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心の時空

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a day in my life

<   2015年 06月 ( 16 )   > この月の画像一覧

a0212807_142609.jpgその捜査を担当したのが、函館署の刑事弓坂吉太郎(伴 淳三郎 1908~1981)でした。
そのころ青森の大湊にいた犬飼多吉は、無垢で屈託のない娼婦杉戸八重(左 幸子 1930~2001、ベルリン国際映画祭女優賞受賞、日本人女優として初受賞)と知り合い一夜を共にしました。
八重の身の上話を聞いた太吉は、自分と同じ飢餓と隣り合わせの極貧育ちである八重に同情、別れるとき新聞紙に包んだ大金を無造作に置いて出て行きました。
八重は、それ以来、彼を仏のように崇め、多吉に再会することだけが、自分の生き甲斐となりました。
借金を返済した八重は、東京に出て本島進市(三井弘次 1910~1979)・妙子(沢村貞子1908~1996)の遊郭にa0212807_1434541.jpg身を寄せ娼妓になりました。
それから10年が、経ったある日のこと、八重は、何気なく目の前にある新聞を眺めていると犬飼多吉そっくりの写真入り記事と樽見京一郎(三國連太郎)という実業家の名前を偶然見つけました。
記事には、京都の舞鶴で食品業を営む実業家樽見京一郎が、刑務所から出所した人たちの社会復帰福祉事業に多額の寄付金をa0212807_1584642.jpg提供したというものでした。
驚喜した八重は、急ぎ樽見京一郎に会うために舞鶴に行きました。
八重と会った樽見は、彼女に会ったことがない、大金を与えたこともないときっぱりと否定しました。
それでも八重は、樽見京一郎が、犬飼多吉であることを確信していました。
次の日、舞鶴湾で男女の心中死体が、発見されました。
捜査を担当した東舞鶴警察署の味村刑事(高倉 健 1931~2014)は、死因に不自然なところがあり、二人の身元を調べると女は、東京の娼妓杉戸八重、男の方が樽見京一郎の秘書であること、舞鶴で二人一緒のところをa0212807_1595920.jpg誰も見ていないこと、さらに女の服のポケットに樽見京一郎の新聞記事切り抜きが、あったことから東舞鶴警察署本島署長(藤田 進 1912~1990)は、樽見京一郎の逮捕を命じました。
10年前函館署で捜査に当たった元刑事の弓坂(伴 淳三郎)も駆けつけ捜査に協力、八重の父杉戸長左衛門(加藤 嘉 1913~1989、1974年「砂の器」の父役も秀悦)、遊郭主人本島進市(三井弘次)などの証言から東舞鶴署の捜査陣は、樽見京一郎が、a0212807_15124421.jpg犬飼多吉であると確信、八重の遺した身の回り品などから犬飼多吉である重要な証拠品を発見しました。
主演の三国連太郎さらに共演の左幸子、伴淳三郎、高倉健(私が見た映画の中で最高)の‘迫真の演技’は、実にすばらしく日本映画史で語り継がれていくでしょう。
飢餓と貧困の恐怖から必死で逃れるために極限の愛まで葬った男の人生を描いた「飢餓海峡」は、1974年映画「砂の器」(原作松本清張 1909~1992、監督野村芳太郎 1919~2005)と併せ‘社会派a0212807_15131811.jpgミステリーの二大傑作映画’と思います。
シンセサイザーの先駆者にして名作曲家冨田 勲(1932~)の音楽も重厚な人間ドラマを盛りあげていました。

(右写真:撮影現場でカメラ・チェックをしている内田吐夢監督)
by blues_rock | 2015-06-29 00:09 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
太平洋戦争敗戦による不条理にして理不尽な戦禍は、生き残った日本人にも過酷な飢餓と貧困をもたらし、当時の多くの国民が、言葉にならない悲哀を味わいました。
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1965年の映画「飢餓海峡」(原作水上勉 1919~2004)は、戦後間もない昭和22年の北海道(岩内、函館)と青森(大湊)さらにアメリカGHQ占領下の東京(闇市と遊郭)、それから10年経った東京下町(娼妓街)そして京都(大陸からの引揚港舞鶴)と‘時間と舞台’を変えながら戦後日本社会底辺の飢餓と貧困の中で発生した殺人事件をa0212807_1414269.jpg軸にミステリアスにしてサスペンスあふれる物語として展開していきます。
名匠 内田吐夢監督(1898~1970)の演出は、戦後社会のドサクサで発生した動機不明の殺人事件とそれに関わる新たな殺人事件を執拗に追う新旧二人の刑事(函館署の老刑事と東舞鶴署の若い刑事)に密着してあたかもドキュメンタリー映画を撮るようなリアリズムに徹した映像(撮影監督 仲沢半次郎 プロファィル不明)で「飢餓海峡」を撮影しています。
映画の撮影は、16㍉のモノクロで撮ったフィルムを35㍉のワイドスクリーン(シネマスコープ)の映像にするという
a0212807_1415468.jpg革新的な技術(W106方式)を用いています。
スクリーンに映る「飢餓海峡」のザラザラとした映像の質感や動く銅版画のような斬新な映像(現像処理によるソラリゼーション効果)は、映画に流れるドロドロとした人間の湿っぽい情感(恐怖や不安、愛憎)をドライなカラッとしたものにしています。
このことは、3時間3分(ちなみに東映は内田監督に断りなく2時間47分の短縮版で公開、これに対し内田監督は‘自分の名前を消せ’と激怒し東映を退社しました)の長尺映画ながら見る者に息苦しさを与えず、最後まで緊張を以って見ることができます。
さらに特筆すべきは、出演した俳優陣の超豪華な顔ぶれで、映画に登場する脇役に至るまで錚々たる名優・名a0212807_14212621.jpg女優がずらり、その名立たる役者たちが、名監督のもと‘迫真の演技’で共演するのですから名作映画の誕生は、必然のことと言えるでしょう。
飢餓海峡は、50年前の作品ながら映画としての‘旧さ’がまったくなく、今見てもスケールの大きい斬新な映画なので、まだご覧になっていない映画ファンの方にぜひお薦めしたい必見の傑作映画です。
映画の冒頭、津軽海峡の荒海を背景に「それは日本の何処にでもみられる海峡である。その底流にわれわれは、貧しい善意に満ちた人間の、ドロドロした愛と憎しみをみることができる。」のナレーションとともに「飢餓海峡」のタイトルが、スクリーンいっぱいに映し出されます。
a0212807_14222396.jpg映画は、戦後すぐの昭和22年設定で、台風による青函連絡船の沈没事故と北海道岩内で起きた大規模火災から始まります。
犬飼多吉(三國連太郎1923~2013)は、刑務所から出獄したばかりの仲間二人と岩内の質店に押し入り強盗を働きました。
折からの台風は、大勢の乗客が乗った青函連絡船の沈没という海難事故を発生させ、その中に乗客名簿にない身元不明の水死体が、二体ありました。(後編に続く)
by blues_rock | 2015-06-28 00:08 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
本阿弥光悦については、「東京国立博物館‥大琳派展(尾形光琳生誕350年)」で少し触れましたが、茶の湯の道具の中でも唯一無二の「光悦茶碗」について今夜少し詳しくご紹介したいと思います。
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本阿弥光悦が、生きた時代は、室町時代末期(戦国時代真っ只中)の1558年から江戸時代初期(将軍徳川家光の治世)の1637年まで79年間です。      (上写真:赤楽茶碗 銘「雪峰」 重要文化財 畠山記念館)
                              (下写真:白楽茶碗 銘「不二山」 国宝 サンリツ美術館)
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本阿弥光悦と俵屋宗達の二人が、京都で日本美術史最大にして最高の美術ムーブメント「桃山琳派」を創始しました。                     (下写真:黒楽茶碗 銘「雨雲」 重要文化財 三井記念美術館)
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俵屋宗達は、本阿弥光悦にその天賦の才能を見出された絵師ですが、俵屋宗達の出身地や生年月日など出自については、ナゾのままです。 (下写真:黒楽茶碗 銘「時雨」 重要文化財 名古屋市博物館))
a0212807_10322223.jpgやがて「琳派」は、京都から江戸に主流を移し「江戸琳派」となり尾形光琳(1658~1716)、
酒井抱一(1761~1829)、鈴木 其一(1796~1858)と300年に亘り、受け継がれていきました。
本阿弥光悦は、刀剣の‘折り紙’つまり天下(公け)の刀剣鑑定・刀剣研磨など刀剣の目利きを家業とする本阿弥家に生まれ、刀剣の折り紙(証書)発行が、生業(なりわい)でしたので光悦も自ずと書家として有名でした。
刀剣を家業とするだけに刀の鞘に不可欠な漆にも造詣深く、茶の湯を古田織部(1543~1615)から、作陶を楽
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二代常慶( 1561~1635)から学んでいます。   (上写真:赤楽茶碗 銘「乙御前」 重要文化財 個人蔵)
近代の名陶工の加藤唐九郎は、本阿弥光悦について「光悦の無キズの茶碗は、本物じゃない。キズのないもa0212807_10415988.jpgのは、捨てている。茶の湯の名器に無キズのものはない。光悦は、わざと山キズ(窯キズ)のできる土を使い、作りかけのような高台にしている。」と書いています。
現在、「伝 光悦作(光悦写し)」も多数ありますが、本阿弥光悦作陶の特長をはっきりと表わした「光悦茶碗」の2口は「国宝」ならびに6口が「重要文化財」に指定され、これ以外にも光悦ならではの名碗が10数客あります。       (上写真:赤楽茶碗 銘「加賀」 重要文化財 相国寺承天閣美術館)
本阿弥光悦は、1615年に天下人となった徳川家康から京都洛北の鷹峯に領地を受け、本阿弥家の刀匠・工芸a0212807_1057374.jpg・陶芸の匠など才能ある職人たちを集め工匠村(光悦村)を営みました。
当時、本阿弥光悦が、住んでいた屋敷の跡が、現在の光悦寺(都市北区鷹峯光悦町)です。

(左写真:赤楽筒茶碗 メトロポリタン美術館)






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(右写真:膳所茶碗 赤楽を好まなかった小堀遠州が、徳川将軍に茶を点てる茶碗として光悦に作らせたもの)a0212807_117482.jpg









(左写真:赤樂兎文香合 重要文化財 出光美術館)a0212807_1171970.jpg












(右写真:舟橋蒔絵硯箱 国宝 東京国立博物館))
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(左写真:名勝 本法寺庭園 「巴の庭」)
by blues_rock | 2015-06-26 00:09 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)
ドイツ・スイス・ポルトガル合作の傑作映画「リスボンに誘われて」(2014年秋公開)は、EU(ヨーロッパ連合)映画と称して良いような製作陣(スタッフ)と出演者(キャスト)です。
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監督は、デンマークの名匠ビレ・アウグスト監督(1948~)、撮影が、スイスの撮影監督フィリップ・ツンブルン(1969~)、音楽は、ドイツの作曲家アネッテ・フォックス(1964~)と続きます。
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スイスの作家で哲学者でもあるパスカル・メルシエ(1944~)の小説「リスボンへの夜行列車」(映画の原題も同じ)をアウグスト監督は、スイスの首都ベルンとポルトガルの首都リスボンを舞台に格調高いミステリー映画にしa0212807_1901836.jpgました。
出演者も多国籍で名優ぞろい‥イギリスからジェレミー・アイアンズ(1948~)、ジャック・ヒューストン(1982~)、シャーロット・ランプリング(1946~)、クリストファー・リー(1922~2015遺作)、フランスからメラニー・ロラン(1983~)、スイスからブルーノ・ガンツ(1941~)、スウェーデンからレナ・オリン(1956~)、ドイツからアウグスト・ディール(1976~)、マルティナ・ゲa0212807_1912299.jpgデック(1961~)と錚々たる顔ぶれで、映画は、英語で撮っています。
ポルトガルの史実をもとにミステリー仕立てにした映画プロットならびにアウグスト監督の演出さらにツンブルン撮影監督の映像と文句なくすばらしい映画ですので、未だご覧になっていないミステリー映画ファンの方にイチオシの映画です。
a0212807_1993676.jpgミステリー映画なので肝要なところは、避けてストーリーの骨子(あらすじ)だけを紹介します。
スイス(ベルン)の高校で古典文学教師をしているライムント(ジェレミー・アイアンズ)が、橋の上から飛び降り自殺しようとしている若い女性を救いました。
彼女の只ならぬ様子を心配したライムントですが、彼女は、突然いずことなく立ち去りました。
a0212807_19485439.jpg彼女の残したコートに一冊の本と当日のポルトガル(リスボン)行き夜行列車の切符が、残されていました。
高校教師としての単調な毎日に不満も疑問もなかったライムントでしたが、彼女の残した本を読むうちに何かに憑かれたように惹きこまれ、学校の授業を放棄、解雇するとの警告も無視してリスボン行きの夜行列車に飛び乗りました。
a0212807_19494424.jpg本の名前は、「言葉の金細工師」、ポルトガル近代史(1974年カーネーション革命)に関わる重大な事実が、書かれており100冊しか出版されていない貴重な本でした。
リスボンに着くと著者のアマデウ(ジャック・ヒューストン)に会いに行きました。
しかし、アマデウは、すでに亡くなっていました。
a0212807_19503342.jpg貴族の子弟でありながら医師アマデウは、ポルトガルの独裁政権による暗黒社会の解放に向け、密かに祖国の自由と民主化をめざすレジスタンスに関わっていました。
アマデウの医師としての誇り、貴族として革命をめざす苦悩、親友同志との友情そして裏切り、すべてを賭けた恋、アマデウの短い人生をたどるライムントの旅は、自分自身のこれまでの人生を見つめ直す旅にa0212807_19512158.jpgなりました。
ツンブルン撮影監督の撮ったリスボンの風景が、息を飲むほど美しく、私も無性にリスボンの石畳を歩いてみたくなりました。
アマデウを埋葬したバルトロメウ神父(クリストファー・リー)、アマデウの親友だったジョルジェ(ブルーノ・ガンツ、若い頃はアウグスト・ディール)、アマデウの恋人となるジョルジェの元恋人エステファニア(メラニー・ロラン、老いたエステファニa0212807_19521563.jpgアにレナ・オリン)など錚々たる顔ぶれが、アウグスト監督の演出のもと映画をシリアスな人間ドラマとして盛りあげ、同時に格調高いミステリーにしています。
アマデウの過去を知ったライムントは、これからの人生を考えました。
ライムントが、ポルドガルを発つ日、リスボン駅に老人ホームにいる自分の父親(元レジスタンスでアマデウ・ジョルジュ・エステファニアと同志)を紹介した眼科医のマリアナ(マルティナ・ゲデック)が、見送りに
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来ていました。
このリスボン駅のラスト・シーン(上のポスター中ほどの写真、映画史に残る別れの名シーンです)は、その然(さ)りげない二人の会話が、実にすばらしく、私の胸にぐっと迫りました。
by blues_rock | 2015-06-24 00:04 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
いまやカンヌ国際映画祭の審査員長を委嘱されるくらい知名度、実力ともに世界的な映画監督となった是枝裕和監督(1962~)の長編映画9作目となる新作が、現在全国公開中の「海街 diary」です。
a0212807_1415890.jpg是枝監督の映画は、1995年の初監督作品「幻の光」(江角マキコの女優デビュー作品)、1999年「ワンダフルライフ」、2004年「誰も知らない」(主演の柳楽優弥がカンヌ国際映画祭主演男優賞受賞)、2006年「花よりもなほ」、2008年「歩いても 歩いても」、2009年「空気人形」(韓国女優ペ・ドュナがすばらしい、「私の少女」主演)、2010年「奇跡」、2013年「そして父になる」(カンヌ国際映画祭審査員賞受賞)、そして2015年「海街 diary」と、すべて見ました。
新作「海街 diary」(是枝監督、脚本・編集)は、晩秋から翌年の夏にかけて変化していく鎌倉の自然と海の景色をバックに四姉妹が、家族になっていく物語です。
a0212807_1572891.jpg私の個人的な感想ながら是枝監督は、自分のテーマである‘家族’を「そして父になる」の舞台であった大都会の東京から古都鎌倉に移し、「海街 diary」もまた‘家族(と父親の存在)’をプロットに、その第二幕の「そして父はいなくなった」として撮り「小津安二郎監督へのオマージュ」にしたのではないかと思いました。
a0212807_1583187.jpg「海街 diary」は、タペストリーのように自然豊かな美しい海街、鎌倉(極楽寺周辺)で暮らす四人姉妹(皆な美人で気立てが良い)を中心に彼女たちの回りにいる善き人びと(悪人は一人もいない)とのエピソードを一つずつ丁寧に紡ぎあげて行きます。
是枝監督の卓越した演出の技は、‘神は隅々に宿る’の例えどおり、主人公の四姉妹も均等に描かず、長女と四女の心(内面)の動きで、a0212807_235414.jpg四姉妹の関係にメリハリをもたせ、登場人物(映像に映る人たちすべて)への演出が、隅々にまで行き届いています。
撮影は、是枝監督に見出され「そして父になる」で撮影監督デビューしたスチールカメラマン出身の撮影監督瀧本幹也(1974~ )が、今回も担い、瀧本撮影監督の撮った映像を是枝監督自らこだわり抜いた編集をしています。
a0212807_242347.jpg映画は、6月13日に封切られたばかりなので主人公四姉妹の特徴だけご紹介します。
長女幸(さち、綾瀬はるか 1985~)は、市立病院の看護師、恋人は、既婚者の同僚医師、家族を束ねるしっかりもの、15年前出奔し家族を捨てた父親とその後再婚し家を出た母親へのワダカマリを抱えています。
a0212807_245914.jpg次女佳乃(よしの、長澤まさみ 1987~「WOOD JOB!神去なあなあ日常」)は、飲兵衛で男運悪く、何かと口やかましい長女の幸と口ゲンカばかりしています。
三女千佳(ちか、夏 帆 1991~)は、いつもマイ・ペースながら、人に分け隔てなくやさしい娘です。
四女すず(広瀬すず 1998~)は、三人の姉と腹ちがいの妹で、映画の冒頭、父親の葬儀で三人の姉に初めて会うものの自分の好きa0212807_254176.jpgな父が、15年前に姉たちの家庭を捨て母(故人)と結婚、そして生まれた自分を三人の姉たちに対し後ろめたく思っています。
四姉妹に関わる共演者(脇役)たちが、名優・名女優揃いで、大叔母役の樹木希林、喫茶店山猫のマスター役にリリー・フランキー、海猫食堂の女主人役を風吹じゅん、次女佳乃の勤める信用金庫の上司課長役を加瀬亮、長女・次女・三女の母親役に大竹しのぶa0212807_261939.jpgほか、錚々たる顔ぶれです。
「海街 diary」には、三つの葬祭(四姉妹の父親の葬儀、祖母の7回忌、海猫食堂女主人の葬儀)と二つの別れ(長女幸と恋人、幸と母親)が、あるものの映画では、どのエピソードも静謐(しずか)に淡々と展開していきますのでワンカット・ワンシーンのどれも一期一会のような趣きが、ありました。
by blues_rock | 2015-06-22 01:35 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_2293688.jpgインディペンデント(自主制作)映画の祭典として有名なサンダンス映画祭でグランプリ(審査員大賞)と観客賞をダブル受賞、さらにアカデミー賞の助演男優賞・録音賞・編集賞と3部門で受賞した「セッション」(KBCシネマでロングラン・ヒット中)を見ました。
公開前に見た「セッション」のトレイラー(予告編)が、私の生理に合わず、先に他の新作映画を見ていたら、私の回りにいる映画好きの友人から ‘「セッション」見ましたか?’ とか ‘「セッション」見ました’ と話題になり、ならば、どれほどの映画か自分の目で確かめようと「セッション」を見に行きました。
私が、トレイラー(予告編)を見て「セッション」(原題「Whiplash」意味は「ムチ打ち」)に抱いたイメージは、音楽(ジャズ)の世界を舞台に、異常なスパルタ教育を行なう鬼教師と一人の才能ある若者とのサディスティックなa0212807_2220136.jpg人間関係を軸にした、くだらないスポ根マンガにあるような過酷なシゴキが、延々と続く映画と想像したからでした。
私は、生理的に「怒鳴り声、わめき声、異様な叫び声、金切り声」を耳にするのが、普段からキライで、トレイラーに登場する怒鳴ってばかりの鬼教師を見て「こりゃダメだ」と敬遠していました。
「セッション」を鑑賞した後の感想は、つまらないスポ根マンガにあるような尋常とは思えない音楽(ジャズ)版のa0212807_22263430.jpgスパルタ(シゴキ)ドラマではなく、ブルースで云うところの「クロスロード(悪魔に魂を渡して究極のブルース・ギター・テクニックを手に入れたという伝説)」を映画のプロットにした究極のジャズに憑かれた二人の男の物語、ジャズの名プレイヤーになれなかった鬼教師と偉大なジャズドラマーを目指す若者との狂気あふれる人間ドラマの佳作と思いました。
主人公のモデルは、「セッション(Whiplash)」の脚本を書き、監督したデミアン・チャゼル(1985~ 撮影時28才でa0212807_2226593.jpg無名監督)自身で、チャゼル監督が、音楽学校でジャズドラマーを目指していたころの自己体験をもとに創りあげた人物であるとチャゼル監督は、インタビューに答えています。
有名ジャズドラマーを夢見る若者ニーマン(マイルズ・テラー 1987~)と音楽学校の鬼教師で演奏に完璧を求め、ニーマンの些細なミスも決して許さず人格破壊するほど彼を罵倒するフレッチャー教授(J・K・シモンズ 1955~ アカデミー賞助演男優賞受賞)、この二人の確執と執念にからむ不穏な関係が、最後まで緊張感を以って続きます。
a0212807_2227303.jpg映画のラスト9分、ジャズに憑かれた二人の確執が、融合していく名曲「キャラバン」の演奏(セッション)は、聴き応えがありました。
ジャズに明け暮れるニーマンの娯楽といえば、二人暮らしの父親とたまに行く映画くらい、映画館で働いている女子大生のニコル(メリッサ・ブノワ)に一目惚れしたニーマンが、勇気を出してニコルをデートに誘い、ピザ・レストランで食事するシーンは、鬼教師フレッチャーによる異様なハラスメント(罵詈雑言)が、多い劇中でニコル(メリッサ・ブノワ 1988~)のa0212807_22294794.jpg存在感は、とてもチャーミングで一服の清涼剤でした。
手持ちカメラを駆使し人物の感情をアップで撮った撮影監督シャロン・メール(1965~)の映像には、緊張感があり秀逸でした。
映画「セッション」鑑賞後の感想は、見た人により酷評か絶賛か、極端に分かれていますが、映画も音楽(ジャズ)も趣味・嗜好の問題‥個人の好き嫌いにそう目くじら立てることもないでしょう。 (上写真:撮影の指揮をしているデミアン・チャゼル監督)
by blues_rock | 2015-06-20 00:02 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_2013534.jpg来たる2015年8月8日から9月20日まで福岡市美術館で開催の「肉筆浮世絵の世界」展に併せ特設会場で「春画を展示」と美術館案内リーフレットにありました。
「エライぞ!福岡市美術館」と福岡市民として思いました。
喜多川歌麿ほか浮世絵師30点(180図)の春画を展示するとか、私は、必ず見ようと思っています。
私が、過去に春画浮世絵(春画の画集を除く)を見たのは、確か一回だけ‥ずいぶん昔のことなので、記憶も極めて曖昧でおぼろ、東京のどこかの美術館で開催された(東京国立博物館だったかも‥)浮世絵展の中に何枚かあったように薄っすら記憶しています。
福岡市美術館では、春画展示の特設会場への入場を18才未満不可にするとか、まるで映倫のR18映画のよう、18才未満の彼ら(未成年)のほうが、ずっとリアルに現実を見ていると私は思います。
大英博物館(ブリティッシュ・ミュージアム)で開催された特別展‘春画、日本美術における性と喜び展’が、なぜ日本でa0212807_20175439.jpg開催されないのか、私には、理解できませんと以前拙ブログ(こちら)に書きましたが、変化の兆しも見え始めました。
東京の永青文庫美術館が、2015年 9月19日から12月23日まで日本初の「春画展」と銘打って国内の美術館や個人コレクション、海外からは、イギリス(大英博物館)・デンマーク所有の春画を集めた展覧会を開催するそうです。   葛飾北斎肉筆画 「酔余美人図」(紺本着色 タテ26.5cm×ヨコ32.4cm)
福岡市美術館でも春画オンリーで大々的に開催して欲しいものです。
付 録: ジャパンクール 肉筆浮世絵の世界福岡市美術館の野外彫刻 
by blues_rock | 2015-06-18 00:08 | 美術/絵画/彫刻 | Comments(1)
カナダの若き天才映画監督グザヴィエ・ドラン(1989~ フランス語圏のケベック州モントリオール出身)は、現在26才ながらすでに5本の長編映画を発表しています。
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ドラン監督は、18才のとき長編映画「マイ・マザー」を発表、それも一人で監督・脚本(執筆17才)・製作を行ない、さらに自ら主演するという‘天才ぶり’を発揮しました。
容貌もハンサムでファッションセンス抜群なのに本人は、女性に興味なくゲイであることをカミングアウト、女性
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のグザヴィエ・ドラン(上写真)ファンを落胆させました。
その若き稀代の名監督グザヴィエ・ドランの最新作「Mommy/マミー」(カンヌ国際映画祭審査員特別賞受賞作品、初めて英語で撮影した作品)をご紹介します。
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ドラン監督は、5作目となる「Mommy/マミー」のスクリーン映像が、‘アスペクト比1:1’(正方形)となるよう斬新な発想で映画を撮りました。
普段見る映画のアスペクト比は、1.85:1の長方形スクリーンなので、アスペクト比1:1の正方形スクリーンを見る
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と少し窮屈に感じますが、ドラン監督の演出(ネライ)は、正しくそこにあり、‘□(正四角形)スクリーン’の中に登場する人物たちを窮屈なくらいの構図(それもシンメントリーを多く)に入れることで映画を見る者の神経が、スクリーンの人物に集中するようにしたのだと推察します。
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映画の主人公は、シングルマザーのダイアン(アンヌ・ドルヴァル 1960~ 「マイ・マザー」)と矯正施設(精神科病院)で放火事件を起こし強制退院させられた15才の息子スティーブ(アントワン・オリヴィエ・ピロン 1997~ 「わたしはロランス」)ならびにダイアン母子の向かいに住む病気療養中の高校教師カイラ(スザンヌ・クレマン
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1968~ 「マイ・マザー」・「わたしはロランス」)の三人です。
スティーブは、ADHD(注意欠陥・多動性障害)症を患い、その発作により時として激しい情緒不安定に襲われ攻撃的な行動をとりました。
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母親ダイアンと息子スティーブの間には、いつもトラブルが絶えず、お互いを口汚く罵り合う親子ケンカの毎日でした。
向かいの高校教師カイラが、ダイアン親子の家を訪ねるようになると親子の間にも少しずつ変化の兆しが、現
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われました。
カイラは、不登校のスティーブに勉強を教え、ダイアンとも親しくなりましたが、それも長く続きませんでした。
映画のストーリーは、暗く不穏な空気を終始漂わせながら展開していきますが、ドラン監督の社会的マイノリティ
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(少数派や弱者)に対するやさしさは、明るく柔らかい映像で表現され見る者にわずかな希望と切なさを残して「Mommy/マミー」は、終わります。
ドラン監督は、音楽をサウンドトラックではなく劇中で流れている音楽にしたと述べ、オアシス(イギリスのロックバン
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ド)のロックなど上手い使い方だなと思いました。
「Mommy/マミー」の前作「トム・アット・ザ・ファーム」(グザヴィエ・ドランの監督・脚本・主演、この映画も秀作)を撮るとき、ドラン監督は、アスペクト比の表現効果(1:1.85の画面に人物を1:1で入れるたり、シーンによって気
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が付いたらアスペクト比1:2.35のシネラマに変化しているなど)、見る者の心理を不安にする不穏な演出、音楽の効果的な使用(プロローグのアカペラなど)など、次作「Mommy/マミー」のプロットをイメージ(構想)していたのではないかと私は思います。
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斬新な想像力と表現力において稀代の映画才能を発揮するグザヴィエ・ドラン監督の次の作品を私は、今から心待ちにしています。 (上写真:近日公開、カナダの映画監督シャルル・ビナメ作品「エレファント・ソング」に主演する俳優グザヴィエ・ドラン)
by blues_rock | 2015-06-17 00:07 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_1994595.pngこのところ世界の映画界で女性監督が、大活躍しています。
韓国の新鋭女性映画監督チョン・ジュリ(1980~ 現在35才、左写真)の長編デビュー作「私の少女」(原題「ドヒや」、ジュリ監督のオリジナル脚本)もその一つ、福岡市天神のKBCシネマでただ今上映中なので映画好きの方にイチオシでお薦めいたします。
映画は、登場する人物たちの‘孤独感(寂寥感)’を軸にしたプロットで、女性監督のチョン・ジュリ、主人公二人の女性(一人は少女)を演じた韓国の名女優ぺ・ドゥナ(1979~ 「空気人形」・「リンダ リンダ リンダ」)と天才子役(少女俳優)キム・セロン(2000~ 2009年「冬の小鳥」映画初出演、「アジョシ」)、この‘女性三人’の才能が、融合して創りあげた秀作映画です。
主人公の女性二人に暴力を振るう酒乱の男という憎まれ役(準主役)でソン・セビョク(1979~)が、出色の悪態というか演技を披露しています。
映画は、韓国(朝鮮半島)の南端ヨス(麗水)を舞台に、もうこれ以上逃げ場のない海沿いの寂れた集落で日常的に起きる様々な事件‥子供への家庭内暴力(児童虐待)、同性愛女性警察官に対する韓国社会の差a0212807_19152538.jpg別、出稼ぎ外国人労働者(不法滞在者)への暴行など人権蹂躙(じゅうりん)が、問題とならない韓国の社会の暗部を見せながら展開していきます。
私が、チョン・ジュリ監督の長編映画監督デビュー作品「私の少女」を見てジュリ監督の非凡なところを感じたのは、因習的な韓国社会の現実を声高に非難するような反体制的な映画にするのではなく、閉塞した人間社会で孤立した二人の女性が、寄り添うように生きる姿を淡々と描いていることです。
ジュリ監督もインタビューで「最大限淡白に、黙々とそのままを見ていただければと思います。」と答えていました。
同性愛を理由にソウルからヨスに左遷され孤立無援のエリート女性警察官ヨンナム(ぺ・ドゥナ)は、絶望的な孤
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独の中で、幼い時から祖母と義父に虐待され生き抜くための魔性を自然に身につけ小さな怪物となったドヒ(キム・セロン)という孤独というものを未だ知らない少女と出遭います。
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この二つの‘孤独’が、激しく共鳴したときヨンナムとドヒの人生は、動き始めました。
映画は、エリート警察官であったヨンナムが、同性愛を理由に左遷され、辺鄙な過疎の村にある小さな警察のa0212807_19211444.jpg署長として赴任する途中、何かに怯えたような少女ドヒに出遭うところから始まります。
母に捨てられ祖母と義父から虐待され村の子供たちのイジメに慣れた孤独な少女ドヒは、初めて助けてくれた大人のヨンナムを強く慕うようになりました。
a0212807_19252970.jpgソウルで同性愛を非難され愛そのものに臆病となったヨンナムは、次第にドヒの無垢な愛情すら拒否しドヒを避けるようになりました。
ぺ・ドゥナの憂いをおびた大きな瞳とキム・セロンの儚(はかな)げな表情‥二人の孤独が、醸し出すこの情感こそジュリ監督が、映画で伝えたいメッセージ「逃げ場のない孤独な人たちをどうか見捨てないでください」を表現していると思いました。
a0212807_19271372.jpg撮影監督キム・ヒョンソク(プロファィル不詳)の海風の湿気やオゾンの匂いもする映像が、またすばらしく、映画の舞台となったヨス(麗水)の風景は、九州に近いこともあって、どこか九州の小さな海沿いの集落に似た雰囲気をもっています。
ある雨の夜、義父から暴力を受けたドヒが、傷だらけでヨンナムのアパートを訪ねてきました。
a0212807_19285250.jpg虐待による傷痕も痛々しいドヒを助け、自宅に保護したヨンナムは、逆に性的児童虐待の嫌疑をかけられ逮捕されました。
ドヒは、自分のために逮捕されたヨンナムを救おうとそれまで一方的に虐待されるだけのか弱い少女から小さな怪物に変身、無垢ながらも悪魔のような選択(スリラー映画のよう)をしました。
映画は、雨の中、助手席にドヒを乗せたヨンナムの車が、村を出て行くシーンで終わります。
ここだけが、映画の中で唯一見る者の心に安堵感を与えるシーンながら、ジュリ監督は、二人に希望を与えるだけのエンディングにしないで二人の人生に待ち受けてるであろう前途多難な未来も予感させて終わりました。
「私の少女」の公式サイト: こちら
by blues_rock | 2015-06-15 00:15 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
安藤桃子監督(1982~)と女優安藤サクラ(1986~)の安藤姉妹は、現在日本映画界最強の ‘監督と女優’ペアと思います。 (「0.5ミリ」主演、妹 安藤サクラ 2014年映画「百円の恋」の主人公一子役も秀逸)
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安藤姉妹の二人に失礼なことを承知して敢えて例えるなら、競馬場(スクリーン)を人馬一体となって疾走する馬に騎乗する名騎手(監督)が、姉桃子で、妹のサクラは、正しく風のように疾走する名馬(女優)のように私の目に映ります。                                 (「0.5ミリ」脚本・監督、姉 安藤桃子)
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馬(サラブレッド)は、血(血統)で走ると言われますが、この安藤姉妹の映画人としての血統(才能)は、名優にして名監督の奥田瑛二(1950~、1993年「眠らない街 新宿鮫」‥主演真田広之との濃厚なキスシーンが印象的、2001年初監督作品「少女」‥主演の少女役小沢まゆと母親役夏木マリ母娘が、激しく諍うシーン4分の長回
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しは、秀逸、2006年監督作品「長い散歩」‥主演に名優緒方拳を迎え共演、モントリオール国際映画祭でグランプリ受賞)の血をひいているのかもしれません。
さて、2014年映画「0.5ミリ」は、安藤桃子監督が、自分の小説「0.5ミリ」を原作にして脚本を書き監督、主人公の
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押しかけ介護ヘルパー、山岸サワ役を妹の女優安藤サクラが、演じています。
映画は、父親の奥田瑛二が、製作総指揮(エクゼスティブ・プロデューサー)を務め、母親のエッセイスト安藤和津(1948~)もスタッフ(フード・コーディネーター)として参加、主人公のワケあり押しかけ介護ヘルパーの山岸サワ(安藤サク
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ラ)にからむ共演者は、名優津川雅彦(1940~)始め柄本明(1948~)ほか個性的な顔ぶれの老優たちが、しっかり脇を固め、高齢化社会の切実な現実をリアルにとらえ、映画に登場する4人の認知症老人とサワとのラジカルな‘かけあいドラマ’を展開していきます。
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映画は、3時間16分と長尺で、プロットも認知症老人を抱える家族の崩壊や深刻な社会問題化する認知症高齢者たちの実態を描いていながら、主人公山岸サワという天衣無縫な押しかけ介護ヘルパーの登場で、コメディ・ドラマとしてテンポ良く展開していきます。
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ある日、サワは、介護サービスに派遣された家で寝たきり老人の娘から唐突に「おじいちゃんの冥土のみやげに添い寝して欲しい」と頼まれました。
会社にナイショでとしぶしぶ引き受けたものの認知症で寝たきりであるはずの老人が、深夜突然サワに迫り、驚
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いたサワは、老人を突き飛ばし、その勢いでストーブが転倒、火災事件を起こしてしまいました。
そのことで介護ヘルパーを失業、アパートも失い身寄りのないサワは、見知らぬ街でワケありそうな認知症老人に目星をつけ弱みにつけ込み、つぎつぎと彼らの家に上がり込んで押しかけ介護ヘルパーを始めました。
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「0.5ミリ」は、ユーモアとペーソスが、織りなすシリアスな人間ドラマながらコメディのように可笑しく安藤姉妹の映画センスに敬服‥私が、とやかく述べるより百聞は一見に如かず、必見の価値ある日本映画の秀作(公式サイト こちら)です。
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この映画で女優デヒューした引きこもり少年マコト役(本当は少女)の新人土屋希望(プロファィル不詳)が、映画の中でサワとおもしろい絡みを演じて私の印象に残りました。
by blues_rock | 2015-06-13 00:03 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)