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心の時空

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a day in my life

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イラク映画の将来を担う俊英モハメド・アルダラジー監督(1978~34才)が、一人で監督・脚本・撮影を担って撮った2011年イラク映画「バビロンの陽光」(原題:バビロンの息子)は、稀にみる秀作です。
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イラクでは、2003年以降映画が製作されたのは、たった3本だそうです。
今でもイラクには映画館がなく、モハメド・アルダラジー監督自らイラクの映画仲間たちと‘イラク・モバイル・シネマ’(移動映画館)の活動をしています。
アルダラジー監督は、現在34才の若さながら映画センスは抜群で、映画「バビロンの陽光」を見るとイタリア映画のネオレアリズモに大きな影響を受けていることが分かります。
アルダラジー監督自身、「ロッセリーニは、私にとって重要な映画作家である」とロッセリーニ監督映画のリアリズム表現を賛美しています。
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映画「バビロンの陽光」の製作国は、イラク・イギリス・フランス・オランダ・パレスチナ・UAE・エジプトで、映画の言葉(台詞)もイラク国内で実際使われているアラビア語とクルド語入り混じって会話が、交わされます。
映画の物語は、2003年フセイン政権が、崩壊した3週間後のイラクです。
12歳のクルド人少年アーメッドは、祖母と2人、フセイン軍に連れ去られ戻らない父を捜すため、着の身着のまま旅に出たところから映画は、始まります。
バクダッドからはるか900キロも離れたイラク南部のナシリアへバスで向かうため、田舎を出てヒッチハイクでバスの出るバクダッドへ向かいます。
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原題の「バビロンの息子(Son of Babylon)」のとおり、この映画は、息子を捜す母の物語であり、父を捜す息子の物語です。
映画の登場人物に悪人は一人もおらず、イラクの長い戦争で家財と家族すべてを失い、憔悴し切った善良な人たち、砂漠の砂塵の舞うガレキの街で、今日を必死に生きるイラクの人たちを映画は映します。
この映画にプロの俳優は、出演していません。
祖母役も、孫のアーメッド役も撮影現地でアルダラジー監督が、キャスティングした素人のクルド人です。
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祖母役女性の悲痛な哀しみや孫アーメッド役少年の健気な表情が、映画をすばらしい作品にしています。
祖母役女性自身、政治的な理由から5年以上刑務所で暮らし、その間に子供を失くしています。
彼女は、家から連れ去られた夫を20年間探しましたが、夫は亡くなっていました。
彼女の兄も、路上で首を吊るされ殺されました。
彼女が、この祖母役を演じることは、自分の過酷な体験を憶い出すことでもありました。
映画の中で息子捜しを手伝うイラン人(彼は強要されてクルド人を殺した過去をもつ元兵士)に彼女が「私は復讐を求めてはいない、今ではもう。許すということができたら、それこそが、イラクが前に進む道、だから私はあなたを許す。」という感動的なシーンがあります。
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アルダラジー監督も「編集のとき彼女の演技を見て、真に心を揺さぶる演技をしてくれたことが分かりました。彼女のような過酷な体験と人間性をもった人間だけができる演技ということに気付きました。」と言っています。
内戦状態のイラク国内ですべて撮影したので、外国人スタッフは恐怖で全員帰国し、イラク人スタッフのみで撮影したそうです。
アルダラジー監督は、フセイン政権の圧政と内戦の虐殺によりイラク国内で行方不明になっている100万人ともいわれる人たちを捜す「イラク・ミッシング・キャンペーン」を支援しています。
モハメド・アルダラジー監督の次回作品は、女性の自爆テロリストを主人公にした映画「The Train Station」だとか‥次の映画もまた生と死の“タナトスの匂い”漂う映画になるようです。
by blues_rock | 2012-08-31 06:02 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
レコードを買う小遣いもない高校生のころ、同級生に少し裕福な家庭の子供がいて、同じビートルズのファンということで仲良くなり、ビートルズの新しいレコードが出るたびに押しかけて聴かせてもらいました。
同じクラスとはいえ友だちの都合などお構いなく訪ねては、ビートルズのレコードを聴かせてもらっていたのですから、友だちは良くても家族には、さぞ迷惑だったろうなと半世紀も過ぎて、大いに反省しています。
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近所に日本ビクターに勤める叔父が住んでいて、留守を見計らっては、家に上がり込み、当時まだめずらしかったステレオを勝手に弄っては、レコードに針を落としていました。
叔父のレコード棚に、エルヴィス・プレスリーやビートルズ、ロックンロールのレコードなどあろうはずもなく、視聴品(サンプル)レコードに混じって、私が当時聴いたことのないラテンやクラシックのレコードを見つけては、良く聴いていました。        (ハチャトゥリアン指揮、ウィーン・フィルハーモニー・オーケストラ)
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当時聴いていたラテンの曲で記憶に残るのは「ラ・クンパルシータ」・「マンボNo.5」・「キサス・キサス・キサス」などで、ハリー・ベラフォンテの「バナナ・ボート」もあったような記憶があります。
棚にあったクラシックのレコードで気に入ったのが、ハチャトゥリアンの「剣の舞」でした。
ハチャトリアン作曲「 剣の舞」の疾走感は、それまで私が聴いたクラシック音楽(知れた数ながら)にはない新鮮な感動がありました。
by blues_rock | 2012-08-30 00:12 | 音楽(Blues/Rock) | Comments(0)
a0212807_943315.jpgバディ・ホリー(1936~1959没、飛行機墜落事故死、享年22才)は、1950年代半ば‘ロックンロール’が誕生したばかりの頃、活躍したロックンロール・ミュージシャンです。
バディ・ホリーとクリケッツは、ビッグバンド全盛時代の当時にあって、4人のバンド構成で、ギター2本、ウッドベース1本、ドラムスでコンサートに出演していました。
バディ・ホリーの歌い方の特徴であるヒーカップ(しゃっくり)唱法も独創的で個性がありました。
彼のしゃくりあげるような裏声で歌うヒーカップ唱法とクリケッツのビートで歌うロックンロールは、多くのミュージシャンに大きな影響を与えました
クリケッツとは、コオロギのこと、ジョン・レノンとポール・マッカトニーも自分たちのバンドに名前をつけるとき、クリケッツ(コオロギ)をヒントにしてビートルズ(カブトムシ)にしました。
1960年代イギリスのバンド「ホリーズ」は、バディ・ホリーの名前をそのままもらいバンド名をホリーズにしました。
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ホリーズの「バス・ストップ」は、イギリス・ロックンロールの名曲です。
ローリング・ストーンズのミック・ジャガーとキース・リチャーズは、バディ・ホリーの歌を聴いたとき黒人と思ったそうです。
ミックもキースも、バディ・ホリーについて「彼は、独創的なロックンローラーで天才だった。」とその早い死を惜しんだそうです。
by blues_rock | 2012-08-29 00:33 | 音楽(Blues/Rock) | Comments(0)
ランバダ(Lambada)は、ボリビアのフォルクローレをフランスの多国籍(セネガル人・ブラジル人・フランス人)バンド「カオマ(Kaoma)」が、1989年アップ・テンポのダンス音楽にアレンジし、ワールド・ミュージックとして世界中で大ヒットしました。
カオマの演奏するアップ・テンポのランバダは、メロディに哀愁がありながら情熱的なリズムで、男女が密着し、腰を振りながら激しく動きまわるダンスは、実にセクシーです。
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ランバダ・ダンスは、サルサのステップ、サンバの腰の動き、タンゴのペア・ダンスをランバダの曲に合わせるとランバダは踊れるかもしれません。
私は、今でも夏の盛りになるとランバダを無性に聴きたくなります。
CDを引っ張り出してランバダを聴きながら、目を瞑(つむ)り白昼夢の中で、キュートなブラジル女性とランバダを踊っている夢を見ることにしています。
by blues_rock | 2012-08-28 00:28 | 音楽(Blues/Rock) | Comments(0)
夏の暑い日射しが続いています。
皆様、お変わりありませんか?
山裾で暮らしていると人の体感は同じでも、ほんのわずかな季節の移ろいを自然が教えてくれます。
セミの鳴き声が、クマゼミ・アブラゼミからツクツクボウシ・カナカナに変わり、ウスバキトンボの大群が、あたり一面に群れ飛びまわるようになりました。a0212807_2274175.jpg
「虫の知らせ」は、気配の変化に敏感です。
私の自宅にはテレビがなく、ロンドン・オリンピックの‘メダル!メダル!の大騒ぎ’も他人事でしたが、オリンピックのサッカー場での出来事‥日本チームに勝った韓国チームの選手が、ピットで‘独島は韓国領土’のプレートを掲示したニュースでオリンピックに関心を持ちました。
この行為にFIFAが、毅然と国際試合のサッカー場に“政治・思想・宗教”を持ち込まないというルールに違反したとして同選手にペナルティを課したのは正しい措置だと思います。 (上写真:ツクツクボウシ、下写真:ウスバキトンボ)
この「虫の知らせ」は、日本周辺が、キナ臭くなっているとこを教えました。
アメリカの軍事力(覇権)と核の抑止力(核の傘)に守られてきた日本国の安全保障も、このところのアメリカ国力の低下で、日本の防衛力を背後で支える力の衰えを周辺国が、見透かし始めました。
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オホーツク海にある日本の「北方4島」返還を要求する日本国民の意識と気持ちを甘く見て、わざわざ双方の国民が感情的になるように、ロシア首相以下択捉島に行ってまた争いの歴史に火を付けようとしています。
日本海では、韓国が「竹島(日本語版PDF参照)」を不法占拠し独島(トクト)と呼び変え、同国大統領は、自分の支持率低迷を挽回するため政治に利用するため、わざわざその小っぽけな島に行き、韓国政府は、公式世界地図に記載された正式名である日本海も‘東海’に名前を変えるよう言い始めました。
a0212807_22242856.png韓国政府の反日感情を煽るナショナリズム・キャンペーンで、早くも韓国民の一部が、「対馬」は韓国の領土と言い始めました。
東シナ海では、日本政府(外務省)の外交能力のお粗末さを嘲(あざ)笑うかのように、中国政府は、人民を煽り「尖閣列島」の領有を主張しています。
ドサクサ紛(まぎ)れに、台湾や香港も尖閣列島は、自分の島だと言い始めました。
こうなると何でもありで、イチャモン付けて、不法占拠し、大の字になって‘自分のものだ(=自国領土だ)’と、言ったもん勝ちの無法地帯‥やがて中国は、八重山諸島も沖縄も、さらにダメ元で与論島も奄美大島も、全部自国領土だと主張することでしょう。
日本経済新聞が、イギリス・フィナンシャル・タイムズの記事として「中国人の中には“中国が墓で満たされようとも、われわれは日本人全員を殺さなければならない”と金切り声をあげて叫ぶ人たちがいる。(日本も中国)双方、金切り声でナショナリズムを叫ぶ連中の言うことを聞いてはならない。両国は良好な関係を維持すべきだ。」と紹介していましたが、私もそのとおりと思います。 (下写真:島根県の離島「竹島」)
a0212807_22262430.jpg罵(ののし)り合い、怒鳴り合っても何も解決しません。
感情抑制のない憎悪と嫌悪の果てにあるのは戦争です。
戦争で得るものお互い何もなく、勝者も敗者もなく、戦争で死んだ多くの兵士たちの恨みと家族の深い悲しみだけが未来永劫残るだけです。
戦争の果実は、国民の不幸です。
いかなる国の紛争も第三者機関(国際司法裁判所や国連)の前で、堂々と自分の正義と正当性を主張し多少時間がかかろうとも毅然と意見を述べ、堂々と議論すれば良いことです。
短絡的な感情で喚(わめ)き散らし、大声で怒鳴るなんぞ、愚の骨頂、最低・最悪の行為です。
経済に活況があり、仕事があって自分のため、家族のために一生懸命働いている豊かな国の国民は、もっと泰然自若として冷静に事態を見ています。
a0212807_2252074.png金切り声でナショナリズムを叫ぶ国は、国内に深刻な問題を抱えています。
民度が低く、経済は疲弊し失業率の高い国が、戦争をしたがります。
なぜなら“戦争”準備を始めた政府にとって、戦争は愛国心を煽り、戦費調達のために愛国債権(返す気のない借金)を大量に発行し、同時に増税して、国家予算を軍備と軍需産業に堂々と注ぎ込める最大の公共事業だからです。
最後に、膨大な国の借金は、ハイパーインフレでチャラ‥この結果、貧困と飢餓に泣くのも国民です。
私は、昨今のきな臭い領土問題の紛争勃発(ぼっぱつ)を回避するために、領土問題の解決を先送りすることに賛成です。(参考:現在、世界中で40件の領土問題紛争があり、3分の2が‘棚上げ’されている。)
金切り声あげてオリンピックの応援をするような愛国心を煽り、短絡的に戦争するより“先送り(棚上げ)”して、未来の聡明な人たちにこの問題の解決を委ねたいと思います。
by blues_rock | 2012-08-27 00:17 | 社会/歴史/思想 | Comments(0)
世界で超人気バンドとなったビートルズは、世界中を飛び回りコンサート・ツァーを行ないながら、EMIとの契約であった年2枚のアルバムを発売するという超過密なスケジュールでバンド活動していました。
1964年12月リリースの4thアルバム「ビートルズ・フォー・セール」は、1964年のクリスマス・セールに間に合うようにとEMIから急かされ、世界コンサート・ツァーの合い間、1964年9月レコーディング・セッションを行ない3週間で収録を完了しました。
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ジョージ・ハリスンは、ビートルズがバンドとして成功したことにより、デビューしたころのプレッシャーもなくなり、このアルバムで自分たちの録音技術をさらに洗練させたと述懐していました。
さすがの天才レノン=マッカートニーのコンビも1964年秋から制作スタートしたアルバムの全曲を新曲でレコーディング、クリスマスに間に合わせるというマジックはできませんでした。
結局、6曲のカヴァーと8曲のオリジナル全14曲で「ビートルズ・フォー・セール」は、リリースされました。
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ビートルズのプロデューサー&アレンジャー、ジョージ・マーティンいわく、1963年から64年にかけてビートルズは、あまりに忙しかったと述懐しています。
アルバム「ビートルズ・フォー・セール」は、初登場で、それまでアルバム・チャート第1位であった「ア・ハード・デイズ・ナイト」に代わり第1位となり9週連続1位のあと、ローリング・ストーンズに第1位の座を譲り第2位になったものの、またすぐ1位となり6週連続第1位でした。
このアルバムは、予約だけで60万枚という当時のアルバム予約数の新記録を達成しました。
by blues_rock | 2012-08-26 00:34 | ビートルズ(Beatles) | Comments(0)
ロシア映画「夏の終止符」(2010)は、日本語のタイトルを見るとセンチメンタルな恋愛映画のような印象を受けますが、なかなかどうして硬派の不条理劇で秀逸な映画でした。
原題を直訳すると「私はこの夏をどう終えたか」となり映画の舞台は、北極海にあるロシアの孤島です。
映画の登場人物は、北極圏の氷の海に浮かぶ孤島の放射能観測所で放射能の定時観測をしている二人の男だけ、あとは北極熊(白クマ)と映画の最後のほうに少し登場する放射能防御マスクを被った救援隊でした。
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主人公は、放射能測定のベテランで中年男セルゲイと今どきの典型的なモラトリアム若者パーシャの二人、この二人の人間模様が、北極圏の壮大な自然をバックにまるで‘二人舞台’のように描かれています。
映画は、この価値観の違う二人の男が、大自然の中で繰り広げる対立(格闘や銃の撃ち合い)と共存(一緒に食事をしたり仲良くサウナに入ったり)です。
私は、この映画を見るまでロシアのアレクセイ・ポポグレブスキー監督(1972~)を知りませんでした。
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ポポグレブスキー監督が、映画「夏の終止符」を撮ったとき、まだ38才と若く、この映画で見せた演出センスの良さと構成のうまさに、これからのポポグレブスキー監督作品も楽しみになりました。
氷の海に囲まれた孤島で不条理な‘二人舞台’を演じたロシアの二人の俳優がすばらしく、2010年ベルリン国際映画祭で二人とも銀熊賞(主演男優賞)を受賞したのも頷けます。
この年、金熊賞(最優秀作品賞)を受賞したのが、トルコのセミフ・カプランオール監督「蜂蜜」でした。
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両作品とも良質な映画で、甲乙付け難くアレクセイ・ポポグレブスキー監督は、少し不運だったかもしれませんが、撮影で同映画祭の銀熊賞(芸術貢献賞)を受賞しましたので納得しましょう。
映画に音楽はなく、自然の風の音、波の音、二人の男の生活する音が、映像の美しさをリアルにしていました。
旧ソ連時代、ロシアは、自国の核廃棄物を北極海へ極秘投棄してきました。
映画は、実直に放射能の定時測定行なう中年男セルゲイ(セルゲイ・プスケパリス)とヘッドホンで音楽を聴きな
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がら戸外に放置された旧い原子力装置に近づく能天気な若者パーシャ(グレゴリー・ドブリギン)との衝突や二人の諍(いさか)いを静かに映していきます。
映画のラスト、セルゲイは、自分を迎えにきた船にパーシャを乗せることにしました。
別れの時、セルゲイは、パーシャを長く、実に長くハグし別れました。
セルゲイは、自分の人生が、もはやここを置いて他にないことを知っていました。
by blues_rock | 2012-08-25 00:46 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
今日平成24年8月24日(金)の日本経済新聞夕刊1面に「認知症急増300万人」という記事がありました。
今年7月1日の拙ブログで「認知症の患者250万人」を書いてまだ2ヵ月も経たないのに、厚生労働省によると認知症患者が急増し305万人になったとか‥私は、この数字もまだ少な過ぎ、現場の調査が甘いと思います。
まず気に入らないのが、認知症急増の“急増”という言葉です。
認知症は、脳の病気ですが“急増”する病気ではありません。
病気が急増するのは、インフルエンザなどの感染症か、ペストかコレラなどの伝染病で、認知症が、急増するはずはありません。
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厚生労働省は、認知症の現状把握にミス(現況分析・判断ミス)を犯し、国の捕捉データと現実の認知症罹病患者数との乖離(かいり)に驚き、平成25年度予算編成に間に合うよう慌てて“急増”という詭弁を使い、現実と数字の辻褄(つじしま)を合わせようと今日リリースしたのだと推察します。
国は、認知症が、感染症や伝染病と同じタイプの病気と誤解されるような乱暴な言葉使いやデリカシーのない表現は、厳に慎むべきです。
記事の内容を少し補足すると、10年前149万人であった認知症患者が、2012年現在305万人(65歳以上の10%)と10年で2倍になった、13年後の2025年には推定470万人(65歳以上の12.8%)という内容でした。
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高齢者介護の現場にいる私は、2025年には470万人の2倍、1千万人近い認知症罹病者数になるのではないかと‘勘ピューター’でシュミレーションしています。
認知症は、ついこの間まで「呆(ぼ)け」とか「痴呆(ちほう)症」とひどい言葉で呼ばれていた脳の病気で、これからもっと人間の脳について医学的研究が進み、脳疾患の医療技術も進歩すれば、認知症の対症療法もずっと改善されて行くことでしょう。
認知症は、加齢による脳の衰えにより発症し、完治する病気ではありませんが、進行を抑えることは可能です。
認知症は十人十色で千差万別、認知症の方各人に個性があり、その人の人生と家族に深く関わっています。
認知症は、病気を早期発見し、医療で病気の進行を抑えながら、まわりの介護保険による介護・介助支援サービスを受ければ、施設に収容されず最期まで自宅で生活し続けることが可能です。
by blues_rock | 2012-08-24 22:28 | 高齢者介護(認知症) | Comments(0)
ビートルズ3枚目のアルバム「ア・ハード・デイズ・ナイト」は、日本では、ビッグヒットした映画「ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!」の人気もあってアルバム・タイトルも「ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!」でリリースされました。
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ギターの♪ジャーンという音が鳴ると「イッツビーナハーデイズナイ‥」と続き、あとはアルバムに収録された13曲すべてレノン=マッカートニーのオリジナル曲で、ビートルズのロックンロールが、全開です。
A面は、ビートルズ初主演映画「ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!」の収録曲7曲、B面には、新しくレコーディングされたナンバー6曲が収録されています。
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アルバム全曲が、レノン=マッカートニーのオリジナル曲なのは、このアルバム「ア・ハード・デイズ・ナイト」だけです。
その後、日本語タイトルの「ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!」では、アルバムとの違和感が、あるとして、日本盤も本来のタイトル「ア・ハード・デイズ・ナイト」になりました。
ビルボード14週第1位、キャッシュ・ボックスも14週第1位でした。
by blues_rock | 2012-08-23 00:34 | ビートルズ(Beatles) | Comments(0)
デンマーク映画‘ドグマ95’の映画監督、トマス・ヴィンターベア監督(1969~)2011年の作品です。
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映画の日本語タイトル「光のほうへ」は、デンマーク語の原題では「Submarino」、英語ならサブマリーンで潜水艦を意味しますが、どうやら隠語のようで拷問のとき、顔を水の中に無理やり沈められ息のできない状況を意味する言葉のようです。
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デンマーク映画の秀作を次々に発表する‘ドグマ95’の映画手法については、「スザンネ・ビア ‥ デンマークの女性映画監督」で書きましたのでこちらをご参考にご覧いただければ光栄です。
当然、スザンネ・ビア監督も‘ドグマ95’のメンバーで、2011年映画「未来を生きる君たちへ」(原題、復讐)は、同年のアカデミー賞外国語映画賞を受賞しました。
a0212807_058019.jpgもう一人、何かと話題を提供するラース・フォン・トリアー監督(こちら)も‘ドグマ95’の中心にいる監督です。
話を「光のほうへ」に戻すと、デンマーク社会の底辺と現実をカメラは、感情移入せずに捉え、コペンハーゲンの貧困地区から抜け出せない兄弟二人の少年期から青年期を冷徹に映し出します。
兄弟の現実は、少年のころから救いようのない環境下で生活し、大人の愛情も知らないまま成長、大人になっても真っ当な家庭もなく親しい友だちもいません。
少年時代の兄役の少年が、弟に見せるやさしい態度と大人たちに表す怒り・不信を同時に顔の表情ひとつで演技していることに感心、すばらしいと思いました。
a0212807_132153.jpg兄は、仕事がない(というより働く気がない)ので犯罪を繰り返し、刑務所との間を行ったり来たりしていました。
弟には、幼い息子がいて、息子と暮らすことを唯一の生き甲斐としながらも意思の弱さに克てず麻薬を断ち切れないでいました。
兄弟の交流はなく、二人とも孤独で孤立無援の暮らしをしていました。
映画は、2時間あまり(正確には114分)そんな映像が、ひたすら続きます。
見ていてやりきれなくなり、楽しくもない、当然ワクワクしない、おもしろくもないのですが、この映画から目が離せず、最後までじっと見入ってしまいました。
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主人公兄弟二人の悲惨な人生は、実にリアルで、映画の物語として突き放して見ることができませんでした。
映画のラストに、兄と弟の幼い息子(伯父と甥)が、自然に黙って手を繋ぐシーンに、兄は、今度こそきっと水の中から顔を上げ、弟の幼い息子と「光のほうへ(希望)」向かって生きて行くだろうと思わせてくれるヴィンターベア監督の演出に呻(うな)りました。
by blues_rock | 2012-08-22 01:10 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)