ブログトップ | ログイン

心の時空

yansue.exblog.jp

a day in my life

<   2012年 12月 ( 31 )   > この月の画像一覧

年頭に一年の目標など立てたことのない私が、2012年元旦に「映画100本を見る」ことを目標にしました。
劇場公開の新作とレンタルDVDによるホーム・シアターの旧作を入れ、洋画176本、邦画32本合わせて208本の映画を見ました。
今年前半は、私の好きな俳優アル・パチーノの主演作品32本‥1971年のデビュー映画「哀しみの街かど」 から
a0212807_23563733.jpg
2010年「陰謀の代償」 までを中心に見ました。
スザンネ・ビア監督を始めとした女性監督の作品に秀作が多くあり、何人か才能ある女性映画監督を知ったのも大きな収穫でした。
トルコのセミフ・カプランオール監督の傑作「ユスフ三部作」‥「卵」(2007)・「ミルク」(2008)・「蜂蜜」(2010)も、すばらしい映画で感動しました。
a0212807_23571967.jpg
今年後半、スタンリー・キューブリック監督作品11本を見て、改めてキューブリック監督が、映画の歴史に残した才能(映画の天才)の偉大さを感じました。
黒木和雄監督の「戦争レクイエム三部作」も日本映画の質の高さを示す良い映画でした。
今年見た映画は、私が見たいと思って見た秀作映画ばかりなので、どれもお薦めしたい作品ですが初めて見た
a0212807_23581033.jpg
映画(新作・準新作)で、とくに印象に残った映画をお薦めするなら「やがて来たる者へ」・「少年と自転車」・「海炭市叙景」・「ドラゴン・タトゥーの女」・「9日目」・「イン・ハー・スキン」・「灼熱の魂」・「神々の男たち」などで、どの作品からも‘映画ならでは’の感動が、味わえます。
私は、今まで何度も見ているのに、また見てしまう映画が、「真夜中のカウボーイ」「シリアナ」・・「ヒトラー最期
a0212807_2359349.jpg
                (上写真 : MGM映画の冒頭に出てくるライオンに演技指導するヒッチコック監督)
の12日間」(こちら)など作品から名監督・名脚本・名優という私の言う‘名画三つの条件’が分かる映画です。
私にとって20代半ばに見た「1日7本」と今年見た「1年208本」が、一生の思い出になるでしょう。
2013年から映画を見るための野暮な目標などは設けず、自由気ままに好きな映画を楽しみながら暮らしていきたいと思います。
by blues_rock | 2012-12-31 00:10 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_2211997.jpg2012年公開のアメリカ映画「ハングリー・ラビット」(Seeking Justice、正義の追及)は、おもしろいサスペンス&アクション映画でした。
主演のニコラス・ケイジ(1964~)は、この映画のアクション・シーンでも一応奮闘していましたが、30代の主演映画「ザ・ロック」(1996)・「コン・エア」(1997)・「フェイス/オフ」(1998)などに比べ、アクション演技の身体能力の衰えは隠せず、かっての面影はなく陰りを感じ少し寂しい気持ちになりました。
映画とは無関係のことながら名優ニコラス・ケイジも放蕩な生活による浪費で、莫大な借金返済と多額の税金未納など債務返済に追われ、つまらない映画への出演が多すぎます。
a0212807_2242372.jpgコッポラ・ファミリー(コッポラ監督は叔父、女優タリア・シャイアは叔母、ソフィア・コッポラ監督は従妹、他二人の従弟も映画監督)として、もう少し出演作品を選び、これからは演技でファンを呻(うな)らせて欲しいものです。
最新作の映画「ハングリー・ラビット」の製作は、トビー・マグワイア(1975~)です。
彼は、俳優としても「スパイダーマン」(2000)、「ザ・ブラザー」(2009)で主演、とくに「ザ・ブラザー」での戦争の後遺症(心的外傷)に苦しむ兄の演技は、すばらしいものがありました。
監督は、ロジャー・ドナルドソン監督(1945~)で、私が見たドナルドソン監督作品では、ケビン・コスナー主演映画「13デイズ」(2000)、アル・パチーノ主演映画「リクルート」(2003)が、印象に残っています。
映画「ハングリー・ラビット」は、凶悪犯罪の被害に遭い、悲痛な気持ちで後遺症に苦しむ被害者の代わりに、犯人に非合法な制裁(復讐つまり私刑)を加えやる‘闇の組織’(The Hungry Rabbit Jumpsを暗号にする秘a0212807_22434861.jpg密組織)と、一旦組織に関わり組織を抜けた主人公(ニコラス・ケイジ)とのサスペンス・ストーリーです。
主人公は、最愛の妻をレイプされ重傷を負わされた犯人への憎悪から「犯人を知っている、君に代わり復讐してやる、金はいらない、そのかわり‥」と病院のロビーで声をかけられ、半信半疑で戸惑いながらも誘惑に負け、犯人への復讐を依頼しました。
闇組織は、約束どおり犯人に復讐(暗殺)しました。
ところが、ある日この非合法秘密組織から彼の元に‘The Hungry Rabbit Jumps’(腹を空かしたウサギはジャンプする)の暗号とともに‘暗殺せよ’との指令が届きました。
「拒否は許さない、指名した男を事故に見せかけ暗殺せよ」との指令でした。
この映画の暗号は、‘The Hungry Rabbit Jumps’‥サスペンス映画ですので、これからご覧になる方のために、ここまでにします。
by blues_rock | 2012-12-30 14:21 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
2012年も残りあと2日‥間もなく暦(こよみ)は、2013年に変わります。
福岡市南区山裾の辺鄙(へんぴ)な地域に住まう私の社会や世界の動きを知る情報源は、インターネット・ニュースか、新聞記事に限られます。
社会や世界の出来事で報道されるニュースのほとんどに興味はありませんが、いまだ‘信じられない現実’を知らされて愕然とすることは、数多くあります。
つまらないニュースの氾濫に私は辟易、たとえば九州で暮らす私たちに北海道で発生した火事や交通事故のニュースなど、どうでもよいこと、また人の不幸を論(あげつら)うような記事に、あなたはウンザリしませんか?
a0212807_13114.jpg
ニュースを知ったことでハッピィな気持ちになる記事も偶(たま)にあります。
今日12月29日の新聞記事では「松井秀喜選手のニューヨークでの現役引退会見」が、それでした。
彼の‘引き際を知った潔い現役引退’にダンディズム(本物のプロ野球選手の矜持)‥少し大袈裟な表現ながら美しく散る桜のような武士(もののふ)の美学を感じました。
反対に、‘信じられない現実’としては、法治国家の統治システムを放棄しているドン臭い日本国政府(政治)に、がっかりする記事が、社会面にありました。
2012年の年末に「死刑確定囚のうち133死刑囚の死刑未執行」という記事です。
a0212807_13548.jpg
1949年から残る法務省の記録によると死刑未執行囚の数は、今年過去最多を更新したとか‥これは明らかに「死刑確定後半年以内に刑を執行する」と定めた“刑事訴訟法違反”です。
法による国家統治システムを国是(国のルール)としている日本国政府が、法を守らないところに‘法の法’である憲法を蔑(なすがし)にする風潮が、締まりのないダラシナイ社会を作っているように思えてなりません。
刑事訴訟法による死刑制度により複数の人を殺めた凶悪殺人犯は“極刑に処す”つまり死刑という罰を与えるというルールがあるのに、未だ133名の死刑囚に刑事訴訟法が適用されないというのは、政府の怠慢です。
政治心情や思想・信仰の自由が憲法で保障されている今の日本では考えられませんが、近隣の無法な国々で
a0212807_173016.jpg
現在もなお行なわれている政治犯・思想犯(権力に反対する人たち)の死刑に対して、私は「絶対反対」します。
戦前の記録がないのは、暴力的な特高警察が、自由主義者・平和主義者・社会主義者(共産主義者・無政府主義者)・反戦主義者などを政治犯・思想犯として逮捕、暴力的な拷問により殺した(これも凶悪殺人犯罪)証拠が存在したら困るので廃棄したのだろうと推察します。
世界的に死刑廃止運動が高まっていることは、承知しています。
これは、法治国家ではない国(あるいは地域)では、反政府運動家や宗教反対者に対して権力側の理不尽な裁判により死刑が宣告され‘恣意的で不条理な殺人’が、執行されている現実があるからなので、死刑廃止運動
a0212807_1124854.jpg
の高まりも理解できます。
しかし、法治国家の日本国内で発生した凶悪犯罪の殺人犯に対しては、裁判の結果として極刑(死刑)を以って罰するという判決であれば、刑事訴訟法による死刑制度のもと被害者(生きる権利を否定され理不尽に殺された人たち)の人権擁護と残された家族の行き場のない憤懣や犯人への憎悪、悲痛な苦しみを救済するために天に代わって国が、死刑の執行をしなければならないと思います。
「死刑確定囚のうち133死刑囚の死刑未執行」という記事を読みながら、そんなことを考えました。
(注記:写真は「博多の街」九州ロマンチック街道からお借りしました。)
by blues_rock | 2012-12-29 10:56 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(0)
新井英一(1950~)が、1995年に発表したブルース「清河(チョンハー)への道」は、1曲で48番まであり、CD1枚44分に収録されています。
新井英一の本名は、朴英一(パクヨンイル)、父親が韓国人、母親が日本人で福岡県出身、彼は自分自身を‘コリアン・ジャパニーズ’と呼んでいます。
a0212807_0212064.jpg
彼は、在日二世の自分のアイディンティティ(identity 自己の存在)を求めて、1986年亡き父の故郷、韓国の清河(チョンハー)を訪ねました。
その旅の思い出と併せ、自分の半生を真っ直ぐ赤裸々に歌った「清河への道~48番」を一枚のアルバムに収め1995年に発表、新井英一の地を這うような力強い声が、人生の哀歓と大地の悠久を歌いあげ、一大叙事詩のa0212807_0223433.jpg日本のブルースが誕生しました。
   ◇ 新井英一 : 作詞・作曲・歌 ◇
「清河(チョンハー)への道」(ハングル・ヴァージョン)
アジアの大地が 見たくって 俺はひとり
旅に出た 玄界灘を船で越え 釜山の港を前にして 夜が明けるのを 待っていた
釜山の街でバスに乗り 海雲台の海を見た ここが親父のふるさとと 思えば道行く人たちの 颜がなにやらなつかしい
言葉のわからぬ悲しさか 身ぶり手ぶりで話しした 俺はここへ行きたいと 半島の地図をさし出して 慶尚北道と指をさす
バスをいくつか乘りついで やっと慶洲へたどりついた リュックかついで人波を 右へ左へ步いてた 心は遠いノスタルジア                         (下の地図)朝鮮半島(韓国)と慶尚北道(清河)
a0212807_040598.gif
アリアリラン スリスリラン アラリヨ アリラン峠を俺は行く
腹をすかせて飛び込んだ ハングル文字の食堂で 人がうまそうに食っていた あれと同じを下さいと すまない気持ちで顔を見た
親父の生まれは清河で まだまだここから遠いとこ ふたたびバスに乗り込んで 山をいくつか越えた時a0212807_0422428.pngやっと清河で降ろされた
どこまでもつづく遠い道 はるかむこうに山がある
親父も昔この道を 步いてきたかと思ったら 心がだんだん熱くなる
やっと来たかと ふるさとが 両手広げてよろこんで 迎えてくれているような 愛しい大地の風が吹く
一人で歩く 清河への道
アリアリラン スリスリラン アラリヨ
アリラン峠を俺は行く
by blues_rock | 2012-12-28 00:45 | 音楽(Blues/Rock) | Comments(2)
福岡市城南区七隈のライブハウス「D&T」で、その月最後の水曜日夜に‘マッスイ・ライブ’があります。
a0212807_15123084.jpgインディーズながらプロ・デビューしているミュージシャンや無名に近い市井のミュージシャンによるライブです。
昨夜も20時から深夜0時まで7、8人のライブ・パフォーマンスがありました。
私のようにチャージ料金2,000円を払って‘マッスイ・ライブ’に来ているモノ好きは少なく、小さなホールにいる大部分の客が、次の出番を待つミュージシャンか、自分の出番が終わった仲間たちなので、ステージのパフォーマンスに緊張感が欠けているのは致し方ないことでしょう。
a0212807_15175060.jpg宴会芸なみで聴くに堪えない人もいれば、プロ・デビューしていて、ひょっとしたら‥と期待したくなる才能を感じたシンガー&ソングライターもいてまるで福袋ライブのようでした。
私のお目当ては、今回も太鼓を叩きながら語り唄う‘幻一郎’のライブですが、昨夜初めて聴いた‘吉田純子’(ピアノを弾き歌うシンガー&ソングライター)のライブは、演奏と楽曲のバランスも良く、これからもっとセンスある多くのオリジナル曲と数多くのライブ活動でキャリアを積んで、キャロル・キング(1942~)や五輪真弓(1951~)のように大きく成長してもらいたいと思います。
by blues_rock | 2012-12-27 21:08 | 音楽(Blues/Rock) | Comments(0)
「白い一日」は、小椋佳作詞、井上陽水作曲の名曲です。
a0212807_051122.jpg              ◇
まっ白な 陶磁器をながめては 飽きもせず
かと言って 触れもせず
そんなふうに 君のまわりで
僕の一日が 過ぎてゆく
目の前の 紙クズは古くさい 手紙だし
自分でも おかしいし
破り捨てて 寝ころがれば
僕の一日が 過ぎてゆく
ある日 踏切の向こうに君がいて
通り過ぎる 汽車を待つ
遮断機が上がり ふり向いた君は
もう大人の顔を してるだろう
この腕を さしのべてその肩を 抱きしめて
ありふれた 幸せに
もちこめれば いいのだけれど
今日も一日が 過ぎてゆく
              ◇
この歌は、私にとって懐い出深く、絵描きになりたくて悶々としていた20代のころ良く聴き、二人の「白い一日」が、私の心を鎮め癒してくれました。
絵描き願望のほうは、その後行ったヨーロッパ各都市の美術館で見た天才たちの名画の数々を前に感激、感動、あまりの才能の偉大さに圧倒されて、私の中の幼稚なうぬぼればかりの絵描き願望が、吹っ飛びました。
a0212807_01533.jpg
今でも「白い一日」を聴くと、そのころのことをリアルに懐い出し、とても恥ずかしく顔を覆いたくなります。
小椋佳の「白い一日」は、1987年NHKホール小椋佳コンサートのライブです。
井上陽水は、1973年「氷の世界」A-Side 6曲目に収録されセンチメンタルな情感溢れています。
二人が、共作した同じ曲ながら、歌唱に二人の個性が表われていて楽しめます。
by blues_rock | 2012-12-26 00:41 | 音楽(Blues/Rock) | Comments(0)
昨日は、祭日そしてクリスマス・イブ‥でしたが、私めには、普通の一日、終日仕事でした。
a0212807_21173233.jpg
朝、デイサービスのお客さまをお迎えに行き、ぼんやり窓の外を眺めていたら竹林に雪が降っていました。
そして突然、憶い出したのが、アダモのシャンソン「雪が降る」でした。
     雪は降る
     あなたは来ない
a0212807_2118169.jpg雪は降る
重い心に
むなしい夢
白い涙
鳥は遊ぶ
夜は更ける
あなたは来ない
いくら呼んでも
白い雪が
ただ降るばかり
この悲しみ
この寂しさ
涙の夜
ひとりの夜

     あなたは来ない
     いくら呼んでも
     白い雪が
     ただ降るばかり
by blues_rock | 2012-12-25 00:05 | 音楽(Blues/Rock) | Comments(0)
   ◇ アルブレヒト・デューラー「野うさぎ」1502年
a0212807_1414583.jpg
アルブレヒト・デューラー(1471~1528)は、ルネサンス期におけるドイツ(北方ルネサンス)の画家・素描家・版画家で、数学者でもあったとの記録があります。
自画像に多くの傑作を残し、また素描・版画とくに銅版画でもすばらしい才能を発揮しました。
ダ・ヴィンチやラファエロとも親交があったようで、二人はデューラーの才能を高く評価していたとのことです。
私が、デューラーの「野うさぎ」(素描)を初めて見たのは、ウィーンのアルベルティーナ美術館だったのか、他の展覧会だったのか、あるいは画集の「野うさぎ」の絵だったのか、記憶は定かではありませんが、いつもじっと魅入ってしまいます。
by blues_rock | 2012-12-24 06:11 | 美術/絵画/彫刻 | Comments(0)
2011年に公開されたフランス映画ですが、2006年フランスのテレビ・ドラマ用に撮影された映像を劇場公開のために再編集し映画にしました。
a0212807_242514.jpg私は、イラン・デュラン=コーエン監督をまったく知りませんでしたが、これまでどの監督も取り上げなかった「哲学者サルトルと社会思想家ボーヴォワールの関係」を映画にしたところにこの映画監督の個性を感じました。
(予告編はこちら
哲学者ジャン=ポール・サルトル(1905~1980)は、若い頃から天才の誉れ高く、サルトルの唱えた‘実存主義哲学’が、戦後世界の政治・思想・芸術に与えた影響は、計り知れないものがあります。
社会思想家ボーヴォワール(1908~1986)を世界的に有名にしたのが、1949年に出版された著書「第二の性」で「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」と書き、社会的な思想として初めて“ジェンダー”の概念を発表しました。
この映画では、そんな天才と才媛の部分は、あまり強調せず「男サルトルと女ボーヴォワール」の‘異なる性の衝突’をストーリーの中心としていました。
a0212807_253139.jpg映画の原題は、「Les Amants du Flore」、直訳すると「フロールの恋人たち」です。
フロールとは、パリのセーヌ左岸サンジェルマン・デュ・プレにあるカフェ「フロール」のこと、パリのこのカフェに、第一次世界大戦後から第二次世界大戦後にかけてヨーロッパの知識人・哲学者・思想家・芸術家たちが、集まりました。
サルトルとボーヴォワールは、ソルボンヌ大学で知り合いました。
当時から天才の評判高かったサルトルは、ボーヴォワールの知性と才媛に‘理想の女性’を感じ求愛しました。
a0212807_2194322.jpgサルトルは、ボーヴォワールに正式な結婚も同居もしない2年の“契約結婚”を提案しました。
それから二人は、ソルボンヌ大学1級教員資格を目指し一緒に勉強するようになりました。
試験の結果、首席サルトルでボーヴォワールは次席でしたが、ボーヴォワールの合格は、歴代最年少の合格でした。
サルトルは、ボーヴォワールに二人の関係を「女性に従属的な立場を強いる旧い婚姻関係を否定し‘自由で対等な新しい男女関係’にしよう」と提案しました。
つまり、お互いの自由な恋愛を認め合い、お互い正直に報告し合いながら“契約結婚”(事実婚)は、続けて行くa0212807_2201942.jpgというものでした。
実際サルトルは、生涯にわたって数多くの女性を愛人にしました。
サルトルは、「私が女性の中に身を置く理由は、簡単なこと、ただ単に男たちと付き合うより、女性と付き合うほうが、好きだということだ。原則的に言えることは、男たちとの関わりは、どれも退屈だということだ。」と言っています。
ボーヴォワールは、自由な恋愛を認め“契約結婚”を続けますが、サルトルは、彼女の教え子である学生(ボーヴォワールの同性愛相手)と性的関係になり、同時に他にも愛人がいました。
契約では、お互いの恋愛を正直に報告し合う約束でしたが、女好きであったサルトルは、実際には、全部をボーa0212807_2265859.jpgヴォワールに正直に話さず一部嘘をついてごまかしていました。
それでもボーヴォワールは、ブルジョワ階級が、持つ偽善的な倫理観と、キリスト教カトリック独特の欺瞞的な道徳を心から軽蔑し憎み、その世界観(パラダイム)を否定、必死で自立した女性になるために旧い社会体制と戦いました。
サルトルは、ボーヴォワールの「女性の権利と自由解放運動」の社会活動を積極的に応援しました。
ボーヴォワールは、アメリカで知り合ったネルソン・オルグレン(アメリカの作家1909~1981)と愛し合うようになりa0212807_2294130.jpg熱烈に求婚されますが断りました。
サルトルとボーヴォワールは、年を重ねるとともにお互いを慈しむ深い愛情と夫婦の絆で結ばれていき“契約結婚”は、サルトルが亡くなる1980年まで50年間続きました。
1964年サルトルは、ノーベル文学賞を受賞しますが、「いかなる人間でも生きながら神格化されるには値しない」と、これを辞退しました。
サルトルは、「今まさに生きている自分自身の存在である‘実在’こそが、価値の中心にある」と主張、「人間は自由という刑に処せられている」と言い切っています。
時には、いまだに何だか良く分からない‘愛と性’について論理的に考え、哲学してみるのも楽しいものです。
by blues_rock | 2012-12-23 02:02 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
認知症のつらさは、本人も当然のことながら介護する家族にも及びます。
認知症介護のいつ終わるとも知れない苦労は、ストレスを蓄積させ将来に「希望がもてない」という気持ちにさせるからだろうと思います。
家族は、まず認知症患者の日常介護に疲れ、生活全般の介助に疲れ、やがて疾患が進行するに従い現れる周辺症状に悩まされるようになります。
認知症とは、何らかの原因で脳の機能が低下し、脳の正常な機能に支障をきたしていることを言います。
ヒトの正常な機能に支障がでてくると日常生活や社会生活が、スムーズに行かなくなります。
認知症の症状には、記憶障害、見当識障害、理解力・判断力の低下、実行機能の障害などがあり、認知症患者のその症状から具体的に現われるのが、不安・焦燥・幻覚・妄想・徘徊・抑うつ・興奮・暴力・不潔行為・不眠
a0212807_22454734.jpg
などです。                                  (写真:九州ロマンチック街道から転載)
1.認知症の“中核症状”で典型的なのが「記憶障害」です。
・昨日の晩ごはんに何を食べたか思い出せない
・最近の大事件やダレでも知っている大きなニュース(大地震やオリンピックなど)を思い出せない
・自分の親・兄弟の名前を思い出せない
2.次が「見当識障害」です。
・今、自分のいる場所が分からない
・今日は何日と繰り返したずねる
・家に帰れない、慣れた道に迷う(徘徊)
a0212807_22454936.jpg
3.「理解力・判断力の低下による障害」もあります。
・物事を理解し判断、処理できない(電化製品の取扱い)
・お金の管理ができない
・同時にいろいろなことができない(混乱)
4.最後が「実行機能障害」です。
・料理の味が変わった
・必要な買い物ができない、分からない
・臨機応変の対応ができない
・難なくできていたことができない
a0212807_22463150.jpg
当然、程度の差はありますが、“中核症状”は、すべての認知症に現われ、疾患の進行で悪化していきます。
5.普通ダレにでもある物忘れに似ているのが、「軽度認知障害」です。
普段の生活に支障なく、本人はおろか家族さえ気づいていませんが、ある日‥それまで簡単にできていたことができない、同じことを何度も尋ねる、ささいなことにカッとなり怒るなど‘周辺症状’に気づかれたら、できるだけ早く認知症専門病院で診察を受け疾患の進行を防止し、高齢者在宅介護サービス(介護認定されれば費用は1割負担)を利用することで本人も家族もそれまでの暮らしが続けられます。
認知症は、「脳の病気」で、大まかに脳の状態と脳機能の障害により「アルツハイマー症」・「レビー小体症」・「脳血管障害」などに区分され他にも「ビタミンB1欠乏症」・「感染症脳炎」による認知症発症もあります。
中でも一番多いのが、アルツハイマー症認知症で「立方体・時計が描けない」・「ボタンをかけられない」・「使い
a0212807_22485349.jpg
慣れた物を扱えない」・「右左が分からない」・「相手が分らない」など明確な認知症状が現われます。
妄想も大きくなり、「もの盗られ妄想」・「悪口を言われている妄想」など顕著な症状が見られるようになります。
長年一緒に暮らしてきた家族は、祖父母・両親に認知症状が現われていても老いによるものと考え最初気づかず、顕著になって初めて病院に行き認知症と診断されショックで戸惑い現実を否定し「しつかりして!何度言ったら分かるの!」とギスギスして家族関係は深刻の度を増して行きます。
認知症を知らない医師も大勢います。
主治医が、専門的な認知症の知識もないまま「抗認知症薬」を服用させ、その副作用で「イライラ」・「落ち着かない・無駄に動く」・「妄想」の症状が現われ悪化するケースもありますので、認知症が疑われたら、本人・家族の将来のためにも、できるだけ早く主治医に相談(過去の病歴が重要なキーとなる)し、認知症専門医にかかられることをお薦めいたします。
by blues_rock | 2012-12-22 00:17 | 高齢者介護(認知症) | Comments(0)