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心の時空

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a day in my life

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a0212807_103297.jpgそれからしばらくしたある日、セザールとウゴランの二人は、カーネーション畑に水を引くため、地中深く土で覆い隠し、セメントで塞いだ泉の湧水口を開けました。
その一部始終を木陰から見ていたジャンの娘マノンは、涙を流しながら怒りに震えていました。
ジャンの娘マノン役をエルネスティーヌ・マズローナが、素直な演技で健気に父親を思いやる少女を好演しています。
「愛と宿命の泉」の第Ⅰ部「フロレット家のジャン」は、ここで終わります。
第Ⅱ部「泉のマノン」は、10年後の美しい娘に成長したマノンが、主人公です。     (写真上と下2枚:美しい娘に成長したマノンを演じるエマニュエル・ベアール)
その美しい娘に成長したマノンを当時二十歳(はたち)のエマニュエル・ベアール(1963~)が、演じています。
第Ⅱ部の「泉のマノン」では、プロヴァンスの大自然の山中で羊飼いとして暮らしている若いエマニュエル・ベアールの美しい姿が、すばらしく大いに楽しめます。
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余談ながら1983年写真家のデビット・ハミルトンは、エマニュエル・ベアールをモデルにして「妖精たちのプレリュード」という映像を撮っています。
1993年公開された「美しき諍い女」(1991年製作)では、エマニュエル・ベアールが、映画2時間5分のほとんどをヌード(画家のモデル役)で演じています。
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さて、映画「愛と宿命の泉」に戻り、第Ⅱ部「泉のマノン」は、フロレット家のジャンと農夫ウゴランとの関係を次第に明らかにしていきます。
羊飼いとして山で暮らすマノンが、ある日逃げた羊を追っていると山中の洞窟で村全体の暮らしを守る水の源泉を発見しました。(上写真:村の水源を止めるマノン、下写真:泉の湧水口を開けて喜ぶセザールとウゴラン)
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マノンは、愛する父親ジャンを死に追いやったセザールと甥のウゴランを憎み、二人に復讐する機会を狙っていました。
またマノンは、村人たちが、父親であるせむしのジャンを侮辱し、将来への夢と希望を胸に必死で農業をしているジャン一家に冷たかったことも忘れてはいませんでした。(下写真:古い手紙で真実を知り苦悩するセザール)
a0212807_151033.jpg映画のストーリーは、マノンの学校教師への恋やウゴランのマノンへの悲恋と自殺など、それぞれの人生を交えながら、シリアスな愛憎ドラマを展開していきます。
映画のラスト、老農夫セザールは、自分に宛てられ届かなかった古い手紙を知人から渡され、その内容に慟哭し深い悲しみから非業の死を迎えるフィナーレへ向かいます。
映画は、プロヴァンス地方の美しい自然をバックに、主人公たちの愛憎を長編の人生ドラマで綴った脚本もすばらしく、クロード・ベリ監督の演出に応えたイブ・モンタン、ジェラール・ドパルデューの名演とエマニュエル・ベアール、ダニエル・オートゥイユなど若い俳優たちの熱演もあって見応えがありました。
ダニエル・オートゥイユとエマニュエル・ベアールは、この映画の演技でセザール賞(フランスのアカデミー賞)を受賞しています。
by blues_rock | 2013-03-31 00:57 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_12494283.jpg1920年代のフランス、プロヴァンス地方の貧しい農村を舞台に‘泉’の水をめぐる二世代にわたる隣人同士の確執とそれに絡む家族間の愛憎劇が、「フロレット家のジャン(第Ⅰ部)」と「泉のマノン(第Ⅱ部)」の二部構成(第Ⅰ部2時間2分、第Ⅱ部1時間49分、全編3時間51分の長編ドラマ)による1988年公開のフランス映画です。
日本公開の映画タイトルは、二本とも「愛と宿命の泉」で、サブタイトルとして「第Ⅰ部、フロレット家のジャン」と「第Ⅱ部、泉のマノン」になっています。
監督のクロード・ベリ(1934~2009)は、ヌーヴェルヴァーグ映像作家の一人、19才のとき俳優としてデヴュー、その後自分でも監督を始め、映画製作者として「テス」(1979)・「愛人/ラマン」(1992)・「王妃マルゴ」(1994)などの秀作映画を残していますが、代表作は、「愛と宿命の泉」と思います。  (下写真:名優イブ・モンタンの遺作、第Ⅰ部・第Ⅱ部とも出演)
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全編(第Ⅰ部、第Ⅱ部)を通して出演したのは、老農夫セザール役のイヴ・モンタン(1921~1991)とその甥で農夫ウゴラン役のダニエル・オートゥイユ(1950~)だけです。
第Ⅰ部「フロレット家のジャン」では、フロレット家唯一の後継者でせむしのジャン役ジェラール・ドパルデュー
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(1948~)と彼の家族が、都会の暮らしを捨てプロヴァンスの農村に帰ってくるところから映画は、始まります。
ジャン一家は、廃屋同然の家を修理しながら、農業で暮らすための準備を始めました。
ジャンは、緻密な計画でウサギの養育と農作物の栽培に取り組みましたが、農業用水の確保に苦しみます。
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フロレット家の隣人であるセザールと甥ウゴランは、フロレット家の敷地内に地下水の湧く泉を知っていましたので、フロレット家の農地をカーネーション栽培用の畑として手に入れるため卑劣な策略を立てました。
ジャンの家族が、到着する前に、泉をセメントで塞ぎ、その上を土で覆って分からなくしてしまいました。
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ジャン一家は、炎天下ロバを曳いて毎日遠くの水場まで行き、一日何往復も農業用水を汲みに行き、苦労して畑まで運びました。
ジャンは、持ち前の明晰な頭脳で地域一帯の地下水脈を調査したところ自分の敷地内に水源(水の湧く泉)が
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あることを発見、その水源の掘削作業中、仕掛けた火薬の爆発による落石事故で亡くなりました。
セザールと甥ウゴランは、悲嘆にクレタ残された家族(妻エーメと娘マロン)を騙し、法外な安い値段でフロレット家の泉のある農地を買取りました。(後編に続く
by blues_rock | 2013-03-30 00:05 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
茶の湯の道具である茶碗の歴史の中で一番の大名物が、下の写真「大井戸茶碗 銘 喜左衛門(きざえもん)」で、「喜左衛門」もまた16世紀のころ、李氏朝鮮時代の朝鮮半島で焼成された日用雑器の高麗茶碗でした。
朝鮮陶工たちに焼成された高麗茶碗は、ロクロ目や枇杷色釉、大きな口縁から竹の節高台にかけての形状と梅華皮(かいらぎ)状に縮れた釉薬の風情に、侘び・寂びの趣きを感じた日本「茶の湯、侘び茶」の茶人たちが、魅入られ茶碗として見立ててきました
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「大井戸茶碗 喜左衛門」は、国宝に指定され京都大徳寺孤蓬(こほう)庵の所蔵です。
茶人たちが、高麗茶碗に求めた見所のポイントは、大らかな作振りの素朴な姿と枇杷色釉の色調とが相まった静寂さの中に、削り取られた竹の節高台まわりと梅華皮(かいらぎ)釉との激しい景色の美しさにありました。
「大井戸茶碗 喜左衛門」は、そのすべてを備えた天下一の名碗と称されています。
私は、東京の五島美術館で開催された展覧会で見ましたが、風格ある見事な大井戸茶碗でした。
by blues_rock | 2013-03-29 01:50 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)
私の好きな大井戸茶碗「銘 有楽(うらく)」は、16世紀の李氏朝鮮時代、庶民の日用雑器として利用されていた高麗茶碗でしたが、室町時代に広まった‘侘び茶’の茶人たちに茶の湯の茶碗として見立てられ以来古陶の名碗として愛でられてきました。    (下写真:大井戸茶碗「銘 有楽」東京国立博物館所蔵、重要文化財)
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このような茶碗は、茶人たちから見込みが‘井戸’のように深いと見立てられ井戸茶碗と呼ばれました。
さらに大ぶりな茶碗を「大井戸茶碗」と呼び、名碗には、銘を付け茶人たちは大切にしました。
この茶碗は、織田信長の弟織田有楽斎が、所蔵していたことから「有楽(うらく)」という銘で呼ばれ、松永耳庵に伝承され、耳庵から東京国立博物館に寄贈されました。
ふっくらとした形といい琵琶色の美しい色といいすばらしい古陶の茶碗です。
by blues_rock | 2013-03-28 00:30 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)
a0212807_1625821.jpg 明日ありと
 思ふ心の
 徒桜(あださくら)
 夜半に嵐の
 吹かぬものかは

今日3月27日水曜日の午後、昨夜半からの春の雨が、ようやくあがりました。
午前の金継ぎクラスを終え、旧福岡県庁跡(中央公園)横を流れる那珂川沿いの桜(右写真)を見に行きました。
雨上がりのどんよりと曇った空の下、早くも散り始めた桜を眺めながら歩いていたら、徒桜の和歌を憶い出しました。
私の桜への想いは、先人たちの詠んだ和歌(こちら)に倣います。
by blues_rock | 2013-03-27 20:20 | 詩/短歌/俳句/小説 | Comments(0)
エイドリアン・ブリュー(1949~)もスティーブ・ヴァイと同じく鬼才フランク・ザツパ(1940~1993)のバンド「ザ・マザーズ・オブ・インベンション」出身のギタリストです。
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フランク・ザッパ(下の写真)は、52年の人生で60枚のアルバムを発表、生涯をとおして反権力・反キリスト教原理主義・反検閲・反商業主義のミュージシャンでした。
a0212807_013545.jpgフランク・ザッパと「ザ・マザーズ・オブ・インベンション」(1964~1975)については、ルーツ・ミュージック、ジャズ・ロック、ブラック・ミュージック、ジャズ・フュージョン、パンク&ニュー・ウェイヴ、ファンク、レゲエと多岐にわたり常に時代の前衛でしたので別な機会に改めて書きたいと思います。
フランク・ザッパの元から巣立ったロック・ミュージシャンは、数多く、夭折のギタリスト、ローエル・ジョージ始め、先日記事にしました異才スティーブ・ヴァイ、今夜ご紹介するエイドリアン・ブリューなどユニークなギタリストばかりです。
スティーブ・ヴァイが、ロックの異才ギタリストなら、エイドリアン・ブリューは、ロックの奇才ギタリストと言って良いでしょう。
エイドリアン・ブリューは、フィードバック奏法が上手く、ギターで動物の鳴き声などギミックな音を表現し、彼ならではの演奏を聴かせてくれます。
彼は、ギターの腕を買われて「ザ・マザーズ・オブ・インベンション」、「トーキング・ヘッズ」、「デヴット・ボウイ」、「キング・クリムゾン」のギタリスト(&ヴォーカル)として活躍しました。  (下写真:ロバート・フィリップ、「キング・グリムゾン」のリーダーでギタリスト)
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とくに「キング・クリムゾン」の盟友ロバート・フリップ(1946~いつも椅子に座りクールにギター演奏)との相性は、抜群で前衛的でありながらも楽しい演奏(こちら‥ギターで‘ゾウの鳴き声’を演奏)を聴かせてくれます。
by blues_rock | 2013-03-27 00:16 | 音楽(Blues/Rock) | Comments(0)
2012年イタリア映画の原題「法王が決まった(ラテン語:HABEMUS PAPAM)」が、なんで「ローマ法王の休日」になるのか、この映画の配給会社ギャガのセンスを疑います。
a0212807_19445552.jpgアメリカ映画の巨匠ウィリアム・ワイラー監督(1902~1981 アカデミー賞監督賞受賞3回の名監督)が、名女優オードリー・ヘプバーン(1929~1993)を主演に撮った1953年映画「ローマの休日」にあやかっての安っぽい発想なら日本の映画ファンを舐めていると言わざるをえません。
この映画は、前法王の死去に伴い世界中のカトリック枢機卿が、ヴァチカンのシスティーナ礼拝堂に集まり「コンクラーヴェ」(法王選挙)を行なうところから始まります。
法王選挙権をもつ枢機卿は117人、選挙で三分の二の支持を得た枢機卿が現われるまで「コンクラーヴェ」は、鍵を掛けられたシスティーナ礼拝堂で何日も続きます。
そして、三分の二の支持を得た枢機卿は、新ローマ法王に即位、終身法王として世界12億人のカトリック信者を
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導くことになります。  (備考:ヴァチカンを護衛するスイス衛兵の制服は、ミケランジェロのデザインです。)
ほとんどの枢機卿は、「神よ、どうか私が、選ばれませんように」と祈るのだとか、それくらいローマ法王の座a0212807_19473273.jpg(イエス・キリストの代理人だとか)は、孤独で不自由、ストレスの多い役目なのでしょう。
映画は、原題どおり「法王が決まった」ところから急展開していきます。
(予告編はこちら
誰も予想していなかった無名の枢機卿メルヴィル(ミシェル・ピッコリ 1925~)が、運命の悪戯(いたずら)で「コンクラーヴェ」により、新ローマ法王にa0212807_19494898.jpg決定しました。
その結果に一番驚いたのは、メルヴィル自身でした。
茫然自失、パニックに陥った彼は、サンピエトロ大聖堂前の広場で新法王のスピーチを待ちわびる大勢の信者たちに立ち竦(すく)み、自室に引きこもってしまいました。
a0212807_19501854.jpg思い余った枢機卿たちは、イタリア最高の精神科医(ナンニ・モレッティ監督自身が出演)をメルヴィルの治療に当たらせました。
ナンニ・モレッティ監督(1953~)は、この映画の原案・脚本・監督・製作を担い、そして出演(精神科医役)もするという八面六臂の活躍ぶりです。
a0212807_19504462.jpg枢機卿メルヴィルを演じるフランスの名優ミシェル・ピッコリ(1925~)が、自然体で人生の哀感と心の襞(ひだ)に触れるすばらしい存在感を出しています。
ヴァチカンから逃亡したメルヴィルは、ローマ市内を彷徨いながら市井の人たちと自由に交わることで自分の人生を見つめ直し、望まない新法王即位への苦悩をペーソス(哀感)とユーモアを交えシニカルに演じています。
a0212807_13515343.jpg映画のラスト・シーンで、ヴァチカンに戻ったメルヴィルが宣言する一言(決意)に、この映画のタイトルは「法王が決まった」でなくてはならない理由があり、モレッティ監督の意図するヴァチカン(ローマカトリック教会)を揶揄したシニカルでハートフルなコメディ映画としてのすばらしさが、見た人に伝わりません。
by blues_rock | 2013-03-26 00:02 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
冨永保雄(玄洋窯、福岡市西区)さんの作品を‘取り皿’として愛用していたところ縁が欠けてしまいました。
そこで縁を削りパテで形を元のように整え、呂漆で下地を固め、錫(すず)箔を蒔き“梨子地漆”で仕上げました。
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数え切れないくらい梨子地漆を塗り重ね、拭漆(生正味漆)で艶を出し仕上げました。
現在、朝食のパン皿として愛用しています。(余録:撮影の拙さで漆の艶と透明感が表われませんでした。)
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食事も自分のお気に入りの食器(銘も価格も関係なし)で食べると数段美味しくなること請け合いです。
いま古唐津(小皿3枚)の“呼び継ぎ”に挑戦中‥金・青金・銀(梨子地)で仕上げたいと悪戦苦闘中です。
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(参考) 福岡金継ぎ工芸会 : 金継ぎについて興味のある方はこちらをご覧ください。)
by blues_rock | 2013-03-25 00:22 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)
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  さくら さくら
  やよいの空は
  見わたす限り
  かすみか雲か
  匂いぞ出ずる
  いざや いざや
  見にゆかん

宮城道雄編曲による「変奏曲さくらさくら」(こちら)をお聴きになりながら、一時の‘さくらの季節’をお楽しみください。
さくらのはらはらと散る風情には、琴の音色が、良く似合います。
by blues_rock | 2013-03-24 07:00 | 詩/短歌/俳句/小説 | Comments(0)
a0212807_0233173.jpgスティーブ・ヴァイ(1960~)は、ロックギターの異才です。
どんなふうに異才かと言うと、彼のギグ(ライブ)を聴くと「ワァーオ!スゲェ!参った!」とまず感じます。
名ロックギタリストの多くは、ブルース・フレーズを基調にしていますが、スティーブ・ヴァイは、ブルース・フレーズを好まず(今はそうでもない)、そのことが彼を異才のロックギタリストにしました。
その異才の芽は、若いころフランク・ザッパのもとで採譜の担当などをしていた影響でしょう。
アルカトラス、ホワイトスネイクなどを経て、今では孤高のロックギタリストとして活躍しています。
a0212807_0251056.jpg日本人のギタリストでは、松本孝弘(1961~)・布袋寅泰(1962~こちら)を高く評価、二人とそれぞれセッションしています。
スティーブ・ヴァイは、ロックミユージシャンとしては珍しく、名門バークリー音楽大学で音楽理論や演奏技術を学んでいます。
彼のエキセントリックなギター演奏とは裏腹に性格は、極めてクールです。
人と議論や口論するでも声を荒らげることはなく、彼の音楽(ロック)にイチャモン付ける相手には、言葉巧みにa0212807_026197.jpg翻弄したりします。
まず人と争うことを好まず、バンドでも音楽の指向性でメンバーと意見が対立するとさっと身を引き、バンド脱退後も一切説明せず沈黙してしまうため、気難しい孤高のロックミュージシャンという印象が付きまといます。
一方、彼のコンサートに来てくれるファンに対しては、きめ細かな気配りをして大切にするのでスティーブ・ヴァイ・ファンが、彼から離れることはありません。
彼のエキセントリックなギグを聴きながら(こちら)、根っからのベジタリアンで趣味は養蜂(蜜蜂の養育)というイメージを思い描くのも楽しいものです。
by blues_rock | 2013-03-23 00:04 | 音楽(Blues/Rock) | Comments(0)