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心の時空

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a day in my life

<   2013年 12月 ( 31 )   > この月の画像一覧

今年(2013年)も今日で終わり‥私の大晦日は、その年見た映画を懐い出しながら記憶を整理する日です。
a0212807_12474726.jpg昨年の大晦日は、「映画は自由気ままに楽しむもの」と題して書き、一年を振り返り(こちら)「‥私にとって20代半ばに見た1日7本と今年見た1年208本が、一生の思い出になるでしょう。2013年から映画を見るための野暮な目標などは設けず、自由気ままに好きな映画を楽しみながら暮らしていきたいと思います。」とキザなことを書きました。
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今年は、映画道楽が、普段の生活時間(仕事や趣味の金継ぎ)に影響しないよう少しペースを落とし、スローな‘シネマの世界’にするつもりでしたがダメでした。
a0212807_12492190.jpg私贔屓(ひいき)の監督や好きな俳優の新作映画が、封切られるともうじっとして居られず、レイトショウ上映劇場を探して見に行きました。
過去に見た映画も、また見たくなると最寄りのTSUTATA(老司店・天神店・神松寺店)に行きDVD数本まとめレンタル、自室の‘ミニ・シアター’に引きこもり立て続けに見るので睡眠不足となり翌日の生活に悪影響が出るなどしましたので少し反省しました。
a0212807_1249574.jpg私が今年見た映画は、全部で252本、うち外国映画が221本(88%)、日本映画は31本(12%)で、私が一年間に見た数としては、生涯で最高の本数でした。
新年2014年は、見る映画を少し絞り、今年の半分くらいにしたいと思います。
私が、今年見た映画(旧作も含む)からお薦めしたい10本(私の好みで選んだ10本です 順序不同)は、次のとおりです。
蝶の舌(スペイン)
彼女が消えた浜辺(イラン)
a0212807_1251547.jpg偽らざる者(デンマーク)
善き人のためのソナタ(ドイツ)
愛と宿命の泉(フランス)
瞳は静かに(アルゼンチン)
幸福の罪(チェコ)
ゼロ・グラビティ(アメリカ)
イノセント・ガーデン(アメリカ)
かぐや姫の物語(日本)
私が今年見た252本とも、どの映画も良質な作品(とくに監督・脚本・俳優がすばらしい)なので全部お薦めしたいのですが、敢えて10本、目を瞑(つむ)って選びました。
by blues_rock | 2013-12-31 13:25 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_1744397.jpg「羊たちの沈黙」(1991)は、ホラーにしてスリラー映画の傑作そしてサスペンス映画としても一級の作品です。
この映画の監督ジョナサン・デミ(1944-)は、アカデミー賞監督賞、ベルリン国際映画祭監督賞を受賞しました。 
アカデミー賞部門の受賞では、作品賞・主演男優賞(‘ハンニバル’レクター博士役のアンソニー・ホプキンス)・主演女優賞(FBI訓練生クラリス・スターリング役のジョディ・フォスター)・脚本賞の主要5部門で受賞しました。
映画が、好きな人なら「羊たちの沈黙」は、すでにご覧になられた方も多いと推察します。
この映画のプロットもサイコパス(精神異常の狂人)の天才精神分析医‘ハンニバル’レクター博士と子供時代のトラウマを抱えた優秀なFBI訓練生クラリス・スターリング、この二人の鉄格子を隔てた関係が、猟奇的な連続殺人犯‘バッファロー・ビル’の捜査と関わりストーリーを次第にミステリアスにしていきます。
a0212807_1781559.jpg太った若い女性ばかりを狙い皮膚を剥ぎとる猟奇的な連続殺人犯‘バッファロー・ビル’の凶悪事件を捜査するFBI訓練生のクラリスは、上司の指示により精神異常犯罪刑務所で服役しているレクターに面会を求め、精神分析医の観点から‘バッファロー・ビル’の犯罪分析に協力要請しました。
クラリスと面会したレクターは、‘バッファロー・ビル’の精神分析に協力する代わり、クラリス自身のことについて
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自分の質問に答えるよう要求、レクターの精神分析は、クラリスをひどく動揺させます。
イギリスの稀代の名優アンソニー・ホプキンス(1937-)が、演じた人間の臓器を嗜好する‘ハンニバル’レクターの相手を見透かすような不気味な眼差しと異様な存在感は、息を呑む迫力がありました。
a0212807_17243129.jpgクラリスは、レクター博士の精神分析にショックを受け動揺、憶い出したくない過去の喪失感と‘沈黙した羊’のような非力な自分に後悔を覚えました。
サイコパス(狂人)ながら天才精神分析医レクター博士は、猟奇的殺人犯‘バッファロー・ビル’の心理分析を行ない、その鋭い洞察力は、クラリスの犯人捜査に多くの示唆(ヒント)を与えました。
FBI訓練生クラリス・スターリングを演じたジョディ・フォスター(1962-)が、アンソニー・ホプキンスを相手に体当a0212807_17282431.jpgたりで熱演しています。
13才の時「タクシードライバー」(1976)で12才の少女娼婦アイリスを演じてから15年、ジョディ・フォスターも名女優の仲間入りです。
映画の中でレクター博士が、精神異常殺人犯刑務所から逃げ、人肉・内臓を喰いちぎって殺した看守をオリに吊るしたシーンは、画家フランシス・ベーコンの作品からイメージしたとか、印象に残る不気味なシーンでした。
映画のラスト、レクター博士が、クラリスのFBI捜査官就任の式典会場に電話して「これから古い友人と食事でね」と伝え、刑務所で自分を侮辱した刑務所長の後を追う長回しカットのエンディング・シーンも冴えていました。
by blues_rock | 2013-12-30 00:39 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_0135439.jpgこの映画の主演が、イギリスの俳優クリスチャン・ベール(1974-)でなかったら、きっと私は、「アメリカン・サイコ」(2000)を見ていないだろうと思います。
映画「アメリカン・サイコ」のプロットは、ニューヨーク、ウォール街のユダヤ系投資会社で働くエリート(副社長‥アメリカの会社には副社長が何人もいる)にして高給取りのビジネスマン、パトリック・ベイトマン(クリスチャン・ベール)を主人公に、アメリカ現代社会の病巣と精神の疲弊をブラック・ユーモアで嗤いシニカル(冷笑的)に風刺するスタイリッシュ・ホラーです。
メアリー・ハロン監督(詳細不詳)は、主演クリスチャン・ベールのイメージで脚本を書き映画撮影の準備に入っていました。
ところが、映画製作スタジオから主演をレオナルド・ディカプリオにしたいとキャスト変更連絡が入るとハロン監督は、「やーめた」とばかりサッサと監督を降りました。
製作スタジオは、メアリー・ハロン監督の代わりにオリバー・ストーン監督で「アメリカン・サイコ」を撮ろうと企画a0212807_0162384.jpg変更したものの今度は、ストーン監督から「ノー」の返事、結局ハロン監督を復帰させクリスチャン・ベール主演のスタイリッシュ・ホラー「アメリカン・サイコ」が、完成しました。
共演は、ウィレム・デフォー(1955- 1986年「プラトーン」、2009年「アンチクライスト」が印象的)、音楽をジョン・ケイル(1942- 元ベルベット・アンダーグラウンド)が担当、ハロン監督とジョン・ケイルの音楽a0212807_0171263.jpgも冴えています。
投資会社(社長は父親)に副社長として勤務するパトリック・ベイトマン(クリスチャン・ベール)のウォール街を肩で風切るエリート・ビジネスマンは、外面(そとづら)だけで、毎日同僚たちや友だちと行きつけのカフェに集まり、彼らはお互い自分の高級レストラン自慢、自分の名刺(材質や文字デザイン)自慢などのくだらない自慢話ばかりして優越感に浸っていました。
a0212807_018241.jpgある日、ベイトマンの前にルックス・学歴・オシャレとどこを取っても非の打ちどころのない同僚ポール・アレンが現われました。
それを見たベイトマンは、茫然自失‥メラメラと激しい嫉妬に襲われ、言葉巧みに彼の住むホテルのような高級マンションに押しかけ、オノで殺してしまいました。
失踪したポール・アレンを捜索する探偵(ウィレム・デフォー)は、ベイトマンにアレンが失踪した当日のアリバイa0212807_031454.jpgを執拗に質問し、ベイトマンを追い詰めて行きました。
映画に登場するのは、高学歴・高収入のエリート・ビジネスマンばかりですが、彼らは憐れなほど浅はかで、お互いの信頼や友情は、ただ上辺だけのもの、同じヘアスタイル、共通の趣味、同じブランド・スーツ‥彼らのライフスタイルは、お互いダレがダレだか区別できないほど似ています。
彼らは、皆高学歴ながら独自のアイデンティティー(人格を伴う個性)など無く、共通の価値観をもつコミュニティa0212807_0193960.jpg中で他人と比較し競争、その自己主張にあるのは、優越感と劣等感から沸きあがる嫉妬心の二択だけでした。
映画に登場する彼らの高学歴・高収入には、足元にも及びませんが、いま日本に氾濫する軽佻浮薄な‘勝ち組・負け組’二択の価値観も質の悪さは、同じと思います。
‘グローバル・スタンダード’の本質は、多様な価値観を二択で選ぶ愚劣さ‥極めつけのスタイリッシュ・ホラーかもしれません。
by blues_rock | 2013-12-29 00:12 | 映画(シネマの世界) | Comments(2)
前編から続く)刑事犯罪の横行を許していたら法治国家の名が泣き、国民として‘納税の義務’を果たす気が喪失(モラルハザード)します。
もうひとつ、‘最低賃金’・‘国民年金’と生活保護費との逆転現象も極めて重大な問題です。
いずれにしても早急に、不正受給問題や最低賃金・年金との逆転問題が、解消されないと勤労者の労働へのモチベーションと社会的なモラルは、著しく低下します。
ニートと呼ばれる労働意欲のない(働けるのに働かない)若者の中には、「働いたら負け」とか「働くと損をする」a0212807_122928.jpgと平然と言うバカ者もいるとか、もうこうなると‘何をか言わんや’で、私たちの血税で彼らを救済するなどマッピラごめん、私の血の一滴すらやる気になれません。
これも唖然とする事例ながら2013年3月6日朝日新聞朝刊(大阪版31面)「生活保護、子供には言えない」の記事に母子家庭(子供2人)3人家族の生活保護費が、掲載されていました。
生活保護費受給(月の収入)は、生活扶助・住宅扶助・教育扶助合計で29万1千円、これに対する支出の内訳は、家賃5万6千円・娯楽・習い事4万円・食費4万3千円・日用品代3万7千円(ストーブ購入代)・光熱費1万3千円・灯油代4千円・携帯電話2万6千円・医療費3千円・固定電話2千円・被服費2万円・おやつ代7千円・給食・教材1万3千円・交際費1万2千円・残り1万5千円とか‥平均的なサラリーマン家庭並みの生活水準です。
a0212807_144988.jpg娯楽・習い事に4万円、日用品代3万7千円(ストーブ購入代?毎月買うの?)、携帯電話2万6千円(固定電話があり不要)、被服費2万円(嘘、毎月服を買うの?)、交際費1万2千円(飲み会?カラオケ?)、残り1万5千円‥うーん、これが生活保護費からねえ、私は複雑な心境(?は私の疑問)になりました。
これ以外に生活保護受給者は、医療費・介護費が原則無料で、住民税・NHK受信料も免除されます。
とくに医療費には、自己負担がないので医療費の無駄遣いによる医療費増高というモラル低下も指摘されています。
12月6日に成立した生活保護法改正では、「不正受給に対する罰則強化」・「就労自立給付金による就労意欲促進」が、大きなポイントになります。
a0212807_152624.jpg生活保護が、‘全額現金’で支給されることも無駄遣い(ギャンブルや遊興費など)の元凶で、現金支給の制度そのものが罪作りと思われ、現金支給を減らせば、不正受給者も減ると思います。
アメリカのように電子マネー(個人カード)で支出を記録し使用が適正であるか確認できるようにするのも一つの考え方だと思います。
現物支給とまではいかなくても、そろそろ食品券(フードチケット)や日用品券と現金を組み合せた複合的な生活保護費の支給が、あっても良いのではないかと思います。
今回の改定から生活保護を受ける人たちに生活保護費は、国民の税金(納税者のサイフ)から支出された生活支援補助金(自立支援金)との認識を窓口で指導する必要もあります。
わが国の国家財政が、破綻する前に、現在もなお天文学的に膨らむ巨額の累積赤字をわずかでも減少させるため‘生活保護費の見直しも例外ではない’と私たちは認識しなければなりません。
by blues_rock | 2013-12-28 01:05 | 社会/歴史/思想 | Comments(0)
12月6日国会で生活保護法の改正案が可決、2015年(平成27年)4月から施行されます
現在の‘生活保護制度’には、生活保護に起因する功罪両面があり、現実とのアンマッチによる制度疲労も発生しています。
生活保護制度の改革は、いまや日本国民が、避けて通れない目下の国民的課題です。
1950年の生活保護制度実施から63年が経ちましたので、初心に還り現在の社会に相応しい‘制度改革の議論’を感情的にならず国民全体で行なう必要があります。
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2012年7月12日毎日新聞の朝刊に掲載された「シビル・アクション・ジャパンの意見広告」に私も賛成です。
生活保護を受けなければ命の危険のある人を個人攻撃したり、一方的に非難するのは、非人間的で卑劣な行為で許せるものではありませんが、国民を守るセーフティ・ネットとして生活保護の実態を知るのは、国民の義務であると思います。
生活保護制度は、1950年に制定、1945年の敗戦から5年目であり日本社会は、まだ戦争の爪痕(つめあと)生々しく、街には傷痍(しょうい)軍人、浮浪者、孤児、売春婦(当時売春は公認)、失業者が溢れていました。
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日本は、アメリカ軍の空襲(焼夷弾)で国土のほとんどを焼かれ、家という家、道路という道路、工場という工場が、破壊されましたので、戦争が終わって数年経っても働く職場も仕事もありませんでした。
当時の日本国民は、皆貧困に苦しみ、食べるのが、やっとという窮乏生活に喘ぎ「衣・食・住」を手当てすることが、何よりの優先事項でした。
当時の大人は、モノを欲しがるわが子たちに‘衣食足りて礼節を知る’と諭し、働く大切さを教えましたが、今やこの言葉を聞いても子供も若者も哄笑するだけ‥日本人の心に虚しく響く、日本社会の暗い現状です。
a0212807_0223347.jpg敗戦から68年、廃墟であった日本は、世界が驚く奇跡の国家再興を成し遂げました。
その現代日本に在って、63年前に国家が、正直な国民を救済しようとした生活保護制度に「制度疲労」があることは、衆目の一致するところです。
日本国憲法(こちら)第25条では、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。 2.国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」と明記しています。(右写真:敗戦直後の新橋駅前、闇市)
さらに生活保護法第1章1条には、「国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長すること」と記述しています。
生活保護は、「日本国民(日本国籍を有する人)」に与えられた「‘生存’を保障する最後のセーフティーネット」であることを私たちは、認識しなければなりません。
生活保護(困窮者支援)は、就労・住宅・教育の3つを基本にしています。
生活保護を受ける人は、毎日増え続け今年2013年8月時点で、全国で216万人、なんと‘日本国民の60人に1人(大阪市は市民18人に1人が生活保護)’が、国(私たちの税金)から生活保護を受けていることになります。
a0212807_0324359.jpgその生活保護費の支給総額は、3兆7千億円と10年前の1.5倍です。
生活保護が、本当に必要な人に支給するのは、大切なことながら生活保護法第1章1条に表記されている「自立を助長」つまり自立支援が前提になることは明らかです。
国家予算(税金=納税者のお金)を財源とする生活保護費の‘不正受給’、これは‘明らかに犯罪’です。
この‘不正受給’を悪用する‘生保(なまぽ)ビジネス’の横行は、刑事犯罪として厳重に取り締まらなければなりません。(後編に続く)
by blues_rock | 2013-12-27 00:30 | 社会/歴史/思想 | Comments(0)
a0212807_2353124.jpg現在公開中の映画「ゼロ・グラビティ」を見ました。
原題は、「Gravity(重力)」、そのグラビティ(重力)をもつ地球から600㌔上空の大気圏外、つまり「ゼロ・グラビティ(Zero-Gravity 無重力)」空間の宇宙が映画の舞台です。
私は、普段‘3D’で映画を見ることはありませんが、この「ゼロ・グラビティ」だけは、‘3D’(3Dプレミアム300円+3Dメガネ100円)でご覧になることをお薦めいたします。
(予告編:こちら
アルフォンソ・キュアロン(1961-)製作・脚本・監督による渾身のSF映画(3Dはアバター以来でした)で、漆黒の宇宙空間を漂う宇宙ステーションや老朽化した人工衛星の浮遊感には、驚きました。
真空の宇宙の闇に‘重力による大気’に包まれた美しい惑星「地球」のリアリティもすばらしく、宇宙映像の新境地と称賛します。
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名匠スタンリー・キューブリック監督の1968年SF映画の傑作「2001年宇宙の旅」(こちら)から45年‥「2001年宇宙の旅」と比較できる新しいSF映画が、やっと製作されました。
「2001年宇宙の旅」は、宇宙ステーションの中が、映画の舞台でした。
a0212807_2358758.jpg「ゼロ・グラビティ」は、宇宙ステーションの外が主たる舞台、それこそ無限に広がる漆黒の真空(暗黒の闇)つまり宇宙が、舞台です。
映画のプロットは、地表から600㌔上空の宇宙に浮かぶ宇宙ステーションの外で作業中の宇宙飛行士を突如襲う‘宇宙の恐怖’を‘3D’の立体映像で映画を見る人たちに体感させ、同時に宇宙空間で遭遇した恐怖と回避できないパニックの臨場感を体験してもらう仕掛けになっています。
スパイ衛星を爆発させた破片(宇宙ゴミ)が、宇宙を超スピードで飛散、宇宙ステーションを次々に襲うリアルなa0212807_23583328.jpg光景は、‘3D’の迫力と相俟って思わず目を瞑(つむ)ってしまいます。
映画では、必死に難を逃れ乗り込んだ帰還ロケットの中で苦手な操縦に知恵を絞り、奇跡的に唯一人生き残った女性医学者(役:サンドラ・ブロック)が、「Gravity(重力)」のある地球に帰還するまで描いています。
出演するのは、サンドラ・ブロック(1964-)とジョージ・クルーニー(1961-)の二人、ほとんどがサンドラ・ブロックa0212807_2359424.jpgの宙を漂う無重力(ゼロ・グラビティ)シーンで、本当に無重力の中で撮影したようなリアリティある見事な演技でした。
来年2月のアカデミー賞主演女優賞は、サンドラ・ブロックで決まりではないでしょうか?
私の記憶に残る女優サンドラ・ブロックの印象は、1994年「スピード」、1997年「スピード2」あたりからです。
ジョージ・クルーニーは、2000年からプロデューサーとしても活躍、2002年「インソムニア」(製作総指揮、主演アル・パチーノ)、2005年「シリアナ」(製作総指揮、助演しアカデミー賞助演男優賞受賞、主演マット・デイモン、)、2007年「フィクサー」(製作総指揮、主演)、2012年「アルゴ」(製作、監督ベン・アフレック こちら)など秀作を次々に製作しています。
by blues_rock | 2013-12-26 00:41 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_053645.jpg今夜のシネマの世界は、「ミステリーズ 運命のリスボン」(こちら)のラウル・ルイス監督が、脚本を書き2006年に監督した作品「クリムト」(オーストリア・フランス・ドイツ・イギリス合作)を紹介します。
名匠ラウル・ルイス監督が、「ミステリーズ 運命のリスボン」で見せてくれた映像への徹底した時代考証へのこだわりは、「クリムト」の時すでに見られ、古都ウィーンの路地裏の石畳、当時ヨーロッパを席巻したジャポニスム美術品が溢れる貴族屋敷の室内、絢爛豪華な貴族衣装、映画に映る大道具や小道具などのディテールに至るまでルイス監督は、細心の注意を払い撮影しています。
19世紀末から20世紀初頭にかけてハプスブルグ家ハンガリー=オーストリア帝国の首都ウィーンで活躍した天才画家グスタフ・クリムト(1862-1918没 享年56才)の目を通したヨーロッパの世紀末が描かれています。
a0212807_0555715.jpgルイス監督は、当時の帝政ヨーロッパ貴族社会が、醸し出す退廃的な閉塞感、ヨーロッパを席巻したジャポニスム美術の影響による精神の解放感、市民階級の登場を予感させる新世紀への躍動感をリアリズムに徹しながら表現、‘さすが名監督’と拍手したくなるような芸術a0212807_13326.jpg的な演出センスを随所で見せます。
ルイス監督が、クリムトの絵画からインスピレーションを得て映像にしたと推察されるシーン‥映画に何度も登場するカガミが、割れて万華鏡を見るようなカット割りは、病院の集中治療室で死を前にクリムトの虚構(幻覚)と現実が入り交じるシュールな潜在意識(パラノイア発症)を象徴的に表現しています。
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映画の大切な要素に“水の音”が、音響として通奏低音で流れ、クリムトの意識の幻覚と現実の映像効果に貢a0212807_18381.jpg献しています。
映画は、1918年脳卒中で倒れたクリムト(ジョン・マルコヴィッチ 1953-)を病院に見舞うのは、28才年下の友人にして愛弟子のエゴン・シーレ(1890-1918没 享年28才) ただ一人でした。
エゴン・シーレを演じたニコライ・キンスキー(詳細不明ながらナターシャ・キンスキーの弟とか)が、ルイス監督の演出による指導もあるのでしょうが、エゴン・シーレの肖像画(下の絵)から抜け出したようで驚きました。
クリムトは、死の床でパラノイアの発作に苦しみ、朦朧(もうろう)と混濁した意識の中でウィーンでの栄光と挫折の人生が蘇りました。
クリムト(左写真)は、生涯独身でしたが、クリムトの子供は、20人とも30人とも言われるくらいモデルや売春宿の女たちと自由奔放な性的関係を持ってa0212807_19210.jpgおり、馴染みの売春宿の女将が、クリムトに若い娼婦を「グスタフ、あなたの娘よ」と紹介しても‘ほお、そうかい’というような顔をするだけでした。
「触らなければ絵は描けない」とクリムトのアトリエには、いつも数人から十数人の全裸女性が、暮らしていたそうです
クリムトの絵画は、「エロス(生=性愛)とタナトス(死=自壊)」を表現した象徴として美術史に位置付けられていますが、確かに退廃的で破滅的な人生でした。
映画の中でクリムトは、他人には見えない自分の幻影(大使館の書記官)に導かれるように自分の“ファム・ファタル”となる魅惑的な女性レア(サフロン・バロウズ 1972-)に遭い心を奪われてしまいました。
ルイス監督の演出は、クリムトが、当時感じたであろう世紀末ウィーンの刹那的な雰囲気を表現するためシュールなイメージのカットをたくさん撮影し、そのカット割をシークエンス(シーンの連続)にする編集
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方法で、晩年梅毒に苦しんだクリムトの支離滅裂なパラノイア幻覚を映像にしました。
by blues_rock | 2013-12-25 00:05 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
イタリア、フランス、アルジェリア合作の2012年映画「最初の人間」は、フランス領アルジェリア出身の作家アルベール・カミュ(1913~1960没、自動車事故死 享年46才)の遺作を映画化したものです。
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カミュは、パリで学び人間と社会の‘不条理’をテーマにした小説を書き、「異邦人」・「ペスト」などで世界的に有名になり、43才の時ノーベル文学賞を受賞、戦後最年少のノーベル文学賞受賞者になりました。
a0212807_17413443.jpgカミュは、自伝的小説「最初の人間」を執筆中、パリ郊外で自動車事故に遭い死亡、ノーベル文学賞を受賞してわずか3年、46才の短い生涯でした。
映画は、カミュの分身である主人公のフランスの有名な小説家ジャック・コルムリが、1957年夏、久しぶりに自分の故郷であるフランス領アルジェリアに帰郷したところから始まります。
a0212807_17422946.jpg当時のアルジェリアは、フランスからの独立を巡って激しい紛争(内戦)が続いていました。
アルジェリアを故郷と想い、自分をアルジェリア人と思うジャック・コルムリは、アルジェリアの大学で講演を行ないアルジェリア人の独立運動に一定の理解を示します。
フランス領アルジェリア県の独立に反対するフランス人入植者・フランス民族主義者・右派の学生から激しい抗a0212807_17485788.jpg議を受けたジャック・コルムリは、回りが止めるのも聞かず早々に大学を出て、アルジェリア人過激派(イスラム民族解放戦線)の爆弾テロが、起きている危険な紛争地帯で一人暮らす老いた母を訪ねました。
フランスで作家として名を成したジャック・コルムリは、この地で暮らす老いた母に被害が及ぶことを恐れ、パリへ移住するよう母を説得しますが、彼の母もまた‘ここ(アルジェリア)が故郷だ、自分のことは心配いらない’と息子の願いを断りました。
a0212807_1749328.jpgジャック・コルムリは、自分が子供のころ暮らした懐かしい風景を見て貧しかった少年の頃を憶い出し街に出ました。(予告編:こちら
映画のシーンでジャック・コルムリが、アルジェリアのラジオ番組に出演し爆弾テロを行なうアルジェリア人過激派(イスラム民族解放戦線)へ「私は、正義を信じる。だが私は、正義より前に母の命を守る。」と抗議のメッセージを行ないます。
a0212807_17505050.jpgジャック・コルムリのメッセージこそ作家として‘人間とは何か?’を問い続けたカミュが、遺作となった「最初の人間」に書こうとしたその答えではないかと思います。
監督は、フランスの名匠ジャンニ・アメリオ監督(1945~)、主人公のジャック・コルムリ(アルベール・カミュの分身)を名優ジャック・ガンブラン(1957~)が、品のある凛とした姿勢で名演しています。
ジャック・ガンブランは、1999年「クリクリのいた夏」(こちら)、2013年「ブラインドマン その調律は暗殺の調べ」に主演、それぞれ性格の違う主人公(前者は流れ者の復員兵、後者は一匹狼のベテラン刑事)を好演していますので、映画好きの方にお薦めいたします。
(左写真:アルベール・カミュ)
by blues_rock | 2013-12-24 00:04 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
マーティン・スコセッシ監督(1942-)がメガホンを取り、ポール・シュレイダー(1946- 1976年「タクシードライバー」の脚本担当)が脚本を書き、ロバート・デ・ニーロ(1943-)が主演するとなれば、これで胸ときめかす映画が一巻誕生することを約束してくれたようなもの、このトリオの才能は、それくらい秀でています。
a0212807_0473284.jpgもし私が、何の映画情報もなく映画を見る場合、私の好きな「監督・脚本・俳優」の3条件をクリアすれば、その映画は見るでしょう。
まさに「レイジング・ブル」(1980)は、私の条件にピッタリで、映画のプロット・映像・ストーリーなど(これも映画の大切な要素ながら)は、映画を堪能しながらチェックします。
「レイジング・ブル」は、モノクロ(ゼラチン・シルバー)・フィルムで撮影(ところどころカラー映像が挿入)されています。
映画は、実在のプロボクシング元ミドル級世界チャンピオン、ジェイク・ラモッタ(1921-)の栄光と挫折に満ちた波乱万丈の半生を描いています。
ジェイク・ラモッタは、プロボクシング史上最もタフな選手と言われ、相手と打ち合っても恐れを知らぬ闘争心は、ブル・ファイトと称され‘レイジング・ブル’(怒れる牡牛)と呼ばれていました。
類稀(たぐいまれ)なるタフな体力、打たれてもダウンしないスタミナをもった主人公のプロボクサー、ジェイク・
a0212807_05262.jpgラモッタをロバート・デ・ニーロ(当時27才)が、演じました。
現役のボクター時代のラモッタとボクシングを辞め肥満したラモッタの両方を演じたロバート・デ・ニーロは、太ったラモッタを演じるため体重を27キロ増やして役作りをしました。
俳優が、配役された人物に成るため、その人物の性格や特長を研究、さらに身体の構造を道具のように誂(あつら)えることを「デ・ニーロ・アプローチ」と呼び、その演劇メソッドは、多くの俳優たちに影響を与えました。
ロバート・デ・ニーロは、「レイジング・ブル」の主人公ジェイク・ラモッタをリアルに演じアカデミー賞主演男優賞を受賞しました。
映画では、ジェイク・ラモッタのライバルで彼と6度対戦し、5勝1敗の成績を収めた実在のプロボクサー、シュガー・レイ・ロビンソン(1921-1989)には、あまり触れられていませんが、彼もまたボクシングの目利きや愛好家の評価は高く、階級を越えたプロボクシング史上最高のボクサーと言われています。
ジェイク・ラモッタのマネーシャー兼セコンドとして下積みの兄を必死で支える弟を演じたジョー・ペシ(1943-)
a0212807_0524733.jpgも見事でした。
彼は、世界チャンピオンになった兄ジェイクの自分勝手な行動に振り回されながら庇(かば)い切れず精根尽き果て、ついに兄を見捨てる弟の苦悩を好演していました。
by blues_rock | 2013-12-23 00:40 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
国(厚生労働省)は、高齢者介護の理念に‘高齢者個人の尊厳’を謳い、高齢者が長年住んだ地域で暮らし続ける‘地域密着’を推進する高齢者在宅介護の推進を掲げていますが、国家としての負うべき国民(主権者=納税者)福祉義務を地域社会(地方自治体)に押し付けようとしているだけの高齢者介護政策で本末転倒、介護予算の財源も人的体制もない市町村は、地域の善意・好意の旗を振り、無償の‘ボランティア介護’に依存する高齢者介護を美辞麗句で推進するでしょう。
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金(予算)のないところに介護なし、つまるところ家族の高齢者は、在宅で家族の自己責任により介護せよと言っているも同じことです。
ならば、国家予算の執行権も含め「厚生労働省は要らない」と思います。
介護現場は、介護保険制度のウソ八百の欺瞞と詭弁の狭間で悩み苦しんでいるというのが、現実です。
十人十色と言いますが、高齢者介護の背景には、100人の高齢者には、100パターンの人生模様と家族実態が
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あり、介護の区分けはできても同じ高齢者がいないように同じスタイルの介護はありません。
とくに認知症疾患のある高齢者こそ十人十色‥認知症は、脳の病気なので認知症の発症パターンが違い(こちら)、ついては認知症高齢者の介護対応もそれぞれ違いますので、認知症患者への適切な対応は‘現場経験’の介護キャリアこそ大切な財産(たから)です。
認知症の高齢者の介護は、家族にはムリ‥見当識障害・徘徊・不潔生活などの介護に対処する家族が、精神
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的にも経済的にも追い詰められていきます。 (上図:国の財政赤字の推移を表したグラフ、日本は‘最悪’)
「何度言ったら分かるの!」とついカッとなって我を忘れ虐待したり、疲れ果てて拘束したりする事実を介護当事者ではない者が、上辺で非難したり責めたりする資格はありません。
高齢者を抱える家族にも十人十色の家族の風景があり十編の愛憎ドラマを見る思いです。
家族にもそれぞれの生活があり「自分で介護するより一割負担なら安い、‘厄介払い’にできるだけ介護施設をa0212807_11583796.gif利用しよう」というドライな家族、高齢者の介護などマッピラながら高齢者の資産・財産ネライで同居(骨肉の遺産相続争いで拉致同然のケースもある)し、低コストの介護施設に世話を‘丸投げする’家族、親の年金を家族の生活費に充当、高齢者の清潔のための入浴介助費一割負担の50円さえも認めない家族など枚挙に暇(いとま)がありません。 (上図:国家100年の国債発行推移‥戦争時を超える累積赤字、国家崩壊前夜?)
家庭に年寄りの居場所がなく老人は、家族の中で弱い立場ながら、人生で蓄えた年金受給資格や資産・預貯金があります。
a0212807_123089.jpgわが国の介護保険制度は、早晩40才未満の若年層にも及び勤労者全員の給与から介護保険料が、強制徴収されることになると推察します。
併せて2015年(平成27年)4月改定の自己負担率20%もいずれ医療保険と同じ自己負担30%になるでしょう。
高齢者介護の現場レポート(中)の冒頭で要介護Ⅱの自己負担コストを書きましたが、自己負担20%になると3万円から4万円、30%では、4万5千円から6万円、これプラス食事代・介護用品代・宿泊料など自費分が加算された利用料になり、いよいよ地獄だけではなく「介護の世界も金次第」になりました。 (上写真:福岡市城南区の友泉亭)
これまで正直に納税して来た高齢者の皆さん、これから高齢者になる‘明日はわが身’の皆さん、国税予算に厳しい監視の目を光らせ、政治(国策)に自己主張し、自分の資産・預貯金などの財産は、自分の最期のために使って欲しいと思います。
参考サイト:ワムネット‥福祉医療機構が運営する福祉・保健・医療の総合情報サイト
by blues_rock | 2013-12-22 00:55 | 高齢者介護(認知症) | Comments(0)