ブログトップ | ログイン

心の時空

yansue.exblog.jp

a day in my life

<   2016年 01月 ( 18 )   > この月の画像一覧

今から遡ること220年前の寛政年間(1789~1801)、幕府は、赤字財政を立て直そうと田沼ノミックスにより景気拡大政策‥金融緩和・経済活性化~新田開拓などの公共事業や株制度など規制緩和による商業促進つまりバブル経済政策を計りましたが、天明の飢饉、浅間山の大噴火など相次ぐ自然災害や棄農による農民の江戸流入などで世情不安となり失敗、田沼意次嫌いの老中松平定信は、田沼ノミックスを全否定し‘寛政の改革’を断行しました。
a0212807_254996.jpg寛政の改革による極度の緊縮財政(倹約令・思想統制など)は、武士階級・商人庶民階級の消費経済力を次第に低下(デフレ経済)させて行きました。
そんな幕府の社会統制や緊縮経済政策が、困窮した下級武士(浪人)・町人(庶民)たちによる江戸時代のリサイクル生活様式を発展させ‥傘張り(下級武士の傘の張替え内職)、樽や桶の箍(たが)屋、下駄の歯入れ屋、端切れ屋などデフレ経済下の修理ビジネスを起業させ、何といってもその後、わが国の‘もったいない精神’を消費生活の文化として定着させたことを考えると皮肉なものです。
‘茶の湯文化’が、生み出した室町~安土・桃山時代の漆による陶器の「金継ぎ」に加え江戸時代の‘もったいない文化’は、伊万里磁器の「焼き継ぎ(やきつぎ)」を誕生させました。
a0212807_265141.jpg江戸時代、伊万里染付磁器は、高価で貴重な食器で、富裕層の生活必需品でした。
江戸や京都では、その高価で貴重な伊万里染付磁器のワレたりカケたりしたものを修理する「焼き継ぎ師(焼継屋)」と呼ばれる職人がいました。
焼き継ぎ師は、天秤棒の片方に火を熾した火鉢(小さな炉)を、もう片方には、道具や材料の白玉‥鉛ガラス粉末(フリットつまり釉薬)・石灰・布海苔(布糊)などを入れた箱を下げ「焼き継ぎ~ぃ、焼き継ぎ~ぃ」と江戸城下京都洛中を回りました。
お呼びがかかると職人は、依頼主の軒下を借り壊れた磁器のワレ・カケ跡に白玉を塗り700度から800度くらいの低温炉で焼き継ぐという修理をしました。
a0212807_2153516.jpg焼き継ぎした伊万里染付磁器には、それぞれ修理した職人のサインである焼継印(やきつぎいん)が、記されており仕事へのプライド(責任)を感じます。
私は、以前金継ぎの教材に古伊万里染付蕎麦猪口に‘焼き継ぎ’の跡それもお世辞にもきれいと思えない直し跡のある、さらに底に朱色で何やら書付のある猪口を購入しました。
ガラス質の継ぎ目が、研いでも砥げず難儀‥金継ぎを始めたばかりの私は、むろん‘焼き継ぎ’など知る由もなく「こんな直し方をする奴の気が知れん」と怒り心頭でした。
悪戦苦闘して銀継ぎ(本銀直し)にしましたが、そのままにしておけば良かったといま骨董的見地から大いに反省、後悔先に立たず、です。
by blues_rock | 2016-01-31 00:01 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(2)
「山の焚火」(Höhenfeuer 焚火)は、寓話にも似た不思議な1985年のスイス映画です。
監督(と脚本)は、スイスの映画監督フレディ・M・ムーラー(1940~)です。
a0212807_0184187.jpg映画は、世界的に有名なスイスの児童文学「アルプスの少女ハイジ」と同じアルプス山岳の大自然の中で、電気も水道もない人里から遠く離れたアルプス山中で自給自足同然の生活をしながら、清貧に暮らす父母姉弟一家4人を巡る哀切な物語を描いています。
映画に映るアルプスの美しい自然の有り様は、「山の焚火」と「アルプスの少女ハイジ」同じものかもしれませんが、ストーリーは、ハイジのように素朴で清純ではありません。
この映画の見どころを云うならアルプスの春から冬にかけての壮大な自然ですが、ムーラー監督は、夏の季節までをアルプス山岳の自然に抱かれて暮らす家族4人、父(ロルフ・イリッグ)、母(ドロテア・モリッツ)、教師を夢見るも学校に行かず家族と暮らす年ごろの姉ベッリ(ヨハンナ・リーア)、a0212807_0211059.jpg家族が、‘坊や’と呼ぶ聾唖(ろうあ)の弟(トーマス・ノック)の毎日を淡々と描いて行きます。
1984年夏、聾唖者である坊やの日課は、父親の仕事で一家の経済を支える酪農を手助けすることでした。
姉弟は、いつも一緒で仲が、良く坊やは、姉のベッリを慕い彼女が、坊やに読み書きを教えていました。
a0212807_0244682.jpg坊やは、無邪気でわがままなのか幼いのか、時として発作のように奇怪な行動(癇癪)を起こしますが、家族は、困ったものとして見過ごしていました。
夏の終わり牧草刈りの手伝いをしていた坊やが、故障して動かなくなった草刈り機に腹を立て、あろうことか父親の見ている前で草刈り機を崖から突き落として壊してしまいました。
a0212807_0303512.jpg激怒とする父の顔を見て坊やは、家出し山上の古い小屋へ行き一人暮らしを始めました。
山小屋には、備蓄用の缶詰が、あるものの両親は、内心心配していました。
姉ベッリは、弟のために食料や蒲団を届けました。
姉と弟は、山の頂で焚火を囲み、久しぶりに一緒に食事をしながら仲良く寛いだ時間を過ごしました。
a0212807_032799.jpg夜も更け辺りが寒くなると二人は、寄り添うように同じ布団に入り抱き合い眠りました。
夜明けに目が、覚めると裸で蒲団に寝ている二人は、無言で見つめ合い蒲団から出て服を着ました。
二人の性行為は、近親相姦ながら性欲の衝動というより仲の良い姉と弟との自然な成り行きでした。
この映画を見て私は、中山あい子の短編小説「奥山相姦」を読んだとき感じた切なく哀しい性の自然な本能‥a0212807_032521.png「山の焚火」の姉弟には、「奥山相姦」の母子のような性の生々しさはないものの、ほのかなエロティシズムはあり、ふとそれを憶い出しました。
秋が、深まり雪の季節を前に父親は、坊やを迎えに山小屋に行きました。
姉ベッリは、母親に妊娠していることを打ち明けますが、母親は、娘の妊娠もその父親が、坊やであることもすでに知って黙認していました。
a0212807_0334578.png母親は、姉ベッリの妊娠を受け入れますが母親から話を聞いた父親は、狂乱し散弾銃を持ち出して二人とも殺すと息巻き姉ベッリに銃を向けました。
それを見た坊やが、止めようとしてもみ合いになり銃が、暴発し父親は、死んでしまいました。
その一部始終を見ていた母親は、あまりのショックに持病の心臓発作を起こし母親も亡くなりました。
アルプスに雪が、しんしん降りしきる中、姉ベッリと弟の坊やは、二人で両親の葬式を行なうのでした。
a0212807_0395887.jpgムーラー監督の演出は、終始淡々としていますが、葬式の夜、悲しみの静寂の中で、カタカタカタと振動しながらテーブルの上で動くカップは、近くで発生した雪崩を連想させ(雪崩のシーンはありません)アルプス山岳の厳しい冬と姉弟たった二人で、これから産まれてくる子供を育てていかなければならない現実を暗示させる上手い演出だなあと感心しました。
アルプスの美しい情景を幻想的に撮ったピオ・コラーディ撮影監督(1940~)のカメラワークも見事です。
by blues_rock | 2016-01-29 00:09 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_17183716.jpg
2007年作品「ヴェラの祈り」は、2時間37分と長尺ながら冒頭から最後までドラマが、緩むことはなく映画冒頭のシーンから2時間余りズビャギンツェフ監督に焦らされた見る者は、ラスト32分あたりからな急展開していくミステリーの謎解きのようなストーリー構成が、実に見事です。
a0212807_17191597.jpg主人公のヴェラを演じるスウェーデンの女優マリア・ボネヴィー(1973~)が、何と云っても すばらしい!の一言です。
ヴェラの夫アレックスを演じるコンスタンチン・ラヴロネンコ(1961~ カンヌ国際映画祭最優秀男優賞受賞、「父、帰る」の父親役)が、妻ヴェラから「赤ちゃんができたの。あなたの子ではないけれど‥」と突然告げられ感情を抑えながらの困惑ぶりも秀悦です。
ズビャギンツェフ監督は、お互い愛し方の分からない、どう相手と向き合えば良いのか分からない中年夫婦の、
a0212807_1726933.jpg
とくに行き場のない孤独を抱えている妻ヴェラほうから、絶望した彼女の心を描いた映画です。
ズビャギンツェフ監督4作品の中から一番好きな作品を選べと言われたら私は、「ヴェラの祈り」を選びます。
次にご紹介する作品「エレナの惑い」と併せ、それぞれのストーリーの詳細、主演俳優のプロファイル、予告編を
a0212807_1730618.jpg
案内した公式サイト(こちら)を貼付いたしますので興味ある方は、ご覧ください。
                                  *
2011年作品「エレナの惑い」(カンヌ国際映画祭審査員特別賞受賞)では、ズビャギンツェフ監督が、オリジナル
a0212807_1803477.jpg
脚本を書き父権社会のロシアを中年のエレナ(ナジェジダ・マルキナ 1958~)という一人の女性を通し妻という存在、母という存在について寒々とした人間の内面を暴くような演出によりサスペンスタッチでシリアスに描いています。
a0212807_1811384.jpgロシアのある地方都市で資産家の夫と再婚した元看護婦のエレナは、高級マンションで優雅に暮らしていました。
エレナと夫の寝室は、別でエレナの朝は、髪を梳かし夫の身の回りの世話から始まり、食事の準備、広い自宅の掃除、時おり夫が、求めるセックスの相手をすることでした。
エレナには、前の夫との間にできた自立できない息子とその家族(2人の子供と妊娠中の妻)があり、パラサイトa0212807_183497.jpgの息子は、労働意欲が、まったくなく母親エレナからの経済的支援で生活していました。
息子家族の暮らす低所得者層用のアパートとその隣に並ぶ原子力発電所の原子炉が、ロシア社会の閉塞した情況を象徴するようにヒンヤリした風景を描き出しています。
エレナの夫にも離婚した妻との間に娘がおり溺愛し甘やかしていました。
ある日、夫が、スポーツジムで心臓マヒの発作を起こし病院へ緊急搬送されました。
a0212807_1854888.jpg数日後、退院し自宅へ帰り「明日、遺言を作成する」とエレナに伝え、財産のほとんどを一人娘に遺すと伝えました。
エレナは、脛かじり息子家族の将来を考えると経済的に不安があり、心臓マヒで退院した夫にバイアグラを飲ませ服薬による事故死に見せかけました。
夫が、書きかけた遺書を燃やし葬儀では、愛する夫を突然亡くし嘆き悲しむ未亡人として振る舞いました。
夫の一人娘と財産を二分し相続、亡き夫と住んでいた高級マンションに息子家族を迎え暮らし始めました。
a0212807_18113051.jpg映画ラストのシークエンスで息子家族の赤ちゃんが、亡き夫の寝室ベッドに一人寝かされ、家族は、寝ていると思っている赤ちゃんが、起き上がりベッドの上をヨチヨチ歩き始めたところでカメラは、一転し映画冒頭と同じ長回しショットで窓の外からエレナと息子家族の団欒を静かに映しそして終わります。
ズビャギンツェフ監督は、「エレナの惑い」の演出も前作「ヴェラの祈り」と同じような構成で、映画の冒頭とラストa0212807_1812129.jpgの同じシーン(カメラアングルとショット)を見せ、もちろん映像が若干違うものの見る者の心に不穏を残して終わらせています。
エレナを演じたロシアの女優ナジェジダ・マルキナ(1958~)の存在感(リアリティ)と静謐な演技も見事でした。
by blues_rock | 2016-01-27 00:07 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
ロシア映画の良き伝統を受継ぐ天才アンドレイ・ズビャギンツェフ監督(1964~現在51歳)の最新作は、先日公開を終えたばかりの傑作「「裁かれるのは善人のみ」(2014年作品)ですが2003年作品「父、帰る」、2007年作品「ヴェラの祈り」(2015年公開)、2011年作品「エレナの惑い」(2015年公開)の3作いずれもすばらしい作品です。
a0212807_14402350.jpg
ズビャギンツェフ監督が、初めて長編映画を撮った2003年作品「父、帰る」は、ヴェネツィア国際映画祭で監督デビュー作にしてグランプリ(=金獅子賞)を受賞、新人監督賞と併せダブル受賞しました。
ズビャギンツェフ監督の類稀なその才能は、世界の映画ファンなかでもアンドレイ・タルコフスキー監督ファンのa0212807_14411553.jpg期待が大きく、現代ロシア映画から失われたタルコフスキー・コンテクト(タルコフスキー映画芸術のDNA)の‘神秘性’、‘宗教性(信仰心)’、‘自然観’など芸術的要素は、ズビャギンツェフ監督に受け継がれたと思っています。
ズビャギンツェフ監督の異才ぶりは、映画を映像という道具で文学(小説や詩)・絵画・演劇(戯曲)・音楽などが、有する芸術性を融合した総合芸術作品にしていることです。
ズビャギンツェフ監督が、今までに撮った長編映画4作すべてタルコフスキーの遺伝子を感じる秀作と云うのにも驚かされます。
この4作品の撮影は、盟友の撮影監督ミハイル・クリシュマン(1967~)で、ズビャギンツェフ監督の演出とまるで共鳴しているように定置カメラの長回し、上下左右にゆっくり移動するカメラアングル、窓越しに入る光の陰影、a0212807_14471690.jpgガラスに映る景色のミラーショット、デリケートな心の動き(感情)をズームで捉えた表情のカットなど完璧なカメラワークです。
今夜紹介しますズビャギンツェフ監督の3作品それぞれに注意して見ていただきたい‘見どころ’が、たくさんあり拙ブログでは、書き切れませんので3作品を見た‘私の感想’を書きたいと思います。
                                   *
a0212807_14434938.jpg
2003年作品「父、帰る」は、12年前に家出したきり音信不通であった父親(コンスタンチン・ラヴロネンコ 1961~)が、突然帰り母親と祖母の二人は、ぎこちなくも黙って迎えます。
父親が、12年前になぜ家を出たのか、どこで何をしていたのか、なぜ突然帰ってきたのか、映画の劇中でまった
a0212807_14442855.jpg
く説明がありません。
父親の顔を写真でしか知らない兄アンドレイ(ウラジーミル・ガーリン)と弟イワン(イワン・ドブロヌラヴォフ)兄弟は、目の前に現われた父親とどう接していいか分からず当惑します。
a0212807_14482835.jpg12年も家族を放ったらかし不在していたにもかかわらず帰ったその日から家長のような高圧的な態度で家族に接する父親に弟のイワンは、反抗します。
父親は、翌日から兄弟二人を連れて行き先も言わず旅に出ると一方的に言いました。
翌朝、父親と息子2人は、途中釣りをするということで車に釣り道具を積み出発しました。
a0212807_1450369.jpg旅の途中も息子2人に威圧的な態度をとる父親に兄のアンドレイは、素直に従うものの弟イワンは、ますます反抗的になり、険悪な雰囲気になります。
それでも父親は、命令口調の態度を変えず兄弟を連れ、浜に放置された小舟の壊れたエンジンを修理し無人島へ向かいました。
どうして無人島に向かうのか、そこに何があるのか、無人島で数日過ごすという父親と弟のイワンが、諍いその最中(さなか)不慮の転落事故で父親が、亡くなりました。
無人島に残された兄弟は、為す術もなく途方にくれますが、とにかく父親の遺体を車のある向こう岸まで運ぶことにしました。(後編に続く)
by blues_rock | 2016-01-25 00:05 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
昨夜から降り続ける雪は、油山の東裾野を一面の銀世界にしました。
私の自宅から眺める今日昼過ぎの雪景色です。
a0212807_1425266.jpg
井上陽水の「「氷の世界」を思い出しました。
井上陽水が、最も‘井上陽水’らしい40数年前のライブで、バックバンドの演奏も‘すばらしい!’の一言です。 
a0212807_14261351.jpg
筋肉少女帯の歌うベビィメタル・ヴァージョンの「氷の世界」もなかなかで、今日の雪景色を眺める私の頭の中では、むしろこちらのヘビィメタル「氷の世界」が、「♪吹雪、吹雪、氷の世界~ぃ」と鳴り響いていました。
by blues_rock | 2016-01-24 14:36 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(2)
a0212807_203207.jpg古唐津茶碗、初期伊万里・古伊万里磁器の金継ぎ(銀継ぎ・錫継ぎ)に行き詰まると‘気分転換’に古陶片を利用して箸置き・薬味入れ・マグネットを作ったり、小石のオブジェ創りなどで「漆遊び」をしています。
金継ぎ教室の教材に一筋の釉薬の流れと上の方にいくつかホツのある形は、何の変哲もない ‘壁掛け花器’ がありました。
ホツを星に見立て胴の部分に月、それも満月ではない十三夜の月を描いたらおもしろいかも知れないと思いトライしました。
星のキラキラしたイメージを出すためホツは、青貝と色漆(浅葱漆・赤漆)で蒔き分けました。
a0212807_20334537.jpg十三夜の月に梨子地銀を蒔きましたが、なかなか私のイメージする幽玄な十三夜の月にならないので何度も蒔き直し結局、アルミ粉を蒔きました。
by blues_rock | 2016-01-23 12:55 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)
a0212807_1164574.jpgアイルランド映画の名匠ジム・シェリダン監督(1940~)は、希代の名優ダニエル・デイ=ルイス(1957~)と組んで1989年「マイ・レフトフット」、1993年「父の祈りを」(ベルリン国際映画祭グランプリ金熊賞受賞)、1997年「ボクサー」といずれも秀作映画を撮っています。
ダニエル・デイ=ルイスは、出演する作品を選ぶので俳優人生40年のキャリアで出演したのが、19本とその類稀な演技力とアカデミー主演男優賞3回(史上ただひとり)ほか多くの主演男優賞受賞歴と名実ともに名優としての人気から考えても寡作な俳優です。
ダニエル・デイ=ルイスの徹底した‘役作り’は、怪優ロバート・デ・ニーロにも譬(たと)えられ、今まで多くの映画ファンを唸らせてきました。
さて、ダニエル・デイ=ルイスは、その‘役作り’ぶりをこの「ボクサー」でも見せてくれます。
映画は、北アイルランドの首都ベルファストを舞台にしたキリスト教カトリックとプロテスタント住民の深刻な対立、カトリックとプロテスタントの住民同士も穏健派と過激派に分かれて対立しお互い血で血を洗う殺戮を繰り返していたころの物語です。
a0212807_1184120.jpgちなみに現在、北アイルランドに住むキリスト教徒を人口比で見るとカトリックは、47.2%、プロテスタント民が、48.6%と拮抗しています。
映画「ボクサー」は、アイルランド人のジム・シェリダン監督の信念とも思える「同じ民族(同胞)、同じ住民(隣人)、同じキリスト教徒同士が、宗派の違いで殺し合ってどうする。 お互いコミュニーケーションを交わし民主的に話し合えば解決することではないか」というメッセージとして撮られています。
そう私は、理解しました。
主人公のダニー(ダニエル・デイ=ルイス 1957~)は、19歳のときIRAのテロリスト(組織の過激派に利用された)として警察に逮捕され過酷な取り調べにも口を割らず14年間服役しました。(参考:刑務所内のIRAメンバーへの虐待と彼らの抵抗を描いたスティーブ・マックィーン監督の長編デビュー作品「ハンガー」も秀作です。)
a0212807_11164764.jpg10代のころボクシングをしていたダニーは、刑務所の中でも身体を鍛えシャドーボクシングを欠かしませんでした。
映画は、14年間の刑期を終えて出所したダニーが、故郷ベルファストのダウンタウンに戻るところから始まります。
ダニーは、元のIRA仲間と付き合わず、真っ当に生きるためスラムに手造りの質素なボクシングジムを始めました。
そんなダニーを疑心暗鬼のIRA過激派の元仲間が、放っておくはずはありませんでした。
10代のころのダニーには、相思相愛のマギー(エミリー・ワトソン 1967~)という恋人がいました。
刑務所に14年服役するダニーは、恋人のマギーが、自分を待たないよう敢えて何の連絡もしませんでした。
a0212807_11262350.jpgダニーからの連絡が途絶え不安になった10代半ばのマギーは、ダニーの親友と結婚、10歳くらいの息子がいました。
ダニーは、街の子供たちを集め、民族・宗教・階級分け隔てなくボクシングを教え、自分もプロのボクサーとしてデビュー、強いダニーが、市民のヒーローになるとテレビニュースも放っておかず、ベルファストの警察互助会は、彼の人気を利用しジムに通う貧困層の少年たちa0212807_11302077.jpgに多くのボクシング用品を寄贈し警察関係者が、ジムに出入りするようになりました。
不愉快なのは、IRA過激派の元仲間たちでした。
一方でイギリス政府と刑務所にいるIRA活動家を釈放することを条件に和平交渉を推進する穏健派のリーダーでマギーの父親ジョー(ブライアン・コックス 1946~)は、ダニーを理解し見守りました。
IRA過激派組織からテロリストとして利用され固く口を閉ざし(仲間を裏切らず)恋人を諦め彼女への愛を心の支a0212807_11324284.jpgえに獄中の孤独に耐えるダニー役のダニエル・デイ=ルイスの演技は、若くして分別のなかった自分の過去への怒りを孤独の内に収めた哀感や何もかも捨て生きるためだけに微かな希望を心に秘めた表情さらに喜怒哀楽の激しい感情を昇華して、人に対してやさしくふるまう所作の見事さなどボクシングの体作りからファイトシーンまでの完璧な演技と相俟って見る者を唸らせ感動させます。
エンドロールの歌「In The Shadow Of The Gun」も良く、歌っているのは、映画の音楽を担当したミュージシャンa0212807_11435922.jpgのギャヴィン・フライデー(1959~)です。

余談ながら私が、敢えて個人的に好きな映画の第1位を挙げるならダニエル・デイ=ルイス主演の「存在の耐えられない軽さ」でしょうか。
自分の心が折れたり、窮屈になったとき、枯れ始めた草花に水やりするような気持ちで見ています。
by blues_rock | 2016-01-21 20:32 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_2029845.jpg名匠マーティン・スコセッシ監督(1942~)の2002年作品「ギャング・オブ・ニューヨーク」は、南北戦争(1861~1865)最中(さなか)の1863年、ニューヨーク市マンハッタンの一角が、ファイブ・ポインツと呼ばれて治安の悪いギャング抗争の絶えない下町であったころの古いアメリカをリアルに描いた一大叙事詩(人間ドラマ)です。
スコセッシ監督は、この映画制作まで構想30年、撮影期間270日、制作費150億をかけ、ローマ郊外の大規模撮影スタジオに時代考証をして当時のニューヨークの街並みを再現した大掛かりなセットを組み丁寧に撮影しました。
アイルランドで起きた大飢饉により生きるためにアメリカに移民してきたカトリック教徒たちは、徒党を組んで自分たちを‘デッド・ラビッツ’と名のっていました。
そのリーダーが、ヴァロン神父(リーアム・ニーソン 1952~)で、神父ながら清濁併せのむ人柄で仲間たちから慕われ‘デッド・ラビッツ’の精神a0212807_2034215.png的支柱になっていました。
‘デッド・ラビッツ’の抗争相手は、昔からニューヨークに住むイギリス清教徒たちの子孫でプロテスタント集団‘ネイティブ・アメリカンズ’、リーダーは、肉屋のビル・ザ・ブッチャー(ダニエル・デイ=ルイス 1957~)でした。
a0212807_20374818.jpg
ある日、ファイブ・ポインツの勢力争い(抗争)でヴァロン神父が、まだ子供である息子(少年)の目の前でビル・ザ・ブッチャーに刺殺されました。
a0212807_2055090.jpg
少年は、父親に刺さったビルのナイフを抜き廃墟ビルの地下に隠し復讐を誓いました。
孤児となった少年は、‘ネイティブ・アメリカンズ’に牛耳られた警察から逮捕され少年院に送られました。
a0212807_2055453.jpgそれから16年、成人した少年は、アムステルダム(レオナルド・ディカプリオ 1974~)と名のり生まれ故郷のファイブ・ポインツに帰って来ました。
向こう気の強いアムステルダムは、ファイブ・ポインツを仕切るビル・ザ・ブッチャーから気に入られました。
a0212807_2124240.jpgアムステルダムは、女スリで盗賊さらに売春もする気丈なジェニー(キャメロン・ディアス 1972~)と知り合いお互い反目しつつも惹かれ合うようになりました。
映画のプロットは、古いニューヨークのギャング抗争を描いた骨太な時代劇ながら南北戦争時代のアメリカに生きた貧しい人たちの一大叙事詩(人間ドラマ)です。
a0212807_216337.jpg主演したレオナルド・ディカプリオは、この後スコセッシ監督作品に2006年の「ディパーテッド」と2010年の「シャッター アイランド」に出演しています。
「ギルバート・グレイプ」に出演した少年レオナルド・ディカプリオが、私は、一番好きですが、成人した俳優レオナルド・ディカプリオの資質をよく理解していたのは、役者目利きにして名伯楽のマーティン・スコセッシ監督でした。
a0212807_21104882.jpg
スコセッシ監督は、この映画のもう一人の主役ビル・ザ・ブッチャーをどうしてもダニエル・デイ=ルイスに演じてもらいたくて当時靴職人になるため引退していたダニエル・デイ=ルイスをフィレンツェに訪ね出演してくれるよa0212807_21123916.jpgう説得しました。
映画の原案と脚本は、アメリカの名映画評論家で脚本家でもあるジェイ・コックス(1944~)で、美術をイタリアの名プロダクション・デザイナーダンテ・フェレッティ(1943)が務め撮影は、ドイツの名撮影監督ミヒャエル・バルハウス(1935~)と監督・俳優と併せ最高の制作陣のコラボレーションで完成したのが、大作「ギャング・オブ・ニューヨーク」です。
a0212807_21504387.jpg映画のラストで2001年のイスラム過激派(アルカイダ)による凶悪テロで破壊された世界貿易センターの映る現代ニューヨークの風景がスクリーンに映り、その映像は、ニューヨークに生まれ育ったマーティン・スコセッシ監督の鎮魂歌(慰霊碑)のようでした。
最後に流れるU2の「The Hands that Built America」(アメリカを創った人びと)も心に響きます。
a0212807_21512949.jpg2016年秋公開のスコセッシ監督最新作「Silence」(原作は遠藤周作の「沈黙」)も楽しみで心待ちにしています。
篠田正浩監督(1931~)が、1971年に撮った作品「沈黙」(原作者遠藤周作と共同脚本)とカトリック教徒であるスコセッシ監督の撮った「Silence」とを‘棄教に対する考え’の観点から比較してみたいと思います。  (下写真:打合中のスコセッシ監督とレオナルド・ディカプリオ)
a0212807_21521113.jpgキリスト教の布教に日本へ来たポルトガルの宣教師役でアメリカの若手俳優アンドリュー・ガーフィールド(1983~「ソーシャル・ネットワーク」)、アイルランドの名優リーアム・ニーソン(1952~)が、出演しています。
日本からは、浅野忠信(1973~)、塚本晋也(1960~)、窪塚洋介(1979~)、イッセー尾形(1952~ 2005年ロシア映画「太陽」での昭和天皇役は秀逸でした)など演技力のある俳優たちが、出演していますので楽しみにしています。
by blues_rock | 2016-01-19 00:19 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_1143678.pngフランス映画 「河は呼んでいる」(1957年、原題「L'eau Vive」水は生きている)を私は、子供のころに見ました。
映画は、フランスの村(南仏プロヴァンス地方)を流れる河(デュランス河)の上流にダムが、建設されることになり、図らずも主人公の少女オルタンス(パスカル・オードレ1935~2000)は、大地主であった亡き父の遺産を巡り欲深い親戚一同から翻弄される物語だったように思います。
子供心の記憶にあるのは、モノクロ映像ながらカラー映画の 「河は呼んでいる」でした。
余談ながら、日本で女優として活躍するジュリー・ドリュフィス(1966~)は、パスカル・オードレの娘さんです。
その主題歌(シャンソン)が、こちらの「河は呼んでいる(L'eau Vive)」で私の好きな映画音楽(サウンド・トラック)の一つです。
岩谷時子による「L'eau Vive」の訳詞を私が映画の印象からほんの少し意訳しました。
a0212807_1252197.jpgあの娘は、河からあふれる水よ
走れば子供らが、追いかけていく
走れ、走れ、河の流れのように
誰にもつかまらぬように
そよ風ふけば、子羊をつれて
あの娘は、いつも森へ出かける
おいで、おいで、羊の群よ
オリーヴの茂る水のほとりへ
いつもあの娘が、まどろむ時は
若者たちが、まわりを囲む
閉ざせ、閉ざせ、心の鍵を
あふれる水よ、早くお逃げ
若者たちは、あの娘が好きで
愛の流れに、小舟を浮かべる
漕げ、漕げ、恋の港へ
だけどあの娘は、お嫁には早い
ある朝、かわいいあの娘を
やさしい声で、河が呼んでいる
お行き、お行き、河は呼んでる
おまえは、河のあふれる水よ
by blues_rock | 2016-01-17 00:47 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
友人が、‘母上の形見’として大切にしている湯呑茶碗(3口)を修理しました。
1.唐津湯呑は、使い込まれた風格ある湯呑茶碗なので雰囲気に合わせ「銀継ぎ」にしました。
a0212807_11521036.jpg
2.木米窯の湯呑茶碗は、小さなカケが、口縁に一箇所あるだけなので、赤と緑の色調に合う「金継ぎ」にし、金
  をワンポイントの景色にしました。
a0212807_1154235.jpg
3.九谷湯呑茶碗の直しは、同系統の色漆継ぎか梨子地漆継ぎと思い迷いました。
  この湯呑茶碗の絵柄を生かすためには、「銀継ぎ」が一番風情を壊しませんでした。
a0212807_11544226.jpg

by blues_rock | 2016-01-16 01:16 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(2)