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心の時空

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a day in my life

<   2014年 09月 ( 19 )   > この月の画像一覧

カナダの天才映画監督グザヴィエ・ドラン(1989~)については、これまで何度か取りあげてご紹介してきましたが、この映画「マイ・マザー」(原題 I killed my mother 私はお母さんを殺した)は、2009年彼が、19才の時に映画監督デビューした記念すべき作品です。
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脚本を16才のとき書き、映画の製作と衣装も担当、同時に主人公の16才高校生ユベールを主演した「マイ・マザー」は、2013年に日本公開されました。
映画のプロットは、十代後半の若きグザヴィエ・ドラン監督自身そのもので、監督として自分を演出し俳優として
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主人公ユベールを演じるという正しく自作自演の映画です。(上写真:撮影を確認するグザヴィエ・ドラン監督)
グザヴィエ・ドラン監督の才能は、映像センスにも表われ、主人公16才の高校生ユベールが、現実と非現実の間を彷徨(さまよ)う幻想的なシークエンスでは、カラーと白黒の映像を融合させながら詩的に表現しています。
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成長するにつれ母親のすること、なすこと、一挙手一投足が、嫌いになっていく16才の高校生ユベール心の変容をシュールに描いています。
映画のストーリー自体に特別の意味はなく、この「マイ・マザー」(I killed my mother)は、グザヴィエ・ドランの自伝かもしれません。
by blues_rock | 2014-09-30 00:30 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
ニューヨーク、ブルックリンの街角でタバコ屋を営む男オーギー・レン(ハーヴェイ・カイテル1939~ ポスター写真右)と常連客の作家ポール・ベンジャミン(ウィリアム・ハート 1950~ ポスター写真左)を中心に、その‘タバコa0212807_23124273.jpg屋’(映画タイトル「スモーク」の由来です)に出入りする人たちの人間模様を描いています。
映画が、どことなくヨーロッパ映画のペーソスを感じさせるのは、製作がハリウッドではないからでしょう。
1995年映画「スモーク」は、アメリカ・日本・ドイツの合作で、監督が、香港の映画監督ウェイン・ワン(1949~)、原作である「オーギー・レンのクリスマス・ストーリー」は、アメリカの作家ポール・オースター(1947~)の作品で、映画化のために自ら脚本を書きました。
「スモーク」の製作に関わった国境なき映画人たちの感性が、ニューヨーク下町の小さなタバコ屋をパリの空の下にある‘ボン・コワン’(しゃれた町角)のカフェのような雰囲気にしているのかもしれません。
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写真は、左から原作者で脚本のポール・オースター、主演のハーヴェイ・カイテル、ウェイン・ワン監督です。
映画のラスト、クライマックスに流れるトム・ウェイツ(こちら)の歌う「Innocent When You Dream」の音楽に併せ
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て映されるモノクローム映像は、「オーギー・レンのクリスマス・ストーリー」を物語るシーンで必見です。
映画「スモーク」は、ベルリン国際映画祭で銀熊賞(審査員グランプリ)を受賞しています。
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オーギー・レンのタバコ屋で雑誌を万引きして逃げた黒人青年トーマス・コール(ハロルド・ペリノー 1968~)は、車道の端を歩いていて車に轢かれそうになった作家のポール・ベンジャミンを助けたことで親しくなりますが、a0212807_2339172.jpgトーマスは、ポールにラシードという偽名を名のりました。
ポールは、ホームレスのトーマス(ラシード)を不憫に思い、自分のアパートに泊めました。
トーマスは、幼いころ生き別れた父親のサイラス・コール(フォレスト・ウィテカー 1961~)を捜すため、生活費稼ぎの盗みを働きながらラシードと名のり各地を転々としていました。
オーギーのタバコ屋を訪ねる男たちと女たちの現在と過去を虚実織り交ぜながら「スモーク」のストーリーは、a0212807_2347579.jpg展開していきます。
ポールは、銀行強盗の流れ弾で命を落とした妻が、忘れられず、その事件以来、作家として書く意欲を失くしていました。
オーギーが、14年間、毎朝同じ時刻、タバコ屋前の同じ場所で撮り続けた写真4千枚の中に亡くなる前の妻を見つけたポールは、驚くとともに涙して感激しました。
オーギーは、友人ポールに作家として再起してもらうために、自分が、毎朝、同時刻、同じ場所から写真を撮りa0212807_23473434.png続ける理由や映画のラストシーンとなる「オーギー・レンのクリスマス・ストーリー」を話しました。
映画「スモーク」は、ニューヨーク、ブルックリンの片隅で、互いに決して親切を押しつけず、そっと助け合って生きている人たちの真にやさしい姿を情感豊かに描いた作品です。
by blues_rock | 2014-09-28 00:08 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
私が、働く高齢者の‘在宅介護’を支援する3事業所‥「デイサービス森の家」・「小規模多機能ホーム森の家みのり荘」・「ケアプランサービス森の家」は、樋井川上流である糠塚川の源流、柏原にあります。(HPはこちら
a0212807_2294955.jpg福岡市南区の柏原地区は、福岡市南区油山の東裾野と筑紫郡那珂川町片縄山北の麓(ふもと)に広がり、福岡市内ながら野生のイノシシ・サル・アナグマ・タヌキ・イタチなどが生息し、いまでも時おり施設の回りに出没(こちら)いたします。
樋井川は、糠塚川のほかいくつかの支流が、桧原で一つの川となり、福岡市内を南から北へ大濠公園の西方を流れ、河口の百道浜(福岡ヤフードームの西)を経て博多湾に流れています。 (下写真:森の家で花火遊びをするハナ=ミズキ・ラムナラインちゃん 2歳)
a0212807_22111425.jpg私たちの2施設は、この国の繁栄を支え、家庭を築き、子を成して、いまや老いて高齢者となり介護の必要な方々が人生の最期まで‘自宅で暮らせる’よう在宅介護を支援、同時にいつまで続くか分からない介護への家族の不安解消と介護負担の軽減協力、さらに介護疲れによる共倒れ防止を目指した介護支援に取り組んでいます。
現在、私たちの2施設では年間延人数にして8千名強のご利用があり個人差はあるにしろほとんどの方が認知症を患っておられます。
高齢者の方々に共通する願いは、死ぬまで自分の家(うち)で暮らしたい、長年生活し愛着のある地域で老後を送りたい、ということに尽きます。     (下写真:森の家から車で10分、油山「もーもーらんど」牧場にて ハナ=ミズキちゃん母娘)
a0212807_22133476.jpgしかし、現実は厳しく、老いた親の介護を家族のダレが看るのか、あるいは介護に明け暮れ蓄積した疲労で共倒れ寸前という家族の事情で老人ホーム入居が、決まり‘お別れ’のとき見せられる高齢者の哀しそうな表情に在宅介護の限界を感じたりもします。
ともあれ、明日は、わが身‥私たち全員、やがてやって来る近未来のわが姿を私は、いつも想像しています。
高齢者在宅介護に関心のある方は、右カテゴリー「高齢者介護(認知症)」をご覧ください。
by blues_rock | 2014-09-26 00:06 | 高齢者介護(認知症) | Comments(0)
「閏日(うるうび)」は、福岡市南区、福岡病院東隣りの道路沿いにあります。
ご覧のとおり一見廃屋のような一軒家ながら店内は、オーナー夫妻のセンスを感じるシンプルな装いです。
「閏日」夜のメニュは、要予約制なので友人二人と3人の予算だけ伝えシェフにお任せしました。
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和洋折衷の創作料理とでも言ったらいいのか、オリジナリティのある美味しい料理でした。
店内に他のお客はなく、時おりオーナー夫妻との語らいも交え、三人ワイワイガヤガヤ‥それぞれの他愛ない冗談に笑い転げながら秋の夜長を愉しみました。
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by blues_rock | 2014-09-24 00:30 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(0)
a0212807_0333874.jpgいまやイギリスを代表する名優ゲイリー・オールドマン(1958~ 現在公開中の新作「猿の惑星:新世記(ライジング)」出演)が、28年前30才のとき長編映画に初出演した作品で、パンクロック・バンド、セックス・ピストルズのベーシスト、シド・ヴィシャス(1957~1979没、享年21才)を怪演、シド・ヴィシャス本人が出演しているような見事な演技です。
イギリス映画「シド・アンド・ナンシー」(1986)の監督・脚本は、カルト的な作品の多いアレックス・コックス(1954~)、撮影監督が、いまや名撮影監督として名を馳せるロジャー・ディーキンス(1949~)で、「シド・アンド・ナンシー」は、撮影監督デビュー2作目の作品です。
映画は、イギリスのパンクロック・バンド、セックス・ピストルズのベーシスト、シド・ヴィシャス(ゲイリー・オールドマン)とその恋人(ファムファタル=運命の女)アメリカ人女性ナンシー・スパンゲン(1958~1978没、享年20才 クロエ・ウェッブ1956~)の出遭いと麻薬中毒(重度のヘロイン依存症)死までの破滅的な恋を描いています。 (下写真:左がシド・ヴィシャス本人、右はゲイリー・オールドマンのシド・ヴィシャス)
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1978年元セックス・ピストルズのベーシスト、シド・ヴィシャスは、ニューヨークのチェルシーホテルで、恋人のナンシー・スパンゲンを刺殺した容疑で逮捕されました。
a0212807_0351981.jpg当時二人は、極めて深刻な麻薬中毒患者(ジャンキー)で、ホテルから通報を受けた警察が、現場に駆けつけナンシーのそばに横たわるシドを殺人容疑で逮捕したものの彼は、放心し意識朦朧としていました。
ナンシー刺殺の真相も不明なままシドは、証拠不十分で保釈されますが、その4か月後ナンシーの後を追うように麻薬の大量摂取で中毒死しました。
a0212807_0453784.jpg髪を短くカットしヘアー凝固剤で髪を立て、破れたジーンズを穿き上着にピンを刺したゲイリー・オールドマンのパンク・ファッションは、堂に入っています。
1970年代のセックス・ピストルズ人気は、ヴォーカリストのジョニー・ロットンが、叫ぶアナーキーでインモラル(反道徳的)な歌とシド・ヴィシャスの破壊的なパンク・パフォーマンス(ベース演奏はお世辞にも巧いとは言えずスピーカーに繋がっていなかったとか)にありました。
この「シド・アンド・ナンシー」は、長編映画デビューしたばかりのゲイリー・オールドマンの凄い演技力と美人でもないのにシドを振りまわすジコチュー女を熱演したクロエ・ウェッブ、この二人を見るための映画です。
(付記)「セックス・ピストルズ」については、こちらに関連記事を書いていますのでパンクロックに興味のある方は、ご覧ください。
by blues_rock | 2014-09-23 00:03 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
いま福岡市天神のKBCシネマでロングランしているインド映画「マダム・イン・ニューヨーク」(2012年、原題「English Vinglish」)は、インドの新人女性監督ガウリ・シンデー(1974~ 映画製作当時38才)が、脚本を書き自らメガホンをとって長編映画デビューした作品と知ってびっくり、その才能に驚きました。
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先日見た新作インド映画「めぐり逢わせのお弁当」の記事(こちら)で、私の思うインド映画について書きましたが、この新作「マダム・イン・ニューヨーク」は、「めぐり逢わせのお弁当」の前にすでにロードショウされており、それさえ知らなかった私の先入観によるインド映画‘食べず嫌い’を大いに反省しました。
a0212807_22335329.jpgガウリ・シンデー監督(左写真)は、新人監督ながら‘インドで最も成功した映画監督ベスト5’に選ばれ、この映画の主演女優シュリデヴィ(1963~ 出演時50才)は、インド映画史女優部門NO.1に輝いたのだとか、シュリデヴィの演じる艶(あで)やかで貞淑そして芯の強いチャーミングな美人マダムぶりが、シンデー監督の初監督とは思えない演出の上手さ、撮影のすばらしさと併せ、この映画「マダム・イン・ニューヨーク」最大の見どころです。
映画のプロット‥インド伝来の古風なヒンドゥ文化で暮らしていた専業主婦シャシは、インドの公用語である英語が分からず夫からや娘からいつもからかわれ小バカにされて内心傷付いていました。
ある日、ニューヨークに居る姉からの依頼で姪の結婚式を手伝うため家族より一足先にアメリカに向かいました。
英語が、ニガテなシャシは、いきなりいろいろなハプニングに見舞われ意気消沈します。
ニューヨークの街でバス広告の「4週間で英語が話せる」を偶然見たシャシは、一念発起、姉にも後から来るインドの家族にもナイショで英会話スクールに入学しました。
a0212807_22453416.jpg英会話クラスには、英語のできないいろいろな国の人たちがいました。
その中に彼女が、カフェで注文もできずオロオロし店内でトラブルを起こしたとき黙って助けてくれたフランス人のロランもいました。
クラスのいろいろな仲間たちと励まし合いながらニガテな英語を習得していくうちにシャシは、少しずつ自分に自信を取り戻し‘自分を愛すること’を学んでいきました。
英会話クラス修業の最終課題が、「英語による5分間スピーチ」でテスト日は、姪の結婚式当日でした。
シャシは、「英語による5分間スピーチ」ができるのでしょうか?‥それは、映画を見た人のお楽しみにしましょう。
英語ができないばかりに家庭内で劣等感を抱えていたインドの良妻賢母主婦が、ニューヨークでニガテな英語を学ぼうと奮闘する様子を演じたのは、子育てのため女優引退したかっての国民的女優シュリデヴィ(右上写真)で15年ぶりのスクリーン復帰だとか‥シンデー監督は、主演女優をシュリデヴィと決めて主人公シャシ像を脚本に書いたと思います。
15年ぶりの女優復帰を謳歌するかのようにインドのベテラン女優シュリデヴィは、主人公シャシをのびのびと実
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に楽しそうに演じています。
インドの新世代女性監督ガウリ・シンデーの次の作品を楽しみにしています。
by blues_rock | 2014-09-21 00:21 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_1516439.jpg私は、刑罰の極刑として死刑存続を支持しますが、凶悪殺人を犯した犯罪者に更生を期待して無期懲役刑(いつの日か仮釈放という微かな期待を抱かせる)にする中途半端な刑事罰ではなく、死刑と無期刑の間に‘更生を視野に入れない終身刑’(生涯を刑務所で過ごす刑)を導入すべきと考えます。
いまの日本には、いわゆる政治犯・思想犯(国家反逆罪)の死刑囚はいないものの、時の権力(政権)が、反体制の思想・信条の持ち主を秘密警察(ゲシュタポ・KGB・旧日本の特高・中国共産党の公安など)を使い罪状をデッチ上げ裁判もなく国家反逆罪やスパイ罪で死刑にするような不正義の全体主義(ファシズム)国家を私は嫌悪(断固拒否)します。
死刑廃止論者の口から必ず出るのが、冤罪による死刑の可能性についてです。
冤罪のほとんどは、被告が事件に関わったという明白な証拠もないまま、警察や検察の自白調書だけで裁判の判決が下る場合です。      (下写真3枚:紀元前18世紀半ば「ハンムラビ法典」の石碑とその拡大)
a0212807_19365515.jpg冤罪防止の対策には、証拠の存在と自白強要の排除、併せて警察・検察の取調べを可視化、その記録を撮影し録音することです。
まとめて言うと刑罰は、‘悪に対する悪反動’であるため、犯人の罪状に相当する刑罰によって犯罪を相殺するという考えです。
ドイツの哲学者カントは、絶対的応報刑論、相対的応報刑論の中で刑罰が、犯人の犯した罪への応報であることを認めつつも、刑罰は、同時に犯罪防止の役割も担っていると述べています。
人類が集落を作り、集落が社会となり、やがて国家を形成、国家を支配する指導者(王)は、権力による支配と秩序の維持に法(ルール)を導入、絶対服従の権威付けを行ないました。
刑罰を制定した古代法で最も有名なのが「目には目を、歯には歯を」の「ハンムラビ法典」で、紀元前18世紀半ば古代バビロニア王ハムラビは、国家秩序を乱す者、王の権威に従わない者の罪に対する刑罰を定めました。
a0212807_19383779.jpg「目には目を、歯には歯を」の有名なフレーズから「やられたらやりかえせ」の意味と理解し復讐を奨励するような野蛮な法典と思い込んでいる人が多いようです。(ほとんどの人が、そう思っているのでは‥?)
しかし、ハンムラビ法典の本旨は、「やられたらムチャクチャやりかえせ」のような過剰な報復を禁じており、「目には目を、歯には歯を」と同じ程度の刑罰にとどめ復讐(報復)の連鎖を防ぐため良識のバランスを執る法律でした。
つまり、古代バビロニア王国は、犯罪に対し個人の報復や私刑(リンチ)を禁じ、国家秩序を維持する刑罰を定めたのが「ハンムラビ法典」でした。
ハンムラビ法典は、近代刑法の考え方に大きな影響を与え歴史的に重要な法律とされています。
a0212807_19533152.jpgなんだか、ダラダラとまとまりのない私の「罪と罰」論になりました。
私は、明治政府が、100余年前に制定した旧い刑事訴訟法の基本原則(‥服役し更生すれば社会復帰できる)を根幹より見直し、不条理な犯罪の犠牲者(と家族)の悲痛な思いと憎悪をほんのわずかでも癒せるよう理不尽な加害者(犯罪者)に厳正な処罰を科す刑法にするよう法改正しなければならないと思います。
by blues_rock | 2014-09-19 00:19 | 社会/歴史/思想 | Comments(0)
a0212807_0241136.jpg日本の刑務所は、犯罪者の罪を罰するペナルティ刑務所でなければならないのに、キリスト教を国教とする「罪を憎んで人を憎まず‥汝の隣人を愛し罪を許せ」のお手本のような何とまあ人の良いお人好しの監獄施設(福祉施設のよう)だろうと私は、がっかりします。
わが国の刑務所は、犯罪者の収容人数に対する刑務官の数が、外国に比べ極めて少なく、さらに刑務官は、警備を担当する職員以外、警棒すら持てない完全な丸腰状態で看守業務を担っています。
刑法は、また裁判所の判決で量刑が確定しても、すぐに刑務所に収監し刑罰を科さず刑を一定期間‘執行猶予’するという温情制度、さらに受刑中に服役態度が、良好であれば‘恩赦’という特典で減刑され、たとえ重罪の殺人罪でも「無期懲役」なら減刑され仮出獄できることもあります。
現在、わが国刑法による最高刑罰(極刑)の死刑を裁判所から言い渡され(量刑を科され)死刑執行を待つ死刑囚(極悪非道な殺人犯)は、全国に128人(平成26年7月現在)います。
死刑囚の場合、死刑確定までに裁判所(司法)が、結審で被告(殺人犯)に「極刑をもって臨むしかない」と死刑a0212807_026326.jpgの判決を下すまで「裁判の三審制」に則り、刑法を以て被告(殺人犯)の訴状に対し、裁判官の前で事件の証拠をもとに‘検事×弁護士’の激しい事実認否の論戦を展開します。
殺人犯の罪状では‥1.犯罪の性質、2.犯行の動機、3.犯行の状態、とくに殺害方法の執拗性、残虐性、4.結果の重大性、とくに殺害された被害者の数、5.遺族の被害感情、6.社会的影響、7.犯人の年齢、8.前科、9.犯行後の情状などが陳述され、物的証拠や調書をもとに裁判が行われます。
裁判所(司法)の判決により死刑が、確定すると法務大臣(行政=法務省)は、確定後‘6か月以内’に刑の執行a0212807_0285164.jpg命令(刑事訴訟法475条2項)に署名しなければなりません。
いま全国に128名の死刑囚が、刑務所で死刑を待っている事実は、政府(行政)自ら国の法律に違反し一国家公務員たる法務大臣が、職務をサボっているとしか思えません。
ちなみに日本国民の9割(国民のほとんど)は、死刑制度の存続を支持(仕方ないの消極支持も含む)しています。(こちら参照)         (上写真:ルネ・マグリッド「恋人たち」)
死刑に次ぐ刑罰に「無期懲役」があり、殺人罪で起訴されたものの死刑を免れた被告(犯罪者)は、1,826人(2012年現在)です。
2004年(平成16年)、それまで有期刑の上限であった20年が、30年に法改正され従来のように殺人を犯し無期a0212807_0293665.jpg懲役の量刑で模範囚ならば15年もすると仮釈放され社会復帰できましたが、そのチャンスは、いまや俄然少なくなりました。
殺人罪で無期懲役の刑罰を課された被告(犯罪者)が、15年~20年で仮釈放(社会復帰)されたら殺された被害者の家族感情は、収まらなかったろうと推察します。
刑務所での長い服役中、取り返しのつかない人を殺めた罪の深さを悔い、贖罪し更生したいと仮釈放される日を待ち願い生きている無期懲役囚もいると思います。      (上写真:刑務所の食事)
しかし、有期刑の上限が30年となった今、刑務所の中で死期を迎えるか、後期高齢者となり仮釈放されたとしても彼らが復帰できるような社会は、高齢者介護施設以外のどこにもありません。(下に続く
by blues_rock | 2014-09-18 00:18 | 社会/歴史/思想 | Comments(0)
このところ極悪非道な‘凶悪犯罪’が、やたら増えたように思え、私は、法治国家の行く末を憂慮しています。
今夜から三夜連続で、一市民(有権者)の私が考える「死刑制度~罪と罰」について書きたいと思います。
‘凶悪犯罪’の特徴たるや犯行が、低年齢化し「自我の貪欲・強欲」のままに他者の生存権(いのち)や人権(平安な暮らし)を破壊する言語道断な殺人事件の多発にあります。
a0212807_2292114.jpg他人の生命(いのち)を強奪した大罪に対する「罪と罰」の基準と判断が、現在(いま)の日本の法律では、あまりに‘軽い’ように思います。
法治国家のこの国で暮らす日本人のみならず外国人すべてに、犯した罪に対する刑罰を定めたのが、基本六法のひとつ‘刑事訴訟法’(刑法)です。
この六法全書は、日本に住まうすべての人たちの生命(いのち)と財産を守るために、私たち主権者が、決めた法律のルールブックです。
a0212807_2294771.jpgそのルールを破り違反した者に対して当然のことながら国の司法当局(裁判所)からペナルティ(罰)としてイエローカード、レッドカードが、指示(さししめ)されます。
ルール違反者は、当然そのルールに従い結果責任を負わなければ(刑罰を受けなければ)なりません。
私たちが、日々安心して暮らせる安全な社会を目指し自分と家族の生命、自分の財産を守るためには、国民の‘権利と義務’という自己責任が必ず伴なうことを認識しなければなりません。
このところの極悪非道で卑怯・卑劣この上ない残虐な殺人事件、凶悪な犯罪の多発は、この国に潜在している‘権利と義務’の希薄さと自己責任に対する認識の甘さに起因しているしか私には思えてなりません。
いかなる原因、動機があろうとも自分の起こした犯罪には、明確な自己責任(結果責任)のペナルティ(罰)を科a0212807_22103898.jpgすのが、法治国家の国是(基本ルール)です。
つまり犯罪者には、裁判所(地方・高等・最高の3裁判制度)が、刑法に基づき被告の犯した量刑により刑罰を科し‘刑務所’で罪を償うために服役させます。
わが国の刑罰に私が不満なのは、極悪非道な凶悪犯に対しても一律に刑法の基本となる‘犯罪者の更生’に重点を置いている点です。
日本には、現在全国各地に69の刑務所が、存在します。
刑法には、生命刑である極刑の死刑(刑法第11条、絞首刑)と、自由刑として、一つに作業を義務付ける懲役刑(刑法第12条)、二つ目として拘置するだけの禁錮刑(刑法第13条)、三つ目に短期間(30日未満)拘置する拘留刑(刑法第16条)、さらに財産刑としての罰金刑(刑法第15条)と科料刑(刑法第17条)の概ね三つの刑罰があり、収監された刑務所内では、監獄法が適用され、受刑者の刑を執行しています。
a0212807_22162660.jpg外国では、刑務所が「犯罪者の罪に応じた刑罰(ペナルティ)を与える場所」と明確に位置付けられており、その役割は、明確で「罪と罰」の関係がはっきりしていて分かりやすい監獄システムです。           (上写真:網走刑務所全景)
日本の刑務所は、犯罪者への刑罰(ペナルティ)として「反社会的行為(=犯罪行為)で刑務所に収監された者に自らの罪を反省させ、科された刑罰に応じ罪を償い、刑期を終えるまで服役囚に対し社会復帰の訓練を行ない、出所したあと社会生活に適応する能力を育成する」ところ(まるで職業訓練所のよう)と規定されていて牢獄としての役割が、あまりに曖昧です。(中に続く
by blues_rock | 2014-09-17 00:17 | 社会/歴史/思想 | Comments(0)
「猿の惑星」と云えば、1968年発表の名匠フランクリン・J・シャフナー監督(1920~1989)によるSF映画の古典的名作「猿の惑星」のラスト・シーン‥地球の核戦争で倒壊した自由の女神像が、上半身を海岸の砂から突き出している映像シーンのインパクトは、強烈でした。
a0212807_12481989.jpg初代「猿の惑星」の衝撃(プロットのすばらしさ)と映画の大ヒットで続編として1970年から毎年第4作まで製作されましたが、どれも陳腐で尻すぼみになりました。
初代「猿の惑星」から13年後の2001年、奇才ティム・バートン監督(1958~)が、満を持して撮った「PLANET OF THE APES/猿の惑星」は、バートン監督独特の意匠をふんだんに取り入れた、これはこれで面白い映画でした。
SF映画の傑作として「猿の惑星」のプロットは、捨てがたいのか、アメリカの実業家にして映画プロテューサー、ピーター・チャーニン(1951~)は、2011年公開映画「猿の惑星:創世記(ジェネシス)」のオリジナル脚本をリック・ジャッファとアマンダ・シルヴァー夫妻(製作にも参加)、マーク・ボンバック(1971~ 製作総指揮参加)に依頼しました。
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「猿の惑星:創世記」のヒットで、その続編としてプロデュースも脚本も同じメンバーにより製作されたのが、現在公開中の2014年作品「猿の惑星:新世記(ライジング)」です。
監督には、名監督マット・リーヴス(1966~ 1995年「暴走特急」、2000年「裏切り者」こちら)、主演のエピス(類人a0212807_12562033.jpg猿)リーダー、シーザーを今回もイギリスの俳優アンディ・サーキス(1964~ 右写真「創世記」から)が、好演しています。
シーザーが、信じるただ一人の人類マルコム役をオーストラリアの俳優ジェイソン・クラーク(1969~)、廃墟に立てこもった人類のリーダー、ドレイファス役をイギリスの名優ゲイリー・オールドマン(1958)が、演じています。
映画は、猿と人類との深刻な対立を前に、戦争して共に崩壊するか、平和を求めて共存するか、だけの単純なストーリーですが、最大の見どころは、なんと言っても最新鋭の映像技術で撮影されたリアルな猿のメーキャップ映像でしょう。
初代「猿の惑星」の映像も当時、それはそれで驚きのメーキャップ技術でしたが、今の新作SF映画に使用されるa0212807_12583141.jpg最新鋭「SFX・VFX」映像技術の進歩には、驚くべきものがあります。
地球は、10年前に蔓延した猿インフルエンザの影響で人類のほとんどが死滅しました。
一方シーザーをリーダーとする新世代の猿たちは、人類から離れ山深い森の中で新たな文明とコミュニティ(秩序)を築いて平和に暮らしていました。
ある日、猿たちは、免疫力をつけ生き残った人類の一団と森の中で遭遇しました。
街の廃墟で生活する人類にとって命の綱である電力が、底を尽きようとしていました。
a0212807_1313413.jpg人類は、その昔、山奥のダムで水力発電していたことを憶い出し、利用しようと猿のコミュニティに侵入、激怒した猿たちと一触即発の危機を招きました。
猿対人類の全面戦争を回避したい共存主義のマルコムは、猿のリーダー、シーザーと接触、最初はお互い対立しながらも少しずつ信頼関係を築いきました。
その矢先、リーダーのシーザーが、サブ・リーダーのコバから狙撃されました。
a0212807_13558.jpg瀕死の重傷を負ったシーザーは、マルコムの家族から命を救われますが、そのころシーザーを襲撃したコバは、猿のコミュニティで、シーザーが人類から襲われ死んだと報告、人類との全面戦争を主張しました。
映画のラストで再び猿のリーダーとなったシーザーの苦悩に満ちた表情をズームアップ、彼の目を映して映画は、終わります。
マット・リーヴス監督は、この続編を2年後の2016年7月に一般公開すると発表しました。
by blues_rock | 2014-09-15 00:15 | 映画(シネマの世界) | Comments(2)