、これ見よがしの過剰な暴力シーンを多用しないシンプルなカットの連続で、デンマークからやっと呼び寄せた家族(7年ぶりに会う妻と10歳の息子)を虐殺され、さらにアメリカ西部a0212807_1361067.jpgに入植し苦労を共にした兄までも惨殺した悪党(ならず者)たちに復讐していく主人公ジョンの怒りをストレートに表現しています。
主人公ジョンを演じるマッツ・ミケルセンと共演するキャストが、また適任で個性派ぞろいです。
ジョンの兄ピーターをスウェーデンの名優ミカエル・パーシュブラント(1963~ 「未来を生きる君たちへ」、「エーa0212807_137245.jpgジェント・ハミルトン 祖国を愛した男」)、残忍非道の悪党のボス、デラルー大佐をアメリカの俳優ジェフリー・ディーン・モーガン(1966~ 「クーリエ 過去を運ぶ男」、「キリング・フィールズ 失踪地帯」)、デラルー大佐が、姫(プリンセス)と呼ぶ舌のない弟の情婦マデリンをフランスの美人女優エバ・グリーン(1980~)、他にもデラルー大佐の手下で悪徳町長にイギリスの名優ジョナサン・プライス(1947~ 「未来世紀ブラジル」)、ジョンの妻にデンマークの女優ナナ・オーa0212807_1375039.jpgランド・ファブリシャス(1985~)と名優・名女優ぞろいです。
原野の月明かり、疾走する馬車の砂ぼこり、吹きわたる風、闇夜の雷鳴などアメリカ西部の自然を丁寧に撮り、巨悪に支配され寂れていく町の雰囲気を醸し出すプロダクションデザイン(美術)のリアル、ずしりとした重みとざらついた質感をもつ衣装類や小道具のディテールのリアリティ
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などなかなか見応えのあるニュータイプのデンマーク製西部劇でした。
by blues_rock | 2016-06-22 00:22 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
「いや~、まいった! お見事!」 と、このYou-Tube「ニュー・ヴァージョン Hotel California」を見て、そう思いました。
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アメリカとオランダ、7,800㌔の距離を隔て、お互い直接会ったことのない二人の青年が、インターネットを通じてa0212807_9232162.jpgコミュニケーションし、Eaglesの名曲「Hotel California」をカヴァー(演奏と歌のコラボレーション)しています。
二人の卓越した演奏技術といい、歌の巧さといいプロのミュージシャン顔負けです。
同時に二人が、すばらしい! のは、世界中a0212807_939726.jpgの音楽好きの人たちに‘自由にシェアして気に入ってくれたらいいな’というオープンな心をもっていることです。
せこい金勘定しか関心のない議員たち、しみったれた民族主義やエセ宗教のウザイ原理主義、国境に万里の長城を築くなどタワゴトをわめく愚か者らに、平和を愛する自由な若者たちの心など分かろうはずもありません。 (掲載写真:九州ロマンチック街道から)
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この「ニュー・ヴァージョン Hotel California」を聴いていただき、せめて今夜だけでも平和な気持ちでお寛ぎください。
by blues_rock | 2016-06-20 00:02 | 音楽(Blues/Rock) | Comments(7)
2015年の日本映画「先生と迷い猫」は、希代の演技者 イッセー尾形(1952~)が、昭和天皇を演じたロシア映画「太陽」以来9年ぶりに主演したほのぼのとした佳作映画でした。
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イッセー尾形のカタブツでヘンクツな元校長先生役も堂に入ったもの‥いる、いる、どこの地域にもいるよねえ、と想わせるキャラクターを見事に演じています。
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迷い猫を演じるのは、なんと三毛猫女優のドロップ(4歳、雌、映画初出演)で名優イッセー尾形を相手に堂々の名演技(カメラやスタッフ陣など意に介さず、上写真「ん!? 何かご用?」といった風)、映画全編を一人ならぬ一匹でa0212807_17344197.jpg演じ切っています。
監督は、深川栄洋(1976~)、撮影監督月永雄太(1976~)、主演のイッセー尾形相手にひょうひょうと地域住民を演じるのが、市役所職員役の染谷将太(1992~)、雑貨店主役のピエール瀧(1967~)、自動車修理工場主役の嶋田久作(1955~)、美容院経営者役の岸本加世子(1960~)、先生の亡き妻役をもたいまさこ(1952~)などです。
a0212807_17354072.jpg映画の中で重要な役割を果たすのが、佐々木動物プロダクションのタレント動物たち‥なかでも主演する‘ミイ・ソラ・タマコ・ちひろ’と勝手に名前を付けられ愛されている地域猫役の三毛猫ドロップほかドロップに絡む近所の飼い犬や野良猫たちを演じる動物たちです。
映画は、伊豆半島の下田を舞台に時代とともに希薄になっていく地域の人びとの人間関係にスポットを当て、彼a0212807_17362859.jpgらの生活に深く関わった一匹の猫の失踪事件をとおして地域住民が、交流していく様子を描いています。
疲れた一日、お茶でも飲みながら、ほっこりするのに最適の日本映画です。
by blues_rock | 2016-06-18 00:08 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
コット監督の静謐な演出を自家薬籠中の物とした撮影監督レバン・カパナーゼ(プロファィル不詳)の計算し尽くされた映像は、清冽でときにアンドリュー・ワイエスの絵を想わせ構図と色彩(とくに赤の配色がすばらしい)の美しさa0212807_14133341.jpgが、目を惹きます。
音楽を担当した作曲家アレクセイ・アイギ(1971~ ロシア映画祭で「最優秀音楽賞」を受賞)が、現代音楽と民族音楽(モンゴル声楽)をコラボレーションさせたサウンドトラックもまた心地よく、コット監督の静謐な演出とカパナーゼ撮影監督の清冽な映像を融合する役目を大いに果たしています。
a0212807_1416933.jpg1949年にカザフスタンの草原で実際にあった核実験をモチーフに製作された映画「草原の実験」は、核戦争の危機(リスク)を未だ回避できない人類に向けた鋭い(シリアスな)問題提起です。
映画の前半は、牧歌的なストーリーながら途中から突如生の営みから死の恐怖へ暗転、人類の消滅に向かうヨハネの黙示録(最終決戦地メギドの丘=ハルマゲドン=カザフスタンの草
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原)の暗喩(メタファ)が、不気味なリアリティをもってきます。
ヨハネの黙示録を想起させるメタファは、他にもありますが、省略します。
a0212807_14192971.jpg少女のベッドの上に貼られた古い世界地図、少女の大切にしているスケッチブック、草原を走る翼のないプロペラ機、少女が、三編みを解いて長い髪を切った翌朝、コーカサス少年の洗濯したシャツの腕が、風に吹かれ並んで干された少女の白いワンピースを抱くシーンなどメタファa0212807_1420980.jpgのメリハリも利いています。
映画は、最後の10分、1時間24分あたりから一転して地獄絵図に変わります。
遠くで鳴る地響きと閃光、一瞬にして青空の太陽が、消え水爆のキノコ雲と暗雲の出現、綾とりをしていた少女と少年、有刺鉄線の向こうの実験場で放射能を浴び亡くa0212807_14205568.jpgなった父親と少女の家は、瞬時に消滅しました。
天地鳴動したあと草原に埋葬されていた父親の遺体が、キリスト再臨のように出現しました。
世界の終わりの日の朝、昇りかけていた太陽は、昇るのを止めまたゆっくり沈み始めました。
a0212807_14212133.jpgこの核爆発10分のシークエンスは、アレクサンドル・コット監督が、広島と長崎への追記憶(メモリアル)として再現したものと推察、日本映画の名作「父と暮らせば」で8月6日の朝、主人公(宮沢りえ)は、父と暮らす広島の空を見上げたとたん頭上で原爆の閃光が、広がり広島を消滅させるシーンと私の中で重なりました
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「シネマの世界」は、今回で六百夜となりましたが、千一夜を自分の目標にもう少し続けたいと思います。
by blues_rock | 2016-06-17 00:07 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
久々に非の打ちどころのない総合芸術映画の傑作、2015年日本公開のロシア映画「草原の実験」(原題「ISPYTANIE(実験)」)を見ました。
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ロシアの新鋭映画監督アレクサンドル・コット(1973~)が、2014年に撮った作品「草原の実験」(監督・脚本)は、2回見ましたが、間違いなく最高傑作と云えるでしょう。
a0212807_1893189.jpgこの類稀な作品「草原の実験」には、映画でしか表現できない総合芸術的な要素が、冒頭から最後に至るまでシークエンスすべて(全編)に数多くあり、映画の重要なポイントになるので、ぜひ本編をご覧いただき‘映画は芸術’の証を体験して欲しいと思います。
a0212807_18102250.jpg私は、映画を見終わっても感動冷めやらず翌日再度、瞬(またた)きするのも惜しんで見ました。
コット監督はロシア映画を代度する異才タルコフスキー監督へのオマージュとして遺作「サクリファイス」に何度も出てくる‘一本の木’を自作「草原の実験」にも登場させました。タルコフスキー監督映画を象徴するものと云えば、「水」ですが、コット監督は、「風」を象徴にしています。
a0212807_18252936.png「草原の実験」は、リアリズム(現実)とファンタジー(寓話)が、融合した映像叙事詩です。
ワイドサイズのスクリーンに映るのは、広大なカザフスタンの草原と空、昇り沈む太陽、草原の夜を照らす月、草原に吹く風、光りの陰影、映画にセリフが、一切ありません。
a0212807_1831369.jpgそして、映画を見る者に聴こえてくるのは、風の音、鳥や馬、羊の鳴き声、呼吸する息や歩く音、野外のエンジン音などです。
主人公は、モンゴル系の父親と子供(娘)‥14歳の少女をエレーナ・アン(1998~)が、思春期の儚(はかな)げな少女を表情と所作だけのセリフのない難役を名演、少女から娘に変化していく瞬間の清楚a0212807_192324.jpgな美しさに見惚れてしまいます。
大草原に一軒、ぽつんとある質素な家での父親と少女の日常生活は、電気・水道・ガスもなく清貧そのもの、父娘お互いの眼差しだけで終始無言、まるで「ニーチェの馬」の家族のような暮らしです。
a0212807_20102029.jpg少女に恋をする二人の少年、彼らもまた思春期にあり一人は、幼なじみの乗馬が、上手い実直なモンゴル系の青年、もう一人は、草原で車の水冷エンジンが、故障し水をもらいに来たコーカサス系のひょうきんな青年、少女をめぐるこの4人が、主な登場人物です。
映画に余計なものはなく、どのシーンも象徴的であり、ときにシュールな映像が、寓話的で、それを固定カメラの
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長回しでゆっくり撮影したシークエンスは、うっとりするほど美しい映像です。(後編に続く)
by blues_rock | 2016-06-16 00:06 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)