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心の時空

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a day in my life

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アメリカ・ドイツ共同製作映画「愛を読む人」は、イギリスの演出家であり映画監督のスティーブン・ダルドリー(1961~)が、自ら脚本を書き監督した2008年作品です。
a0212807_0383069.jpg残念ながら、原題「The Reader(本を読む人)」で表現したい映画プロットの真意は、「愛を読む人」という薄っぺらな日本公開タイトルでは、伝わりそうもありません。
ダルドリー監督は、演出家としてイギリスのローレンス・オリヴィエ賞(演劇・オペラ)2回、アメリカのトニー賞(演劇・ミュージカル)を2回受賞しています。
映画のストーリーにロマンチックなところはなく、第2次世界大戦後、ナチスドイツの戦争犯罪を裁く1963年フランクフルト・アウシュビッツ裁判で戦犯として裁かれた女性ハンナ(ケイト・ウィンスレット 1975~ ハンナ役でアカデミー主演女優賞受賞、秀逸な演技でした)と昔の恋人ミヒャエル(レイフ・ファインズ 1962~)二人の運命に弄ばれた人生の悲哀を描いています。
a0212807_0434352.jpg映画は、15才の少年ミヒャエル(ダフィット・クロス 1990~)が、学校の帰り急病となり路面電車の車掌ハンナ(ケイト・ウィンスレット)に助けてもらうところから始まります。
それは、弁護士となったミヒャエルの過去の回想シーンで、映画を見る者は、ミヒャエルのナレーションで1958年ハンナとの出遭い、1963年ハンナの裁判傍聴、1988年ハンナへの贖罪という過去を1995年a0212807_0443841.jpg現在と行き来しながらハンナの生涯についてミヒャエルが語っていきます。
ハンナは、ミヒャエルより21才年上の女性でした。
ミヒャエルは、年上の女性ハンナを恋し孤独なハンナは、自分を一途に求める少年ミヒャエルの愛を受け入れました。
ハンナは、ミヒャエルに‘本を読んでくれること’を会う(情事の)条件にしました。
a0212807_0501824.jpgそれもつかの間、ハンナは、車掌職から事務職へ昇格転属の通知があると突然退職、ミヒャエルに行き先も告げず姿を消しました。
それから5年が経ったある日、大学で法律を学ぶミヒャエルは、ロール教授(ブルーノ・ガンツ 1941~)に同行しナチスの戦争犯罪を裁くアウシュビッツ裁判を傍聴するため裁判所に行きました。(続く
by blues_rock | 2014-05-31 23:23 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_222524.jpgアメリカの名優ジョン・マルコヴィッチ(1996~)主演によるフランス・イギリス・ドイツ共同制作映画「魔王」(原題 The Ogre 「人喰い鬼」という意味)は、寓話オペラのような巧妙な演出に魅せられました。
監督は、ドイツの名匠フォルカー・シュレンドルフ監督(1939~)で、シュレンドルフ監督作品で私の印象に残るのは、名作「ブリキの太鼓」(1979)とこれも秀作「九日目」(2004 日本では劇場未公開)でした。
製作総指揮をジェレミー・トーマス(1949~ 「十三人の刺客」製作 こちら)とクロード・ベリ(1934~ 「愛と宿命の泉 」製作 こちら)の二人が、担いました。
フランスの作家ミッシェル・トゥルニエ(1924~)の長編小説「魔王」(1970年発表 ゴンクール賞受賞)を原作に、名脚本家のジャン=クロード・カリエール(1931~ 1988年傑作「存在の耐えられない軽さ」こちら、2006年秀作「宮廷画家ゴヤは見た」こちら などの脚本担当)が、脚本を書き、音楽をイギリスの作曲家マイケル・ナイマン(1944~ 1989年「仕立て屋の恋」、1990年「髪結いの亭主」、1993年「ピアノ・レッスン」)など映画「魔王」の製作に関わったメンバーは、実に錚々たる顔ぶれです。
a0212807_2293192.png1939年ドイツは、独裁者ヒトラー率いるファシズムの新興勢力ナチスが、旧秩序であるプロイセン貴族体制を崩壊に追い込んでいました。
そのころパリ郊外で暮らしていた少年アベルは、純真で臆病な子供でしたが、なぜかガキ大将とウマが合い一緒にいることでイジメにも合いませんでした。
a0212807_22103791.jpg子供の心のまま大人になったアベルは、自動車工となり仲良くなった少女が、車の運転をさせるよう頼んだとき、危ないからと断りました。
これを逆恨みした少女は、アベルから性的虐待をされたと警察に訴え、彼は身に覚えのない強姦罪で逮捕されフランス軍兵士として戦場へ送られました。
戦場のドサクサに紛れ逃亡したアベルは、ドイツの広大な森を彷徨いながら、どこに行ってもなぜかその土地のa0212807_22162039.jpg人にすんなり受け入れられる特殊な才能を発揮しました。
森の奥深くにあるゲーリング(独裁国家ナチスドイツの国家元帥)の館に辿り着いたアベルは、自分を恐れない(アベルは絶対権力者ゲーリングの怖さを知らなかった)ゲーリングから可愛がられました。
見知らぬ人から好かれ命令に素直に従うアベルを利用しようとナチス将校は、森の中にあるナチス少年兵教育施設に収容する少年兵a0212807_22251833.jpgの徴用(誘拐)と教育係を命じました。
アベルは、馬に乗りマントを翻(ひるがえ)して村々をまわり少年たちを次々に誘拐、少年をさらって走り去る彼を村人たちは、“魔王”(人喰い鬼)と呼び恐れました。
ナチスドイツは、拉致した少年たちをヒトラーの兵隊に洗脳、敗戦を目前にしながら銃器の扱いも満足にできない彼らを防衛の最前線に送りました。
a0212807_22365814.jpgアベルの目の前でバタバタ倒れ死んでいく少年たちにショックを受け動揺した彼は施設に逃げ帰り部屋の隅でうずくまるユダヤの少年を見つけると肩に担ぎ森の中に逃げ、川を渡ろうとしますがアベルの足取りは、重くヨロヨロとしながら歩き続けました。
この川を渡るシーンは、キリスト教の聖クリストアァーが、少年に姿を変えた重いキリスト(人間の罪の重さ)を肩に担ぎ、よろめきながら川の中を歩いたという言い伝えをシュレンドルフ監督は、表現しました。
by blues_rock | 2014-05-30 23:32 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_0123443.jpgフランス映画ヌーベルバーグの旗手にして名監督のジャン=リュック・ゴダール(1930~)が、監督・脚本・編集した1981年映画「パッション」もゴダール監督ならではのユニークな作品です。
ゴダール監督は、1959年映画「勝手にしやがれ」(こちら)で長編映画監督として鮮烈にデビュー、1965年「気狂いピエロ」(こちら)で世界中の若い映画ファンの心を捉えました。
「パッション」は、ゴダール監督の不条理劇のような演出手法により、ポーランド人の映画監督ジェルジー(ポーランドの俳優イェジー・ラジヴィオヴィッチ 1950~ 1980年アンジェイ・ワイダ監督「大理石の男」主演)が、スイス寒村のスタジオでオランダ・スペイン・フランスの名画を俳優にポースをとらせリアルに再現、それをビデオ映画「パッション」として撮影するというストーリーです。
a0212807_0162071.jpg劇中劇のビデオ映画「パッション」を撮影するシーンでは、ビデオ映画の撮影スタッフ役としてゴダール監督の映画撮影スタッフが、そのまま出演しています。
例えば、ゴダール監督作品の撮影監督ラウール・クタール(1924~)も撮影監督役で出演しています。
映画に登場するレンブラント「夜警」、ゴヤ「裸のマハ」・「5月3日の銃殺」、アングル「浴女」、ドラクロワ、エル・グレコなどの名画と同じ構図で人物を撮影するシーンが、とても興味深く、美術館でその絵を見たときの感動を懐い出しました。
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映画は、撮影現場のドキュメンタリーのようにリアルで、劇中ジェルジー監督が、光に満足せず撮影は、クランク・インから4か月も遅れ、製作予算も大幅にオーバー、スポンサーとなる映画会社も次々に変わりました。
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出演している俳優陣もフランスの女優イザベル・ユペール(1953~)、ドイツの女優にしてシャンソン歌手ハンナ・シグラ(1943~)、フランスの名優ミシェル・ピコリ(1925~)など演技の実力者ぞろいでした。
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映画音楽に使われたベートーヴェン、ドヴォルザーク、モーツァルトの名曲の数々を聴きながらゴダール監督編集のオリジナル・ヴァージョンで、ワイセツなボカシのない美しい女性ヌードを見るのも映画の愉しみです。
by blues_rock | 2014-05-29 00:02 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_22113666.jpg昔、小規模複合農家(お百姓)だった私のウチは、8反歩(80㌃)の農地で表作の水稲と裏作に小麦、4頭の乳牛、数頭の豚、山羊、ニワトリなどの家畜類‥ペットに犬・猫、ペットではありませんが青大将(家ネズミを捕る益蛇)を飼っていました。
子供心にうれしかったのは、春先から初夏(田植えシーズン前)にかけて‘養蜂’と云ってもミツバチ(在来種の日本ミツバチ)の巣箱を
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置いただけのシンプルなものでしたが、菜の花から蓮華草(レンゲソウ)の季節までベットリ蜜におおわれた蜂の巣の欠片(カケラ)を大人から貰えることでした。
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蜜蝋を両手でつかみベトベトさせながら口に入れたときの天にも昇る美味しさは、‘甘い食べ物’に餓えていた幼い子供心に感激でした。
ミツバチは、セミ・トンボ(ヤンマ)とともに私をノスタルジーへ誘う大切な昆虫です。
by blues_rock | 2014-05-28 00:09 | 自然/農耕/食料 | Comments(0)
この現実とは別の、もう1つの現実「パラレルワールド」(parallel world 現実に並行した世界)を描いた摩訶不思議な映画が、「ザ・ドア/交差する世界」です。
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今年(2014年)2月に日本公開されたドイツ映画ですが、デンマークの名優マッツ・ミケルセン主演、「偽りなき者」(こちら カンヌ国際映画祭‘主演男優賞’受賞)で見せたすばらしい演技を「ザ・ドア/交差する世界」でも披露しています。a0212807_14114655.jpg
監督は、ドイツのアノ・ソウル監督(1963~)と脚本も同じくドイツの脚本家ヤン・ベルガー(1970~)です。
映画は、‘パラレルワールド’のSFスリラー、死んだ人間が生きている世界を描くホラー、自分が二人いる現実のミステリー、自分がもう一人の自分を殺すサスペンス、娘を失くした父親の悲痛な喪失感と愛する娘を救うため自分を犠牲にする母親のヒューマン・ドラマの要素が、融合していますのでエンターティメントとしてa0212807_1413712.jpg大いに楽しめます。
自分が、二人いる現実世界‥その世界が、偶然交差したとき、あなたは、どちらを選びますか?と見る者に問いかけるパラレルワールド(別の並行世界)を描いた映画なので予告編(こちら)をご覧になって‘おもしろい’と感じられた方にお薦めしたい映画です。
画家のダビッド(マッツ・ミケルセン)は、近くに住む愛人を訪ねているとき幼い一人娘を自宅プールで溺死させa0212807_14144141.jpgました。
それが原因で妻とも別れ、自責の念と悲痛な喪失感を抱え5年経ったある日、ついに生きる意欲を失い同じプールで自死をはかりました。
ダビッドが、妻にかけた謝罪する最期の電話に異常を感じた妻は、彼の友人に連絡、駆け付けた友人に彼は命を救われました。
その日の深夜、凍りついた道で足を滑らせ転倒したダビッドは、娘が亡くなる前追いかけていた蝶の死骸を見つa0212807_14193918.jpgけました。
蝶の死骸をそっと手にとると蝶は息を吹き返しフワリと飛び立ちました。
蝶のあとを追うと森にある廃屋に入っていきました。
暗く狭い通路を行くと光の射しこむ扉(ドア)がありました。
ダビッドは、不思議に思いドアを開け中に入ると5年前、娘が溺死する前と‘まったく同じ現実’に足を踏み入れました。
ダビッドは、ドアの向こう側の蝶を追っかけプールに落ちた娘を発見、救出しました。
a0212807_14203972.jpg家に帰りますが、父親のダビッドを見る娘の表情は硬く怯えながら「パパではない」と言いました。
懐かしく自分の部屋を眺めていると帰宅した‘もう一人の自分’ダビッドから不審者と見なされ襲われました。
パラレルワールド(別の並行した現実)で生きるダビットが、5年前のダビット(つまり自分)と交差した瞬間です。
お互い顔を見合わせ驚愕しますが、5年前の自分ダビットと格闘しているときダビッドは、‘相手’を殺してしまいa0212807_1432335.jpgました。
なんとその相手は“もう1人の自分”で、その様子を娘が階段のうえから見ていました。
ここまで書くと胸がドキドキし、背中もゾクゾク、とても見たくなりませんか?
撮影は、すべて実写なので(真冬の蝶だけCGかな?)SF映画ながら映像にリアリティがあります。
第一級のスリラーとしても見ごたえのある映画です。
by blues_rock | 2014-05-27 00:09 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_3194349.jpgアメリカの若き名優ライアン・ゴズリング(1980~)とデンマークの鬼才ニコラス・ウィンディング・レフン監督(1970~ 下写真)二人のコラボレーションといえば、2011年映画「ドライブ」を憶い出します。
この二人のコラボレーション第2弾が、2014年1月に日本公開された新作「オンリー・ゴッド」(原題 Only God Forgives ただ神のみが許す)です。
(公式サイト こちら
「オンリー・ゴッド」は、ニコラス・ウィンディング・レフン監督の脚本および監督で、ライアン・ゴズリングは、主演ならびに製作総指揮を担っています。
タイを舞台に夜のバンコクのシーンが多くレフン監督は、映画に性風俗を思わせる赤い照明を多用、その赤いa0212807_333935.jpg映像が強く印象に残りました。
レフン監督は、色覚障害があるそうなのでコントラストの強い色彩による独特な映像が特徴ながらとくに「オンリー・ゴッド」では、それが顕著に出ているように思います。
マフィアの女首領役で出演したイギリスの女優クリスティン・スコット・トーマス(1960~ 2009年映画「ノーウェアボーイ ひとりぼっちのあいつ 」に出演 こちら)の怪演も見ものでした。
アメリカで犯した犯罪によりタイに逃亡、バンコクでキック・ボクシングジムを経営するジュリアン(ライアン・ゴズリa0212807_3273157.jpgング)は、その裏では組織の麻薬密輸を支えるため暗躍していました。
ある日彼は、タイ犯罪組織のボスで元警察官チャン(ヴィタヤ・パンスリンガム)から惨殺された兄ビリーの復讐をするよう母でありマフィアのドン、クリスタルから命じられました。(参考:上下写真のような赤を基調とした鮮やかな色彩の照明が多用されます。)
a0212807_3281747.jpgカンヌ国際映画祭で上映された「オンリー・ゴッド」を見た観客は、その壮絶で生々しい暴力シーンとリアルな映像に拍手とブーイングふた手に別れたそうです。
レフン監督は、この映画「オンリー・ゴッド」をチリの映画監督アレハンドロ・ホドロフスキー(1929~)に捧げるとクレジット、私はレフン監督の「エル・トポ」(こちら)へのオマージュと推察しました。
by blues_rock | 2014-05-26 00:13 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
名匠リドリー・スコット監督(1937~)の2007年監督および製作作品「アメリカン・ギャングスター」は、数々の名作映画の脚本で有名な名脚本家スティーヴン・ザイリアン(1953~)の脚本を元に名優二人、実在した黒人の麻薬
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密売組織のボス(ギャングスター)役をデンゼル・ワシントン(1954~)、この麻薬密売組織を摘発し壊滅させようとするアンタッチャブル(決してワイロを受けとらない)特別捜査官リッチー役をラッセル・クロウ(1964~)が演じa0212807_21394946.jpgるクライム・サスペンス映画です。
1968年アメリカは、ベトナム戦争の泥沼化で不安定となり疲弊しているころ東南アジア山岳地帯から多量の麻薬(ヘロイン)が、ニューヨークに流れ込み犯罪の温床になっていました。
ハーレムの黒人地区を支配していたボスが突然亡くなり、その組織をボスのボディガードで運転手のフランク(デンゼル・ワシントa0212807_21401182.jpgン)は、彼の胆力でファミリーをまとめ新しいボスになりました。
フランクは、既存組織の麻薬密売ルートを変え、自ら東南アジア山岳地帯に出向き、ヘロインを現金で買い取り直接管理する方式にしました。
その密輸手段としてベトナム戦争に従軍し現地にいる空軍所属の親類と結託し士気の堕ちていた空軍兵士を買収、帰還兵や戦死者(棺)を輸送する軍用機を利用してアメリカ本国に密かに運び込みました。
a0212807_21505219.jpgフランクが仕切る密売ルートの高品質で安価なヘロイン「ブルーマジック」は、瞬く間に麻薬中毒患者(ジャンキー)の人気となり一大勢力を築き上げました。
エセックス郡の一麻薬捜査刑事であったリッチー(ラッセル・クロウ)は、捜査で押収した現金100万㌦を汚職(ネコババ)が蔓延し日常化していた警察署の同僚たちの目の前で愚直に証拠品として提出していました。
a0212807_215177.jpg一方、ニューヨーク市警の麻薬捜査官トールポ(ジョシュ・ブローリン 1968~ 麻薬組織のボスであるデンゼル・ワシントンと特別捜査官ラッセル・クロウの間にあって汚職警官のリーダーを演じる彼の存在は重要)は、麻薬捜査と称して白昼堂々ワイロを要求、それを拒否するフランクとの間で彼の組織へのイヤガラセが常態化しました。
ニューヨーク市警の麻薬捜査を仕切るトールポは、エセックス郡の特別捜査官リッチーへあからさまな捜査a0212807_215138100.jpg妨害も行ないました。
映画は、やがて意外な方向へ展開していきます。
この映画の事件は、実話であり当時のニューヨーク市警麻薬捜査官(刑事・警官・証拠管理者など)の実に75%、200名余りが逮捕され、アメリカ政界も巻き込んだスキャンダルとなりニューヨーク市警は、綱紀粛正を宣言しました。
by blues_rock | 2014-05-25 00:25 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
薬効としては、大腸菌(O157など)・MRSA黄色ブドウ球菌、サルモネラ菌などへの滅菌作用が強力で、漆塗膜に覆われた容器に菌を24時間に入れておくといずれも‘生菌ゼロ’になります。
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さらに漆には、電気の絶縁効果がありますので、静電気の絶縁塗料として使用されています。
漆の欠点をあげるなら漆の特性として特殊な乾燥メカニズムを持っていますので乾燥し難(にく)く、完全乾燥すa0212807_23433148.jpgるまでは、1年(12か月)くらい見ておかなければなりません。
その代り一旦乾燥すると年を追うごとに強度を増し紫外線に長時間さらさなければ、三内丸山遺跡から出土された「縄文ポシェット」のとおり5,500年経った今でも漆で被膜された製品に劣化はありません。
漆乾燥の最適条件は、24℃から28℃の気温と70%から85%の湿度が必要、私たちの一般常識では、水分のあるものを乾燥させるために温度を上げ湿度を減らしますが漆はまったく乾きません。 (左下:縄文漆器 3,000年前)
a0212807_23483067.jpg漆の主成分ウルシオールは、ラッカーゼ(酵素)と酸素の結合(発酵)により硬い皮膜を作り、さらに時間の経過とともに強度を増していきます。
太古の昔、石器時代後期から縄文初期の1万年前に‘蜂の巣’から漆の特性を発見し使用方法を学習して現在の漆芸に進化させた縄文の人々の智恵は、実にすばらしいと思います。
漆の美しさの要素は、「ふっくら、深み、しっとり」の三つです。
漆の表面張力は、他の塗料より大きく、そのため‘ふっくら’とした感じがあり、光の屈折率も高いので、それがa0212807_23485517.jpg漆に‘深み’を与え、同時に漆成分にあるゴム質は、保湿効果があり、漆に‘しっとり’ 感をもたせています。
骨董店(古道具店)では、「漆器(塗り物)」類は、いま案外安い値段が付いていますので、胸にぐっとくるお気に入りの漆器を見つけられたら手で持たれてみると良いでしょう。
ニセモノも多いのでご注意を‥軽かったら木地で○、重かったらプラスチックで×、水に浮いたら木地で○、沈んだらプラスチック×、これだけ知っておれば、あとは‘自分の好み’です。
by blues_rock | 2014-05-24 00:24 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)
漆(ウルシ)で作られた器(ウツワ)を漆器(シッキ)と呼びますが、古来よりわが国では、冠婚葬祭など‘ハレの日’に漆器を納戸(ナンド)から恭(うやうや)しく取り出して大切に使ってきました。(下写真:赤漆椀)
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中世の朝廷に仕えた公家、室町時代以降の武家大名たちは、漆器(シッキ)から身の回りの生活道具、家具調度、室内装飾に至るまで漆製品を揃えてきました。(下写真:尾形光琳「蒔絵螺鈿硯箱」 東京博物館蔵)
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英語では、漆器のことをJAPAN(磁器をCHINA)と云いますから、16世紀に来日した宣教師が、帰国するとき一緒に漆器や漆芸製品をヨーロッパに持ち帰って以来、日本の漆器と漆芸製品は、ヨーロッパの王侯貴族の間にa0212807_21393050.jpgJAPANブランドの高級生活道具、調度品として広く普及しました。
日本産漆(漆の木の樹液)は、江戸時代末期(幕末)に採取(生産)された1,100㌧をピークに減少、一方、漆の消費量のピークは、昭和11年の2,138㌧が最高ながら国産の供給量は、全体の2%、98㌧に激減していました。
平成25年現在わが国の漆消費量は、わずか58㌧、国産品は‘生正味漆’など高品質漆向けに生産されている1.5㌧のみで、そのうちの70%を岩手県(二戸)が生産しています。
a0212807_2159171.jpg日本で消費される漆のほとんどが中国四川省と周辺の山間地で生産されたもので漆の木から掻かれた(採取された)漆は、四川省の成都に集められ日本に輸出されます。
漆(ウルシ こちら)は、縄文時代から生活の中で使われてきました。(右写真:青森県三内丸山遺跡から発見された5,500年前の‘縄文ポシェット’)
漆の特長は、何といっても‘100%天然素材’であること、1本の漆の木から200㌘と極めて少なく貴重であること、循環型自然生態系のメカニズム「萌芽(ほうが)」による栽培‥漆の木を伐採しても、切り株の根元から新しい芽が出て成長(これを萌芽と呼ぶ)何回も再生産可能なことです。
漆の効能としてすでに衆知されているのが、漆塗膜の抗菌・殺菌効果です。
漆塗膜された容器は、高濃度の酸やアルカリなどの化学薬品、アルコール薬品、化石燃料液体に極めて強く、簡単に化学反応しないことも実証されています。(後編に続く)
by blues_rock | 2014-05-23 21:30 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)
a0212807_144514.jpgいまから20数年前、三重県津市に出張した折、訪問先会議室に「阿修羅像」を撮った全紙サイズの白黒写真が掛けられていました。
その凛とした美しさに目を奪われ会議中も上の空で眺めていました。
こちら参考)
「阿修羅像」(国宝 興福寺蔵)は、奈良時代天平六年(734)に「脱活乾漆(だつかつかんしつ)」という技法で彫塑された仏法守護神八部衆の一体です。
阿修羅の手が、六本あるのは、釈尊に刃向かう邪神であったころの名残です。
「阿修羅像」は、粘土に4〜6枚の麻布を重ね彫塑、成形し粘土を抜いて心木を入れ、木屎漆(こくそうるし)とニレの樹皮で硬め、錆漆(さびうるし)で仕上げ乾燥を待って最後に色彩を施し完成しています。(参考貼付:脱活乾漆像の詳細はこちらをご覧ください。)
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脱活乾漆(だつかつかんしつ)「阿修羅像」を彫塑できる高度の知識と技術さらに洗練されたすばらしい美意識をもった作者が何者で、モデルは誰であったのか‥私は、仏教とともに中国大陸を経て渡来した西方人の集団
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ではなかったろうかと推理しています。
脱活乾漆(だつかつかんしつ)阿修羅像のミステリーは、永遠に続きます。
by blues_rock | 2014-05-22 01:22 | 美術/絵画/彫刻 | Comments(0)