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心の時空

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a day in my life

<   2015年 10月 ( 15 )   > この月の画像一覧

わが国で最近‘ドローン’という文言が、新聞やサイトの事件記事で頻繁に使われ、テレビやラジオのニュースでもよく耳にします。
‘ドローン(drone)’とは、蜂(雄)という意味ながら今では、「遠隔操縦飛行物体」を指すようになりました。
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私たち日本人は、ドローンと云えば、ラジコンのような農薬散布無人飛行機(ヘリコプター)や上空写真撮影用無人機など小型飛行機のイメージですが、この映画「ドローン・オブ・ウォー」の主役‘ドローン(drone)’は、高性能無人戦闘爆撃機の呼び名です。
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「ドローン・オブ・ウォー」の原題「グット・キル」は、高性能戦闘爆撃機ドローンからレーザー誘導ミサイルを目標(殺すべき敵=テロリストたち)に撃ちこみ、ドローン遠隔操作のアメリカ軍チームが、お互い‘Good Kill!’(‘Good Job’的感覚)と敵の一掃を確認し称賛する用語です。
a0212807_23261830.jpg「ドローン・オブ・ウォー」は、アンドリュー・ニコル監督(1964~ 1997年SF映画「ガタカ」で監督デビュー)の最新作(公開中)です。
映画のプロットは、2010年アメリカのアフガニスタン戦争実話をリアルに描いた戦争映画ながらアメリカ軍兵士が、荒涼としたアフガニスタン山岳地帯の戦場でタリバン軍のゲリラ兵と激しく戦闘する「ローン・サバイバー」のようなシーンはありません。
アフガニスタンから1万数千キロ離れたアメリカ空軍基地のモニター画面を見ながらアフガニスタン上空の戦闘a0212807_2328058.jpg爆撃機ドローンを操縦するパイロット(少佐)のPTSD(心的外傷後ストレス障害)と「アメリカン・スナイパー」の狙撃兵(軍曹)のPTSDは、自分の目に見える明らかに敵(テロリスト)ではない老人・女子供まで遠くから無線で命令して来る上官の命令で殺さなければならないという主人公の良心を苛むストレスと任務の緊張感が、共通しています。
a0212807_23302589.jpgハート・ロッカー」の主人公ジェームズ軍曹もPTSDでしたね。
ストーリーは、配給会社ブロ-ドメディア・スタジオ(ソフトバンク・グループ)のサイトにあった映画紹介を原文のまま貼付いたします。
≪アメリカ空軍のパイロットであるトミー・イーガン少佐(イーサン・ホーク 1970~)の赴任地は、アジアでも中東でもない。 ラスベガスの空軍基地に設置されたコンテa0212807_23312455.jpgナ内でドローンを遠隔操作し、1万キロ余りも離れた異国でのミッションを遂行している。 エアコンが効いたオペレーションルームで1日の任務を終えると、ラスベガス郊外の整然と区画された住宅街のマイホームへ帰り、美しい妻モリー(ジャニュアリー・ジョーンズ 1978~)とふたりの幼い子供との生活に舞い戻るのが日常だった。 しかし圧倒的な破壊力を誇るミサイルをモニターに映った標的にクリックひとつで発射する現在の職務に、a0212807_23322070.jpgまるでゲームのように現実感が欠落して違和感を覚えていた。 CIAの対テロ特殊作戦に参加したトミーは、度重なる過酷なミッションにじわじわと精神を蝕まれ、連日の激務に神経をすり減らし夫婦仲にも冷たい空気が流れていた。 ある日、新人の女性空兵スアレス(ゾーイ・クラビッツ 1988~)がチームに配属されトミーの相棒としてミサイル誘導レーザーの照射をすることになったが、現実感の無い任務の恐ろしさと虚しさを痛感することになる。 あるターゲットへ向けたミサイルの発射からa0212807_2333248.jpg着弾までの7秒のタイムラグの間に、爆撃地点にさまよい込んできた子供たちが巻き添えになってしまったのだ。 発射スイッチを押したトミーはやるせない罪悪感に打ちのめされる…。 やがてストレスが限界を超えたトミーは、冷徹な指揮官からの人命を軽んじた爆撃指令への反抗を決意する。≫ (付記:俳優名・生年は加筆)
ニコル監督は、F-16戦闘機のベテラン・パイロットとして極度の緊張や死と隣り合わせの危険に幾度となく曝a0212807_23344730.jpgされてきたイーガン少佐が、ラスベガス郊外のマイホームから車でラスベガスの街並みを抜け、高速道路で‘身に危険のない安全な戦場’(アメリカ空軍基地ドローン戦闘爆撃機遠隔コントロール・ルーム)へ毎日通勤するという現在の“異常な戦争”で精神のバランスを失くしていく様子をリアルに描いています。
良き夫、良き父であるイーガン少佐は、常時危険に晒されていたF-16戦闘機のパイロットから安全な地上のドa0212807_23365262.jpgローン・オペレーターの任務となり家族と幸せな時間を過ごすはずでした。
しかし、彼の新しい任務は、戦闘機パイロットの誇りと高揚感を喪失させ、モニターによる理不尽なドローン攻撃に自己嫌悪を覚えるようになりました。
モチベーションの喪失からイーガン少佐は、虚脱感や虚無感に苛まれ次第に心を病み(PTSD=心的外傷後ストレス障害)、彼の愛する大切な家族ともコミュニケーションできなくなりました。(もっとこの映画の詳細を知りたい方は、こちらをご覧ください。)
by blues_rock | 2015-10-30 00:03 | 映画(シネマの世界) | Comments(2)
金継ぎ工芸会の会員(研修生)になり、6年目の秋を迎えました。
これまで‘金継ぎ(金継ぎ工芸の総称)’がしたい、その一念で材料は、自宅の割れ茶碗、縁の欠けた皿、教室
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で購入した新旧陶磁の教材、日用品中古ショップで購入した陶磁器を割るなどして無暗矢鱈に金(青金・本銀・錫・梨子地・漆)継ぎしてきました。(参考:Ma petite galerie
a0212807_22324145.jpgわが未熟さを棚に上げ、丁寧に教えてくれる方のアドバイスもうわの空で聞き、金継ぎ技術書も開かず、ヘタな鉄砲も数打ちゃ当たる(やりゃ上手くなる)と信じ闇雲に取り組んできました。
この5年の‘汗の結晶’を並べて眺めてみると乱雑な未熟さに恥じ入ります。
金継ぎを始めたころの初心に戻り、先輩諸氏の教えを素直に聞き、漆工芸の専門書で金継ぎ技術を学びながら名人たちの離れ業a0212807_22402049.jpgが、“自家薬籠中の物”となるまで新たな気持ちで「金(青金・本銀・錫・梨子地・漆)継ぎ」に挑戦していきたいと思います。
「臥牛白鷺文輪花鉢」(こちら 上写真)の金共継ぎが、脆く仕上げもイマイチでしたので、再度継いだ箇所を漆で固め、さらに凹部分にサビ漆を入れ今回は、赤漆に銀を蒔き、ほんのりと薄墨桜色した銀の‘本銀共継ぎ’にしました。
玄洋窯 湯呑茶碗‥お茶や焼酎のお湯割り用として使っているうち縦に一筋、細いヒビが入りましたので、生正味漆を入れヒビの拡大を止め呂漆でヒビを埋めて本銀継ぎにしました。
by blues_rock | 2015-10-28 00:08 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(2)
a0212807_20413790.jpg「マグノリア」は、お互い関係のない男女9人が、それぞれの事件を通して関わっていく(お互い意識せずに出遭っていく)24時間を描いた群像劇で、3時間を超える長尺(長編)ながら、登場人物たちの心の奥底にある怨念や憎悪、確執と葛藤など彼らの負の愛情(心の裏側)、孤独の影に隠れている‘やさしさ’を見せながらドラマ(群像劇)を盛りあげていく手腕(脚本と演出)は、本当にスゴイと思います。
映画に登場する老若男女9人は、不思議な縁(えにし)で繋がり、彼らの不幸な人生が、その縁(えにし)に絡みもつれ、やがて解(ほど)けて和解という糸に結ばれていくというストーリーです。
劇中、終始不機嫌で仏頂面しているジャンキーのメローラ・ウォルターズ(1968~)が、最後に涙ぐんでニコッと笑うエンディングは、すばらしいシーン(下写真)でした。
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アンダーソン監督は、(この映画について)「エイミー・マン(1960~ シンガーソングライター)の歌(アルバム「バチュラーNo.2」)にインスパイアされて作った、小説を映画にするのと同じコンセプトで彼女の音楽を映画化してみたかった。」と述べています。
a0212807_20451767.jpgエンドクレジットにエイミー・マンの歌う「セイブ・ミー」が、流れます。
「マグノリア」は、ベルリン国際映画祭で金熊賞(グランプリ)を受賞しました。
2002年作品「パンチドランク・ラブ」は、ペーソスあふれるコメディ映画と云うか、ブラックユーモアによるユニークなコメディ映画と云うべきか、ギャグ満載の映画です。
この映画もアンダーソン監督(脚本・製作)のユニークな演出とそれに応える映像で撮るエルスウィット撮影監督a0212807_20455567.jpgの手腕が、生んだ作品で、カンヌ国際映画祭監督賞を受賞しています。
ロサンゼルスに住む独身男性バリー(アダム・サンドラー1966)は、トイレ掃除用ラバーカップや変わった日用品を製造販売する小さな会社のオーナーでした。
普段は、おとなしく真面目な青年ながら、何かにつけ口うるさい姉たちの中で育ったため追いつめられストレスが、溜まると情緒不安定になり突然切れる性格でした。
また女性に対する不信感も相当なもので引きこもりの孤独な中年男性でした
a0212807_212275.jpgそんなバリーの関心は、ヘルシー・チョイス社の特典プリンを大量に買い、プリン代よりも価値のある特典の航空会社マイレージをたくさん貯めること(実話)でした。
ある日、彼の職場を訪ねて来た姉から彼女の同僚リナ(エミリー・ワトソン 1967~ 1996年「奇跡の海」でデビュー)を紹介されました。
静かでやさしい感じの彼女に惹かれたバリーは、不器用ながら彼女を食事に誘い、二人の距離も少しずつ縮まっていきました。
ある夜、バリーが、ふとダイヤルを回したテレフォンセックスのサービスコールは、インチキで彼のクレジット・カードに法外な利用料請求が来ました。
支払わないバリーに元締めのボス(フィリップ・シーモア・ホフマン)から脅迫電話が、かかって来ました。
そして、プロの集金人が、取り立てに来て暴力でバリーから有り金を奪って行きました。
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再びじっと我慢の人生へ逆戻りするかと思われたバリーですが、暴力によるストレスでブチ切れた彼は、自分を奮い立たせ強奪された金を取り返しにボスの元に向かいました。 (上写真:ポール・トーマス・アンダーソン監督)
by blues_rock | 2015-10-26 00:06 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_1581988.jpgポール・トーマス・アンダーソン監督(1970~)は、26歳のとき「ハードエイト」(1996)で長編映画監督デビューしました。
それから19年、今年2015年4月公開の最新作「インヒアレント・ヴァイス」まで7作を撮っています。
私が、初めてポール・トーマス・アンダーソン監督の作品を見たのは、「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」で、この映画のインパクトが、鮮烈で全作品を夢中になって見ました。
全7作品いずれも秀作ぞろい(私好み)でアンダーソン監督は、現在45歳ながら名監督の一人と断言して良いと思います。
監督デビュー作の1996年作品「ハードエイト」は、弱冠26歳のアンダーソン監督の手慣れた(熟練した)演出が、見どころです。
この「ハードエイト」から長年コンビを組むことになる撮影監督のロバート・エルスウィット (1950~アンダーソン監督7作品のうち6作品を撮影)との呼吸もぴったり、アンダーソン監督作品の特長とも云える不条理劇のような演出手法(唐突なドラマ構成)が、すでにこの「ハードエイト」から見られます。
a0212807_1585558.jpgハンデイカメラによる長回し撮影や登場人物たちの表情のアップは、不穏さを煽り、これから一体何が始まるのだろうという不気味な雰囲気を見る者に与えます。
「ハードエイト」とは、サイコロ賭博の一種で、サイコロの4が、ゾロ目になることです。
主人公のナゾに包まれた初老の男シドニー(フィリップ・ベイカー・ホール 1931~ 正体不明のナゾの男をしぶく好演)は、賭博で無一文になったジョン(ジョン・クリストファー・ライリー 1965~)に声をかけナゼか親切に面倒をa0212807_2142627.jpg見、脇の甘いジョンが、好意を寄せるカジノの接客係で実は娼婦のクレメンタイン(グウィネス・パルトロー 1972~)、シドニーの過去を知るギャンブラー(サミュエル・L・ジャクソン 1948~)、シドニーに‘ハードエイト’で勝負を挑むサイコロ振り(フィリップ・シーモア・ホフマン)など出演者は、いずれも実力派の俳優ぞろいです。
1997年作品「ブギーナイツ」で、アンダーソン監督(脚本・製作)は、ポルノビジネスに生きる業界人たちの光と影を群像劇にして滑稽(ブラックユーモア)かつ辛辣(シリアス)に描いています。
この作品でアンダーソン監督は、一躍映画ファンに注目されるようになりました。
ロバート・エルスウィットが、撮影監督を担い、主人公のポルノ男優(マーク・ウォールバーグ1971~)の成功と人a0212807_2241370.jpg気低下さらに薬物中毒による転落、ポルノ映画を真面目に撮る大御所のポルノ監督(バート・レイノルズ1936)、業界のお母さん的ベテランポルノ女優(ジュリアン・ムーア 1960~)、セックス好きのポルノ女優を妻にもつ撮影スタッフ(ウィリアム・H・メイシー 1950~)、ギスギスした現場のなだめ役スタッフ(フィリップ・シーモア・ホフマン)などおもしろい群像劇の映画です。
a0212807_2245356.jpg1999年作品「マグノリア」もまたアンダーソン監督(脚本・製作)とエルスウィット撮影監督による秀作映画です。
タイトルの「マグノリア」とは、木蓮の花のことですが、この映画の舞台となるロサンゼルスの「マグノリア」通りを指す暗喩と考えられます。(後編に続く)
by blues_rock | 2015-10-24 00:04 | 映画(シネマの世界) | Comments(2)
秋の一日、唐津の「名護屋城」を訪ねました。
佐賀県唐津市に在る安土桃山時代の城跡「名護屋城」は、1591年に太閤となった天下人の豊臣秀吉(1537~1598)が、自らの野望「唐入り(東アジア支配)」のために軍事拠点として諸大名に築城普請させたものです。
a0212807_1625879.jpg築城当時「名護屋城」は、大坂城に次ぐ大きな城で太閤秀吉の号令のもと突貫工事により何と8か月で5層7階の城を完成させました。
そして、この「名護屋城」の周囲118か所に秀吉の権威を示すため諸大名の陣営を設けました。
現在、65か所の陣跡を遺構として見ることができます。
太閤秀吉は、この城から外征(「唐入り」のための‘朝鮮出兵’)の大号令を発し1592年朝鮮出兵(文禄の役)する20万余の軍勢(大艦隊)を見送り、1598年には、第二次朝鮮出兵(慶長の役)の14万軍勢(大艦隊)を見送りました。  (上写真:「名護屋城」史跡から眺める玄界灘、正面彼方に‘壱岐’が見えています。)
1592年、日本国の独裁者(絶対君主)となった太閤秀吉の頭には、朝鮮半島を領有し「唐入り」(明朝中国を支
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配)した後、天竺(インド)と南蛮(ヨーロッパ)を征服するという途轍もない世界制覇の野望がありました。
ジャンケン後出しで思考する後世の歴史家たちは、太閤秀吉の妄想を嗤いますが、私は、インターネットも軍事人工衛星もなかった5世紀前に、自らの野望を実現しようと実行に移した絶対君主(7つの海を支配した大英帝a0212807_16312146.jpg国の絶対君主エリザベスⅠ世1533~1603と同時代)が、この国にいたことを驚きます。
ルイス・フロイス(1532-1597 キリスト教イエズス会の宣教師)は、安土桃山時代の日本に35年間滞在し、イエズス会の布教活動と共に日本の文化や風俗を記録(「日本史」)しています。  (上写真:現在の大阪城‥これと同じような城を8か月で建築し秀吉没後に廃棄とは モッタイナイ)
ルイス・フロイス(右下彫像)が、記録した報告書には、織田信長が「毛利元就を滅ぼし日本66か国を平定したa0212807_16545184.jpg後、大艦隊を率いて中国に渡り明を武力で征服する。日本国は我が子たちに分かち与える。」と記してあります。
1982年、織田信長が、明智光秀のクーデター(本能寺の変)により暗殺されると信長の野望(世界制覇の意志)は、信長を崇拝する秀吉に引き継がれました。
1592年5月18日付の太閤秀吉から関白豊臣秀次(1568~1595 秀吉の甥)に宛てた書状には、「宮中を高麗に置き、3年後天皇を北京に移し10か国を朝廷の領地とする。秀次を大唐(中国)の関白に就任させ100か国を与える。自分(秀吉自身)は、一旦北京に入った後、天竺と南蛮を征服するため寧波(ニンポー 浙江省の港町)に移る」とありました。
そのための軍事拠点として築かれたのが、唐津の「名護屋城」でした。
朝鮮半島で交戦した豊臣秀吉を最高司令官とする日本軍(総兵力50万)と朝鮮を支援する明の中国軍(推定兵力50万)の戦争は、双方の軍事力から見て16世紀最大の戦争でした。
a0212807_172367.jpg気性が激しく即断即決の独裁者である太閤秀吉に対し甥の関白秀次は、穏やかで思慮深い性格であったと云われています。
秀吉の強引な‘朝鮮出兵’に心中、不本意(反対)であった諸大名たち‥1467年の「応仁の乱」から続く内戦(戦乱の世)を終え、心身、財政ともに疲弊していた大名たちを慮(おもんばか)った関白秀次は、太閤秀吉から朝鮮出兵の命に背き出陣しようとせず、「名護屋城」築城に多額の出費をした諸大名(例えば毛利家)の財政窮乏を救済するため、聚楽第a0212807_1731967.jpg(豊臣政権の政庁)の金庫から秀吉に無断で貸し付けていたことなどを謀反の罪に問われ切腹させられました。
1598年、‘朝鮮出兵’の総司令官太閤秀吉が、没すると朝鮮にいた諸大名は、一斉に撤退し帰国、この時に茶の湯を嗜む大名たちは、多くの朝鮮陶工を同行して帰国、彼らに名字帯刀を与え、唐津・伊万里(有田)を中心に今日に至る日本陶磁器の礎を築きました。(参考:有田窯の陶祖 李三平についてはこちら / 下写真:古唐津 鉄絵柿文三耳壺 重要文化財)
a0212807_179555.jpg太閤秀吉の死で疾風怒濤の風雲「名護屋城」も廃城になりました。
秀吉が、名護屋城に滞在したのは、延べ日数にしてわずか1年2か月、滞在中は、戦況の報告を受けたり、明の情報を集めるためイエズス会宣教師たちに謁見したり、何より山と海に囲まれた豊かな唐津の自然を満喫し大いに茶の湯を愉しんでいたそうです。
その様子は、映画「利休」のなかで描かれていますのでご覧いただくと大いに参考になると思います。
by blues_rock | 2015-10-22 02:22 | 社会/歴史/思想 | Comments(0)
名匠今村昌平監督(1926~2006)の1997年作品が、「うなぎ」です。
この映画は、カンヌ国際映画祭最高賞のパルム・ドール(Palme d'Or)を受賞、1983年作品「楢山節考」に続き、今村監督2度目のパルム・ドール受賞です。
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今村監督作品のパルム・ドール受賞作2作とも印象に残る秀作ですが、私の最も好きな映画は、何と言っても「復讐するは我にあり」です。
さて、この映画では、タイトルどおり主人公のペット「うなぎ」が、劇中の重要な狂言回しを演じています。
a0212807_19323333.jpg「うなぎ」は、水槽の中から人間たちの様子をただ眺めているだけながら今村監督のこの演出が、すばらしいと思います。
映画の物語は、1988年の夏から始まります。
釣りだけが趣味の実直なサラリーマン山下(役所 広司 1956~)は、ある日、貞淑と思っていた妻が、自分の夜釣りのたびに浮気をしているという差出人不明の手紙を受け取りました。
半信半疑の彼が、夜釣りに行くふりをして夜遅く帰ると手紙にあったとおり妻は、浮気をしていました。
山下は、自分の知らない妻の乱れた姿に激しい怒りを覚え、我を忘れて台所の包丁で妻を刺殺しました。
a0212807_19344681.jpgそれから8年、刑務所を仮出所した山下は、千葉県佐倉市の住職(常田富士 1937~)の世話で利根川の河辺に小さな理髪店を開業しました。
妻を刺殺してから山下は、仮釈放中にトラブルを起こしてはならないこともあり人と交流することを避け水槽で飼っているうなぎを話し相手に暮らしていました。
ある日、飼っているうなぎのエサを捕りに行った河原の茂みの中で、山下は、多量の睡眠薬を飲んで倒れていa0212807_19351977.jpgる女性(清水美沙 1970~)を発見しました。
桂子と名乗るその女性は、山下から早く発見されたことで助かりましたが、「東京に帰りたくない」と言う桂子の願いに彼女の身元引受人となった住職の妻から山下の理髪店で働かせて欲しいと無理やり押し切られてしまいました。
金融業を共同経営している愛人(田口トモロヲ 1957~)や精神を病む資産家の母から逃がれるため自殺を図った桂子と関わることは、山下にとって迷惑なことでした。
a0212807_1936173.jpg本来の明るさを取り戻した桂子の助力で山下の理髪店は、少しずつ繁盛するようになり、彼の頑なな気持ちも次第に解されていきました。
そんな彼の前に同じ刑務所に居て出所後ゴミ収集の仕事をしている男(柄本明1948~)が、桂子と幸せそうに働いている山下を偶然見てやっかみ、桂子に彼の前歴を教え理髪店の入口に怪文書を貼るという嫌がらせをしました。
a0212807_19371255.jpg桂子もまた愛人の子供を妊娠していると分かり親切にしてもらった山下に迷惑のかからないよう彼の前から姿を消しました。
過去を清算しようと東京に戻った彼女は、統合失調症の母を入院していた病院に帰し、金融会社に預けていた母の財産(預金通帳)を取り返し再び山下の理髪店に戻って来ました。
しかし、愛人は、手下を連れて山下の理髪店に乗り込み、桂子から預金通帳を取りあげ、妊娠している彼女を強引に連れ戻そうとしました。
a0212807_19373965.jpgそれまで桂子を頑なに拒絶していた山下は、敢えてトラブルに巻き込まれることを承知のうえで彼女を守りました。
山下は、仮出所中にトラブルを起こしたことで刑務所に戻ることになりましたが、佐倉の住職夫婦や地元の人たち、桂子との交流を通して忘れていた人間らしい気持ちを取り戻していました。
彼は、刑期を終えて帰って来るのを待つと云う桂子と産まれて来る子供の三人で人生をやり直そうと決心し刑務所に向かいました。
by blues_rock | 2015-10-20 00:02 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
真空管ラジオから毎日早朝に流れて来る「朝はどこから」を幼い子は、蒲団の中でいつも聴いていました。
1945年10月に発表された「りんごの唄」と1946年6月発表の「朝はどこから」は、私が子供の頃を憶い出す時、
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心の中で必ず流れる人生のサウンドトラックです。 (上写真:福岡市南区の油山に昇る朝日)
私は、この歌をその日に通所の高齢者の皆様方(70代半ばから100才くらい)と一緒に大声で何度も唄います。
a0212807_12291298.jpgこの歌と直接何の関係もありませんが、3年前の拙ブログ2012年9月16日「朝はどこから(閑話三題 その二)」を貼付いたします。
と云うのも先週(10月11日)日曜日の日本経済新聞の朝刊一面見出しに「中国、原発新設を加速、年6~8基 国産実用化」とあったからです。
記事内容を要約すると「中国は、2016年からの次期5か年計画に原子力発電を加速‥従来の年3~5基の原子力発電所増設計画を年6~8基に上方修正し2030年までに原子力発電大国のアメリカ110基を上回る原子力発a0212807_12315168.jpg電所大国になる」ということでした。
これからもこの日本で平和に暮らし続けることを願う国民(有権者・納税者・国籍を有する者)は、「クールな目」~つまり、個人の自由ならびに基本的人権を普遍の権利・義務とし、自立・自助・自己責任が、価値観となる思考により東アジアや世界(国際社会)に対する日本の立ち位置(内政や外交)を明確にしなければなりません。 (参考:「原子力発電所‥もっと皆で考えよう」)
同時に自分のアタマで、いま目の前にある出来事や事件に対し、是々非々(リアリズム)の対応をしていかないと私たち日本人は、間違いなく再び不幸な生活を強いられるようになるでしょう。
by blues_rock | 2015-10-18 00:18 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(0)
a0212807_964544.jpg才能とは、‘こういうことなのか’と明確に理解できる映画が、1984年に長編監督デビューしたコーエン兄弟の初作品「ブラッドシンプル(Blood Simple)」です。
クレジットには、製作イーサン・コーエン(1957~ 兄)、監督ジョエル・コーエン(1954~ 弟)、脚本イーサンとジョエルの共同執筆となっていますが、コーエン兄弟監督の16作品(製作・脚本・監督)は、すべて二人相談しながらケース・バイ・ケースで役割分担しています。
コーエン兄弟監督は、カンヌ国際映画祭受賞の常連でパルムドール(1)・監督賞(3)・審査員特別賞(1)を受賞しています。
1996年作品「ファーゴ」では、アカデミー賞2部門で受賞、主演のフランシス・マクドーマンド(1957~ ジョエル・
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コーエン夫人)が、アカデミー賞主演女優賞を受賞しました。
2007年作品「ノーカントリー」では、アカデミー賞4部門で受賞しています。
a0212807_9105744.jpgさて、1999年日本公開のディレクターズ・カット版でタイトルが「ブラッドシンプル/ザ・スリラー」と改題された「ブラッドシンプル」は、コーエン兄弟監督作品の特徴であるハードボイルドタッチのミステリー・サスペンス映画のスリラー色をより強調するため、当初のタイトル「ブラッドシンプル」に「ザ・スリラー」を入れました。
映画の舞台は、テキサスのある小さな田舎町です。
a0212807_9115972.jpg主人公は、妻(フランシス・マクドーマンド)の浮気を疑う酒場の経営者とその妻、実際浮気をしている妻と酒場の若い従業員、酒場の経営者が、雇ったウサン臭い私立探偵の4人です。
それぞれ4人の思惑と勘違いによる行動は、事態を少しずつ歪ませていき思わぬ殺人事件へと発展していきます。
a0212807_9123428.pngミステリーやスリラーをくどくど説明するのは、愚の骨頂と云うもの‥秋の夜長、スリラーに興味のある方にお薦めしたい映画です。
いまや名匠の誉れ高いコーエン兄弟監督の若く、瑞々しい映画(映像)才能を感じるデビュー作品としても映画ファンには、必見の映画です。
by blues_rock | 2015-10-16 01:16 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_2281393.jpg山椒の実が、熟れると外殻は、三片に割れます。
採取した実から種実を取り乾燥させ香辛料や料理の薬味に加工します。
極少量で鼻にツンと抜ける香味とピリリと舌に感じる味覚は、山椒独特のもの、見かけが、小さくとも、イザと云うとき大きさ存在であることを意味する‘山椒は小粒でピリリと辛い’と云う格言は、ここから来ています。
ある日、冷やかしに立ち寄った日用品のユーズトショップで、信楽の武骨な割山椒向付((無キズ5点組))が、ふと目に留まり何気に値段を見て衝動買いしてしまいました。
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完品なので3点を同僚にあげ、2点を残しベンガラ漆継ぎにしました。
完品をわざわざ壊して再生するなど‘愚の骨頂’と分かっていながら、完品の陶磁器を見ると壊して、その器に
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相応しい金継ぎを無性にしたくなります。
病、膏肓(こうもう)に入る‥この病、不治の病かもしれません。
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by blues_rock | 2015-10-14 00:04 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)
イタリア・イギリスの合作映画「おみおくりの作法」(映画の原題は「Still Life」)は、今年2015年1月に日本公開されたイギリスの地域民生公務員を主人公にした地味な映画ですが、映画館は、連日満席だったようです。
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監督(ならびに脚本・製作)は、イタリアのウベルト・パゾリーニ(1957~ )で、イギリスのロンドン南部を舞台に44歳の独身男で民生係の地域公務員ジョン(エディ・マーサン 1968~)の仕事を通して「孤独死した人たちの人生
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の最期」を丁寧に描いています。
孤独死をテーマにした何とも地味な映画「おみおくりの作法」が、連日盛況だったことの背景に、もはや孤独死a0212807_1112237.jpgは、他人事でなくなったというわが国の高齢化社会という現実が、あるからでしょう。
主人公のジョンを演じたイギリスの俳優エディ・マーサンは、今まで名脇役として多くの映画に出演、この映画が、彼の初めて主演作品です。
エディ・マーサンのリアリティのあるシブイ演技(実在感がすばらしい!)とウベルト・パゾリーニ監督の丁寧な演出が、融合してできa0212807_1185765.jpgた豊饒な世界を私たちは、見ることができます。
パゾリーニ監督は、孤独死した死者の身元(親族・知人など)を探し丁寧に弔うジョンの几帳面さと質素な暮らしぶりをシックな色調(トーン)で見せ、透明感のある静謐(せいひつ)な映像の中に人間味あふれる豊饒な精神を感じさせる佳作映画にしました。
a0212807_128259.jpgイタリアの名匠ジュゼッペ・トルナトーレ監督(1956~)は、この映画「おみおくりの作法」を絶賛しています。
物語を簡単に云うと主人公の民生係ジョンの仕事は、孤独死した人たちの葬儀を行ない埋葬することでした。
故人の人生にとって最期の儀式である葬儀のために、本人の写真を探し宗教を特定、看取る人もいなかった故人に弔辞を書いてあげ、死者の葬儀にa0212807_129845.jpg相応しい音楽を選び、故人の親族(大抵の場合絶縁している)・知人(ほとんどいない)に
何とか連絡し葬儀への出席を依頼するというそんな地味な仕事でした。
上司は、ジョンの丁寧で誠実な仕事ぶりに無駄が多いと伝え行政の経費削減(公務員の人員整理)のために彼を解雇しました。
a0212807_130832.jpgジョンの最後の仕事となったのが、彼のアパート自室から見える真向かいのアパートの一室で孤独死した男性の葬儀でした。
故人は、身寄りのないビリーという初老のアルコール中毒患者でした。
ジョンは、酒瓶の散乱するビリー老人の部屋に遺された古いアルバムを見つけ、そこに貼られた笑顔で写る少女の写真を手がかりにイギリス国内を回り、ビリーの人生a0212807_1304689.jpgのピースを少しずつ集め組み立てていきました。
死者の過去(生前のビリー)を探す旅で出遭った人々と話すうちに、無頼な男であった故人の荒んだ人生にも幸せな時があったことを知りました。
古いアルバムの少女は、故人の一人娘ケリー(ジョアンヌ・フロガット 1980~)でした。
a0212807_131231.png女性とカフェに入ったことのないジョンでしたが、ケリーとカフェでお茶を飲みながら亡くなった父親の葬儀のことを知らせました。
ここからラストまでのシークエンス(映画のクライマックス)は、感動的ながら何とも切なく、ウベルト・パゾリーニ監督(左写真)が、映画「おみおくりの作法」を見ている私に「これが真実の愛(精神・魂)なのでは?あなたは、どう思う?」とメッセージしているように思えました。
by blues_rock | 2015-10-12 00:12 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)