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心の時空

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a day in my life

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a0212807_1511338.jpg私は、シャンソンが好きで、とくに原語のフランス語で聴くシャンソンは、心地良いので意味もよく分からずにレコードを聴いていました。
20代の半ばに一念発起、せっかくフランス語のシャンソンを聴くのなら、せめて意味くらい辞書を引けば分かるようになりたい‥と、福岡に出来たばかりの日仏学館が開講したフランス語講座入門クラスに入学しました。
28才のとき、東京に転勤となり、ここは初心貫徹、挫(くじ)けてなるものかとお茶の水の「アテネ・フランセ」にa0212807_1525458.jpg再入学また入門クラスから始めました。
大手町での仕事が終わり、夜の六時半くらいから50分程度の授業を週3回受講、1年ばかり通いましたが、万年入門クラスで、ついに挫折‥とにかく、フランス語動詞の活用形が、ややっこしくついぞアタマに入りませんでした。
フランス語のマスターを諦め、フランス語のシャンソンは、LPアルバムに付いているライナーノーツで意味を理解し聴くことにしました。
そんな私が、スラスラと数えられるのが、フランス語の数字です。
とにかく、フランス人の数の数え方は、ユニークというか、偏屈と言うか‥‘なんでやねん!?’とフランス人にツッコミの一つも入れたくなるくらい不思議な数え方をします。
1~10までは、1(un アン)・2(deux ドゥ)・3(trois トワ)・4(quatre キャトル)・ 5(cinq サンク)・6(six シス)・7(sept セット)・8(huit ユイット)・9(neuf ヌフ)・10(dix ディス)と続き、16までは普通のカウントですが、17( dix-sept ディセット)から17は「10と7」になり、18 (dix-huit ディズユイット)が「10と8」 、19( dix-neuf ディズヌフ)は「10と9」と数えて20 (vingt ヴァン)になります。
このように25(vingt-cinq ヴァンサンク )は「20と5」、69( soixante-neuf ソワッソンヌフ)なら「60と9」とまだ順当で
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すが、この後から私たち日本人にとって少し面倒臭い数え方になります。
70( soixante-dix ソワッソンディス)は、「60と10」、77(soixante-dix-sept ソワッソンディセット)なら「60と10と7」 、80(quatre-vingts キャトルヴァン)は、さらに面倒で「4×20」、81(quatre-vingt-un キャトルヴャンタン)ならa0212807_154838.jpg「4×20と1」、82 (quatre-vingt-deux キャトルヴァンドゥ)なら「4×20と2」と数えます。
90(quatre-vingt-dix キャトルヴァンディス)=「4×20と10」、98( quatre-vingt-dix-huit キャトルヴァンディズユィット)=「4×20と10+8」、99 (quatre-vingt-dix-neuf キャトルヴァンディズヌフ)=「4×20と10+9」で2桁の数字が終わり、100 (cent ソン)になり‥こんな感じで数字の桁が、どんどん増えていきます。
アテネ・フランセに通っているころ、風呂の中で茹(ゆ)だりながら大声で1から100までアン・ドゥ・トワと何度も繰り返していたから憶えたのかもしれません。
日本の幼稚園児が、風呂の中で数字を憶えるように‥私が、マスターした唯一のフランス語で、いま自室で健康のために血糖値と血圧を下げる‘ステップ運動’のカウントに大いに役立っています。
by blues_rock | 2013-05-31 01:00 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(0)
是枝裕和監督(1962~)の最新作「そして父になる」が、今年のカンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞しました。
a0212807_22351616.jpg是枝監督の作品では、2004年の「誰も知らない」が、カンヌ国際映画祭男優賞(柳楽優弥少年)を受賞しており、カンヌでの‘コレエダ’評は、高いと推察しています。
「そして父になる」では、主人公をロックミュージシャンの福山雅治(1969~44才)が、演じているので2013年10月の映画封切り時には、大勢の福山雅治ファンで映画館が賑わうことでしょう。
さて、今夜ご紹介する2011年映画「奇跡」は、是枝監督が「そして父になる」の前に撮った作品で、子供一人ひとりの内包する能力や個性を存分に発揮させた佳作映画です。(予告編はこちら
a0212807_22361011.jpg「奇跡」は、2011年3月九州新幹線鹿児島ルートの開通記念の「企画もの」として是枝監督(左写真)が、監督・脚本・編集を担い製作された映画です。
しかし、映画に新幹線が登場するのは、本編最後のクライマックス・シーンで(新幹線の出し方が上手い)、映画の主人公は、屈託のない子供たちです。
是枝監督は、出演する子供たちに脚本を渡さず、映画を撮影しながら進行していくという手法で演出します。
九州新幹線鹿児島ルート開通の初日、始発新幹線「つばめ」 と 「さくら」が、すれ違う瞬間に、願いを込めて
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祈れば奇跡が起きるというウワサを耳にした小学校6年生の航一(前田航基)は、小学校4年生の弟龍之介(前田旺志郎)に、兄弟二人チカラを合せその「奇跡」を起こし、福岡と鹿児島にいる離婚した両親を仲直りさせ、もう一度家族一緒に暮らせるようにしようと提案しました。
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兄航一は、鹿児島で母(大塚寧々)と祖父母(橋爪功&樹木希林)と暮らし、弟の龍之介は、ミュージシャンの父(オダギリジョー)と福岡で暮らしていました。
家族が、一緒に暮らすことは、他の人にとって普通のことでも、この兄弟二人には、両親と一緒に家族4人で暮らすことは「奇跡」のような夢でした。
a0212807_22412067.jpgその奇跡を起こし夢を実現するために、子供たち(兄弟とその友だち)が、立てた計画と実行は、やがて大人たちを巻き込んでひと騒動になっていくのでした。
by blues_rock | 2013-05-30 00:26 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_3144682.jpgケネス・ローナガン監督・脚本の2011年映画「マーガレット」は、ニューヨークに住むリサという女子高生を主人公にした心理ドラマ仕立ての映画です。
ケネス・ローナガン監督の映画を見たのは、この「マーガレット」が初めてながら、映画の上映時間2時間半(150分)の間、見ていて、自分勝手でひとりよがり、わがままな(いわゆるジコチューの)女子高生リサに、イライラしながら映画の最後まで付き合わせるローナガン監督の演出に感心しました。
映画のタイトル「マーガレット」は、高校の授業で詩の朗読の時「マーガレット、君が嘆くは、己のため」の一節が出てきますので、そこからの由来と推察しました。
主演女優のアンナ・パキン(1982~)が、熱演で自分の思うとおりにならないと涙を浮かべヒステリックに喚(わめ)き散らし相手を思いやる心などまるでなく、自意識過剰で、どうしようもなくイヤミなジコチュー女子高生をリアルに演じています。
とにかく、彼女の言動を見ているこちらのほうが、イライラしてしまうのは、ローナガン監督の術中に嵌まった証拠でしょう。
a0212807_3151666.jpg映画のストーリーは、女子高生のリサが、バス停をスタートし動いているバスの運転手にバス外から走りながら大きな声で呼びかけ、それに気を取られた運転手は、赤に変わった信号に気づかず横断歩道の女性を轢き殺してしまいました。
目の前で血だらけになって死んだ女性を見たリサは、警察の質問に運転手を庇(かば)うため、とっさに「信号は青だった」とウソの証言をしました。
しかし、彼女は、自分の吐(つ)いたウソの呵責に悩み、自分にも死亡事故の原因があるのにもかかわらず、バス運転手をa0212807_3153957.jpg有罪にしたいという思いに囚われました。
彼女に翻弄される共演者たちも好演しています。
ジャン・レノ(リサの母親に好意を抱く実業家役)、マット・デイモン(リサの教師役)が、彼らでなくてもいいような端役で出演していますが、端役であっても彼らの存在感はさすがです。
by blues_rock | 2013-05-29 00:03 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_2230596.jpgポーランドの女性映画監督アニエスカ・ホランド(1948~)の2012年映画「ソハの地下水道」は、ポーランドを侵略支配したナチスドイツのユダヤ人迫害からユダヤ人家族の命を守る羽目になったポーランド人地下水道作業員の物語です。
ポーランド映画では、アンジェイ・ワイダ監督(1926~)が、とくに有名で「地下水道」(1956)・「灰とダイヤモンド」(1958)は、世界の映画史に残る名作です。
アンジェイ・ワイダ監督の映画では、ポーランドを抑圧するのは、ソ連とクレムリンの手先である共産主義者たちでした。
ポーランドは、他の東欧諸国と同じように、常に大国(ドイツプロイセン帝国、帝政ロシア、ナチスドイツ、ソ連)に侵略され、そのたびに国土を割譲され圧政に喘いできました。
二人の監督に共通するのは、祖国を抑圧する軍事権力への抵抗の意思とポーランド民族と社会に対するリアリズムです。
「ソハの地下水道」の舞台は、ナチスドイツに占領された旧ポーランド領(現ウクライナ領)ルヴフという地方都市で、ユダヤ人を強制収容所へ送るまで隔離するゲットーがありました。
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主人公である中年のポーランド人労働者ソハは、その街の下水道作業員をしていました。
ソハの稼ぎでは、家族を養うことができず、彼は、若い同僚と金持ちの家に泥棒に入り金品を盗んでいました。
ある日、盗みに入った家で、強制収容所行きを逃れようと床に穴を掘り、地下水道へ脱出しようとしているユダヤ人たちに出遭いました。
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ナチスドイツ軍に通報するといくらかの報奨金をもらえますが、ソハは、ユダヤ人たちを匿(かくま)い、もっと高額の口止め料を要求して生活の足しにすることをとっさに思いつきました。
場合によっては、口止め料だけせしめた後、通報すればよいとの考えもありました。
ソハには、迷路のような地下水道も熟知した場所なので、ユダヤ人たちを匿(かくま)うくらい朝飯前と思ったもa0212807_22383166.jpgのの、老人や女子供を匿うのは、簡単ではありませんでした。
汚物や屍体が浮かび悪臭のする地下水道は、ネズミが這いまわる暗闇で、ナチスドイツの虐殺から逃れ暮らすうちにユダヤ人たちの中に恐怖と悪環境によるストレスで軋みが、出てきました。
やがて、ソハの周辺にも少しずつ危険が、迫って来ました。
ホランド監督もユダヤ系ポーランド人で、父方の祖父母をワルシャワのユダヤ人ゲットーで亡くしていますが、自作映画の「ソハの地下水道」では、感情的な演出を排し、ナチスドイツに迫害され抑圧されたポーランド人も、彼らの目の前で虐殺されるユダヤ人も、地上と地下の明暗をリアルに表現しています。
by blues_rock | 2013-05-28 00:15 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
福岡市の人口が、先日150万人を超えました。
博多っ子は、昔より‘お祭り’好きで、一年中市内のどこかでお祭りをしています。
a0212807_1373074.jpg根っから明るいのか、能天気なのか、天神の繁華街を歩く人たちも、友だちや家族連れでオシャベリに興じながら何やら楽しそうに歩いています。
人々は、仕事を求め暮らしやすく楽しそうな街に集まるものです。
博多港には、外国の大型クルーザー客船が、中国・韓国の観光客を乗せて、3日に1隻の割合で入港、2012年は、112隻しました。
クルーザーから降りた観光客は、観光バスに乗り、大宰府天満宮観光とデパート・電器店・アウトレットショップでのショッピングとお決まりのコースに、楽しそうに出かける彼らの表情に‘反日’の険しさはありません。
福岡市役所前と中央公園の間は、観光バスの発着所になっていて、バスから乗り降りする若者たちの一寸見
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(ちょっとみ)は、今どきの日本人の若者とそっくりながら、彼らのそばを通ると聞こえる会話が、中国語のような、韓国語のような普段聞き慣れない言葉なので、その時彼らが、外国人であることに気づきます。
先日の金継ぎ教室でも、中国(旧王朝時代)や韓国(旧朝鮮時代)の骨董・古美術品は、中国・韓国で売るより日本で売る方が、中国・韓国のコレクターに信用され、はるかに高く売れるので、日本の同業者を通して、日本
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観光に来た中国・韓国の富裕層に高値で転売していることが、話題になり一同大笑いでした。
要するに彼らは、自国内の骨董店や古美術店が、扱う商品を信用せず、日本で売られている骨董・古美術品を信用している証し、どうやら自国の古美術市場や骨董店に陳列された商品には、紛い物や贋作が、多いことを先刻承知しています。
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福岡に住まう人々は、神代の昔からお隣さんの中国・韓国とは、「歴史的に長く深い付き合い」をしてきていますので、大阪・東京で70年以上も前の歴史問題について、軽率で軽薄な発言をする市長や品性のない国会議員らの失言・暴言に、呆れ果てウンザリしています。
1945年(昭和20年)8月、日本は、アメリカ軍主力の連合国に無条件降伏し敗戦、第二次世界大戦(東アジア・太
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平洋戦争)が、終わりました。
1945年以降の戦後に生まれ‘あの戦争に無関係の日本人’の最年長者は、現在68才、敗戦時10才の子供だった人も78才‥ほとんどの日本人が、‘あの戦争に無関係の日本人’です。
先の戦争は、皇国史観の軍事勢力が、国家経営の先見性も当時の国際社会との強かな駆け引き(国家戦略
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としての外交)もないままブチ切れて猪突猛進した結果の敗戦であったことへの私たち日本人の認識のなさ、さらに戦後、国を悲惨な敗戦に追いやった戦争責任者(数百万国民を死なせた戦争犯罪者たち)を日本国民自らの手で裁かず、戦勝国の東京軍事裁判に戦争犯罪の判断を委ねたことに重大な誤りがあります。
ともあれ、どれもこれも戻れない過去の歴史問題で、1945年以降の戦後に生まれ‘あの戦争に無関係な’中国
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人、韓国人、日本人が、お互い‘戻れない過去の歴史問題’にこだわり、いがみ合いを続けたら、東アジアの未来に幸せはないでしょう。
戦後生まれの私たち日本人は、過去の歴史問題で外国、とくに中国と朝鮮半島2国から何を言われても臆することなく、自虐史観も傲慢史観も排除してジタバタしないで、「日本は‘人権と自由を尊重する民主主義国家’として自由世界の中で、世界各地の抑圧された人々の人権問題と解放のために世界の先頭になって戦って行きます。」と主張し、堂々と東アジアの人々にそして世界の国々に胸を張って宣言しましょう。
(付録:博多湾を航行するクルーズ客船の写真は、すべて九州ロマンチック街道からお借りしました。)
by blues_rock | 2013-05-27 01:35 | 社会/歴史/思想 | Comments(1)
a0212807_934435.jpga0212807_9381939.jpg私が、最初に銀座に出会ったのは、中央通りを銀座1丁目から8丁目までフリーウォークにしたイベント‘歩行者天国’でした。
遠い昔のことですが、その時、銀座で感じた解放感は、今でも忘れません。
私は、学生時代の4年間、入部した美術部のアトリエで油絵ばかり描いていましたので、専攻した経済学の講義には、ほとんど出席しませんでした。
記憶は定かではありませんが、確か大学1年生の夏休み、久留米駅から東京行き夜行寝台急行に揺られて上京し、東京駅に着くとその足で美術館に向かい、2、3日の短い東京滞在期間中に、銀座の画廊という画廊を回りました。
a0212807_9391978.jpgその後大学を卒業し就職、福岡に5年勤務の後、転勤で東京へ、職場が、大手町にあったこともあり、地下鉄丸の内線で1駅の銀座は、私にとって身近な街になりました。
仕事の帰り「銀巴里」(こちら)に良く行きました。
地下鉄銀座駅から泰明小学校前を通り過ぎ、山手線高架下にぶつかると左に折れ30mくらい行くと地下に「ケネディ・ハウス」というライブハウスがあり、時々行きました。     (下写真:銀座のとなり日本橋「ますたに」私の一押しラーメン、美味しい!)
a0212807_94068.jpg数寄屋橋のカラオケ店、銀座3丁目のロック・バー、銀座・日比谷・有楽町の映画館、ビヤホール「ピルゼン」(2001年9月閉店)、銀座8丁目の長崎ちゃんぽん「吉宗(よしそう)」など‥私の銀座の思い出は、当時の記憶とシンクロナイズして懐かしく胸の奥に残ります。
by blues_rock | 2013-05-26 09:30 | 人生/愛(Love) | Comments(0)
吉祥寺の街には、JR中央線と東急井の頭線の吉祥寺駅北口にある昔ながらの「ハーモニカ横町」など庶民的な商店街や駅南口の‘ラーメン通り’など飲食店が、密集しています。
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どの路地の店にも庶民的な活気があって、店主・店員・お客お互いに気取りがなく、吉祥寺という街で共生し、日々の暮らしを楽しんでいる雰囲気がありました。
a0212807_21413025.jpg吉祥寺駅南口から丸井デパート横の狭い通りを抜けると「井の頭公園」が、あります。
公園のまわりは、閑静な住宅街で、公園に入ると井の頭池と御殿山の木々の緑が、美しく、吉祥寺市民のオアシスになっています。
公園の中を散歩する人、池のまわりをジョギングする人、ライブをする若者と井の頭公園は、自由な解放感に包a0212807_21415563.jpgまれていました。
私は、西東京市に6年居ましたので、近くの吉祥寺には、頻繁に行きました。
また定年前の半年間、下高井戸にあった‘生活クラブ生協市民セクター政策機構’が、私の職場でしたので、バスで吉祥寺まで行き、井の頭線吉祥寺駅から京王線下高井戸駅まで電車で通勤していました。
a0212807_21504275.jpg吉祥寺の映画館やライブハウスにも行きました。
駅ビル地下のイタリアン・バー(店の名前は忘れましたが)は、リーズナブルな値段でワインも料理も美味しく、ベーシストの友だちと開店から閉店まで飲み続け‘レゲェ(ボブ・マリー)’ のことを語り合いました。
甘党ではない私が、吉祥寺駅ビル内の食品街にあった「吉祥寺キハチ」のソフトクリームには、魅了されました。
by blues_rock | 2013-05-25 00:10 | 人生/愛(Love) | Comments(2)
イタリア映画の巨匠フェデリコ・フェリーニ監督(こちら)晩年の作品「ジンジャーとフレッド」は、余ほどの映画ファンでないと途中で退屈するか、居眠りするかもしれない映画、そんなタイプの映画ですが、フェリーニ・ファンには、たまらない映画でしょう。
a0212807_1114358.jpg1986年映画「ジンジャーとフレッド」(イタリア・フランス・ドイツ共同製作)の物語は、さほど重要ではなく、往年のローマ芸能界に、昔ハリウッドで人気を博した名ダンス・コンビ「ジンジャーとフレッド」の名に肖(あやか)った芸名で、そこそこ名の知れた‘アメリアとピッポ’という二人の芸人が、クリスマス向けのテレビ生番組に出演するため、30年ぶりに再会するところから始まります。
二人は、若い時ダンス・コンビの旅芸人としてイタリア各地で働き、お互い愛し合い、やがて別れた過去があり、それ以来の再会でした。
映画は、年老いたアメリア(役:ジュリエッタ・マシーナ1920~1994、映画「道」のジェルソミーナ)と病気を抱え酒とタバコに依存する老人ピッポ(役:マルチェロ・マストロヤンニ1924~1996、イタリアを代表する名優)の再会からテレビ局舞台裏で30年のブランクをうめる二人のリハーサル、寄せ集められたごった煮のような出演者たちのa0212807_1125378.jpg嬌声が、混雑したテレビ局内に溢れていました。
やがてスタジオ内にライトが灯され、本番ショウのスタート、二人のダンスは、ヒッポの転倒もご愛嬌で観客からブラボーと盛大な拍手がありました。
テレビ番組終了後、ピッポは、夜更けのローマ駅までアメリアを見送り、これが二人の最期の別れとなることを暗示して映画は、終わります。
映画の最後、駅の改札口で、二人が淡々と別れるシーンは、人生の哀愁に包まれ、心切なくなるシーンでした。
a0212807_1133656.jpg映画「ジンジャーとフレッド」を通して、フェリーニ監督の持論とも言うべき、テレビ放送局の商業主義とテレビの過剰コマーシャル批判が、痛烈に描かれ、併せて退廃的なローマの街やイタリア社会を批判した映像もまた随所に見られます。
フェリーニ映画の素材とも言うべき巨乳豊満な女たち、猥雑な女たち、キワモノのような男たち、大道芸人のような人たちなど「フェリーニ的」な画面構成で、映像もモダンアートのポップな明るさと大衆的な俗っぽさに満ち溢れています。
イタリア映画界の至宝である名女優ジュリエッタ・マシーナと名優マルチェロ・マストロヤンニ、人生晩年の名演技をじっくり見ているだけでも「ジンジャーとフレッド」は、見る価値のある映画です。
by blues_rock | 2013-05-24 00:06 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_2155352.jpg私が、東京に住んでいたころ、時どき浅草を訪ねては、浅草界隈をよくブラつき回りました。
浅草寺の境内は、言うに及ばず、地下鉄銀座線浅草駅を出てすぐの‘神谷バー’で電気ブランを飲んだり、交差点を渡り隅田川沿いに少し歩いた駒形橋のすぐ先にある老舗‘駒形どぜう’(こちら)でドジョウ鍋をつついたり‥浅草には、下町独特の庶民的な食堂や粋な小物屋が、ありました。
合羽(かっぱ)橋道具街には、厨房器具や調理道具、食器類など料理・製菓用品の専門店が、ずらり並び、店を眺めてまわるだけでも退屈しませんでした。
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浅草寺の仲見世は、いつも多くの観光客で賑わい混雑していましたので、あまり近づきませんでしたが、金龍山門につるされた大きな雷門提灯は、やはり浅草の風情を表わすシンボルでした。
a0212807_21584183.jpg私のお薦め観光スポットは、吾妻橋を向島側に渡るとすぐ左に見えるアサヒビール本社22階のラウンジです。
冷えたビールを片手に目の前に広がる隅田川の流れを眺めたり、東京の街並みを遠望したり、夜ともなると大都会東京に満ちる光の海をぼんやり眺めたり、ひと時の息抜きでした。             (上写真:中央のビル22階ラウンジから眺めた下写真:浅草と隅田川)
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今では、押上にスカイツリーができたので、浅草の空もいぶん様変わりしただろうと推察します。
浅草は、懐かしい東京のまま、私の心に残しておきたいと思います。
by blues_rock | 2013-05-23 00:45 | 人生/愛(Love) | Comments(0)
「OSS 117 私を愛したカフェオーレ」(2006)は、エスプリの効いたフランスのスパイ・パロディ映画です。
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もちろんMI6 007ジェームス・ボンドをネタにしたパロディで監督・脚本は、2012年「アーティスト」でアカデミー賞作品賞・監督賞・主演男優賞(ジャン・デュジャルダン)ほか計5部門受賞のミシェル・アザナヴィシウス監督、主演は、ジャン・デュジャルダンとベレニス・ベジョの二人、この二人は、「アーティスト」でも主演しています。
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(ミシェル・アザナヴィシウス監督、ジャン・デュジャルダンとベレニス・ベジョの二人については「アーティスト」をご覧ください。)
007ジェームス・ボンドのスパイ・パロディにした映画ですが、ふざけた映画ではありません。
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米ソ冷戦下の1955年、フランスの諜報員OSS117ユベール(ジャン・デュジャルダン)は、突然エジプトで消息を絶ったOSSの同僚スパイを探すためカイロへ向かいました。
現地の連絡員である女性ラルミナ(ベレニス・ベジョ)と合流し、さっそく二人は、捜査を開始しましたが、二人のa0212807_0213876.jpg行動は、各国諜報部によって監視されていました。
諜報員OSS117ユベールの気持ちは、ジェームス・ボンド然とした一流スパイのつもりですが、何も考えずに思い付きで行動するので、彼のすること成すことすべてトンチンカンなことばかり、自分がカイロというイスラム社会のど真ん中にいることも委細構わずイスラムへの無知から次から次へと事件を起こしながら、同僚スパイの失踪のナゾを追跡していきます。各国の諜報部員たちもまた失踪したOSSスパイを必死で探しており、どうやら失踪a0212807_0221038.jpgしたユベールの同僚スパイは、何か重大な事件に関わっていることが、分かりました。
映画は、99分と短いので退屈しのぎにピッタリです。
by blues_rock | 2013-05-22 00:40 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)