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心の時空

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a day in my life

<   2014年 10月 ( 18 )   > この月の画像一覧

食欲の秋に無粋ながら、今夜から三夜連続で「食の安心≠安全」は、私たち消費者の願う‘食の安心’と消費者の求める‘食の安全’は、「イクオール(同じ)ではない」というお話をします。
天下の大ドロボウ石川五右衛門は、「石川や 浜の真砂は 尽きるとも 世に盗っ人の 種は尽きまじ」と桃山時代、太閤秀吉の科した釜ゆでの刑を前に、辞世の句を詠いました。
a0212807_2021798.jpg4百数十年後の平成の世にも農畜産物包装加工・食品製造業界の‘詐称・偽装’による盗っ人のような犯罪行為が、性懲りもなく相変わらず続いています。
私も農協組織で働いていたころ、国内農畜産物の‘産地表示詐称(偽装)問題’や‘食品製造偽装事件’に遭遇、国(農林水産省)から8回の業務改善命令を受け(その後も業務改善命令は続きました)、そのころ私が、担当していた生活クラブ生協への謝罪と説明のため対応に追われたことがあります。
実際現場でお詫びの対応をしていて‘詐称・偽装’と言っても一様ではなく「悪質なもの」(明らかに詐欺行為、犯罪行為)もあれば「単純ミス」(うっかりミス)と千差万別、さらには「笑ってしまうようなもの」まで枚挙に暇(いとa0212807_204625.jpgま)がありません。
生産者ならびに製造会社が、金銭目的、利益目的のため、赤の他人(消費者)に詐欺や偽装行為を行ない取引相手に甚大な被害を与えたら、これはもう明らかに‘刑事犯罪’です。
笑ってしまうような事例は、それこそ山のようにありますが、一つの例を挙げれば、国産タマネギの産地として有名な北海道のある農協が、東京の大手スーパーと産地指定したタマネギの大口取引を契約しました。
あいにく、その年は、指定した産地のタマネギ生育が悪く、契約した数量の半分も収穫に至りませんでした。
a0212807_2094776.jpg困った農協の担当者は、日ごろから何かと農産物の品質・企画に厳しくクレームの多い鬼バイヤーの顔を思い浮かべ、タマネギ生育不良による契約数量の変更を言い出せずにいました。
そこで隣接する農協から不足分のタマネギを購入、自分の農協の出荷箱に入れて契約数量通りを納品しました。
北海道の大地(畑)で同じタマネギの種子と同じ生産環境で生産されたタマネギに品質のバラツキはなくバイヤーも満足、消費者にも「さすが北海道**農協産のタマネギだ、美味しい。」と評判で大手スーパーの契約数量は、あっという間に売り切れました。
それから数か月後の外部検査で**農協産タマネギの生産量と出荷量に相違があると指摘され、北海道**a0212807_20401768.jpg農協産タマネギの‘産地表示違反’がバレました。
激怒したのは、 ‘産地偽装’ とニュースで、社名と店舗の映像が、流れた大手スーパーでした。
乾シイタケ(右写真)も産地表示偽装の多い農産品の一つで消費者の‘大分産’神話が、大分県の生産量よりも多い流通量を支えていると私は思っています。
‘天日干し’も天日で乾燥したということではなく、包装する前に短時間日光に晒したという意味です。
マスコミも火事場で騒ぐ野次馬のように一過性のニュースで取りあげるだけ、品質(原産国・原材料)・賞味期限・製造年月日の表示違反、農産物・畜産加工品の産地偽装など、その背景と問題の核心に迫るジャーナリズムの役割を担うメディアが、少なすぎるように思います。(こちら参考 へ続く)
by blues_rock | 2014-10-31 00:00 | 自然/農耕/食料 | Comments(1)
a0212807_20262552.jpg法廷劇「十二人の怒れる男」の原作者で1957年映画「十二人の怒れる男」の脚本家レジナルド・ローズ(1920~2002)の‘脚本’は、不朽の名作です。
これまで3人の名映画監督が、同じ脚本を元にそれぞれ秀作映画「十二人の怒れる男」を撮り、また舞台劇としても演劇用に脚色され上演されています。
1957年に公開されたオリジナル版の映画「十二人の怒れる男」は、原作者レジナルド・ローズ自ら脚本を書き名匠シドニー・ルメット監督(1924~2011)が、撮った作品(映画監督デビュー作、ベルリン国際映画祭金熊賞グランプリ受賞)です。
映画の骨子は、アメリカの裁判制度に規定されている12人の陪審員をめぐる法廷劇で、法廷に提出された証拠や証言が、第一級殺人罪容疑の被告人である少年に圧倒的に不利なものばかりで陪審員のほとんどは、最初から少年の有罪を確信していました。
a0212807_20283579.jpg審議の結果、全陪審員一致で有罪になると思われましたが、陪審員8番=往年の名優ヘンリー・フォンダ(1905~-1982、製作)は、ただ一人少年の無罪を主張しました。
個性的な役どころとして陪審員3番役のリー・J・コッブ(1911~1976)、陪審員9番役ジョセフ・スィーニー(1884~1963)、陪審員10番役のエドワード・アーノルド(1890~a0212807_20333717.jpg
1956)など今は亡き往年の名優たちが、ずらり出演しています。
             *
1997年作品の「十二人の怒れる男/評決の行方」は、名匠ウィリアム・フリードキン監督(1939~、1971年「フレンチ・コネクション」、1973年「エクソシスト」など話題作を発表)が、1957年のオリジナル版をリメイクした作品です。
この映画では、陪審員8番を名優ジャック・レモンが、渋く演じ、陪審員3番を演じた名優ジョージ・C・スコットは、その持てる語彙を発揮し強烈な印象を残しました。
フリードキン監督は、いまや風前の灯となりかけているアメリカの「民主主義」の正義に限りない信頼と期待を以って描いているだけに衆愚に翻弄されているアメリカ国民(日本国民も当然ながら)は、もう一度この映画を見直したほうが良さそうですね。
             *
ロシア版の2007年映画「12人の怒れる男」は、監督・製作のニキータ・ミハルコフ監督(1945~「太陽に灼かれて」、2010年「戦火のナージャ」、「遥かなる勝利へ」三部作は傑作)が、前作2作をベースにしながらも殺人罪容疑の被告a0212807_20415546.jpg少年をチェチェン紛争の孤児にするなど現代ロシアの抱える社会問題を取り入れた独自の脚本にアレンジ、まとめ役の陪審員長となる冷静かつ情に厚い元将校の陪審員2番をミハルコフ監督自ら熱演し映画を盛りあげています。
出演者では、ニキータ・ミハルコフ監督以外、私の知らない俳優ばかりながらロシアと日本の合弁会社CEOで、論理的な思考であらゆる可能性を探る陪審員1号を演じたセルゲイ・マコヴェツキイが、こんなロシア人もいるのかと特に印象に残りました。
この「十二人の怒れる男」は、3作とも基本的に同じプロット(殺人罪容疑で被告となった少年の有罪か無罪かの二者択一を審議する陪審員12人の群像法廷劇)ですが、3作いずれも名作映画の三要素「監督・脚本・俳優」を備えた見本のような秀作なので‘騙された’と思ってトライしてみてください。
by blues_rock | 2014-10-29 00:09 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_10583891.jpg「幕末太陽傳」は、今から57年前、1957年(昭和32年)発表のモノクロ(白黒)映画で、現在(いま)でも映画ファンにカルト的な人気がある映画で、鬼才とも天才とも称される川島雄三(1918~1963病没、享年45才)監督が、脚本と監督した日本を代表する映画です。(公式サイト こちら
‘キネマ旬報誌’による「映画人が選んだ日本映画史上の名作100選(2009)」で「幕末太陽傳」は、第4位にランクされています。
川島監督は、1944年(昭和19年)32才のとき、助監督から監督に昇格しますが、筋萎縮性側索硬化症という難病を発症、歩行障害などを伴う持病を抱えながら映画監督として肉体と精神の折り合いを「過酷に自分を痛めつけること」で解決しようとしました。
a0212807_10594596.jpg家を持たない無頼な私生活の中で川島監督は、日本軽佻派と称し、自嘲しながら卑俗で露悪的な表現で見る者を挑発する一方、含羞(がんしゅう 意味は、羞恥心、恥じらい)に富んだ品格ある人間賛歌のコメディ映画‥人間の本性をシニカルにユーモアたっぷりに笑いとばし、プログラム・ピクチャー(営業優先の娯楽映画)も含めると川島監督は、45年の生涯で喜劇、風俗劇合わせて51本の映画を撮りました。
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川島監督は、また戦前の封建的な教育勅語の道徳観が残る戦後間もない1946年、新生日本の‘自由と解放’のシンボル、日本初のキスシーンを撮った映画監督でもありました。
a0212807_1154276.jpgさて、川島監督39才の時に撮った「幕末太陽傳」は、幕末の品川宿に実在した遊郭「相模屋」を舞台にした群像劇(ぐんぞうげき)です。
川島監督は、この映画の主役「居残り佐平次」に‘軽喜劇’俳優のフランキー堺(1929~1996 出演時28才)を抜擢、そのフランキー堺は、川島監督の才気煥発、シニカルにしてユーモアあふれるコメディを‘重喜劇’と呼びました。
川島監督の愛弟子であった名匠今村昌平監督(1926~2006 こちら参考)が、この映画の助監督と脚本(当時31才)を務めています。
カメラは、昭和31年の売春防止法成立で寂れていく品川の赤線地帯(相模屋があった遊郭街)を映しながら、a0212807_11103656.jpg幕末の品川宿に遡り、遊郭「相模屋」内に移動していきます。
明治まで後6年と風雲急を告げる幕末の品川宿は、武士(勤皇の志士)・町人・遊女など雑多な人々で賑わい猥雑ながらもエネルギーに満ちていました。
日本映画史にのこる名作「幕末太陽傳」の映画としての感動とすばらしさは、映画を見ていただかないと分かりませんのでぜひ一度ご覧ください。
「幕末太陽傳」には、群像劇の傑作、フランス映画の「天井桟敷の人々」(こちら)と同じ完成度を感じます。
a0212807_11193399.jpg出演している俳優陣も主演の居残り佐平次役フランキー堺を軸に遊女役の左幸子(1930~2001、当時27才)、左幸子と遊女同士の伝説的な取っ組み合いケンカシーンを演じた遊女役の南田洋子(1933~2009、当時24才)ほか、川島監督は、売れっ子スターの石原裕次郎(1934~1987、当時23才)を脇役に配し、芦川いづみ(1935~、当時22才)、金子信雄(1923~1995、当時34才)、山岡久
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乃(1926~1999、当時31才)、岡田眞澄(1935~2006、当時22才)、菅井きん(1926~、当時31才)、小沢昭一(1929~2012、当時28才)、西村晃(1923~1997、当時34才)、熊倉一雄(1927~、当時30才)、殿山泰司(1915
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~1989、当時42才)、二谷英明(1930~2012、当時27才)、小林旭(1938~、当時まだ19才)、加藤武(1929~、当時28才)と、今では到底考えられない豪華絢爛な俳優陣、錚々たる顔ぶれです。
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映画作りを単衣(ひとえ)に‘生活のため’と割り切っていた川島監督は、好きな小説家井伏鱒二が、和訳した中国唐時代の詩人、于武陵(うぶりょう)の詩「勧酒(かんしゅ)」の一節である「人生足別離‥さよならだけが人生
a0212807_1232781.jpgだ」を、いつも口にしていました。
川島監督、最期の映画(遺作)となった「イチかバチか」の公開5日前、肺機能不全で急死、享年45才の若さでした。
映画のラスト・シーン(下写真)のエピソードとして当初、川島監督の脚本には、居残り佐平次が、品川宿(撮影所)から逃亡し現代(昭和32年の当時品川)へ飛び出していくという突拍子もないアイデアでした。
a0212807_11214550.jpg川島監督は、贔屓の俳優フランキー堺演じる自分の分身佐平次で「積極的逃避(さよならだけが人生だ)」を映像にしようとしました。
あまりにも斬新過ぎる脚本に製作スタッフや出演者たち全員が反対(貸本屋金造役の小沢昭一だけが「おもしろい」と言ったそうです)しました。
主演のフランキー堺にも反対された川島監督は、居残り佐平次が、ついに品川宿の遊郭「相模屋」を飛び出し、a0212807_12442723.jpg海沿いに逃げるラスト・シーンにしました。
フランキー堺は、後日談として「あのとき川島監督に賛成しておくべきだった」と語ったそうです。
川島監督のこの斬新な映画作りの発想は、8年後の1965年、フランス、ヌーベルバーグの旗手ジャン=リュック・ゴダール監督作品「気狂いピエロ」(こちら)に生かされました。
by blues_rock | 2014-10-27 00:01 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
ドイツの国際貿易港ハンブルクでドイツ諜報機関のテロ対策チームを率いるギュンター・バッハマンは、密入国して来たイッサ・カルポフという若者に目を付けました。
a0212807_0324367.jpgイッサ(グリゴリー・ドブリジン 1986~ ロシアの俳優、イッサ役を名演、「夏の終止符」 こちら)は、チェチェン(ロシア)出身のイスラム過激派で国際指名手配されていました。 
バッハマンは、イッサを泳がせて密入国した彼の目的とドイツ在住の国際テロ組織支援人物の正体とテロリストの資金源を突き止めようとしました。
しかし、テロ対策チームのバッハマンと対立するドイツ諜報機関の上司アクセルロット(ヘルベルト・グレーネマイ
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ヤー 1956~ ドイツのミュージシャン、この映画の音楽監督)は、CIAの介入でイッサを逮捕しようとします。
イスラム教徒でチェチェン独立過激派のイッサは、ロシア諜報機関の弾圧と拷問から逃れハンブルグにチェチェa0212807_0352417.jpgン難民として不法入国、人権団体の弁護士アナベル(レイチェル・マクアダムス 1978~ 「君に読む物語」こちら)を紹介されました。
イッサは、アナベルに自分の出生の秘密を話し、銀行家トミー・ブルー(ウィレム・デフォー 1955~)の銀行に忌まわしい父親が、自分に遺した口座をもっている、そんな父親の遺産は要らない、全額をドイツの慈善団体に寄付したいと伝えました。
a0212807_0355990.jpgここからドイツ諜報機関の内部対立と併せ各国諜報機関の動きが早くなり、映画は緊迫の度を増しながら佳境に入っていきます。
アナベルの手引きで姿を消したイッサを巡り、各諜報機関の会合でイッサを泳がせることで背後の動きと黒幕を追うバッハマンにCIAの女性支局長が、彼をからかうように諜報活動の目的を訊ねるとバッハマンは、シレッとした表情で皮肉たっぷり
a0212807_0364497.jpgに「世界を平和にすること」と答えます。
バッハマンは、昔レバノンでの諜報活動で‘極秘の情報ネットワーク’をつぶしたCIAに不信がありました。
ハンブルグは、アメリカ 9.11同時多発テロの実行犯たちが、潜伏し密かにアメリカでの大規模テロの準備をしていた街であることを知っていると思わずニヤリとしてしまうシーンです。
コービン監督の演出が、とにかく上手く、テロ対策責任者で昔堅気の諜報員ギュンター・バッハマンが、苛立つa0212807_0513969.jpg気持ちや不安を鎮めるためにやたらタバコを吸いますが‥フィリップ・シーモア・ホフマンにタバコを吸わせるシーンの撮り方が、非常に巧く、バッハマンのその時どきの感情や精神状態を的確に表現していました。
映画のラスト・シーン‥車を運転して家に帰るギュンター・バッハマンの横顔は、魂の抜けたような空虚な表情をしていて、彼が、車を降りたところで映画は、終わります。
フィリップ・シーモア・ホフマンは、「誰よりも狙われた男」の撮影が、終了した今年の2月、ニューヨークのa0212807_134287.jpg自宅でヘロインの過剰摂取で死亡、主人公のギュンター・バッハマンも車を降りたあと自室に戻り、精神を鎮めるためのヘロイン過剰摂取で死んだのではないかと想像させるくらいこの映画のラスト・シーンには、レアリティがあります。
エンド・クレジットで流れるトム・ウェイツ(こちら)の歌「Hoist That Rag」が、やけに心に沁み、しんみりしてしまいました。
by blues_rock | 2014-10-25 00:25 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
今年2月急逝した稀代の名優フィリップ・シーモア・ホフマン(1967~2014 薬物事故死、享年46才 こちら)、最期の作品(遺作)となったアメリカ・イギリス・ドイツ合作映画「誰よりも狙われた男」が、現在公開中です。
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「誰よりも狙われた男」は、スパイサスペンス映画なのに‘スパイ映画’に付きものの銃撃戦、殺人事件、残虐な拷問、暴力行為が、まったくなく、フィリップ・シーモア・ホフマン演じるドイツ諜報機関のテロ対策責任者ギュン
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ター・バッハマンに密着するように撮影カメラは、彼を終始追いかけます。
オランダ出身の写真家アントン・コービン監督(下写真:1955~ 2011年監督作品「ラスト・ターゲット」)は、スパイ小a0212807_0345813.jpg説家ジョン・ル・カレ(1931~ 「裏切りのサーカス」 こちらの原作者 これもスパイサスペンス映画の秀作です)の原作「誰よりも狙われた男」をもとに、ジョン・ル・カレ作品特有の、じわり、じわりと迫る緊迫感を最後まで途絶えさせず、映画ラストでのどんでん返し、‘そりゃないだろ!’と叫びたくなる一級のスパイサスペンス映画に仕上げました。
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映画を見るとき私は、「脚本(原作)・監督・俳優」この三つを判断材料にしていますが、「誰よりも狙われた男」は、この判断フィルターをスーッと通る見事な出来栄えで、やはりフィリップ・シーモア・ホフマンの名演技が、見
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どころです。
俳優としてこれから円熟期に入る四十代半ばでのフィリップ・シーモア・ホフマンの逝去は、本当に残念で惜しまa0212807_055214.jpgれてなりません。
映画のプロットは、ドイツ・アメリカ・ロシアなど各国の諜報機関が、敵の敵は、味方とばかり情報戦で互いに腹の中を探り、ダマシ合い、裏切りながら互いに裏の裏を搔いていく様を暴いています。
その中で、つねにスパイ活動は、裏方に徹し極秘の情報ネットワークを何よりも大切にする(情報源を裏切らないので誰よりも狙われた)旧いタイプのドイツ諜報員ギュンター・バッハマンのリアルな存在感にあります。
a0212807_0554172.jpg報われることのない諜報員の苦悩(ストレス)、スパイ活動の沈鬱な現実、疑心暗鬼のスパイ工作現場は、きっとこんなだろうなと主人公ギュンター・バッハマンに心底同情するくらいフィリップ・シーモア・ホフマンの演技は、すばらしいものでした。
原作者のジョン・ル・カレ自身が、製作総指揮を行ない、元イギリスMI6(エムアイシックス)諜報員であったル・カレは、ドイツでもスパイ活a0212807_058179.jpg動していましたので映画の舞台であるハンブルクでの活動体験が、映画の細部で生かされているように思います。
この映画の面白さとじわりじわり漂ってくる緊迫感は、映画を見た人でないと理解できませんが、これから見る方のためにストーリーの概要を述べたいと思います。(後編に続く 公式サイトはこちら
by blues_rock | 2014-10-24 00:04 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
弟の大納言秀長が、病気で急逝すると太閤秀吉の自我(ワガママ)と勘気(カンシャク)を諌める者がいなくなり、天下人(てんかびと 最高権力者)の秀吉は、ますます暴走するばかりでした。
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金ピカの黄金の茶室で利休に茶を点てさせようとする秀吉に対し、利休の茶道は、さらに‘枯淡閑寂の侘び茶’となり、瓦職人の長次郎に焼かせた黒楽茶碗を愛で、茶室を四畳半から三畳さらに二畳敷へと狭くし質素な草庵の茶道になりました。
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利休が、茶の湯で究めた茶の道は、自由な精神と個性を有する者が、天下人も町人もなく同等に二畳敷の狭い草庵(小宇宙)に入り、対等な存在として茶を嗜(たしな)むことでした。
弟秀長の死によりブレーキの効かなくなった秀吉は、自らの手で豊臣政権を破壊していきました。
a0212807_2172637.jpg天下統一を成した秀吉は、次なる夢、唐入り(中国支配)の野望に燃え、全国の諸大名に対し、その先陣として「朝鮮出兵」に協力するよう求めますが、秀吉の天下(豊臣政権)を支える諸大名に朝鮮出兵する気など毛頭ありませんでした。
映画「利休」のクライマックスは、諸大名の意を汲んだ利休が、死を覚悟し、狭い待庵の中で秀吉に朝鮮出兵を思い止まるよう説得するシーンです。
これに激怒した秀吉は、待庵のにじり口の戸を蹴破って帰りました。
利休を排除したい石田三成は、太閤秀吉に「2年前、太閤殿下が、大徳寺参拝をなされた折、茶頭の利休は、a0212807_2117188.png寺入り口の山門楼閣に自らの木像を置いておりました。利休めは、あろうことか自らの足元の下を太閤殿下に潜らせたのでございます。」と大徳寺の‘利休木像奉納’を謀反の証拠と入れ知恵しました。
秀吉は、家臣にあって、ただ一人自分の思うようにならない茶頭の利休に「切腹せよ」と迫りました。
利休切腹の命に秀吉を諭す大名は一人もなく、独裁者太閤秀吉の勘気に触れることを恐れてのことでした。
a0212807_21432832.png秀吉の本意は、天下の茶頭で、長年自分と交際のあった利休が、秀吉の前に平伏し詫びさえすれば利休を赦免し「利休を屈服させる」考えでした。
利休の妻や茶の湯の指南を受けていた大名ほか利休を慕う人たちは、利休を説得しますが、「私は、赦しを請うつもりはない。一旦詫びれば詫び続けなければならぬ。それでは精神が死ぬ。」と利休は、秀吉に一切釈明せず黙したまま自刃(切腹)しました。    (下写真:古伊賀水指「破袋」)
a0212807_21442316.jpg利休は、自刃する前、秀吉からの切腹の命を知らせ、その首を持ち帰る役目の家来に「茶の支度ができております」と茶を振る舞ったそうです。
映画「利休」は、芸術家勅使河原宏の精神性を強く感じると同時に、映像作家勅使河原監督の面目躍如たる美意識を感じさせる作品でもあります。
勅使河原監督作品「利休」の撮影は、名撮影監督の森田富士郎(1927~2014)、音楽を世界的な作曲家武満徹(1930~1996)、衣装を映画界屈指の衣装デザイナーワダミエ(1937~)、古美術茶道具の指導を林屋晴三(1928~)と各分野で秀でた方々が、名を連ねています。
by blues_rock | 2014-10-23 00:23 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_20403625.jpg映画監督(日本アート・シアター・ギルド最初の日本人監督)にして映像作家、さらに華道家(草月流家元)でもある前衛芸術家の異才勅使河原宏監督(1927~2001)が、1989年に発表した「利休」は、映画を‘総合芸術’として表現した傑作です。
野上弥生子(1885~1985)の小説「秀吉と利休」を原作に二人の前衛芸術家、一人は映画監督の勅使河原宏ともう一人、前衛画家にして作家でもある赤瀬川原平(1937~)が、共同で脚本を書き、映像作家としての勅使河原監督の演出へのこだわりは、徹底しており自らの美意識に貫かれています。
その勅使河原監督の能と歌舞伎を融合したような演出に、稀代の名優二人、三國連太郎(1923~2013)と山﨑努(1936~)が、入魂の演技で応えています。
‘侘び茶(茶の湯)’を確立した千宗易(後の千利休)を演じる三國連太郎(1923~2013)は、専(もっぱ)ら静の演技で精神性を強調、天下人の関白豊臣秀吉を演じる山﨑努(1936~ こちらは参考)が、激しい動の演技で品格なき権力者像を体現しています。
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この主役の怪優二人を中軸にして歌舞伎・能楽・演劇界で活躍する役者、トップモデル(淀君役を山口小夜子)など名うての共演者が、しっかり脇を固め、さらに勅使河原監督の熱意に打たれた映画製作スタッフには、錚々たる一流どころが、結集し史実にある「利休切腹にいたるまでの秀吉との確執」の一大絵巻を繰り広げます。
a0212807_20552082.jpg映画に登場する二畳敷の茶室「待庵(たいあん 左写真)」(国宝)の墨跡、山水図、利休の使用する茶碗や水指など茶道具類始め、屏風、蒔絵手箱、青磁香炉など調度類、居室に設えられた襖(長谷川等伯)など、いずれ劣らぬ国宝か国宝級重要文化財、古道具の逸品ばかりがずらり並び、映画の随所に見られる見事な生け花も草月流華道家である勅使河原監督自ら活けたものです。
利休を演じた俳優歴十分の三國連太郎でさえ、撮影時の国宝級の実物茶道具を使った演技に緊張していたそうです。
千利休(当時の千宗易)は、堺の魚屋(ととや)の息子で、若年より‘侘び茶’の祖、村田珠光(じゅこう、)の後継者である武野紹鴎(じょうおう)に茶の湯の指導を受け、禅の「枯淡閑寂」の精神を学びました。
やがて堺を支配した織田信長から茶頭(茶の湯の指南役)に召抱えられ、本能寺の変による信長の死後、関白(天下人)となった太閤秀吉もまた利休(宗易)を茶頭にしました。
関白秀吉に随行して宮中に参内、秀吉の天皇献茶(茶の湯の点前)を指南した宗易は、天皇から‘利休’の名を賜りました。
a0212807_2058087.jpg信長、秀吉と天下人二代の茶頭となり、名も千利休と改め、天下の茶頭となった利休は、豊臣家に仕える諸大名から慕われ、彼らから茶の湯の指南を求められました。
秀吉の弟秀長は、兄秀吉を長い間支えてきた豊臣政権の実力者で、太閤秀吉にただ一人意見具申できる秀長まで「内々のことは利休が、公のことは秀長が承る」と臣下の諸大名に言うようになりました。
利休の存在を厄介に思うようになったのが、秀吉の側近で行政を担当する奉行石田三成でした。(後編に続く)
by blues_rock | 2014-10-22 00:22 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
私は、「ローン・サバイバー」(Lone Survivor 一人だけの生還)の監督ピーター・バーグ((脚本・製作同じ 1962~)を知らず、彼の作品を見たこともありませんでした。
a0212807_8375247.jpg予告編(トレイラー)で見た映画のプロットも‘アメリカのテロ対策特殊部隊とタリバンとの戦闘もの’程度くらいを想像し、この手の映画に飽きていたこともあり、当初さほど興味ありませんでしたが、マーク・ウォールバーグ(1971~)主演の最新作(2014年公開)でしたので見ることにしました。
「ローン・サバイバー」を見てバーグ監督の演出に感心‥これほど迫撃戦にリアリズムを求め、過酷かつ凄惨な戦闘シーンをリアルに描いた映画は、1998年のスピルバーグ監督作品「プライベート・ライアン」とテレンス・マリック監督作品「シン・レッド・ライン」(こちら)以来でした。
映画の舞台は、アフガニスタンの険しい断崖に切り立った岩肌が並ぶ山岳地帯で、イスラム原理主義者のテロ
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リスト・リーダー暗殺のミッションに失敗した海軍特殊部隊ネイビー・シールズ隊員4人をタリバン兵2百数十名が追跡、救援部隊との連絡も途絶えた極限の中で必死に逃げる4人の姿をバーグ監督は、執拗に追いかけます。
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バーグ監督は、戦闘シーンの要となる迫撃戦のディテールに徹底的にこだわり、従軍カメラマンが捉えたドキュメンタリーのような迫力あるリアルな映像で見せてくれます。
a0212807_9432978.jpgこの「ローン・サバイバー」には、戦争映画にありがちな敵の部隊を蹴散らすド派手な爆撃シーンや銃弾の中を勇猛果敢に走りまわる不死身のヒーローの姿はなく、映画が見せるのは、仲間と崖を転がり落ちていく凄惨で過酷な戦闘シーンばかりです。
ミッションに失敗した4人のネイビー・シールズ隊員が、多数のタリバン兵に追われ、激しい銃撃を受けながら逃げ崖を転落、岩肌にa0212807_9464641.jpg血だらけになった身を隠し、一人そしてまた一人と戦死‥最後に一人マーク・ウォールバーグ演じる瀕死のマーカス・ラトレル一等兵曹だけが、間一髪で救援部隊に救出され命をとりとめました。
「ローン・サバイバー」は、実在のマーカス・ラトレル氏の手記をもとにアメリカ海軍ネイビー・シールズ史上最大の悲劇と言われるレッド・ウィング作戦(2005)を映画化したものです。
a0212807_9474796.jpg厳しい特殊訓練を受けた精鋭4人が、なぜ綿密な作戦計画のミッションに失敗し敵地のド真ん中で‘最悪の事態’に遭遇する結果になったのか‥ここも映画の重要な見どころです。
映画の冒頭、4人の隊員が、アフガニスタン山中深く侵入し、ミッションを開始したとき、村人の山羊(ヤギ)飼い老人と少年二人に遭遇、4人の隊員は、3人を拘束し殺すか、逃がすか、迷いa0212807_9484138.jpgますが、結局3人を解放します。
解放された年長の少年が、切り立った岩肌を途轍(とてつ)もないスピートで駆け降りていく長回しのシーンと年少の少年が、タリバン兵に追われている瀕死のマーカス一等兵曹を匿(かくま)い救うシーン、少年2人の相反する行為に「ローン・サバイバー」が、単なる愛国心掲揚の戦争映画ではなく‘戦闘の残酷で悲惨な現実’をリアルに伝えa0212807_9523259.jpgる映画にするとの強いこだわりを感じました。
この「ローン・サバイバー」の緊迫した戦闘シーンの臨場感は、アメリカの映画批評家から高く評価されました。
共演者も演技派ぞろいで、テイラー・キッチュ(1981~ 2012年「野蛮なやつら/SAVAGESこちら」)、エミール・ハーシュ(1985~ 2014年「ランナウェイ・ブルースこちら」)、エリック・バナ(1968~ 2005年「ミュンヘンこちら」)と錚々たる名優たちが、出演していました。 (上写真:ピーター・バーグ監督と主演のマーク・ウォールバーグ)
by blues_rock | 2014-10-20 00:02 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_162715.jpg前編の続き) 放送法には、「ただし放送の受信を目的としない受信設備においてこの限りではない。」という付帯条項(第126条第1項)があるにも関わらずNHKは、ワンセグ携帯電話にテレビ受信機能があれば、携帯電話の持ち主にNHK受信契約の責任が、発生すると主張しています。
現在、NHK職員一人当たりの平均年収は、1,800万円で、その人件費を支払う収入の95.5%が、受信料と言います(受信料以外の収入たるやなんと 4.5%です)から驚きです。 (上写真:テレビ機能付カーナビもワンセグ携帯扱い)
a0212807_18233.pngNHKには、自立・自助・自己責任を原則とする経営努力と営業への情熱が、不足しており、そんなダラシナイNHKなら無用の長物、日本社会には、もう必要ありません。
海外の公共放送を例にとるとアメリカには、そもそも公共放送というものがなく、フランス国営放送では、収入の30%を広告で稼ぎ、イギリスBBC放送は、総収入の17%が、広告収入、お隣の韓国たるや総収入の50%を広告で稼いでいます。    (上円グラフ図:アンケート調査によると80%の人がNHK受信料支払に納得していない)
NHKが、公共放送の役割上うんぬんと‘へ理屈’を並べて抵抗し頑なに拒否している「B‐CAS」は、すべてのa0212807_1104526.gifデジタル放送の視聴に必要で、有料テレビ放送のWOWOWやスカパー、スターチャンネルなどを見るためには、自分の意思で受信契約しないとスクランブル(映像撹乱)され‘見たい番組’を見ることができません。
現在、市販されているテレビには、「B‐CAS」機能が付いていますのでNHKもNHK番組を見たいという視聴者の受信契約を即刻、有料テレビ放送と同じスクランブル方式にすべきでしょう。
a0212807_1111557.jpgNHKが、敢えてそれをせず、国(総務省)もNHKのスクランブル・スルー(無料放送)を黙認しているのは、NHKにスクランブル方式を義務付けると受信契約が、激減するからです。
そうなればNHKは、すぐに経営破たん(倒産)することを管轄する総務省が、一番良く承知しています。
NHKは、「受信料」の対象外番組提供と称してインターネットによる「NHKオンデマンド」という有料番組を放送(こちら クレジットカードなどでの課金制~見放題972円‥NHKによると、これは「放送」ではなく「通信」だとか、笑っちゃいますよね)していますが、これは営業努力しているフリ(ポーズ)、無料の番組提供が、多すぎます。
受信料収入で製作した「放送番組」を「オンデマンド(通信)」と詐称し「これは放送ではなく通信です」と欺瞞(ぎまん)的な説明をしても、これは先刻バレバレの偽装行為‥頭隠して尻隠さずでは、あまりに情けないですぞ、とにかく‘経営内容すべて隠さず情報公開’すべきです、NHKさん。
最後に余談ながら、「ワンセグ機能付き携帯電話」と「ワンセグ携帯」とは、違います。
NHKの依存する放送法では、当初NHK放送の無線電波を受信するアンテナがあり室内にテレビ放送を受信すa0212807_1143116.gifる装置を設置したら受信契約をしなければならない、とありましたが、家電製品の革新により室内にデンと置かれていた箱型のテレビも、やがて持ち運びできる携帯テレビやポータブル(カーナビ含む)テレビの出現で多様化、放送法の形骸化に拍車をかけました。
この携帯テレビやポータブル(カーナビ含む)テレビのことを「ワンセグ携帯」と言い「ワンセグ機能付き携帯電話」とは、違いますので、NHKの委託した受信料契約営業マンから「ワンセグ携帯ありますか?」と質問されたら「ありません。」と回答してください。
それでもシツコク何だかんだ粘るようでしたら(私のように)カッカせず静かに一言「裁判所に訴えて支払い命令を出してください。」と契約する意思のないこと伝え、お引き取りいただくのが、ベスト・アンサーと思います。
by blues_rock | 2014-10-18 00:18 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(0)
a0212807_19443637.jpg私が、テレビのない生活(こちら)を始めて、早や6年になりました。
何十年も何気なく見ていたテレビなので最初は退屈するかな‥と思っていましたが、そんなことは一切なく、騒々しい他人の喚(わめ)き声や五月蠅(うるさ)い擬音などの騒音が、身のまわりから消えて快適そのもの、その快適さにいつも水を差すのが、時おり 「NHKです。受信料の契約にあがりました。」 と訪ねて来る、または電話をかけてくるNHK委託の受信料契約営業員です。
a0212807_19483645.jpgそのたびに 「テレビを持ちません」 だの 「テレビはありませんから」 と回答し帰ってもらいますが、先日のNHK委託の営業員氏は、しつこく、うっとうしくなるくらい電話を切ろうとせず 「では、ワンセグの携帯電話、お持ちじゃありませんか?」 と質問してきました。
「は!? ワンセグ? 携帯電話? なんで?」と相手したのが、大間違いのコンコンチキでした。
今度は「携帯にテレビ、映りませんか? テレビ機能のある携帯なら放送法でNHK受信料契約が発生します。」とa0212807_22303070.jpg来たので‥ここで「携帯電話も持ちません、あしからず。」とガチャンと電話を切ればよかったものを、つい「家でテレビを見ない者が、どうしてこんなちっぽけな携帯でテレビを見るんですか?」答えました。
敵もさるもの、木にのぼるもので、「それじゃ、映るのですね!? では、放送法(‥うんぬん以下省略)で受信料契約をしていただかないと法律違反です。」と御託を並べ、私の感情を逆なでしましたので、ホトケの私もついカチンときて「私の携帯は、ガラケーです。裁判所に訴えて支払い命令を出してください。」ガチャンと電話を切りました。
a0212807_22362798.jpgNHKは、これまで電波通信行政を牛耳る総務省ファミリーの権益(許認可行政による通信会社への天下り)と電波通信族議員らの利権を守る同じ穴のムジナとして結託、ダレのためだか分からない公共放送(NHKの番組を見れば‘公共’でないのは一目瞭然)と称して受信料を払わない国民に対し傲慢な態度を改めようとしませんでした。
NHKが、拠りどころとする放送法の施行は、1951年(昭和26年)、すでに63年の年月が経ち、この間の電波受送a0212807_22381221.jpg信機器のめざましい発達と通信テクノロジーの日進月歩は、今や化石と化したNHK組織の存在や狭量な電波通信行政を改革(規制緩和)しない総務省のお先棒をかつぐ旧態依然のNHK体質に‘レッドカード’(社会からの退場)を突き付けています。
ちなみに放送法第64条 一項(受信契約及び受信料)では、「日本放送協会(NHK)の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。」とあり‘支払わなければならない’ではありません。
a0212807_23521465.jpg契約なら二者の合意があって初めて効力を持つものなのに一方的な強要では、自由主義社会の通念上まったく話になりません。
公共料金である受信料も、NHKが内部規定で決めた「受信規約」であって国会の審議により採決され公布された法律ではないので国民に従う義務はありません。(後編に続く)
by blues_rock | 2014-10-17 00:17 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(0)