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心の時空

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a day in my life

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        あるがままに(Let it be)    作詞作曲:レノン&マッカートニー   意訳詩:ヤンスウ

   ボクが 悩み落ちこんでいると
   仏さまが 現れて
   やさしい言葉をかけてくださる
   あるがままに

   真っ暗闇の中の孤独の中で
   仏さまが 現れて
   やさしい言葉をかけてくださる
   あるがままに
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   あるがままに
   あるがままに あるがままに
   ボクの大切な言葉をささやくよ
   あるがままに あるがままに

   そして 心傷つき苦しんでいる人たち
   今生きている人たちみんな同じ
   きっと解決するよ
   あるがままに
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   もし離ればなれになるとしても
   きっとまた一緒になれる
   きっと解決するよ
   あるがままに

   あるがままに あるがままに
   一人で苦しまないで あるがままに
   いつか解決するよ
   あるがままに                  (写真:ハナ=ミズキ・ラムナラインちゃん 9か月 ロンドン在住)
by blues_rock | 2013-07-31 23:59 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(0)
a0212807_5594612.jpg映画「ブリューゲルの動く絵」(原題「風車と十字架」)は、2011年公開のポーランドとスウェーデン共同製作です。
まず、北方ルネッサンス、フランドルの画家ピーテル・ブリューゲル「十字架を担うキリスト」(1564年 ウィーン美術史美術館蔵 124×170cm 下の絵)をご覧ください。
映画「ブリューゲルの動く絵」は、この一枚の絵がベースです。
ブリューゲルについてはこちらをご覧ください。
この映画の監督・脚本・撮影・音楽・編集をポーランドの鬼才 レフ・マイェフスキ(1953~舞台演出家・詩人)が、一人で担い‘映像芸術’のような映画です。
美術批評家マイケル・フランシス・ギブソンが、マイェフスキ監督の映像を見て感激し、ブリューゲルの「十字架を担うキリスト」を分析した美術論文「風車と十字架」をマイェフスキ監督に贈りました。
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マルチ・アーチスト、 レフ・マイェフスキ監督の独創的な「ブリューゲルの絵が動く」のイメージを理解して一緒に映画製作する撮影監督アダム・シコラ、衣装ドロタ・ロクエプロ、美術カタジーナ・ソバンスカ、マルセル・スラヴィンスキの努力と忍耐は、相当なものであったろうと想像します。
映画は、絵をなぞるように淡々と16世紀のフランドル地方で暮らす村人たちの暮らしを描いています。
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映画が始まって30分くらい台詞(せりふ、人の声)は、まったくなく、日常生活の雑音‥室内外の物音だけが、聞こえてきます。
いまから400年前のフランドル地方(現在のベルギー)にタイムスリップしたようで、ブリューゲルの絵から抜け出して来たような当時の人々の古色蒼然とした服装、食べ物、日用品、立ち振る舞いまで克明に調べあげ、当時の暮a0212807_655387.jpgらしを忠実に再現しています。
映画を見ている私は、タイムマシンから400年前のフランドル地方の暮らしを見ているような錯覚を覚えました。
マイェフスキ監督は、最新のCG技術と3Dエフェクトを駆使し、ブリューゲルの絵と映像を一体化した“摩訶不思議な世界”を映画で表現しました。(予告編はこちら
ブリューゲルを演じるのは、オランダの名優ルトガー・ハウアー(1944~)、ブリューゲルの妻にして聖母マリアをイギリスの名女優シャーロット・ランプリング(1946~「愛の嵐」は女優としての最高傑作)が、演じています。
a0212807_684387.jpg映画に登場する人たちのほとんどが、エキストラ出演ながらマイェフスキ監督の演出に忠実に応えた自然な立ち振る舞いは見事です。
映画は、ブリューゲルの絵「十字架を担うキリスト」のとおりフランドルの牧歌的な農村風景をバックに十字架を背負いながらゴルゴダの丘へ向かうキリストと、聖母マリア、シモン、ユダ、最後の晩餐、鞭打ち刑、磔刑が、描かれた自作の絵を眺める画家ブリューゲルを描いています。
映画の最後、映画を見ていた者は、いつの間にかウィーン美術史美術館のブリューゲル「十字架を担うキリスト」の絵の前におり、摩訶不思議な世界から還ったような夢から覚めたような不思議な気持ちになるでしょう。
by blues_rock | 2013-07-30 05:54 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
市川雷蔵(1931~1969)を一躍有名にしたのが、市川崑監督の1958年(昭和33年)映画「炎上」です。
市川崑監督(1915~2008)は、三島由紀夫が1950年(昭和25年)に発表した小説「金閣寺」を映画化しようと脚本の準備に取りかかるものの三島由紀夫原作に書かれた主人公溝口青年の内攻した劣等感と彼の美の象徴「金閣寺」への完成した心理描写に脚本を変更しました。
a0212807_23483150.jpg「金閣寺」を「驟閣寺」と名を変え、脚本家和田夏十(1920~1983 市川崑夫人)にオリジナル脚本「炎上」を依頼しました。
撮影の宮川 一夫は、陰影のある美しいモノクロ映像にしました。
市川雷蔵が、内攻し屈折した溝口を見事なリアリズムで名演しています。
溝口は、寺の住職の子に生まれ、吃音(ドモリ)による感情表現ができず屈折し、少年のころ見た母と親戚の男との性行為に世の不浄を感じ苦悩します。
溝口は、子どものころから自分を受け入れてくれる唯一人の人住職の父に「驟閣(金閣寺)より美しいものは、この世にない」と教えられそう信じていました。
高校生になりその父が亡くなると彼は「驟閣寺」に預けられました。
‥しかし溝口が、「驟閣寺」で見たものは、自分の信じる「絶対美の驟閣寺」とは程遠いものでした。
溝口は、足の悪い友人戸刈(仲代達矢 こちら)の無頼な悪行に屈折した精神を感じ親しくなり女たちの素情をa0212807_23491174.jpg教えられました。
溝口は、女を抱くことで自分に執着する観念を破壊しようと京都五番町の遊廓に行きますが、女を抱こうとしたとき「驟閣寺」の幻影を見て断念、五番町を後にしました。
その足で「驟閣寺」に向かい自分と共に「驟閣寺」を焼き尽くそうと火を付けました。
溝口役の市川雷蔵の表情には、市川雷蔵自身の背負う、何か人には言えない暗い翳のようなものが現われていて、溝口役の演技に存在感のある深みを与えています
市川雷蔵は、キネマ旬報主演男優賞を受賞、ヴェネツィア国際映画祭でも新人男優賞を受賞しています。
a0212807_2353754.jpg市川雷蔵は、「眠狂四郎」シリーズで虚無感を漂わせた時代劇のスターとなり「眠狂四郎」という剣豪で武士(サムライ)のダンディズムとニヒリズムによる様式美を作りあげ38才の若さで亡くなりました。
市川雷蔵の人柄も「誰に対しても驕ることなく高ぶらずに、常に礼儀正しかった」と伝えられています。
水上勉(1919~2004)は、同じ金閣寺放火事件を題材に「五番町夕霧楼」(1962)を発表、幼なじみの禅修行僧と若い娼婦の悲恋物語にしました。
by blues_rock | 2013-07-29 00:04 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
映画「渇き」は、私の好きな映画監督の一人である韓国映画の鬼才パク・チャヌク監督が、2009年に撮った異色のスリラー&ホラー映画です。
a0212807_1251231.jpgこの‘ヴァンパイア映画’をパク・チャヌク監督は、一筋縄ではいかない手の込んだプロットにして、韓国の生活に深く入り込んだキリスト教の教条的な倫理観と儒教の抑圧的・閉塞的な家族観を容赦なく破壊し、既成概念への強烈なアンチ・テーゼ映画を作りました。
映画は、信仰(殉教)のため自ら致死確立の高いウィルスに感染し‘ヴァンパイア’となるキリスト教牧師をパク・チャヌク映画の常連ソン・ガンホ(1967~)が怪演、敬虔なクリスチャンで信仰に生き禁欲生活をしていた牧師を誘惑、背徳のファム・ファタル(運命の女)となる幼なじみの妻をキム・オクビン(1987~)、牧師の幼なじみにシン・ハギュン(1974~)ほか演技者揃いで‘パク・チャヌク・ワールド’が、展開します。
何んといっても名優ソン・ガンホ相手に体当たりの演技で熱演する新人女優キム・オクビンの‘美貌と壊れっぷり’が、すばらしく感動しました。
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正直、この映画「渇き」のストーリーを説明するのは、容易ではなく、きちんとストーリーを理解したい方は、映画を見ていただくしかありません。
敬虔な信仰をもつキリスト教の牧師が、夫に忍従を強いられていた幼なじみの妻であるファム・ファタルとセックスに溺れていくシーン、人間の生き血を求めるヴァンパイアとなり、夜な夜な鮮血を求め人間との熾烈な死闘
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(バイオレンス)を繰り広げるシーンなどが、複雑怪奇なシークエンスとなり感動のエンディングになります。
ヴァンパイアとなった神父が、ファム・ファタル(運命の女)と無理心中するエンディングの淫靡(いんび)で美しいヴァンパイア物語は、エロティシズム溢れる哀歌(エレジー)でした。
パク・チャヌク監督の演出は、映画の中に「光と闇」、「エロスとタナトス」、「信仰とマゾヒズム」、「良心の呵責とa0212807_1283212.jpg罪の快楽」を対比させつつパク・チャヌク監督らしい‘ブラック・ユーモア’シーンも交え、鬼才と称されるだけのセンスあるシーンの数々を見せてくれます。
「渇き」は、2009年カンヌ国際映画祭審査員グランプリを受賞しました。
パク・チャヌク映画ファンの私には、おもしろいスリラー&ホラー映画でしたが、赤裸々な性描写や容赦ないバイオレンス、アンチモラルな表現など万人向きの映画ではないので念のため‥嵌まると病みつきになります。
by blues_rock | 2013-07-28 00:22 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
私たちの高齢者在宅介護事業所(福岡市南区)が運営する「デイサービス森の家」と「小規模多機能ホーム 森の家みのり荘」では、毎週金曜日午後、合同の俳句・川柳句会を開きます。 (下写真:福岡市城南区 友泉亭)
a0212807_2133533.jpg昨日(7月26日)の句会のテーマは、「夏空」・「お墓参り」で13名の方が、参加されました。
皆様方の詠まれた数句の中からお一人1句を選び名前を伏せて、もぞう紙に大きく書き写し、ご利用者・介護スタッフ全員で‘今日の一句’を選びます。
俳句の作者ご自身たちは、多かれ少なかれ‘認知症’の症状があるので、ご自分の句を憶えておられないことが多く、「えーっ、それ私の句?」とか「わたしゃ、俳句など作っとらん!」と言われる方もおられます。
そんな時には、ご本人が、書いた原稿を見ていただくと「あーっ、ホントだ!」とか「あらま‥私の字だ。」と大仰に驚かれるので一同大笑いです。
今日の句会にも、いずれ劣らぬ見事な13句が、披露されました。
その中から私の好きな2句をご紹介いたします。
                                  ◇
     夏空の  雲の姿よ  原爆忌   ( 82才男性 要介護Ⅰ )
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                                   ◇
     この暑さ  お墓の中も  暑かろう   ( 88才男性 要介護Ⅱ )
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by blues_rock | 2013-07-27 00:01 | 高齢者介護(認知症) | Comments(0)
太宰治の「斜陽」を初めて読んだのは、高校生の時でした。
a0212807_0292739.jpg私は、子供の頃から冒険小説なども含め、あまり読書には興味がなく、「紅孔雀」・「赤胴鈴の助」などラジオの連続放送劇や「落語」番組に夢中になり、‘嵐寛寿郎’・‘東千代の助’・‘大友柳太郎’などが、活躍する勧善懲悪時代劇映画に心躍らせていました。
高校生になり読書家の友だちが、「これおもしろいよ」と太宰治の「斜陽」を貸してくれました。
田舎育ちで恋愛すら知らない私には、退廃と官能の匂いがする異次元の世界でした。
「斜陽」は、私小説家太宰治(1909~1948没 享年39才)と彼の愛人の一人である山崎富栄(1919~1948没 享年29才 )が、玉川上水で心中自殺する一年前の作品(1947年発表)です。
太宰治は、東京大学学生の時に心中自殺事件を起こし相手だけ死亡するという自殺未遂を謀っています。
太宰治は、39年の生涯で4度の自殺を謀るくらい‘自死願望’の強い人でした。
薬物(覚醒剤)中毒から逃れるためアルコール依存症になり、家庭を捨て愛人の間を流離(さすら)い、無頼でa0212807_0334623.jpg退廃的な暮らしを続けていました。
「斜陽」の主人公かず子は、太宰治の愛人の一人太田静子(歌人 1913~1982)が、モデルながら、病気とアルコール依存症で苦しむ太宰治は、新しい愛人として美容師の山崎富栄に「死ぬ気で恋愛して見ないか」と誘い、山崎富栄も「太宰さんが生きている間は、私も生きます。でもあの人は、死ぬんですもの。」と玉川上水で心中自殺するまで太宰治を看護し執筆できるよう介助を続けました。
太宰治は、小説の退廃的な作風の中に神を求めた作家でもありました。
私は、太宰治の「斜陽」(こちら)を久しぶりに読んで、そんな風に感じました。
とくに「七 直治の遺書」に強く惹かれました。
姉さん。だめだ。さきに行くよ。僕は自分がなぜ生きていなければならないのか、それが全然わからないのです。生きていたい人だけは、生きるがよい。人間には生きる権利があると同様に、死ぬる権利もある筈です。(中略)
a0212807_0343795.jpg人間は、みな、同じものだ。なんという卑屈な言葉であろう。人をいやしめると同時に、みずからをもいやしめ、何のプライドも無く、あらゆる努力を放棄せしめるような言葉。マルキシズムは、働く者の優位を主張する。同じものだ、などとは言わぬ。民主々義は、個人の尊厳を主張する。同じものだ、などとは言わぬ。ただ、牛太郎だけがそれを言う。「へへ、いくら気取ったって、同じ人間じゃねえか」 なぜ、同じだと言う
a0212807_0353558.jpgのか。優れている、と言えないのか。奴隷根性の復讐。けれども、この言葉は、実に猥褻で、不気味で、ひとは互いにおびえ、あらゆる思想が姦せられ、努力は嘲笑せられ、幸福は否定せられ、美貌はけがされ、栄光は引きずりおろされ、所謂「世紀の不安」は、この不思議な一語からはっしていると僕は思っているんです。
(以下略)この続きは、小説「斜陽」を読んでいただき、頽廃の匂いのする滅びの儚(はかな)さを夏の夜のひと時ゆっくり堪能してください。
by blues_rock | 2013-07-26 00:20 | 画集/本(Book) | Comments(0)
レオナルド・ダ・ヴィンチの素描による自画像です。(ダ・ヴィンチの詳細はこちらをご覧ください。)
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by blues_rock | 2013-07-25 00:01 | 美術/絵画/彫刻 | Comments(0)
ルネッサンスの天才画家ラファエロ(1483~1520)が、23才の時に描いた自画像(ウフィツィ美術館所蔵)です。
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ラファエロ16才の時の自画像(下写真:1499年頃 アシュモレアン博物館所蔵)を見ていただくとお分かりのとおりラファエロは、十代にしてすでに卓越した素描能力をもつ天才でした。
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ラファエロの絵は、こちらでもご覧いただけます。
by blues_rock | 2013-07-24 22:04 | 美術/絵画/彫刻 | Comments(0)
ポール・ゴーギャン(1848~1903)の「黄色いキリストのある自画像」(オルセー美術館)は、1891年タヒチ島に渡る直前にパリで描かれました。
欧州文明に失望し、画家の理想を求めタヒチに行く前の‘自信に満ちた画家ゴーギャン’の自画像です。
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ゴーギャンは、株式売買人でしたが、株の大暴落で職を辞め、家族(妻と5人の子供)を捨て画家になりました。
アルルのゴッホを訪ね共同生活を始めましたが、やがて破綻、ゴーギャンは、画家として生活できる自分の居場所を求め、フランス領タヒチ島に渡りました。
タヒチにも自分の理想郷はなく、1893年パリに戻り画家として自立しようとしましたが、彼の絵は、認められず(絵は売れず)、家族に同居を拒否されたゴーギャンは、1895年またやむなくタヒチに戻りました。
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タヒチに戻ったゴーギャンは、貧困と病苦さらに孤独の中で自らの死を覚悟し遺書として大作「我々はどこから来たのか?我々は何者か?我々はどこに行くのか?」(上:縦139.1 cm×横374.6 cm ボストン美術館 )を描きあげ自殺を図りました。
自殺が未遂に終わったゴーギャンは、タヒチ島からさらに1,500㌔離れたフランス領ポリネシアのマルキーズ諸島に移り1903年に亡くなりました。
ポール・ゴーギャン、55才の生涯でした。
サマセット・モーム(1874~1965 こちら)「月と6ペンス」(1919)の画家は、ゴーギャンがモデルです。
by blues_rock | 2013-07-23 23:35 | 美術/絵画/彫刻 | Comments(0)
パク・チャヌク監督は、2000年映画「JSA」で韓国映画界にメジャー・デビュー、映画プロット(構想)のキレと朝鮮半島38度線で同じ民族が敵対する中、韓国と北朝鮮兵士4人の友情をクールに描いた「JSA」は、韓国で空前の大ヒット、新進気鋭の映画監督パク・チャヌクの名を一躍有名にしました。
その2年後の2002年、第2作目の「復讐者に憐れみを」で、パク・チャヌク監督の映画センスは、さらに深化し、2003年「オールド・ボーイ」、2005年「親切なクムジャさん」と続く‘復讐三部作’に結実しました。
とくに2003年発表の「オールド・ボーイ」は、韓国内の各映画賞を受賞、2004年のカンヌ国際映画祭では、審査員特別グランプリを受賞しました。
a0212807_2165731.jpgこの時の審査委員長クエンティン・タランティーノは、「オールド・ボーイ」を絶賛し、最高賞‘パルムドール’にこだわったようでしたが、最終的に審査員特別グランプリに決定しました。
「復讐者に憐れみを」、「オールド・ボーイ」いずれも脚本が良く練られ、複雑なプロット(構想)の中で主人公たちによる執拗な暴力の連鎖が重なり合い、出口のないエンディングへ向かうストーリーは、映画を見ていて次第に気が重くなりやり切れなくなります。
映画を見た後に感じる重金属を飲みこんだようなズシリと重い感触は、ラース・フォン・トリアー監督の作品と類似しています。
「復讐者に憐れみを」は、韓国裏社会の臓器密売事件と小児誘拐殺人事件が、事件を通して絡み合い、登場人物すべてが、復讐で殺されてしまうというストーリーです。
2000年映画「JSA」からパク・チャヌク映画の常連となる名優ソン・ガンホ(1967~)、若手俳優シン・ハギュン(1974~)に、新人女優ペ・ドゥナ(1979~)を加えた壮絶なサイコ・サスペンス映画です。
「オールド・ボーイ」もまた‘パク・チャヌクの世界’で、オイディプス神話の近親相姦を主題にしながら映画は、お互い愛する女性のために復讐に命をかける男二人が、主人公です。
a0212807_2234144.jpg一人の男は、相思相愛の姉と自分との性的関係を目撃し、そのことを人に教え姉を自殺させた男への復讐のため15年監禁し暴力をふるい続け、15年経ったある日、その男を突然解放します。
解放された男は、15年もの長い間監禁された理由が、分からず、また行方不明の家族を探しているとき、若い娘に出遭い、二人は性的関係を持ちます。
それは、姉を自殺させた男への15年をかけた弟の残酷な復讐の罠でした。
若い娘は、好意をもった男が、幼いころ失踪した実の父親と知る由もありませんでした。
男もまた自分を監禁した男の罠にかかり「娘に教える」と脅迫されるまで、自分の娘とは知りませんでした。
二人の男お互いの壮絶な復讐は、過激な暴力の連鎖となり、流血の地獄と化していきます。
タランティーノ審査委員長は、パク・チャヌク監督の才能溢れるこの映画のプロットを絶賛しました。
名優チェ・ミンシク(1962~「悪魔を見た」こちら)を相手に新人女優カン・ヘジョン(1982~)の体当たりの演技が、見どころです。
「親切なクムジャさん」は、まだ見ていないので見たら感想を書きたいと思います。
パク・チャヌク監督の「復讐3部作」すべてが、ハリウッドでリメイクされるとのことです。
by blues_rock | 2013-07-22 23:40 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)