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心の時空

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a day in my life

<   2013年 08月 ( 31 )   > この月の画像一覧

九州に台風15号が接近するさ中、雨ニモマケズ、風ニモマケズ、イオン・シネマ大野城で21時30分からのレイトショウ「ホワイトハウス・ダウン」を見てきました。
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ローランド・エメリッヒ監督(1955~)の作品は、20年くらい前から新作が封切られるとすぐに見てきました。
1994年「スターゲイト」、1996年「インデペンデンス・デイ」、1998年「ゴジラ」、2004年「デイ・アフター・トゥモロー」、a0212807_17184441.jpg2009年「2012」、2011年「もうひとりのシェイクスピア」(こちら)、2013年「ホワイトハウス・ダウン」と大作で見応えある作品が並びます。
エメリッヒ監督の撮る映画のほとんどが、監督だけではなく脚本または製作で関わっており、自分の撮る映画のプロットへのこだわりを強く感じます。
a0212807_17192367.jpg現在(2013年8月)上映中の新作「ホワイトハウス・ダウン」(オフィシャルサイト こちら)も1988年「ダイ・ハード」(ジョン・マクティアナン監督)に始まるハリウッド大作スリル&サスペンス・アクション映画の系譜を踏まえながら、自分の1996年作品「インデペンデンス・デイ」のプロットにある‘カッコイイアメリカ大統領’の要素をシンクロさせ「ホワイトハウス・ダウン」を製作a0212807_172073.jpgしました。
映画は、現在上映中なので、ぜひ劇場の大型スクリーンでスリルとサスペンス、手に汗握るアクション・シーンを堪能して欲しいと思います。
「ダイ・ハード」でブルース・ウィルスの演じたタフガイを若手俳優チャニング・マシュー・テイタム(1980~)が演じ、「インデペンデンス・デイ」で自ら戦闘機のパイロットとなり、宇宙人と戦ったアメリカ大統領をa0212807_17274968.jpg今回ジェイミー・フォックス(1967~)が、一味違った普通の人間として等身大の‘カッコイイアメリカ大統領’を演じています。
マギー・ジレンホール(1977~)も主人公二人をアシストする大統領特別護衛官として出演しています。
映画とは言え、武装したテロ集団が、アメリカ議会やホワイトハウス(大統領府)を容赦なく爆破し、ホワイトハウス内に大統領ほかa0212807_1728228.jpg政府閣僚や民間人を人質にして立てこもりアメリカ軍と激しい戦闘を行ないホワイトハウス(の建物)が、次々に破壊され、星条旗(国旗)も破れていくそのリアルな映像にイチャモンを付けないアメリカという国は、度量の大きな国だとしみじみ思いました。
日本なら狭量で国粋的な政治家や組織が、きっと‘手口が悪い’とクレームをつけ大騒ぎすることでしょう。
by blues_rock | 2013-08-31 23:10 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_1521312.jpg2013年2月日本公開の「悪人に平穏なし」は、2012年スペイン映画のアカデミー賞と言われるゴヤ賞において作品賞・監督賞など6部門で受賞を果たしました。
典型的なフィルム・ノワール(犯罪映画)で、監督・脚本は、スペイン映画の中堅監督エンリケ・ウルビス(1962~)です。
私は、エンリケ・ウルビス監督作品を初めて見ました。
ウルビス監督の演出は、クールでリアル重視の戦闘シーンを連続させ、その描写に余計な説明やセリフを入れないので、ストーリーにテンポがあり、見ている側の緊張感を持続させます。
映画は、ウルビス監督が2004年マドリッドで実際に起きた同時多発テロ事件をベースにこの映画の脚本を書き、濃厚なハードボイルド&サスペンス映画に仕立てました。
主人公のサントス(ホセ・コロナド)は、元特殊部隊の精鋭でしたが、作戦中のトラブルで左遷され失踪人捜査課に所属する中年刑事です。
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失意の過去に屈折したサントス刑事は、犯罪捜査中にも関わらずラムをガブ飲みし泥酔して立ち寄った深夜のバーで‘ちょっとした間違い’により、彼はコロンビア人の店主ら怪しげな3人の男女を撃ち殺してしまいました。
a0212807_1525328.jpgサントスが、殺人現場の証拠隠滅を図っているとき、隠しカメラで殺人の一部始終を目撃していた男を取り逃がし、その行方を追っているうち、バーのコロンビア人たちは、麻薬取引の犯罪組織に関わっており、彼らがイスラム原理主義グループの大規模なテロ計画を支援していることが分かりました。
サントス刑事は、自分を調査している女性判事と上司にシレッとウソをつき、失踪人捜査と偽りながら、次第にa0212807_1532057.jpg眠っていた元特殊部隊員の任務意識と正義感に突き動かされるように、犯罪組織とテロ・グループの誰彼一切容赦なく殺して行く野獣のような刑事になりました。
最後のシーン、サントス刑事が、刺され撃たれて全身血まみれになり死んだその姿を見ると彼は、自分の過去にケジメをつける死に場所を長い間探して、やっとその場所に行き着いたような安堵した表情をしていました。
by blues_rock | 2013-08-30 23:57 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_17184760.jpgフランスの新鋭ステファン・ロブラン監督(1970~)が、2012年42才のときに監督(ならびに脚本)した長編映画第2作目の作品で、脚本に5年をかけて映画プロットのディテール(細かいところ)を念入りに検証しながら書いたとインタヴューに応えていました。
ロブラン監督は、43才と若く過去に長編映画1作を撮っただけのキャリアですが、フランスも日本と同様、深刻となった高齢者介護の問題をリアルに描き、同時にフランス映画伝統のユーモアとエスプリを忘れないセンス溢れるヒューマンなコメディ映画にしました。
主演するのは、40年ぶりにフランス映画に出演する75才のジェーン・フォンダ(1937~アカデミー賞主演女優賞を2度受賞)、チャップリンの娘ジェラルディン・チャップリン(1944~)2人の女優とフランスの俳優3人合わせて5人の高齢俳優、これにドイツの若手俳優ダニエル・ブリュール(1978~)が、犬の散歩のために雇われた学生役でベテラン俳優たち5人を相手に好演しています。
a0212807_17292598.jpg映画の舞台は、パリ郊外の一軒家で5人の高齢者と一人の若者が「共同生活」を始めました。
女性2人+男性3人=高齢者5人の関わりは、40年以上前からと長く、そのうち2組は夫婦でパートナーの女性2人には、若いときにヴァンチュール(恋の火遊び)をした過去があり、そのことを40年間夫に黙っていました。
今では皆な年老いて、認知症であったり、心臓病発作を心配したり、末期ガンを患い(名女優ジェーン・フォンダa0212807_1832465.jpgが手術を拒否し自分の死期を自覚した高齢者を好演)孤独や不安を抱え悩んでいました。
ある日、病気で入院した友だちの1人を見舞った4人は、病院の不自由な生活にわが身の行く末を想像し咄嗟に友たちを病院から連れ出して一緒に暮らし始めたのが、「共同生活」の発端でした。
犬の散歩に雇った学生も言い包(くる)め、身の回りの世話係として「共同生活」に無理やり引き入れました。
a0212807_17302729.jpg個人主義の国フランスらしく、一軒家で「共同生活」のルールも決めずにすべて自分の自由、トラブルは、その都度話し合って解決することにしました。
「共同生活」がスタートすると次第に意見の対立も始まりました。
75才のジェーン・フォンダ(上写真)は、老いても魅力たっぷりで、若いときパリでモデルをし女優となり生活していただけあってフランス語も流暢、その‘粋なフランス女性振り’に見惚れてしまいました。
a0212807_1865672.jpg映画のエンディングもなかなかシャレていました。
新鋭ロブラン監督の卓越した演出センスが光りました。
「みんなで一緒に暮らしたら」の公式サイトは こちらです。
by blues_rock | 2013-08-29 19:42 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_22343034.jpg筑後川は、阿蘇外輪山‘瀬の本高原’と九重連山‘飯田(はんだ)高原’を水源とし九州4県(熊本・大分・福岡・佐賀)を流れ、143㌔の長い旅をして有明海に注ぎます。
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瀬の本高原水源の杖立川、飯田高原を水源とする玖珠川は、日田で三隈(みくま)川と合流し筑後川になります。
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日田で水を湛えた筑後川は、浮羽で耳納(みのう)連山に沿って流れる巨瀬(こせ)川と合流し朝倉へ流れます。
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巨瀬川は、耳納(みのう)連山の山麓に広がる豊かなぶどう・柿・梨など果樹園を営む灌漑用水として地域に貢献しています。
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筑後川は、朝倉一帯の大切な農業用水としても利用され、「三連水車」(全国で唯一現役で働いている三連水車)が、川の水を水田に引いています。
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久留米市は、筑後川中流の都市で、筑後川の豊かな水と水路が久留米市を商業都市として発展させました。
久留米市は、ゴム産業(ブリジストン発祥の地)や久留米絣(かすり)・籃胎(らんたい)漆器などの工芸品でも有名です。
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筑後川下流には、東アジア(中国東シナ海沿岸と有明海)の汽水域(きすいいき)の川にしか生息しない絶滅危惧種の魚「斉魚(エツ)」( こちら)が、生息しています。
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初夏の短いシーズン期間限定でエツ漁が解禁され、久留米市城島に行けば‘エツ料理’が味わえ、‘エツの南蛮漬け’は、私の大好物です。
大川市の「筑後川昇開橋」(重要文化財)の向こうは、有明海です。
by blues_rock | 2013-08-28 23:00 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(0)
a0212807_1372389.jpg歴史の年月で言えば、今からわずか29年前‥この映画「善き人のためのソナタ」(2006)が製作される22年前の1984年、当時社会主義国家東ドイツの首都東ベルリンが、物語の舞台です。
映画は、今のドイツでは考えられない、とくに日本で暮らす私たちには、到底信じられない当時の東ドイツが行なっていた‥国家が、自由を求める国民を監視し、脅迫や拷問で密告させ(夫婦や家族でさえ密告させていた)弾圧していた当時の過酷な市民生活をリアルに描いています。
映画「善き人のためのソナタ」は、ドイツ映画の新鋭アン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク監督(1973~)が、33才の時ミュンヘン映像映画大学の卒業作品として脚本・監督した長編第1作目の映画と言いますからその才能に驚きます。
「善き人のためのソナタ」は、アカデミー賞外国語映画賞ほか多くの映画賞を受賞しています。
ドナースマルク監督の映画センスと演出力と併せて秀悦なのが、この映画の主人公秘密警察シュタージの大尉a0212807_1415599.jpgを演じたウルリッヒ・ミューエ( 1953~2007 病没54才)の無表情な淡々とした演技と目で表す抑制した感情表情が、とにかくすばらしい映画でした。
1989年にベルリンの壁が崩壊する5年前の東ベルリンでは、まだ国家保安省(秘密警察組織 シュタージ)が、文学や演劇・音楽など芸術の自由な表現を求める市民たちを国家治安を脅かす反体制活動家として次々に逮捕、残酷な拷問し自白させ、自白しない場合証拠を捏造(デッチあげ)して国家反逆罪の濡れ衣を着せ、強制収容所に送っていました。a0212807_1463818.jpg
映画は、秘密警察シュタージに所属し社会主義国家に理念をもち忠誠を誓う真面目で優秀な大尉が、映画の主人公です。
大尉は、もう一人の主人公である劇作家とその恋人の舞台女優が同棲するアパートに盗聴器を仕掛け劇作家と恋人、その回りにいる人間を昼夜監視し、反体制の証拠を掴むよう上層部から命じられました。
盗聴命令の理由は、国家保安省大臣が、舞台女優に横恋慕しており自分の浮気相手をさせるため、劇作家に反体制の疑いをかけ、その証拠を見つけよという理不尽なものでした。
大尉は、上官から命令されるまま劇作家たちの私生活を徹底的に盗聴、監視し始めました。a0212807_1503764.jpg
大尉は、ひとり屋根裏部屋に設置した盗聴室にこもって劇作家と恋人の日常生活を執念深く、二人のセックスの様子まで洗いざらい盗聴記録し上官に報告しました。
また劇作家の仲間たちが彼の部屋に集まり、演劇や文学など芸術について語り合う会話も盗聴し逐一チェックしながら国家反逆罪の証拠を捜しました。
盗聴を続けていたある夜のこと、劇作家の弾くピアノ曲‘善き人のためのソナタ’が、盗聴していた大尉にも聴こえ、そのピアノソナタに感動した大尉の目に涙が溢れました。
a0212807_1531675.jpg劇作家は、反体制運動の極秘活動をしていましたが、秘密警察シュタージの徹底した監視と盗聴さらに密告(脅迫された恋人の裏切り)されながら生き延びました。
ドイツ統一後、作家になった彼は、シュタージが残した膨大な自分の記録を調べ不思議な事実を発見しました。
映画のドイツ語原題は「他人の生活」、国家権力のおぞましい盗聴をテーマにしながら日本語タイトルは、なぜ「善き人のためのソナタ」なのか、映画を見終えると分かります。
暗く重苦しい夜が明け、清々しい朝の光を見たような映画のラストシーンには、感動しました。
by blues_rock | 2013-08-27 01:35 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
俳優ベン・アフレック(1972~)は、役柄に応じた手堅い演技力により映画ファンに高く評価されています。
併せてベン・アフレック35才のとき映画監督としてデビューした2007年作品「ゴーン・ベイビー・ゴーン」は、初監督らしからぬ構成の上手さで映画ファンを驚かせました。
さらに監督第2作「ザ・タウン」(2010 こちら)、第3作「アルゴ」(2013 こちら)と続き、俳優としてのみならず監督・脚本・製作の才能も開花させていきました。
a0212807_2223423.jpgそのアフレック監督が、長編映画初挑戦とは思えないくらいクールな演出センスと表現テクニックで‘4才の少女誘拐事件’をシリアスな社会問題として告発しています。
映画「ゴーン・ベイビー・ゴーン」に、犯罪映画につきものの極悪人は登場しません。
アフレック監督の才能を最も感じたのは、‘4才の少女誘拐事件’という‘犯人はダレか?’のミステリー性と少女誘拐のサスペンス性を同時に進行させながら、映画を見ている者に“本当に正しいことは何か?”を問いかけてきます。
映画でアフレック監督は、いまのアメリカ社会の暗部を映し出し、登場人物たちは、社会の闇の中でうごめきながら本性(エゴイズム)を露わにしていきますが、これは映画の見どころなので、ぜひ映画でご覧ください。
彼らは、お互い自分の立場(正義感・人生観)で「人間の正義とは何か?真の幸福とは何か?」を葛藤させ苦悩させながら、正にタイトルどおり「ゴーン・ベイビー・ゴーン(愛しき者はすべて去りゆく)」でラストに向かいます。
a0212807_22352153.jpgアフレック監督は、映画を見る人たちの心に重い問いかけを残して終わるシリアスな映画ながら、それぞれのシーンを手抜きせず、プロットをきっちり丁寧につないで行きます。
配役は、誘拐された少女を捜索する私立探偵にアフレック監督の実弟ケイシー・アフレック(1975~)、相棒で恋人にミシェル・モナハン(1976~)、少女誘拐事件捜査の指揮をとる実直な警部役をモーガン・フリーマン(1937~)、事件捜査担当ながら強引な捜査をする刑事役をエド・ハリス(1950~)など名優ぞろいのキャスティングだけでもこの映画を見たくなります。
誘拐された少女の母親を演じたエイミー・ライアン(1969~)が、すばらしく警察やテレビカメラの前では「悲劇のa0212807_22355337.jpg母」を演じているものの、実はアルコール依存症でクスリ漬け、男にだらしなく(シングルマザー)、幼い娘に対する育児放棄行為を過去に何度も行い、実の娘が誘拐されているのに警察にも、親族が雇った私立探偵にも非協力的で、ダレがどう見ても母親の資格はないアバズレ女を怪演しています。
エイミー・ライアンは、誘拐された少女の母親の演技が高く評価され、14の映画祭で主演助女優賞を受賞しています。
アフレック監督は、出身のボストンに愛着があるようで「ゴーン・ベイビー・ゴーン」では、映画の舞台をボストンにし、脇役やエキストラとして地元ボストンの人たちを出演させ、続く「ザ・タウン」もボストンを舞台にしたクライム・アクション映画です。 (下写真:映画撮影中のベン・アフレック監督)
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嘆かわしいのは、2007年封切り映画でしたが、ミステリー・サスペンス映画としては、少し地味なうえストーリーがシリアスでシビアな社会問題ということで日本のどの映画会社も配給をパスし封切り当時、日本では劇場未公開の映画でした。(独り言:日本の映画配給会社のレベルは、まだまだ低いなあ‥。)
by blues_rock | 2013-08-26 22:30 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
日本国憲法(こちら)第3章第12条の条文に「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の普段の努力によって、これを保持しなければならない。」と「国民の権利及び義務」を明記しています。
国民が、自らの権利とそれに付帯する義務を認識し、普段から実践する努力しなければ「国民の権利及び義務」は保護されないと日本国憲法に記載されています。
a0212807_21455820.jpgいま国会も世論も、わが国の防衛(安全保障)をめぐり自衛隊によるアメリカ軍や国連軍との「集団的自衛権」が、憲法第2章 第9条 「戦争の放棄」に違反する行為ではないかと侃々諤々の論争をしています。
これについて第9条の1と2をそのままに、新たに3と4の「修正条項」を追加すれば良いというのが私の意見です。
「3 国土を侵略し国民の生命と財産を破壊する国および勢力に対する正当な防衛自衛権は担保する。」と「4 自衛権の行使は自衛隊を以って実行する。」を修正追加条文にするという意見です。(参考:「日本国憲法と第9条のこと」 こちらをご覧ください)
日本人同胞に申しあげたいのは、終戦後68年間、私たちは「戦争のない、徴兵制のない」平和な奇跡の時代を生きて「自由および権利」を謳歌してきました。
その間「自由と権利」(メリット)の享受に不可欠な「義務」(ノルマ)をきちんと遂行してきませんでした。
a0212807_21473225.jpgいま私たちを取り巻く現況(現在の世相)を冷静に眺めると、私たちの行く手に安心できる未来や国の将来に希望があるとは、到底思えません。
「隗より始めよ~参議院選挙雑感」(こちら)でも書きましたが、私たちの権利は、「選挙権」の行使だけです。
選挙に行かない、選挙で投票しない行為は、選挙を棄権することで棄権者になること、つまり自己の「権利の放棄者」になることなので、自分の生命も財産も‘他人に預ける’という意思表明になります。
先般の自民党老国会議員の妄言「ナチスの手口に学んだらどうか」(こちら)にある手口とは、自分の政敵や反対党支持者の棄権(権利の放棄者)を増やし、国民(無党派)に愛国(または憂国)を煽り、政敵を粛清、反対党を弾圧し、ある日ドイツ国民が気が付いたらナチス(国家社会主義ドイツ労働者党)一党独裁となり党首ヒトラーをフューラー(国家a0212807_21514712.jpg指導者)と叫ぶファシズム国家になっていた、この手口に学んだらどうかと言いたかったに違いありません。
ある日軍靴の足音が、聞こえた時、国民の「自由と権利」は消滅します。

付録:この3枚絵画は、ナチスドイツから「退廃芸術」の烙印を押され排斥された芸術作品の事例です。
ちなみにメンデルスゾーンやマーラーもユダヤ人である理由で「退廃音楽」とされ演奏を禁じられ、ジャズもまた黒人音楽であることから「退廃音楽」とされ排斥されました。
軍服が好きな者と抹香臭い人に、芸術への感性豊かな人はいないことを人類の歴史は、証明しています。
by blues_rock | 2013-08-25 00:11 | 経済/政治/世界 | Comments(0)
ローランド・エメリッヒ監督(1955~)が、お馴染のSF&パニック大作映画から脱して歴史ミステリー映画「もうひとりのシェイクスピア」(2012年日本公開)を撮りました。(映画のオフィシャル・サイトと予告編 こちら
a0212807_23243866.jpgウィリアム・シェイクスピア(1564~1616)は、演劇戯曲史上最高の劇作家です。
シェイクスピアは、当時からロンドンの人気劇作家でソネット詩の名人としても有名でしたが、彼の生涯は、多くの謎に包まれています。
シェイクスピアの作品は、史劇・悲劇・喜劇のどれをとっても傑作ばかりで「リチャード3世」・「ハムレット」・「マクベス」・「オセロ」・「リア王」・「ロミオとジュリエット」・「ベニスの商人」・「真夏の世の夢」・「ジュリアス・シーザー」とざっと思いつくまま述べただけでも作品名を知らない人はいないでしょう。
それほどの大作家なのに“直筆原稿は1枚も残されていない”のは不思議です。
エリザベス1世・ジェームス1世が、パトロンであった‘国王一座’が上演する戯曲のほとんどを彼が執筆、また劇団の共同経営者として多くの契約書や遺言状が、残されているものの署名は、6種の異なったサインです。
そういう歴史的な背景もあり‘ウィリアム・シェイクスピア別人説’の謎に迫ったのが、この映画「もうひとりのシェイクスピア」です。
a0212807_23315269.pngエメリッヒ監督は、劇作家‘ウィリアム・シェイクスピア’をペン・ネーム(匿名)であると仮説、良く知られているシェイクスピアは、実はダミー(偽者)であるというシェイクスピア別人説をプロットにして興味深い歴史ミステリー映画にしました。
事実シェイクスピアの人柄について、ほとんど何も知られていません。
‥シェイクスピアの作品は、なぜ王侯貴族ばかりが登場人物なのか?
‥ストラトフォードという田舎生まれであるシェイクスピアが、イタリア(ベニス、ローマなど)やデンマークに長期a0212807_2332573.jpg滞在して生活できたのか?
シェイクスピア作品の作者には、ウィリアム・シェイクスピアといわれた当人が身に付けた教養をはるかに超える学識(大英帝国の法律や数か国の外国語、近代科学など)があったと推察され、ストラトフォードという田舎で生まれた皮手袋製造業者の息子が、ヨーロッパを自由に旅し、王侯貴族と交わり、彼らの生涯と人間心理の機微を天才的な表現力で書けたとは思えません。
ペンネーム‘ウィリアム・シェイクスピア’論争には、諸説ありますが、オックスフォード伯爵エドワード・ド・ヴィアー(1550~1604 上肖像画)か、同時代の哲学者フランシス・ベーコン(1561~1626)この二人のいずれかが、本命でしょう。
王侯貴族始めあらゆる人間心理の機微、心のひだをあれほどまで正確に精緻に描いたウィリアム・シェイクスピアの実像は?‥シェイクスピア・ファンの方にぜひお薦めしたい映画です。
by blues_rock | 2013-08-24 23:23 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
国家として盤石の国体「自由と民主主義」のシステムを堅持するためには、国民ひとり一人が、「権利と義務」のバランス意識をもち、普段から「権利と義務」に対する意思を持たなければなりません。
爆発的に増え続ける世界人口の現実(こちら)を考えるとき、日本の人口減少とわが国の少子高齢化の社会的問題やそのために解決しなければならない課題を避けて、安易に外国からの移民政策に依存するような甘い精神構造で解決できるはずもなく、やがて国家として日本の価値(パラダイム)である「自由と民主主義」も次第に崩壊していき、ある日突然国が、消滅することは、世界の歴史が証明しています。 (下写真:靖国神社)
a0212807_011645.jpg私たち日本人にとって最高の国家規範である「自由と民主主義」を堅持するためには「権利と義務」を実践する強い意思が必要です。
話を戻し靖国神社は、東京都知事の認証による神道の宗教団体(単立宗教法人)で、国の機関でも施設でもありません。
靖国神社の創建も古代信仰から生まれた出雲大社や伊勢神宮など太古の昔からある神社と祭祀の性格と目的が、最初から違います。
今から144年前の1869年(明治2年)、明治新政府の要職にあった大村益次郎(1824~1869 長州出身 陸軍の創始者)が、国事(国内外の戦争)に殉じた軍人・軍属を顕彰し遺骨を祀る場所として東京招魂社(後に靖国神社と改称)の創建を明治天皇に進言、天皇の勅令によって靖国神社は、明治2年に誕生しました。
明治維新の世になり明治新政府は、中央集権の錦の御旗を立て強硬な国家統治を進めましたが、国内の治安は定まらず、新政府に対する抵抗(内戦・反乱)は、まだ続いていました。 (下写真:出雲大社)
a0212807_011343.jpg1869年戊辰戦争、1877年西南戦争と新政府軍(官軍)は、抵抗する敵(幕府の抵抗組織、新政府の反乱軍)を‘賊軍’と誹り徹底的に討伐しました。
新政府は、内戦で戦死した新政府軍(官軍)の兵士だけを国家に尽くし殉死した英霊として靖国神社に祀りました。
ダレが考えても明治維新最大の立役者である西郷隆盛など死をもって明治新政府の樹立に貢献した多くの志士たちが、靖国神社に祀られていないというのも何とも不思議な矛盾する話です。
現在、靖国神社には、1869年から1945年(明治2年から昭和20年)の76年間に起きた戦争で戦死した兵士・軍人・民間人246万体が祀られ、そのうちの213万体は、68年前の太平洋戦争で戦死した昭和の犠牲者でした。
なんと靖国神社に祀られた故人の86.5%を占め、そのため靖国神社は、戦前(68年前)日本に支配されたa0212807_0121154.jpg中国・韓国から軍国主義信奉の象徴にされ、さらに1978年A級戦犯を合祀したことに因縁をつけ日本攻撃をさらに強化しました。
戦死者を祀る靖国神社へA級戦犯(戦争責任者)が合祀されたことで、それ以来(1975年の参拝が最後に)昭和天皇は靖国神社参拝を止められ、今上天皇も一度も参拝されていません。                                             (上写真:伊勢神宮)
また戦後の国事(海外の戦争・紛争・テロ被害)で殉死した自衛官・海上保安官・警察官・公務員は、英霊として祭祀されていないのも不思議といえば不思議な扱いです。
中国・韓国の若い世代は、何かに託(かこつ)けて当時植民地支配されていた歴史の怨みを晴らしたいのだろうと推察します。
中国共産党中央政治局も韓国大統領府も国内に政情不安を抱えているので何が何でも日本を仮想敵国にしてa0212807_1932345.jpg自国民の不平不満を国外に向け、民族主義の偏狭なナショナリズムを煽り、過去という歴史の屍(しかばね)を墓場から掘り起こし大騒ぎすれば、現政権の権力も延命できるから‘領土’でも‘靖国’においても抗議暴動やデモ騒ぎを政府主導で演出するのです。
ともあれ国民が、国家の犠牲になって死ぬような不幸な事件や不測の事態は、何としても避けなければなりませんが万が一、国の内外で国家安全保障上の事件やテロ・紛争に巻き込まれ亡くなった方々を弔い心からそのご冥福を祈るアメリカのアーリントンのような如何なる宗教にも束縛されない品格ある国立墓苑が、わが国にも早急に必要です。
日本国民は、当然のこと、世界各国の国賓や日本を訪れる外国人が、如何なる信仰に関係なく自由に参拝し献花できるような自然豊かで美しい場所に静かな国立墓苑を創りましょう。
(独り言:富士山麓の国立墓苑なら埋葬された故人も安らかに眠れるでしょう。)
by blues_rock | 2013-08-23 23:55 | 社会/歴史/思想 | Comments(0)
私たちの高齢者介護施設の裏庭に‘ニホンアナグマ’が、数匹(たぶん親子)現れました。
以前からタヌキ・イタチ・サル・イノシシ(イノシシは現在見かけなくなりました)など山里に棲む小動物を見かけることはありましたがニホンアナグマは、初めてです。 (下写真:裏庭に現れたニホンアナグマの子供)
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今年の夏の暑さは、尋常ではなく降雨もないのでアナグマたちも猛暑に耐えかねて山を下りて来たようです。
介護スタッフやお客様たちも初めての珍客の出現に窓ぎわに集まり「イタチだ」「いやハクビシンだ」「これはタヌキだ」と大騒動でした。
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インターネットで画像や生態を調べたところ‘ニホンアングマ’に一番近い検索結果でした。
ニホンアナグマは、ネコ目イタチ科アナグマ属の日本産亜種(独立種)と言われています。
ニホンアナグマは、哺乳動物ながら昆虫類に多くみられる敵から攻撃されたときに見せる「擬死(つまり死んだ
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ふり、死に真似)」が得意だとか、他に哺乳動物で「擬死」をする種類には、タヌキ・イタチ・モルモットがいます。
余談ながらタヌキの擬死(死んだふり)については、古くから‘タヌキ寝いり’と呼ばれ、それから転じて、自分の身に不都合なことが起き、悪事がバレそうになると死んだふりならぬ寝たふりをして、相手(敵)の目をごまかす
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ズル賢い人を‘タヌキおやじ’と呼びました。 (参考:上の写真はタヌキ、その上の写真がニホンアナグマ)
タヌキにとって擬死は、自然界の厳しい生存競争を生き抜くために身に付けた防衛手段の知恵なのに人をだます悪知恵のように非難されるのは、酷な話で可哀そうです。 (下写真:ニホンイタチ)
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近年にない猛暑干ばつで山中にエサが不足し人里まで下りて来たのでしょう。
ニホンアナグマの出現は、気候変動が身近なところで起きていることを知らせる出来事でした。
by blues_rock | 2013-08-22 23:06 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(0)