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心の時空

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a day in my life

<   2015年 07月 ( 16 )   > この月の画像一覧

私は、普段映画を見るとき、監督・脚本・俳優のどれか一つクリアすることで選択してしていますが、現在公開中のサスペンス・ミステリー映画「チャイルド44 森に消えた子供たち」は、この三つに加え、私の評価する製作・撮影・編集など主要なスタッフ陣(縁の下の力持ち)に各国の優れた映画人が、参加しており迷わず見ました。
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まず監督ですが、スウェーデンの俊英映画監督ダニエル・エスピノーサ(1977~ 2012年「デンジャラス・ラン」)、彼に白羽の矢を立てたのは、今回製作を担ったギリス映画界の重鎮にして名監督リドリー・スコット(1937~)、原作者が、イギリス新進気鋭の推理小説家トム・ロブ・スミス(1979~ 2008年「チャイルド44」で作家デビュー)で
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スコット監督は、このミステリー小説の映画化権をいち早く取得していました。(上:撮影中のエスピノーサ監督)
脚本をアメリカの脚本家リチャード・プライス(1949~ 1989年「シー・オブ・ラブ」~アル・パチーノ主演)に依頼し、撮影監督は、イギリスの名撮影監督オリヴァー・ウッド(「ジェイソン・ボーン」シリーズ、「デンジャラス・ラン」)、編集a0212807_11464242.jpgをアメリカのディラン・ティチェナー(1968~ 「ゼロ・ダーク・サーティ」ほか数々の秀作を編集)が、担いました。
出演者も各国の名優ぞろいで、イギリスの若手俳優トム・ハーディ(1977~ 「マッドマックス 怒りのデス・ロード」)、同じくイギリスの怪優(性格俳優)ゲイリー・オールドマン(1958~ 1986年映画「シド・アンド・ナンシー」でデビュー)、フランスの俳優ヴァンサン・カッセル(1966~)、スウェーデンから女優ノオミ・ラパス(1979~ 「ミレニアム」シリーズの主人公リスベット・サランデルa0212807_11501490.jpg役で有名)、同じく若手俳優ジョエル・キナマン(1979~ 2014ニュー・ヴァージョン「ロボ・コップ」)、他にも錚々たる名優が出演しています。 
映画の原作となったミステリー小説は、実際当時のソ連で起きた猟奇的大量殺人事件(犠牲者52人)を下敷きに書かれています。
1953年ソ連共産党を率いた独裁者スターリン政権時代、絶対権力者スターリンの指導のもと「理想国家のソヴィエトに犯罪はない。犯罪(殺人)は、資本主義の病である。」のトンチンカンな思想が、絶対であったソ連社会のa0212807_11583166.jpg暗部を実にリアルに描いています。
当時、ソ連の食糧を賄う農業地帯のウクライナが、大飢饉で人民は、飢餓に苦しみ貧困に喘いでいました。
人民の反乱を監視する国家保安庁(国家秘密警察)は、人民に密告を煽り、例え家族や同僚でも国家反逆の疑い(些細な不満でも反逆罪としてでっち上げ)があれば、スパイとして処刑(粛清)されるか、シベリア開発の労働力(奴隷)として強制収容所に送られました。 (注:76万人の日本人シベリア抑留も目的は‘奴隷’労働力 ⇒ こちらa0212807_1159567.jpg
国家保安庁の憲兵レオ(トム・ハーディ)は、ドイツ戦線の英雄で、辣腕の秘密警察官として次々にスパイ容疑者を国家反逆罪で逮捕していました。(後編に続く)
by blues_rock | 2015-07-31 07:27 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
ロシア(旧ソ連)の奇才映画監督アレクセイ・ゲルマン(1938~2013没 、享年74才)の遺作となったSF映画「神々のたそがれ」を、福岡市天神のKBCシネマで見ました。
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この一週間、映画の感想を‘どう書いていいのか’私の頭の中が、なかなかまとまりませんでした。
ボッシュ「快楽の園」から色彩を抜いて映像化したような‥、奇才パゾリーニ監督(1922~1975 イタリアの映画監督、暗殺)の遺作「ソドムの市」(1975)を彷彿とさせる“退廃の極み”をモノクローム映像にしたような‥ゲルマンa0212807_0332917.jpg監督の新作「神々のたそがれ」(Hard to be a god 神はつらい)の映像に映るのは、いたるところに放置された腐乱屍体、天井からぶら下がる人間の臓物、汚泥と糞尿塗(まみ)れの汚物が散乱した世界です。
いやはや何とまあ、劇中終始聴こえる擬音(クチャクチャ、ベチョベチョ、ピチャピチャ‥等)は、まだ我慢できるとしても、もし映画に‘色と臭い’があったならば、その生理的に不快な色と腐敗臭・糞尿臭など鼻を突く悪臭で私は、きっと吐き気を催し映画館の外に飛び出したことでしょう。
a0212807_0351632.jpg昔、旧ソ連時代の名匠にして鬼才の映画監督アンドレイ・タルコフスキー(こちら)は、このSFデストピア映画の怪作「神々のたそがれ」を監督したアレクセイ・ゲルマンを評して「そう言えば、最近映画界に非常に才能ある人間が、現れたよ。レニングラードのアレクセイ・ゲルマンだ。」と語っていたそうです。
映画サイトでの「神々のたそがれ」の評価は、コアな映画ファンによる大絶賛と映画に娯楽性を求める映画ファa0212807_037712.jpgンの酷評とが、相入り乱れており、映画に対するその嗜好、つまり見た人の‘好き嫌い’により大きく二分されています。
私は、冒頭シーンの雪に覆われた美しいモノクロ映像に感心していたら次第に唖然とする醜悪なシーンの連続(ドキュメンタリーのような単調なシークエンス)になり、見ていてだんだん眠くなり3時間余りの上映時間の途中、睡魔と闘いながら見ていました。
しかし、見終わった途端、また最初から無性に見たくなる不思議な映画でした。
a0212807_0374726.jpg目(視覚)に入るのは、モノクロ(白黒)の醜悪な映像ですが、耳(聴覚)に聴こえるヴァイオリンとチェロの旋律の心地好いこと、眠たくなるのも仕方ないことかも知れません。
映画は、地球より800年近く文明の遅れた灰色の惑星が物語の舞台です。
その惑星に地球から各分野の学者30人が、調査団として派遣されました。
派遣された学者の中に主人公の貴族ドン・ルマータ(レオニド・ヤルモルニク 1954~ 主演と製作)がいました。
a0212807_042387.jpg地球に例えるならルネサンス期前の中世ヨーロッパ暗黒時代を思わせる灰色の惑星は、絶対王政下にあり、都アルカナルでは、王国で何かが、起きるのを怖れるかのように、王権守護大臣ドン・レバの率いる灰色隊による暴政と虐殺が、日々行なわれていました。
大学は、徹底して破壊され、逮捕された学者・知識人・思想家たちは、危険分子と見なされドン・レバの命令で次々に処刑されていました。
a0212807_045032.jpg愚者と狂人しか生存していない灰色の惑星で調査を開始した地球から派遣されたドン・ルマータたち30人の学者は、迫害に耐える住民たちから‘神のように’崇められますが、惑星の政治に関与することは、許されませんでした。
ドン・ルマータは、腐乱した屍体や糞尿にまみれた汚泥の中で虚無的に死を待つ愚者や狂人たちの群れが、終末に向かって自己破滅していく惑星の姿と重なり「神でいることはつらい、疲れた、もううんざりだ。」とつぶやきます。
a0212807_0454163.jpgゲルマン監督は、「神々のたそがれ」の脚本初稿を1968年に書きあげていましたが、同年春、ソ連共産党によるチェコ自由化運動(プラハの春)への軍事介入によりソ連国内でも表現や言論の統制も強化され映画化は、不可能になりました。
1991年にソ連が崩壊、ゲルマン監督は、ただちに映画製作の準備に入り撮影6年、編集に5年をかけ、1968年の脚本初稿から2013年の映画完成までに45年の歳月を費やしました。
撮影監督を務めたウラジーミル・イリネ(1947~)とユーリー・クリメンコ(1944~)のカメラは、ゲルマン監督の演a0212807_0493426.jpg出した後景にいるエキストラ俳優たちを始めカメラの映像に入る犬や鶏の位置にも気を配り素人が、無造作にビデオ撮影しているようなカメラワークながら常に動きまわるカメラを時おり覗きこむ俳優たちの動きに精緻に合わせたそのカメラ・コントロールは、見事というほかありません。
私は、奇才アレクセイ・ゲルマン監督の気宇壮大な妄想力について書き切れませんので、この続きは、「神々のたそがれ」の‘公式サイト ≫ 物語’でご覧ください。 (上・下写真:撮影の指示と演技指導するゲルマン監督)
a0212807_0501299.jpgゲルマン監督の辛辣なブラック・ユーモアと強烈なパロディで描かれた灰色の惑星とは、 もしかしたら“近未来の地球”なんて云うことにならぬよう(「起きるかもしれないことは起きる」 マフィの法則)この映画を私は、他山の石にしたいと思います。
享年74才で亡くなったゲルマン監督には、せめてあと5年長生きしていただき日本奇書の最高傑作「家畜人ヤプー」をゲルマン監督のイメージで撮っていただきたかったと私は、見果てぬ夢を見ています。
by blues_rock | 2015-07-29 00:00 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_8461055.jpgメキシコの映画監督にして鬼才アルフォンソ・キュアロン監督(1961~)の2013年SF映画「ゼロ・グラビティ」は、アカデミー賞監督賞以下7部門で受賞するという快挙を成し遂げました。
キュアロン監督が、その7年前の2006年に同じメキシコの名撮影監督エマニュエル・ルベツキ(1964~ 「ゼロ・グラビティ」、「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡) こちら」で連続アカデミー賞撮影賞受賞)と組んで発表した「トゥモロー・ワールド」(監督・脚本・編集、原題 Children of Men 人類の子供たち)は、SFディストピア映画の秀作です。
鬼才キュアロン監督と名匠ルベツキ撮影監督という映画界屈指の強力タッグが、取り組んだ数々の「長回し」が、この映画の最大の見どころです。
とくに映画の終盤、6分におよぶ戦闘シーンの‘長回し’を始め、映画冒頭、主人公が巻き込まれるテロの爆破シーン、乗用車の襲撃シーン、子供の出産シーンなど長回し(と見えるように)撮影されたカメラ映像は、臨場感にあふれ、ディストピア(悪夢のような近未来)映画ながら迫力とリアリティのある映画でした。
a0212807_8494018.pngストーリーは、2027年11月のイギリスが、舞台です。
世界中の国々が、内戦やテロによって壊滅、政府の統治機能は、崩壊していました。
イギリスだけが、強力な軍事力でどうにか秩序を維持‥と云っても言論統制・情報操作・警察国家・官僚支配による国家権力は、全体主義思想により徹底的に国民を管理・統制していました。(東アジアのどこかの国とそっくりです。)
a0212807_850317.jpg政府は、国民に見せかけの自由(パンとサーカスの愚民政策)を与え、「イギリスこそ理想社会」と洗脳、‘人間の尊厳’を訴え支配体制(国家権力)に抵抗する人びとや組織(レジスタンス)には、治安警察(政府軍)が、容赦ない弾圧と制裁を加え社会から排除し隔離地域(ナチスドイツのユダヤ人ゲットーのよう)に収容していました。
a0212807_8512255.jpgイギリスには、世界中から多数の不法移民が、押し寄せ治安は、悪化するばかりでした。
ある日、市街地で爆破テロが発生、エネルギー省に勤務するセオ(クライヴ・オーウェン 1964~「シャドー・ダンサー」 こちら)は、危なく犠牲になるところが、運良く難を逃れました。
翌日の朝、セオは、出勤途中に反政府グループに拉致されました。
a0212807_8541119.jpgリーダーは、過っての妻ジュリアン(ジュリアン・ムーア 1960~「アリスのままで」 こちら)で、セオに政府高官のイトコがいることを知る彼女は、一人の若い不法滞在者が、検問所を突破するための「通行証」を手に入れるよう要求しました。
不法滞在者は、若い黒人女性で検問所に向かう途中、セオたちを乗せる車が、何者かの襲撃に遭いジュリアンa0212807_855613.jpgが、撃たれて死んでしまいました。
レジスタンスのアジトに身を隠したセオは、キーという若い黒人女性が、妊娠しており出産間近であることを知りました。
核戦争による放射能汚染と地球環境破壊の影響で人類は、生殖機能を喪失し18年間、新たな生命の誕生がなくキーの出産は、奇跡に近いものでした。
a0212807_901284.jpgセオは、キーと産まれた赤ん坊を救うべく決死の逃避行を始めました。
共演者として名優マイケル・ケイン(1933~)、キウェテル・イジョフォー(1977~「それでも夜は明ける」 こちら)などが、出演しています。
イギリスの前衛音楽家ジョン・タヴナー(1944~2013) のサウンド・トラックもすばらしく、劇中に流れるディープパープルの「ハッシュ」(1968)、キング・クリムゾンの「クリムゾン・キングの宮殿」(1969)、ローリングストーンズa0212807_905051.jpgの「ルビー・チューズデイ」(1967 フランコ・バッティアートのカヴァー)、エンドスクロールでは、ジョン・レノンの「ブリング・オン・ザ・ルーシー」(1973)を聴くことができます。
by blues_rock | 2015-07-27 08:40 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
私は、「古唐津」も好きですが、何と言っても「古志野」の優雅な艶っぽさは、私の心を捉えて離しません。
名古屋(千種区見附)に暮らし小牧で働いた7年間、錦や女子大小路あたりをウロウロと飲みまわらないで、もっともっと美濃や瀬戸の古窯を訪ねておけば良かったなと今更ながら後悔しています。 (下写真:銘「振 袖」)
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‘志野’の語源は、他の古窯のように地名からの名ではなく、室町中期の香道家にして茶道家志野宗信(1441~1522)に由来すると伝わっていますが、正確なところは、分かっておりません。
古志野は、長い間、瀬戸の古窯で焼成された陶器と考えられていました。 (下写真:国宝 銘「卯の花墻」)
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荒川豊藏(1894~1985 人間国宝 こちら)は、名古屋で見た古志野茶碗の高台に付着した‘土’に見憶えがあり、1930年(昭和5年)‘美濃(岐阜県可児市久々利大萱)’の牟田洞古窯跡から古志野の陶片「古志野筍絵陶片」を発見しました。 (古志野窯の詳しいことについてはこちらをご覧ください。)
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荒川豊藏の類稀な慧眼と行動力がなかったら、いまでも古志野窯は、歴史のナゾに包まれたままであったろうと推察します。
室町時代の末期、戦国の世に戦乱を避けた瀬戸の陶工たちが、美濃の奥地に移住して築窯、古志野は、桃山
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時代天正から文禄(1573~96)のころ、その美濃の地で焼成されたわが国最初の白釉古陶です。
この牟田洞古窯の穴窯(大窯)からは、国宝の「卯の花墻」を始め数多くの古志野の名品が、誕生しました。
古志野を焼成した美濃古窯の記録や桃山陶作陶の文献は、残っておらず、徳川幕府の治世となり茶の湯が、
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変化すると「美濃青磁」と呼ばれる御深井のような陶器を焼成するようになり、やがて古窯の歴史から消えてしまいました。  (上写真:志野茶碗 銘「広沢」 重要文化財 湯木美術館)
荒川豊藏は、岐阜県可児市久々利大萱に桃山時代の古窯を模した半地上式穴窯を築き、桃山陶の古志野を
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再現、多くの荒川志野の逸品を発表しました。    (上写真:鼠志野輪花草花文鉢 東京国立博物館)
古志野窯は、軽質の柔らかい百草土(もぐさつち)に鬼板(おにいた)を塗り、志野釉(長石釉)をかけて登り穴窯で焼成、白釉と緋色の個性的な色合い、形、景色三拍子そろった美しい志野茶碗を数多く生み出しました。
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                                   (上写真:鼠志野秋草文額皿 メナード美術館)
by blues_rock | 2015-07-25 00:05 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(2)
a0212807_15341983.jpgデンマークの鬼才ニコラス・ウィンディング・レフン監督(1970~)は、今でこそライアン・ゴズリング(1980~)を起用して撮った2011年作品「ドライヴ」と2013年作品「オンリー・ゴッド」(こちら)で、その名が、日本でも名前を広く知られるようになりました。
これより8年前の2003年レフン監督は、それまでデンマーク語で撮っていた映画を英語に変えサスペンス・スリラー映画「フィアー・エックス」(Fear X)を撮りました。
一部の熱狂的な映画ファンからは、高い評価を得ました、が興行的に大失敗、多額の借金を抱えてしまいました。
「フィアー・エックス」のプロットは、ショッピングモールで妻を殺された元警官ハリー・ケイン(ジョン・タトゥーロ a0212807_15363120.jpg1957~)が、殺人現場のあるショッピングモールの警備員となり自ら殺人犯を捜すサスペンス・スリラー映画です。
この映画の主人公ハリーは、夜ごと自室にこもり、沈鬱な表情で黙々と防犯カメラが記録したビデオ映像を偏執狂のように調べ、容疑者らしき人物を見つけることに人生のすべてを懸けていました。
a0212807_15373732.jpgハリーは、次第に目覚めているときの現実と眠っているときに見る悪夢との区別ができなくなり、やがて現実と幻覚の間を彷徨い始めます。
レフン監督の演出は、ハリーの常軌を逸した行動について何も説明せず「妻を殺した犯人の動機を知りたい」というハリーの一念が、無言のままサスペンスたっぷりに展開していきます。
ある夜ハリーは、夢の中で、妻が、辺りを伺うようにして向かいの家へ入っていくのを見ました。
a0212807_15382198.jpg翌朝ハリーは、空き家であるその家に無断で入り部屋に落ちていた写真のネガを見つけました。
ネガを現像するとかって妻とふたりで一度だけ行ったことのある街の風景と見知らぬ家族が、写っていました。
映画は、サスペンスからスリラーのように変化していきます。
ハリーは、悪戦苦闘のすえ、ついに容疑者を自分の滞在するホテルに誘き寄せ格闘して取り押さえたものの、a0212807_15385472.jpgその一部始終を捉えているはずの防犯カメラのビデオ記録には、何も写っていませんでした。
ハリーは、妻が、汚職警官摘発のオトリ捜査中にショッピングモールを偶然通りかかり事件に巻き込まれて警察官の発砲した銃で射殺されたのでした。
警察は、汚職警官オトリ捜査に関わる殺人事件を隠蔽、ハリーの妻を事故死として扱い捜査を終えました。
a0212807_1541378.jpg帰路に着くハリーは、失意の叫び声をあげながら泣き崩れました。
レフン監督作品の映像は、レフン監督の色覚障害によるものながら、どの映画も赤・緑・黄・青などの鮮やかな色調(色彩kコントラスト)が、特長です。
この映画「フィアー・エックス」で早くも随所で使われている‘レフンの赤’と云うべき色調の照明で映し出されたジョン・タトゥーロの沈鬱な表情が、強く私の印象に残りました。
by blues_rock | 2015-07-23 00:03 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
フィリップ・シーモア・ホフマン主演の2008年映画「脳内ニューヨーク」、エドワード・ノートンと共演した2002年映画「25時」、短い出演時間ながらしっかりと存在感のある役どころを演じた2003年映画「コールド・マウンテン」(アンソニー・ミンゲラ監督、ニコール・キッドマン、ジュード・ロウ主演)いずれもフィリップ・シーモア・ホフマンが、出演(主演あるいは
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共演)しているので見た映画です。
2008年映画「脳内ニューヨーク」は、奇想天外なストーリーで名高い脚本家チャーリー・カウフマン(1958~)の初監督作品(共同製作・監督・脚本)ですが、奇想天外な発想の原点は、1999年映画「マルコヴィッチの穴」(監督
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スパイク・ジョーンズ)の脚本(と製作総指揮)に始まると思います。
「脳内ニューヨーク」の原題は、「Synecdoche, New York」‥Synecdoche(シネクドキ)とは、修辞表現としての比喩の一種で提喩(ていゆ)のこと、metaphor(メタファー)の隠喩(いんゆ)・暗喩(あんゆ)に比べ、一般的な言葉とは
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云えませんが、提喩の例を挙げれば、宝飾界で「石と云えば宝石」のこと、刑事が「星と云えば犯人」のこと、などです。
隠喩・暗喩の例なら、「人生は旅のようなもの、人は皆なそれぞれの旅をしている」という表現になるでしょう。
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閑話休題、原題の「提喩ニューヨーク」を「脳内ニューヨーク」と日本語訳したのは、映画が、主人公の演出家ケイデン(フィリップ・シーモア・ホフマン)の妄想や夢、現在と過去の混在したシークエンス(シーンの連続)であることから提喩してケイデン(フィリップ・シーモア・ホフマン)の脳内にあるニューヨークとしたのでしょう。
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「脳内ニューヨーク」でフィリップ・シーモア・ホフマンと共演するのが、キャサリン・キーナー(1959~ 「マルコヴィッチの穴」、「カポーティ」)、エミリー・ワトソン(1967~ 1996年「奇跡の海」でデビュー)、ミシェル・ウィリアムズ(1980~)、ダイアン・ウィースト(1948~)など新旧の名女優たちです。
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ともあれ映画は、フィリップ・シーモア・ホフマンの‘一人芝居’のような映画です。
「脳内ニューヨーク」の中でケイデンの記憶が、1週間なのに時間は、1年経っていたり、ニューヨークの街を覆う巨大な建造物や上空に浮かぶ宇宙船(あるいは飛行船)のようなものまで登場したり、シュールなのかSFなの
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か、良く分からないまま展開していくものの、妙にリアリティのある映画で、「マルコヴィッチの穴」をおもしろいと思われた方には、興味深く楽しんでいただける映画だろうと推察します。
(上写真:フィリップ・シーモア・ホフマンに演技のチェックをしているチャーリー・カウフマン監督)
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「25時」は、スパイク・リー監督(1957~)の2002年作品で、エドワード・ノートン(1969~ 「バードマン~あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」)が主演の映画です。
何者かに密告され逮捕された麻薬の売人主人公モンゴメリー(エドワード・ノートン)が、裁判所から刑期7年の
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判決を受け、刑務所に収監される前日に与えられた自由な25時間を描いています。
モンゴメリーの幼なじみで親友のジェィコブ(フィリップ・シーモア・ホフマン)は、母校の高校で国語教師をしていました。
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モンゴメリーは、母校にジェィコブを訪ね、刑務所に入る前のお別れパーティに来て欲しいと誘いました。
もう一人の親友フランク(バリー・ペッパー 1970~)は、ウォールストリートで株のディーラーをしていました。
この3人にモンゴメリーの妻ナチュレル(ロザリオ・ドーソン 1979~ 上写真、2010年「アンストッパブル」で操車a0212807_1534535.jpg場長を好演)とジェィコブの教え子で女子高生メアリー(アンナ・パキン 1982~ 「マーガレット」の演技は秀逸)が、絡んでストーリーは、ドラマティックに展開して行きます。
今は亡き名優フィリップ・シーモア・ホフマンの存在感と演技の巧さが、光る作品です。
麻薬犯罪に絡む映画にしては、暴力や殺人などの血なまぐさいシーンがなく、名撮影監督ロドリゴ・プリエト(1969~)は、モンゴメリーの忸怩(じくじ)たる心情を代わって表わしているように抑え気味のトーンで撮っています。
(上写真:エドワード・ノートンとフィリップ・シーモア・ホフマンに演技確認するスパイク・リー監督)
by blues_rock | 2015-07-21 00:02 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
古唐津の縁のない絵唐津芒(すすき)文の瀟洒な陶片を手に入れました。
しばらく眺めていましたが、金継ぎ亡者の悪霊が、ウズウズしてきました。
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銀地に松葉文の蒔絵にしようとトライし失敗‥美しい絵唐津芒文の古唐津陶片のままが、良かったかな‥と、反省しつつも懲りずに今度は、無地銀継ぎにしました。
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私のイメージでは、光沢のある銀地肌になるはずが、なぜか薄暮銀となり我が腕の未熟さを知る破目に‥こうなれば意地、少し気を鎮め、狙ったわけでもない薄暮銀地のうえに銀で波文か流水文でも蒔こうと思います。
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古伊万里(江戸後期と推定)の染付赤絵膾(なます)皿の縁に2か所、小さなカケ疵がありました。
染付赤絵のピュアレッドと呉須のウルトラマリンブルーの対照が、鮮やかで美しく、中央のぞきの白磁に藍色の
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絵も魅力的なので、それを損なわないよう金継ぎにしました。
初期伊万里の白磁輪花鎬(しのぎ)文豆皿3枚に、それぞれ小さなカケ疵があり銀継ぎ直しにしました。
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a0212807_151341.jpg初期伊万里豆皿の1枚(径10㌢)に 6つ、2枚(径8㌢)に各2つと1つのカケ疵がありましたので銀継ぎ直ししました。





右は、初期伊万里白磁輪花鎬(しのぎ)文豆皿(径8㌢)2か所銀継ぎ直しの拡大写真
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左は、初期伊万里白磁輪花鎬(しのぎ)文豆皿(径8㌢)1か所銀継ぎ直しの拡大写真
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(付録:右写真)
使い慣れたグラスの口縁が、ほんの少し欠けてしまい金直しをして使い続けています。
金が、ワンポイントの景色となり、ワン&オンリーのマイグラスになりました。
by blues_rock | 2015-07-19 00:09 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)
a0212807_0581198.jpgフランスの女性写真家イリナ・イオネスコ(1935~)の娘にして子供のころイリナ・イオネスコの被写体(モデル)であった女優エヴァ・イオネスコ(1965~)が、監督デビューした2014年公開の自伝的作品「ヴィオレッタ」(原題「My Little Princess」)は、発表された当初‘児童ポルノ’ではないかとの物議を醸し出しました。
この映画の主人公ヴィオレッタこそエヴァ・イオネスコ監督自身で映画「ヴィオレッタ」は、エヴァ12歳当時、母イリナのモデルであった自分を赤裸々に描いています。
実際、写真家イリナ・イオネスコは、1977年少女のエヴァをモデルに初の写真集「鏡の神殿」を発表(日本では写真集「エヴァ」とタイトルを変えで発刊)、少女を被写体にした退廃的で妖艶な写真集(児童ポルノ扱いのロリータ写真集)としてセンセーショナルな話題をさらいました。
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確かに売春婦のような下着姿や脚を開くポーズ、ヌードを撮った写真もありますが、アドレサン(思春期の少女)を生涯のモチーフとして絵を描いた画家バルチュスや少女ヌード写真家ハミルトンの例をあげるまでもなく見る
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者の芸術観の差つまり主観の問題であると私は思います。
フランスの女性撮影監督ジャンヌ・ラポワリー(1963~)が、撮った映像は、耽美的で性的な退廃さやエロティック
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な卑猥さなど微塵もありません。
2012年、娘のエヴァは、母イリナに対し少女時代のヌード写真(とネガ)の返却を求め裁判で争い勝訴しました。
a0212807_1133561.jpg映画「ヴィオレッタ」は、元画家の母アンナ(イザベル・ユペール 1953~ 芸術家の鬼母を怪演、秀逸です)と一人娘のヴィオレッタ(アナマリア・ヴァルトロメイ 1999~ ルーマニア出身、映画出演時10歳)二人の葛藤と諍いを描いています。
画家エルンストからカメラ(ニコンF2)を貰った元画家のアンナは、写真家になろうと5才の娘ヴィオレッタを被写体にした写真を撮りa0212807_1152099.jpg始めました。
奔放な母アンナは、保守的で信心深い祖母に幼い娘ヴィオレッタを預け、家出同然の生活をしていました。
少女ヴィオレッタを撮った写真は、次第に評判となりアンナも写真家として有名になりました。
写真家アンナのモデル、ヴィオレッタへの要求も次第にエスカレート、ヴィオレッタは、アンナが、自分に要求するヌードを拒否するようになりました。
ヴィオレッタを被写体とした少女ヌード写真集が、ロリータ趣味を煽り児童虐待であるとの抗議にもアンナは、「芸術を理解しない凡庸な人々の嫉妬である」と一蹴、意にも介しませんでした。
祖母が、亡くなりヴィオレッタは、母のアンナが、曾祖父の祖母へのレイプで生まれた望まれない子供だったと聞かされ大きなショックを受けました。
自分の中に狂った男の血が、流れていると知ったヴィオレッタの心は、傷つき荒み、非行少女たちと行動を共にしました。
a0212807_1154442.jpgある日、自分のヌート写真が、雑誌に掲載されているのを見てヴィオレッタは怒り、とっさに通行人のバッグを引ったくり施設に収容されますが、母アンナの面会を拒否し脱走しました。

上写真:写真集「鏡の神殿」(写真集「エヴァ」)からエヴァ・イオネスコ

左写真:娘エヴァと母イリナ
by blues_rock | 2015-07-17 00:07 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
フランスのパトリス・ルコント監督が、2014年に発表した新作「暮れ逢い」(2014年12月公開)を紹介します。
ロマンス(恋愛)映画を撮らせたら当代随一の名匠ルコント監督の演出は、どの作品の女性主人公も官能的で美しくファム・ファタル(運命の女性)を感じさせます。
ルコント監督は、新作「暮れ逢い」のファム・ファタルとして、イギリスの女優 レベッカ・ホール(1982~)を起用、
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主人公の若く美しい貞淑な貴婦人シャルロットを艶やかに演じさせ、第一次大戦前夜のドイツを舞台にロマン主義の雰囲気あふれる切なく哀しい純愛映画(フレンチ・メロウ・ドラマ)にしました。
原題は、「A Promise(約束)」ですが、日本語のタイトル「暮れ逢い」は、今まで耳にしたことはなく、主人公シャルロットの愛用しているゲランの香水‘ローブルゥ(L'heure Blue 青い時間=夕暮れ)’と、悲恋の別れから音信a0212807_18173945.jpg不通となった恋人と8年後に巡り逢うことから配給会社の判断で二つ合わせた造語にしたのだろうと推察します。
映画は、1912年第一次世界大戦前後のドイツを舞台に、初老の実業家ホフマイスター(アラン・リックマン1946~)が、有能な青年フリドリック(リチャード・マッデン 1986~)を個人秘書として自分の屋敷に住み込ませるシークエンスから始まります。
屋敷の中でホフマイスターの家族と共に暮らすうち、ホフマイスターの若い妻シャルロットとフリドリックは、お互a0212807_18182731.jpgいを意識し密かに惹かれ合うようになりました。
しかし、お互い触れあうことも愛を告白することも許されないまま相手への恋心は、どうにもならない障害と禁じられた恋ゆえに次第に募っていきました。
ロマンス(恋愛)映画の名匠たるルコント監督の名人芸と云っていい演出の巧さは、この映画のシーンでも随所に見られ、フリドリックが、シャルロットを見つめる視線(目の表情)、見つめられたシャルロットの顔と目の表情( レベッカ・ホールのツンデレぶりが上手い)、そんな無言の愛の交感を見逃さないホフマイスターの嫉妬心などどれも見事でした。
a0212807_18191818.jpgルコント監督作品の常連撮影監督であるエドゥアルド・セラ(1943~ ポルドガル出身、「真珠の耳飾りの少女」撮影)のカメラが、シャルロットの美しい顔、目、うなじ、足、腰、後姿をアップで捉え、そのカメラの映像は、シャルロットを見つめるフリドリックのフェティッシュな視線として、映画を見ているこちらの視線に同期していきます。
そのカメラ映像のフェチ感は、得も言われぬくらい官能的で、こちらの方にもフリドリックの胸の高鳴りが、聴こえるようでシャルロットの顔、目、うなじ、足、腰、後姿に私もじっと見惚れてしまいました。
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その陶酔感は、‘ルコント=セラ’ の官能マジックに酔い痴れている証拠です、
‘ルコント=セラ’の官能マジックでジョルジュ・バタイユ小説「眼球譚、マダム・エドワルダ」の映画化をつい妄想してしまいました。
フリドリックに恋をするアパート管理人の娘アンナ役で映画デビューしたイギリスの若手女優シャノン・ターベットa0212807_18321629.jpg(1991~)も一途な乙女の恋心を好演していました。
映画は、フランスとベルギーの共同製作でドイツを映画の舞台にしながらルコント監督が、「暮れ逢い」を敢えて英語で撮ったのは、主人公のシャルロットを演じたレベッカ・ホール始め主要な役どころが、アラン・リックマン、リチャード・マッデン、シャノン・ターベットなどイギリスの俳優だったからでしょう。
ルコント監督は、映画の終盤、病気に倒れベッドで寝たきりのホフマイスターが、妻のシャルロットに髭を剃ってa0212807_18364645.jpgもらいながら微かな声で心情を告白し彼女に詫びるシーンに触れ、「あまりにも感動したのでワンテイクでOKでした」と語っています。
映画ラストのシークエンスに繋がるこのシーンは、映画の見どころです。
「抑制は、欲望を掻き立て、恋を熟成させる」、さすがロマンス(恋愛)映画の魔術師パトリス・ルコント監督の言葉です。(「暮れ逢い」の公式サイトは こちら
フランスのファム・ファタル・ロマンス映画の伝統は、1945年マルセル・カルネ監督(1906~1996)の「天井桟敷の人々」(Les enfants du paradis)に始まり、1966年クロード・ルルーシュ監督(1937~)の「男と女」(Un homme a0212807_1837281.jpget une femme)、1971年ジャック・ドニオル=ヴァルクローズ監督(1920~1989)の「風の季節」(La Maison de Bories)さらに恋愛至上主義者フランソワ・トリュフォ監督(1932~1984)が、1977年に撮ったフェテシィズム映画の傑作「恋愛日記」(L'homme qui aimait les femmes)、1981年の「隣の女」(La Femme d'à côté)そしてパトリス・ルコント監督作品へと受け継がれています。
by blues_rock | 2015-07-15 00:05 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
4年前に取りかかった古唐津の呼び継ぎ 四寸皿3枚が、やっと仕上がりました。
思い返せば、金継ぎを始めたばかりのころ、生意気にも金継ぎでも難しい呼び継ぎにトライしたくて師事する先生にそのことを申しあげました。
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先生は、ニッコリと笑い‥今にして思えば‘十年早い’の笑顔だったのかも、袋に入った古唐津の陶片を「これだけあれば呼び継ぎ皿3枚ができるはずです。」と目の前に差し出されました。
すぐに譲り受け、有頂天になり呼び継ぎ挑戦したのは、良いのですが、最初の気合は、ここまででした。
a0212807_2116168.jpg‘甘かった’と私が気づくのに時間は要りませんでした。
1.同じ形状(形と厚さ)、色合い、雰囲気の合う陶片を3グループに分け、それぞれ器(四寸皿)のイメージを頭に浮かべながら陶片を置いてみます。
2.仕上がりが、イメージできたら、大小の各陶片を組み合せ、形を見ながら電動カッターで丁寧に調整していきます。 (上写真:古唐津呼び継ぎ 梨子地 四寸皿)
3.全部の陶片が、整形し終わったら一つずつ丁寧に陶片を繋いでいきます。
a0212807_21324322.jpg4.繋いだ陶片が、皿の形に整ったら各陶片の接続面に細い筆で生漆(細い隙間であれば生正味漆)を塗り流し込みます。
5.一週間経ったら接続面の隙間に錆漆を塗り、乾いたら呂色漆で塗りと磨ぎを5、6回繰り返し(この作業だけで1か月くらい必要)、皿全体の接続面を滑らかにします。                      (上写真:古唐津呼び継ぎ 金 四寸皿)
6.最後に金(青金・銀・錫、注:梨子地は別工程)を蒔き、きれいに磨きあげれば完成です。
a0212807_21334110.jpgきちんとコツコツ、地道に作業をすれば、この呼び継ぎ皿1枚なら早くて2か月くらいでしょうか?
私の場合、3枚同時にスタートしたこと、何より2、3、5の作業工程が、ことのほか難儀だったことで私のヤル気が萎えてしまいました。
なんとかこの夏の10周年記念作品展までに間に合わせようと克己しどうにか完成にこぎつけました。 (上写真:古唐津呼び継ぎ 青金 四寸皿)
というわけで、この古唐津呼び継ぎ皿3枚を‘難産三姉妹’と銘付けました。
by blues_rock | 2015-07-13 00:13 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)