ブログトップ | ログイン

心の時空

yansue.exblog.jp

a day in my life

<   2015年 11月 ( 15 )   > この月の画像一覧

果物は、どれも美味しいのですが、なかでも私の一番の好物は、柿です。
a0212807_253717.jpg西村早生柿、次郎柿、富有柿などできるだけ果肉の硬い甘柿を選び、そのまま皮を剥かずにガブリ、とくに旧盆明け頃から出回る少し青く硬いもの、果肉にびっしりゴマの入った西村早生柿や次郎柿の食感は、私の幸せの快感でもあります。
私が、名古屋に暮らした頃に食べた禅寺丸柿や筆柿なども九州育ちの私には、めずらしい柿(中部日本地区のa0212807_2121314.jpg人たちには普通に出回る甘柿)で美味しいと思いました。
東京では、渋柿を干して作る信州(長野県南部)の市田柿、東日本(とくに福島県)のあんぽ柿、渋抜きした平核無柿や庄内柿も良く食べました。
子供の頃、私の実家にあった大きな渋柿の木は、晩秋に真っ赤な熟し柿が、たわわに実り、私は、長い竹棹の先を二つに割り、熟した実を落とさないよう注意しながら枝を挟み回し折りしてa0212807_213115.jpg採りました。
柿の原産国は日本だとか‥‘KAKI’は、万国共通語で学名ディオスピロス・カキと言い「神から与えられた食べ物」という意味です。
わが国には、古来より「柿が赤くなると医者が青くなる」という諺があるくらい柿は、栄養満点の食べ物です。
今のような柿は、奈良時代に中国から伝えられた種類の品種改良や突然変異種の子孫です。
a0212807_2204025.jpg秋の紅葉シーズンには、間に合いませんでしたが、先週大分県の飯田高原へ同僚たち6人で車の旅(行楽ドライブ)をしました。
その日は、湯坪の民宿「叶館」に泊まり、露天風呂にゆったり浸かり泉水山を眺めつつ、傍迷惑もなんのその、調子っ外れながら‘坊がつる讃歌’を気持ち良く唄いました。
翌日は、飯田高原から九重町山中の離合もできないような山道を抜け、玖珠に出て国道210号線を日田から浮羽に向かい、耳納連山の山麓一面を覆う紅葉した柿畑(というより柿山)にたわわに実を付けた富有柿の柿並み木を眺めながら帰って来ました。
a0212807_2211295.jpg
もちろんのことながら、その日から数日間、私の主食は、柿になりました。   (叶館の庭から泉水山を眺む)
      ‘柿くへば 鐘が鳴るなり 法隆寺’   (正岡子規 明治28年11月8日発句)
by blues_rock | 2015-11-29 00:09 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(0)
a0212807_236638.jpgフランス映画を代表する名匠ルネ・クレマン監督(1913~1996)の1966年フランス・アメリカ共同製作映画「パリは燃えているか」を今夜は、紹介します。
私が、選ぶルネ・クレマン監督作品の三大名画は、「禁じられた遊び」、「太陽がいっぱい」、「パリは燃えているか」です。
いずれの作品も半世紀前の旧い映画ながら現在(いま)見ても瑞々しい躍動感を覚えます。
映画「パリは燃えているか」の凄いところは、製作スタッフ始め出演している俳優(キャスト)陣が、とにかくスゴイ!‥まず、製作スタッフは、まず監督ルネ・クレマン、脚本フランシス・フォード・コッポラ(1939~当時20代半ば)、名音楽監督モーリス・ジャール(1924~2009 アカデミー賞作曲賞ノミネート9回うち受賞3回)、撮影監督マルセル・グリニヨン(1914~1990)と続き、キャスト(ちょい役も含め)もまた空前絶後の超豪華な名優たちが、ずらり出演していました。
a0212807_2372657.jpgクレマン監督は、映画を群像劇で描き1944年8月7日ドイツ軍の新任パリ防衛司令官になったコルティッツ将軍の着任から8月19日のレジスタンス蜂起、ブラッドリー将軍指揮によるアメリカ軍の8月25日パリ解放までをモノクロ映像で当時の実写フィルムも交えながらドキュメンタリー映画のようなリアリティあふれる迫力ある映像で撮っています。
a0212807_2393425.jpg映画のタイトル「パリは燃えているか」は、映画の最後、ヒトラーが、パリ防衛司令官コルティッツ将軍に命令した「撤退するときパリを壊滅し廃墟にしろ」を実行したかどうか確認するため総統専用電話の向こうで「パリは燃えているか?」と叫びながら問い質していることに由来しています。
コルティッツ将軍は、ドイツ敗戦の8か月前ヒトラーの命令に従わず、さっさと連合国に無条件降伏し捕虜となりa0212807_240252.pngパリをヒトラーの破壊から守ったと戦後評価されました。
このところは、フォルカー・シュレンドフ監督(1939~)映画「パリよ、永遠に」で取りあげていますが、このことについては、諸説あってコルティッツ将軍は、「ドイツの敗戦を当時すでに予想しておりパリ壊滅は無用なことと思っていた」、「パリを壊滅するだけの十分な弾薬もなくスウェーデン領事ノルドリンクを介し暗に連合国によるパリ解放を示唆a0212807_2431051.jpgした」、「パリ爆破を見合わせ捕虜となり自分に有利になるよう保身のために恩を売った」など評価が分かれています。
出演した名優たちは、コルティッツ将軍にドイツのゲルト・フレーベ(1913~1988)、スウェーデン領事ノルドリンクにアメリカの怪優オーソン・ウェルズ(1915~1985)、パットン将軍をカーク・ダグラス(1916~)a0212807_2522747.jpgブラッドリー将軍にグレン・フォード(1916~2006)、他にもアメリカからは、兵士役としてアンソニー・パーキンス(1932~1992)、ジョージ・チャキリス(1934~)が、出演していました。
フランスからも大物俳優が、ずらり‥イヴ・モンタン(1921~1991)、アラン・ドロン(1935~)、ジャン=ポール・ベルモンド(1933~)、ミシェル・ピコリ(1925~)、ジャン=ルイ・トランティニャン(1930~)、マイケル
a0212807_2572628.jpg
・ロンズデール(1935~)、シモーヌ・シニョレ(1921~1985)など、どの俳優も主演級の名優ぞろいです。
彼らが、スクリーンに登場するシーンは、少なく、何とまあ贅沢な映画だろうと感心しました。
by blues_rock | 2015-11-27 02:27 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_2344786.jpgハートフルな映画に感動の涙を流すのも映画の楽しみ方の一つ‥そう思える映画が、福岡市天神のKBCシネマで公開中のフランス映画「エール!」(原題 La Famille Bélier ベリエ一家)です。
私が、フランス映画のヒューマンドラマにいつも感心するのは、たとえ身体的ハンディキャップをもつ人たちが、映画の主人公で在ってもエスプリ(知的ユーモア)を効かせた洒脱なストーリーであることです。
エリック・ラルティゴ監督(1964~)は、「エール!」をフランスの片田舎で酪農を営みながら‘家族は一緒’と気持ちを一つにして仲良く幸せに暮らす“聴覚障害者(聾唖者)”ベリエ一家の物語として描きました。
主人公である高校生のポーラは、健常者ですが、家族(聾唖の両親と弟)との会話は、手話なので家族の通訳
a0212807_23472575.jpg
として家族と外の世界を繋ぐ役目を担っていました。
ベリエ一家は、強い絆で結ばれ深く理解し合っていますが、音の聞こえない家族にとってただ一つ理解できないa0212807_23481698.jpgのは、ポーラが歌の才能に恵まれているということでした。
最強のふたり」では、主人公が、“全身マヒ”の完全肢体不自由者で、人の介助なしではまったく生活できない偏屈な資産家と彼を介護するアフリカ移民の屈託のない貧乏な青年との交流をエッジの利いたエスプリ(時にトンチンカンな会話がクール)で笑わせ楽しませてくれました。
a0212807_23515216.jpg「エール!」では、キュートな十代半ばの娘ポーラ(ルアンヌ・エメラ 1996~)、美しく陽気でおしゃべり(手話の多い)な母ジジ(カリン・ヴィアール 1966~)、熱血漢ながら無口(手話の少ない)な父ロドルフ(フワンソワ・ダミアン 1973~)と少しマセた弟の4人家族ベリエ一家と多感な高校生ポーラの学校生活をユーモアたっぷりに描いてい
a0212807_23523950.jpgます。
学校のカリキュラム選択でポーラは、一目惚れした男子生徒が選択した音楽を選びました。
音楽教師トマソン(名優エリック・エルモスニーノ 1964~「ゲンズブールと女たち」でセザール賞最優秀主演男優賞)は、ポーラの歌声を聴いてビックリ仰天、推薦するのでパリにある音楽学校の特待生オーディションを受けa0212807_23531276.jpgるよう勧めました。
ポーラは、両親に内緒で音楽教師トマソンの指導を受けオーディションの準備に入りました。
ポーラの秘密の行動を訝(いぶか)る両親に、自分の夢を打ち明けますが、ポーラの歌声を聴いたことのない両親は、娘の歌の才能を理解できず大反対しました。
a0212807_235443.jpg「私の夢は、歌手になること、しかし私が、いなくなったら家族は‥」とポーラは、悩み抜き自分の夢を捨てる決心をしました。
両親を前にポーラが、手話でシャンソンを歌うラストシーンは、感動の涙を誘います。
ラルティゴ監督は、ポーラ役のオーディションで映画出演経験のない素人のルアンヌ・エメラに白羽の矢を立てa0212807_23543395.jpgますが、さんざんのスクリーンテスト結果ながらも彼女の初々しい雰囲気や瑞々しい歌声にポーラ役は、ルアンヌ・エメラしかいないと決めたとコメントしていました。
ラルティゴ監督の新人女優発掘力と演出力たるや立派、この映画で主人公のポーラを演じたルアンヌ・エメラは、フランスで最も権威ある映画賞のセザール賞とリュミエール賞の二つで‘最優秀新人女優賞’を受賞しました。(「エール!」予告編 こちら
by blues_rock | 2015-11-25 00:05 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
いま山口県立美術館でマネジメント理論の発明者(理論の確立者)として経済学・経営学を学んだ人、会社経営者ならその名前を知らない人はいないくらい有名なアメリカの経営学者ピーター・ドラッガー(1909~2005)の日本の古美術コレクション展が、開催されています。
a0212807_2039513.jpgドラッカー氏の日本古美術コレクションとくに室町時代水墨画のコレクションの特長として日本の美術館や個人コレクションが、所蔵していない画家の作品もあることです。
ドラッカー氏は、自分の収集した日本古美術の絵画(巻物)を「山荘コレクション」と名付け愛していました。
ドラッカー氏が、日本古美術と出遭ったのは、1934年6月ロンドンで開催されていた日本美術展覧会に偶然入ったことが、発端(スタート)でした。
さらにワシントンDCに仕事で滞在しているとき、近くにアメリカでも有数の日本古美術コレクションを収蔵するフリア美術館があり昼休みとか時間を見つけては、見に行っていました。
a0212807_20421216.jpgある時、フリア美術館の学芸員から「いつも日本の古い絵画とくに室町水墨画を良く見ていますね。」と語りかけられことでドラッカー氏は、初めて‘自分の好み’が、はっきり分かったと述懐しています。
この時から真剣に日本の古美術を学んだドラッカー氏は、1959年に初来日それ以来日本滞在中、仕事(マーケッティング理論の講演)の合間に時間を作りながら室町時代の水墨画や山水画を収集しました。
ドラッカー・コレクションの日本古美術の特長は、すべて‘巻物’であること、と世界的に日本古美術として人気の高い浮世絵(版画・肉筆画)は、一点も含まれていないことです。
マネジメント理論の発明者ピーター・ドラッカーが、自分の精神の中で室町時代の水墨画や山水画の巻物をどのように愛していたのか、ドラッカー・コレクションの中から今回展示された111点を見て私は、少し理解できたように思いました。
a0212807_20431622.jpg
山口県立美術館には、香月泰男のシベア・シリーズ作品展示室があり、室内置かれた椅子に座りゆっくり鑑賞できるのもうれしいことです。
単眼鏡を手にドラッカー・コレクションをじっくり見ましたので美術館を出たときには、つるべ落としの秋の夕暮れ
a0212807_20464874.jpg
迫り、あわてて美術館近くの瑠璃光寺に向かいました。
秋の瑠璃光寺境内に薄暮の中で凛としてたたずむ国宝の五重塔を眺め、時を超えて来た古(いにしえ)の風情と当時の匠宮大工の技をゆっくり堪能しました。
by blues_rock | 2015-11-23 00:03 | 美術/絵画/彫刻 | Comments(2)
現在上映中の映画「顔のないヒトラーたち」は、ドイツ在住のイタリア人映画監督ジュリオ・リッチャレッリ(1965~)の長編デビュー作品です。
a0212807_21365163.jpg
この映画についての紹介は、拙文より“excite.ism「顔のないヒトラーたち」”のほうが、とても分かりやすく参考になると思いますのでご紹介いたします。
a0212807_21372486.jpg第2次大戦の終了から70年、ドイツでは、独裁者ヒトラーが、率いたナチス党国家による惨忍な戦争の記憶を忘れないようにと2015年1月、ナチスドイツによる虐殺被害者追悼式典でドイツのメルケル首相は、「ナチスは、ユダヤ人虐殺によって人間の文明を否定、その象徴がアウシュヴィッツ(強制収容所)です。私たちドイツ人は、恥の気持ちでいっぱいです。a0212807_2235760.jpg何百万人もの人々を殺害した犯罪を見て見ぬふりをしたのは、ドイツ人自身だったからです。私たちドイツ人は、過去を忘れてはなりません。数百万人の犠牲者のために過去を記憶していく責任があります。」と公式にドイツが、過去に犯した大罪を認める演説をしました。
a0212807_22354146.jpg日本人とドイツ人とでは、歴史感覚や歴史認識が、根底から違うのか、ドイツでは、現在もヒトラーとナチスの犯罪をプロットにした映画を、いろいろな角度から撮り続けています。
最近の作品だけでも、「ヒトラー、暗殺 13分の誤差」、「ふたつの名前を持つ少年」、「シャトーブリアンからの手紙」、「パリよ、永遠に」、「ハンナ・アーレント」、と続き、a0212807_22373267.jpgどの映画も秀作であるのが、特徴です。
「顔のないヒトラーたち」のプロットは、フランクフルト裁判所で開廷されたアウシュヴィッツ強制収容所の虐殺に関わったドイツ国民を殺人罪(あるいは殺人ほう助罪)で告発し国家が、裁いた裁判を巡る映画です。
そのフランクフルト裁判の様子は、映画「愛を読むひと」の劇中(ストーリーの後半)で描かれています。
a0212807_22381071.jpg主人公の少年が、愛する年長の女性、勤勉な市電の車掌であるドイツ人女性は、ナチス政権下当時アウシュヴィッツ強制収容所で働いていたことが、殺人ほう助の罪に問われフランクフルト裁判で有罪となり長期刑の判決を言い渡されました
「顔のないヒトラーたち」は、1958年のフランクフルトが舞台で、この映画では、正義感の強い「真実が知りたい。a0212807_22393280.jpg嘘と沈黙はもう終わりにする。」と使命感に燃えてアウシュヴィッツの犯罪を告発する若いドイツ人検事ヨハン(アレクサンダー・フェーリング)を主人公にしています。
ナチスドイツ時代、ナチス党員であったドイツ国民は、大凡(おおよそ)2,000万人、抑圧と虐殺の先兵であった悪名高いヒトラー親衛隊員60万人という膨大なファイルの中からアウシュヴィッa0212807_22401520.jpgツに配属されていた親衛隊員8,000人を殺人(あるいは殺人ほう助)の容疑者として刑事訴追するのが、検事のヨハンをリーダーとする3人の検察グループでした。
殺人罪という重罪を法で裁くには、殺された被害者と加害容疑者の殺人犯を特定し起訴、法廷で係争し裁判所の判決を受けなければなりません。
a0212807_225067.jpgそのためには、殺人罪の証拠となる物品や資料を裁判所に提出、さらに容疑者を犯人と特定できる明確な証言(証人の出廷)が、無ければ、犯罪を立件することはできません。
ヨハンたち検察グループは、戦後ドイツの深い闇「沈黙の迷宮の中へ」踏み込んでいくことになりました。 (上写真:検事ヨハンを励ます検事総長、下写真:検事ヨハンを戒める検事正)
a0212807_22535692.jpg映画の中で年長の検事正ウォルターが、正義感の強い若い検事ヨハンを「(戦後ドイツの)若い世代が、父親に(あなたは)犯罪者だったかと問い詰めるのか?」と責めるシーンこそ正しくこの映画「顔のないヒトラーたち」の重要なポイントとなるところです。
by blues_rock | 2015-11-21 00:01 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
現在、福岡市天神のKBCシネマで公開中の「恋人たち」は、日本映画の名監督、橋口亮輔監督(1962~)が、2008年に発表した秀作映画「ぐるりのこと。」以来じつに7年ぶりの新作映画です。
a0212807_1844911.jpg
橋口監督は、映画にしか表現できない創造性(オリジナリティ)のある質の高い映画を制作できる数少ない映像作家で、自分の撮る映画の細部(ディテール)まで徹底してこだわる生粋の映画人です。
a0212807_20354968.jpg新作の「恋人たち」も前作「ぐるりのこと。」と同様、橋口監督(左写真)は、自分で原作と脚本を書き監督(名演出家)さらに編集も行なっています。
橋口監督のすばらしさは、自らオーディションで選んだ新人俳優たちの特長を生かし、その素人っぽさを個性とするために各シーンに繊細な演出を行ないながら俳優たちの役柄に合わせたオリジナル脚本としたことです。
a0212807_20375975.jpg橋口監督の全作品を撮影した撮影監督 上野彰吾(1960~)の存在も大きく、橋口監督の撮りたい映画のイメージをすべて自家薬籠中のものとして理解し撮影カメラを回していることです。
その撮影カメラは、映画に登場する三人の主人公に寄り添うようにして彼ら一人一人の心中(人間の感情)を捉えています。 (上写真:2008年映画「ぐるりのこと。」 主演した木村多江とリリー・フランキー)
a0212807_2040673.jpg「恋人たち」で特筆すべきは、やはり何といっても橋口監督の卓越した演出のすばらしさです。
橋梁点検員のアツシ(篠原篤 1983~)は、3年前に精神異常者の通り魔殺人で突然愛する妻を奪われた喪失感と理不尽な現実を受け入れられず苦悩、そのやり場のない自分の気持ちを諌めるため犯人の家族に対し裁判をする準備に奔走していました。
a0212807_20434911.jpg弁当屋で働く中年主婦の瞳子(成嶋瞳子 1973~)は、セックスする時以外自分に関心を示さない夫と邪険な姑との平凡な暮しに突如現れた得体の知れない男(光石研 1961~)のやさしい言動に心が、ときめきました。
大きな弁護士事務所で働くエリート意識の強い弁護士の四ノ宮(池田良 1978~)は、同性愛者で高級マンションに同棲する同姓a0212807_2119517.jpgの恋人から別れ話をされました。
四ノ宮には、学生時代に知り合った親友がおり、彼への密かな恋心を誰にも言わず抱き続けていました。
この三人の主人公を演じるのは、先に述べましたが、全員オーディションで選ばれた無名の新人俳優です。
橋口監督の丁寧な演出による三人の演技に手垢の付いていない素朴さが、ドキュメンタリーのような臨場感とa0212807_21222127.jpgその場のリアルな雰囲気を醸し出しています。
主人公たちを取り巻く閉塞した社会が、どんなにやり切れなく絶望的であっても今を精一杯生き、胸にわずかな希望を抱きながら「それでも人は生きていく」という橋口監督のメッセージは、やさしく温かいものでした。
橋口監督作品の常連俳優である安藤玉恵(1976~)やリリー・フランキー(1963~)ほか数名以外皆無名の俳優a0212807_2127113.jpgばかりで、彼らが個性を発揮し好演していることも「恋人たち」を質の高い瑞々しい映画にしているように思います。
私個人の勝手な感想ながら今年2015年日本映画の最高傑作ではないでしょうか?
映画を見ている者は、主人公たちの胸の中にある‘なんでこんな理不尽な仕打ちを自分が受けるのか’というやり場のない怒りが、見ている自分の中にもある同じ思いとa0212807_2139870.jpg同期(シンクロ)して、心をヒリヒリさせるものの橋口監督は、ラストシーンで主人公三人の未来に微かな希望を残して終わります。
最後に、くだらない脚本で無能な監督が、お遊戯会なみの演技しかできない芸能タレントを起用したひどい日本映画の氾濫(あくまで映画館で予告編を無理やり見せられた私の判断です)には、正直うんざり、‘作家主義と俳優発掘’を貫き、オリa0212807_2153534.jpgジナル映画製作プロジェクトを企画プロデュースする深田誠剛氏(左写真、松竹ブロードキャスティンク 企画プロデューサー゙、主な仕事に「父と暮らせば」・「紙屋悦子の青春」・「ぐるりのこと。」・「歩いても 歩いても」・「恋人たち」などいずれも秀作映画を企画)のような‘目利き’の方の作品が、一つでも多く公開されるよう一映画ファンとしてこれからも積極的に応援していこうと思っています。
by blues_rock | 2015-11-19 00:09 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_4105112.jpg山盃とは、朴訥(ぼくとつ)とした素朴な‘糸切り底’の盃のことです。
磁器や漆塗りの盃に比べ野趣豊かなので熱燗の酒をチビリチビリ飲むにはもってこいの酒器と思います。
最初、ベンガラ漆の呼び継ぎにするつもりでしたが、途中からベンガラ地に錫を蒔き梨子地の呼び継ぎに変更しました。
a0212807_756536.jpg出来上がると今度は、盃の中にある二つの目跡の錫梨子地が、煩(うるさ)く感じられましたので、また変更、目跡の一つを金、もう一つの目跡に銀を蒔きました。
古唐津の山盃は、出回る数も少なく探していたら幸運なことに二つ目の古唐津山盃を手に入れました。
この山盃は、金(または青金)繕いの呼び継ぎにしたいと思います。
by blues_rock | 2015-11-17 00:07 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)
「ノスタルジア」は、ロシア(旧ソ連)の奇才アンドレイ・タルコフスキー監督(1932~1986、亡命先のフランス パリで客死)が、1983年にイタリアで撮った晩年の作品(脚本・監督)です。
a0212807_265024.jpg
タルコフスキー監督は、「ノスタルジア」の前作となる1979年発表の意味深長なSF映画「ストーカー」まで、1972年のSF映画「惑星ソラリス」(SF映画の傑作「2001年宇宙の旅」に匹敵)から7年間沈黙していました。
a0212807_273418.jpg今にして思えば、旧ソ連共産主義の卑劣にして抑圧的な管理社会に辟易していたタルコフスキー監督は、「ストーカー」のプロット(構想)で1986年の‘チェルノブイリ原発の爆発事故’、1991年の‘ソ連の崩壊’をすでに暗示しており、1986年亡命先のパリで亡くなる前からそれらをソ連国家体制の必然として予知し予見していたのかもしれません。
SF映画「ストーカー」には、‘SF映画らしきところ’が、ほとんどなく、人間の立ち入れない危険地域‘ゾーン’ の存在(ゾーンの原因はナゾで劇中巨大隕石の落下らしいと主人公であるストーカーは語る)、ストーカーの娘(少女)は、両足に歩行障害があり彼は、娘をミュータントと呼ぶ、娘の超能力(念力 サイコキネシス)を示唆する短いシーン(カット)が、2回ありSF映画らしいシーンは、これだけと言って良いでしょう。
タルコフスキー監督の特長である長回し、‘水’の演出(「ストーカー」に映る‘水’はみな澱み汚れている)、モノトーンとカラー映像の変幻自在な構成など映画ファンの方にぜひ見ていただきたい作品です。
タルコフスキー監督は、1983年に「ノスタルジア」(カンヌ国際映画祭で創造大賞受賞)を発表すると1984年にフ
a0212807_226972.jpg
ランス亡命、1985年旧ソ連共産党書記長(国家指導者)に就任したゴルバチョフは、改革(ペレストロイカ)と情報公開(グラスノスチ)を宣言、パリに住むタルコフスキー監督へも「‘言論の自由’を認めるのでぜひ帰国して欲しい」と
a0212807_2263744.jpg
要請しましたが、タルコフスキー監督は、つれなく拒否しました。
それくらいタルコフスキー監督は、ロシア映画の芸術性と発展をソ連共産党当局が、検閲と弾圧で阻んできたこa0212807_2271447.jpgとに対する嫌悪と憎悪は、強烈なものでした。
1986年タルコフスキー監督が、亡くなるとタルコフスキー映画を愛した世界的な作曲家武満徹(1930~1996)は、独奏ヴァイオリンと弦楽曲「ノスタルジア~アンドレイ・タルコフスキーの追憶に」を作曲、アンドレイ・タルコフスキーに捧げました。
映画「ノスタルジア」は、ロシア人作家アンドレイ(アンドレイ・タルコフスキー自身がモデル)が、通訳の美しい女性エウジェニアを連れロシアに帰れば農奴になると知りながら帰国し自殺した音楽家パヴェル・サスノフスキー取材のためイタリアのトスカーナに向かうところから始まります。
アンドレイは、心臓病を患い余命が、もう長くないことを知っていました。
a0212807_2293471.png
古都シエーナに「マドンナ・デル・バルトの聖母画」を見に行きましたが、教会で‘君たちの美にはうんざりだ’とエウジェニアに言い残しホテルに帰りました。
a0212807_230476.png
その夜アンドレイは、霧に包まれ走り回る少女と二人の女性その向こうに森の広がる故郷の夢を見ました。
アンドレイとエウジェニアの二人は、旅の最後に小さな温泉地バーニョ・ヴィニョーニに立ち寄りました。
a0212807_233579.jpg
そこで「もうすぐ世界の終末が来る」と信じ家族を幽閉、村人から狂人と呼ばれるドメニコに出遭いました。
ドメニコは、アンドレイを住処の廃屋に招きました。
a0212807_2364469.jpg
あばら屋然とした建物の天井からは、至るところで床に水が滴っており壁には、大きな文字で「1+1=1」という数式が書かれていました。
a0212807_238543.jpg
アンドレイが、ローマに着くとドメニコの廃屋前で別れたニエウジェニアからの電話で「ドメニコが、いまローマにいて3日間演説している。 ドメニコは、彼があなたに依頼した約束を果たしたかと訊ねている。」と伝えました。
a0212807_2384581.jpg
ドメニコは、カンピドリオ広場(ミケランジェロの設計)のマルクス・アウレリウス像に上りわずかな聴衆の前で演説を続けていました。
a0212807_2392744.jpg
「我らは無駄と思える声に耳を傾けなければならない」、「我らの耳と目に大いなる夢の始まりを満たすのだ」と演説を締めくくるとドメニコは、いきなりガソリンを頭から被り焼身自殺しました。
a0212807_2395922.jpgそのころアンドレイは、温泉地バーニョ・ヴィニョーニに戻り、ドメニコから渡されたロウソクに火を点け、広い温泉の一方の端から向こうまで渡り切るという彼との約束を実行していました。
三度目のトライで温泉を渡り切るとアンドレイは、心臓病の発作で突然倒れ、死期が迫った彼の脳裏に浮かんだのは、雪の降り続く懐かしい故郷の風景でした。
by blues_rock | 2015-11-15 00:05 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
65年前の1950年に公開されたアメリカ映画「イヴの総て」(All About Eve モノクロ・スクリーン)は、現在(いま)見ても‘旧さ’をまったく感じない斬新な名作です。
a0212807_2074054.jpgジョーゼフ・L・マンキーウィッツ監督(1909~1993)の脚本が、何よりすばらしく、ニューヨークの煌びやかなブロードウェイ(演劇界)の華やかさとは、裏腹な人間普遍の負の本性(欲望、虚勢、嫉妬、狡猾さ、裏切り、失意など)を辛辣に描いています。
映画の主人公は、ブロードウェイで名実ともに成功した大女優マーゴ(ベティ・デイヴィス 1908~1989)、マーゴに憧れ未来の女優を夢見て手練手管で私設秘書になるイヴ(アン・バクスター 1923~1985)、オーディションに挑戦する新人女優カズウェル(マリリン・モンロー 1926~1962、当時24才まだ無名ながら美しく魅力的)、有名な演劇批評家で新聞のコラa0212807_20125267.jpgムニスト、アディソン(ジョージ・サンダース 1906~1972)ほかマーゴとイヴに振り回される劇作家ビルとマーゴの親友でビルの妻カレン、演出家ロイド、製作者マックスなど男性も登場しますが、男性俳優陣は、主人公のマーゴ(ベティ・デイヴィス)とイヴ(アン・バクスター)を盛り立てる脇役でしかありません。
「イヴの総て」は、1950年度アカデミー賞の6部門で受賞、マンキーウィッツ監督は、前年に続き2年連続のアカデa0212807_20161544.jpgミー賞監督賞と脚本賞受賞という快挙を成し遂げました。
マンキーウィッツ監督の「イヴの総て」の脚本と演出には、ショービジネス化し革新性を失った当時のアメリカ演劇界(ブロードウェイの舞台)への批判精神が根底にあります。
映画は、冒頭アメリカ演劇界最高の栄誉サラ・シドンス賞(架空の演劇賞)が、新進気鋭の女優イヴに贈られる式典から始まります。 (上・下写真:中央の白いドレスが、マリリン・モンロー)
スポットライトを浴びて演劇関係者に満面の笑みで応える新進女優イヴの本性(本当の姿)を知るのは、式典a0212807_20245790.jpgに出席したマーゴ・カレン・アディソン・ビルほか数人だけでした。
遡ること8か月前、大女優マーゴの大ファンという田舎娘のイヴと知り合ったカレンは、親切心でイヴを親友のマーゴに紹介しました。
イヴの哀れな身の上話に同情したマーゴは、カレンの紹介ならとイヴを私設秘書として採用し身の回り一切の雑用を任せました。
利発で気の回るイヴの仕事ぶりにマーゴの周りにいる劇作家・演出家・製作者・批評家たちの評判も良く、イヴa0212807_20261578.jpgは、作り話と媚(こび)を売りながら彼らに近づき、主人マーゴの嫉妬によるイジメにも健気に耐える可哀相な秘書を演じ、恩人であるカレンの後ろめたい弱点をたてに取り脅迫、主演女優マーゴ不在時の代役を自分にするようカレンの意見を聞く夫の劇作家ビルに提案するよう迫りました。
イヴは、自分の野望のためには、手段を選ばず、彼ら全員を踏み台にして首尾よく新進気鋭のスター女優になりました。
a0212807_20264881.jpgだが、海千山千の演劇批評家アディソンは、イヴより一枚上手で、イヴの行動(演技)を総てお見通しでした。
イヴは、自分の受賞祝賀パーティをすっぽかしアディソンに送られてホテルに帰るとイヴの熱烈なファンという若い娘が、部屋に無断で忍び込み彼女を待っていました。
女優イヴに憧れる娘の一途な思いを聞いたイヴは、家に帰れないだろうからと一晩自室に泊めてあげることにa0212807_20291389.jpgしました。
娘は、ホテルの部屋に脱ぎ捨てられていた憧れのイヴが、先ほどまで着ていた華やかなパーティドレスを着て姿見鏡の前に立ち女優になった自分の姿を夢見ていました。
それは、8ケ月前に田舎娘のイヴが、マーゴの舞台控室にあった華麗な衣装をこっそり胸に当てその姿を鏡で見て自分の未来を夢見たのと同じ行為でした。
by blues_rock | 2015-11-13 00:13 | Comments(0)
三日と空けずせっせせっせと金継ぎして‘よしできた!’と自画自賛する作品もしばらく(2、3年)して改めて手に取り眺めてみると‘こりゃダメだ!’と天を仰ぎたくなる作品が、必ず出てきます。
a0212807_22235617.jpg
どの作品も時間をかけた作業の苦労や純金・本銀を蒔いたのに‥モッタイナイというケチ臭い心根が、ネックとなり‘まあいいや’とつい妥協していました。
a0212807_2224482.jpg
それは、金継ぎ技術の上達にとって百害あって一利なしということにようやく気付きました。
何とかしたいと深追いしても最初の工程(とくに下地)に手抜きがあったら墓穴を掘るだけ、いまはダメと思った
a0212807_2226939.jpg
ら中途半端な未練は捨て、一気にエイヤッと剥ぎ落とすようにしています。
それでも上手く行かないとしたら‥漆や金・銀粉などの材料の不具合か、腕(技術)の未熟さか、センスと情熱の
a0212807_22271415.jpg
欠如か、あるいは、その全部か、これからも難儀ながら楽しい‘涙の金継ぎ’は、続きます。
by blues_rock | 2015-11-11 00:11 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)