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心の時空

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a day in my life

<   2015年 04月 ( 16 )   > この月の画像一覧

a0212807_1202184.jpg2012年日本公開のフランス映画「アーティスト」が、アカデミー賞を作品賞・監督賞など5部門で受賞したことは、映画ファンの記憶に新しいところです。
名作「アーティスト」の監督ミシェル・アザナヴィシウス(1967~)が、撮った最新作「あの日の声を探して」(The Search)は、チェチェン共和国と隣国イングーシ共和国の難民キャンプを舞台に、正に戦争リアリズムに徹したシリアスな映画です。
映画は、チェチェンとイングーシの難民キャンプに撮影カメラを持ちこみ、ドキュメンタリーにしたような生々しさ‥映像もクリスマス・シーズン前の寒々とした気候を表わすためヒンヤリとした色調なので余計、戦争の犠牲となる老人と女子供たち弱者の哀れさ、反対に戦争の不条理と軍隊の狂気に煽られ、理不尽な暴力を強要される若い兵士たちへの無力a0212807_125234.jpg感が、ぐいぐい胸に迫ります。
アザナヴィシウス監督は、「私たちは、無力であるかもしれないが無関心であることを止めるのは、自分の意思でできる。」、「戦争の最も強大な共犯者は、無関心ではないか。」と映画を見る者にメッセージしています。
「あの日の声を探して」は、福岡市天神のKBCシネマで現在公開中です。
a0212807_129106.jpg映画に関心のある方、もう少し詳しく内容(ストーリー)を知りたい方は、こちらのサイト(今週末見るべき映画「あの日の声を探して」)を見ていただくと丁寧な説明があり良く理解できますので私は、映画に登場する人物と出演者を紹介いたします。
主人公のEU人権委員会職員 キャロルを演じたフランスの名女優ベレニス・ベジョ(1976~ アザナヴィシウス監督夫人)は、いつもながa0212807_12161130.jpgら役になりきり好演、2006年「OSS 117 私を愛したカフェオーレ」の軽妙な演技(洒脱なコメディエンヌぶりを披露)、2011年「アーティスト」で見せた清純にして華麗な演技(ハンガーにかけられた上着を使ったパントマイムが秀逸)、2013年「ある過去の行方」のミステリアスな演技と一作ごとに女優として成長し新しい個性を発揮しています。
a0212807_12165616.jpg共演の赤十字難民救済責任者ヘレンを演じたアメリカの名女優アネット・ベニング(1958~)は、存在に品性と風格があり、1998年「マーシャル・ロー」、1999年「アメリカン・ビューティー」、2010年「キッズ・オールライト」と演じる役柄は、違っていても女優アネット・ベニングとしての魅力があります。
映画は、1999年チェチェンで平和に暮らしていた住民が、突然侵攻して来たロシア軍に尊厳を踏み躙(にじ)らa0212807_12221996.jpgれ、大人(両親)たちは、ロシア兵たちから虫ケラ同然に殺され生き残った子供たちが、難民キャンプに逃れ、身を寄せ合って必死に生きていこうとする姿を描いています。
主人公の一人、9才の少年ハジを演じるチェチェンの子役アブトゥル・カリム・ママツイエフ(2004~ オーディションで抜擢)が、見せた無言による恐怖の表現は、真に迫りすばらa0212807_1223373.jpgしい演技でした。
感情を表わさなかったハジ少年が、キャロルの部屋で一人チェチェンの民族舞踏を踊るシーンは、感動的でした。
街で友だちといるところを警察に連行されロシア軍に強制徴兵された青年コーリャを演じたロシアの若手俳優マキシム・エメリヤノフ(1990~オーディションでコーリャ役を得る)の演技もまたすばらしく、軍事訓練キャンプ(というよりロシア兵遺体保管場a0212807_12245160.jpg所)に閉じ込められ日常的に受ける凄まじい暴力で次第に正気を失い人格破壊され、狂気をおびていく兵士コーリャの表情変化は、見事でした。
ハジ少年の姉ライッサを演じたチェチェンの女性ズグラ・ドゥイシェビリ(1995~)は、 映画初出演ながら苦難に耐える表情が、リアルで「チェチェンの人々が、ロシア人から受けてきた暴力の凄まじさをようやく世界に伝えることができる映画に参加できてうれしい。」とインタビューでチェチェン人としてのアイデンティティを語っています。
(上写真:撮影前に演技の確認をしているミシェル・アザナヴィシウス監督)
by blues_rock | 2015-04-30 00:30 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
こうしてコロンブスは、アメリカという新大陸(彼はそこを‘インド’と思っていた)を支配、強奪した金・銀・真珠などの財宝と多数の奴隷(先住民)を連れ帰り国王に献上しました。(当然10%は、コロンブスの取り分です。)
歴史の真実は、コロンブスが、アメリカ大陸を最初に発見したわけではありません。
a0212807_17123279.jpgコロンブスが、新大陸アメリカを発見したというのは、ヨーロッパの歴史であって、当時すでにモンゴロイド系アジア人(後にインデイアンと総称される原住民)や海洋民族ポリネシア人の子孫が、すでに北アメリカ大陸に定住し生活していました。
さらにコロンブスの発見より実に500年も前、アイスランドに住むノルマンバイキングの子孫、レイフ・エリクソン(970~1020)が、グリーンランドを発見し、その対岸にあるアメリカ大陸(カナダのバフィン島のこと、ちなみにその南は、現ケベック州)にも足を延ばしていました。
a0212807_1728525.gifカナダの遺跡から当時航海に使用していたバイキングの木造船や住居用と推察される鉄釘などの鉄製品が、数多く発見されており、これこそ間違いない歴史上の真実(新発見の事実)と思います。
コロンブスより 9才若いポルトガル人のヴァスコ・ダ・ガマは、貿易風によりアフリカ最南端の喜望峰を経て東へ回るインド航路を発見、ポルトガルのインド洋支配に貢献しました。
ヴァスコ・ダ・ガマは、1498年インド大陸の西海岸に位置する良港ゴアをポルトガル王国のインド洋支配と貿易のa0212807_17472489.jpg拠点にしました。
日本の歴史では、1549年日本で初めてキリスト教を布教した宣教師として有名なフランシスコ・ザビエル(1506~1552 キリスト教カトリック・イエズス会創設メンバー)は、このゴアを拠点に、インド・日本・中国でキリスト教の布教をしています。(下図参照:中世日本の異文化交流)
ヴァスコ・ダ・ガマが、ゴア他いくつかインド大陸の良港をポルトガル領の貿易港(植民地)にしてから以来500年(正確には1974年までのなんと476年間)、インド洋でのポルトガルの国益(利権)に大いに貢献、インド大陸周辺諸国や香料諸島(インドネシアのモルッカ諸島)から胡椒・丁子・生姜など大量の香辛料を持ちかえり莫大な富を手にしました。
この功績によりヴァスコ・ダ・ガマは、ポルトガル国王から‘終身インド艦隊総司令官の地位’と‘伯爵の称号’を
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与えられました。
コロンブスに遅れること30年、ポルトガル人のマゼランの指揮したスペイン艦隊は、西回りで南アメリカ最南端(パタゴニア)の危険な海峡(現マゼラン海峡)から太平洋に出て、インドの香料諸島(現インドネシア)に向かうa0212807_175248100.gifという 3年に亘る世界一周大航海を成し遂げましたが、艦隊の総指揮官マゼランは、現在のフィリピン、セブ島で先住民との戦いで負傷、死亡しました。
コロンブス、ヴァスコ・ダ・ガマ、マゼラン、三者三様の生涯ながら前人未到の偉業を成し遂げた英雄か、それとも地球的規模で押し込み強盗を働いた希代の悪党か‥私は、歴史を学ぶ後世の人たちの史観に委ねられていると思います。
by blues_rock | 2015-04-28 00:08 | 社会/歴史/思想 | Comments(0)
歴史とは、おもしろいもの、残酷なものです。
人類の歴史は、「勝者(支配者)の歴史」ながら、その裏に同じ数の「敗者(服従者)の歴史」つまり歴史の真実a0212807_14354065.jpg(本当の歴史)が、あると私は、考えています。
後世の歴史家たちが、“大航海時代”と呼ぶ15世紀から16世紀に活躍した航海士(探検家)といえば、コロンブス(1451~1506没、享年55才 イタリア人 右肖像画)、ヴァスコ・ダ・ガマ(1460~1524没、享年64才 ポルトガル人 下肖像画 )、マゼラン(1480~1521没、享年41才 ポルトガル人)の3人は、あまりに有名です。
この世界史に残る3人のカリスマ航海士(探検家)は、その「稀有な才覚」と「無謀な勇気」さらに「異文明の破壊」によって世界の地図を大きく変えました。
a0212807_1437795.png当時の日本に時間軸をスライドすると室町時代後期から戦国時代に当たり東アジアの海は、足利幕府(配下の御用商人)だけが特権をもつ朱印船貿易(中国明朝)の時代、幕府の目の届かない地方の戦国大名(とくに九州の豪族たち)は、倭寇(日本人海賊)を密かに庇護し、明との密貿易や中国大陸・朝鮮半島の沿岸部への海賊行為で財政を賄っていました。
コロンブス、ヴァスコ・ダ・ガマ、マゼランの3人は、今でこそ世界史(=西洋史)に未知の新大陸を発見した偉大なる航海士、アジアへの新海洋航路を発見した‘英雄(大冒険家)’として、その名を残していますが、歴史の表舞台の裏には、‘悪党(征服者・虐殺者・略奪者)’の顔をもっていました。
当時、ヨーロッパを支配した絶対王政下の専制君主と密約(利益分配のスポンサー契約)を結び、自分の艦隊にスポンサー国王の軍隊を同行、上陸した先々には、先住民が居住するにも拘わらず新たに発見
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した未開の新大陸として領有を宣言、私利私欲の利益のために‥例えば、アメリカ大陸(北・中央・南のすべて)、インド、フィリピン諸島など東南アジア、カリブ海諸島に上陸するとすぐに征服・虐殺・略奪を行ないスポンa0212807_14424113.gifサー国王の植民地として武力による軍事支配をしました。
コロンブスは、イタリア人(ジェノヴァ出身の探検家・航海士・奴隷商人)ですが、ポルトガル語・スペイン語を習得すると当時交易のあったポルトガルのリスボンに向かい国王ジョアンⅡ世に謁見、海洋によるインドへの航海を提案、航海で得た利益10%の成功報酬(自分の取り分)を拒否されるとスペインに向かいました。
スペイン女王イサベル1世に謁見、同郷のジェノヴァ人探検家マルコ・ポーロ(1254~1324)の「東方見聞録」に
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記された黄金の国「ジパング」(日本)をめざす大航海を提案しスペインから大西洋を‘西回り’に航海する契約(=サンタフェ契約)‥つまり、1.発見した土地の終身提督となり地位は、コロンブスに相続権があること
a0212807_17423592.jpg2.発見した土地の統治者(副王および総督)は、コロンブスの推挙した者を選ぶこと
3.提督領から得られるすべての利益の10%は、コロンブスの取り分とすること
4.提督領の交易において生じた紛争は、コロンブスが裁判権を持つこと‥などを結びました。
当時の覇権国家スペインの国王に、この条件を認めさせサインさせたのですから‘恐るべき男、コロンブス’です。 (後編に続く)
by blues_rock | 2015-04-27 00:30 | 社会/歴史/思想 | Comments(0)
a0212807_10471178.jpg西ドイツ(当時)映画「ブリキの太鼓」は、ニュー・ジャーマン・シネマを代表する監督の一人、名匠フォルカー・シュレンドルフ(1939~ 1996年作品「魔王」、2004年作品「9日目」、2014年最新作「パリよ、永遠に」など)の1979年作品で、カンヌ国際映画祭パルムドール、アカデミー賞外国語映画賞を受賞した傑作映画です。
原作は、この映画の脚本をシュレンドルフ監督、脚本家ジャン=クロード・カリエール(1931~「存在の耐えられない軽さ」の脚本こちら)と共同執筆したドイツの作家ギュンター・グラス(1927年自由都市ダンツィヒ生まれ2015年4月13日没、享年87歳、ノーベル文学賞受賞)です。
ギュンター・グラスは、晩年(2006年8月78歳)発表した自伝的作品「玉ねぎの皮をむきながら」の中で17歳のa0212807_11197.jpg時、1944年11月からナチスドイツが、崩壊する1945年4月までの5か月間、ナチス武装親衛隊に所属していたことを告白しました。
ギュンター・グラスが、17歳当時少年期の瑕疵(過去の出来事)とはいえ60年の沈黙の後、自分の過去を「重荷が、軽減されることはなかった。隠していたことは、誤りだった。」と告白したことに、ドイツほかヨーロッパで賛否両論、侃々諤々の論争になりましたが、私は、ギュンター・グラスの勇気を称賛したいと思います。
a0212807_122230100.jpgさて、私の個人的なことながら映画「ブリキの太鼓」を見るといつも少し気になる過去の出来事を憶い出します。
1981年のこと、東京の大手町で働いていたころ職場の若手有志でシネクラブを結成(月1回NO残業で映画を見に行こう会、まあ今の合コンのようなもの)、ある時、私の提案により銀座で公開中の「ブリキの太鼓」を同僚の若い独身女性数人も交え見に行きました。
今にして思えば、日ごろ娯楽映画しか見ない見目麗しい彼女らに、この映画はあまりに強烈過ぎました。
a0212807_1228431.jpg映画には、エロティックな場面(過激なセックス・シーン)、吐き気を催すようなグロテスクなカット、オカルトと見紛うシュールなシーンが、数多あり映画終映後、皆なで食事に行っても映画の話題となると「・・・」と沈黙、私の独り善がりを大いに反省、せっかくの皆なで映画を見に行こう会をブチ壊したこと申しわけなく思いました。
映画と関係ない前置きの駄文が、長くなりました。
映画は、精神病院にいるオスカルが、自らの半生を語るところから始まり、ドイツ第三帝国の独裁者ヒトラーが、率いるナチスに支配されたポーランドの自由都市ダンツィヒ(現在のグダニスク)を舞台に、3歳の誕生日に自分の意思で成長することを止めたオスカルの目を通し1927年から
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1945年まで、そこで暮らした人々(多様な民族)の悲劇を比喩的に描いています。
ブリキの太鼓を叩き、奇声を発すると窓や時計、コップなどのガラスが、粉々になるという異能(オカルト・パワー)をa0212807_1233235.jpg身に付けていると知った3歳のオスカルは、自分を置いて従兄と性的関係を続ける母親、食料品店を営む何かと臆病な父親、威圧的な学校教師、退廃したキリスト教会、ナチスのファシズム洗脳(ヒトラー崇拝)を唯々諾々と受け入れ、昨日までの善き隣人であったユダヤ人たちを排斥する大人たちの退廃と狂態‥など、自分の目に映る異様なもの、グロテスクなものを破壊していきました。
a0212807_12333282.jpgいつもブリキの太鼓を抱え、意に副わないと奇声を発する3歳のオスカル役のダーヴィット・ベネント(1966~ 瞳の異様さが秀逸)、オスカルの母親アグネスを演じたアンゲラ・ヴィンクラー(1944~ フェロモン、プンプンの所作が官能的)、ブリキの太鼓が壊れるとオスカルに新しい太鼓をプレゼントするユダヤ人のオモチャ屋のシャルル・アズナヴール(1924~ フランスの名シャンソン歌手)、オスカルを翻弄し父親とも性的関係をもつ少女マリア役のカタリナ・タルバッハ(1954~ 自由奔放で性に早熟な少女a0212807_12362086.jpgを好演)など、シュレンドルフ監督のエロ・グロ・オカルト・ナンセンスなど毒気あふれる表現主義的な演出に見事に応えたすべての出演者たちに私は、大きな拍手を贈りたいと思います。
by blues_rock | 2015-04-25 00:02 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
映画「フォンターナ広場~イタリアの陰謀」は、1969年イタリア国家と社会を揺るがした実在の事件を下敷きに、イタリア映画伝統のネオ・レアリズモに徹した2013年の心理サスペンス映画です。
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映画のタイトルに「フォンターナ広場~イタリアの陰謀」とあるとおり1969年12月12日午後4時37分、ミラノのフォンターナ広場近く全国農業銀行内で発生した大爆発により多数の犠牲者(死者17人・負傷者88人)を出した真
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犯人不明の爆弾テロ事件が、映画のプロットです。 (参考:映画に登場する人物の相関関係図)
事件の背後にイタリア政府(内務省情報局)、軍警察、右翼組織(ネオファシスト)、共産主義の活動家、鉄道組a0212807_1473726.jpg合のアナキストたち、さらにNATO軍やCIAなどが絡み、東西冷戦当時のイタリアにうごめく政治の闇をミステリアスに描いています。
この映画の原案・脚本・監督マルコ・トゥリオ・ジョルダーナ(1950~)は、全国農業銀行爆破テロ事件時、フォンターナ広場にいて事件を目撃したそうです。
a0212807_1481162.jpg映画には、爆弾テロ事件の真相をめぐりイタリア大統領・首相・外務大臣・内務省情報局など政府首脳ほか極右組織と裏で通じる政府要人、軍警察、ネオファシスト、共産主義活動家、鉄道組合のアナキストたちなど関係者が、次々と登場しドキュメンタリー・タッチでテンポ良く展開(‥複雑な相関関係なので誰がどのような人物か、スクリーンで一応字幕の説明はあるものの当時のa0212807_1493116.jpgイタリア政治に明るくないと分かり辛い)していきます。
警察の捜査当局は、爆弾テロの犯人を左翼運動の過激派と断定、直ちにアナキストと見なされる人物たちを容疑者として逮捕、その一人アナキストの鉄道員ジュゼッペ・ピネッリ(ピエルフランチェスコ・ファビーノ1969~)は、自分の身の潔白を主張しますが、受け入れられず取調室の窓から原因不明の転落死をしました。
a0212807_1581114.jpgイタリアのメディアは、警察発表の取調中に起きた容疑者飛び降りによる転落事故死に疑惑を抱きました。
鉄道員ジュゼッペ・ピネッリの死因は、果たして自殺か他殺か単なる事故死なのか、現場捜査の指揮官カラブレージ警視(バレリオ・マスタンドレア 1972~ 真相と正義を愚直に追い求めるカラブレージ警視役を好演、彼のラストが悲しく切ない)は、全国農業銀行内でa0212807_1584922.jpg発生した爆弾テロ事件(爆破に威力のある軍のTNT火薬が使用されていた)を左翼過激派の仕業と思っておらず容疑者ピネッリの無罪主張を信用していました。
事件の捜査に当たっていたカラブレージ警視は、やがてイタリア政府も裏で関わる陰謀ではないかと思い始めました。
カラブレージ警視が、上司の内務省情報局副局長に自分の見解を述べると副局長は、あっさり事件の真相(政府首脳も知るCIAとNATO軍の謀略作戦=右翼a0212807_214766.jpg組織ネオファシストを使った反共破壊工作)を語り、事件lの隠蔽を認めました。
それを聞いたカラブレージ警視は、愕然とし捜査終了次第、警察を辞めることにしました。
映画は、最後に「ファンターナ広場の虐殺に犯人はいない。事件の33年後すべての容疑者が無罪となった。」とクレジットされて終わり、映像も終始トーンを落とした色調と相俟って映画を見る私の感情が、カラブレージ警視の心情と重なり、より一層やり切れない気持ちになりました。
by blues_rock | 2015-04-23 01:35 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
イタリア映画の名匠ベルナルド・ベルトルッチ監督(1941~)は、「1900年」(1970)、「暗殺の森」(1976)、「ラストエンペラー」(1987)と歴史を題材にした硬派な歴史映画を撮る一方で、「革命前夜」(1964)、「ラストタンゴ・イン・
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パリ」(1972 当時二十歳のマリア・シュナイダーが魅力的)、「シャンドライの恋」(1998)のような官能的なロマンス映画(女性を主人公にした映画)の秀作を撮っています。
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今夜は、中でもベルトルッチ風味の強い‘純愛’(男の女に対する偏愛)映画を2本ご紹介したいと思います。
まず一つは、1998年公開の映画「シャンドライの恋」(原題 L'assedio 包囲)です。
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映画は、ローマのスペイン階段近くの屋敷を舞台にイギリス人資産家の青年ピアニスト、キンスキー(デヴィッド・シューリス 1963~)と同屋敷の住み込みメイドとして働きながら医学を学ぶ若いアフリカ人女性シャンドライa0212807_1904836.jpg(タンディ・ニュートン 1972~ 眼差しがチャーミング)の切ない恋物語です。
反政府活動家である学校教師の夫とアフリカの過疎地で暮らしていたシャンドライは、突然夫が、政府軍に逮捕され政治犯刑務所に入れられました。
夫が、解放される日を待ちながらローマに行きメイドとして働きながら医学を学んでいました。
シャンドライの働く屋敷の主イギリス人のキンスキーは、社交的ではなく屋敷の自室に引きこもり終日ピアノを弾a0212807_1923559.jpgいていました。
映画は、キンスキーとシャンドライ、二人の肌の色や人生を取り巻く環境、聴く音楽の趣味も異なりながら二人に芽生える恋心を美しい映像と音楽でさわやかに描いています。
キンスキーが、心から愛するシャンドライのために自分の全財産なげうって彼女の夫を刑務所から出獄させ、解放された夫が、キンスキーの屋敷に妻シャンドライを迎えに来るシーンは、見る者の心を切なくさせる映画です。
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「革命前夜」は、「シャンドライの恋」から34年遡る1964年公開のモノクロ映画です。
監督・脚本・原案(スタンダールの「パルムの僧院」に発想を得た半自伝的なもの)のベルトルッチ監督は、「革命前
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夜」をブルジョワの身分でコミュニストを公言する22才の青年ファブリツィオ(フランチェスコ・バリッリ 1943~)が、自分の居場所(矛盾するアイデンティティーの収斂)を求め苦悩しつつ同時に、倦怠感で神経症を患う若いa0212807_19101289.jpg叔母ジーナ(アドリアーナ・アスティ 1933~)との恋愛関係に葛藤する人間ドラマにしました。
撮影監督アルド・スカバルダ(1923~)のモノクロ映像、音楽監督エンニオ・モリコーネ(1928~)のサウンドトラックともに素晴らしく、ベルトルッチ監督の「革命前夜」は、カンヌ国際映画祭で新進批評家賞を受賞しました。
a0212807_191042100.jpgファブリツィオと叔母ジーナとの情事を撮った官能的な映像は、正しくベルトリッチの世界、ジーナ役のアドリアーナ・アスティが、実に美しく妖艶です。
by blues_rock | 2015-04-21 00:02 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
古唐津の呼び継ぎ金継ぎ技法の一つ)をしていると材料となる唐津の陶片が、少なからず必要です。
たくさん集めても、なかなか一つの器として適合する陶片は、見つかりません。
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運良く入手できた陶片から一つの器になりそうなものをいくつか選び適合するようカットして成形していきます。
陶片をカットすると不必要なワキが、たくさん残ります。 (参考:私の金継ぎ」を添付いたします。)
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絵唐津の陶片は、そのままオブジェとして楽しめますが、せっかくの古唐津陶片(こちら)を瓦礫(ガレキ)としておくのは、モッタイナイ話です。
a0212807_1255368.jpga0212807_128770.jpgそこで「用の美」ではありませんが、できるだけ素地を生かし普段使いの器として楽しめるよう陶片周囲の凸凹を整え、そこに錆漆(サビウルシ)を塗りました。
最後は、梨子地漆(ナシジウルシ)、呂漆(ロウルシ)、ベンガラ漆などお好みの漆で各陶片もつ雰囲気(イメージ)に合う仕上げにすれば、四百年前の古唐津陶片が、新しい古唐津の器として誕生いたします。

左写真(上):電動グラインダー(同タイプ使用)

左写真(下):錆漆(サビウルシ)‥砥粉を水で練り、同量の生漆(キウルシ)とよく混ぜ合わせたもの
by blues_rock | 2015-04-19 00:09 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(4)
メキシコの名映画監督アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ(1963~)の最新作「バードマンあるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」は、この映画の‘斬新なおもしろさ’をまだ見ていない方に正しくお伝えするのが、難儀というか、もどかしい映画です。
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私は、「バードマンあるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」を見るまで「6才のボクが、大人になるまで。」が、アカデミー賞作品賞・監督賞・脚本賞・撮影賞など主要な賞を受賞するのではないかと予想していました。
先日、「バードマンあるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」を見て、アカデミー賞の作品賞・監督賞・脚本賞・
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撮影賞(撮影のエマニュエル・ルベツキは、前年の「ゼロ・グラビティ」撮影賞受賞と2年連続受賞の快挙)など主要な賞を受賞したのは、分かるような気がしました。  (上写真:主演のマイケル・キートンとイニャリトゥ監督)
「6才のボクが、大人になるまで。」もなかなかの力作にして秀作ですが、如何にせん「バードマンあるいは(無知a0212807_10161967.jpgがもたらす予期せぬ奇跡)」の‘映画人を唸らせる技巧’は、精密に嵌められた螺鈿蒔絵(ラデンマキエ)のような完成度の高さなので、今回アカデミー賞のコアな賞の独占は、いたしかたないように思います。
何より二人の鬼才、監督アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥの卓越した演出力と撮影監督エマニュエル・ルベツキの技巧を凝らした革新的な映像(高度なカメラワーク)は、編集のすばらしさと相俟って「不条理の現実(ナンセンス・リアル)」を見事に描いています。
a0212807_10165698.jpg音楽(サウンドトラック)もまた秀逸、音楽監督であるメキシコのジャズ・ドラマー アントニオ・サンチェズ(1971~)自ら演奏するドラムが、現実(リアリズム)と超現実(シュールリアリズム)の境界を行き来(ワープ)する役割を担い、時おりシリアスなシーンに流れるクラシック音楽(マーラーやラフマニノフなど)との相性も抜群でした。
出演者たちも名優・名女優ぞろいで、イニャリトゥ監督ほか製作陣のプロット(‘不条理の現実=ナンセンス・リアル’のa0212807_1020275.jpg構図とカットの意図)を彼らの確かな演技が、しっかり支えています。
マイケル・キートン(1951~ 元祖「バットマン」の俳優)演じる ‘賞味期限切れ’ で落ちぶれた元アクション・スター リーガン・トムソン(元人気ヒーロー‘バードマン’役者)が、演劇の中心地ブロードウェイで自らの存在意義(アイデンティティ)を舞台俳優として復活させようと舞台劇「愛について語るときに我々の語ること」をプロデュース(企画・製作)し自ら演出と主演も担う孤軍奮闘の毎日です。
a0212807_10204571.jpgしかし、リーガンの悪戦苦闘も空しく開演に向けた舞台準備でトラブルが絶えず、私生活の不運な現実と相俟って疲労困憊‥その重なるストレスの中で自分を嘲る幻覚・幻聴・妄想に悩まされるようになります。
イニャリトゥ監督の最新作映画「バードマンあるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」は、ショービジネスの現実世界を良く知るイニャリトゥ監督による痛快(シリアス)なショービジネス風刺のブラックコメディ、さらに元祖バットマンのマイケル・キートンが、元人気ヒーロー‘バードマa0212807_10213724.jpgン’役者を演じるというシニカルなパロディとも思えるユニークにして斬新な映画です。
劇中の舞台でリーガンの相手役となる人気舞台俳優マイク・シャイナー役をエドワード・ノートン(1969~)、リーガンの反抗的な娘サム役をエマ・ストーン(1988~)、舞台でリーガンの妻にしてマイクの愛人役をナオミ・ワッツ(1968~)、リーガンの愛人にして舞台女優役をアンドレア・ライズボロー(1981~)、リーガンの元妻役をエイミー・ライアン(1969~)、舞台を見ないで劇評する昨今の評論家たちへのアイロニー(皮肉のメッセージ)としてa0212807_10221466.jpgニューヨークタイムズ紙の有名演劇批評家役をリンゼイ・ダンカン(1950~)が、ケレン味たっぷりに演じ、いずれ劣らぬ名優、名女優たちは、お互い役柄のコラボレーションを楽しむように好演しています。
映画サイトの批評コメントは、絶賛と酷評に分かれていますが、映画もまた趣味(好み)の世界、つまりは「好き」か「嫌い」あるいは「興味ない」かの個人の嗜好なので、参考にツマミ読みして拙文の補足にしてくださると助かります。 (上写真:劇中険しい顔の娘サムが微笑むラストシーンは、映画を見た者の想像力に委ねられます。)
by blues_rock | 2015-04-17 00:07 | 映画(シネマの世界) | Comments(3)
アメリカとルーマニアの共同製作映画で、バイオレンスとサスペンス、ロマンスとファンタジーが、織りなす不思議な映像タペストリー映画「バレット・オブ・ラブ」(原題 「チャーリー・カントリーマンの必然死」)をご紹介します。
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監督は、2013年映画「バレット・オブ・ラブ」が、長編映画監督デビューのアメリカで活躍するスウェーデン出身のCMディレクター、ミュージックビデオ・クリエーターのフレデリック・ボンド(プロファィル不詳)で、‘もったいない’ことに
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日本では、劇場未公開(ビデオスルー)映画です。
CMフィルムやMビデオ映像の演出で培ったフレデリック・ボンド監督のメリハリのある演出のもと、ロシアの若手a0212807_2134116.jpg撮影監督ローマン・ヴァシャノフ(1980~)の撮影手腕といい、カナダの映画音楽作曲家クリストフ・ベック(1972~)のセンスあるサウンド・トラックといい、映画館の大スクリーンとドルビー・サウンドで堪能したい映画なので劇場未公開は、実に‘もったいない’と思います。
長編映画初監督とは、思えないフレデリック・ボンド監督のセンスの良さは、CMフィルムやMビデオのディレク
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ターとして制約された短時間で見る者の印象に残る「画」を長年追求してきたからでしょう。
一例として、アクション・シーンをスローモーションで撮り、それを短いカット(「画」)で繋ぎ、ストーリーに緩急a0212807_21371962.jpgをつけて構成していくテクニックは、すばらしく、このフレデリック・ボンド監督の演出に、ローマン・ヴァシャノフの映像とクリストフ・ベックの音楽が、シンクロしますから、その良さは、想像していただけると思います。
映画のストーリーは‥シカゴで暮らすチャーリー(シャイア・ラブー 1986~ 「欲望のバージニア」)というどこか頼りないひ弱なダメa0212807_21503474.jpg男が、母親(メリッサ・レオ 1960~ 「フローズン・リバー」)の尊厳死に立ち会い、その悲しみでメソメソしていると彼の前に現われた母親のゴーストからブカレスト(ルーマニアの首都)に行くように言われ、飛行機に乗りました。
飛行機の中で隣席の不思議なルーマニア人の男と知り合い意気投合しますが、ブカレスト到着を目前に彼は、機内で突然死しました。
a0212807_21514174.jpg異国ルーマニアの見知らぬ街ブカレストでチャーリーは、亡くなった男の美しい娘ガブリエル(エヴァン・レイチェル・ウッド 1987~ 「アクロス・ザ・ユニバース」)に会い一目惚れしました。
しかし、チャーリーは、ガブリエルに近付いたばかりに2人のブカレスト・マフィアに命を狙われる羽目になりました。
一人は、クールな犯罪者で別れた後も元妻ガブリエルを溺愛するナイジェル(マッツ・ミケルセン 1965~ 「偽りなき者」)a0212807_2154961.pngと、もう一人が、血も涙もない冷酷なギャングのボス ダルコ(ティル・シュヴァイガー 1963~ 「ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア」、「イングロリアス・バスターズ」)でした。
このマフィア2人が、結託した殺人事件に関わる重要な秘密情報を知ったがゆえにチャーリーは、ガブリエルを巻き込んで殺人事件に絡むサスペンスと絶体絶命のバイa0212807_2235964.jpgオレンスに遭遇していきます。
劇中追いつめられたチャーリーの前に母親のゴーストが、現われるのでファンタジー映画でもあります。
映画の最後に今どき珍しい「The End」のロゴが、スクリーンに映ります。
ボンド監督は、「バレット・オブ・ラブ」をシネマ・ベルエポック(映画の旧き良き時代)へのオマージュとして「The End」を表示、私の考え過ぎかもしれませんが、なかなかキザなことをするものだと感心しました。
by blues_rock | 2015-04-15 00:15 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
福岡県は、大野城市の‘イオンシネマ大野城’だけで単館上映という日本映画の新作「深夜食堂」を見ました。
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原作は、ビッグコミックオリジナル(私は、20代から30代にかけて「浮流雲」を愛読、現在も連載中とは驚き)連載中の安倍夜郎(1963~)作コミック「深夜食堂」で、すでにテレビドラマ化されているとか、私は、そのどちらも知らa0212807_23541613.jpgず「深夜食堂」というレトロなタイトルと主演する小林薫(1951~)を見たくて大野城市の映画館に行きました。
監督・脚本(共同)は、松岡錠司(1961~)、私の知らない映画監督ながらキャリアがあり、映画の‘見せ方’を良く知っている演出は、ときとして演出過剰と思えるシーンもありましたが、気になるほどのことでもなく、映画を三つのストーリー(オムニバス形式‥サブタa0212807_022486.jpgイトルで「ナポリタン」、「とろろご飯」、「カレーライス」とクレジット)にして、小林薫演じる深夜食堂「めしや」のマスターを全部に登場させ一つに括るプロットは、なかなかの手腕と思いました。
人生の酸いも甘いも知り尽くし、左の顔に大きな傷痕を残す「マスター」は、彼の出自も過去も一切語られず、彼が相当の苦労人であることは、深夜12時から朝の7時過ぎまで開店していa0212807_05210.jpgる深夜食堂「めしや」に集まる様々な常連客やワケありの飛込み客に対する寡黙ながらも人情味厚い誠実な態度で察することができます。
映画の背景となる深夜食堂「めしや」の場所は、大都会東京のスキ間に、そこだけ昭和の面影をそのまま残したようなレトロな雰囲気の路地裏なので、たぶん新宿花園神社界隈の路地裏にある新宿ゴールデン街をイメージしa0212807_064574.jpgたのではないかと思いました。
映画の舞台となる深夜食堂「めしや」の壁に貼られた色褪せたメニューにあるのは、豚汁定食・ビール・酒・焼酎だけですが、マスターに言えば、できるものなら何でも作ってくれる深夜食堂に集まる人々の‘群像劇’です。
a0212807_0213082.jpg「深夜食堂」には、主演の小林薫はじめ有名無名の俳優・女優が、大勢出演しています。
ベテラン女優では、余貴美子(1956~ マスターに好意を寄せる老舗料亭の女将役)、田中裕子(1955~ 「めしや」に元夫の骨壷を置いて消えた得体の知れない女役‥とぼけた演技に少し違和感あるのは、松岡監督の演出かも!?)など、俳優では、オダギリジョー(1976~ 交番の警a0212807_0223227.jpg察官役‥人の良い‘オマワリサン’を飄々と演じていて良かった)、同じく光石研(1961~ 部下の女性刑事にいつもツッコミを入れられる怖がりの刑事役)などが、脇を固めていました。
なかでも「とろろご飯」で、私の知らない若手女優ながら、マスター小林薫に拾われる新潟の家出娘を演じた多部未華子(1989~)が、瑞々しく中堅ながら名女優と呼べる永作博美のような演技のできる女優に成長して欲しいと思います。
a0212807_0241718.jpg「深夜食堂」は、台湾、韓国、香港、マカオ、フィリピンなどアジア各国でも一般公開されるそうなので、これを見たアジアの若者たちに日本映画ファンが増え、きっと日本を訪れる人たちも増えることでしょう。
by blues_rock | 2015-04-13 00:13 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)