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心の時空

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a day in my life

<   2014年 11月 ( 18 )   > この月の画像一覧

「サバイビング・モロッコ」の原題は、「Death for Sale」‥死を売ります、というような意味で、映画も北モロッコの古い港町テトゥアン(世界遺産)を舞台にした無頼のイスラム青年(日本流に言うならチンピラ)三人による犯罪映画ですが、ベルリン、トロントなどの国際映画祭で高評価された作品です。
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映画の製作国が、ベルギー・フランス・モロッコ・ドイツ・アラブ首長国連邦というのも奇妙な組み合せです。
2011年映画で日本では‘ビデオスルー’(劇場未公開、2014年WOWOW放送)された作品ながら、北モロッコの貧困を背景に、私たち日本人には、ほとんど馴染みのないイスラム文化圏の生活それも社会の底辺にいる人びと
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の日常を描いていおり興味深い(‥イスラム世界に生まれなくて本当によかった!と思える)映画です。
監督は、フォージ・ベンサイーディ(1967~)というモロッコの(フランスかも)映画監督で、劇中、街の犯罪を取り締まる荒っぽい暴力的なモロッコ警察の警部役で出演しています。
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貧しい地域に仕事はなく無職の青年マリク(この映画の主人公 フェド・ベンシェムジ)、アラール(マリクの窃盗仲間 ムーキネ・マルジ)スフィアン(マリクの窃盗仲間 フアド・ラビエド)の三人は、街行く人からバッグを‘引ったくり’小銭を稼ぎ、タバコを買い、酒を飲み、ぐうたら遊ぶという刹那的な明日のないその日暮らしをしていました。
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映画は、冒頭マリクが、街でクラブのダンサー(売春婦)ドゥニア(イマーネ・エルメクラフィ)と知り合うところから始まり、ここにアラールとスフィアンが、現われストーリーは、急展開していきます。
モロッコは、当然イスラム教圏なのでイスラムの教義で、酒はダメ、娯楽はダメ、肉とくに豚肉は絶対ダメ、売春a0212807_18265270.jpgダメ・嗜好品ダメ‥ダメ・ダメの禁欲生活であるはずなのに犯罪映画だからだろうか、‘飲む・打つ・買う’のオンパレード‥あらゆる酒を飲み、麻薬を打ち、売春を目的としたクラブのシーンが、たくさん出て来ます。
これに麻薬売買のギャング集団、イスラム原理主義のカルト教団、モロッコ警察とコアな人物たちが次々登場、ストーリーを複雑にしながら面白くしていきます。
a0212807_1829743.jpgダンサー(売春婦)のドゥニアに恋をしたマリクは、ドゥニアを一途に口説き同棲するもクラブが、警察の手入れを受けた時、居合わせたドゥニアも逮捕されました。
マリクは、ドゥニアの釈放を依頼に警察に行くと辣腕警部デバス(役ベンサイーディ監督)から釈放する代わり‘密告者’になるよう強要されました。
マリクは、窃盗仲間のアラールが、計画した宝石店強盗を警部に密告、宝石を横取りしてドゥニアと古都マラケa0212807_18294445.pngシュ行きのバスに乗り逃げるつもりでいました。
フォージ・ベンサイーディ監督は、テンポの良い演出センスといい、俳優としての演技力といい、なかなかの才能の持ち主です。
イスラム教圏の表(タテマエ)と裏(ホンネ、社会の現実)を覗き見ながら娯楽として犯罪アクションも楽しめる映画でした。
by blues_rock | 2014-11-30 00:30 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
鬼才テレンス・マリック監督(1943~ 「シン・レッド・ライン」・「ツリー・オブ・ライフ」)の2013年新作「トゥ・ザ・ワンダー」もマリック監督の精神世界(哲学)を映像化した作品でした。
a0212807_2345022.jpg映画のプロットは、人間の原罪、隣人愛の不毛、男女の愛のエゴイズムなどを主題に聖書から着想(イメージ)したと思われる美しい映像シーンの数々は、哲学者テレンス・マリック監督の面目躍如といったところでしょう。
「トゥ・ザ・ワンダー」のストーリーにあまり意味はなく、映画を見る者は、先入観をもたず、また難解に考えずに楽しめるかどうか‥その評価が、分かれるポイントかも知れません。
男であれ女であれ、人が人を愛することに理由はなく、また反対に嫌いになることも不思議なことではありません。
映画は、冒頭フランスのサンモンミッシェル島を背景にアメリカ人男性のニール(ベン・アフレック1972~)とフランス人女性のマリーナ(オルガ・キュリレンコ 1979~ウクライナ出身の女a0212807_2361393.jpg優)が、至福の愛に満たされ幸福の絶頂にいるところから始まります。
シングルマザーであるマリーナの娘もニールによく懐(なつ)き傍目には、実の親子のようでした。
ニールは、この母娘をアメリカ、オクラホマ州の故郷に連れて帰りました。
故郷の教会でクインターナ神父(ハビエル・バルデム 1969~)の立ち合いによりニールとマリーナは、結婚しました。
それもつかの間のこと、ニールとマリーナお互いの心にズレが、生まれ次第に険悪になり、マリーナの娘は、a0212807_2381439.png「父親でもないのに、いちいちうるさく言わないで」とニールに反発、自分たち母娘を捨てたタヒチ(だったと思う)の実父のもとに旅立ちました。
同じころニールは、幼なじみのジェーン(レイチェル・マクアダムス1978~「きみに読む物語」こちら)と再会、親密になりました。
ジェーンは、ニールを深く愛するようになるものの、ニールは、マリーナとの関係を断てず悩んでいました。
マリック監督の精神世界を描く作品は、この撮影監督以外では撮れないであろう無二の盟友エマニュエル・ルベツキ撮影監督(1964~ 「ゼロ・グラビティ」でアカデミー賞撮影賞受賞)の映像が、男性一人と女性二人の愛の移a0212807_231820100.jpgろう姿をすっぽり包みこみ、この映像が、実に美しく見惚れてしまいます。
スペインの名優ハビエル・バルデム演じる神を疑う神父クインターナは、神の不在に悩みながら「すべての人間は、神に背いている。主は言う、隣人を愛すべきだ。」と二人の女性への愛で悩むニールに言います。
さらに神父は、「君は、自分自身と闘うべきだ。」とニールに告げました。
a0212807_23185742.jpgクインターナ神父は、「主よ私とともに。主よ私の前に。主よ私の後ろに…」と祈り続けます。
マリック監督は、鳥が飛び立ち、教会の鐘が鳴り、庭に差し込む朝の日差しなど「私たちの何気ない日常に神は、存在する」と「トゥ・ザ・ワンダー」で伝えていました。
a0212807_23194468.jpgニールとマリーナ、ニールとジェーン、それぞれの愛の行方は? クインターナ神父の信仰は?‥マリック監督の演出は、俳優たちに脚本を与えず自由に演技させ、それをルベツキ撮影監督が、ライティングしない自然光で撮影、このコラボレーションが、不思議な世界(トゥ・ザ・ワンダー)をスクリーンに映し出しました。
a0212807_23201013.jpgサウンドトラックは、控え目に流れ、クラシック音楽作曲家のラフマニノフ、ベルリオーズ、ワーグナー、チャイコフスキー、ショスタコーヴィッチ、バッハの作品が、使われていました。
ウクライナ出身の美人女優オルガ・キュリレンコのファンには、ルベツキ撮影監督が、撮った彼女の美しいヌード映像も必見です。
by blues_rock | 2014-11-28 00:08 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
インドは、映画製作本数にして日本の3倍、米国の2倍と桁違いに多い世界一の映画大国です。
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その中心は、ボリウッドと呼ばれるムンバイ(こちら参照)ながら映画大国インドには、さまざまな言語(公用語はヒンディ語)があり、一様にインド映画といっても、ヒンディ語・タミル語・テルグ語・カンナダ語‥と、インド国内の
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地域言語で製作されています。
2014年の公開「神さまがくれた娘」は、2001年アメリカ映画「アイ・アム・サム」(ショーン・ペン主演)にインスパ
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イヤーされたインド南部のタミル語映画でオリジナル版に匹敵する感涙溢れる秀作映画です。
インドでは、歌・踊りテンコ盛りの3時間に及ぶ長尺で公開されたようですが日本公開は、2時間30分(149分)
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に編集されて上映されました。
私は、インド映画特有のキンキラ衣装をまとった男女が、外連味(けれんみ)たっぷりに歌や踊りを延々と続けるa0212807_15661.jpgあざとさに閉口して今まで敬遠して来ました。
オリジナル版「神さまがくれた娘」を30分カットした日本公開版ですら私には、前半たびたび登場する歌・踊りのシーンが、無用に長く感じられました。
この前半を半分くらいカットして2時間あまり(「アイ・アム・サム」が2時間13分)にすると国際映画祭グランプリ級の作品になると推察します。
a0212807_1101358.jpgインド映画の俊英A.L.ヴィジャイ監督(1979~ 監督と脚本、現在35才)の演出センスに非凡な才能を感じました。
インドの名優ヴィクラム(サム役のショーン・ペン)が、知的障害者で6才の知能しかない主人公の父親クリシュナを変幻自在に怪演、幼い娘ニラー(ルーシー役のダコタ・ファニング1994~ 当時7才)を演じたベイビー・サラ (2006~ 当時6才)もまた「アイ・アム・サa0212807_11165.jpgム」のルーシーを演じた天才少女ダコタ・ファニングとは、また違った無邪気でキュートな演技が、映画を見ている者の心を打ちます。
6才の知能しかないクリシュナは、ニラーを出産したあと愛妻を失くし、男手ひとつでニラーを育てていました。
幼い娘ニラーを溺愛し、娘も父クリシュナに甘え、彼の純真で屈託ない性格は、近所や職場のダレからも愛されa0212807_1115949.jpgていました。
ニラーは、小学校に通い始めたある日、ふとしたことで小学校の事務長シュヴェータ(アマラ・ポール 1991~ とにかく美しい、インドのすごい美人に感激)と親しくなりました。
シュヴェータは、ニラーの母親が、父親に反発し家出した自分の姉で、ニラーの父親に知的障害があることを知a0212807_1123475.jpgりました。
クリシュナは、亡き妻の父親である資産家に娘ニラーを連れ去られパニックになり必死でニラーを探します。
そして偶然出会った女性弁護士アヌ(アヌシュカー・シャルマー 1981~ 彼女も美人)たちに支援され6才の知能しかない父親クリシュナが、娘ニラーの親権を裁判所に認めてもらおうと必死に奮闘する姿を描いています。
a0212807_1155994.jpg映画は、後半この法廷シーンが、多くなるものの、ヴィジャイ監督の演出は、親権を巡るシリアスな裁判ドラマではなく、むしろコミカルなシーンや少し非現実的なシーンを多く撮りいれ、父親のクリシュナが、一途に娘ニナーを想う姿を描いています。
映画を見ている者は、知的障害者の父と幼い娘親子の無垢な愛情に胸が締め付けられ、映画のラスト、クリシュナのとった行動に涙が止めどなく頬を伝い流れることでしょう。
by blues_rock | 2014-11-26 00:55 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_13121741.jpga0212807_13134367.jpg古伊万里の蕎麦猪口(こちら)を一年かけて(ほんんどほったらかしでしたが)どうにか‘銀継ぎ’ 古伊万里の蕎麦猪口にしました。
共継ぎに使用されていた硬質のガラス質面を削り取るのに難儀しながら、その跡をなぞるような銀繕いにしました。

銀漆の表面にどうしても雑さが残り、呂漆(黒)仕上げにすべきだったかな‥と反省しています。
by blues_rock | 2014-11-24 00:04 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)
SF映画「ガタカ」は、冒頭‘そう遠くない未来’というクレジットが、スクリーンに告知されて始まります。
「ガタカ(GATTACA)」とは、DNA基本塩基の頭文字を組み合わせたもので‘そう遠くない未来’にある宇宙開発企業「ガタカ」の社名です。
近未来を舞台としているSF映画「未来世紀ブラジル」のプロットと似たところがありますので、見比べて見るのもa0212807_2334747.jpg面白いと思います。
アンドリュー・ニコル監督・脚本(1964~ 2002年「シモーヌ」)の1997年作品で、音楽監督を1992年「ピアノ・レッスン」(カンヌ国際映画祭パルムドール、アカデミー賞3部門受賞)の音楽で世界的に有名な作曲家マイケル・ナイマン(1944~ パトリス・ルコント監督1989年「仕立屋の恋」・1990年「髪結いの亭主」の音楽監督)が、務めています。
‘そう遠くない未来’の社会は、遺伝子工学テクノロジーが、進歩し生まれるとすぐに遺伝子を解析、顕われた新生児の寿命と能力数値により「適正」と「不適正」に区別されました。
この映画に悪人らしい人物は、登場しませんが、自然出産で生まれ「不適正」の烙印を押され、社会の底辺で暮らす人間と遺伝子操作で生まれ「適正」として至れり尽くせりのエリート教育を受け未来を約束された人間、ふたとおりの人間が、登場します。
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しかし、「不適正」も「適正」にも人間たるもの、それぞれ屈折した内面を抱えており、その心理描写が、この映画の見どころで、出演した俳優は、どの役柄であれ演じる人物の心理を表現しなければならず役者冥利に尽きたでしょう。
生まれた瞬間、遺伝子解析により個々の未来が決定され、自己選択肢のない不条理な社会規範(理不尽なマa0212807_23382037.jpgトリックス)に支配され、人生に自分の意思を持てない世界で‘人間の心’をもった人たちの物語です。
主人公のヴィンセント(イーサン・ホーク 1970~)は、両親の‘婚前交渉’で誕生、生まれるとすぐ「不適正」の烙印を押され、心臓病で30才までの寿命とDNA解析された若者でした。
ヴィンセントには、アントンという弟(ローレン・ディーン 1969~)がおり、遺伝子操作で生まれた弟は、「適正」で、国家警察の捜査官でした。
ヴィンセントの夢(憧れ)は、宇宙飛行士になることでしたが、「適正」でないと宇宙飛行士資格試験を受験することさえ叶いませんでした。
a0212807_23385632.jpg彼は、せめてガタカ社の宇宙基地から発射されるロケットを身近で見ようとガタカ社の掃除夫になりました。
ある日、ヴィンセントは、ガタカ社の「適正」女性社員アイリーン(ユマ・サーマン 1970~ 2003年「キル・ビル」)と偶然知り合い、彼女も宇宙飛行士を夢見ながら持病の心臓疾患で地球勤務に甘んじていることを知りました。
アイリーンと恋仲になったヴィンセントは、彼女からヴィンセントに良く似た車椅子の「適正」エリート青年ジェローム(ジュード・ロウ 1972~)を紹介されました。
a0212807_2343610.jpgジェロームは、水泳のスペシャリストでオリンピック金メダルを当然視されながらも銀メダルに終わり挫折、自殺を図ったものの未遂で、生涯下半身不随の車椅子生活になりました。
厭世し隠遁していたジェロームでしたが、ヴィンセントの情熱に打たれ彼と入れ替わり身分を偽装してジェロームの夢を支援しました。
ヴィンセントは、ジェロームとなり資格試験ため毎日ガタカ社の訓練施設に通うことになり、毎日施設入口でジェロームの生体証明(体毛・頭髪・血液・尿など)を提出するよう求められました。
a0212807_23433822.jpg宇宙飛行士に合格したヴィンセントは、ジェロームとして金星の衛星タイタンに飛び立つ直前、ロケット発射に反対する彼の上司が、殺されるという事件に遭遇しました。
殺人現場近くで「不適格」ヴィンセントの睫毛(マツゲ)が、1本発見され殺人容疑者になりました。
捜査するのは、犯罪捜査官の弟アントン、いないはずの場所になぜ兄ヴィンセントはいるのか‥刑事ヒューゴ(アラン・アーキン1934~)、ガタカ所長ヨセフ(ゴア・ヴィダル1925~2012)、職員シーザー(アーネスト・ボーグナ
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イン1917~2012)などの芸達者が登場し次第にサスペンスを盛りあげていきます。
‘そう遠くない未来’で「不適格」の烙印を押されたヴィンセントが、宇宙飛行士としてガタカ社のロケット発射基地から飛び立てるのか‥映画を見てのお楽しみとしましょう。
(独り言:ユマ・サーマンは「キル・ビル」の印象が私には強く「ダカタ」での彼女の美しさに見惚れました。)
by blues_rock | 2014-11-23 00:23 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
オリヴァー・ストーン監督(1946~)の1997年映画「U-ターン」は、ストーン監督作品とは思えないスリラーとサスペンスが混在するアナーキーな不条理劇です。
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映像(カット)の切換えが、スピーディで時おり‘コマ落とし’のシーンを挿入したり、モノクロ・シーンをコラージュしたり、さらに劇画(マンガ)のような血しぶき飛び散る銃撃シーンや暴力シーンたるやクエンティン・タランティーノ監a0212807_20553814.jpg督の映画を見ているようでした。
それもそのはず、「U-ターン」の撮影監督ロバート・リチャードソン(1955~)は、タランティーノ監督の代表的な映画の撮影監督なのでストーン監督が、「U-ターン」の銃撃シーン、暴力シーンの撮影にリチャードソン撮影監督の映像感覚を取り入れたのでしょう。
映画に登場する人物の顔をスクリーンいっぱいに大きくズームした表情で人物の個性を際立たせ、さらにその人物の目や口だけスクリーンに大きく映す演出は、オリヴァー・ストーン監督とリチャードソン撮影監督二人のコラボレーション効果と思われ、映像のキレが良く、活き活きとしていました。
a0212807_20561456.jpg音楽監督は、エンニオ・モリコーネ(1928~)、控え目ながらジャズっぽいシャレた音楽でした。
「U-ターン」のプロットやストーリーに然したる意味はなく、映画は、最後までスリラーのようなサスペンスのような、はたまたコメディのような不条理劇が二転三転‥つぎつぎに変奏しながら予想もしない展開を見せて行きます。
ボビー(ショーン・ペン 1960~)は、マフィアからの借金を返済しようとラスベガスへ車で向かう途中、砂漠のハイa0212807_2058595.jpgウェイでエンジン故障、仕方なく最寄りの寂れた町に向かいました。
修理工場の奇怪な変人ダレル(ビリー・ボブ・ソーントン 1955~)に車を預け町に向かうとボビーは、セクシーな女グレース(ジェニファー・ロペス 1969~ 男たちを手玉にとる性悪女グレースを好演、個人的にジェニファー・ロペスの最高演技と思います)と出遭い、彼女を口説き彼女の家に行き抱き合っていると夫ジェイク(ニック・ノルティ 1941~)が、突然帰宅しいきなり殴られa0212807_2102564.jpgました。
あわてて帰るとジェイクが、後から追いかけ車に乗せ「浮気女のグレースを殺してくれたら金をやる。」とボビーに持ちかけました。
相手にせず修理工場に向かう途中、飲み物を買おうと立ち寄った雑貨店で強盗の発砲事件に巻き込まれマフィアへの借金返済金を全部パアにしてしまいました。
a0212807_21143245.jpg意気消沈したボビーが、町を歩いていると盲目の自称傷痍軍人(ジョン・ヴォイト 1938~)に絡まれ、ポッター保安官(パワーズ・ブース 1948~)にも付きまとわれ、好奇心で近寄る娘ジェニー(クレア・キャサリン・デインズ 1979~)と話していると嫉妬深いジェニーの恋人ダニー(ホアキン・フェニックス1974~ 1986年映画「スタンド・バイ・ミー」のリヴァー・フェニックスは兄)からいきなり殴りかかられました。
マフィアに電話して借金返済の遅延を頼みましたが、ふと漏らした町の名前でボビーは、自分の居場所をマフィアに知られてしまい、万策尽き、途方に暮れるボビーは、ジェイクが自分に言った「妻が、事故死したら5万㌦の保険金が入る、報酬を払う。」という依頼を思い出しました。
ボビーが、何気ない顔でグレースに会うと今度はグレースから「夫は、ベッドがある床下の金庫に10万㌦を隠している。夫を殺して一緒に逃げよう。」と思わせぶりに夫のジェイク殺しa0212807_21152252.jpgを持ちかけました。
ここからストーリーは、さらに変転‥映画最後の落ちは、なかなかシュールな結末です。
オリヴァー・ストーン監督は、スリラーとサスペンス混合のアナーキーな不条理劇作品で社会派映画監督の固定観念を払拭したかったのかもしれません。
by blues_rock | 2014-11-21 01:02 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
東西冷戦の終結で、冷戦当時の各国諜報(スパイ)機関のスパイたちが、大勢リストラされました。
日本では、古くから仕官先(主君=国)を失い、流浪の身分となった侍(武士)を牢人と呼びました。(注:浪人は武士以外の身分も含んだ呼び名です。)。
a0212807_23265915.jpgジョン・フランケンハイマー監督(1930~2002)は、国家からリストラされたスパイたちを日本の浪人に見なし、主演のロバート・デ・ニーロ(1943~ 数多くの映画に主演、稀代の名優)、準主演のジャン・レノ(1948~ フランスの名優「ニキータ」・「レオン」のアサシン役は秀悦)ほかミシェル・ロンズデール、ジョナサン・プライス、ステラン・スカルスガル、ナターシャ・マイケルホーンなど名脇役をそろえ1998年映画「RONIN」を撮りました。
ある日、正体不明の男(ボス)に雇われた元スパイ‥RONIN(浪人) 5人が、パリのアジトに集められ、代理人の女ディアドラ(ナターシャ・マイケルホーン 1969~ 1996年「サバイビング・ピカソ」にフランソワーズ・ジロー役で出演)から、ニースのホテルにいるターゲットが、所有している銀色のケースを盗み出せとのボスの指令を受けました。
a0212807_23422497.jpg彼ら 5人は、盗む目的、雇い主の正体、ケースの中身、何も知らないまま仕事に取りかかりました。
ロバート・デ・ニーロ演じるサムをリーダー格に 4人が、作戦実行の準備に入った途端、武器調達をした仲間のミスで予期せぬ襲撃に遭いながらニースに到着、何とかターゲットから銀色のケースを盗み出しました。
しかし、電子機器類を担当していたグレゴール(ステラン・スカルスガル1951~「存在の耐えられない軽さ」・「メランコリア」・「ドラゴン・タトゥーの女」など名作映画に多く出演)が、仲間を裏切りました。
a0212807_2343837.jpgサムとヴィンセント(ジャン・レノ)は、グレゴールを追跡、捕まえる寸前、IRAの一員であったディアドラとIRAのシーマス(ジョナサン・プライス 「未来世紀ブラジル」こちら)が、グレゴールを拉致し連れ去りました。
ボスにも見捨てられたサムとヴィンセントは、銃撃され、サムが瀕死の重傷を負いました。
ヴィンセントは、サムを旧友のジャン=ピェール(ミシェル・ロンズデール 1931~「薔薇の名前」・「ミュンヘン」・a0212807_23442955.jpg「宮廷画家ゴヤは見た」・「神々と男たち」ほか名作多数に出演)の家に匿(かくま)い、彼に重傷のサムの治療をしてもらいました。
フランケンハイマー監督は、相当の‘日本贔屓(びいき、ジャポニスム愛好家)’と見えて、ジャン=ピェールに、家にある日本趣味の品々を傷の治ったサムに見せながら「侍>武士>浪人」の違いについて語らせます。
やがて、正体不明であったボスが姿を現わし、グレゴールも殺され銀色ケースの激しい争奪戦になります。
アマチュア・レーシングドライバーを経験したフランケンハイマー監督は、危険を伴うカーチェイスの撮影‥衝突a0212807_2345958.jpg(クラッシュ)と逆走を除く、に参加しました。
車の不自然な動きを嫌うフランケンハイマー監督は、パリ市中をフルスピードで走るカーチェイスもすべて実写で撮影しています。
さらに、登場する車‥アウディS 8・プジョー406・シトロエンXM・ベンツ W 116・BMW 5が、フルスピードで走るエンジン音も車種別に録音、その車の走行シーンに合わせたエンジン音にしました。
劇中、たびたび登場する烈しいカーチェイス・シーンは、見ているこちらの方も思わずしていないシートベルトに
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手をやるような超弩級のスリルに息をのみます。
臨場感(リアリズム)あふれるカーチェイスは、サスペンス・アクション映画「RONIN」のもう一つの見どころです。
by blues_rock | 2014-11-19 00:19 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_19322389.jpg空からPM 2.5が、ワンサカ降って来るいまの時代‥私たちの不安は、原発の放射能対策も課題ながら大気を汚すPM 2.5の方が、むしろ緊急の身近な問題です。
私たちは、中国から飛来するPM2.5を憂慮しながら、快適な暮らし、便利な生活にどっぷり浸り、それによりジャンジャカ排出するCO2が、地球温暖化、住環境破壊の元凶ということを忘れています。
あっそうなん、だったら昔の不便な暮らしを辛抱し、寒さ暑さをガマンする生活は、もうできそうにないのでアキラメタ‥と死ぬ覚悟ならいざ知らず、これからという次の世代にとって人生そう簡単に諦め切れるものではないでa0212807_1933536.pngしょう。
今夜は、消費者にあまり知られていない、そして目に見えない(もう戻れないかも知れない)日本の台所について書こうと思います。
咽喉(のど)もと過ぎれば、熱さ忘れると言うものの、それでもあの大騒ぎはどこへ行ったのと言いたくなるのが、‘狂牛病’(BSE)で、まったくニュース(話題)にならなくなりました。
‘狂牛病’(BSE)は、18年前の1996年、イギリスでクロイツフェルト・ヤコブ病 (注:①異常プリオン・タンパク質により発症、アルツハイマー認知症の症状に酷似 ②潜伏期間が長く発症したら治療法なく致死 ③世界患者225人うちイギリス176人、日本1人)の原因が、BSE(牛海綿状脳症=狂牛病)に由来すると判明、感染の疑いのある370万頭の牛が、殺処分焼却されました。
a0212807_19561552.png2000年を境に世界のBSE発症牛は、激減しますが、発生国のイギリスは、2001年18万頭のBSE発症と感染牛100万頭を発表しました。
アメリカは、年間9千万頭の牛を飼育する肉牛ビジネス大国ですが、2001年になってアメリカ農務省が、しぶしぶBSE感染牛1頭(1/90,000,000)を発表しました。
大牧場(肉牛加工会社)と農務省が、肉牛業界をコントロールしているアメリカでは、‘狂牛病’(BSE)発表のパニックで肉牛ビジネスが、大損失を被ることから‘BSE?何それ?’と言った態度です。
a0212807_19571161.jpg日本のBSEパニックは、記憶に新しいことと思いますが、国民のBSE騒ぎに農水省は、輸入牛も含め国内で流通する肉牛の「全頭検査」を義務付けました。
これにクレームを付けたのが、アメリカ政府(農務省)です。
アメリカに日本向け輸出牛肉の「全頭検査」などあり得ないこと、全頭検査でBSEの安全確認を義務付ける日本側の要求を認めるはずはありませんでした。
アメリカのポチと揶揄(やゆ)された首相は、「私に任せてもらえれば、何とかします。」と阿吽(あうん)の呼吸で応え、熱しやすく冷めやすい日本の国民性を生かし、狂牛病(BSE)が、まだ解決されないのに、ホトボリの冷めた2013年(昨年)7月1日、約束通り「全頭検査」を撤廃しました。
a0212807_19575092.jpgBSE検査は、「生後48か月齢(4年)を超える牛に限る」と網目の粗い実効性のない法律に改定、事実上BSE検査を廃止しました。
狂牛病(BSE)の発生要因となる異常プリオン・タンパクは、本来草食動物である牛のエサに肉骨粉(屠殺された家畜の廃棄部位をパウダーにしたもの)を混ぜ給餌、牛の成長効率を高める濃厚配合飼料による‘共喰い’が、BSEの原因であると指摘する専門家もいます。
a0212807_1959951.jpg「食の安心≠安全」の実態は、他にもいろいろあり、考えていたらイヤになることばかりですが、私たち消費者は、自己防衛のため自分の食べる肉や魚、野菜や果実、加工食品の添加物・調味料などの由来を調べ、価格を良く見て、その理由を知り、他人(ひと)任せにせず自己の責任で食事をおいしく食べることが、「食品の安心と安全」という厄介な代物を解決する唯ひとつの道と私は思います。(こちらに続く)
by blues_rock | 2014-11-17 00:07 | 自然/農耕/食料 | Comments(0)
第一次世界大戦前まで世界七つの海を支配し世界各地に植民地を有した覇権国家イギリス(大英帝国)は、国益保持のため長年培った‘インテリゼンス(諜報活動つまりスパイ工作)’に長けています。
a0212807_913456.jpgアメリカは、1776年に独立しましたが、つい最近までオーストラリア(1901年独立)、インド(1947年独立)ニュージーランド(1947年独立)は、イギリスの植民地でした。
阿片(アヘン)戦争でイギリスに敗れた中国(清朝)は、1842年に香港を植民地支配(割譲)され、それ以来155年間a0212807_9254415.jpg香港は、イギリス王室の私有地でした。
外交でインテリゼンス(諜報活動とスパイ工作)を最も得意とするのが、英語を母国語とするイギリスです。
イギリスの諜報(スパイ工作)機関といえば、「M I 5(エムアイファイブ 国内)」と「M I 6(エムアイシックス 国外 ジェームス・ボンドが有名)」が、つとに有名です。
2011年映画「M I 5:消された機密ファィル」(原題: Page Eight)のプロットは、タイトルにあるとおり「M I 5(エムアイファイa0212807_930021.jpgブ)」組織内の暗闘‥権力闘争にからむ政治画策(陰謀)や権謀術数(駆け引き)を描いたスパイ・サスペンスで、同じ2011年映画「裏切りのサーカス」(こちら)のプロットは、「M I 6(エムアイシックス)」組織内の裏切り(ダブルスパイ)を描いていました。
「M I 5:消された機密ファィル」は、デヴィッド・ヘア監督(1947~ 2008年作品「愛を読む人」)の脚本・監督で製作a0212807_935472.jpgは、BBCなので(たぶん)テレビ映画用に撮ったフィルムを劇場用に編集した映画です。
M I 5情報分析官ジョニー(ビル・ナイ 1949~ 「マリーゴールド・ホテルで会いましょう」こちら)が、親友で元妻の夫でもあるMI5長官ベネディクト(マイケル・ガンボン 1940~)から渡された機密ファィルは、同盟a0212807_936420.jpg国アメリカの捕虜収容所での拷問の実態という極秘情報でした。
この極秘情報にある非人道的な拷問の実態をイギリスで知るのは、首相だけで政府内の誰も議会すらも知りませんでした。
a0212807_9365141.jpgイギリス首相の絡んだ政治スキャンダルを闇に葬ろうとする権力(パワーポリティクス)の暗闘とイギリス諜報(スパイ)機関内の対立を心理劇として静かに丁寧に描いています。
目、眉、口元のほんのわずかな動きで感情を表わすビル=ナイの演技は、さすがベテラン俳優にして名優です。
a0212807_937395.jpg政治スキャンダル阻止のため権力で暗闘する首相アレック役のレイフ・ファインズ(1962~ 「ハート・ロッカー」・「愛を読むひと」・「ナイロビの蜂」)、女優では、ジョニーに協力する謎の女性ナンシー役のレイチェル・ワイズ(1970~ 「ナイロビの蜂」・「ボーン・レガシー」)、MI5情報分析官のジョニーと対立する内務大臣役のジュディ・デイヴィス(1955~)が、見応えのある演技をしています。
a0212807_9385061.jpg「M I 5:消された機密ファィル」は、最後まで緊張感のある質の良いスパイ・サスペンス映画なので心理劇のお好きな方にお薦めします。
by blues_rock | 2014-11-16 07:30 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
アメリカ映画の鬼才テレンス・マリック監督は、1978年「天国の日々」(カンヌ国際映画祭グランプリ受賞、アカデミー賞撮影賞)を発表したあと、プツリと映画ファンの前から姿を消しました。
それから20年の歳月を経て1998年に「シン・レッド・ライン」を撮り監督復帰しました。
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テレンス・マリック監督については、「ツリー・オブ・ライフ」(こちら)でも書きました が、非常に寡作な監督であると同時にハーバード大学で哲学を学んだことも影響するのか「ツリー・オブ・ライフ」のように哲学的なプロットをもつ映画もあります。
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この「シン・レッド・ライン」でもマリック監督は、1942年太平洋戦争の激戦地、ガダルカナル島上陸作戦での日本軍との過酷な戦いをリアリズムに徹した映像(「ローン・サバイバー」こちら)で撮りながらも、熾烈な戦闘シーンより上官の命令一つで生死が、決まる不条理な前線に駆り出されたアメリカ軍兵士一人ひとりの内面(心理状
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態)を一歩引いた視点で戦場の群像劇として丁寧に捉えています。
ガダルカナル島上陸後、兵士たちにまず命じられたのは、日本軍のいる高台を陥落させることでした。
高台を目指す兵士たちは、激しい機銃掃射を受け自軍の兵士を次々に失い撤退を余儀なくされますが、後方か
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ら無線で届く上官の命令は、正面突撃でした。
映画であることをつい忘れ、ガダルカナル島激戦のドキュメンタリーを見ているような錯覚を覚え、次々に撃たれて死んでいく兵士たちの惨(むご)たらしい情景に目を被いたくなります。
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撮影監督は、「あの頃ペニー・レインと」、「ゴーン・ベイビー・ゴーン」などを撮ったジョン・トール(1952~ アカデミー賞撮影賞2度受賞)が、務めています。
「シン・レッド・ライン」は、1998年ベルリン国際映画祭で金熊賞(グランブリ)を受賞しています。
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主演は、厭戦から脱走した二等兵役のジム・カヴィーゼル(1968~)、その上官曹長役をショーン・ペン(1960~)、伍長役エイドリアン・ブロディ(1973~)、大尉役ジョン・キューザック(1966~)、勇猛果敢で勇ましい中佐役をニック・ノルティ(1941~)、司令官に寄りそう准将役をジョン・トラボルタ(1954~)、正面突撃による犬死から部a0212807_0473912.jpg下を守るため命令に背き解任された大尉の後任大尉役をジョージ・クルーニー(1961~)、少尉役ジャレッド・レト(1971~)ほか、日本軍兵士役で光石研(1961~)が、出演していました。
哲学者テレンス・マリック監督が、戦争映画を撮ると冷徹な視点で戦争の不条理を見据え、すべての戦争の残酷さ、軍隊組織と階級の理不尽さなど前線にいる一兵卒(一人の人間)の目で捉えることになるのかもしれません。
撮影監督ジョン・トール(1952~ アカデミー賞撮影賞2度受賞)の美しい映像も印象に残りました。
by blues_rock | 2014-11-14 00:14 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)